双槍銃士   作:トマトしるこ

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 二話に分けようかと思いましたが、区切りの良いタイミングがつかめずに纏めました。他作品含めて、私の中で一番長い一話です。時間のある時に一気に読まれるのがいいと思われます。

 しかし、やり過ぎた……。ぼっち気質の私にしてはよくやったと柄にもなく褒めてほしいと思っております。それぐらいやり過ぎたんです。やっちらかしたんです。やっちらホイホイです。

 超絶苦いものをご用意くださいませ。



phase 17 六月の花嫁

「愛を……ねぇ」

「あら? 不満かしら?」

「不満とかそういうことじゃなくて、具体性が足りなさすぎるだろ」

「まあそうよね」

「おい」

 

 目の前の金髪エルフはさらっと流しやがった。分かってるなら最初から言えよ。

 

「“愛”に限らず、どんな言葉も感情も思いも、人それぞれよね? 言ってしまえば、具体性を求めたところで無意味よ」

「それは万人に通用する為には、という言葉が前につくでしょう?」

「そうだね。対象を個人やごく少数に限定すれば十分に通用する」

「だからさぁ、アンタらが満足するだけのことをやればいいんだろ?」

「うん」

 

 長い。解説が長すぎる。そして殆ど無駄じゃないか。見せろと言われたんだから見せるだけなのに、哲学を語られても困る。しかしまぁクエストNPCは大体こんな感じで遠まわしに表現するので仕方がない。誰かに怒る事でもないしな。

 

 でも何をすればいいんだろうな? まさか人前でキスとかするわけじゃああるまいし。

 

「じゃ、どうやって見るのかなんだけど……はいこれ」

「あ、どうも」

 

 シノンがグレースから両手で抱えなければ持てないほどの大きな箱を受け取る。筋力値が低めのシノンでも難なく持てるあたり、そこまで重たいものじゃなさそうだ。軽くて大きな物が詰まっているんだろう。

 

 どうぞ、というジェスチャーに従ってふたを開ける。

 

「封筒がメチャクチャ入ってるな……」

「少なくとも十以上は」

「全部合わせて三十はあるわよー」

 

 現代の様な郵便番号欄のある茶封筒じゃなくて、時代背景に沿ったすこし汚れの目立つ皮の手紙入れがびっしりと詰まっていた。なるほど、これだけあるなら箱も大きくなる。

 

 しかしまぁ何でこれだけの手紙が入ってるんだ? コレを送ってこいとか言うんじゃないだろうな? 愛と何の関係もないぞ。

 

「どれでもいいんだけど、一つ開けて見て」

「んー、じゃあこれにしようかな」

 

 シバの言葉に従って適当に目についたものを取る。どれも同じ柄で同じ大きさなので大した変わりはないだろう。逆に開けなければ違いが分からないということでもある。事故みたいなもんだ。

 

 …………。

 

 なるほどね。そういうことか。

 

 グレースとシバが俺を見てにっこりと笑う。これなら幾つも同じものを用意する意味も分かるし、具体性云々の話も解消できる。

 

「ちょっと、見せなさいよ」

「ああ」

 

 一人だけ置いてけぼりのシノンがぶぅーと頬を膨らまして手の中にある紙を睨んでいる。可愛いが、そのネタで弄るのは後にしよう。どうせこれからいくらでも見られるんだ。

 

「何々………『二人で仲良く料理を作って食べさせあいっこ』………何よ、コレ」

「書いてあることをやって頂戴。あ、もちろん全部ね♪」

「え、ちょ、全部こんなのが入ってるってわけ!?」

「うん」

「いやぁー、コレを書くのかなり恥ずかしかったなぁー」

「でしょうねぇ!!」

 

 珍しくシノンがツッコミを入れる程度には驚きだったらしい。

 

 ここにある全ての手紙入れに入っている紙には、先の様な内容の紙が入っている。書かれている内容を実行することで、愛とやらを見るのだろう。実にこっぱずかしいことこの上ないが、仕方がない。うん、仕方がないよね!

 

 要するにイチャつくところを見せつけてやればいいのさ!

 

「よし、やるぞシノン」

「だ、だって……」

「やらなきゃいつまでたっても終わらないし、結婚だってできないままだ」

「うっ……」

「したくないのか?」

「………したいわよ」

「あーん、なんていっつもやってただろうが」

「ちょ! 言わないでよ……! 恥ずかしいじゃない………」

 

 顔を真っ赤にして左腕を両手で締めあげようと力を入れているようだが、生憎お前の筋力値じゃ痛くも痒くもないなぁ。諦めよ、シノン。

 

 ニヤニヤこっちを見てくるエルフ夫婦は確かにムカツクし、人の目があるところで堂々とするのは恥ずかしいかもしれない。だが、それを乗り越えてこそだ。決してシノンの慌てふためく様を見て楽しみたいわけではない。

 

「じゃあ僕らは外に出ていようか?」

「え? じっと見てるわけじゃないの?」

「そんなことしないって。それじゃあ素の君達でいられないでしょ? エルフの秘術でしっかりとそれをこなしたかどうかは分かるから、気にせずイチャコラしちゃいなよ。ドアに耳をくっつけて聞いたりしないから安心してね。街でも巡ってくるよ」

「ありがたいんだけどムカツクわね」

「別にここにいてもいいんだよ?」

「いいから行きやがれ。俺の女で遊ぶな」

「はいはい」

 

 カラカラと笑いながら、遊ぶだけ遊んでシバとグレースは外に出て行った。高くはない索敵スキルで位置を追うと、言葉通り家の周りでウロウロする気配はなく、真っすぐ主街区へと向かっていた。

 

 よし。

 

「やるぞ。まずは料理だ」

「そ、そうね」

 

 二人が消えても尚赤面するシノンを引きずって、台所まで向かった。

 

 現実の家とは違うが、基本的なところは変わらない。SAOの設定的には、プレイヤーを始めとしたモンスター達は魔法やそれに準ずるものは使えないが、アインクラッド自体には存在している。それはそうだ、こんなにデカイ物体をプロペラもジェットエンジンも無しに浮遊させるんだから。

 エルフの秘術とやらもその中の一つだ。他にもプレイヤー向けに販売されている家に備え付けの家具や、売られている家具もまたそうだったりする。

 

 何が言いたいのか?

 

「なんで冷蔵庫とかレンジとかコンロがあるわけ?」

「さぁ、俺に聞くなよ」

 

 SAOの料理は酷く簡素だ。食材を切ろうと包丁を手に持って刃を入れた瞬間コマ切れになった時は衝撃だった。弱火で長時間煮込もうと焚火に鍋を置くと勝手にタイマーがスタートした時は思わず膝をついたっけな。

 よく言えば誰でも簡単に出来る。悪く言えば作りがいが無い。システムで管理されているSAOは料理だってスキルだ。何事も熟練度が物を言う。

 

 しかし、それも超がつくほど便利な家電があればこそだ。冷蔵庫が無ければあっという間に野菜も肉も腐るし、レンジが無ければ瞬時に温めることもできない、スイッチ一つで火がつくコンロがあればわざわざ薪をくべて火を起こす必要もない。

 

 忠実に時代背景に沿った作りに合わせてしまうと、現実とかけ離れ過ぎて生活そのものが困難になりかねない。火を起こさなくてもタップ一つで勝手に火は起きるし、材料もバラバラになるが、それはそれ。

 

 というのが勝手な想像だが、実際はどうなんだろう? ここで生きていかせるために細かなスキルまで作っているのなら、あながち間違いじゃ無さそうなんだがな……。

 

「さくっと行こう。あと二十九あるんだからさ」

「………はぁ、そうね」

 

 シンク台の引き出しに入っていた包丁を取り出して、食材を冷蔵庫から適当に出してくれるシノンから受け取って片っ端から切っていく。このあたりは慣れたもので、淀みなどあり得ない。俺もシノンも料理スキルはそこそこ高いレベルにまで上げているからいいものが作れるだろう。

 

「カレーか?」

「最近食べてない気がしたから」

「シチューばっかだもんなぁ」

「アスナも好きよね」

 

 パーティに一人いれば十分とされる料理スキル持ちだが、俺達はキリト以外全員習得している。女の子の方が割合的に多いから分からなくもない。俺は現実でもやっていたからってだけだし、それが無ければ俺も料理スキルなんて取らなかった。………いや、延々とキリトとコンビを組み続ける事になっていたら分からないな。

 

 その日でやりたい人がやるんだが、最近目覚めたアスナは毎日のようにシチューを作っている。作っては食べ、作っては焦がしてシノンが作り直し、作ってはこぼしてフィリアが作り直し、作っては余らせて無理矢理キリトに食わせたり………。熟練度がある程度上がったら無理を言ってでもやめさせよう。

 

「ルゥあるのか?」

「あるわよ。バーモ○ドカレーと二段熟カ○ーが」

「おおう……冷蔵庫だけ現実と繋がってるんじゃないか?」

「そう思いたくなるのも分かるわ……」

 

 スーパーで見慣れた赤と青のパッケージはまさにCMでもやっている有名な奴だった。おいおい、JANコードまでついているぞ? 権利とかそのへん大丈夫なんだろうな?

 

「ブチ込みまーす」

「続いてルゥ入れまーす」

「蓋をしてー」

「タップ」

 

 時間は……五分か。カップ麺みたいにフライングできないからきっちり待たなくちゃいけないの苦手なんだよ……。感覚で生きてるから、計量カップで測ったりとか絶対しない。

 

「ユウ、これって全部食べないといけないの?」

「わかんね。さっき飯食べたばっかりだからあんまり入りそうにないんだけどな……」

 

 ぴかっ!

 

「うお! 手紙が光ったぞ!」

「………」

「どうした?」

「これ」

 

 机に置いていた手紙が急に光り出し、それを手に取ったシノンの顔がまたしても赤くなる。ここにきて内容の変更でもあったのか? 全く別のものになっていたら流石に怒ってもいい。

 

 たっぷり溜めて、臨界点に達したシノンが俺に手紙をつき付ける。既にしわくちゃになたそれを受け取った。

 

「はぁ……」

 

 怒るよりも呆れが出てしまう、そんな内容。

 

『二人で仲良く料理を作って、全部食べきるまで(・・・・・・・・)食べさせあいっこ』

 

 あんのエルフ共…………!

 

「よくやった!」

「ばかっ!」

 

 シノンが俺のわき腹をパンチしてきた瞬間、タイマーが五分を告げる音を鳴らした。

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

  上手に出来あがった二人分のカレーを均等によそって、テーブルにまで運ぶ。この際サラダは要らない。俺はともかく、シノンが限界に達してしまいそうだ。

 

 思い出すのは二つの珍事件。

 

 “朝田詩乃、ちょっぴり度数の高いワインを飲んで酔っ払ってデレデレ事件”と、“朝田詩乃、羞恥心限界突破でネジが百本飛んでいった事件”。

 

 あれは傑作だった。もし学校でやっていたら不登校になるレベルだったな。もう一回だけ見て見たいが、機会はあるだろうか?

 

「「いただきます」」

 

 二人で合掌する。

 

 さて……。

 

「シノン」

「………何よ」

「さーいしょっから」

「はあ!?」

「いえー、俺の勝ちー」

 

 それは不意打ちの極意であり、全てを内包した究極の技。元々じゃんけんには「最初はグー」なんて言葉は無かったものの、とある芸人が始めたばかりに生まれてしまった邪拳………。

 

 最初はグーと思わせてからのいきなり勝負を仕掛ける!

 

 そして何がなんだかわからずシノン出したのは………というよりも頂きますの状態だったのでパーのまま。対する俺はチョキ。

 

 勝った。

 

「ほらシノン、あーんしろ」

「今のは卑怯よ!」

「いいからいいから」

「よくない! 私だってユウにしたいの!」

「ほう? 良いことを聞いたなあ」

「あっ………」

 

 語るに落ちるとはこの事だ。しかし何回目だろう、このやりとり。毎回のように引っ掛かってくれるからやめ時が見当たらなくて俺が困る。

 

「んじゃ食べさせてくれ」

「うぅ……ばか……」

「お前が飯を食わせてくれるっていうなら馬鹿で結構だ」

「……もう。また調子のいいこと言って」

 

 そう言いつつも、シノンはスプーンを手にとって掬う。食器の当たる音をたてずに持ち上げたそれを俺へと向ける。

 

 はずだった。

 

「………」

 

 何を思ったのか、シノンはライスとルゥが乗ったスプーンを置いて、食器を持って席を立った。どこへ行くのかと視線で追うと、テーブルをぐるっと回って俺の隣へ。

 

「………」

 

 そしてまた無言でスプーンを差し向ける。

 

「口、開けなさいよ」

 

 向かい合ったままだと届かなかったのか、それとも隣に座りたかったのか。或いは両方か。

 

 何にせよ、可愛いシノンが見れて満足だった俺は素直に従った。

 

 久しぶりのカレーは、俺達好みの少し甘めの味付けで美味しかった。

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

『十分間ケーキ入刀の練習』

 

「い、以外と難しいなこれ」

「ナイフとリーチが違うし、重たいわ」

「柄の端は俺が持つから、鍔本を頼む」

「……これじゃ手が重ならないじゃない」

「両手でやればよくね?」

「それもそうね」

 

 

 

『ペアルックで写真撮影』

 

「こ、これを着るのか!?」

「べ、別のを探しましょう!? ね!?」

「そそそそそうだな!」

「今時こんなの着る人いるわけないでしょ!」

「スタッフの歳がよくわかる一着だ……」

 

 

 

『壁ドンして愛の言葉を囁く』

 

「シノン、壁ドンってなんだ?」

「ええっ!? ユウ知らないの!?」

「そ、そんなにおかしいことなのか?」

「おかしくはないけど……どうするのよこれ」

「教えてくれたらやるぞ。どうせそんな感じのやつだろ」

「ほ、ホントに!(そんなの言えるわけないじゃない!)」

「逆だぞー」

 

 

 

『濡れ場のあるドラマを観賞』

 

「………」

「………」

(見慣れてるなんて言えない……)

(ああすると良いのね……)

 

 

 

『膝上に跨って未来設計』

 

「取り合えず普通に暮らしたいな」

「ユウがいるならそれでいいわ」

「俺もだよ」

「ユウ……」

「シノン……」

 

 

 

『肩を並べて半身浴(タオル厳禁)』

 

「こっち見たら………分かるわね?」

「顔を見るのもダメか?」

「気にしなくていいの。私が見える所にいればいいだけでしょ?」

「結果的に見えるんじゃね?」

「………うるさい」

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

「これで二十九か」

「長かったわね………宿を出たときは朝だったのに、もう日が暮れそう」

 

 この家の窓からちょうどよく見える太陽は地平線に沈もうとしている。時間にして朝の九時から現在時刻の十六時まで………約九時間もの間、手紙の示すとおりに動き続けてきたわけだ。

 

 ライトなものからヘビーなものまでピンキリだったが、どれもこれも生半可な覚悟じゃ挑めないものばかりだ。アルゴが言っていたとおり、パーティを組んでいるだけの仲間関係だけでは越えられない一線が幾つも張られている。

 

「肩を並べて風呂にはいるとか、膝に女を乗せるとか、もうメチャクチャだろ。なんだよ、将来設計って」

 

 カップル前提のくせして、要求レベルが高すぎる。俺としてはかなり役得だったし、吹っ切れたシノンもノリノリだったから苦じゃ無かったけど、ちょっと行き過ぎなんじゃないか?

 

 あのビデオがいい例だ。ナーヴギアの使用対象年齢が十五歳以上に対して、あれはどう見ても十八歳以上に引っ掛かりそうな内容だった。ドラマのワンシーンで少し流れる程度なら無くもないが………どうなんだろう? 見てしまったものはどうしようもないし、アーガスのスタッフを問い詰めようにもメッセージすら届かない。

 

 いいけどね、結構良いもの見させてもらったから。

 

「なんか順序間違えてないかしら?」

「気のせいだ、多分。どちらにせよもう手遅れだし」

「それもそうね」

 

 食べさせあいっこなんて昔は頻繁にやってたし、二人で一つの作業をやる事なんてザラにあった。そう考えれば、大体のことは素でやれていたと思う。流石に常識外の奴が来た時は焦ったけど。

 

「なんにせよこれで最後だ」

 

 グレースから渡された箱の中身はのこり一つだけとなった。封を開けた手紙と手紙入れは、達成と判断された瞬間に燃えて無くなってしまったので、これだけである。しかも、何故かこれだけは色が明らかに違うし、ついさっきまでは開かなかった。

 これが最後の一つになるように仕組まれている。俺とシノンは口にしないが、どう見ても今までで一番ヤバい奴だと直感していた。だっておかしいよ、なんでハート柄なのさ。

 

 ごくり、と生唾を飲んでそれを手に取り、丁寧に開ける。

 

 中には二枚の紙。

 

「二枚か」

「とりあえず読みましょう」

 

 シノンの言うとおりだ。まずはコレを見ないことには始まらない。

 

『これはあなた宛ての手紙です。相手には見せないでください。そして、もう一枚はあなたのパートナー宛の手紙です。あなたは見てはいけません』

 

 内容が違うのか……最後らしく、今までとはパターンが違うな。

 

「シノン、もう一枚を読んでくれ。これは一人一枚らしい」

「ふぅん」

 

 手をつけていないままのもう一枚をシノンが抜き取って広げる。それを見届けてから続きを読んだ。

 

『この紙の裏を見てください。そこには決して消えることのないあなたの心奥深くに潜む罪と罰が記されています。自分と向き合いなさい』

 

 罪と……罰。

 

 想像するのは詩乃に会う前、そしておじさんに拾われる更に前の頃。愛用のナイフと銃を持って戦場を駆けまわっていた泥臭く血濡れた過去。

 

 正直に言うなら、平和に生きる今でも殺人に対する心的障害は殆どない。生まれは知らないが、物心ついたころから奪って奪われての弱肉強食の世界で生きてきたんだ。たかが二、三年じゃ消えないし、それが世間一般ではタブーということもあって強烈に残り続けている。そうしないのは日本がそういう国であるからということと、詩乃やおじさんに迷惑をかけたくないから。一切のしがらみも無く、禍根も残らず、邪魔な奴がいれば躊躇いなく首を刎ねられる。

 

 殺人や略奪を罪と意識したのはそういう経緯がある。そういうものなんだ、と知っているだけだが……。

 

 大抵の人にとって、過去の過ちは苦いものが殆どだ。詩乃がいい例になる。

 

 特に思うところはない―――

 

「………ああ、そう言えばそうだったっけ」

 

 ――—とか思っていた一瞬前の俺を殴りたい。あるじゃないか、俺でも罪と意識する事が。

 

『卑怯な裏切り者だよ、お前』

『生に執着するか? 実に愚かだ』

『俺達みぃんな人間のクズだろうが。今更イイコぶんなよ』

『とんだ殺戮者が居たもんだ』

『変態ね、あなた』

『君ほど人を殺めることに適した者はそうそういないよ? 誇っていい、それは才能さ』

 

 裏面に浮かび上がるのはかつて俺が言われた言葉。やってることは過激のレベルを超えた事だが、よく考えてみてほしい、俺はまだその頃は日本で言う小学校低学年相当の歳だったんだ。当然中身も相応なところはある。中々にぐさっと来たのが、先の言葉だ。

 

 フィリアのような世間を知る同年代の子供たちを知り合ったが為に、中途半端に自分のアブノーマルを、異常な様を知って欲が出たんだ。

 

 溝に捨てた命を拾った。世界が見たくなった。死が少しだけ現実味を帯びた。

 

『あなたは数多の命を奪い、喰らった大罪者。嬉々として死をもたらす殺戮者。血に塗れた手では平和を汚すでしょう。肌を切り裂くその爪がいずれ大切なものを切り裂く。牙は喉を食いちぎり、淀んだ視線は孤独を呼ぶ。それはそれは惨めな生』

 

 じわりじわりと文字が浮かび、心を抉ってくる。俺が直視せずにしていた俺の本質、迎えるであろう未来、訪れる最後。どれもこれも、実にふさわしいだろう。

 

『あなたはこれから一生、愛する女性を幸せにできるのですか? あなたはこれから一生、死を迎えるその瞬間まで幸せであることができますか?』

 

 今はいい。十分過ぎるほどに謳歌している。だがこの先は? 俺はいい、詩乃だっていい。でも世界は違う。俺の方が異端で、異質で、あってはいけない存在側だ。

 

『あなたは目の前の女性をその手で抱けますか? 業を共に背負ってくれるパートナーを護っていけますか?』

 

 社会はどんな敵よりも強大で恐ろしい。俺ごときでは太刀打ちもできないだろう。俺一人が生きるだけでも相当な困難が待ち受けている上に、詩乃を護れるのか? 今でさえ詩乃は学校ではイジメ当然の扱いを受けているというのに、狡猾な人間ばかりがうろつく世界でマトモでいられるのか? この社会不適合者が?

 

 答え。俺の、答えは―――

 

「「くだらない」」

 

 鼻を鳴らして、持っていた手紙を躊躇いなく破り捨てた。口を揃えて、シノンまでも同じように手紙を破いている。そして紙が小指の爪ほどになるまで破り続けている。あれは、イライラ全開の顔だな。何が書かれていたのやら。

 

「ふんっ! このっ!」

 

 そして粉々になった手紙もとい紙クズをブーツの踵でぐりぐりと踏みにじっている。どれだけ嫌なこと書いてあったんだよ……。

 

「なぁ、何が書かれていたんだ?」

「知らない」

「えぇ……」

「言ったでしょ、くだらないって。あんまりにもくだらなさ過ぎて忘れたわ」

 

 言いたくないんだな……。

 

「そういうユウはどうなのよ?」

「俺か?」

 

 二枚に増えた紙を更に細かく破って倍々に増やしていく。それをぱっと上に放り投げて、腰に装備したナイフを抜いて空に浮かんだそれを更に斬り刻む。雪のように細かくなった紙きれは耐久値を全て失って床に落ちる前に弾けて消えた。でありながら、わざと床を踵で踏みつける。

 

 確かに、俺は未だに常識が分からないところもあるし、料理をしている時に包丁を握るとクル時がたまにある。やたらと力が強いだけの馬鹿だ。

 

 だから?

 

 大切なことだろう。俺達子供には想像もつかないほど大変に違いない。

 

 だから?

 

 そんなもの(・・・・・)、大した障害には成りえない。

 

「さぁ、くっだらねぇから忘れたよ」

 

 にっと笑ってシノンに返した。

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

「驚いたわよ、ドアを開けたら優雅にティータイムと洒落こんでいたんだもの」

「終わったの一時間前だったからな。飯には早いし、ちょっと茶葉を借りた」

「そういうことを聞いてるんじゃなくてね……はぁ」

 

 グレースとシバが戻って来たのは、台詞どおり、俺とシノンが紙を破いてぽいした一時間後だった。全てのミッションを消化したにも関わらず、すぐに現れなかったのは終わったことを知らなかったと思っている。つまり、二人は本当に見ていないわけだ。良かった………。

 

「最後の一枚は何なんだ?」

「ああ、あれ? 知らないなぁ」

「何よそれ。正直に言いなさいよ」

「いや、本当だってば。僕らでも最後の一枚に関しては分からないんだ」

「………人によって内容が変わるって事だろ?」

「そうそう」

 

 俺の方は深くに根付く黒い部分を突き刺すものだった事に対して、シノンの表情は暗いものではなく苛立ちが見えた。俺と同じような場合だと、紙に現れるのは間違いなくあの銀行強盗の事件だ。苛立ちどころじゃない、発作を起こしてしまう。

 

「私が聞きたいのは、それよりもその他二十九の方よ」

「あれ? あれはねー、昔の仲間に聞いて爆発しちまえって言いたくなるようなシチュエーションを上位二十九個をそのまんま使ったのよ」

「とんでもない仲間ね」

「まったくだよ」

 

 やれやれと手を上げて首をふるシバは本当に困ったような表情だった。……多分、この人達も被害者に違いない。

 

「それで、どうなんだ?」

「うん?」

「この手紙に書いてある内容は一通りやった。アンタらには直に見ていなくても、それを確認できる方法もあると言っていたな」

「その通り、僕らは君たちが二十九の封筒を開封して、消化したことを確認しているよ」

「二十九?」

 

 ………ちょっと待て。

 

「全部分かるんじゃなかったのか?」

「誰も全部とは言っていないよ。まぁ、分かるんだけどね」

「いや、矛盾してるだろ」

「ちゃんと説明するから」

 

 待ったのポーズで俺の言葉を切るシバ。そしてグレースが口を開いた。

 

「エルフの秘術………私達がかけた術は最後の一枚を除いた残りにかかっているのよ。だから二十九は分かる」

「最後の一枚は、二人が術をかけていないから、分からない。と」

「そう」

「だったらどう判断する?」

「それを開いた後を見れば分かるの。さっきも言ったけれど、内容は人それぞれだから詳しくは知らない。でも決まって浮かぶ文は同じような中身になるのよ」

「同じような、ね」

「そう。詳しくは言わないわ」

 

 何せ土足で人の奥底まで踏み込むわけだからな。そうそう口に出せるものじゃあない。本当に最悪の場合、人の心を壊してしまう。

 

「それで、決まって仲を違える。二十九のミッションを全てクリアしても、ここで躓いたペアは腐るほどいるのよ」

「ああ、経験則だったわけか」

「途中で躓けばエルフの秘術で分かるし、それを通っても最後の一枚が拒む。というわけね」

「うん」

 

 蓋を開けてみれば何とも奇妙なクエストだ。物を探すわけでもなく、敵を倒すわけでもなく、人探しでもない。ただ家に籠って延々と指示された通りの行動をこなすだけ。どのクエストにも負けないほど濃く、非常に難易度の高いクエストだったが………。

 

 新システム実装らしいと言えば、それまでだろうけど。しかし、それだけ大切且つ考えなければならない事なんだろう。

 

 結婚は人生の墓場という言葉もあるくらいだ。大きなターニングポイントであることは間違いない。見方を変えれば、一生を棒に振る行為とも見える。でも、さらに視点を変えれば今までの何倍も輝く未来だってあるんだ。

 

 どういった意味合いに取るのかは自分次第。だが、その果てで選んだ結果には自分が連れ添うパートナーがいる。

 

 一時の甘酸っぱい思い出なのか、片翼を担うのか、はっきりさせるにはこれとない方法かもしれない。………酷なことだろうがな。

 

「それで? どうなんだ?」

「嫌味かしら? 誰が何と言おうが文句なしよ。爆発すればいいわ」

 

 満面の笑みを浮かべながら恐ろしいことを言ったグレースは、席を立って小さな箱を持ってきた。装飾が何もされていない地味な木箱だ。

 

「開けて」

 

 俺とシノンの前に差し出された箱にカギは無い。ただ閉じられているだけだ。ただ、とても大事にされている事だけはよく分かる。ホコリも傷もない新品同然の輝きがあった。変えがたいものが中にあるということも。

 

 そっと触れて、ゆっくりとシノンが開ける。

 

「これ、指輪?」

「そう、指輪。この広い世界でたった一つしか存在しない指輪よ」

 

 箱の中には二つの指輪が入っていた。特に目立った特徴も無く、装飾もないただの銀色の指輪。特別な何かはまったく感じないんだが……。

 

「《エクセダイト》っていう特殊な鉱石を使って作られた物よ。このエクセダイトはね、鎧一式分しか世界に存在しないとても貴重な鉱石のこと。最後に残った手のひら大のエクセダイトを、稀代の職人が指輪に加工したのよ」

「それが、これなのか」

「残ったエクセダイトはどうなったの?」

「鎧や武器になっているんじゃないかしら? 流石にそこまでは知らないわ。そんなことはいいのよ、希少性が分かったならさっさと嵌めてみなさいな。エクセダイトの凄さが分かるわよ」

 

 ……指輪をはめるっていうのは、もっとこう、雰囲気のある場所でやるものじゃないのか? 俺はそう思うんだが……。

 

 SAOに教会とかあるのかな?

 

「まぁ、いいか。大切なのは何をするのかだよな」

「何の話?」

「独り言だよ。ほら、左手だしな」

「……そ、そうね」

 

 箱の中にある二つの内一つを右手でとって、左手でシノンの左手を持ちあげる。抵抗なく胸の高さにまで上がったその手は少し震えていた。そして顔が赤い。

 

 何か言葉をかけるべきなんだろうか? ……いや、俺が恥ずかしくなるから止めよう。何よりこの瞬間のシノンの………詩乃の可愛らしい姿を眺めていたい。

 

 するりと左手の薬指へ通す。程よい抵抗感を感じさせながら、指輪はぴったりと薬指へ嵌まった。まるで詩乃の指に合わせて作られたかのような感覚だ。

 

「………っ」

 

 自分の指にはめられた指輪を呆然と眺めて、顔をゆがめては俺の両手ごと右手で包んで胸に抱く。涙を零しながら。とても幸せそうに、詩乃は一言だけ口を開いた。

 

「ユウ」

「ん?」

「ありがとう」

「礼なんていいよ」

 

 ………っと、アレ言わないとな。このクエストの話を聞いた時から決めていたことを。

 

「詩乃」

「はい」

「結婚しよう」

「………はいっ」

 

 溢れる涙はぼろぼろと頬を伝って零れ落ち、両手を濡らしていく。

 

「ユウ」

「ん?」

「私、幸せ」

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 日は過ぎて、六月十三日。

 

 SAOの攻略済み全層に大量印刷された新聞が配られた。情報屋を営むプレイヤーは足を止めることなく駆けまわり、新聞をばら撒いては人に押し付け、掲示板だろうが壁だろうが柱だろうが所構わずに貼り付けて行ったそうだ。

 

 俗に言う号外だったそれの内容は二つ。

 

 一つは《結婚》システムの導入。

 

 レベルや職業、グリーンやオレンジに関わらず、異性のプレイヤー同士であれば今日会ったばかりの相手であろうと夫婦になれるというもの。実際にはそんなことはあり得ないので、親密な男女へ向けたものだ。SAOは女性比率が低いために、これを利用するプレイヤーは極僅かだろう。

 

 これがもたらすものは幾つかある。

 

 まずは、ステータスの合算。夫婦となったプレイヤー同士のステータスを言葉通り足し算するのだ。言い方を変えれば、二人分のステータスを得ることになる。もしもハイレベルプレイヤー同士で、尚且つ育成方針が異なっていた場合はとんでもない性能をもつアバターが誕生する。その為に結婚するペアはいないだろうが。

 

 次に、アイテムストレージの共有。本来はメニューを開けば自分の所有するアイテムと、ギルドに加入していればギルドメンバー共有のストレージしか存在しないところ、ここにパートナーとなったプレイヤーのアイテムストレージが追加される。互いにリンクしており、いつでもどこでも何を持っているのかが丸分かりになるのだ。加えて、勝手に使うことも売ることもできる。使い方を誤ればとんでもない事が起きること間違いなしだ。

 

 何より、結婚したという社会的ステータス。リアルでさえ出会いが無くしたくてもできない人が大勢いると言うのに、ゲームの中でとはいえ伴侶を得るのだ。逆に、この閉鎖されたゲームの中だからこそという声もある。誰しもが羨む声を上げた。

 

 誰に?

 

 決まっている。俺達だ。

 

 記事を飾ったもう一つの号外の内容。俺とシノンが式を上げて結婚したというものだった。ご丁寧に、貴重な記憶結晶を使って写真まで載せられている。あろうことか、夕日を背景に手をつないでキスしているシーンを使うという嫌がらせつき。男どもは怨嗟の雄叫びを上げ、女はドラマの様な展開を羨ましんだ。

 

 当の俺達はというと………

 

「ちょ、何よこれ!!」

「鼠野郎……」

 

 次にアルゴと会った時は容赦しないと決めた。必ず記憶結晶を奪ってやる。

 

 利用する宿までバラされてしまい、連日部屋の前にまで人が押し寄せてくる始末。ほとぼりが冷めるまでは外出すらままならないだろう。それと同時に、攻略も進められそうにない。

 

 何よりも面倒だったのは、パーティ仲間の三人だ。

 

 

 

 アスナの場合。

 

「えぇ!? 結婚! 何よそれ!」

「そういうクエストがあるって聞いたから、クリアしてきたのよ」

「そ、それでアイン君とふふふふふ夫婦に、なったの?」

「ええ」

 

 シノンが自慢げに、左手に嵌まった指輪を見せつける。記者会見であるような、手の甲を向けるアレだ。

 

 指輪だが、シノンに嵌めて、俺が嵌めてもらうと光りはじめて形が変わり始めた。グレース曰く、二人に最も相応しい姿へなるらしい。絵具の様な銀色単色の指輪は、光沢のある銀へと姿を変え、水色の装飾が施され、雪の結晶を形作った。その中央には結婚指輪の代名詞ともいえるダイヤモンドが輝いている。俺の指輪もそうだ。

 

「シノン! いいえ、しののん!!」

「な、何かしら?」

「どうやったら結婚できるのか教えて!」

 

 シノン曰く、この時のアスナの目は血走っており、血の涙を流していたらしい。

 

 

 

 キリトの場合。

 

「え、お前等結婚したの!? てか結婚!? ハァ!?」

「驚き過ぎだろ……」

「いや、もう結婚しろよお前等って常日頃思っていたから、まさか本当にするなんて……ていうか、SAOで結婚できたのか」

「元々は無かった。俺達がクリアしたクエスト報酬が、結婚システムの実装だったんだ」

「なるほどな。つまりお前等は、アインクラッド第一号夫婦ってわけか」

「まぁ、そうなるな」

 

 この時のキリトの言葉をどこぞの誰かが聞いていたのか、しばらくするとそんな言葉が飛び交う事に。そして果てには時期も相まって、シノンは《六月の花嫁(ジューン・ブライド)》とも呼ばれることに。

 

「ゲーマーの俺に結婚できる日が来るのかねぇ……」

 

 ……頑張れアスナ。

 

 

 

 フィリアの場合。

 

「えぇ!! け、結婚……したの?」

「ああ」

「………そっか。おめでとう、ギン兄」

「ああ、ありがとう」

「………したかったなぁ、結婚」

「は?」

「…………あっ」

「ふぅん」

「し、シノン!」

 

 聞いてはいけないことを聞いてしまったがもう遅い。俺もシノンもしっかりと聞いてしまった。

 

 俺にとってフィリアは妹のような存在だったから、好きと言われてもそういう意味で捉えていた。でも結婚したかった、なんて目の前で言われると認識を変えざるを得ない。無視するほど俺は器用じゃないんだ。

 

 フィリアは十分に可愛い。性格もいいし、器量もある。スタイルなら詩乃よりメリハリがある。好きか嫌いかで言われれば、迷わず好きだと言える。あくまでも、妹に向ける感情の好きだが。もし詩乃と会わずにフィリアと再会していれば、俺はフィリアを愛していたかもしれない。

 

 現実は違う。俺にとっては詩乃だけだ。唯一無二のパートナーで、伴侶で、妻と認めるのは詩乃以外にありえない。好きで止まるフィリアとは違う。LikeとLoveの様なものだ。

 

「フィリア」

「な、何かなっ?」

「あなたの気持ち、私知ってたわ」

「え?」

「はぁ?」

「フィリアは私にとって初めての友達で、親友よ。でもね、これだけは譲れない。フィリアの方が先にユウと知り合って、仲良くなったし、好きになったんだと思う。でも、選んだのは私。ここは、譲れないわ」

 

 真っすぐフィリアの目を見てはっきりと言葉を告げるシノン。フィリアは豆鉄砲をくらったような顔をしていたが、次第に理解していき笑みを浮かべて返した。

 

「シノン。私ってトレジャーハンターだよね?」

「ええ」

「略奪愛っていうのも悪くない――」

「っ!?」

「―――って思うときもあったよ。でもシノンとアイン君が楽しそうにしてるの見て、二人がちゃんと私と一緒にいてくれるのを見てたら、そんな気持ちもどっかに行っちゃった」

 

 えへへ、と頬を掻きながら言葉を続ける。

 

「好きだよ、愛してる。結婚したいっていうのも嘘じゃない。二人で幸せになりたいよ。今でもそう思ってる。でもそれ以上にね、アイン君には幸せになってほしいから。ずっと私のことを護ってくれてた。お昼寝する時も、ご飯食べる時も、行かなくちゃいけない時も、無視して私の傍にいてくれてた。これ以上は、我儘言えないよ」

「フィリア、俺は別にそんなことを思わせるために――」

「いいの。世話になったのも、迷惑掛けたのも、本当の事だから。忘れてないでしょ? みんなが散り散りになったのは………死んでしまったのは、私の我儘のせいなんだよ?」

「………そうだな」

「だから、いいの」

 

 シノンが首をかしげて俺とフィリアを見るが、答えることができなかった。いずれ話す事もあるだろう。でも、今は喜びを噛みしめたい。深い底へと押しこんで、続きの言葉を聞くことにした。

 

「幸せにね。シノン」

「ええ」

「もし、ギン兄が一人になるようなことになったら、奪うからね?」

「忘れていいわよ、その言葉。ありえないから」

「ふふっ、そうする」

 

 それだけを言うと、フィリアは部屋から出て行った。

 

 システム的にはありえないが、俺とシノンは確かに聞いた。ドアの向こうで泣き叫ぶ少女の声を。

 

 

 

「ふぅ」

 

 息を吐いて、ベッドに腰掛ける。

 

 あいさつ回りを終えて、宿の部屋へ戻って来たのは午後の十一時。規則正しい攻略を行うプレイヤーはそろそろ明日に備えて眠る頃だ。俺達もその一組なので、十二時までには寝るような習慣がついていた。風呂に入ったりしていればあっという間に日付が変わるだろう。

 

 クラインも、コペルも、エギルも、アルゴも、多少はとげとげしいところがあったものの、心からの言葉をくれた。口裏を揃えた様に「お似合いだ」と言われる度に嬉しい気分になったもんだ。

 

 しかし意外だったな。エギルの奴、既婚者だったのか………。

 

 濃い一日だった。アルゴの一声から始まり、気がつけば俺達は夫婦だ。メニューを開けばありえない数値のステータスに、アイテム欄に追加された《Sinon》のタブ。何より揃いの指輪が証明している。

 

 グレースに聞いたところ、結婚していないプレイヤーは左手の薬指に指輪を装備することはシステム的に不可能らしい。勿論、こんなゲーム用語は出てこなかったので、俺が意訳している。正真正銘、夫婦であることの証になるわけだ。

 

 そういえば……渡し損ねたな。今でも大丈夫かな?

 

 折角用意したんだ、順序が逆でも受け取ってほしい。

 

「シノン」

「?」

 

 グレースから受け取った数枚の手紙と一冊の本を読んでいたシノンが顔を上げる。眼鏡姿は久しぶりな気がするな。

 

「こっちこいよ。いいものやるから」

「はぁ……物で吊らないで、素直に言えば?」

「嘘じゃないって」

 

 文句を言いつつも、笑みを浮かべながら俺の隣へ腰掛ける。隙間を開けることなくぴったり寄り添い、肩へ頭を乗せてきた。

 

「その、だな……すまん。逆だった」

「何が?」

「謝ったからな?」

「だから何がって言ってるでしょ?」

「……コレの事だよ」

 

 あらかじめストレージから出しておいた二つのアイテムが詰まった箱を渡す。

 

「これは……簪と指輪?」

 

 中に入れていたのは、シノンが言うように簪と指輪だ。ドロップ品ではなく、ショップ品でもない、職人のオーダーメイド品ですらない。

 

「誕生日おめでとう。それと、結婚してくれてありがとう……で合ってるのか?」

「………あ」

「超がつくレアドロップ品に《彫刻》スキルで装飾を施した俺特性のアクセサリーだよ」

 

 生産系スキル《彫刻》。数種類の彫刻刀を使って削ったり、特殊な道具で装飾を施したりする非常に地味なスキルだ。《裁縫》の鉄、鉱石バージョンと置き換えてもいい。システムで作成された武器や防具、アクセサリーに思いのままの装飾を施せるスキルだ。極僅かではあるが、ステータス補正も入る。

 

 ナイフで木を削って人形を作っていた頃を思い出して、趣味目的で習得してみたスキルだ。シノンと合流してから二ヶ月ほど経った頃に、誕生日を思い出して作り始めた。そして、何時か必ずと思って作っていた物でもある。

 

 簪は元々の派手な装飾を削って少し抑え、黒髪に合いつつ映えるように、それでいて目立ちすぎない程度に修正したものだ。

 

 指輪の方は、パールが埋め込まれたステータス補助のアクセサリーだ。HP上限を底上げし、防御力を上げる効果を持っている。こちらには逆に装飾を施した。パールを中心に、水の波紋を連想させる円を、金色に輝く鉱石を使って足してみた。

 

 彫刻スキルの良さは、ステータス補助系のアクセサリーや装備に手を加えても、元々の能力値に変化が無いところだと思う。それどころか、熟練度が上がれば底上げすることも可能だ。鉱石によってステータス変化もあると聞くし、わりと奥が深いのかもしれない。

 

「逆って、そういうこと」

「……おう。まさか完成した次の日に結婚するなんて予想できるもんか」

「それもそうね」

 

 結婚する際に用意する指輪は実は三つあるというのをご存じだろうか?

 

 有名なのは、式で交換する“結婚指輪”。今俺達の薬指に嵌まっているものだ。これで二つ。

 

 そして三つ目………順序で言えば、こちらが一つ目になるのが“婚約指輪”。「結婚しよう」という台詞と共に、男性が女性へ渡すあの指輪がこれに当たる。

 

 勘違いされがちだが、プロポーズの際に渡す指輪と、式で交換する指輪は別物なのだ。

 

 俺が先日ようやく完成させたアレンジ指輪は、この婚約指輪。システムが実装されようがされまいが、何時か必ず渡そうと作ったものだ。

 

 簪の方は、単純に誕生日プレゼントである。

 

「つけてみてくれないか?」

「……ユウがつけてくれる?」

「ああ、いいぜ」

 

 シノンの手によって箱から取り出された簪を取って、向かって右側の髪へとつける。本来ならば、髪を編んだりするところなのだが、そこはゲーム、情緒の無さが目立つものの勝手にしてくれた。ぱっと光った後には、正しい方法で簪が取り付けられている。

 

 二つ名に違わぬ《氷の華》だ。

 

「どう?」

「似合ってるよ」

「ふふっ、ありがとう。今度はこっちをつけてもらおうかしら」

「はいはい」

 

 苦笑しつつ、指輪を受け取る。

 

 先に受け取るのは婚約指輪が先になるが、二つの指輪どちらを先につけるのかと言われると、結婚指輪が先らしい。結婚指輪を嵌めた後に、婚約指輪を嵌めるそうだ。

 

 そういう意味では合っている。が、順序で言えば間違っている。

 

 色々と考えていた台詞も台無しだ。勿体ない。

 

「……なんて言えばいいのやら」

「……じゃあ、愛してるって言って」

「それでいいのか?」

「いいのよ。それで。普通であるために、ね」

 

 少しだけ目を伏せたシノンは言葉を続ける。

 

「悲劇なんて一瞬よ。いつ何が起きるのか分からない。だから、どんな時でも普通にいたい。普通であることが一番の幸せなら、普通で在り続けることが何よりの幸せなのよ」

「普通、ね。少し縁遠い言葉だ」

「近くなるわ。いいえ、近づけるの。外れてしまった道を戻るだけ。時間はかかるだろうし、辛いことだけれど、必要なこと」

「……必要なこと、か。なら、頑張らないとな」

「そう、これは、小さな一歩なの」

「だからこそ、しっかりと踏み出さなければならない」

「ええ」

 

 いつまでも続くと思っていた時間はあっという間に過ぎる。時として、突然その瞬間は訪れて、奪い去っていくこともある。俺が詩乃に出会ったように、詩乃が手を血で染めたように。それは非日常だ。だからこそありきたりの日常を貴ぶ。

 

 当たり前のように過ぎる時間が、当然のように傍にいることが、何よりも変えがたいものだという事を、俺達は知っているんだ。

 

 知っていながら、このゲームに囚われた。

 

 これは決意であり、誓いの様なものだ。

 

「シノン」

「うん」

「愛している」

「……うん」

 

 すっと、二つ目の指輪を通す。少し心配だったが、問題なく嵌まってくれた。ダイヤモンドとパールが、月明かりに照らされてキラリと光った。祝福だろうか?

 

 知らずに顔が綻ぶ。が、シノンがもじもじと動き始めたのを見てそれは収まる。

 

「どうした?」

「………ん」

 

 それだけを言うと、いきなり立ち上がってドアのカギを閉めた。そしてカーテンも閉めて再び隣へと戻ってきてドスンと座る。

 

 明りはカーテンの隙間からはいる月光と、薄暗い光を出しているランプだけ。加えてカギがかけられたことにより密室になり、ベッドに並んで腰かける。

 

 こ、これはまた………

 

「………はい」

「これは、グレース達から貰った手紙じゃないか?」

「読んで」

「は?」

「いいから読んで、早く!」

「お、おう」

 

 握らされた紙をせかされるままに広げて読む。ずらりと並んでいるのはプレイヤー向けに記されたシステム関連のヘルプの様だ。結婚システムの詳細や、それがもたらす恩恵や影響などが細かに書かれている。

 

「それの、五枚目の下らへん」

 

 どれもこれも、アルゴに話を聞いていたので知っていたことばかりだった。特に新しく仕入れる情報は無さそうなので、シノンが言う五枚目の下を読む。

 

『倫理コードについて』

 

 これのことか。

 

 倫理コードは言いかえればセクハラ防止の《ハラスメントコード》だ。他にも色々とあるようだが、大抵はこれを指す。何故これがあるのだろうか……一瞬だけそう思ったが、すぐに理由の想像がついた。

 

 夫婦にもなるのだ、当然スキンシップだってある。肩を掴むことでさえ、時にはハラスメントコードの対象になりうるほどに、SAOは厳しい。手を握ったり、肩を寄せたり、キスしたりと、そんなことをしていればハラスメントコードのオンパレードにしかならない。雰囲気なんてカケラも無くなる。

 

 完全に解除というのは難しいだろうが、せめて夫婦間の間だけでもやわらげてほしいものだ。そういう意味なのだろう。

 

 ―――という俺の予想は、少し外れることになる。良い意味で。

 

「ぶっ!!」

 

 いきなり現れたワードに俺が吹くと、シノンはただでさえ赤くなった顔を更に染めて下を向いた。

 

 色々と書かれているし、纏められている。ぶっちゃければ、“ヤれる”らしい。倫理コードは完全解除も可能になっており、対象を限定することも設定によっては可能だとか。

 

 俺とシノンがお互いにその設定を施せば、俺達の間だけ倫理コードが無くなり、最後までヤれるってことだ。

 

 ここでシノンがこれを渡してきた意味………。

 

 そ、そういうこと、なのか?

 

「し、シノン、さん?」

「ひゃっ!」

 

 そーっと肩をつついてみると、びくっと体中を震わせて声を上げた。そんなにビックリする事でもないだろうに。

 

「そ、その……だな……」

「あ、あのね!」

「お、おう!」

「実は……もう、解除しているの」

「そ、そうなのか………え?」

 

 ちょっと準備が速すぎませんかねぇ……? でもまぁ、新婚夫婦の初夜ってこんなものなのか?

 

「だ、だからっ、ユウさえ、良いなら………その、良いの」

 

 ゆっくりと、シノンは言葉を口にしながら顔を上げる。赤らみは大分収まっており、その代わりに年頃らしからぬ艶やかさを醸しながら、とろけた表情と目で俺を見上げた。

 

「………」

 

 日本にはこういう言葉があると聞いた。“据え膳食わぬは男の恥”。今がその時ではなかろうか? そうだ、違いない。

 

 俺だって男だ。そういうこともするし、妄想だってする。好きな女がいるのなら尚更だ。無理矢理にでもしようとした事だってあるし、同じだけそれを我慢してきた。

 

 だが、今だけは……これからはそんな心配はしなくてもいいのだろうか? いい……のか?

 

「シノン」

「……」

「欲しい」

「……ん」

「俺は、お前の全部が、欲しい」

「………うん」

 

 俺の気持ちを聞き届けたシノンは、肩に頭を預けるだけでなく、身体全体でしな垂れかかり、預けてきた。

 

「ユウ」

「ん」

「思う存分、好きにしていいわ。だから――」

 

 左の腕で腰を抱いて、右手でそっとシノンの右腕を掴む。

 

「――抱いて。朝まで付き合ってね」

 

 俺は痛めない程度に力強く、シノン()を押し倒した。

 


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