ちょっとした要望がありましたので、試験的に導入した個所があります。
・行間に記号を使用
チョイスは適当です。出来ればご感想と一緒にどうだったか意見くださるとうれしいです。
目を開けると、目の前には一風変わった窓ガラスが浮かんでいた。そこには一人の少女が目を開いたまま直立していて、何処となく少女は私に似ていた。
そこへ声が響く。
『ソードアート・オンラインへようこそ。ここでは、あなたの分身となるアバターの設定を行います』
アバター……ゲームの中での私の身体のことね。という事は、目の前の少女がそうなのね。……このキーボードで設定できるの?
こういう機械を触ることはあんまりなかったから、どうすればいいのかしばらくオロオロしていると、またアナウンスが流れた。
『お困りの場合は、ウインドウの右下にあるHELPボタンを直接タップしてください』
へ、ヘルプボタン? ……これ?
優しくタッチすると、そこから右へひときわ大きなガラス……ウインドウが現れた。手元のキーボード……コンソールを使った設定方法を図と一緒に事細かく書かれている。これは助かった。
なるほど……ここを弄れば髪型が変えられるのね。色も好き放題って……ピンクや金髪はちょっと……。
と、今までない経験に心底楽しんでいた私はいつの間にか結構な時間をかけて、アバター作りを完成させた。
結局殆ど姿を変えることはしなかった。このアバターの元になっている私の現実の身体をベースに、体格はそのまま、髪を背中まで伸ばしてみた。いつも肩に届かない程度に揃えていたので、髪が伸びた私にちょっと憧れていたからやってみたけど、悪くないわね。勿論、色は黒。メガネはかけない。
『コンソールの青いボタンを押すと、現在のアバターに変更されます。もしそれでよろしければ、隣の赤いボタンを押してください』
とりあえず、青いボタンを押してみる。
間もなく身体が光りに包まれていく。眩しさに目をつぶって数十秒すると、光りが収まったのが瞼越しに分かったので、ゆっくりと開く。
コンソールの向かい側の設置された鏡を見ると、確かに私なんだけど、髪がすらっと伸びているだけで別人のようだ。あれ? もしかして、私って可愛い? とか柄に無いことを思ってしまうぐらいに。
続けていつもの髪型も試してみる。………うん、私。
どうしよう……?
普通にゲームをするのなら、さっきの長い髪でもいいし、どうせなら……と割り切って大胆に髪の色を変えたり、身長を伸ばしてみるのもいいかもしれないけど、それでは問題が起きてしまう。
ユウが気付かないかもしれなくなる。
………それはまずい。現実の姿で渡り歩くのも怖いけど、見つけてもらえないと、私だと気付いてもらえる確率は殆どゼロになってしまう。
そもそもユウがこのゲームでどんなアバターでプレイしているのかも知らない。こういったオンラインゲームでリアルの情報を訪ねるのはマナー違反だと聞いた。グルグルと練り歩いてユウの目に留まるか、聞いて回るしかない。
聞いて回るって……まさかユウが本名でプレイするはずないし……。
「あ」
そう言えば、詳しくSAOの話を聞いた時に、ちらっと話していた気がする。
『……ふふっ』
『な、なんだよ』
コレの前! 前の会話……!
『嫌』
『どうしたんだよ急に……』
………そうだ! 確か、こんな感じの流れだったはず……。
『ゲームの中では、名前どうするの? 本名?』
『んなわけあるか。リアルのデータは持ち込み厳禁。マナーだよ』
『じゃあ何ていう名前でやってるの? まさか……ユウって名乗ってるんじゃないでしょうね?』
『いや、別の名前だけど。ダメなのか?』
『ダメ。絶対にダメ。私以外の人がユウのことをユウって呼ぶのは嫌』
『どうしたんだよ急に……』
『じゃあユウはそれで良いの?』
『俺か? ……うーん。そう言われるとなんか違和感ありそうだな。詩乃がユウって呼ぶのは普通だけど』
『………ふふっ』
『な、なんだよ……』
『何でもないの。それで? 実際どんな名前なの?』
『《アイン》。ドイツ語で1を表すんだ』
そう、《アイン》。間違いない。
名前さえ分かれば十分ね。モンスターとか襲って来ない場所で聞き込みを続ければいい。このままの姿なら、ユウが見つけてくれるかもしれないし。
………よし。
ありはしない生唾を飲み込んで、赤いボタンを押す。すると今度は見慣れた文字の並びが現れた。
『ゲームで使用する名前を入力してください。尚、現実での情報を入力することは堅く禁じさせていただきます』
機械音声のアナウンスを聞きながら、迷いも無く《詩乃》と打ち込みそうになって、慌てて手を止める。本名はダメだった。
……でも、ゲームとか初めてだし、ニックネームとかも無いし、アニメも見ないからどんな名前をつければいいのか……。ううん……。名前も分かりやすい方がいいのかしら? でも詩乃とは入力できないし……。
原形をとどめつつ、もじるしかない。詩乃……しの……シノ……シノン。……ゲームだし、コレぐらいでいいわよね。誰が文句を言うわけでもないんだから。
シノン。うん、悪くないわね。
名前はアルファベット表記固定だったので、《Sinon》と入力。もう一度赤いボタンを押した。
『お待たせいたしました。心行くまでゲームをお楽しみください』
ええ、楽しんでやるわよ。思いっきりね。
すうっと引きこまれるような感覚に、私は身をゆだねた。
*********
目を開くと石畳が移った。視界の手前には、ファンタジー要素満載の冒険者といった服装だ。濃い緑色の長袖シャツとその上から防具らしい鉄のプレート、膝上までの紺色のスカート、革のロングブーツ。初心者らしい雰囲気が出ている。
視線を上にあげると、現実では到底考えられないレンガや石でできた建造物、城門に、人がすっぽりと入りそうな鐘、化学物質が舞わない空など、新鮮な風景が広がっている。
そして、私の背中にある重たい金属――剣が、ここがゲームの中だという事を無言で物語っていた。
これが、SAO……。
時間は現実とズレることなく進んでいる。この広場から見える大きな時計台の針と、太陽の位置から確認した私はすぐに行動に移った。
ユウを探す前に、この世界について詳しく知る必要がある。街から街へ移動するならモンスターとの戦闘は避けられないだろうから戦い方を知らなくちゃいけないし、一人では限界がある。初心者用のチュートリアルが今更行われるはずないし、ゲーム初心者の私には常識すら欠けているところも多い。誰かに聞くのが一番だ。
男性は……嫌だ。女性がいい。もっと言うなら同年代ぐらいの。
キョロキョロと広場を見渡していると、スカートを穿いている人を見つけた。鮮やかな髪の色をしていて、腰には剣が下がっている。見た目もとりあえず悪そうな人じゃない。
……よし、あの人に聞いてみよう。
「あの、すいません」
「はい?」
「私、人を探しているんですけど……」
「人探しのクエスト? こんなの聞いたこと無いけど……?」
「く、くえすと?」
「え、あれ? ……ってよく見たらプレイヤーか。ごめんね、NPCと間違えちゃった」
「えぬぴーしー?」
「……本当にプレイヤー?」
「え、ええ」
じいっと覗きこまれる。早速分からない単語が連発していてボロが出そうだ。というかもう出てる。あまり疑われると協力してもらえなくなる……どうしよう。
「ま、いっか。それで、人を探しているけど……何?」
「……探しているけど、ここには居ないみたいで。街の外に出たいのだけど……」
「まあザコMobがうろついてるね。もしかして、戦闘したことないの?」
「あまり剣を握ったこともないから……不安で……」
「レベル幾つ?」
「え?」
「………場所変えようか」
「あ、えっと……!」
とりあえず言いたいことは半分ぐらい言えたけど、更に不信感を抱かれてしまったように見える。キッと厳しい顔をしたかと思えば、言い返す事も手を話す事も出来ずに入り組んだ路地裏まで手を引かれた。
光りも射さない様な暗い場所でようやく止まったこの人は、周りを何度も見て人が居ないことを確認してからようやく言葉を発した。
「……あなた、何者?」
「何者って言われても……」
「メニューウインドウ開いて」
「え?」
「ほら、私の言っていることが分からないでしょう? このゲームは殆どゲーマー連中だけど、稀にゲームと接点のないような人もいるわ。それでもメニューの開き方ぐらい分かるし、クエストもNPCもレベルの意味も知ってるし当たり前のように使ってる」
「う……」
やっぱり……。もう本当のことを言ってしまおうか? というより、さっきログインしたってことを隠す必要があるのか分からない。それどころか、その前提がないと人探しをしているということも説明が難しくなるし、たとえ手伝ってくれたとしても最後には騙して裏切ることになる。
「当ててみせよっか? さっきログインしたばっかりでしょ?」
「………そうよ」
「やっぱりね」
腰に手を当ててはぁと溜め息をついてから、呆れたような様子を見せた。
「現実ではSAOのこと、どうなってるの?」
「……死亡者が出てるわ。それに合わせてナーヴギアは回収、メーカーのアーガスは解体されて、別の会社がサーバーを管理しているそうよ」
「まぁ予想通りかな。それで、危ないって分かっているのにログインしてきたんでしょ?」
「ええ」
「馬鹿じゃないの! ゲームだからって舐めてると痛い目見るわよ?」
「馬鹿だってことは別に否定しないわ。そう見られても仕方がないから。私は私のために、目的があってここへ来たの」
「それが人探し?」
「そう」
「はぁ……」
さっきよりも大きな溜め息をついて、目の前の女性プレイヤーは悩み始めた。顎に手を当てて、目をつぶりながらじっと考えて口を開く。
すっと右手を縦に振ると、四角い窓が空間に現れた。あれがメニューウインドウ?
「こうやって、メニュー開いて。アイテムって書かれてるところをタップ。中に《手鏡》ってアイテムが入っているから、それを出して」
《手鏡》? ……とりあえず言われた通りに右手を縦に振る。すると甲高い独特な音を鳴らしながらメニューウインドウが現れた。二つの枠によって区切られ、左側にアバターの現在の状態を示す人型が大きく映って、右側には幾つもの文字列が並んでいる。
《ITEM》と書かれたところをタップして、そこから幾つかの種類別に分岐した。どれがどれを意味しているのか分からないので、しらみつぶしに見ていこう。………あ、ここにあるじゃない。
タップすると、操作していた右手のあたりが光り初めて飾り気のない鏡が現れた。
映るのは私……のアバター。瞬きをすれば鏡の私も瞬きをするし、首を右へ傾げれば鏡の私は左へ傾げる。至って普通の鏡。
と思いきや、鏡に映る私が光りはじめた。……いや、私が光ってる!?
「な、何これ!? あなた、何を……!」
「大丈夫。ここのプレイヤーは皆同じことやったから」
言ってる意味が分からないから!
愚痴も言えず、あまりの眩しさに目を閉じる。収まってきたところで目を開けると、やっぱり私が鏡に映っているだけだった。
「あら? 変化ないわね」
「……変化って何よ」
「その鏡は、アバターを現実の身体そっくりに変更するアイテムよ。初日に茅場晶彦から全プレイヤーに送られたわ。さっきいた広場に集められてね。皆でそれを覗いたから、プレイヤーは現実の姿で攻略を進めている」
「あなたも?」
「ええ。だから驚いたの、あなた、現実の自分そっくりにアバターを作っていたのね」
「人探しに来たから。向こうに気付いてもらえるようにって思って。私から見つけるのは難しいから。でも、現実の姿になるのならそんな心配無かったわね」
「本当に人探しに……」
「最初から言ってるじゃない」
「信じられるわけないでしょ」
「……それもそうね」
ふふっ、と声を出してお互いに笑う。会ってまだ数分しか経ってないし、仲良くなるような話をしたわけでもないのに、いつの間にか少し遠慮が無くなっていた。敬語じゃないし、気遣いもあったものじゃない。
彼女は信用してもいいと、いつの間にかそう確信していた。
「お願い、聞いてくれるかしら? 私は真剣よ」
「そうね……今のあなたをフィールドに出すわけにはいかないし……。そうだ、私のお願いも聞いてくれない? 実は人探ししているのよ、私も」
「手伝うわ」
「なら私も手伝う。それに、戦い方とかも教えてあげるわ」
「ありがとう」
差し出された右手を、右手で握り返して左手で包む。傍からみたらちょっとアブノーマルな人に見えなくも無いけれど、私にとってはこれほどなく嬉しいことだ。まさか数分で協力者を得られるなんて……! それにどう見ても学生の女子! ……思えば、ユウ以外で同年代の知り合いなんて始めてかも。
「じゃあ早速レクチャーしてあげる。メニューからフレンドって項目開いて」
「……これ?」
「そう」
もう慣れた動きでメニューを開く。右側に並ぶ項目の丁度真ん中あたりにある《FRIEND》をタップして開く。当然、そこには何も書かれていない。
「名前から分かると思うけど、そこはフレンド……登録した仲間プレイヤーが表示されるリストなの。誰もいないでしょ?」
「ええ」
「登録する方法は二つだけ。一つは自分から申請を送って承認してもらう、二つ目が相手から申請を送ってもらって承認してもらう。私はもうやり方知ってるから、あなたが送ってみて」
「どうやって?」
「自分を中心に円が出てるでしょ? 円の中心が自分で、赤い光点がプレイヤーを表しているからタップして」
「………あ、でた」
さくさくと進めて、目の前のプレイヤーにフレンド申請を送った。……なるほど、よくできているわね、これ。でも一方的にフレンド登録するんじゃなくて、相互で登録するのならそんなに沢山はいらないわ。
「ふぅん。《シノン》って言うの」
「ええ。名乗って無かったわね、ごめんなさい。シノンよ、よろしく」
「こちらこそ。じゃあ私も自己紹介ね」
メニューを開くと、何も操作せずに私へ向けて指を振って飛ばしてきた。そんなこともできるのね……。ウインドウは私の前へくるとぴたりと止まって、表示を変えた。彼女のアバター全身像と、装備している武器の種類、レベル、HPなど様々な情報が詰まっていた。そして、名前もある。
「《フィリア》よ。よろしく、シノン」
私よりも長いオレンジ色のショートヘアーがよく似合う目の前の彼女――フィリアは、にっこりと笑ってフレンド承認ボタンを押した。
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「これでよし、と」
「結構安くついたな」
「そうね」
二層に到着した俺達がまず行ったのはアクティベート……ではなく、アイテム補充と武器耐久値の回復だった。というのも、キリトがビーター騒ぎが広まっているかもしれないから、と言ってアクティベートする前に準備を済ませようと言い張って聞かないからだ。
俺としては早くスキル習得に行きたかったので折れることにした。アスナはどちらでもいいと中立の位置を取っている。
「結構時間かかるからな、食料とか多めに買った方がいいぞ」
という俺のアドバイスのもとに、お金を程よく残しつつ水と食料、ポーションを買いそろえて転移門の前に並んで立つ。
「キリト、アクティベートはアスナにやってもらおう」
「だな。これから機会も増えるだろうし、損にはならないよ。どうだ?」
「やるわ」
「その前に一つだけ。ヘタレビーターがビビってるから、俺が合図したらすぐに走って離れるぞ。俺が先導するからとにかくついてこい」
「OKよ。で、どうするの?」
「触れるだけでいい。転位門全体が光りはじめて、それが収まったら開通だ。転移のやり方はまた今度教える」
「分かった」
それだけを言うと、アスナはケープのフードをかぶってスタスタと歩き始めた。転位門の石碑との距離はもうゼロに近く、少し手を伸ばせば触れられるまで近づいた。
「触るわよー」
「おう、何時でもいいぞ」
ここからでは見えないが、かすかにアスナの右手が動いたのが確認できた。一瞬間を置いて、転移門全体が青白い光に包まれる。久しぶりの光景にもう少し見ていたい気持ちが湧いてくるが、振り払って合図を出した。
「走れ!」
後ろを確認せずに振り向いて全速力で地面を蹴る。キリトとアスナが追いついてこれるギリギリの速さで、マップを見ながら足を回転させた。大丈夫、二人はついてきているな。
速度そのままで角を曲がり、門を出る。同時に圏外エリアを示す警告が視界に表示されるが、そんなことは分かりきっているので当然無視。β時代を思い出しながら、マップと照らし合わせて方角を修正していく。
「おーい! もう街は出たから走らなくてもいいんじゃないかー!?」
「夜になったらクエスト受けられなくなるんだよ!」
「はあ!? 早く言えよ!」
「お前が武器屋で悩んだ挙句に何も買わなかったからこうやって走ってるんだろうが!」
「お前だって防具屋でマフラー買おうか悩んでただろー!」
「いいから黙って走りなさい!」
「「すいませんっしたー!」」
夜に切り替わるのは午後七時から。現実では今の季節だと午後六時にチャイムが鳴って、それを合図に小学生達は家に帰っていくが、ここでは一時間ずれている。日の出日の入り、気温や湿度など、なるべく現実に準拠しているが、基本的には春や秋の様な気温に設定されている。恐らく、砂漠の層や雪国の層があるのだろう。
現在時刻は午後六時三十分。その場所を確実に覚えているわけじゃないし、道中も非常に険しいために時間内でたどり着けるかどうか……。
アスナのお叱りを受けつつも、俺達が足を止めることは無かった。
そして午後六時五十五分。
「つ、着いた……!」
「な、なんだよあの悪路は!」
「……二度と来ないから」
何とかたどり着くことができた。
二層は一層に比べて少し岩山が多い。俺達が走ってきたのはその岩山の中でも特に起伏が激しく、危険な道だった。ゆっくり進んでも危ないと言うのに、ノンストップで駆け抜けた俺達は非常に幸運だったと言える。
「休むのは後にして、日付変わるまえにクエスト受けよう」
「そ、そうだな。ここまで来て受けられませんでしたじゃあ……悲しい」
キリトの台詞があまりにも悲しみを孕んでいてちょっと笑いそうになった。精一杯こらえて立ち上がり、洞窟の奥へ進む。
「ねえ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? 何のクエストなの?」
「一層のボスフロアで言っただろ。《エクストラスキル》だよ」
「《エクストラスキル》?」
「通常のプレイじゃ習得できないスキルのことさ。これもその一つ」
「どんなスキル何だ? 役に立たない様なのだったら怒るぞ」
「絶対に役に立つぜ。勿論、アスナもな」
「ふぅん」
「エクストラスキル《体術》。素手で使えて装備もいらないいつでも使える攻撃スキルさ」
言いきるように話を切り上げて、歩調を早める。もう少し奥へ行くと、入口からは考えられない程大きな空間が広がっており、一軒の家が建っていた。家の前には焚火で暖をとる老人の姿が。頭上には、クエスト受注可能なマークが浮かんでいる。
近づくだけで、老人は俺達に話しかけてきた。
「何の用じゃ?」
「じいさんの秘伝の技、俺達に教えてくれよ」
ここは定番通りの「何かお有りですか?」では起動しないのがやらしいところだ。
「辛い修行になるぞ」
「望むところさ」
「そうか………」
爺さんは立ち上がると、お尻を叩いて土を落とした。
……と思った瞬間、右手に持った筆を振り抜いた体勢で俺の背後、更にキリトとアスナの背後にまで瞬間移動していた。筆の先からぽたりと墨汁が滴る。
「ならば焚火のすぐ近くにある岩を素手で砕いて見せよ。そうすれば、頬の印を消してやろう」
「おう」
それだけを言うと、筆と墨汁が入っているであろう壺を懐へ収めて家の中へ入って行った。岩を砕くまで、老人は家から出てこない。
「ちょ、何よこれ!」
「ぶははははは!! 傑作だなお前等!」
振り向くとそこには猫のような髭を生やしたキリトとアスナが。実際に生えているわけではなく、爺さんの墨汁によるペイントで猫髭を書かれたのだ。
「お前等今日から《キリえもん》と《アスにゃん》だな!」
「「うっさい!!」」
「これとれないんだけど!」
「げ、ホントだ! こすっても消えない!」
律義にチュートリアルで配られた手鏡を持ち続けていたアスナがそれを除いて、頬を合わせてキリトも覗きこむ。黒く細い六本の線はこすっても水を塗りたくっても絶対に消えない。老人が言ったように、消すためには岩を素手で破壊する……クエストクリアしかないのだ。
「――てことで割るぞ」
「……おう」
「何で私まで……」
ものすごいローテンションで、《体術》習得クエストは始まった。
フィリア、これで合ってるよね?