双槍銃士   作:トマトしるこ

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 友人からようやく「ホロウ・フラグメント」を借りました。前作を最後までやったわけではないので、100層攻略に至るまでのストーリーも碌に把握しておりませんが、ホロウエリアをガンガン進めております。

 やっべぇフィリア超可愛いんですけど! 何これ!? 「うん」とか言った時の破壊力53万どころじゃないよ! ヒロインを足して割ったようなキャラ! 相変わらずSAOのヒロイン可愛いなオイ!

 と、シノンと仲良くアインクラッドを攻略する傍ら、フィリアとがっつりホロウエリアを探索中です。こりゃ書くしかねえわww

 アインクラッドも進めて、ストレアも出せると良いなァ


phase 10 ラストアタック/その手に触れて

 

 その青い光は幾度となく見てきたものだ。

 

 敵を倒した時、アイテムの耐久値が底をついた時、そして、プレイヤーのHPが無くなった時。

 βテストでは死んでナンボな世界だった。というか、RPGというゲームジャンルはそういうものだと思う。挑んで、負けて、対策を積んでまた負ける。勝てるに越したことはないが、負けから如何に勝ちへと進めるか、これもRPGの醍醐味だ。

デスペナルティは確かにある、だが、最前線の攻略ではそうでもしなければ先へは進めなかった。短いβテスト期間、先へ先へという希望と欲望がプレイヤーを突き動かし、恐らく、運営が設定していた適正レベルよりも下回るレベルのプレイヤーが殆どだった。攻略にはレベルが欠かせない。だが、そんなことよりも先へ進みたかったんだ。

 だから、プレイヤーが死んでいく姿を何度も見た。無論、三度だけ俺もこの光に包まれて死んだこともある。

 

 今は状況が、環境が、何もかもが違っている。

 

 正式サービスへ移行したSAOは、HP=現実の命となり、デスゲームへと仕様を変えた。

 

 現在、一ヶ月が経過しているが、この時点で既に二千人近くの人が命を落とし、ナーヴギアによって脳を焼かれている。つまり二千体のプレイヤーアバターは、この男と同じようにポリゴンと化したってことだ。今の今まで、それを見ることが無かったのは幸運以外の何物でもなかったのかもしれない。

 

 俺達の前で、レイドリーダー《ディアベル》は永久退場した。ゲームからも、現実からも。彼の現実の身体は今頃脳を焼き切られているだろう。

 人の命は何に変えても重いとされる。だが、今この瞬間、俺達はそれ以上に大切なものをたくさん失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、ですか?」

「うん。仲の良い知り合いが経営していてね、ちょっとばかりなら我儘も効くんだ」

「菊岡さんって、実は凄い人?」

「実はね」

 

 高速道路でそわそわしながら景色を眺めること数時間、私はようやく目的地である病院に到着した。地元には絶対にできないくらいの大きな総合病院だ。見上げる首が痛い。

 

「さ、行こうか」

「はい」

 

 自動ドアを通って病院の中へ。受付へ行って菊岡さんが名乗ると、話を通してあったのかすんなりと来客者用のカードを受け取ることができた。病室は八○三らしい。エレベーターに乗って一気に八階へ上がる。

 

 八○三号室は目の前にあった。

 

 カードリーダーに受付で貰ったカードを通してロックを解除する。音もなく開いたドアを跨いで、病室へ。入ってすぐの場所にはトイレが、ただし、一度も使われた様子はない。手洗い場も同様に、とても綺麗なまま。箪笥には恐らく何も入っていない。

 

 ベッドはカーテンで遮られて見えなくなっている。ただし、そこに誰かが横たわっているのは、逆光と直感で理解できた。

 

 ゆっくりと一歩を踏み出す。

 

 右。

 

 左。

 

 右。

 

 邪魔なシルクの布にそっと触れて、横へずらす。カラカラとレールが甲高い音を出しながら、カーテンを動かして、ベッドが少しずつ視界に現れる。

 

 ベッドは木やスプリング式のよくあるものじゃなく、鉄でできていて、水色のジェルがたっぷりと入っていた。とても柔らかそうな、負荷をまったく感じない医療用の最新式だってユウが言ってたっけ。

 その上には真っ白なシミもシワも無いシーツが掛けられていた。膨らんでいる形からして、多分、脚。

 

 そのままカーテンを端へと追いやりながら、私も足を進める。脚から膝へ、腰へ、お腹へ、胸へと、シーツの膨らみで身体のどの部分なのかはっきり分かる。両腕はシーツの中にはなく、指先に心電を計測する為の機械が取り付けられていた。

 

 カーテンはもう動かない。ここで止まる仕組みになっているみたいだ。でも、ここではシーツに覆われた胸までと露わになっている両腕しか見えない。

 

 ごくりと生唾を飲み込んで、ベッドへ向けて前に一歩踏み出した。

 

「………ユウ」

 

 少しやせ細ったユウが、鉄のヘルメットをかぶって眠っていた。

 

「ばか」

 

 ベッドに腰掛けて、ユウの身体に負担をかけないよう気をつけながら、シーツ越しに胸の上に頭を載せる。左耳と左手から感じる心臓の鼓動と、右手で触れた細い左腕の温かさが、まだユウが生きていて戦っていることを教えてくれた。

 

 ああ……

 

「ほんとに、ばかよ……」

 

 とても心地いい。この一ヶ月間で餓えて枯れた心が一瞬にして潤っていくのが分かる。潤い過ぎて涙が出そう。というか出ちゃってる。

 

「ばかぁっ…………!」

 

 でもここにいるユウは話しかけてくれなくて、頭を撫でてくれなくて、抱きしめてくれなくて、手を握ることもできなくて、笑ってくれない。

 

 それは、嫌だ。

 

 弱い自分は嫌、ユウが居ないことも嫌。

 

 泣いてるばかりの自分は大っ嫌い。

 

 何よりも、ユウが居ないことは死に等しい。あと一秒だって耐えられない。

 

 なら、やるべきことは、分かるわよね? 朝田詩乃。

 

 ぎゅっと少しだけ強く、優しく、ユウの左手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唖然としていた。目の前で起きたことを脳が理解しきれていない。

 

 私達はアバター、だから、消える時はモンスター達と同じように消えるんだろうなって思っていた。それは現実に起きた。

 

「こんなのって………」

 

 こんなの……あんまりだよ。

 

 現実では多くの場合、死を迎えても身体は残る。目を覚まさず、身体も動かず、冷え切ったそれを見て初めて死を認識する。

 

 じゃあ、ディアベルさんは?

 

 身体も、防具も、武器も、自分が存在したという証を残す事なく、全てがカケラになって消え去った。

 キリト君が手に握らせた回復薬がコロンと転がっているだけで、そこに誰かが横たわっていて、死んだ場所とは思えない。

 

 死んだ? まさか? いやでも……。

 

 誰もがそう思って呆然と、彼が消えた場所を眺めていた。

 

 ボス戦という事も忘れて。

 

「わああああああああ!!」

「リンド!!」

 

 悲鳴の方へ顔を向けると、また一人、プレイヤーがさっきのソードスキルで打ち上げられていた。その表情は恐怖一色で、それを見上げる私たちもまたそうなんだろう。ディアベルのように、あのプレイヤーは……リンドは死ぬ。

 

「はぁ……」

 

 ただ一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が異常だと認識したのはいつからだろうか? ………多分、詩乃に出会ってからだな。それまで俺は、この地球という星では何処でもこんな泥臭くて火薬のにおいが充満してるんだろうなって、本気でそう思っていた。

 

 実際はほんの一部の話で、俺がその一部で育っていたというだけだった。

 

 周りの同年代の連中とは何もかもが違っていて、かけ離れていた。日本は、俺がいた紛争地域とは何もかもが違っていた。

 笑っているのは気がふれた兵士や少年兵、そいつらが連れ回す慰安婦や売春婦、戦場から持ち帰ってヤられまくった少女たち、クスリでラリった薬中ども、なにより肥えて無能な軍の上層部。そして、そんな日常でも健気に生きようとした子供たちだけだった。

 

 同じ笑顔でも、価値が違う。

 

『平和な世界に生まれたかったなぁ』

『死ぬのは……やだよ……ママァ!!』

『お前だけでも、幸せにな……』

『楽しかったぜ! ……じゃあな』

 

 俺は、この国が嫌いだ。

 

 そんな、昔のことを思い出していた。ディアベルの最後は、仲間達とよく似ていたからだろうな。

 

 忘れるつもりはない、そもそも忘れられない。だが、心の奥に封じ込めたこの記憶は、あの頃の俺を思い出させてしまう。

 

 俺はもう名前のないあの頃の俺じゃない。菊岡誠二郎の義理の息子で、朝田詩乃の唯一の存在で、中学校に通うちょっと普通じゃない子供の鷹村悠だ。ユウだ。アインだ。

 

 だから、鷹村悠(オレ)にしかできないことをやろう。俺であることを俺に刻むために。証明するんだ。

 

 

 

 

 

 

 脚にモノを言わせて、浮き上がったリンドの脚を掴んで後ろへ放り投げる。キバオウとコペルが上手く受け止めてくれたのを視界の端で捉えながら、次に来る攻撃へ備えた。三連続攻撃ソードスキル《緋扇》。

 

 打ち上げられたわけじゃないが、空中では上手く動きがとれないし、踏ん張りも効かないので堪えることもできない。そのため、無理にソードスキル等で反撃せずに、衝撃を流したり、攻撃を受け止めることが正解。

 十分にその事を理解していながら、俺が選んだ選択肢は反撃だった。

 

 ここで切り返さなければ、流れを全て持っていかれてしまう。それは阻止したい。

 

「俺は……そこらのプレイヤーとは次元が違うぜ?」

 

 覚悟しな、ブタ野郎。

 

 《緋扇》が発動するよりも速く、柄を持ちかえて《スパイク》発動。突進系のソードスキルは、地形を選ばない特徴がある。地面は勿論だが、空中でも発動は可能だ。こういった現実では不可能な動きや高速移動がソードスキルのいい所だと思う。狙いは、ソードスキルによって踏み出す右脚が踏み込む先だ。

 

「グオッ!!」

 

 面白いぐらいに予想通りに動いてくれた。右脚の親指にグッサリと刺さった槍を引っこ抜いて、ひたすら斬って突いてを繰り返す。

 

 ソードスキルには、発動した際の攻撃にボーナスがつくものが殆どだ。例えば、《スパーク》ならスタン付属、《浮船》にはスキルコンボなど様々で、他にもステータスアップや状態異常付与などもある。

 ダメージ効率を考えるならば、何度も何度もソードスキルを連発するのが一番だ。だが、実戦ではそうもいかないし、そんな単調な動きをしていれば早死にするのは容易に想像できる。

 

 現状で最も効率よく安全に戦える方法は、ソードスキルを攻撃の軸にしつつも控えて常に動き回り攻撃を与えること、だ。

 

 今の俺は、すばしっこい小動物のように、足元や股の間をグルグルと走りまわりながら、チクチクと攻撃している。ただバタバタ走りまわっているわけではないので、攻撃も当たらないし、他人へタゲも移らない。時間稼ぎだってできている、非常に優秀な戦法なのだ。………性には合わないため、若干ストレスを感じてはいるが。

 

 ズバズバ斬りながら走り回ること数分。レイドのHPバーを見直すと、ほぼ全員が回復を終えていた。だが、誰も来ようとはしない。

 

 怯えているんだ。死に。

 

 面倒な奴らだな。

 

「おい、キバオウさんよ。そこでヘタレるのは勝手だが、LAは俺が貰うぜ?」

「は、はぁ?」

「他の奴らもそうだ。何にビビる事があるってんだ? さっきまでの勢いはどうしたんだよ? ほら、さっさと戦えよ。取り巻きのコボルドは居ないんだぜ? さっさと倒して二層に上がろうじゃねえか」

 

 俺が言っていることは至極当然なことであり、俺達の目的だ。それを忘れたかのように棒立ちになって何がしたいのやら………。クリアしたくないのか?

 

「さ、さっきの見ただろ!? ディアベルさんが―――」

「ディアベルさんが………なんだって? お前等は生きてるじゃないか。何をしにここまで来たんだよ? あぁ?」

「そ、それは………」

「ボスを、倒すため、や」

「そうだろ。キバオウ、お前、ディアベルがボス戦前になんて言ったのか、覚えてるか?」

「………“勝とうぜ”。やな」

「分かってるんじゃねえか。なら何で動かない、何で剣を振らない、何で戦わない? 今更死ぬことに怯えてんじゃねえだろうな? だったら今すぐ回れ右して《はじまりの街》まで帰れ、邪魔だ。俺はたった一人でも攻略を諦めない」

 

 コボルドロードが振りあげる野太刀を弾いて、柄を握る右手を斬りつける。小指の関節に深く食い込んだ穂先を強引に振り抜くことで斬り落とし、《リア・サイズ》で近くにあった右脚を斬りつける。

 雄叫びを上げながら左手で俺を殴り飛ばそうとするコボルドロードの拳を流して、棒高跳びの要領で腕に飛び乗り、手の中で槍を回転させながら腕を刻みつつ方へ向かって走る。ブレス系の技は使えないが、腕を振って振り落とされる前に走り切り、ギラリと俺を睨んでいる左目へボロボロでもう使えないナイフを力いっぱい突きさして、おまけに石突きで殴って深く食い込ませた。

 

「逃げるのは全く悪いことじゃない。それは生き延びることだからだ、そして次へと繋がる行為でもある。挑んで、逃げてをただ繰り返すことは恥じゃない、勝つための執念だ。だから、今ここで町まで逃げる奴を俺は責めないし、逆に拍手でも送ってやるさ。もし全滅したのなら、ボスの情報を持っているのはそいつだけなんだからな」

 

 振り下ろされる野太刀を受け止める。衝撃が腕から腰、脚、地面へと伝わり身体を痺れさせる。システムが無ければこの石畳は蜘蛛の巣状にひび割れていたに違いない。なんつー馬鹿力だ。

 

「今のお前等なんだよ? ただそこでボーっと突っ立ってるだけじゃねえか。とてもこのゲームをクリアしてやろうと思ってる連中じゃないね。あーあ、ディアベルも可哀想なこった。こんな連中の身代わりになって死んじまったんだからよ」

「お前……!」

「うるせぇ!! 今のお前等には口答えする資格なんて無いんだよ!!」

「っ!?」

 

 もう一度振り下ろされる野太刀を弾いて《グレイヴ》でコボルドロードの胸のあたりを狙って突きだす。体勢を崩したところへの追い打ちで、コボルドロードは真後ろに倒れ、背中を強く石畳へ打ちつけた。

 

 ソードスキル発動後の硬直姿勢のまま、腹から声を出して叫ぶ。今の連中には面と向かって言うほどの気概も無い。

 

「いい加減腹を括れ! 死ぬ覚悟で戦え! 死ぬ気で生き延びろ! ここはゲームの中だ。でもな、今の俺達にとってはココこそが現実なんだよ! まぎれも無い現実で、戦場だ! いつ死ぬかもわからないままビクビク怯えながら生きていけるか! 本気で生きて帰りたいなら、仲間が死んだぐらいでうろたえるな! それは倒れた仲間への侮辱に他ならない! リタイアした奴らの願いや思いを全部背負っていけるのは、同じ場所に立って背中預けた戦友(なかま)だけなんだよ! それができない奴はさっさと失せろ! 二度と剣を握るんじゃねえ!」

 

 うめき声を上げながら置きあがろうとするコボルドロードを見ながら、槍を担ぐ。ついさっきまでは光沢を放っていた穂先も、柄も、石突きまでもがボロボロになっていた。センチネルに比べてそれだけ手強く、堅く、強いということ。それ以上に、《アイアン・スピア》では俺についてこれないってことだ。

 

「どうせ現実じゃあ学校とか会社とか先輩とか上司とかに色々と言われて、影でネチネチ言ってるだけなんだろ? だったら、せめてゲームの中ぐらいカッコつけて見せろよ! 剣握って、一歩でも前に進んで、一撃でも多く敵にダメージ与えて、前のめりに死ね! てめえらの勝手な悲壮感とか諦めを俺にまで押しつけんな! 男だろうが!」

 

 もう少し、せめてコイツを倒すまではもってくれよ。

 

 まかせろ、そんな答えが返ってきた気がした。

 

「さて、やるか」

 

 コボルドロードの残りHPは最後のバーの三割。つまり、俺一人で四割近くのHPを削ったということか。そりゃこれだけ武器も摩耗するわな。結構心配だが、やってやるさ。

 

 完全に起き上がって野太刀を構えるコボルドロードへ槍を向け駆けだす。さらに、俺を追い抜くように過ぎ去った二つの風がコボルドロードに襲いかかった。

 

 左を行く黒い風は野太刀を弾いて、右を行く亜麻色の風は青い光を伴って巨体へと突撃していった。

 

「なんだ、来たのか」

「俺自身のためにな。それに、LAは俺の得意技の一つだしな。株を奪われちゃあ困る。何より暴れ足りないんでね。ついでだから、スケッチブックに女の子を描くような可愛らしい一面を持った友人を助けに来たのさ」

「武器が今にも壊れそうで危ない誰かさんのために女の子(・・・)が来てあげたわよ。あとで美味しいケーキがあるお店を紹介してくれるのなら、助けてあげなくもないわ」

 

 ゲーマーのキリトとフードをとったアスナだった。

 

 ややこしいこと言うなあ。素直に助けに来たって言えないのかよ。

 

「遅れんなよ?」

「反応速度は俺の方が速いし」

「攻撃速度は私の方が速いわ」

「お前等………」

「グオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 ここに来てまでまだ言い訳がましいことを言う二人に呆れていると、おいてけぼりのコボルドロードが怒って野太刀を振りおろしてきた。キリトが左へ、俺とアスナが右へステップを踏んで避け、間を置かずに攻撃に移る。

 

「センチネルと同じパターンで行くぞ! 俺が弾くから、二人で攻撃だ!」

「アスナ、残りの三割一気に削るぞ!」

「任せて!」

 

 野太刀が灰色の光を纏い始めた。アレは……ランダムの単発ソードスキル《幻月》か。初動モーションからはどちらが来るのか判断できないので、発動してから見切らなければならない。が、キリトは迷うことなくソードスキルを発動させた。

 

「お……らあっ!」

 

 《幻月》は……上から。対するキリトは《スラント》を上手く野太刀を命中させて、攻撃を中断させた。

 

 キリトは盾を装備しない。勿論それでは防御力は下がるし、防御もままならない、受けてばかりではあっという間に武器の耐久値はゼロになる。100%避けることは不可能だ。盾を持つと機動力が下がる事を嫌ったキリトが思い至ったのは、武器を武器で弾いて防ぐ《武器防御》と、武器を武器で攻撃して破壊する《武器破壊》の二つだった。

 天才的なセンスもあってか、キリトはこれを外す事はまず無い。しっかりと芯を捉えて弾くのだ。βテストでもここまでできる片手剣使いはそうそういなかった。現時点ではキリト固有のシステム外スキルと言っても過言じゃない。

 

 強引に体勢を崩されたコボルドロードは何度目かも分からないたたらを踏む。そこへアスナが連続で《リニアー》を放ち続け、俺は復帰の速い《スパイク》と威力の高い《グレイヴ》を交互に使い続ける。

 

「もう一回いくぞ!」

 

 コボルドロードがもう一度野太刀を振りあげ、ソードスキルを放とうとしている。キリトはまた同じくソードスキルで返した。すかさず攻撃に入る。

 

が、ここでとあるミスを犯した。俺もキリト同様に十層まで昇ってカタナスキルと戦った経験から自然と避けていたが、アスナは実力があるものの知識はビギナーだ。まさかカタナスキルを使ってくるとは思ってなかったし、ディアベルがやられてから対策を伝える時間なんて無かった。

 

 カタナスキルを持つMobが“そのスキル”を習得していた場合、AIが囲まれたと判断すると反射的に使うソードスキルがある。

 

 敵の真正面にキリトが立って隙を作り、その左側に俺、さらにその左にアスナがいる。いつの間にか囲むように広がっていた為に、それ――全範囲攻撃単発技《旋車》が発動してしまった。

 

「!?」

「アスナ、後ろへ飛んで身体を丸めて耐えろ!」

 

 間一髪、キリトの叫び声が野太刀よりも速く、アスナは指示通りに動いた。俺とキリトは対処法が分かっているので即座に行動する。

 

「グルオオォォッ!!」

 

 風車のようにその場で一回転したコボルドロードによって、俺達三人は現在の位置から真後ろに吹き飛ばされた。後ろへ飛んでいた事で踏ん張りが無い為に、抵抗なく綺麗に飛んだため、最小のダメージで十分な距離を稼ぐことができた。

 

 コボルドロードのターゲットは……キリトだ。着地できずに転がってはいるが、まだ反応できる範囲。だが、HPがイエローゾーンギリギリまで減っている。このままだと、モロに喰らって下手をすれば死ぬ。

 

「キリト、さっさと起きろ!」

 

 叫びながら走る。が、距離と素早さもあって俺の速度でも数秒間に合わない!

 

「ファァァァァァァック!!」

 

 野太刀の影にキリトが隠れたその瞬間、やたらとごつくてナイスなバリトンボイスが、放送してはいけない様な言葉を叫んで間に割って入った。滑らかに両手斧ソードスキルを発動してカウンターを決める。

 

「どおおりゃあああぁぁぁぁ!!」

 

 更に間に割って入った野武士面のバンダナ男が愛用の曲刀ソードスキルで追い打ちをかける。距離は稼げなかったものの、ノックバックには成功している為、二人は十分に目的を達成した。

 

「お前たち三人に任せたつもりはないぜ?」

「てめぇがボス攻略に誘ったんだろうが。今更除け者扱いはないんじゃね?」

 

 大人らしさ溢れるカッコイイ姿は、レベルが低くとも十分頼りがいが溢れていた。エギル率いるF隊と、クラインがリーダーを務めるパーティ《風林火山》ことG隊は、《旋車》が発動しないギリギリのラインでコボルドロードを囲みつつ、攻撃を流しつつ確実にダメージを与えていった。

 

 コペルが一瞬だけにこりとこちらをみて笑った。あいつがカタナの特性を教えたのか。それは本当に一瞬で、視線を他の隊のメンバーに戻すと、ディアベルに変わって指揮をとり始めた。攻撃をしているF、G隊とのローテを組むつもりらしい。コペルもディアベルのように全体を見通して指揮するタイプだ、問題は無いだろう。

 

 今回のボス戦じゃ、もう出番は無いだろうけどな。

 

 さっきのラッシュで削れたのは大体0.5割と言ったところ。タゲをとっている二隊がローテする頃には残り二割まで減少しているはず。キリトが弾いて俺とアスナが攻撃するパターンを崩して、全員で特攻をかければ、カウンターをくらったとしても誰かが死亡するよりも速く敵を倒せる。

 

 レイド全体のプレイヤービルドを見ると、エギルの様な壁役に適した構成をしたプレイヤーはほんの僅かだ。まあ一層じゃろくな防具は手に入らないし、全身を覆う鎧や、前面を丸ごとカバーできるタワーシールドが手に入るのは二層終盤あたりからなので仕方が無い。

 というわけで、みんな攻撃特化のインファイト大好きな連中だ。総合的な攻撃力は、一層にしては過剰なレベルだろう。おかげで紙装甲だが。

 

 ポーションをがぶ飲みしてキリトと合流。アスナもブーツの踵を鳴らしながら此方へ走ってきた。

 

 手に握る武器はあんなに綺麗に磨いたのに、いつの間にかボロボロになっていた。俺は勿論、元々強度の高くないアスナの細剣《ウインドフルーレ》や、がっつり強化したキリト好みの重たい片手剣《アニールブレード》も、刃こぼれが目立ち始めている。

 

「武器の状態と、ボスの残りHPからして次が最後の攻撃になりそうだな」

「さっきと同じで行くの?」

「いんや、キリトも含めた全員で仕掛けようと思う。こいつが《武器防御》上手いから任せたけど、ダメージ的にはキリトの方が効率いいんだよ。囲むのは拙いが、あとちょっとだし、相手の攻撃無視してガンガン斬りまくった方が逆に安全かもしれない」

「ローテが済んだら俺達が特攻する隙間なんて無くなるぞ? 味方押しのけて無理矢理特攻する気か?」

「そうはならないさ。カタナの攻略を一回見て人から聞いてすぐに出来るなら十層なんてあっという間だろ?」

「それ、今戦ってる人達が、さっき私達を飛ばしたソードスキルを発動させるってこと?」

「そうそう。身体に染みつくまでやりあわなきゃ、《旋車》もそうだけどソードスキルの対処なんて上手に出来っこないんだ」

「次の《旋車》で硬直した時が、攻め時だな」

「おう」

 

 ギュッと柄を強く握りしめ、いつでも最高速を出せるように構える。

 キリトは程よく握った剣を垂らして右脚を後ろへ置いて半身になり、空いた左手を前に。

 アスナは突きの動作を繰り出せるように、細剣を握った右肩を前へ向け、ぴたりと剣先を正面へ。

 俺は柄の中間を右手で握り、左手を石畳へ添えて膝を曲げる。

 

 それほど待たずに、その時はやってきた。

 

「エギル! そっちに広がり過ぎだぞ!」

「分かってる! おい、集まれ! 広がるな!」

 

 肩身の狭い思いをしながら、精一杯武器を振り続けるが、野太刀を防ぎきれずに横へ大きく飛ばされたエギルの隊の両手剣使いが、《旋車》発動のキーになり、コボルドロードはモーションに入った。

 

 もし発動した場合の対処もしっかりと聞いていたようで、盾持ちは構え、それ以外は武器を盾にしつつ防御の体勢をとって、全員がエギルとクラインの合図で後ろへ飛んだ。俺達から見て右側から順に、野太刀が命中していき此方へ吹き飛ばされてくる。

 

「行くぞ!」

 

 コペルがローテーションの指示を出す前に、俺の合図で一斉に駆けだす。隣は見ない。前のブタだけを睨んでぶっ刺してやるだけだ。

 

 前に跳ぶ(・・・・)様に、曲げた両足の膝をばねのように使って走り出す。上々のスタートダッシュだ。陸上の短距離走では、徐々に姿勢を真っすぐにしていくそうだが、そんな理屈お構いなしに、身体を地面と平行になるくらいまで前に傾けて風景を置き去りにしていく。

 

 あっと言う間に転がっているエギルとクラインを抜き去って、コボルドロードの股下を走りぬいて背中側へ(上は見ていないよ?)。《旋車》の硬直が解けていないので反撃を受けることなくすんなり来れた。

 

「あらよっとぉ!」

 

 二連続攻撃技《リア・サイズ》を、左脚のアキレス腱にあたる部分へ命中させ、ごっそりと斬り(えぐ)る。ご丁寧に体重まで再現してくれたアバターはバランスを保てず、足首から先は捥げ、膝をついた。

 

「もう一丁!」

 

 同じことを右脚にも行う。同じように足首から先を失った右脚は膝をついて、体重を支えきれなくなったコボルドロードは左手を使って転倒を阻止した。

 

「りゃあああぁぁぁぁっ!!」

 

 そこへ到着したアスナが《リニアー》で串刺しにしていく。《ウインドフルーレ》が刺した点が徐々に増えてゆき、終いには面の攻撃へと進化していった。最後に大きく右腕を引き絞って、渾身の《リニアー》を叩き込む。

 

「スイッチ!」

 

 入れ換わるようにキリトが前に出て単発ソードスキルを連続して発動させる。

 片手剣にはカタナの様なスキルコンボは存在しないが、キリトはそれを知識と経験でカバーして連発している。発動後の余韻で自然に身体を動かし、別のソードスキルの初動モーションへと変え、硬直が解けるやいなやソードスキルが発動。これがひたすら続く。

 

「グアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 HPバーが消失しかける最後の瞬間、力を振り絞ったように野太刀を振りあげたコボルドロードのタゲは、俺達ではなく、なんとか起き上がろうともがくエギルとクライン達……《旋車》で吹き飛ばされたF、G隊のメンバー達だった。

 

 アスナにはアレを弾くか防ぐなんてまだ無理だ。そう判断したであろうキリトが攻撃を止めて引き返そうとするのを、俺は叫んで止めた。

 

「俺が行く! お前等さっさとそいつをぶっ殺せ!」

 

 槍では無理だ! そう言いたげなキリトを無視してすれ違う。有無を言わせない行動に納得したのかはわからないが、引き留めることは無かった。

 

 野太刀が振り下ろされる場所は……狙いはクラインか!

 

「先に謝るぞ! スマン!」

「何をげっふうううぅぅ!!」

 

 横たわるクラインをブレーキする際に足が滑って蹴ってしまった。という体で蹴り飛ばす。システム的にはギリギリOKらしく、カーソルがオレンジに変わることは無かった。検証したくは無いが、どの辺まで許されるのかは知っておきたい。それは後にしよう。是非ともクラインに実験台になってもらいたいね。

 

「お前等、なるべく俺から離れろ! 真っ二つになっても知らないからな!」

 

 一応警告はした。多分大丈夫だろうが、何も言わずにこれで誰かが死んだら気分が悪い。これでも死んだら……そいつのせいだ。

 

 既に起き上がって仲間を担いで離れようとするエギルに槍を預け、振り下ろされる野太刀を睨んだ。ターゲットのクラインは真っすぐ後ろに蹴り飛ばしたので、軌道は変わらない。だが、上手く決まらなかったのかまだ野太刀の圏内にある。他にも衝撃でダメージを受けそうな範囲にはHPの危ないプレイヤーが転がっているので、しくじるわけにはいかない。

 

 身体を屈めて、タイミングを計る。

 

 …………!!

 

 まずは右脚だけで左へステップを踏む。そして着地の瞬間、今度は左足で右へ跳ぶ。二度目の着地では両足綺麗に揃えて、身体をひねりながら空中へ。

 敏捷値全開の反復横とびで得た加速と、全身のひねりと全体重を右脚にのせる。

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 サッカーのシュートよろしく、渾身の力を込めた右脚で野太刀の腹を蹴りつける。複雑な計算式がどうなったのかは知らないが、結果的に弾くことに成功した。傍から見てたら、多分一連の動きは一瞬だったに違いない。

 

 今のは槍で受け止めなくて正解だった。多分ぽっきり折られた揚句に俺まで真っ二つにされていただろう。

 

 俺のナイスキックによる弾き(パリング)で大きくのけぞったところへ、キリトが最後の一撃を決めた。

 

「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 二連続ソードスキル《バーチカル・アーク》。少々鋭いVの字を身体に刻まれたコボルドロードは更に身体をのけぞらせ、四段あったHPバーの全てを失った。

 

 コボルドロードのアバターがぼやけ、ラグが発生したような異変を起こして砕け散った。

 




 そろそろ詩乃がログインかな?

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