「オーダー!日替わり一つ、ハヤシライス一つ、カツサンド二つ!」
「了解、日替わり一丁ハヤシ一丁、カツサン二丁っ!」
フライパンに油を注ぎ野菜を炒める準備をし、同時にフライヤーにエビを放り込む。本日の日替わりランチはエビフライ定食である。油が弾ける音が厨房に響く。桜木は更にパスタを湯がきつつ、皿にライスを盛っていく。
どうしようもなく忙しい日であった。平日ということでラウラがおらず、麻美も大学の研修旅行でいない。また、敬二が諸事情で休みを取ってしまったのだ。その為現在D.C.で働いているのは桜木と恵美子だけである。
「お会計お願いします」
「はい、ただいま!」
昼の時間ということで客が多く入っており、だいぶホールの方も混乱しているようだった。しかし、そちらを手伝うわけにはいかないというのがもどかしいところである。
「日替わり一丁ハヤシ一丁あがり!」
「はーい」
「注文いいですか?」
「少々お待ちくださいっ」
頭では恵美子の状況に同情しつつも手を止めるわけにもいかずフライパンをふるう。三人で回していたものを二人ですることになったことに加えていつもより多い客足にどうしようもなくなっているのだ。
「お待たせしました。ご注文はいかがなさいますか?」
「あ、すみませんコーヒーもう一杯いただけますか?」
「あっはい、少々お待ちください」
「すみませーん、注文したんですがまだですかー?」
「はい!ただいまっ!!」
ひたすら動き続ける恵美子。ピークが過ぎるまでおそらくあと一時間あまりと予想をたて心のなかでエールを送る。取り敢えず、これが終わったら労っておこう。そんなことも桜木は考える。
「お疲れ様」
昼の時間帯を乗り越え、ぐったりしている恵美子に近寄る。
「ええ、ホント……」
「はは、ほら」
桜木は麦茶を差し出す。売り物として用意されているもののためよく冷えていた。
「ありがとう」
一口で飲みほし、ほうっと一息吐く。
「……ふう、おいしいわね」
「まあ、そうだろうな。ホール大変だっただろ」
「かなりね。こんなの久しぶりよ。色々と、ね」
「確かにな。お前と二人きりなんていつ以来だ?」
「そうね…創業当初以来じゃない?」
「そうだったかもな」
懐かしそうに笑いあう二人。D.C.は桜木と恵美子と敬二、そして今はいないある人物の夢をもとに作り上げたもの。その内働き手も三人だけで、たびたびこうして二人だけという場面もあったのだ。
「まあ、あの頃はこんなになることなんてなかったけどね」
「そりゃあ、創業してすぐに繁盛することなんてないさ」
「わかってるわよ。ただ懐かしかっただけ。いろいろと試行錯誤を重ねて毎日失敗していたのが」
「今考えればあれもあれで楽しい日々だったな」
「ええ、そうね。……ねえ、桜木くん」
「ん?」
「あなたは---」
恵美子が何かを言いかけた時、からんからんっと鈴がなった。
「お、いらっしゃい---ってなんだ織斑か」
「なんだとはなんだ。私は客だぞ」
「はいはい、まあ適当に座ってくれや」
「まったく」
新しく来た客---織斑千冬は肩を竦めながらカウンター、恵美子の隣に腰掛ける。
「どうした恵美子、やたらと疲れているようだが」
「大変だったのよ千冬」
「そうか。二人しかいないようだが、その所為か?」
「まあ、そんなとこよ」
お疲れ、と労いの言葉の後、用意されていた水を織斑は口にする。
「注文は?」
「わかってるだろ?いつものだ」
「はいはいっと」
桜木はフライパンをバターを入れ、玉ねぎ、チキンと炒めていく。途中ケチャップをからめ、続けてライスを入れ、塩胡椒で味を調える。その横で別のフライパンでバターを溶かし、卵入れ、軽くかき混ぜながら薄く広げる。厨房から漂う匂いが鼻孔を擽り、心地良い音が鼓膜を叩く。
「うむ、やはりいいものだな。こういうのは」
「どうも」
「おいおい、おまえは作ってないだろ」
広げた卵に作ったチキンライスを乗せ包みこむようにとんとんっとフライパンと叩く。ひっくり返すように皿に盛り、添えるようにデミグラスソースをかけて完成。
「ほら、いつものだ」
「おお、ありがとう」
出されたオムライスに待ちきれない様子でスプーンを持つ織斑。そのままの勢いで端を削り一口。
「ふふふ、やはりオムライスはここだな」
目じりが緩み、笑みをこぼれる。普段硬い表情を浮かべる織斑が出すその顔に、桜木たちも自然と笑みをうかべる。
「じゃあ、私はコーヒーでも入れて来るわ」
「おお、すまない」
恵美子は手を振るだけで答え、厨房の奥に消える。代わりに残った桜木が織斑の隣に座った。
腰を伸ばすように伸びをし、水を飲む。
「それで、お前学校は?今昼休憩なんてもんじゃないだろ」
既に昼から大きく時間は過ぎ、前半の閉店も間近な時間だ。この時間に彼女が来るのはかなり珍しい。
「私は今が休憩だ。生憎と昼の時間帯は休みを取れなかったのでな」
「それっていいのか?」
「構わんだろ。許可は得ているんだ」
そのまま暫し無言になり、スプーンと皿のぶつかる音が店内に響く。
やがてすべてを食べ終わりナプキンで唇を拭く。
「御馳走様。美味しかったよ」
「あいよ」
空いた皿を受け取り流しに置く。丁度入れ替わるように恵美子がトレイを持って現れた。そのままコップを三つ並べ席に着く。桜木はそれを確認すると徐に入口に向かい、かかる看板をcloseに変え席に戻った。
二人はコーヒーに口をつけており、完全に息抜きに入っている。桜木もそれに習う。口に入れた瞬間にすっきりした苦味が広がる。やはり恵美子が一番コーヒーを煎れるのがうまいと改めて実感する。
「それで、今日は何?」
面倒くさそうに恵美子が切り出す。
「……何のことだ?」
「惚けなくてもいいわ、面倒だから」
「辛辣だな」
「そうかしら?」
「そうだ」
また一口コーヒーを飲む織斑。
「……ラウラのことだ」
「あの子の?」
「ああ、数日前あいつが少し暴走してな」
「……」
「……」
桜木も恵美子も何も言わず言葉を待つ。
「暴走と言っても暴れることはなく、自分を見失った感じだ。それも直ぐにあいつ自身で解決し事なきを得た。正直な話、私は驚いたよ。私が認識していたあいつはそんなことが出来る奴ではなかったからな。あいつは人一倍頑張り屋で、弱さは見せない。誰よりも強くあろうとしながら、その実はかなり脆く弱い。そんな奴だった。少し前もあいつの眼は弱弱しく揺れていた」
懐かしむ様に織斑はちゅうを見る。
「だが、その一件からあいつは変わったんだ。ただ我武者羅だった姿は消え、その目にしっかりとした強い光が灯った。あいつはやっと『ラウラ・ボーデヴィッヒ』という人と成れたんだと思った。私は本当に嬉しかったよ。あいつが変わったのはお前たちの、この喫茶店のおかげだと思っている。だから今日はそのお礼を言おうと思ってな」
しっかりと恵美子と桜木を見つめる。
「本当にありがとう」
嬉しそうに、寂しそうに礼をいう織斑。
桜木と恵美子は互いに目配せし、首を振る。
「千冬、私たちもこの店も、何もあの子にはしていないわ」
「ああそうだ。ラウラの成長は彼女自身の努力によるもの。俺たちはただ雇って一緒に働いただけだ」
「だから私たちにお礼を言うぐらいならあの子を褒めてあげなさい。あの子の目の前には常にあなたにあるんだから」
本心からの言葉、自分たちは仲間としていただけである。その言葉は簡単なものだが、とても重いものだと織斑は理解している。だからこそ、教え子は成長したのだ。その確信がある。
「……」
「納得できないか。なら、今まで以上にここに来い。そして金を落としていけ。それが一番の恩返しだ」
桜木は悪戯っ子の様な笑みをうかべる。
「…はは、お前らは本当に変わらん馬鹿だな」
「あら、いまさら?」
「そうだったな、昔からだ」
「おい、それもどうかと思うぞ」
「間違ってないだろ?」
そう言うと織斑は伝票をもって立ち上がる。
「もう帰るのか?」
「ああ、私も忙しい身だからな」
「じゃあ、私が会計するわ。だから桜木くんは片付けお願いね」
「へいへい。じゃあ、またな織斑」
「また来るよ」
それぞれが動き出し、ちょっとした同窓会はお開きになった。
後日、ラウラが嬉しそうに織斑に褒められた、と話してきたのが実に印象的だった。
題名が特に浮かばないから毎回適当です。
VTシステムの一件の後日談的な話でした。
感想への返信についてですが、基本的には後書きでまとめてお礼という方針です。
ただ、誤字報告や特殊なケースではその場での返信というかたちにしていきたいと思っております。
皆様、今後ともご指導ご鞭撻応援等よろしくお願い申し上げます。
まあ、これからも適当にやっていきますのでよろしければのんびり待っていてください。