「七夕…ですか?」
「そう、毎年やってるんだ、七夕のイベント」
「はあ」
午後のラッシュが一段落ついたとき、桜木がそんなことを言ってきた。なんの前振りもなく言われたそのイベントは、ここ喫茶店『D.C.』の恒例行事らしい。しかし、欧州出身のラウラには七夕というものに縁がなく、いまいちピンとこなかった。
「ああ、七夕わからない?」
「はい、すみません…」
「はは、いいよ別に。そうだね、七夕というのは---」
「遥か昔の天帝という神が星空を支配していたころの話よ」
カウンターに座る二人の後ろから恵美子が入ってきた。
「星空を断つ大河、その西側に住む天才的な織物技術をもつ織女と、東側に働き者の牽牛の失敗と反省の話」
「おいおい」
「あら、間違ってるかしら?」
「いや、違うとは言い切れないが……」
「むむ?なぜそんな話で盛り上がるのですか?」
今の話を聞く限り、まったくそこに魅かれるものがなくラウラは首を傾げる。その様子に桜木は頭を抱えるように恵美子を横目で睨んだ。彼女はそれに肩をすくめ仕方なしに言葉を進めた。
「七夕はね、夫婦である織女と牽牛が唯一会うことの出来る日なの」
「なぜだ?夫婦なら共にいればいいだろう」
「それは二人が結婚後に仕事をしなくなったから。役割を放棄したことで二人は引き離された。ただ、自身の務めを精一杯やることを条件にその日だけ許されたの」
「それは、仕方のないことだが、悲しいな……」
「そうね。それで織女と牽牛はそれぞれ織姫星と彦星といわれ祭られるようになった。詳しくは省くけど、もともとは女は手芸を、男は手習いの上達を願ったの。それが転じて今はそれぞれが二星に願い事をする日になった。まあ、ざっとこんなものかしら」
「ほう、なるほど。なかなか興味深い話だな」
話を聞き終えたラウラはしきりに頷く。そして目を輝かせた。
「面白いですね、ぜひやりましょう!」
「お、おお。何かわからないがやる気なのはありがたいよ。じゃあ、短冊書かないとね」
「短冊ですか?」
「これだよ!」
「うわ!なんだマミ!?」
今度は後ろから忍び寄っていた麻美が、ラウラに抱き着きながら細長い紙切れを差し出した。
「へへへ、いいからいいから。これが短冊だよ」
「ほう、これが…」
ラウラは短冊をまじまじと見る。
「そう!これに願い事を書いて笹に飾るの。そうすれば願いが星に届く。まあ、叶うかは二の次なんだけどね」
ははは、と笑う麻美はポケットからさらに短冊を取り出す。
「どう、ラウラちゃん。お友達にさ。別に当日これなくても構わないか渡してみたら」
「そう、だな。ではあと六枚ほどいただけるか?」
「にしし、いいよ!」
待ちきれないとばかりにイキイキとしたラウラと、楽しそうに笑う麻美。桜木はそんな二人を見て、今年は忙しそうだな、と一人心のなかで溜息を吐いた。
バイトが終わり、寮に帰ったラウラは早速貰ってきた短冊を織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、鳳鈴音、シャルロット・デュノア、山田真耶の六名に渡した。当初の予定では織斑千冬にも渡すつもりだったが、毎年行っているようで既に桜木から渡されていた。こういっては何だが、山田は余ったものを頂いた感じだ。本人の名誉のために決して言わないが。
配り終えたラウラはシャワーで汗を流した後に机へとむかった。
「願い事か……さて、どうするか」
シャーペンを指で遊ばせながら短冊をみる。楽しみであったが冷静に考えてみれば願い事が浮かばない。
「うーん……」
「ラウラ?」
「む、どうした?シャルロット」
「願い事決まらないの?」
ベットでくつろいでいたシャルロットがラウラ隣にきた。彼女の机を見ると既に書いたようで筆箱と短冊がきれいに置かれていた。
「もう書いたのか?」
「うん、そんな大袈裟な願い事じゃないからね」
「そうなのか?ふむ、因みに見せてくれるということは」
「それはダメ、かな?」
頬を軽く染めはにかむシャルロット。
「むう、そうか。残念だ」
「ほ、ほら!僕のはそんな大したことじゃないから!」
「それなら見せて欲しいぞ」
「絶対ダメ!!」
今度こそ顔を真っ赤にして叫ぶシャルロットにラウラは体の跳ねさせた。
「きゅ、急に大声を出すな!驚くだろ!」
「あ、ごめん……」
「まあ、そこまで見られたくないならいいさ。しかし、どうしたものか」
「うーん…僕もよくわからないけど、ラウラの率直な気持ちを書けばいいんじゃないかな?」
「気持ちか……」
「うん。簡単な、単純な願いでいいんだよ」
「ふむ……もう少し考えてみるか」
「わかった。あまり遅くならないようにね」
先に寝るね、と言い残しシャルロットはベットに入っていった。
ラウラはまたシャーペンを遊ばせ少し考えてたら、ペンを紙にはしらせる。書く顔は真剣そのもので、一切の遊びはない。
やがて短冊を書くのをやめ、スタンドライトを消してベットに身を投げる。低反発で作られたベットはほとんど抵抗することなく彼女の小柄な身体を包んだ。ふわりと香るほのかな柑橘系の香りが眠気を誘う。日本に来てパジャマというものを着始めたが、こういうもの悪くないと感じ始めてい。短冊の願いか…叶えばうれしいな。そんなことを考えながらラウラは船を漕ぎ出した。
時は過ぎ、七夕当日。
日が傾く夕暮れのなか、桜木ら『D.C.』のメンバーが慌ただしく動いていた。店先にテーブルを並べ、隣に大きな竹を立てて本日のイベントに備える。この日は注文などは取らず、料理をセルフで取ってもらう形で行い店員もイベントに参加するのだ。
ラウラと麻美は予め預かっていた短冊を竹に括り付け、飾りも結ぶ。恵美子は飲み物を、敬二と桜木は料理をそれぞれ準備する。始まるまで少し時間はあるが、ぽつぽつと人が集まり始めているためかなり急ぎでの準備になっていた。
それから約一時間ほどですべてがテーブルに並び、会場がライトアップされる。来場しているのは麻美とラウラの学友に近所の親子たち、常連のお客にIS学園の教師陣。そこまで多い人数ではないが、広くない庭に集まるとなかなかいるように感じてしまう。
「えー、大変長らくお待たせしました」
時間が頃合いになり桜木が前に立ち音頭をとる。
「まあ、長い話も特にいうこともありませんので、いきなりですが乾杯の方に移ります」
周りも慣れたもので、それぞれが飲み物を手に取る。初めて参加する面子も促されるようにコップを持ち、中身を注いだ。
「では、存分に盛り上がって下さい。乾杯!!」
「乾杯!!!」
合図とともに各々が好き好きに飲み、食べ始めた。ラウラはそのなかで周りを見渡す。自分はどうしようか、そんな様子であった。
「ラウラ!」
呼ばれる声に振り向けば、ルームメイトであるシャルロットの姿。何も持っていないことから料理を取りに来たわけではないようだ。
「シャルロットか、どうした?」
「どうしたって、ラウラを呼びに来たんだよ。まさか忙しい?」
「いや、そんなことはない。そうか呼びに来てくれたのか、ありがとう」
「いいよ、別に。僕たちもラウラのおかげでここに来れたんだし。さ、いこ」
シャルロットに続いて歩くと、店の丁度反対の端の方に友人が集まっているのが見えてきた。皆いつもの制服姿ではなく、思い思いの服を着ていた。
「みんな、連れてきたよ」
「お、きたか。ありがとな誘ってくれて」
始めに反応したのは一夏であった。
「あんたがバイトなんてしていたとは驚きよ、ほんと」
「まあまあ、お誘いいただきありがとうございます」
「七夕なんて懐かしいな。童心に帰った感じだ」
一夏に続くように、鈴音、セシリア、箒が喋る。どうやら、教師陣はここにはいないようであった。
「こちらこそ、来てくれて嬉しい。さっき、ユーヤ…ああ、てんちょが言っていたように楽しんで行ってくれ」
「うん、そうする。ね、その服って制服?凄く可愛いね!!」
「む、そ、そうか?」
「そうね、いつも冷たい印象のあんただけど、全然雰囲気違うじゃない」
「ええ、そうですわね。とても似合ってますわ」
慣れない賛美の言葉に居心地が悪くなるのを感じる。
「あ、ありがとう。それより!もう短冊は付けたか?なんだったら付けてくるが」
あまりに露骨な話題のすり替えに、皆が笑うのがわかり更に恥ずかしくなる。
「大丈夫。来た時に織斑先生が回収していったから」
「教官が?」
視線をまわすと反対側にいるのが見えた。他にも山田と桜木の姿があり、随分と仲が良さそうである。
「どうした、ラウラ」
「……いや、なんでもない」
一瞬、もやもやしたものを感じた。だが、それも何もなく消え、気のせいと断じる。
「そうか、ではわたしだけ…付けていないのは」
「一緒に行こうか?」
「いや、すぐ戻るから大丈夫だ」
シャルロットの誘いを断り、小走りで竹に駆ける。
ポケットから取り出した短冊を眺め、人目に付きにくい影にそれを括り付ける。
「期待はしないが、叶うと……うれしいな」
目的を果たし、また小走りで友人のもとに向かう。ラウラが去ったあとに風が軽く吹き抜ける。枝がゆれ、葉がめくれる。瞬間にラウラの短冊が光を受け、刹那の輝きを見せたのちすぐに影へと隠れた。
彼女が何を書いたのか、それを知るのは本人と星空だけである。
それぞれの願いは皆様がお考えください。
何気に原作主役陣が初登場でした。
何故か瞬間的にランキング4位に……
驚きと申し訳なさと感謝しかありません。
こんな中途半端作品ですが、お付き合いいただける方は今後ともよろしくお願いいたします。