「待つのじゃ、明久!」
「あれ?秀吉?」
後ろから声を掛けられ振り返ってみると、僕の友人である木下秀吉が息を切らしながらやってきた。
「まったくお主は……一体どういうつもりじゃ?」
「どうって、何が?」
「使者の件じゃ。お主も知っておるじゃろう?下位勢力が宣戦布告をすれば、どうなるかという事を」
「……ああ、その事?」
基本的に下位勢力の宣戦布告に対して上位勢力は断ることができない。さらに試召戦争が始まってしまうと行われる筈だった授業は補習というカタチで補われる。上位勢力としては無駄に時間をとられる結果となるので、基本的にその使者に鬱憤をはらすこととなるのが普通だ。
「一応、知っておったのじゃな?では何故お主はそんな平然としておる?」
「……心配してくれたの?秀吉?」
僕がそう問いかけると、秀吉はこくんと頷き、こう続けた。
「うむ、それに……、今日のお主はどこかいつもと違うような気がしての……。うまく言葉に出せんのじゃが……、どこか具合でもわるいんじゃないかと思ってのう?」
……さすがは秀吉だね、人を見る目があるというかなんというか……。やっぱり友達の、特に秀吉の目はごまかせないな……。
「心配してくれて有難う、秀吉……。でも僕は大丈夫だよ?別に無理をしているわけでもないしね……」
「……まあ、お主がそう言うなら仕方ないのぅ……」
ハァ……、と溜息をつきながら、とりあえずこれ以上の言及は控えてくれるみたいだ。まぁ……、言及されたとしても、何時も通りとしか答えようがないんだけれど……。
「……それより、秀吉も一緒に来るの?あぶないよ?」
「今のお主を一人で行かせる方が、もっとあぶないと思うのじゃが?」
どうやらついてくる様子の秀吉に僕は苦笑する。こう決めたら、秀吉は引き下がらない。そんなやり取りをしている間にDクラスに辿りついてしまったし……しかたない……!
「……じゃあ、とりあえずすぐ逃げられるよう秀吉は下がっててね……。行くよ」
僕はそう覚悟を決め、Dクラスの扉を開く。
「……失礼するよ、Dクラスの代表はいるかな?」
Dクラスに入ってそう尋ねると、奥から代表らしき人物がやってくる。
「俺がDクラス代表の平賀だけど……、君は……たしか吉井君かい?」
Dクラス代表であるらしい平賀君が僕の前までやってきて、訝しむ様子でそう尋ねてくる。
「うん……、僕はFクラスの吉井だよ。今日はFクラスを代表してDクラスに伝えたい事があってきたんだ」
「伝えたい事?」
「うん、僕達Fクラスは、今日の午後Dクラスに対して試召戦争を仕掛けるのでよろしくお願いします」
「………………え?」
彼は、僕の言った事がわからないという顔で暫くの間ポカンとしているのがわかった。
明久が宣戦布告をし、最初何を言われたのかわからなかったようであるDクラスじゃったが、それも束の間、現在は至るところで殺気がこみ上げてきておる……。下位クラス、それも最低クラスであるFクラスから宣戦布告されたのだから当然といえば当然じゃろうが……。Dクラス内が殺伐としてきている事もあり、そろそろ逃げる準備をした方がいいと思うのじゃが……、明久はというと、特に動く気配がみられない。
「最低クラスが俺達に向かって宣戦布告だと!?」
「舐めたことぬかしやがって!無事に帰れると思ってんのか!?」
Dクラス数人が明久に詰め寄ってくる。しかし、それでも明久に動じた様子はみられなかった。
「……僕としては別に舐めていないし、Fクラスの使者として来ただけだけだよ。宣戦布告を伝えないと試召戦争ができないじゃないか?」
「俺達が言ってるのはそんな事じゃねぇ!最低クラスの分際で宣戦布告してくる事が舐めてるっつってんだ!!」
「それにテメェ観察処分者だろ!!そんな奴が宣戦布告に来ること自体がふざけてんだよ!!」
(明久ッ!)
殺気が膨れ上がるのを感じ、ワシは明久の服の裾を掴む。しかし、それでも明久動かず、Dクラスの一人が明久に向かって殴りかかってきた。
(間に合わん……ッ!)
ワシは明久が殴られると思い、目を閉じ、これからどうやってこの場を切り抜けるかを考えておったのだが……、
「!?うわっ」
「なっ!?」
明久は冷静にその腕を掴み逆方向にひねり、殴りかかったDクラスの生徒はそのまま関節技を極められていた……。
「……確かに僕は観察処分者だけど、殴られなければならない覚えはないよ……。僕としてもこのまま殴られるつもりもないしね。それで?まだ続けるのかい……?」
「わ、わかった!わかったから離してくれ!」
そう言われて明久はゆっくりと手を離す。そしてゆっくりとDクラスの代表に向き直り、
「それで平賀君、だっけ?試召戦争は今日の午後という事でいいかな?」
「……わかったよ、Dクラス代表としてその宣戦布告を受ける。……どのみち僕たちはその宣戦布告を断れないしね……」
下位勢力の宣戦布告は、断る事ができない……。その事を言っておるのじゃろう……。じゃが、Dクラスの代表はその事より、明久の雰囲気に呑まれておるようじゃった。
「ありがとう、じゃあ僕たちは教室に戻るよ。ああ、あとゴメンね……、暴力を振るうつもりはなかったんだけど……」
「いや、それについては我々から仕掛けたことだからね、こちらこそ申し訳なかった……。代表としても謝罪するよ」
「……僕は気にしてないよ。暴力はともかく、君達の気持ちはわかるからね……。じゃあ、お手柔らかにお願いするよ……」
そう言って明久は用は済んだとばかりにワシの方を振り向き、
「秀吉、行こ」
「う……うむ……」
その明久の言葉に従い、ワシは明久と共にDクラスを後にした。
「……明久、お主本当にどうしたのじゃ?とても、いつものお主とは思えん」
Dクラスを出て、ワシは先程から感じていた事を口にした。……朝、明久に挨拶をした時から見てきたのじゃが、どうもいつもの明久らしくない……。最初は少し違和感を感じただけだったのじゃが、先程のDクラスとのやり取りをみて、違和感は確信へと変わった。
(少なくとも昨日までのワシの知る明久ではない……。まして、演技をしているようにも思えん……)
まるで『人』が変わったかのように……。ワシの問いに、明久はゆっくり向き直ると、
「秀吉……。君が何を言いたいのかはわかるよ……。でも、ゴメン……うまく言えないんだ……」
「……それはワシの言葉通り、お主がいつもの『明久』ではない……ということかの?」
ワシがそう言うと、明久は困ったかのように苦笑を浮かべながら探るような口調で答える。
「……僕は、僕だよ……。秀吉や雄二、ムッツリーニ達と一緒に……、去年、色々バカをやってきた『吉井明久』さ……。ただ……、秀吉の言う『いつもの』僕かと言われると……うまく話すことができないんだ。……秀吉に、秀吉達に嘘をつきたくないし、それに……」
「それに……?」
そこまで言うと明久は真剣な顔でワシに向き直り、ハッキリと言った。
「僕は秀吉達を親友と思っている。――島田さんの新しい教科書を探す為に、一緒に探してくれたあの日から、……バカな僕に付き合ってくれて……、いろいろと巻き込んでしまっている君達に、その場だけの事を言って誤魔化したくはないんだ!」
その言葉を聞いてワシは確信を持った。この目の前にいる人物は『明久』であると。例えいつもと違う雰囲気を持っておっても、ワシの知る明久であると……!
「……今の言葉だけで十分じゃ、明久。ワシとて無理に聞こうとは思っとらん。朝、そして先程の様子を見ていて、お主に何かあったのではと心配になっただけじゃ。じゃが……今の言葉を聞いてワシはお主が『明久』である事はわかった」
「……秀吉」
「じゃが、悩みがあれば相談はしてほしいのう。ワシも、お主の事を親友だと思っておるのじゃから……」
「うん……わかった、秀吉……。その時は、ちゃんと話すから……!」
そう言いきった明久に、偽りの色は無かった。その後、明久は職員室に行くと言い、そこで別れるも、歩いていく明久の後姿を見ながら、ワシは思う。
(明久……何を抱えておるかは知らん……。じゃが、ワシはお主の味方じゃ……。じゃから……あまり無理はするんじゃないぞい……)
そう思い直すと、ワシも報告の為、Fクラスの教室へ戻る事にする。無事、Dクラスへの宣戦布告が済んだ事と、明久の事を伝える為に……!