「すみません坂本君、私……」
「何を言ってるんだ、姫路。お前は一生懸命戦っていた。それは誰もが認めるところだ」
「そうじゃ、姫路。なんら恥じる事はないぞ」
「…………頑張った」
試合会場から戻ってきた以来、元気のない姫路を励ましていると、救護設備のところにいた明久が鉄人と一緒に戻ってくる。
「おう、明久」
「えっ……」
明久は左手を抑えてはいるものの、特にギプス等を巻いていなかった。俺の見たところ骨折していると思っていたのだが……。一方、姫路は明久を見る事ができず、俯いてしまっていた……。
「よ……吉井君。わ……私……」
「姫路さん、凄かったよ。結果は残念だったけど、とてもいい試合だった」
「で、でも……!」
「……利光君に言われた事を、気にしてるの……?」
「…………」
黙ってしまった姫路に、明久は一呼吸おきながら、
「……そうだね、もし次の試合で雄二が勝てば……、僕達Fクラスの人間は再度、振分試験が受けられる事になる……。だから、出来れば姫路さんもその事について考えてみてほしい……。姫路さんの身体も……、今のFクラスの教室では悪影響があるかもしれないしね……」
「…………わかりました」
そこまで言うと、明久達は俺の方を見てきた。
「いよいよ最終試合じゃな……。雄二はもう準備はできてるのかの?」
「……ああ、正直に言うとあと少し時間をあれば……、と思わなくもないけどな……」
「雄二よ……」
「まあ、元々学力だけが全てじゃないという証明ならば、今この時に戦うというのがベストなんだろうけどな……」
俺は苦笑しながらそう言い、
「秀吉、明久、ムッツリーニ、そして姫路……。お前らは本当に良くやってくれた。お前らの戦いは、学園の連中の誰もが認めているだろう……。『学力だけが全てじゃない』……、俺は、この学力重視である文月学園においてどうしても証明したかった事だ……。そんな理由に、ここまでお前らを付き合わせてしまった事、本当にすまなかった……。それと同時に、心より感謝している……」
「ゆ……雄二?お主……」
「…………お前らしくない」
俺が素直に詫びを、そして礼を言った事に秀吉達は戸惑っているようだ……。だが……、これは今の俺にとって偽らざる気持ちだ。
「……確かに自分でもらしくないとは思う……。だが、不可能とまで言われていた打倒Aクラス……、それがここまで来れたのは、他でもないお前らと、上にいるあの連中の協力があっての事だ……。俺ひとりでは……、とてもここまで来る事は出来なかった……」
……そう、例え俺がどんな事をやっていたとしても……、俺一人では絶対にここまで来れなかった。
――俺はあの時、今まで信じていた自分の無力さを知った……。小学五年の時、俺は周囲より『神童』と呼ばれていた……。尤も自分でもその呼び名に恥じない程の学力は持っていたつもりだ。自分の考え方も周りの連中とは違い、何処か冷静に……、言ってしまえば『子供らしくない』思考を持っていたと思う。だから正直、俺は周りの連中や、嫉妬ばかりで努力もしない名ばかりの上級生の事を見下し、蔑んでいた……。周りから一歩飛び出ている自らの知能、学力に自己陶酔していたという事もあるのだろう……。
(……そんな時だ、あの事件が起きたのは……)
……ある日俺は、いつも自分に絡んでくる上級生相手に報いを受けさせようと、網を張っていた。そしてその目論見通り、きっちりと網には引っ掛かってくれたのだが、思いもよらない事も起こってしまったのだ。……翔子が……、俺と上級生の諍いに巻き込まれてしまった……。そして俺はその現場を目の前にし、恐怖で身動きが出来なくなってしまった……。自分のせいで巻き込まれた翔子をすぐ助けにも行けず……、頼りにしていた知能、学力も全く役にたたずに……、俺は自分の無力さを知った……。
(さらにはあろうことか、翔子に責任を感じさせちまった……)
誇っていた知能は言い訳ばかりで、肝心な時に動けなくなる……。こんなくだらない、惨めで、情けない自分に……『責任』を感じさせてしまった……。
だから俺は今までの俺を捨てた。今までのように学力に頼っていた考えを廃し、あの時欲しかった力も求めるようになった。……いつしか『悪鬼羅刹』と呼ばれるくらいに……。だが、その力を手に入れても、欲しいものは手に入らなかった……。
(だから……俺は……、それを手に入れる為に、この学園に入ったんだ……)
――学力重視の文月学園……。そしてその学力に応じた試験召喚獣というものを使い、ランクのクラスを変える為に『試験召喚戦争』を起こす事ができる……。そこでならば、俺の手に入らなかったものが、手に入るかもしれない……。あの時に欲しかった何かを……。
――学力が最低のクラスで、学力が最高のクラスを打ち破る事ができれば……!
「だからこそ……ここまで来た以上、絶対にAクラスに勝ちたい……!勝って、世の中を渡っていく為には、勉強すればいいってもんじゃないという現実を、この会場にいる全員に突き付けてやる!」
「そうじゃな。ここまで来たんじゃ」
「…………ああ、頑張れ(グッ)」
「坂本君……、お願いしますっ!」
この試召戦争の決意を思い出して、こう宣言すると、他の奴らも賛同してくれたようだ。
「ああ、絶対に勝ってみせる!……お前らの為にもな……」
仲間たちの後押しも受けて、会場に向かおうとした俺に、今まで黙っていた明久が声を掛けてきた。
「……雄二……」
「……お前から言われた事、俺もわかっているつもりだ……。確かに、俺が『試召戦争』をおこした理由……。おこしたかった理由は……、俺の過去にあった出来事からきているものだって、な……」
「…………そう」
明久は真っ直ぐに俺を見ていた。俺もその視線を逸らさず、話を続ける……。
「……俺はこの試合、全てを出し尽くす。それでも相手は学年主席である、あの翔子だ……。普通に戦ったら勝てないだろう……。だが、この状況を乗り越えれば、俺は何かを掴める気がする……。欲しかった何かを、な。だから俺は勝つ。前に、進むために……!」
そう言って俺は明久の肩を叩き、会場に向かおうとすると、最後に明久がこう言ってきた。
「……雄二、自分を否定するなよ?」
「……なに?」
明久の言った言葉の意味が分からずに聞き直すと、
「……霧島さんと戦っている時、多分いろいろと考える事があると思うけど……、その時に自分を否定したら駄目だ……。今まで、雄二が考えていた事、その理由、そして……、その想いを持って戦ってほしい……」
「……わかるようなわからないような言葉だが……、わかった。覚えておく事にする」
「ありがとう……。それじゃ、後は任せたよ、雄二!」
「ああ、任された!」
そして俺は翔子の待つ、試合会場へ向かった。
「……現在、Aクラス、Fクラスともに、1勝1敗2引き分けとなり、後は最終試合、第5戦を残すだけとなりました!」
試合のアナウンスが流れる中、俺は翔子と対峙する。……コイツと正面からこうやって対峙するのは一体いつ以来だろうか……。
「……雄二。科目は……?」
こう言ってくる翔子に俺は答える。
「『日本史』で勝負だ、翔子」
「……わかった。……高橋先生、お願いします」
……本来の考えでも、俺は『日本史』で勝負を挑む予定だった。相手である翔子の、ある『隙』をつこうという考えだったからだ……。今思えば……、それでもし勝ったとしても、俺の求める『答え』がみつかったかどうか……。そして、敗戦の責任を一身に負っているだろう翔子を見て、俺がどう思うかについても……。
……このエキシビジョンではその心配はないが、この試合が終わった時、どうなっているかは正直、俺にもわからない。
「設定完了……。皆様、大変長らくお待たせ致しました。奇しくも代表同士の戦いになります、この最終戦で勝敗が決定致します。お互いに全力を尽くし、この試合に臨んでください。それでは……、最終試合、Aクラス代表、霧島翔子VSFクラス代表、坂本雄二。教科は『日本史』。――開始してください!!」
「「……
……いつも通り、幾何学的な魔法陣が現れた後、お互いの召喚獣が姿を現す。そして、点数が表示された。
【日本史】
Aクラス-霧島 翔子(364点)
VS
Fクラス-坂本 雄二(215点)
「215点か……。まあ、ここ暫く真面目に勉強していなかったからな……。悪足掻きにしてはいい方だな……」
それにまた歓声が上がる中、俺は冷静にこの結果を見ていた。Dクラス戦後より、必要になるかもしれないと思って、俺はこの教科だけを勉強し直した。……最初はとりあえずの勉強であったが、考えていた戦術を使わないと決めた後は徹夜で取り組むことにしたのだ。ここ暫く、真面目に勉強をしていなかったせいかなかなか手間取ったが、それにしてはいい点数だと思う。
「……雄二……」
「……あれから勉強はほとんどしてこなかったからな……。まあそれはいい……」
俺は改めて真正面から翔子に向き合い、
「……本気で来い、翔子。俺も……本気で行く!」
「……わかった。……私も、本気で行くから……!」
翔子は自ら持つ業物のように見事な日本刀を、そして俺は召喚獣の装備しているメリケンサックを構えさせる。
「翔子……行くぞ!!」
「……うん!」
その言葉を皮切りに、俺と翔子の一騎打ちが始まった……!
【日本史】
Aクラス-霧島 翔子(287点)
VS
Fクラス-坂本 雄二(191点)
俺は翔子の動きを見て、出来るだけ攻撃を喰らわない様に立ち回っていた。何しろ百点以上の点数差だ。翔子の攻撃を一度でもまともに受けてしまえばそれで勝負は終わってしまう……。正直、明久の召喚獣の動きを目の当たりにしていなければ、絶対に勝てないと諦めてしまっていただろう……。
そこはあの『模擬試召戦争』での経験が役に立った。俺も秀吉までとはいかなくとも、明久のアドバイスが良かったという事もあり、通常よりはかなり召喚獣の操作性が上がっていたからだ。
「……ッ!」
また俺のメリケンサックが翔子の召喚獣に決まり、点数が修正される。そこまでのダメージではないが、急所はしっかりと守られている為、こうしたダメージの積み重ねで点数を削っていくしかない。
(……翔子……)
俺は目の前の少女を見据える。俺を一途に慕ってくれる少女。そして……、眩しすぎる少女を……。
(俺は……お前の思っているような……立派な人間じゃないんだ……!)
――あの日、俺にとって転機ともいえるあの日。俺は、翔子のピンチにすぐさま飛び出す事が出来なかった……。俺のせいで3人の上級生に苛められていた翔子を見つけた時、俺は恐怖で動けなかった。そればかりか……、俺は自分が楽になる方ばかり思考が働き、罪悪感から逃げる事ばかり考えていたのだ……。あの時の俺は、今でも思い出せる……。俺の大嫌いな『自分』を……!
だから……、俺は翔子の好意に答える事ができない……。あの一件以来、翔子の俺に向ける好意が、さらに明確なものとなってきた気もする……。それが助けてくれた事への感謝が好意に変わったのかは分からないが……。あれは、あの事件は、俺のせいだというのに……。それがわかっていても、すぐ助けに行けなかったのに……!
……こんな情けない俺に好意を寄せてくる翔子。どんなに距離を置こうとしても……、どんなに冷たく接しても……。翔子は純粋な目で、ひたすら俺を見つめてくる……。
それが俺にはひどく、辛く……、そして、眩しかった……。
「……わかった」
そして戦闘中、ふとそんな事を口にする翔子。俺は疑問に思い、聞いてみる。
「翔子……?一体、何がわかったと……」
「……今までの雄二の行動パターン。そして召喚獣の動き、操作の把握。……だいたいわかった」
何をバカな……。そう思った俺の脳裏にふとある事がよぎった……。
(……待てよ、確か翔子は……!)
……一度覚えた事は、忘れない……。その事実を思い出した俺はその場で戦慄する。その翔子が俺の動きを見て、それを「わかった」という事は……!
そう思い当った時、翔子の召喚獣が俺に対し反撃の狼煙を上げていた……!
……雄二との最終試合がはじまり、私は召喚獣の動きを回避に徹するようにしていた。確かに雄二の召喚獣の操作力は、私を超えている……。優子からも多少は聞いてはいたし、実際に試合を見て観察はしていたものの、実際に動かしてみるのとでは訳が違った。動かそうにも思い通りにはなかなか動いてくれないし、急所に攻撃を受けたら終わりという事もあるので、慎重に様子を窺っていた。そして……、
【日本史】
Aクラス-霧島 翔子(213点)
VS
Fクラス-坂本 雄二(94点)
……おおまかな召喚獣の動きや操作時のロス、何処にダメージを受けたらどのくらい点数が減るのか。そしてそれに加え、雄二の動きの特徴、行動パターンを把握する。それを踏まえた上で、私は雄二に対して攻勢に転じていた。
「クッ……!」
……雄二は今、なんとか致命傷だけは喰らわない様に立ち回ってはいるものの、次第に私の攻撃を避けられなくなっていた。……彼の焦燥が、伝わってくる……。
(……雄二……)
そんな中、私は目の前の彼をそっと見つめる……。小学校からの幼馴染。……私の想いの人……。決定的に想いを自覚したのはあの時……。雄二が、今までの自分を変えるきっかけとなったあの日……。
――あの日、私は上級生達が雄二のロッカーで悪戯をしているのを目撃した。……友達が酷いことをされそうになっているのを見て、黙っていられなかった私はそれを止めに入ったものの、上級生は聞き届けず、逆に私が絡まれる事となってしまった……。当時祖父が、私が苛めを受けている事がわかったら、すぐ転校させようと考えていた事を知っていた……。だから折角できた友達と……、雄二と離れたくなかった為、私は苛めや嫌がらせを受ける事を何よりも恐怖していた……。あの時、彼らに苛められるという『事実』は、私にとって何よりも恐ろしいものだった……。
『お、おおおオマエら何やってんだよっっっ!』
……上級生達に絡まれていた時、私の友達である雄二が、ただ一人で助けに来てくれた……。
これが『雄二』でなければ、私はそんなに驚かなかった。あの『雄二』が、ただ『一人』で助けに来たから、私は驚いたのだ。
……雄二の事はわかっていたつもりだった。『神童』と呼ばれ、周りの同級生からは距離をおき、基本的に他人には無関心を貫いている……。頭も良く、大人顔負けの判断もでき……、他の同級生と違い、お嬢様であった私を特別扱いしない彼に興味を持った。そして、気が付けば彼に話しかけ、彼も面倒くさそうにしながらも、それに対応するといった毎日を送っていたのだ……。
そんな『彼』が、たった1人で上級生3人に囲まれている私を助けに来るとは、夢にも思わなかった。
……彼は震えていた。それはそうだろう。上級生相手に、それも相手は3人いてこちらは雄二が1人……。喧嘩の経験もなければ、武術の心得もない……。喧嘩になれば、ほぼ100%勝ち目はない……。
……私でもわかるのだ。『神童』と呼ばれた彼が、それをわからないはずがない……。誰よりもわかっていた筈だ……。3人を相手に喧嘩し……、自分がどういう未来を辿るのか……。そして、それをわかっていて、彼は私を助けに来たのだ……。
……雄二はあの時、私を庇ってくれた……。普段の自分を押し殺して、転校する事を恐怖している私の為に……。自分を悪者にし、今まで自分が築いてきたものを台無しにしてまで……!
――だから私は彼の傍に居たいと思った。彼と一緒に歩いていきたいと願った。……私の為に、弱い自分を奮い立たせ、震え、泣きながらも庇ってくれた、『雄二』とずっと一緒にいたかったから……!
「ッ……!くそっ!!」
防御のみに集中していた雄二が、一度私から距離をとるように離れる。……私は深追いはせず、日本刀を構え直し雄二を窺った。……大分点数も消耗している。今や私との点数差も4倍に近い程となっていた……。
……あの日以来、雄二は『変わった』。いや、それは正確じゃない……。『変わった』ように見せていた……。霜月中学への推薦の話もなくなり、勉強もしなくなって、喧嘩に明け暮れるような毎日を送るようになっていた……。そして、ついた渾名が『悪鬼羅刹』……。
……私にはわかっていた……。彼の心の葛藤が……。今までの心の支えだったものが失われ、新たな支えを見つける為にそれを探しているという事を……。雄二が自分自身を許せずに、自分の事が『嫌い』だという事を……。そして……、その嫌いな『自分』を大好きでいる私と、距離をとろうとしている事が……!
……入学式の時、雄二の気持ちに、私は一度距離を置くことに決めた……。本当は離れたくなんてなかった……!でも、それが雄二の為になるなら……。雄二が自分を許せるようになるまで……、私はいつまでも待とうと……。
……だから、私は我慢した……。我慢して、我慢して、がまんして、がまんして、ガマンシテ……。
(……こんな事なら、いっそ「お前なんか嫌いだ」と言ってくれた方がまだ苦しくないのに……)
……私も2学年になり、そろそろこの想いを自分の中だけで抑えておく事が出来なくなってきた時、私の想いを認めてくれる人が現れた……。
『……だから、僕は雄二に協力する事にしたんだ……。そこにある、アイツの不器用な想いに、応えてあげる為にね……。だから霧島さんには、黙って見届けてあげてほしいんだ……。2人には、幸せになってほしいから……』
……その言葉に、私はどれだけ救われたかわからない。……雄二が私と距離を置いている理由のひとつ、それは『釣り合わない』という事だ……。私の想いは無視して、それも雄二だけでなく、周り人たちも許さない……。
……幾人かに私が告白された時、最初は好きな人がいる事を理由に断っていた。なのに……、
『霧島さんとあの坂本君とでは、とても釣り合わないよ!』
『坂本って、あの【悪鬼羅刹】って呼ばれた!?』
……そんな酷い理由はない……!周りなんて関係ない!!でも……、私の想いが誰にも認められないというのは想像以上に辛いものだった……。だから……、一人でも認めてくれる人がいるというのが……、こんなにありがたい事だとは思わなかった……。
……そして、吉井の協力もあり……、今、雄二は正面から私の前に立っている……。『試召戦争』を通して、ぶつかってきてくれている……!焦燥感にとらわれながらも、自分の持てる、全てをかけて向かってくる雄二と……!
(……だから雄二。私も全力を尽くす……!そしてその試合の先に、雄二の求める『答え』が見つかるように……)
そして願わくば……。自分を嫌いな雄二が、自分を許せない雄二が……、自分自身を許してあげられるよう祈りを込めながら……。
その確固たる意志を召喚獣に託して、私は雄二の召喚獣に向けて日本刀をかざした……!