召喚少女のリリカルな毎日   作:建宮

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相談室での出来事~side 雨水~

生徒相談室

 

だいたい二ヶ月くらい、空室の立て札を掛け続けてしまっていた部屋に久しぶりにやっていきていた。仕事としての完全な復帰扱いにはなっていないものの、家で暇している事を騎士カリムに話したら一時でいいからと

再開をお願いされた

 

聞けば、そろそろ復帰してくれないと教会的に物凄く危ない状況だったらしい。本当に暇だったので、言ってくれればいつでも顔は出せたんだけどね

 

 

「さて、今日は誰がきてくれるかな」

 

 

って言っても生徒達には今日の朝礼で知らされる事だろうし、いまはヴィヴィオとイクスくらいしか知らないのだから来るのは先生方くらいだろう

 

換気の為に窓を開けると肌寒い朝の風が入ってカーテンが揺れる

 

 

「・・・。」

 

 

カーテンが揺れる。それは良い・・・しかし、右のカーテン揺れ方が不自然に見えた。まるで、一部を誰かが握っているみたいに抑えられた揺れ方だ

 

一瞬の出来事ではあるのだが、一瞬だからこそ印象に残ってしまう。それに、姿を消す魔法やレアスキルは別に珍しいモノじゃない

 

そんな器用なことができて俺がここに居るのを知ってるのはヴィヴィオくらいか

 

でも、ヴィヴィオならそんな周りくどいことをする必要はないな

 

 

「次の休み時間までだから一時間は暇になりそうだな」

 

 

誰かが隠れているなら、一発で言い当てたいところなんだけど・・・いや、まだ気のせいかも知れないけどね

 

とりあえずカーテンに近づいて整えるふりを自然に横に凪ぐ

 

特に何もなし

 

 

「・・・。」

 

 

何と無く足元の影に目を移した

 

 

「・・・ああ、シャッテンちゃんか」

 

「ごきげんよう、先生」

 

 

白い仮面を被って全身を影で覆ったシャッテンちゃんが俺の影の中から出てくる

 

 

「シャッテンちゃんがいるって事は、リヒトちゃん、カーテンに隠れてたのはキミだね」

 

「ご、ごきげんようです、先生」

 

 

肩までに揃えてある白みのあるブロンドの少女が窓から差し込む光の中から出てくる

 

シャッテンちゃんとリヒトちゃんはそれぞれ似た系統のレアスキルを保持している。シャッテンちゃんは影と、リヒトちゃんは光と、同化できるレアスキル。まだ制御が甘いところと本人達の性格上、戦いの能力は高くはないけど、求められれば上位の位置まですぐに持っていけれるほど強力なスキルだと思っている

 

 

「まずシャッテンちゃん。全身の影化は駄目って前も教えたよね。はい、解除する」

 

「うん」

 

「先生。先生は今日からまた学院に戻ってきてくれるですか?」

 

 

リヒトちゃんはカーテンを放すと小走りに近寄ってきて俺の袖を引く

 

 

「まだ時間のある時だけだよ。それより、二人ともよく俺がここに居るって分かったね。まだ生徒達には知らせてないはずなんだけど」

 

 

影化を解除したシャッテンちゃんはスカートを軽く抑えて形を整えるとリヒトちゃんと並んで顔を見合わせる

 

 

「えと、わたしとリヒトちゃんはずっと相談室にいたから。今日は偶然です。ね?」

 

「うん。あたしはシャッテンちゃんみたいに自由に出たり入ったりできないから、帰ってくる先生にまた教えてもらおうって待ってたの」

 

「待ってたって。二人とも、授業はきちんと出ないと駄目だよ」

 

 

元々能力の関係で授業は出れないことが多かったが、どうも話を聞くと俺がいなくなってからは殆ど授業に出ずに相談室で過ごしていたらしい

 

 

「まぁ時間があるから、まずは二人とも遅れを取り戻そうか」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

 

嬉しそうにシャッテンちゃんは自分の影から二人分の勉強道具を取り出す。リヒトちゃんも同じ事ができるはずなんだけど、シャッテンちゃんほど能力への恐怖を克服できていないので十全に力を発揮できないでいる

 

 

「クラスが別だからね。まずはどこまで分かるか確認しないと」

 

 

二人のノートを借りて目を通す。ノートに書かれた唐突に飛ぶ内容を見て、いつ出ていつ出ていなかったのかを把握する

 

あまり出ていないと言っていたけれど、見た限りでは重要な部分ではきちんと出ているし、これなら少し穴埋めをしてあげれば次からすぐに授業に入っても遅れずについていけるはずだ

 

 

「よし! いまから問題作るから、少し待っててね」

 

 

シャッテンちゃんとリヒトちゃんは頷くと椅子をもって来て抱き合って座る

 

お互いのレアスキルの性質を利用して相殺することによって暴発を防いでいるんだろうけど、幼い美少女が抱き合ってる光景って・・・誰かに見られるとまるで俺がさせているみたいなので早々に作り上げないと

 

 

「先生、いまさらですが、ご結婚おめでとうございます」

 

「ありがとう。ああ、急に休む事になってごめんね。いちおう代理の先生には話しを通してあったんだけど、全員をお願いするのはちょっと急だったね」

 

「ぜんぜんです! 先生が休む前に残してくれた練習メニューは問題なく完成されました。ただ、あたし達がわがまま言ってしなかっただけです」

 

 

いや、今日だってすぐにはシャッテンちゃん達を見つけれなかったみたいに、観察眼みたいなレアスキルがないとかなり難しい内容が多かったと反省している。もうちょっと時間があればその手のスキルを持った人に引き継ぐ事もできたはずなんだけどね

 

 

「せんせぇ」

 

「なに? シャッテンちゃん」

 

「イクスお姉さまやヴィヴィオ先輩に色々聞いてずっと不思議だったんですけど、先生って戦えるんですよね?」

 

「護身術程度だけどね。でも、ザンクトヒルデはレベルが高いから初等科の上位の子なら簡単に俺に勝てると思うよ」

 

 

たぶんまだ十全に力を使いこなせていないリヒトちゃんにだって負ける。集団戦なら一応勝てるかも知れないとは思うけど、個人戦だと見込みは皆無に等しい

 

 

「ヴィヴィオ先輩の言い方はちょっと違ったと思うけど・・・だよね、リヒトちゃん」

 

「うん。あきパパには負けないけど、あきパパに勝てるかって聞かれると困る。って言ってた」

 

「ヴィヴィオの場合は俺に弱点を知られてるからね。その辺が言い淀んだ理由だと思うよ」

 

 

いままでは相手の弱点、それに使う魔法や技能だって簡単に観察眼で分かっていたけど、いまではそれも出来なくなっている訳だし、すぐ新しい魔法を持ってくるヴィヴィオにはもう勝負になるかすら分からない

 

 

「なるほど~」

 

「ヴィヴィオ先輩って完璧超人な感じなのに、弱点とかあるのですねぇ」

 

「完璧なのは間違いないけどね。だからこそ、弱点もきちんと備わってるだけだよ」

 

 

イクスもヴィヴィオも主に精神面だけは弱いからね

 

特にヴィヴィオ。アインハルトちゃんとの試合の時が正にそうなんだけど、大事な局面で自分の思い描く筋から外れた時の動揺が通常では考えられないほどに大きい

 

 

「出来た」

 

 

二人とも別に不真面目だから勉強をしなかった訳ではないので、急いで作った分かりづらいプリントも真面目に解いてくれていた

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

シャッテンちゃんとリヒトちゃんがの勉強が終わり、授業の中休みに入ると制服の上から家紋の入った胸甲を嵌めた少女がノックをして入ってきた

 

少女は二人の姿を見ると困ったように整えて纏められた後ろ髪を揺らして引き返そうか悩んでいる

 

 

「先輩! 大丈夫ですよ、あたし達はおわったところですから」

 

「む、すまない。先客がいるとは思わなかった・・・いや、私の方こそ出直そう」

 

「いいです! ね、シャッテンちゃん」

 

「うん、そうだね。あんまり先生を取ったら悪いし」

 

 

てきぱきと道具を直すと二人ともレアスキルを使ってその場から消える

 

 

「普通に出て行って欲しかったんだけどね」

 

 

特にリヒトちゃんは暫くはレアスキルに頼らないで過ごして欲しい

 

今度あったら絶対に伝えようと決めて、少女と向かい合う。少女は申しわけなさそうに肩を落として椅子を持ってきて俺の目の前に座る

 

 

「お久しぶりです、陛下」

 

「前々から言ってるけど、イクスとヴィヴィオは王様でも俺は違うからね。ラインハルトちゃん」

 

 

いつも通り訂正するとラインハルトちゃんは胸甲に刻まれた家紋を指でなぞって俯いてしまう

 

 

「では、私はなんと呼べば」

 

「だから先生で良いよ」

 

「聖王様の父君をそんな気安くは呼べません」

 

 

先生でも十分権威のある呼び名だと思うのだけど、ラインハルトちゃんはあまり納得していないらしい。まぁそれは繰り返し教えていくしかない事なので後回しにしよう

 

 

「えぇと、何か相談があるのかな?」

 

「相談と言いますか・・・相談なのですが、実は、また近衛隊の試験に落ちてしまいまして」

 

 

相当落ち込んだ様子で肩をがっくりと落として言うラインハルトちゃんだけど、聖王教会の聖王直属近衛隊は管理局で言うところの執務官に似ている

 

いや、その合格率の高さから言うならもっと上。なので、まだ中等科一年のラインハルトちゃんが数回試験に落ちていたとしても全く恥ずべき事ではない。と言うか試験に出れているだけで十分ステータスになるくらいスタート地点もハードルが高い

 

 

「でも、今回も最終試験まで残ったんでしょ?」

 

「ええ、いつも通り騎士団長との模擬戦でした」

 

「そうか」

 

 

負けて当たりまえ。と言うと志が低いかも知れないが、合格者の大半は負けて合格している。なので、恐らくただ実力だけを見ている試験ではないのだろう

 

 

「今回の合格者は?」

 

「一人もいませんでした」

 

「それは・・・まぁ、厳しかったんだね」

 

「いいえ、試験は適切でした。ただ、聖王陛下に従えさせて頂く栄誉に賜れるほどの人材がいなかっただけでしょう・・・騎士家系に生まれながら恥ずべき事です」

 

 

ラインハルトちゃんの家系は代々聖王家の騎士として名を残している家で、その特徴は類稀なる剣術にある。ヴィヴィオの話では継承魔法の一種とも言っていたけどイクスと行った剣の打ち合いは確かに凄かった

 

まぁヴィヴィオの前でイクスに負けたから相当尾を引いて落ち込んでいたみたいだけど

 

 

「・・・相談はその試験のこと?」

 

「そうです。私は試験に落ちるたびに何がいけなかったのか考えました。起きている時も寝ている時も、次の試験までの人生を費やしたと言っても過言ではないと言う程には考えたと思います」

 

「うん」

 

「それで、いまに至る訳ですが、もう、何が駄目なのか。自分ではそれが分からないのです。ですので、私は相談をしにきました」

 

「なるほどね」

 

 

実のところヴィヴィオに直談判すると言う手っ取り早い方法があるんだけど、きっと教えてもラインハルトちゃんはその方法を実行には移さないだろう。そう言う裏取引みたいな事を嫌う子だからね

 

 

「きっと私がいけないのでしょう。陛下に会う前の名前負けのラインハルトを見抜かれてしまっているのかも知れません」

 

 

なんだか悪い空気がラインハルトちゃんを覆ってる気がする

 

 

「先生な」

 

「こんな時くらい陛下と呼ばせて下さい」

 

「先生と呼びなさい。だいたい俺が陛下ならヴィヴィオはなんて呼んでいるんだ?」

 

 

俺の素朴な疑問にきょとんとした顔になったラインハルトちゃんは小首を傾げた

 

 

「ヴィヴィ様です。聖王様が親しい者にはそう呼ばせていると、わざわざ私のクラスまで足を運び教えて下さいましたので。恐れ多いですが、未熟者の私もそう呼ばせて頂いてます」

 

「なら、今日から俺の事は先生と呼びなさい。陛下なんて呼んでるのはラインハルトちゃんくらいだからね」

 

「しぇんッ。せん、せい、ですね」

 

 

言い慣れてないせいで噛んで顔を赤くするが、すぐに相談のことを思い出して落ち込んだ

 

 

「とりあえず、ラインハルトちゃんは実力は問題ないと思う」

 

「そう、でしょうか。いえ、ここで否定するのは鍛えて頂いた先生に失礼ですよね」

 

「じゃあ、何が足りないか。だね」

 

「はい」

 

「まぁ分かってるんだけどね」

 

「はぁ?! どう言うことですか!」

 

 

戸惑いながらも怒ったような表情で俺の襟を掴む。無意識に身体強化を使ったんだろう、俺の体は椅子からあっさり浮かび上がる

 

 

「あはは」

 

「笑いごとではありません!」

 

「そうだね、一つ質問をしようか。ラインハルトちゃん。ヴィヴィオはどんな存在かな?」

 

「なんですか・・・私にとってヴィヴィ様は清く正しく、優しい王様です。私が従う唯一の王です」

 

 

清くて正しい、そして優しい。間違ってはいないけど、一面の一つでしかない・・・それを理解していない内は不穏分子になりかねない

 

だから騎士になれても近衛隊には入れないのだろう

 

 

「もし、ヴィヴィオが悪いことをしたらラインハルトちゃんはどうする?」

 

「例えの話ですか? それでもヴィヴィ様が悪事に加担するなど考えたくもありませんが・・・分かりません。答えが出せません・・・これが私の未熟な理由ですか?」

 

「そうだね」

 

 

ちなみ団長は一緒に悪事を成すなどと言っていたな

 

カリーノちゃんはその隣で、そうなった暁には自分が隊を率いて捕らえますので安心して下さいとか黒い笑顔だった

 

 

「答えを出せるのでしょうか?」

 

「ラインハルトちゃんしだいだね」

 

「・・・先生」

 

「なに?」

 

「こんど、イクス様に会わせてください」

 

「ん? どうして?」

 

「イクス様は言いました」

 

 

へぇあの子は年下には甘いからね

 

 

「お父様を殴りたくなったら私に言いなさい。と・・・お父様は女の子の気持ちを考えずに訳知り顔で話しますので、そう言う気分になる時もあります。とも言っていました」

 

 

ん? え? ちょっと待ちなさい

 

 

「いまの先生はちょっとうざいです」

 

「うん、まぁそう言うラインハルトちゃんは悪くないよ」

 

「それです。怒ってくれないのも私は嫌です」

 

「わがままだねぇ、そう言うのは苦手なんだよ」

 

「ありがとうございます、陛下」

 

 

結局ラインハルトちゃんは俺を陛下と呼んで帰っていった


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