とても静かになった暗闇で私は何をしていいのか分からずに、ただ呆然と視線を漂わせていた
お父様に報告しましょうか
しかし、体調の万全でないお父様にこれ以上の荷を負って貰うのは得策では無いでしょう。では、ヴィヴィオに伝えて・・・
伝えて大丈夫なのでしょうか。いまはあの覇王だけで手一杯の様に思えるのですが・・・そう言えばアルザスの竜が見当たりませんね
「イックス~!」
「きゃっ」
シロさん?! 抱えないで下さい! 回さないで下さい!
「わんっ! ボーっとしてどうしたの?」
「まずは、おろしてください」
「あははっ、びっくりした? 気付かなかったでしょー」
むっ、確かに言われてみれば抱えられる程に接近されていたのに・・・事態に付いていけないとは言え、並で出来る事ではありません。やはり、おどけてはいますがお父様の旅仲間ですね
「緊急事態です」
「ん? 戦闘したの? でも、魔法はそんなに使ってないね。フリード以外は召喚していないから、犯人の数はそんなに多くないのかな?」
「分かるのですか?」
「残ってる魔力と戦闘痕で。だいたいだよ? で、キャロが居ないのは・・・」
「捕まっています」
私の言葉にシロさんはそれほど驚かずに降ろして手を取る
「放して下さい」
「アキハルの所に戻ろうか~」
「聞いて下さいよ」
どうも掴み損ねる。ペースを崩されると言いますか、真面目な話をしようとしているのにいつのまにかにその流れを変えられている
「でも、早くしないとアイス溶けちゃうよ?」
「アイス?」
「お見舞いだよぉ、何か新発売って書いてあったからね」
アイス。正直それは如何なのかと思わなくも無いですが、夜とは言え半端に溶けていたらお父様も困ってしまいます
「あ、車」
「ん~? あーあれじゃ外装の修理ださないとだね」
シロさんは横向きに転がっている車に近づくと何とも無い風に持ち上げて邪魔にならない所に置いて戻ってくる
「戻ろっか、ね? イクス」
「・・・分かりました」
この後。病室に戻るとお父様とヴィヴィオは二人とも穏やかに寝息を立てており、起こすのも悪いと言う事で私はシロさんに来た時と同じように抱えられて家へと帰ってきました
・・・納得できません
「納得がいきません」
「まぁだ言ってるよ、もぅイクスは我が侭さんだなぁ~」
「凄ぇな、シロ。イクスさんをアキハルから引っぺがして来るなんて」
こんな夜更けにも関わらず何故この赤いのは起きているのでしょうか?
「睨んだらダメだぞぉ」
「うっ、どうも周りの方々はアレに甘い気がするのですが」
「イクスが辛口だからね、バランス良いと思うよ」
はむっとシロさんは豪快にアイスに齧り付いている
と言うかお父様の病室には冷蔵庫も備え付けられていた気がするのですが・・・置いてこなかったのですね
「アギトも食べる?」
「ああ、もらう」
「イクスは?」
「結構です」
「じゃあ、一口。はい、どうぞ」
それでしたら
「はむ」
「お、イクスも豪快だね」
「・・・。」
新発売と聞いていた割に目新しいとは感じませんね
何だか去年の今頃も似たような味を食べた気もします。まぁ私は自分の味覚にそれほど自信がある訳では無いので大した事は言えませんが
「うん、アキハルの顔も見れたし。明日に備えて確り寝ないとね!」
「明日に備える? シロさんは何か用事があるのですか?」
「まぁね」
曖昧に笑って誤魔化されました
それより好い加減に突然抱えるのを止めてください
「寝る前にさっぱりしようか」
・・・浴室に向かってるのでしょうか?
「いまの時間にお風呂は逆に目が冴えませんか?」
「アギトも一緒に入ろ~!」
「パジャマ持っていくから先に入ってろ!」
「おっけ~」
軽く私の問いが無かった事にされたのですが
赤いのと一緒に入るのは大変遺憾に思いますが、シロさんと入るのは悪い気も起きませんし諦めてご一緒する事にしました
◇◇◇◇◇◇
翌日。大変気が進みませんでしたが、私は学院へと足を運び覇王を呼び出しました
・・・ちなみに初等科に行った時に判明した事ですが、ヴィヴィオは今日学院を休んだそうです。お父様の所に居るに違いありません
私もお父様の所が良かったです。あの変な魔女との約束が無ければ、学院ではなく病院に行っていたと断言できます
「アインハルト・ストラトス」
「はい」
「聞きたい事は山ほどあるでしょうが、一先ずそれは置いておいて下さい」
誰にも邪魔されない場所として、お父様の仕事場である生徒相談室を選びました
そして、学院に着いて直ぐに覇王を連れ出している訳ですが、やはりヴィヴィオの事が気になっているようで先程から話を切り出すチャンスを伺っている様に思えます
「え?」
「そうしないと話が進みません。それに、ヴィヴィオの問題は恐らくお父様がある程度は解決してくれていると思いますので、貴方が悩むだけ無駄です。良いですか?」
「ですが、昨日の試合でのヴィヴィオさんは・・・」
覇王はゆっくり首を横に振って思い詰めた表情になる
「ふぅ、とにかく私は誰かの相談に乗れる程に器用ではありません。なので、こちらの用件だけ伝えますよ。シュトゥラの森の魔女・・・こう言われて誰か思い出せますか?」
「・・・。」
「知っている様ですね」
「昨日の試合で思い出した過去の中に」
そう言えば、あの小さな魔女は昨日の試合で何か確信を得たと言っていましたね。偶然ではあるのでしょうが、ヴィヴィオが策を弄した試合で全てが動き始めている
・・・本当にただの偶然ならば良いのですが
「ならば、潜伏しそうな場所も検討が付きますね? お父様の・・・いえ、私の大切な方があの小さな魔女に攫われているのです」
「・・・恐らくは、教会が所有する保護区画の旧ベルカ領にあるかつての森に住んでいるかと」
「案内は?」
「可能です」
「なら、決まりですね。すぐに行きたいので、急いで早退届けを提出してきて下さい」
「待って下さい!」
時間も惜しいので、アインハルト・ストラトスが書類を提出する間に私も何かしようと思ったのですが、立ち去る前に止められてしまいました
「・・・なんですか?」
「昨日の試合。イクスさんから見て、どうでした?」
「どう、とは?」
「私は、昨日の試合の中で、ヴィヴィオさんの奥に触れれたと思っています。惜しくも敗北と言う結果になりましたが、それでも、実のある試合だったと思うんです」
あれは試合では無くヴィヴィオの組んだ茶番だと思っていたのですが。まぁ、あれだけヴィヴィオを動揺させ、思惑から逸れるのは凄い事だと思いますので、そこは素直に賞賛できます
「多少早計が目立ったとは思いますが、概ね良く出来たと思いますよ。何もかもヴィヴィオの思惑通りにはいかないと教えれたのは非常に有意義だったと思います・・・が、貴方の気持ちや、ヴィヴィオの気持ちが伝わるには、場が相応しくなったかも知れませんね」
「・・・。」
「最初に言った通り私は相談事には向いてません。もう質問が無ければ、急いで書類を済ませて下さい」
「分かりました、イクスさんを手伝いましょう」
まだ答えを出せてないようでしたが、それは私には余り関係の無い事でしたので背を向けて次の目的へと向かう事にしました