インフィニットストラトス 〜IF Ghost〜   作:地雷上等兵

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34話

  満身創痍ながらも自己再生可能なセンサーを持つビアンコを纏った丹陽は、たった今倒したはずのラウラの変化を見逃さなかった。

  ラウラの機体、そのフレームが突然黒色の液体が噴出。ラウラを包み隠しむくりと起き上がった。

  黒い液体は激流の如く対流を繰り返し、流れが弱まるにつれ形を成して行く。

  成形が終わり、波紋1つないそれは液体から固体への凝固を終えてた。

  丹陽も資料でしか見たこと無いが、あれはIS 暮桜とそれを纏った織斑千冬に瓜二つ。生気は無く、まるでデスマスクのように静寂に佇んでいた。それも一瞬だけ。

  手に携えた打刀を翳し、丹陽目掛けて襲いかかる。

  確かにラウラのISはセーフティラインまで追い込んだ。たが、抜き身を引っさげで迫る相手にそんな遠慮は要らない。経験則からも丹陽は迎撃行動をとる。もっとも超跳が作動しない以上、離脱という選択肢は与えられてないのだが。

  ラウラもとい、千冬もどきは間合いに入るや否や上段から振り下ろす。

  丹陽は右に半歩で回避。同時に拳を握り締め、打ち出す。

  タイミングは完璧だった。だが先に打刀が丹陽の胸部装甲を打つ。

  千冬もどきは、振り下ろしを回避されながらも中段で刃を横に倒し丹陽の胸部に打ち込んでいた。

  丹陽はそれでもパンチを強行。

  千冬もどきは丹陽のリーチの外に身を翻し、丹陽のパンチを回避。それに釣られ打刀が引かれる。引かれたことにより打刀がノコギリのようにビアンコの胸部装甲とシールドエネルギーを削った。

  千冬もどきは地面を蹴り、再度丹陽に突貫。丹陽、盾を構え、突貫に備える。

  電子妖精、その鱗粉で構成された盾を上回るサイズのレドーム状センサーが、盾の向こうに千冬もどきの接近を探知。すかさず盾を突き出し、シールドバッシュ。

  手ごたえがない。

  避けられた。そればかりか丹陽の脇に飛び出る。千冬もどきは既に突きの構えを取っている。

  弾丸を思わせるような速度で突きが繰り出される。

  咄嗟に身体と盾を回し、突きをいなす。が丹陽の頬をかすめ、ヘルメットの一部を抉られた。

  丹陽は怯まず、またも拳を打ち出す。

  千冬もどきはその拳を踏み台に高々に跳躍してみせた。ついでに丹陽の肩を斬りつけるのを忘れない。

  千冬もどきは丹陽を圧倒していた。明らかにラウラの操縦ではない。似姿同様、千冬がまるで操縦しているようだった。スラスターや単一機能の類は無いが、寧ろあれば最初の一太刀で終わっている。

  ビアンコは五体満足ではない。シールドエネルギーはまだだいぶ残っているが、ビアンコに兵装はもう無い上、フレームは彼方此方から異音を放っている。ワイヤー付きのアンカーはスキンバリア程度で弾かれる。超跳は、圧搾空気だけならまだしも推進剤を使えば確実に左脚が爆散する。寧ろ立っているだけでも奇跡だ。

  最悪なのは、コア干渉で残り時間が1分。その時間が過ぎれば問答無用でISが停止する。

  本当にもう打つ手がない。アポテムノは簪が見ている前では使いたくない。だが、このままでは確実に負ける。

  負けるか、右足の怪物を披露するか。

  今まで一時も平時と変わらなかった丹陽の動悸が早くなる。それに呼応するかの如く、ビアンコの長耳。そこに電子妖精の鱗粉が凝縮し始めた。

  丹陽は感覚が霧が晴れるように研ぎ澄まされ、頭が冷水を浴びたように冴えるのを感じた。

 

 

  ピット内。

  山田と千冬はラウラに起こった変化に動揺を隠せずにいた。

「あの機体、フレームの中にナノマシンを隠していたのか」

  ラウラを取り込み自身の造形を模っているそれは、恐らくナノマシンの集合体。千冬はそう結論付けた。

「山田先生。2人からの応答は?」

  マイクに向かい、丹陽とラウラの名前を呼んでいる山田に訊く。

「2人とも応答ありません。そんなどうして丹陽君まで」

「鱗粉による電波障害でしょう。ISコアによる通信なら問題と思いますが。山田先生、ラウラ機のデータをすぐにまとめてください」

「はっはい」

  千冬は山田に覆い被さるように身を乗り出してコンソールを操作、アリーナ外で待機しているISを纏った教員にチャンネルを合わせた。マイクに口を寄せる。

「手短に説明する。緊急事態が発生した。直ちにアリーナに、IS用の運搬路を使用して突入。丹陽と交戦しているラウラ機を停止させろ。時間が無い。火器の使用を許可する」

「織斑先生!」

『え?』

  山田は振り返り、通信機越しの教員も聞き返した。

  火器の使用。つまり、生徒であるラウラを撃てと命令している。確かにラウラは絶対防御に護られてはいるが、それでも山田や教員には抵抗があった。

「丹陽のビアンコは超跳がもう使えまい。離脱出来ないんだ。ビアンコの稼働時間はあと1分もないんだ、強引な手を使うしかない。早くやれぇ!」

『りょ、了解』

  千冬に気圧され、教員は承諾。また山田も飛び上がるのもくっと堪えて前に向き直った。

「あの2人を助けるにはこれしか無いんだ」

  千冬は震える右腕を左手で押さえていた。まるで自分の無力さを呪うように。

 

 

「観客席での非難誘導は?」

  轡木は携帯端末握り締める用務員に問う。

「もう始まっているようです。それに外の教員たちもISを起動。ラファール3機が泉、ボーデヴィッヒ2名の救助を目的に突入する模様です」

「そうか」

「ドイツの士官は拘束しますか?」

「要らんよ。どうせ向こうから来る」

  こうも大勢の前であのシステムが晒されたんだ。隠蔽はもう不可能。あとIS委員会なり国連なりに事後処理は任せればいい。

「しかし、まさか勝つとはな」

  予想外だったとはいえ、VTシステムが作動したのは丹陽の所為には出来ない。自分が迂闊だった。丹陽は勝てないと信じていたからだ。VTシステムなど聞かされていない丹陽を責められない。

  しかし私は後悔はしていない。これでもう、あのシステムに犠牲になるもの居なくなる。

  後はあの2人が助かれば、最高だが。千冬が既にISを突入させている。この様子なら特に問題はないだろう。

「ん?」

  ポケット携帯電話が振動していた。相手はドイツ士官だ。

「今更何を」

  悪態をつきながらも、嫌味の1つでも言ってやろうと轡木は電話に耳を添えた。

『轡木、君に伝えなければならない事がある』

  様子がおかしい。喉元まで来た嫌味を腹に押し込んだ。

「なんでしょう?」

『君にラウラを助けて欲しいんだよ』

  VTシステムが搭乗者に後遺症が残る程の負荷をかける事だろうか。ならば、教員たちが強制停止させて止める筈だが。

「何処の所属だろうと、ボーデヴィッヒ君はIS学園の生徒です。頼まれなくとも救出する所存ですが」

『いや、そうなんだが…』

  歯切れが悪いドイツ士官の様子に、轡木は苛立ちを覚えた。が、ここで怒鳴ってはいけないと、堪えた。

「何でしょうか?」

『その…』

  ドイツ士官の言葉を聞き、轡木は怒鳴っていた。

「馬鹿野郎ぉ!それを早く言え!」

  轡木の怒声に用務員は震え上がった。視線をやると轡木が此方を見ていた。

「織斑先生を連絡を」

  と轡木が比較的冷静な口調で。

  怒りは怒声で全て吐き出し。冷静に次の行動に移っていた。

「はっはい」

  轡木は電話の向こうの人物との会話を再開させる。

「で、どうすれば止まるんだ?」

 

 

 

  これだけのシールドエネルギーがあれば、有機部品は十分に増殖可能。触媒は空気よりも密度のあり下に広がる砂を使えばいい。甲殻化の方法はアポテムノからビアンコに転写してくれている。武器は……作ってもらうか。

  モンテビアンコ、その長耳に鱗粉が集まり山吹き色の光をギラつかせている。光の中、無数の鱗粉が旋風の様に渦巻いている。

  ー横薙ぎに一太刀。外れれば、突きー

  千冬もどきが水平に打刀を振るう。丹陽は圧搾空気を放出しながら後退、回避。千冬もどきは打刀を振り切らず、切っ先が丹陽の胴を向いた、その瞬間。切っ先を突き出す。

 ー回避されれば振り下ろしてくる。予めアンカーを後方に射出しておけば回避し、時間を稼げるー

  丹陽を背中を反らし、突きを回避。同時にアンカーを後方に射出、巻き上げた。それにより、直後に振り下ろされた打刀も避ける。

  千冬もどきから間合いを離した丹陽は、体勢を戻すことはせずにそのまま地面に仰向けに倒れる。

  ビアンコの背中。黒い液体、有機部品が溢れ砂地に溜まりを作っていた。有機部品はシールドエネルギーを動力に砂を喰らうように取り込み増殖する。

  ー跳躍し、体重を乗せた刀を突き立てるー

  有機部品が背中に纏まりつき筋肉に変異。有り余る膂力を駆使して、後転しながら跳び起きる。

  直後、千冬もどきが打刀を地面に突き立てていた。その場所は、コンマ数秒前に丹陽の腹があった場所だ。

 ー逆袈裟斬りからの唐竹切りー

  またと無いチャンスが来た。正真正銘、捨て身にして最後の攻勢に出る。

  千冬もどきが打刀を抜くや否や、踏み込みながら逆袈裟斬り。

  掬い上げるように振られた打刀は丹陽の脇から入り、肩から出て行く。だが、丹陽を切ることは無かった。

  丹陽を切った打刀は虚像に過ぎず、実体はまだ打刀を地面から抜き終えたところだった。

 ー唐竹切りは左肩に打ち込まれる。刀を捕らえられれば、量子化で持ち手を変えるー

  背中を補強していた筋肉が黒い液体に戻り、左肩に這い上がる。黒い液体は左肩から上腕全てに覆いかぶさった。

  実体の打刀が虚像が描いた軌道をなぞるように走る。

  丹陽は僅かに後退、軌道から逃れた。そして、その軌道に右手を差し出す。

  千冬もどきの剣術は本物と比べても見劣りせず、ビアンコの右掌を紙切れの様に裂いた。

  鋭角に切り裂かれた掌は指を全て失う。だが、丹陽の思惑通り、先端は槍の様に尖っている。

  ビアンコの掌を斬り裂いた打刀を返し、千冬もどきは上段で構える。矢継ぎ早に打刀を振り下ろす。打刀は間違いなくビアンコの左肩を捉えた。

  打ち込まれ打刀はビアンコの甲殻に僅かに刈り込みが入っただけで、ビアンコにダメージは一切入っては居なかった。

  左肩の筋肉を収縮することにより、硬化、高密度化。筋肉はあたかも甲殻ような硬度と強度を誇っていた。

 ー持ち手を変えた刀が右腕の関節を突き破るー

  だが、間に合わない。

  ビアンコの左上腕を覆う筋肉を動力に、半ばの関節を曲げ千冬もどきの打刀を捕らえた。これならもう避けられない。

  打刀が光の粒子に変わり始める。量子化させ持ち手を変えるつもりだ。予知通りに。

  ビアンコの前腕、その先端を千冬もどきに向けたまま腰に添えるように腕を引いた。

  貫手。ビアンコ、渾身の力を込め打ち出された鋭端は、千冬もどきの脇腹を捉えた。

 ー貫手はナノマシンの外皮を破り、中身のラウラに到達。ラウラの細い体を内臓を搔き乱しながら貫通。鮮血がアリーナ端の内壁にまで飛び散るー

  ラウラを覆い隠しているIS。その宿主のラウラを守ってはいなかった。

 

 

  丹陽の貫手は千冬もどきの外皮を潜り、ラウラに触れる寸前のところで止まった。

  千冬もどきはシールドバリアーが無く、中のラウラを一切保護していない。

 ーラファールのライフル弾がラウラに直撃ー

  いつの間にか、教員がアリーナに突入して来たらしい。だが、事態は悪化している。

  ラウラは今や生身も同然。いくら威力を落としているとはいえ、ISの火器を人間に向ければ遺体も残らない。教員たちが構えるライフルを受けたら、ラウラの体は衝撃波でジャム状になる。

  丹陽はラウラの身を案じたが、それどころでは無くなってしまった。遂に打刀がビアンコの右腕を貫き、肘から先を奪ったからだ。

  自分かラウラか。ラウラを殺すのは簡単だ。スキンバリアも無いらしく、ワイヤーアンカーを打ち込めば一撃で済む。手を汚したく無いなら、教員がラウラを仕留めるのを待てばいい。逆にラウラを助ける場合、今度は自分の身が危険に晒される。ラウラのISを強制停止されられない以上、反撃は許されず俺は攻撃に晒されるたままになる。ビアンコが稼働している間は問題ないが、強制停止した時、俺は生身になる。アポテムノも起動しないだろう。そうなれば間違いなく死ぬ。

  自分かラウラか。

  ビアンコの光る長耳は丹陽に未来を聴かせることはできても、正しい道を囁いてはくれない。自分で選べということなんだろう。

  丹陽は選んだ。俺は簡単には死なない。死神にも嫌われてる。

  ビアンコの左足、足裏から圧搾空気を放出、千冬もどきの後ろに躍り出た。

  千冬もどきの死角を取る為では無い。

  教員がのライフルから放たれた弾丸は、突然に躍り出たビアンコの背中を撃った。衝撃で丹陽は地面に体を投げ打ちながらも、千冬もどきの追撃から身を守るために盾で身体を上から覆う。

 ー別の教員が続けて単射ー

  丹陽は身を呈してラウラを守った。だが、教員は丹陽が千冬もどきの追撃を回避するために背後に回り込もうとして、誤射してしまったと判断。次弾を打ち込もうとしていた。

  丹陽とラウラにとって幸いだったのが、最低限の射撃だけで仕留めるためか1人ずつ単射で千冬もどきに撃ち込んでいたこと。

  丹陽は次弾が放たれる前に教員にコアネットを通じて呼びかけた。だが、少し遅かった。

 ー千冬もどきは回避せずに、刺突ー

『先生方へ、ラウラの攻撃を中止してくださいって!えい、お前も避けろやぁぁぁ!』

  丹陽の呼びかけも虚しく、教員が次弾を発射。千冬もどきはそれを知ってから知らずか、回避などせずに打刀を逆手に握り切っ先を丹陽に向けていた。

  ラウラに向かって伸びる弾丸の弾道上にビアンコの盾を垂直に立て、弾丸を弾き。同時に左足で自らに伸びる剣先を蹴り飛ばすように逸らした。

『何をしているの泉君?』

  教員からのコアネットを通じて応答が有った。

  丹陽は直ぐには答えられなかった。千冬もどきがテークバック無しでビアンコの左脹脛を斬り裂いき、突きを放っていた。

『ラウラのIS。シールドバリアーを張ってないんです』

  突きは盾を保持するフレキシブルアームを貫いた。

『何、それは本当か?』

『命かけてんが見えてんだろ!』

  丹陽の言葉を聞き入れてか、教員たちが銃口を下に向けた。

『織斑先生からも同じ報告が来ている。どうやら事実らしいな』

  これで一安心。

  できなかった。

  フレキシブルアームを貫いていた打刀を横に切り抜き、アームを両断してしまった。

  丹陽は転がり、アームを失い降ってくる盾を避けた。

  ラウラは助かったかもしれないが、丹陽に迫る危機は喉元にまでその刃を伸ばしていた。

  四肢を落とされ、ダルマにされたビアンコの稼働時間、残り10秒。

 

 

『そんな。冗談ですか?』

  電話越しに千冬の困惑した様子が伺えた。

「私が冗談を言う性質てやはないことは分かっているだろ。今直ぐに攻撃を中止させ、丹陽の救助を急がせなさい」

 と轡木が。

  ドイツ士官によれば、VTシステムは作動中、シールドバリアーがダウンしてしまう。理由は、ISの稼働中は主導権は操縦士にあるが、その操縦士が意図しない操作を行うためにシステムが強制的にISを服従させることにより、一種の誤作動が発生しているとのことだ。

『了解です』

  丹陽が貫手を繰り出したときは冷や汗をかいた。だが、丹陽はその貫手を止め、寧ろ今はラウラを守っていた。

  そういえば、あの光る耳が出現してからラウラの攻撃を見切っている。予知でもしているのか。

『ラウラへの攻撃を中止、丹陽の保護を教員達に命じました』

「そうか。丹陽の保護が終了後はラウラ機をアリーナの外に出さないように命令してくれ」

『…それだけですか。あのシステムは』

「搭乗者に負担が掛かる。だから、禁忌とされて来た。このままではボーデヴィッヒ君に何らかの後遺症が残るかもな」

『それが分かっているなら!』

  千冬が食らいついた。危機に瀕している教え子に何も出来ない歯痒さからだろう。

  轡木は目を伏せた。

「逆に聞くが。何が出来る?気持ちは分かるが、取り乱すな。現場の教員にも動揺が広がる」

『分かりました』

  千冬は食い下がった。今の自分に出来ることは無いと、再認識したからだ。

  千冬の了解を得ると轡木は通信を切った。すると、別の人物に電話をかけた。

  轡木が目を伏せたのは、何も出来ない無力感からではない。

  ラウラを救う方法ならある。だが、確実に千冬は了承しないだろ。

『もしもし、どちら様ですか?』

「織斑一夏君か?」

 

 

 

  少しでも距離を取ろうと丹陽はアンカーをアリーナの内壁に打ち込み巻き上げた。

  その間も千冬もどきは執拗に丹陽を追撃する。ダルマにされアンカー以外に移動手段の無い丹陽は、繰り返される斬撃を堪える他に無かった。

  繰り返される斬撃の末にワイヤーアンカーの片方が切り落とされる。

  ビアンコ稼働時間、残り8秒。

  千冬もどきが踏み込み、上段に構えた打刀を振り下ろす。

「泉君、早く逃げて」

  教員の1人が間に割り込み、直剣で千冬もどきの打刀を受け止めた。

  残りの教員は少し出遅れてしまったが、全力で丹陽の元に向かっていた。1人目の教員が時間を稼いでいる間に丹陽を救出するつもりだ。

  千冬もどきは丹陽への障害を認識すると、登録された千冬本人の記録を呼び起こす。その障害を排除するために。

  千冬もどきは鍔迫り合いの状態のまま、半歩斜め前に踏み込んだ。

「くっ……」

  千冬もどきの位置が変わったことにより、打刀の切っ先が教員の頭部に向いていた。 空かさず放たれた強烈な突きが、教員の頭部を打った。ISのシールドバリアーは打刀が頭部を到達するのを防いだものの、刺突は大きく教員を仰け反らせた。

「まだやれる、っはぁ」

  倒れこみそうなりながらも踏ん張った教員。その真横に千冬もどきは立っていた。教員がそのことに気がついたのは、今まさに打刀を振り下ろすところだった。

  打刀は教員、ラファールの両手首を落とす。両手首が地面に落ちる前に、千冬もどきはラファールのスラスターを掴み噴出口から内部を一突き。

「あっ、あああ!」

  内部を破壊されたスラスターが暴走。教員はデタラメな噴出をするスラスターに振り回され、スーパーボールみたいに跳ね回る。

  ビアンコ稼働時間、残り5秒。

  千冬もどき障害を排除した。だがまた新たな障害が現れる。

  2人目の教員が立ちはだかる。

  千冬もどきは身を低く間合いを詰め、逆袈裟斬りを放つ。

  教員は打刀の太刀筋を読み直剣で受け止めた。

  教員は1人目の二の舞いにならないように、切っ先を警戒した。しかし逆だった。

  千冬もどきは手首を返しながらさらに踏み込み、殴り合いの間合いに。

  手首が返されたことにより、打刀の柄頭が教員に向く。

「いたっ」

  千冬もどきは柄頭で教員の顎を強打、教員を突き上げた。

  教員が地に足をつけるよりも早く、千冬もどきは打刀を横に振り教員がを薙ぎ払う。

  ビアンコ稼働時間、残り3秒。

  最後の教員は丹陽を起こしていたところだった。

  後ろで別の教員が一瞥されたのを察知。盾を構え、時間を稼ぐ。

  千冬もどきは盾目掛けて、刺突。

  打刀はラファールの盾を貫く。が、本体には届かずに止まってしまう。

  教員はそれを確認すると、安堵した。得物さえ押さえれば止められる。

  教員が打刀を握りしめる。

「あれ?」

  手ごたえがない。握りしめられなず、指の間から光の粒子が漏れていた。

  千冬もどきは打刀を量子化。先程と同様持ち手を変え、上段に構えていた。

  強烈な振り下ろしは、丹陽の最後の守りとなる教員を構えた盾ごと砂地に沈めた。そして、地面に横たわる教員を踏み越え、丹陽に肉薄する。

  まだ教員達のラファールは起動していたが、誰一人として丹陽をカバーできる位置にはいなかった。

  モンテビアンコ、強制停止。駆動系は勿論、シールドバリアーも無くなる。

  防護能力が一切無くなったビアンコに千冬もどきは一足で間合いに踏み込み、横一線に斬り裂く。

  シールドバリアーが機能していないビアンコは、千冬もどきの斬撃を受け切れるはずもなく。上半身と下半身は分断、二等分にされてしまう。

  上半身は千冬もどきの斬撃の威力を証明するように、宙に跳ね上がり。下半身は断面から大量の液体を噴出させながら鎮座していた。

 

 

  簪はスピーカーきら流れる避難誘導に従い、非常口に向かっていた。特にすれ違う人も居らず、問題も起こらず出口にたどり着く。

  あと数歩踏み出せば外に出れるが、簪はそうはせずに振り返る。

  丹陽を待っていた。

  具体的に何が起こっているか、簪は把握はしていなかった。

  ラウラのISが再起動していた。しかも丹陽に襲い掛かっていた。そこでモニターは切れ避難指示が流れたため、その後は分からない。しかし、異常事態に陥っているの理解出来た。そうなれば丹陽も避難しているはず。ならば、ピットを通ってここを通るかもしれない。出入り口は他にもあるので通らない可能性もあったが、簪は丹陽を待った。

  その時、簪は頭に電流が流れたような衝撃を覚えた。

  モニターで最後に確認して丹陽の状態を思い返した。ビアンコはOSが特殊な上、フレーム重量が通常の2倍近くあるため、慣性制御による飛行が出来ない。にも関わらず超跳が不調で片足も無い。そこから導き出される可能性。

  丹陽はそもそも、アリーナを脱出できたのだろうか。

  簪は踵を返した。走りながら自身のISの状態を確認した。

  打鉄弐式はセーフティラインまでシールドエネルギーは減っていた。だが、そもそもセーフティラインまで残っていれば実は戦闘事態は続行可能。射撃武器の類は全て破壊されてしまっているが、戦闘を目的にしてなければ打鉄弐式はまだ十二分に働いてくれるはずだ。

  簪がピットに着いた。その場には誰の姿も無く、状況を確認することもできない。だが簪はすぐさまISを展開。 カタパルトデッキを抜けアリーナに入ろうとした。

「簪ちゃん!何しているの?」

 肩を掴まれた。振り向けば姉である楯無がいた。

 楯無は簪同様にISを纏っている。

「私は別に……お姉ちゃんこそ?」

  簪は言葉を濁し、楯無の格好に目線を走らせる。

  楯無の手には既に騎槍が握られていて。事態がかなり悪化しているのがわかる。

 ありのままを伝えれば止めらるのは分かりきっだ。簪は言いくるめようと頭を捻った。

「私はこれから生徒会長としての役目を果たしに行ってくるから。だから、簪ちゃんは早く避難して」

  簪は知恵を絞り、納得させる言を考えついた。

「丹陽が……」

  だが、口が付いてこなかった。

「だから、丹陽は私が……」

「私も!」

  大声を貼った。自分への苛立ちからだ。

「私も専用機持ちだから、織斑先生から丹陽の救助要請が来てて」

  簪は言い切った。安堵を覚えたが、油断出来ない。確認の為に連絡を取られれば一発で嘘だとバレる。

  楯無は簪から視線をずらした。目の動きから、網膜投影された情報を見ているのが読み取れる。

「……わかったわ。でもあれと交戦しちゃダメよ。私が足止めするから、丹陽を連れてアリーナから退去して。いいわね?」

「うん」

 楯無はカタパルトが迅速にアリーナに突入した。

 どうやら事態は急を要するらしい。そもそもあれとは?

  簪は後悔と緊張で張り裂けそうになる焦燥感を胸に覚えた。しかし、立ち止まってる暇はない。丹陽の命がかかっている。

  簪は楯無に続いた。

 

 

 アリーナ観客席。

 ラウラの機体から黒い液体が現れるたかと思えば、遮断シールドが濁り、不可視化。アリーナの内部の様子が分からなくなった。さらに警報が鳴り響き、避難を促す放送が流れた。

「何が起きたんだ?」

 一夏が辺りを見渡すが、周りも訳も分からず、放送に従い出入り口に向かっていた。

「一夏!なにボサってしてるの?早く避難するわよ」

 鈴が袖を引っ張り急かす。

「でも丹陽が危ない目に遭ってるかもしれないだろう?」

「大丈夫よ。前回の襲撃事件の反省から、先生達がISを纏って待機しているから。私たちが出しゃばっても邪魔なだけよ」

「……分かった」

 渋々一夏は鈴に従い出入り口に向かった。しかし、アリーナ内の様子は気になる。

「白式分かるか?」

[通信を傍受したところ。アリーナ外で待機していた教員に突入命令が下ったようです。目的は丹陽の救出で、銃火器の使用許可も下った模様です]

「銃火器?未確認機……はいなかったはずだが?」

[最後に目視した様子から、ラウラのISは暴走状態にあると推察されます]

「暴走って、それじゃあ丹陽は……」

 一夏はアリーナを覆う遮断シールドを見つめる。白式ならシールドを破り中に入れるはずだ。

[思考解析、一夏様。その方法はおすすめ出来ません]

 白式が一夏に諌言。一夏は顔をしかめる。

「時間が無いんだ」

[ですが、今シールドに穴を開ければここにいる生徒達も危険に晒されます]

「じゃあどうすればいいんだよ!」

 耐え切れずに一夏は怒鳴ってしまう。白式がまるで丹陽を見捨てろと言っているように聞こえてならないからだ。

「一夏さん、いきなり大声を上げて。どうなさいましたの?」

 セシリアが一夏に心配し声をかけた。

 一方、シャルルは一夏の狼狽の原因に気がつく。

「一夏、泉君が心配なの?」

「ああ、ラウラのISが暴走しているようになんだ」

 一夏は頷き、今アリーナで起きている事を簡潔に述べた。

 流石に3人は驚き動揺している。

「確かに先生達がいるかもしれないが。俺は専用機を持っている。きっと何か出来るはずだ」

 はっと一夏は思い止まった。今の台詞は独善的だったのではないかと。

 前回、無人機を破壊した時。俺は人が乗ってない事に安堵した。乗っていれば俺は人殺しになる。そんな事を考えてしまった。結局、自分本位なんだ。今回も同じでは無いのか。

[心配しないでください。一夏]

 白式が囁いてきた。

[友人を見捨てられるないのは当然です]

「でも……」

[最短ルートは弾き出しました。行きましょう。泉様だけでなく、彼女も待ってます]

「彼女?……ラウラか……」

 白式から聞かされたラウラの出自。ラウラのあの横暴な態度の根本を、理解出来た気がする。

「セシリア、鈴、シャルル、ここで待っててくれ」

 一夏は3人に背を向けると走り出した。道筋は白式が導いてくれた。

 

 

  千冬もどきはビアンコの噴出された液体を浴びていた。液体はほんの一瞬で千冬もどきの全身を濡らす。だが、直ぐに蒸発し始める。

  ISの制御を離れた有機部品は、空気に変異する性質がある。千冬もどきが浴びた液体は数秒もせずに蒸散してしまう。一滴残らず。そう、下半身から噴出した液体の中に血液は無かった。

  モンテビアンコ、その操縦士である泉丹陽。彼は数十メートル先、背を向け全力で駆けていた。

  ビアンコが二等分される直前。ISコアからエネルギー供給が止まり、丹陽の各部身体を固定していた器具は解除された。丹陽は手動で胸部装甲の分離ボルト作動させ胸部装甲を落とすし背中のコネクターを抜くと、脇目もくれず走り出していた。その直後にビアンコは真っ二つにされた。

  千冬もどきはまだ目標が達成されてないことを認識すると、再度打刀を構える。機械によって制御された千冬もどきは生身の人間である、丹陽に突貫した。

「ごめんなさいね。あれでもうちの生徒だから」

  丹陽に繰り返される斬撃を、専用機を纏った生徒会長、楯無が受け止めた。

  楯無は切り結んだ状態で、一瞬だけ後方を確認する。確認をやめ、千冬もどきに意識を戻すと後方に飛び退き、空中に上昇する。

  千冬もどきは楯無が空中に逃げたのを見過ごす。標的は丹陽だけなのだから。

  しかし丹陽が走っていた方を確認すると、もう既にそこには丹陽はいなかった。

  丹陽はISを纏った簪に抱きかかえられ、アリーナの出入り口の縁にいた。

  楯無が時間を稼いでいる間に、簪が丹陽を救出していた。

  簪は出入り口の奥に消えると、入れ違いにISを纏った教員が出て来た。

  教員のISは両手、非固定部位に、計4枚もの盾を構え出入り口に立ち塞がる。その後ろにも似た装備の教員、数人が控えていた。

  もう手に握る打刀が丹陽に届くことはない。機械故にそんなことも理解出来ない千冬もどきは、出入り口を塞ぐ教員に斬りかかっていた。

  盾を4枚も装備する教員は隙を見せず、千冬もどきが繰り出す攻撃の数々を受け切った。

 

 

  丹陽を抱えた簪は、長い通路を疾走していた。

  簪は意識を後方に集中し、いつあの機体が後を追ってくるかと怯えていた。生身の丹陽を抱えている関係で、速度が出せないからだ。

  だが、ISを纏った教員とすれ違う度に恐怖心は薄まり、出口の光が見えるや、安堵の息を吐いていた。

「ありがとう、簪」

  丹陽も身の安全を確認したのか、簪に礼を言った。

「え?あっうん」

  簪は応えながら丹陽を降ろすと、ISを解除した。アリーナの外は避難する人の列が出来ており、ISでそこに並ぶ訳には行かないからだ。

「ところで簪、中の様子はどうだ?」

  中とはアリーナのことだろ。

  情報を共有してないので簪は知るよしもないが、それを言えば独断でアリーナに入ったことが丹陽に知られる。

「さっき先生達があれを倒したって連絡が」

  簪は流暢に話すことが出来た。嫌なことだが、嘘を付くのが上手くなってる。

  と思っていたが、丹陽は目付きが鋭いものに豹変した。

「簪、お前独断でアリーナに突っ込んだな」

「え?そんなこと……」

「そもそも会長はともかく、教員が揃った状態で生徒を投入するのが可笑しいんだ」

「うっ……」

  よくよく考えれば、いずれ必ず何処かでバレる嘘だった。多分、姉にも説教を貰う。今からでも恐ろしい。

「会長からこってり絞られるだろうから俺からは何も言わないが。でも助かったよ。死んでたかもしれない」

  丹陽の言葉が唯一の救いだった。その先丹陽は口を開いたが、簪は列に紛れて雑音で聞こえなかった。

「でも、あんまり俺の為に命を張らないでくれ」

 

 サ?

 千冬は仏頂面でモニターから目を離さずにいた。教え子であるラウラが自分の似姿を取ったISに取り込まれ暴走している。轡木の話によればドイツが搭載したVTシステム

  と呼ばれるものが原因だとのことだ。

  ドイツ側の責任と思うのは簡単だった。だが、千冬は自身に恨んだ。

  ラウラのコンディションが万全では無いことは承知の上で、トーナメントに出ることを黙認した。すれば、専用機持ち同士が当たるように組まれたトーナメント。必ず丹陽に当たる。

  ラウラの自信を砕き、さらには兵士としてより洗練されより残酷な一面をもつ丹陽。彼ならラウラの考え方を変えると思っていはさ

  織斑千冬である私に依存し力を信奉するラウラをささ との試合で変わると信じていた。だが、劇薬だったようだ。

「泉君は脱出に成功した模様で

  と報告が上がる。

「そうか」

 千冬は抑揚の無い声で返した。

 モニターではラウラが教員の一団にアリーナ中央部まで押し返されていた。

 攻撃を加えて強制停止させられない以上、エネルギー切れを待つしか無い。幸運なことにラウラを覆うナノマシーンで作られた蓑は維持にエネルギーが多く必要だが、その点を打ち消すようにエネルギー消費の低い打刀しか使用していない。

 時間が経てば経つほどにラウラに対してのダメージが深刻化する。だが、もう千冬には見守る他に手はなかった。

「なんだ?増援?」

 モニターの端に新たにISが現れたのを千冬は認めた。しかもそのIS、自分がよく知る機体だった。

「白式…一夏!」

  アリーナに突如として現れたのは、白式を纏った一夏だった。

 

 

 一夏はISの搬入路まで全力を維持したまま走破した。そこでISを展開、出入り口の縁に立った。

 丹陽の専用機が真っ二つになっているのを見て心臓が止まるところだったが、血溜まりがなく真っ二つになった丹陽がいないところを見るに脱出に成功しているようだ。

「あの機体、ラウラなのか?」

[コア反応はレーゲンと一致します。間違いありません]

 ラウラのISは暮桜を纏った千冬の姿その物だった。

 自分を似せるほどまでにラウラにとって千冬は大きな存在だった。だからこそ千冬に鍛えられた自分を、しかも量産機で圧倒する丹陽の存在を許せなかった。

 丹陽を助けるという当初の目的が果たされ、呆然と一夏は立っていた。

 ラウラのISは盾を構えた教員の機体に囲まれていた。剣を振るい突破を試みるが、教員の壁は厚く、例え1機を下したところで僚機がその隙間埋め、教員達はラウラの突破を許さなかった。

[一夏様、着信です。非通知ですが]

 携帯は量子化されている筈だが、白式が機能を肩代わりしているようだ。

「非通知?出てくれ」

 タイミングがタイミングだけに、今起きている事象と無関係とは思えず一夏は電話に出た。

「もしもし、どちら様ですか?」

『織斑一夏君か?』

 嗄れた低い男の声。電話相手は相当な年配の男性と推測した。

「はい。って貴方こそ誰なんですか?」

『しがない下っ端だよ、IS学園のな。私の正体よりも君に話し頼みたい事がある』

「ラウラのISの暴走の事ですか?」

『ああ、そうだ』

 男は頷く。

「ちょうどいま、アリーナの出入り口に居ます」

 電話の向こうの男はだんまりとした。

『……流石の行動力だな』

「男なら当然です!」

[一夏様、恐らく皮肉です]

「え?」

 男がわざとらしく咳払いをすると、話しを続けた。

『ラウラ君のISは暴走しているが、我々は停止できずに手をこまねいているんだ。銃火器を使用しての強制停止を図ったのだが、問題があってな。ラウラ君のISはシールドバリアーを貼っておらず、攻撃を加えればラウラ君は無事では済まないんだ』

「そんなことが。今みたいにでもだったら止まるまで抑えてはダメなのですか?」

『ISの暴走を引き起こしている要因はVTシステム、つまりヴァルキリートレースシステムが悪さをしている。VTシステムはシールドバリアーを停止させる不具合ばかりか、ラウラの身体に悪影響を与えている』

「そんな」

 アリーナで起こっている非常事態は一夏の予想以上に悪かった。

『時間の経過とともに取り返しのつかない事になる』

「だったら俺に何か出来る事はありません?」

 食い気味に言う。ここに辿り着かせたのが正義感によるものなら、この発言も正義感によるものだった。

『話しを最初に戻そう。君に頼みたい事がある』

「それで俺に連絡を」

『ああ、零落白夜を持ちで尚且つ、白式の性能に相応かそれ以上の実力を持つ君に頼みたい』

「分かりました、やります」

 一夏はそう言ったが、男はまたも黙ってしまった。

『有り難いが……忠告しておく。承諾する時は具体的に何をやるか聞いてからにしろ』

 脅すような言い方だった。

「え?でも」

 一夏は釈然としなかったが、そんなことは意に介せずに男は話を続け、一夏にラウラのISの停止の仕方を教えた。

『以上だ』

「あの……気になることが」

『なんだね?』

「貴方は一体何者なんですか?」

『時間が無い、切るぞ。君がラウラ君を助けた後でまた連絡を入れる』

[通信切れました]

 白式の報告どうり、電話は切れていた。

[どうしますか……申し訳ございません。愚問でした]

「ああそうだ。行くぞ!」

[お供します]

 一夏はスラスターを噴射、白式を纏いアリーナに降り立つ。

 

 

 千冬はアリーナに一夏が現れたのを確認すると、瞳を目一杯まで開き驚く。

「それを貸してください」

 山田に有無を言わさず、ヘッドセットを奪うと一夏に呼びかける。

「何をしている、一夏」

 普段はいくら動揺していてもそれを隠していたが、今は全く隠す気すら千冬には起こらなかった。

『ラウラを助けるだ』

「馬鹿者が!貴様に何が出来る。だいたいラウラの機体に攻撃を加えれば……」

『シールドバリアーを貼ってない。だろ?わかってるさ』

「何故お前がそれを知っている?」

『それとラウラの機体を止められるのは俺だけなのも』

「その情報は誰からだ?」

 一夏は何も答えなかった。モニターに映る一夏は決意を固めて、千冬が何を言って揺らぎそうにはなかった。

『千冬姉に取ってもラウラは大事なんだろ?』

「私の話を聞いているのか!とにかく……」

『俺も千冬姉みたいに誰かを守れる人になりたいんだ!だから行かせてくれ』

 千冬は押し黙る。迷い決めかねていた。ラウラも救いたいが、一夏を危険な目に合わせられない。

「織斑先生、行かせてあげましょう」

 新たにヘッドセットを付けた山田が提言した。

「一夏君なら大丈夫ですよ、千冬先生」

 山田の言葉はそっと背中を押すように、判断を決めかねていた千冬に響く。

 千冬は口端を緩めた。私がこの愚弟を信じなくてどうするんだ。それに白式ならば止められると一夏に情報を流したのは、恐らくあの人だ。

「一夏、覚悟は出来ているな?」

『ああ、やってやるさ!』

 一夏は自信満々に答える。

「違うぞ一夏。後で説教を受ける覚悟は出来ているか?とい聞いているんだ」

『そっそんな……』

 一夏が意気消沈する。

「必ず私の下に来るのだぞ。ラウラを連れてな」

『おう!』

 千冬にぶっきらぼうながらも一夏を激賞していた。モニター越しに一夏が喜んでいるのがわかる。

「ふん」

 だが一夏は、手を開いては閉じる、浮かれている時の癖を見せなかった。

 緊迫しながらも何処か和やかな雰囲気のピットに、水を差してしまう人がいた。

「千冬先生も辛いですよね。弟離れをしなきゃいけないなんて」

 と山田は茶化すように言った。だが、完全に余計な一言だった。

「つまり山田先生は私が弟離れ出来ずに居た、と申したいんですね?」

「え?いや違いますっひぃ!」

 山田は前言を撤回しようと振り返ると、鬼の形相の千冬に恐れ慄く。

「ちょうどいい機会ですし、山田先生も御一緒にどうですか」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 

 千冬との通信を終えた一夏は雪片を握りしめると、千冬の似姿を取ったラウラを取り込んだレーゲンを真正面に捉える。レーゲンは教員達がわざと開けた包囲網の間からこちら向かっている。

 電話の男の話によれば、中身のラウラに当たらないようにレーゲンに零落白夜を差し込めばいいとのことだ。すれば、零落白夜が稼働エネルギーを消耗させラウラのISを強制停止させることができる。

 理屈は簡単だが、容易いことではない。達人の域に達している千冬姉の剣術を掻い潜り、一太刀を浴びせなければならないからだ。しかし臆する暇も理由もない。

「やってやるさ」

 スラスターの推進力でレーゲンに接近。レーゲンは打刀の間合いに一夏が入ると、斬撃を繰り出した。

「流石に速い。けど、見切れないほどじゃないぜ」

 一夏は雪片で斬撃を受け止める。レーゲンの剣速は確かに速いが、ISの補助を受けた一夏は容易にその軌道を見切っていた。

 レーゲンの数振りの追撃も一夏は捌ききる。

 最後の一撃を受け止めたところで流れで鍔迫り合いになる。

 白式の膂力に任せレーゲンの打刀を弾き剣先を逸らす。

「貰ったぁぁ!」

 レーゲンは後方に飛び退く。が、スラスターの有無の差が瞬発力の差に直結、白式に一瞬で詰め寄られる。

 一夏はレーゲンの暴走を、零落白夜の一太刀で止められると確信していた。

「なにっ」

 先にレーゲンの一太刀を脇腹に貰う。

 レーゲンの太刀筋が急激に速くなったのではない、白式が遅くなっていた。

[左腕部、親指の付け根を破損]

 白式の報告通り、左手で雪片が保持できなくなっていたそれにより雪片の剣速がレーゲンのそれを下回り、先に一太刀を浴びてしまった。

「剣を弾いた時に後退しながら切ったのか」

 失念していた。相手は世界トップに立った千冬姉。攻防一体で実用性一辺倒の剣術は、模倣品とはいえ侮るべきで

 はなかった。

 一夏はスラスターを駆使し後退、距離を取る。

「白式、残った指で剣を持てるか?」

 [保持は可能ですが、全速での使用は保障できません]

「なら!」

 白式には瞬間加速がある。

[思考解析。瞬間加速は厳禁です。現在の私たちの技量では直線軌道しか使用できず。万が一にもラウラ様に激突すれば、ラウラ様の生命は失われます]

「じゃあどうすればいいんだよ」

  白式とのやりとりの間にもレーゲンは間合いを詰めてくる。

 このまま後退すれば、レーゲンがアリーナの外に出しかねない。

「意気込んで来たのにこれじゃ……」

 千冬姉は俺を信じて送り出してくれたのに。俺は女の子1人助けならないのか。

[一夏様]

 白式のメッセージが視界を通して脳髄に響く。

[ボロボロでも勝つために追いかけるやつが勝つんです]

 それは俺が白式に言った言葉だった。その言葉通り、諦めなかった丹陽は勝った。

「でも、どうすれば?」

[ラウラは助けを待ってます]

「俺だって助けたい……けど、剣術も剣速も劣っているんだぞって」

 丹陽は2対1で、まともな兵装が無い状態で戦っていた。真正面からぶつかり、勝った。

「そうだ、真正面からだ」

 技量も戦術も関係ない。正面から力押し。それがレーゲンに零落白夜を叩き込む最速解。しかし、力押しはリスクを伴う。

[思考解析。了解しました]

 白式は了承してくれた。かなり白式に負担を掛ける作戦たが。

「ありがとう白式」

[お構いなく。私はあなたのISです]

 一夏が白式の了承を読み取ると同時に、レーゲンが目前まで迫っていた。

 本音は一呼吸休みを入れたい。スラスターの推進力を使えば、簡単に距離を取れる。

 だが一夏はスラスターの推進力を前進に使った。腹を括ってくれた白式に報いるため、そして1秒でも早くラウラを救出するために。

 レーゲンは打刀を振りかぶり、打ち下ろす。

 白刃は一夏の肩を捉える太刀筋を走る。が一夏は回避や防御といった身を守る行動を起こさなかった。白刃は一夏の、白式の肩に当たりシールドエネルギーを削る。

「大丈夫だな白式?」

[はい。痛いだけです]

 白式にダメージが入ってしまうが、この状況こそ一夏が望んだもの。

 一夏は左腕をレーゲンの背中に回し、まるで抱きしめるかのように捕らえる。

「こうすれば実力差なんか関係ねぇ」

 レーゲンの追撃を防ぐことはできなくなったが、一夏の零落白夜も確実にレーゲンに刺さる。

[零落白夜発動。極小範囲に制限します]

 右腕の雪片は、青白いエネルギーの刃、零落白夜を発動させる。零落白夜はレーゲンの中にいるラウラを傷つけないために握りこぶしほどの刃渡りしかない。

「あとは、くっ」

 レーゲンが打刀を逆手に握り、一夏の背中に刺突していた。

「負けるかぁぁ!」

 零落白夜をレーゲンの脇腹に差し込む。

 稼働エネルギーを零落白夜は中和相殺。着実にレーゲンに効果が現れる。

  レーゲンは一瞬、体を強張らせると、狂ったように一夏に刺突を繰り返す。

「くっ絶対に手を離すか」

 白式のシールドエネルギーは潤沢に有ったが、零落白夜とレーゲンの刺突の二乗効果でみるみる底を覗かせる。

[シュヴァルツェアレーゲン、ナノマシンが剥離していきます]

 白式よりも先に限界を迎えたのはレーゲンの方だった。

  レーゲンの体のあちこちから黒い液体がボトボトと落ちていく。稼働エネルギーを相殺され、ナノマシンの外皮を維持出来なくなった結果。ナノマシンが剥がれ落ちていた。

「もう一踏ん張りってとこか」

 千冬の似姿を取るレーゲンだが、ナノマシンが無くなるにつれ氷のように溶けていく。

 レーゲンの上半身が溶解したところ、レーゲンはピタリと動きを止めた。そしてラウラが中から姿を表した。

 ラウラは瞳を閉じ、憔悴しかった顔をうつむかせていた。口元はもぞもぞと動き、言葉を呻いていた。

 小さいが、ハイパーセンサーは聞き逃さない。

「私は……負けるわけには……負けたら私は……」

 一夏は雪片を収納。両腕をラウラに伸ばす。

 指先が触れる寸前、両腕部装甲が光の粒子になった。

[白式の手は少々逞しいので、展開を解除しました]

「そうか、ありがとう」

 一夏は素手を伸ばすラウラを抱き寄せ、レーゲンから連れ出す。

「大丈夫だ、ラウラ。俺が守ってやる」

 一夏優しく囁くと、細く脆い体躯のラウラ抱き抱える。

 ラウラは瞳を開けることなく、一夏に体重を預けると静かに寝息を立てた。

「はぁ、これで一安心って!」

[シュヴァルツェアレーゲン、まだ動きます]

 レーゲンが、主を失いった筈のレーゲンが打刀を振り上げていた。動きはぎこちなく動力はゼンマイかと錯覚するほどだが、レーゲンは確かに動いていた。

「主人に噛み付くとは、躾のなってない番犬ですこと」

 レーゲンの打刀を保持する手首を青白い閃光が貫く。

「先ずは、待て、から教えなきゃね」

 黄色いISが疾風の如く勢いでレーゲンを突き飛ばす。

「じゃあ次は、お座り」

 赤いISは仰向けに倒れ起き上がろうとするレーゲンに不可視の砲撃を叩きつける。

「セシリア、鈴、シャルル。助かった」

 アリーナに3人駆けつけていた。

 それぞれISを纏い、それぞれの特性を活かし一夏とラウラの危機を救ってみせた。

「イギリス代表候補生として、そして一淑女としーー」

 セシリアは得意げにつらつらと話し始めるが、怒声が弾き飛ばす。

『長ったらしく話すな、愚か者。早くシュヴァルツェアレーゲンを停止させろ』

 怒声の主は千冬だ。

 万が一に備え、3人のアリーナの入場を千冬は許可していた。そして今、武装を持たない教員に変わりレーゲンの強制停止を命令していた。

「もっ申し訳ありません。今すぐに、この狂犬を仕留めて差し上げますわ」

 セシリアは、ビームライフル1門、ブルーティアーズ4門を。

「これでおしまいよ」

 鈴は、龍砲2門を。

「一夏下がってて。僕たちがトドメをさすから」

 シャルルはグレネードランチャー2門を。

 それぞれ最大火力をレーゲン1機に構える。

「「「はぁぁぁぁ」」」

 同時に砲門が火を吹き、荷電粒子、あるいは衝撃波、あるいは榴弾がレーゲンに降り注ぐ。

 専用機、3機の最大火力は凄まじく、天に登りほどの砂塵を巻き上げIS学園のある孤島を震わした。

 破片が飛んで来るかと一夏は身構えたが、教員数名がカバーしたおかげで、一夏とラウラは無傷だった。

 砂塵を収まり、砲撃跡地をハイパーセンサーで探査するが粉々になったレーゲンとそのISコアが有るのみだった。

「ふぅ…やっとで終わりか」

 一夏は素直に安堵した。

 ふと手元を見ると、ラウラが安らかに寝ている。あれだけの砲撃をの後で。

「すごい奴だなこいつは」

 すごい奴、と口ではいったものの。一夏は、ラウラをガラス細工を扱うようにやんわりと抱いていた。

 

 

 完全に余談だが。レーゲンの残側回収中に、ISコアは2つ発見された。幸い両方とも無傷。

 1つは当然シュヴァルツェアレーゲンもの。もう1つは、丹陽の専用機、モンテビアンコのものだった。

 セシリアら3人の砲撃はレーゲンだけでなく、転がっていたモンテビアンコの残骸も巻き込み、粉々に粉砕していた。




モンテビアンコの解説の続きです。
主に装備について。


ハルバード
ハルバードを他のキャラが使う予定はないので、名称は単にハルバードか斧槍。3カ所にハードポイントを持つが、その話は後々。

ワイヤーアンカー
モンテビアンコの両腰に装備されている。シュヴァルツェアレーゲンのワイヤーブレードのような、射出後の制御機能は有していないため、完全に移動の補助を目的としている。

大盾
モンテビアンコの背中から伸びるフレキシブルアームに装備されている、大盾。
元々はただの実体シールドだったが、名前をモンテビアンコに改めるとともに、主力戦車の正面装甲用に開発された複合装甲を搭載した。丹陽が使用したラファールの盾同様、裏にウェポンラックがあり先端に固定用の杭打ちが存在する。本来武装用ではない。

超跳躍補助装置
モンテビアンコの脹脛の大部分を占める、ビアンコ唯一の推進機関。脹脛の中でサーモリック弾を爆発させて、その反作用を利用すという豪快な装置。本来武装用ではない。
黒いメガデウスの腕や、吐息に定評のあるロボットアニメの脚部をイメージしてもらえばそれで会ってます。

電子妖精
アポテムノから流用したオーパーツの1つ。
鱗粉とよばれる特殊な粒子を散布。鱗粉1つ1つがアンテナの役割を果たし、可視光から電磁波まで送受信できる。鱗粉群を一定の形状で固定することで複合センサーとして使用できる。鱗粉であるため、複合センサーは崩させても再構築が容易に出来る。このため、どうしても貧弱になるセンサー類を敵に向ける必要がなく、複合センサーから送られる情報の受信部を複数しかも任意の位置にセットできるため、機体の防御性能上げることができる。
さらに鱗粉は電磁波や可視光を吸収したり反射してりするかもができるため、ラウラに使用したようにジャミングを掛けることも出来る。
決して未来を囁くなどという能力は無い筈なのだが……

有機部品
アポテムノから流用したオーパーツの1つ。
黒いどろどろとした液体だが、ISで制御することにより、任意の生体器官を生成できる。
しかも有機部品自体もが万物を糧に増殖可能。増殖は糧になった物質と同質量だけ増える。
しかし、生体器官の生成も増殖もシールドエネルギーを消費するため安易には出来ない。
これらのメカニズムについては、未だ誰も解明出来ていないという、曰く付きの装備。
さらにISの制御を離れと気体に変化してしまうと扱いは難しい。


以上です。


次回はまだ書いてませんが、裏でオリ主が何をしていたかまでの話を、今年中には書き終えれる事を目標にしています。

感想や意見、宜しくお願いします。


ビアンコ「ダルマにされて、真っ二つにされて、木っ端微塵にされたけど、労災下りるかな……」

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