インフィニットストラトス 〜IF Ghost〜   作:地雷上等兵

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すみません。遅れました。
でも言わせてください。リアルの仕事が今までで一番忙しかったんです。
つらつら書くと長くなるので、手短に説明すると。質量共に、糞食らえ。
次話は書いて有るので、そちらはすぐ出せます。


33話

  学年別トーナメント。波乱に満ちた第1試合。様々な事が起こった試合だったが、遂に終盤に入ろうとしていた。

  丹陽は両手をラウラのワイヤーブレードに束縛され動けずにいる。そこを両手に別種の刀を構えた箒がトドメを刺しにかかる。

「なんだあれは…」

  ビアンコの背中、背骨から黒い液体が溢れていた。それが触手のように形を成すと、上腕のフレームを前腕に向かいながら這っていく。

  丹陽は何かする気だ。まさか、あの触手がワイヤーを切る気か。

「そうはさせん!」

  しかし、箒の予想が外れた。触手は前腕とそれに巻きつくワイヤーブレードには向かわず、肘にある回転式アクチュエータに入り込んだ。そして触手は幾つもの縦筋を刻み込み、まるで剥き出しの筋肉のような造形をとる。

丹陽が持つもう一つのIS、アポテムノから移植された有機部品から生成された運動器系。その出力は従来のアクチュエータを遥かに上回る。

『箒!気をつけろ』

  ラウラからの通信。口調から焦りの色が。

『どうしたラウラ!』

『突然ワイヤーブレードの負荷が上がった。このままでは抑えつけれない』

『なに…』

  次の瞬間。ラウラは天井の遮断シールドに叩きつけられていた。

丹陽がワイヤーブレードを掴みそれを上向きに振り、それに繋がったラウラがビアンコが生み出す圧倒的なパワーに負けた結果だ。

「このままではラウラが」

  されるがままに振り回されるラウラの身を案じ、箒は丹陽に接近。無我夢中で斬りかかる。だが、箒は忘れていた。ラウラが行動を制限していたビアンコの盾の存在を。

「ぐあああ」

  鈍器と化した盾を叩きつけられ、砂塵を巻き上げながら吹き飛ばされる。

  壁際。また飛ばされた箒は、ラウラから助言された慣性制御を駆使した起き上がり方で立ち上がる。 その時、ISより警告。高速で迫り来る物体あり。

  箒は反射的に身構えた。丹陽が追撃に来たと。

『避けてくれ……箒……』

  箒の予想は半分当たり、半分外れていた。

  迫り来る物体とはラウラだった。丹陽が有り余る腕力を奮い、鎖付き鉄球のようにラウラの振っていた。それも箒目掛けて。

  箒は咄嗟に回避。

当然、ラウラは地面に激突。身の丈を超える砂塵と、近くの箒が地震と錯覚するほどの震動。それらがラウラへのダメージ、そして丹陽の専用機、モンテビアンコの怪力を物語っていた。

「ラウラ、しっかりしろ!」

「うっ…」

  全身を地面に投げうち、意識がハッキリとしないのか苦悶の声をラウラは上げた。

  このままではまた、丹陽に投げ飛ばされる。そう思った次の瞬間には、丹陽はワイヤーブレード引っ張りまたラウラを振り回す。今度は横向きに。ラウラが箒から大きく遠ざかりアリーナを大きく回り、加速の付いた状態で箒に迫る。

「汚い手を」

  箒は宙に飛び上がり回避。

  避けた。だが、丹陽はラウラを離すどころか加速させた。もう一周、いや当たるまで繰り返すだろう。

  このままでは、一方的に嬲られる。何とか状況を打破しなくては。

  箒が思考している間に、2週目のラウラが迫る。今度は2倍近くも速い。

  箒はまたも飛び上がる。

しかし、コツを掴んだ丹陽は逃さない。 丹陽がワイヤーをミリ単位で操作、ラウラの軌道を修正。衝突コースに。

  ぶつかる。危機を感じた脳が処理速度を上げ、それによりスローモーションで流れる視界の中、箒は迫り来るラウラをただ凝視していた。声すら上げられない。

  轟音を上げ、ISが激突する。

  ラウラのISのシールドエネルギーが大幅に減少する。だが、箒にダメージはなかった。

  激闘する寸前、朦朧とする意識の中でラウラはプラズマブレードで自らのワイヤーブレードを切り裂いた。これにより軌道が変わり箒を回避した。しかし、円運動が直線運動に変わっただけで、PICで減速を試みたが止められず壁に激突。

『ラウラ、大丈夫か?』

  箒はラウラの安否を確認する。だが、返事が無い。

  ハイパーセンサーを駆使し、頭を丹陽に向けたままラウラに意識を集中した。

  ラウラは衝突の衝撃で出来た窪み体をめり込ませていた。そこらか幾条ものひびが伸びている。PICで抵抗したとは思えない破損具合だ。

『うっ』

  ラウラが窪みから這い出た。しかし、何処かおぼつかなく、地面に足を降ろした途端に膝からがくりと崩れ、四つ這いの姿勢に。

  散々振り回され、終いには壁にぶつけられ、ラウラは意識が朦朧もしている。

  箒は剣先を丹陽に向けた。丹陽はワイヤーブレードを前腕で巻き取りながら、悠然と佇んでいる。

  まだ停止信号が出てない。つまりラウラはこの試合から脱落してはいない。しかし、しばらく戦えないだろ。その間、箒はたった一人、丹陽と対峙するこのになる。丹陽は間違い無く丸腰だ。そもそも必要無かったのかもしれない。

箒は手足が震えだす気がした。

  早く回復してくれ、ラウラ。箒はそう願った。その甘い思考を直ぐに覆えされることになるが。

  ラウラ、箒、丹陽の3人は、丹陽を頂点とした二等辺三角形の位置に居た。

丹陽は、頭部を覆うヘルメット。その中心にある逆三角形の電灯を箒に向けていた。

  ごく自然に丹陽は、ラウラに向き直った。

「貴様まさか……」

  そのまさかだった。丹陽は脚部を変形、鳥脚に。まともに動けないラウラに迫った。

  先に無防備なラウラを仕留める気だ。

  箒は自然と地面に蹴り、疾走していた。

 

 

『このままでは負けますぞ。すれば、ドイツの技術の粋を集めたVTシステムのデモストレーションになりますな』

「……一体のなんのことやら」

  声調は抑えることに出来た広報担当官は、空いた腕で汗を拭った。

『承諾頂ければ、ドイツ軍全体の瓦解に繋がる事態を防ぐことが出来ます。貴方だけの問題では無いのです。ドイツ軍の存亡は貴方に掛かっております。御決断を』

「…少し時間をくれないか?」

『時間がありません。今直ぐの御決断を』

「本当に少しでいい」

『わかりました。決心がつきましたらまたのご連絡を』

  その言葉を聞くと広報担当官は電話を切った。

  深呼吸をして、少しばかり思案。直ぐに電話をかけ直す。

 

 

  轡木は今か今かと電話を見つめていた。

「丹陽に一報入れなくていいですか?このままだと本当にVTシステムが作動しますよ」

  轡木の後ろに立っている用務員がそう尋ねた。

「VTシステムは機体のダメージだけでなく、精神的に追い詰めないと作動しないらしい。それにあの広報担当官を追い詰めるにも丹陽には本気になって貰わないと」

「ですからこのままでは本当に倒しかねませんよ」

用務員の懸念はもっともだったが。轡木涼しい顔で答える。

「大丈夫。モンテビアンコは未完な上に致命的な欠陥を幾つも抱えている。しかも丹陽はコア干渉のタイムリミットがある。ハルバードを失い決定打の無い現状。2人がモンテビアンコの欠陥に気付くのが早いか、タイムリミットが来るのが早いか。とどのつまり、丹陽は勝てんよ」

  携帯端末が震えだした。着信、広報担当官からだ。

「だからこそ、時間をかけたく無いのだがな。逡巡しおって」

  端末を耳を添える。直ぐに広報担当官が落ち着いた声で告げた。

『悪いが貴方の提案はノーだ』

 

 

「泉ぃぃ!何処まで下衆なのだぁぁぁ!」

  地を蹴り駆ける丹陽と気流を押し退け飛翔する箒。 速度は圧倒的に箒が上回っている。

  先回りした箒はラウラの前に立ち塞がる。

  丹陽は減速せず、箒にはむしろ加速しているように思えた。

  盾の間合いに入る数歩前、丹陽は人脚に変形。間合いに入るとともに、右脚の踵を地面に食い込ませた。走行時の慣性を活かし踵を支点に、身体、そしてフレキシブルアームに繋がれ盾に回す。

  スイングされた盾を、箒飛び退き回避。

「そう何度も当たるか!」

  空振りした盾は制動が容易では無く、丹陽の背中までスイングしてしまう。

  箒を阻む物が無くなる。 その隙を逃さない。

「はぁぁぁ!」

  刀の間合いに一足で飛び込み、プラズマブレードを上から下に唐竹斬り。

  丹陽は身を傾け、回避。プラズマブレードはビアンコの皮だけを削ぐように地面に落ちた。

  プラズマブレードは外れた。しかし、もう一振り、実体剣がある。

  箒は続けて横薙ぎに実体を振るう。盾は間に合わない。

「な……この為に巻きつけていたのか」

  丹陽は実体剣を受け止めた。ビアンコの前腕とそれに糸巻きのように何重も巻きつけたレーゲンのワイヤーブレードが、打鉄の打刀を受け止めていた。

  箒が危機を感じて身を翻すよりも早く、丹陽が打鉄の両手首を掴み取った。

「ならば」

  箒は足裏のスラスターを噴射。丹陽が得意としたスラスターローキック。

  丹陽は回避も出来ずにモロに受けた。

「効いてないだと…?」

  だが、まるで効いていない。

  丹陽のキックは、スラスターを弧を描くように噴射方向を変えながら脚部を加速させ、対象物の芯に垂直かつ中心に響くように調整していた。そうでなければ、衝撃が滑ってしまう。箒はスラスターの調整がイマイチで、ビアンコの身体に対して蹴りが斜めに叩きつけていた。

  スラスターローキックは、量子展開が苦手な丹陽が咄嗟の時の自衛方法として、夜な夜なこっそりと練習して出来た、いわば努力の賜物。例外は居たが、本来は見よう見まねで出来る技ではない。

  箒が蹴りを放った片足を引っ込むと同時に、耳をつんざく音が。同時にISより、手首破損の警告が発せられた。目で追わなくても分かる。丹陽が打鉄の両手首を握り潰した。

「化け物め」

  武器を奪われるという最悪の事態を回避するために、2種の刀を格納領域に引っ込める。そして、掌を失った腕を振りかぶり、渾身の力を込めて。右ストレート。

  手ごたえがない。そう脳が認識するよりも早く、顎から脳天に鋭い衝撃が貫く。

「ぐぁ!」

  丹陽は箒の右ストレートをボディワークだけで回避。同時に箒の顎に左アッパーを打ち込んでいた。

  箒が脳天を揺さぶられ意識が霞む。次の瞬間には、左右2発のスイングが箒のボディに打ち込まれ、シールドエネルギーを削る。

  三度打ち込んまれる拳に箒は触発され、無意識にジャブを繰り出していた。

  片耳のヘルメットに伸びる箒の左ジャブ。

「っく!」

  後出しにもかかわらず、先に丹陽の左ジャブが箒の素顔を捉えた。その衝撃で箒は仰け反り、打ち出した左ジャブもヘルメットに到達することはない。

  丹陽は続けて右ストレート。それもクリーンヒット。教科書に載せたいぐらいに、綺麗なワンツーが決まる。

「そんな……ありえん」

  僅かな隙すら見せず、丹陽は打撃を箒に打ち込んでいく。それも殆どが箒を捉えていた。目に見えて箒のシールドエネルギーが減少していく。箒も反撃に出るが、面白いように丹陽は足と身体の動作で回避。そればかりか、的確にカウンターを打ち込んでくる。攻撃すれば、寧ろダメージが増えていく。

  箒と丹陽、互いに武器は無い。よって原始的で野蛮な拳を使った殴り合いに興じる事になっているが。ビアンコの腕力も凄まじいが、それを確実に丹陽は箒に叩き込んでいく。集中力、技術、性能、そして経験。勝敗を決める運を除く全ての要因を丹陽が圧倒的に箒を上回っていた。

  このままでは……。私は負けるか…こんな奴に。

  唯一の勝機は、ラウラが復帰し2対1の状況に持ち込むしかない。

  箒は両肩の実体盾を正面に構える。これでしばらくは持つと考えた。ほとんど無駄だったが。

  ビアンコの両脚のつま先と踵のスパイクを展開、アンカーを前方の地面に射出。跳び上がり、盾目掛けてドロップキック。

  盾はドロップキックを受け止め切った。だが、丹陽の目的は別に有った。

  丹陽は足のスパイクでがっちりと盾を握る。アンカーを巻き上げ、宙にいる丹陽を地面に着地をさせた、掴まれた盾ごと。足に捕縛された盾は丹陽に踏まれる形になり、もう箒を護ってはくれない。

  ビアンコの操作の殆どを担う補助脳の操作熟練度が上昇している。

  箒が反応するよりも早く。丹陽が足を踏ん張り、腰を捻り、自身の重さを乗せた右拳を打ち出す。

  もう箒のシールドエネルギーは雀の泪。

  右拳が繰り出す余りの打撃、その衝撃でISが遂に破損した。

  一瞬、アリーナの時間が止まった。その場の全員がそう錯覚した。

  壮絶な破裂音で咲き、その後は夜空に消えてくいく花火の様に。

 

 

  丹陽の右ストレートを箒はガードもままならずに一身に浴びる。もうシールドエネルギーも僅かに。だが、状況は箒に傾いた。

  モンテ ビアンコ、その右腕、関節の回転式アクチュエータが破裂していた。爆発のように中から幾多ものパーツが飛び散っている。それにより右ストレートの威力も激減、箒のシールドエネルギーが残ってしまう。

  丹陽の猛攻は箒を追い詰めたが、同時にビアンコ自身の四肢にも膨大な負荷を掛けていた。先程の右ストレートで限界に達し、右腕を動かすアクチュエータが破損した。

  丹陽は分かっていた。モンテ ビアンコは第一世代機。幾ら基礎設計が優秀でも、それに使われている材料をはじめとする基礎的な技術は、ラウラのレーゲンはおろか量産機の打鉄にすら劣っている。ましてや、このフレーム。長年倉庫で保管、もとい放棄されていたもの。経年劣化も酷い。だからこそ、序盤ではアポテムノ由来の筋肉は使わないようにしていた。だからこそ丹陽は両腕に負荷が均等に掛かるようにしていた。それがさらに事態を悪化させる。

  ビアンコの右腕は右ストレートの直後落ちて、掌を開き、力無くぶらりぶらりと地に向かい伸びてた。

「よく分からんが……チャンスだ」

  箒は腕を振り下ろし、腕パンチ。

  丹陽は残った左掌で受け止める。

その刹那、左腕は上腕の半ばからへし折れた。そればかりか左腕全体のアクチュエータも機能停止に。

  これでビアンコの両腕は動かない。

  箒は一気に間合いを詰める。近すぎて、丹陽は盾を叩きつけられない。

  箒は攻撃はおろか防御すら出来ず、退こうともしない丹陽をひたすら殴りつける。今の今までの恨み辛みを腕に乗せて。

「ついてないな、泉。これでおしまいだ」

  サンドバッグのように殴り続けられるが、丹陽は決して退かない。その先の勝利をもぎ取るために。

  丹陽が右側の地面、盾のパイルを打ち込む。右腕の黒色の補助運動器がどろどろとした液体に戻る。そして、2話ぶりに口を開く。

「そうか?」

  俺の運は悪くない。だからこそ今も生きている。ただ、馬鹿なだけだ。

  左腕はアクチュエータもフレームは使えない。だが、右腕はまだフレームは無事だ。

  箒の右ストレートが丹陽の額を殴りつけた。

  打撃を受けた丹陽は背骨を曲げて仰け反る。まるで、引き絞られた弓のように。

  丹陽が頭部を振り戻し、箒の額にぶつけた。頭突き。

  箒は一瞬仰け反る。

「悪あがきを」

  頭突きで終われば、ただの悪あがきに過ぎない。頭突きも来ると分かっていれば、箒も防御策はいくらでもある。だがこれは、次の一撃のためのお膳立てに過ぎない。

  補助運動器だった黒色の液体、筋肉ではなく今度は腱に変異。こんな時のために用意された背中にある直線式アクチュエータに片側結ばれ、もう片側が右上腕の内部に入り込む。背中のアクチュエータと右腕が腱を介して繋がった。調子を確かめるように、右掌がパーにグーと開いては閉じる。動くことを確認すると、振りかぶる。

パンチは腕力だけではない。大事なのは重さ、つまり重心移動による全身の力。貧弱な肢体を持つ俺に、彼女はそう教えてくれた。役に立つ事がないようにと祈りながら。

  地面に刺した盾を、足のように地面を蹴り。同時に自身の足も地を蹴り踏ん張る。盾や足、そこから生まれた反発力や重心移動による力を幾多ものフレームとギアで伝達。

  全てを拳に乗せる。

 

 

  あっ、と箒は気が抜けるような声を発した。何が起こったのか思い出そうとした。

  たしか、丹陽から頭突きを受けた。その後は、丹陽の動かなくなった筈の右腕が動いた。それから……丹陽が遥か遠くにいる。数本のケーブルでなんとか繋ぎとめられている、左前腕を自らでもぎ取っていた。

  いや、違う。私が遠くに飛ばされたんだ。そして私は今、壁に背を預け、ボロボロのISは停止信号を発信していた。私は泉丹陽に負かされたのか……。

「あれが……専用機の力……」

  箒が寄りかかった壁。そこには丹陽によって作られた大きな打痕があった。

 

 

  観客席。一夏達は殆ど言葉を交わすことは無かった。魅入っている、というよりかは圧倒されている。鈍刀で鎧ごと砕くような戦いぶりに、感動と畏怖の念が混ざりあっていた。

「勝負ありましたわね」

  とセシリアが。ビアンコの四肢が幾ら脆くとも、もう既にラウラのレーゲンのシールドエネルギーが底を尽きようとしている。今までの戦いぶりからも、勝敗は明らかだった。

「いや、違う」

  と一夏が。顔は真っ青になっている。一夏はある事に気がついた。丹陽はここに来るまでに、通常のISならあり得ない事をしていた。

  何故、着地するのにわざわざエアバッグを使用したのか。それが意味する答えに、一夏は気が付いた。

「え、どうして?」

「多分、丹陽の専用機……」

 

 

  混濁した意識から、回復したラウラ。自分が置かれた状況を確認した。バイタル系は正常、ISも無事。まだ戦える。

  箒は、遠くの壁に寄りかかっていた。停止信号が発せられている。やられたのか。泉に。

  泉はどこだ。

  探すまでもなかった。丹陽はラウラ目掛け一直線に走って来る。

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

  レールカノン、砲撃。

  咄嗟の砲撃にもかかわらず、砲弾は丹陽をその軌道に捉えていた。ダメージを与えられたかもしれない。丹陽がラウラが起き上がったのに合わせて盾さえ構えてなければ。

  初弾。電磁装甲で跳弾させられ、天井の遮断シールドに流される。

  ラウラは次弾装填。砲撃。無駄と判断する冷静さも失われていた。

  次弾。またも跳弾。今度は外壁を穿つ。

  恐慌状態に陥っているラウラは、またもレールカノンを装填。

  三弾目。今度は向かいの外壁に大穴を開けた。丹陽が身を屈めて回避。3発も同位置に狙われれば、回避は容易だった。

  丹陽が急接近、ラウラは衝動的にブレードブレードを抜刀。丹陽めがけて突き立てた。しかし、ブレードブレードが丹陽を焼き抜くよりも早く、盾を腹部をど突く。駆けた時の慣性が乗った盾は、ラウラを突き崩しだけでは止まらず。ラウラごと壁を叩く。

  今までの手合いとは何が違うんだ。

  ラウラの腹部に突き立てられた盾が退けられた。ラウラはむせ返る苦しさにもがき、反撃どころではない。丹陽が盾を退けたのはラウラを気遣ってということは寸分足りとも無く。盾でラウラの手を掬い上げ、壁に押し付けた。

  装備の構成か?いや違う。強いからか?違う。近接が中心だからか?違う。

  ラウラが反応する暇も無く、ラウラのもう一方の腕は丹陽の足裏で壁に押さえつけられた。

  プラズマブレードのある両腕は、盾と足に拘束されビクともしない。レールカノンは砲身長の内側に潜り込まれて死角に。ワイヤーブレードは全て使い果たした。

  丹陽は、ラウラを抑える足のビザを逆方向曲げ、人体を前進させた。拳の間合いに入る。

  何も感じないんだ。殺意も闘志も。まるで兵器だ。

  殴る。丹陽はひたすらにラウラを殴る。 両腕を押つけ、ラウラが身を守ることすら許さない。

 

 

  特別観覧室。その廊下。広報担当官は、数分前までの冷や汗が嘘のように涼しい顔で、携帯端末の向こうの轡木にそう告げた。

『我々はシュヴァルツィア レーゲンの予備パーツを保有しております。例え、貴方が断っても、解析すれば……』

「だったらそうしたまえ。出来ないのだろう?理由は2つ。まず1つ目は、格納庫にレーゲンの予備パーツはもう無い。その確認をさせない為に、此処に我々をここに釘付けにしたのだろうが。嘘までついて。もう2つ目は、そもそもIS学園には調査する権限が無い」

『我々はあらゆるIS関連の事件を携わる権利と義務があります』

「そうだな。だが、まだ事件ご起きてないのに調査は出来ん。仮に予備パーツが有って、検査を行い、万が一にも何かが発見されてもだ。その証拠には正当性がない。何故なら、レーゲンの予備パーツは我が国が其方の機関に預けたもの。それを無断で検査するなど、武装して我が国の領土を侵攻すると同等の行為。許される筈が無い」

『此処でVTシステムが披露されれば、問題ありません』

「ふん。VTシステムか。差し詰め、黒うさぎ隊の副隊長からの情報だろうな。仮に搭載されていたとしてだ。黒うさぎ隊、隊長は其処までやられんよ」

  モンテビアンコの致命的な欠陥を広報担当官も気が付いた。

「泉丹陽。彼の機体……」

 

 

  私も、戦うために生まれて来た。同じ兵器なら劣るものか。

  圧倒的な実力差を発揮する丹陽。だが、ラウラを一筋の希望を見出す。

  レールカノンを直上に向ける。榴弾を装填。

  榴弾は直撃でもさせなければ、謎のバリアを使うビアンコ纏う丹陽には効き目はない。だが、それ以外なら。

  砲撃。榴弾は砲門から吐き出されると、すぐさま爆裂。謎のバリアに守られた丹陽は、一切シールドエネルギーを消耗しない。むしろ、残り僅かなラウラのシールドエネルギーを消耗させる。

  しかしながらラウラの目算通り、外壁は爆風に耐えきれず崩落。押さえつけられる壁がなくなり、ラウラへの拘束が一瞬だが緩まる。

  ラウラはPICをフルで活用、飛び上がった。スラスターを破壊されている分、速度は出ない。もしラウラの予想が外れていれば、組み伏せられ負ける。ISのハイパーセンサーを凝視、丹陽の行動に神経を集中させた。

  丹陽は腰を落とし、今まさに飛び上がりラウラに追撃を加えようとしている。

  負けたるのか。私が。そう思った。

  だが、丹陽は一向に飛び上がらない。

「勝った……」

  ビアンコの脚部が変形、鳥脚に。1つ関節が増えた分、さらに腰を沈め。跳躍。

  ラウラの心臓が止まる。自らを上回る速度で、丹陽が迫る。何も出来ず、それをハイパーセンサー越しを観ていた。

  丹陽は見る間に接近、ラウラの脚に右腕を伸ばしーー空を切った。届かない。

  あとほんの一歩のところで、最高点に到達。丹陽は重力に引かれるがままに、地面の井戸に落ちていく。

  対するラウラは、冷や汗を拭いながら、さらに上昇。安全圏まで逃れた。そして、口角を釣り上げて笑う。

「やはりそうか」

  地面に立ち尽くし、ラウラを見上げる丹陽。

  ラウラは砲門を丹陽に合わせた。

「貴様、飛べないんだろ?」

  丹陽は今までと同じく沈黙を貫いた。それはあたかも、ラウラの言葉を肯定しているかのように。

事実、モンテビアンコに完全飛行能力は無い。

モンテビアンコの重量は通常のISの2倍以上になり。OSも有機部品を使用する目的や束博士が仕込んだバックドアを封じるため、アポテムノのものを転写していた。元々飛行能力の低いビアンコに合致したOSとはいえ、射撃武器のない現状では最悪のハンデだった。

 

 

  レールカノンより放たれた砲弾は、あいも変わらずビアンコの盾に弾かれた。だが、ラウラは焦らなかった。自分は絶対安全圏にいる。

  丹陽は砂地に直立し盾を構え、自身に降り注ぐ砲撃から身を守っていた。

  ラウラは上空で停止しレールカノンを構えていた。先程の跳躍で、ビアンコの跳躍高度は把握しており、高度は絶対に届かない位置でホバリング。ラウラはその安全圏から一方的に丹陽に砲撃を降り注ぐ。ビアンコの盾は砲弾を弾いてはいるが、もう何発かは禿げた電磁装甲層を抜け均質圧延鋼層を穿ちセラミック層に達していた。盾を撃ち抜くまで時間の問題だった。

「まさか、ISの癖に飛ぶことさえ叶わないとは。情けない」

  勝ちを確信し、丹陽をこき下ろす。散々と叩きのめされたお返しに。

「しかし、量産機では飛行できた筈だが?碌でもな欠陥機を摑まされたな。だが、機体の管理も兵士の仕事だ。それを怠った貴様の責任だ」

  好き勝手にこき下ろす丹陽だが、ラウラの言葉は右耳から入って左耳から出て行った。つまり聞いていない。青筋立てて事態が好転する訳がない。

  丹陽は自身の機体のOSを調べていた。先程、超跳躍補助装置(誠に勝手ながら、文字数や執筆速度を考慮し。以下 超跳 と略称させていただきます)が起動しなかった。調べてみると案の定、オフラインになっている。しかも調整も施してなかった。班長がラウラの機体に掛かりっ切りで、手をつけられなかったか。あるいは、サボったか。このままでは、シュミレータで養った使用感覚は寧ろ齟齬になる。恐らく左右の推進力もバラバラ。しかし構わずオンラインに。超跳の作動プロセスは、初回は手動で行い、以後は補助脳で作動させ馴染ませる。これで問題はない。脚さえ保てば。

「そのような事すら気を遣えない貴様が、私よりも強い訳がないんだ」

  ラウラはそう言い切った。 初めて会った時もそうだ。此奴は私に為すすべもなく倒された。あの時も私は少しだけ油断をしてしまい、失態を晒したが。教官が止めに入らなければ、私は泉を八つ裂きに出来た。AICさえ有れば、ここまで苦戦する筈がなかったんだ。

  状況はラウラに傾いている。ラウラ的には実力も上回っている。たがラウラは落ち着かなかった。脳の奥から危険信号が発せられ続けている。確か整備班の女。何か言っていたな。

  ビアンコがこれまたアポテムノから転用した電子妖精を作動。鱗粉を散布した。今までもラウラのレーゲンの光学センサー以外を撹乱してきたが、今一度散布する。ただ、もともと電子妖精は欺瞞を目的としたものではなく、探知を目的としたハイパーセンサーとは別種のセンサーなのだが。

  トライアルで負けた第1世代。愛称は……メタルゲロッグ。

  ビアンコの脚部。土踏まずが開口、排気口が現れる。脹脛内部、燃焼室に推進剤であるサーモリック弾を装填。膝から飛び出た杭の中に外気を吸引、圧縮。

  メタルゲロッグ。鉄のカエル。カエル……。肉食。変態。両生類。脊髄。発達した後肢で泳ぎ、そして跳ねる。跳ねる……。

  丹陽は腰を据えて身を屈めていた。諦めとはほど遠い。

  ラウラはホバリングを辞め、回避運動を開始。英断だった。

  燃焼室の点火プラグを作動。推進剤を固体から気体に昇華。同時にパイルを膝に打ち込み、中の外気を燃焼室に叩き込む。燃焼室内で2種の気体は混合、燃焼。膨大な熱を生み出し、超音速で膨張。唯一の出口である排気口から飛び出た。反作用でビアンコに壮絶なる跳躍を与えながら。

  ラウラは驚愕のあまり、そのまま回避運動を続けた。

  丹陽が砂塵に包まれたと思った途端、傍を亜音速で物体が通過。砂塵の中には丹陽は居らず、上面の遮断シールドに逆さで足を据えていた。不意にとはいえ、目で追えなかった。

「速すぎる……」

  ビアンコは第2跳目の準備に入っている。その周りを山吹色の鱗粉が煌めいていた。

 

 

 観客席は興奮に沸いていた。勝負は決し、あとはラウラが丹陽を嬲るだけの展開と大半の観客が諦めていたところ。丹陽の思わぬ奥の手がカタルシスを観客に与え、熱狂させていた。ただ一夏達を除いて。

「あの脚の装置、奥の手じゃなくて禁じ手だよね。使いたく無いから、最初の方は挑発して逃げ回るっていう選択肢をラウラや箒に使わせなかったのね」

「ええ、もし使えるならもっと早く使ってましたわ。両腕同様にいつ破損してもおかしくはありませんわ」

「脚が折れるのが先か、ラウラが捕まるのが先か。どっちに転んでもおかしくはない、まだどっちが勝つか分からないってことだね」

 鈴、セシリア、シャルルの3人は、丹陽とラウラ。どちらが勝つか予測出来ずにいた。

「一夏はどう思う?」

 一夏はじっとアリーナを見つめていた。その目つきはナイフのように鋭く、普段の彼からは想像も出来なかった。

「勝つのは丹陽だ」

 一夏は言い切った。

「え?」

[何故ですか、一夏様?]

 白式からも聞き返された。

「怖くて逃げ回る奴より、例えボロボロでも勝つために追いかける奴が勝つ。勝ってほしいんだ」

 一夏の回答は論理的ではなく、ほとんど願望だが。皆が納得してしまう。白式を除いて。

[一夏様は怖れを抱くことを否定するのですか?]

「そりゃそうだろ白式。ビビって逃げ回るなんて」

[ですが、怖れを抱いているのはボーデヴィッヒ様だけではなく、泉様も抱いているのではないでしょうか]

「丹陽が?」

 一夏は驚いた。少なくとも丹陽は試合中は怖れとは無縁と思っていた。現に今さっき、ラウラのレールカノンをわざと受けていた。

[はい。負けるのを怖れ、例え機体がボロボロでも追撃を止まないのでは?]

「それは……誰だってそうだろ。ラウラもだけど」

 返す言葉が見つからない。白式の言葉を意識して今までの試合展開を鑑みれば、確かにラウラは負けるのを怖れて必死に逃げ回っているが、丹陽も負けるのを怖れて必死に戦っている。その差は結果は大きく違うが、根本的な部分は大差無いように感じる。それでも。

「だからって丹陽を後ろから撃つなんて」

 一夏は答えた困り、今の試合とは関係ない過去の出来事を引っ張り出した。

[ボーデヴィッヒ様は兵器としての矜持を持っているように思われます。それが否定されれば当然の行為だと私は理解しました。勿論肯定はしません]

「待て、兵器ってなんだよ?」

[データを表示します]

 視界にネットニュースの記事や何かの資料が表示された。

 あまりの情報量にデカデカと書かれた見出しをそれも部分部分で読み取ることしか出来なかったが、十分だった。

 デザインチルドレン、遺伝子操作を受けた子供達、ドイツ軍、インフィニットストラトス。

「デザインチルドレンってやつの1人がラウラなのか?」

[はい]

 一夏は絶句した。ラウラは戦うために、戦わせるために生まれたのか。

 突然、アリーナを爆音が駆け回った。次の瞬間には、野太い咆哮が、鼓膜を叩いた。

 音に引っ張られ、一夏がラウラや丹陽たちに意識を向ける。

 どうやら決着が着いたらしい。

 

 

  丹陽の第2跳躍目をなんとかラウラはいなした。初めての跳躍の時に見せた速さは無い。だが、ラウラのレーゲンを最高速度も加速度も遥かに上回っている。しかもレーゲンは脚部のスラスターを破壊されている。

「速いだけだ」

  幾ら速くても飛べるわけではない。空中機動中ならば、回避もままならない、筈。

  丹陽が砂塵を巻き上げ、跳躍。ラウラは冷静にレールカノンを向け、砲撃。

  砲弾は射線上に丹陽を捉えていた。アンカーも地面に打ち込まれてはいない。そして、PICがまるで出来ない丹陽では回避はおろか、方向転換も出来ない。

  ラウラの予想は当たっていた。

  だが丹陽は避けた。超跳を構成するパーツの内の膝から飛び出たパイル。その中の圧縮空気を下腿を通して排気口から噴射。サーモリック弾とは比べ物にならないほど微力ながら、圧縮空気の噴射ははビアンコをバンクさせ、砲弾の射線上から僅かに逸れる。

  砲弾は丹陽を射ることなく傍を超音速で抜き去る。

  丹陽はアンカーを地面に刺し、巻き上げる。超跳の圧縮空気のおかげで砲弾は回避できたが、そのせいで速度が急激に落ちていた。地面に足をつけ、超跳躍の準備に入る。

  ラウラは後退を辞め、停止。レールカノンの薬室、量子変換で素早く、排莢、装填のプロセスを完了。直ちに次弾が放出可能に。だが撃たなかった。丹陽が跳び上がる、その瞬間を狙う。

  丹陽は腰を落とす。ラウラはまだ撃たない。パイルを上げる。まだ撃たない。パイルを押し込む。撃つ。

  砲弾は確かにビアンコの胸部装甲を穿つ。だが、丹陽跳び上がってはいなかった。衝撃で仰け反りながらも、盾をアウトリガー代わりに体勢を保持した。

「わざと受けたのか…」

  丹陽は跳躍のタイミングをずらした。敢えて砲弾を受けることで、次の跳躍を、攻撃を確実なものにする為に。

  爆風が戦塵を巻き上げ、ビアンコが跳躍。

「来るなぁぁぁぁ!」

  ラウラに次弾を撃つ時間はない。逃げの一手を打つ。

  丹陽が爆速で迫り来るなか、ラウラはレールカノンをISの制御から解除。レールカノンを外しレーゲンを軽くしたラウラは速度を増しながら後退。さらに切り離したレールカノンを丹陽の進路に放ることで、デコイのように丹陽を阻んだ。

  ラウラのとった行動は有効的だったが、消極的過ぎた。被弾を前提に動くような丹陽の前では。

  脚部、排気口から圧搾空気を放出。反作用で脚部を進行方向のレールカノンに向ける。そのまま、レールカノンに取り付く。

  超跳が推進剤を点火、爆発。ビアンコに発生する反作用は膝のパイルを押し上げそれが駐退機の役割を果たし、さらに燃焼ガスをパイルの吸引口から逆流させ、相殺。衝撃はレールカノンを投擲、ラウラに襲いかかる。

  レールカノンが幾ら巨大でも、ビアンコの重量を下回っている。従って、ラウラにレールカノンはビアンコ以上の速度で迫り、ラウラは回避できなかった。

  レールカノンの投擲が直撃。内壁まで叩きつけられる。

「い…だ…」

  レールカノンを押しのけ、ラウラはすぐさま飛び上がる。

  直後、内壁に高速で物体が突っ込む。内壁は一部が崩れ、砂塵が舞う。その中、逆三角形の電灯、そして山吹色の粉が煌めいていた。丹陽だ。

  一瞬でも遅れていれば、終わっていた。だが、このままでは結末は変わらない。

「嫌だ……負けたくない」

  丹陽がその場のレールカノンを掴み上げ、またもラウラに投擲。

  レールカノンはラウラに迫るが、速度は無い。ラウラは慌てずに、軌道上から逃れる。

「私は負けたくない…負ければ私は……」

  刹那、丹陽が跳躍。

  速い。だが、それもラウラはいなす。

  ラウラは丹陽の進行方向、その先を見た。

「どうして……」

  レールカノンが有った。考えなくてもわかる。足場にする気だ。

  ラウラの予想通り、丹陽はレールカノンに取り付く。

  跳躍。

「うぁぁぁ!」

  ラウラは遂に狂ったように絶叫。しかし、ラウラはプラズマブレードを抜刀。急降下しながらも迎撃体勢を取り、丹陽を迎え撃つ。

  丹陽が迫り、ブレードを振る。しかし、丹陽には届かない。

  ビアンコのアンカーを射出。そこを支点に軌道を修正、ギリギリ、プラズマブレードの間合いの外を通り過ぎた。

  丹陽が着地。ラウラの背後を取った。しかも近距離。次に跳躍をされればラウラに回避は不可能。

  超跳を起動。

「や……」

  今までに無い爆音が、アリーナを駆け回った。しかし、丹陽への福音とはならなかった。

  超跳は起動した。しかし、幾多もの負荷を与えられた右下腿はたえきれず、内側から爆散。木っ端微塵に弾け飛ぶ。

「勝った……」

  ラウラは勝利を確信した。これで、丹陽はまともな跳躍は愚か、立つことさえ叶わないだろ。左脚の超跳もまだ装填されておらず、直ぐには起動できない。

  右下腿を失い丹陽は傾倒、地面に吸い込まれていく。

  筈だった。

ーぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー

  爆音が反響し、返って来るよりも早く。ビアンコの唸り声がアリーナを上塗りした。

  丹陽は残された右腕で盾をひっ掴み、先端を地面に刺す。盾を無くした右足の代わりに、力強く地面を蹴り飛ばす。限界を越す駆動に、ビアンコのフレームやアクチュエータは唸り声のような音を立て、無塗装の関節の表面は赤熱化していた。

「いい加減沈めぇぇ!」

  ビアンコの唸り声に気圧されまいと、ラウラも絶叫した。ここを乗り越えれば勝てる、そう確信した。するしか無かった。

  カタワの跳躍をラウラは回避することは出来なくとも、プラズマブレードで反撃をする時間は有る。

  横薙ぎにプラズマブレードを振る。プラズマブレードは丹陽の首元を守る装甲を弾き飛ばす。丹陽は意に介さず、ラウラにタックル、そのまま地面に押し倒す。

「離せぇ!」

  丹陽の盾にラウラの右腕は押さえつけられる。

  ラウラは左腕のブレードを丹陽に突き立てる。丹陽は右手の第ニ指を焼き切られながらも、左腕を押さえつけた。

「離せぇ」

  ラウラはPICを最大出力で起動。丹陽ごと浮き上がろうとした。丹陽は一対のアンカーを地面に射出、自身身体ごとラウラを地面に固定する。

「離せ……」

  マウントポジションを取られ、ラウラに出来ることは無かった。目尻を滲ませ、奥歯をカタカタと震わせる。

「どうしてだ……」

  丹陽が少し態勢をあげ、ラウラとスペースを取った。

「離せ、泉。お前が私より強いなどあり得ない!有るはず無いんだ。私はデザインチルドレンだ。教官から直接指導された、優秀な成績を残した。負けるのを筈が無い。だから離せ」

  丹陽がラウラの頭部を残った左足で踏みつける。

「うるさい、喚くな」

  左足、膝のパイルが上がり外気を吸気圧縮。内部に推進剤を装填。

  目前で行われる準備は、ラウラに最悪の未来を予感させた。

「やめー」

  超跳が作動。中の推進剤を爆発された。 爆風爆炎は噴射口からラウラを襲う。1度や2度ではない。それも何度も何度も。

  何度も炸裂する超跳によって、丹陽とラウラの2人を黒煙が包み、観客から2人を隠す。

  幾らの時間が流れた。

  連なっていた爆音が唐突に止まる。

観客席も静寂に包まれていて、アリーナ全体が凍ったような静けさを発していた。

  丹陽とラウラが居た爆煙の中、人影が現れた。あちこちから限界を知らせる異音を放ち、よたよたと全身を左右に振りながら歩いている。左前腕と右下腿がなく、爆散した右下腿の代わりに盾を杖にしてやっとで立っている。 丹陽。

  爆煙の中に大粒の涙を流しながら気絶しているラウラを残し、丹陽はピットに向かい歩いていた。

  それを轡木とドイツ士官は頭を抱え、軽蔑と哀れみが合わさったような視線を送っていた。

「やりおって……」

 

 

  ピット内。丹陽の勝利を認め、張り詰めた空気が目に見えて解けて行った。

  整備班の生徒は特にほっとしているようで、ビアンコの活躍を口々に讃えあっていた。

  ただ1人、簪は素直に喜べなかった。

  丹陽が勝ったのは嬉しい。

  だが、その姿。今朝方見た夢に出て来た、黒い怪物に重なってしまったからだ。

 

 

  私は兵器、デザインチルドレンとして産み落とされた。

  近年、高額化する兵士の命。その癖、増える武力紛争。喉が渇くから水が売られるように、私も産まれた。

  昔は倫理的に反するとクローン同様に禁止されていたらしいが、紛争やテロで人から産まれた血が流れ出る現実を前に、そういった規約は反故されるのは自然の流れだったのだろう。

  そういった背景は詳しくは知らない。気にしたことがないからだ。私は生まれながらにして強者で、ただ強くあり続ければいい。

  私は多くの戦闘経験を積んだ。刃物、銃器、機動兵器。それらを全てをマスター。 それも部隊内では上位の成績を必ず収めていた。今にして思えば、それを私は誇らしくしていたのかもしれない。

  しかし、全てが変わってしまった。インフィニットストラトスの登場によって。

  女性のみが起動できるというパワードスーツ。我々黒うさぎ隊にそれは充てがわれた。さらに適性を上げる為にナノマシン移植手術を受けることになった。だが私は手術に失敗。こんなふざけた右目を得てしまった。IS適性も然程ではなく、一気に部隊最底辺にまで転落してしまった。

  出来損ない。私のことをデザインチルドレン担当官がそう言い表わしていた。

  失意の中、私はただ息を吸っては吐く、そんな生活を送っていた。

  そんな生活にも転機が現れた。織斑教官が来独してきたのだ。教官は私達を指導してくださった。特に私には気に掛けてくれた。教官は才知を遺憾無く発揮。部隊を練度を底上げしたばかりか、私を再び部隊トップにまで押し上げてくださった。

  確かに私は部隊トップだが、教官と比べればまだまだ未熟。故に直接訊いた事があった。『どうして教官は、其処までお強いのですか?』教官は私から目線を逸らし目を窄めて言った。『さあな。どうしてだったかな?』思いもよらない回答だったが、それよりも驚いたのは教官の表情だった。凛々しく美しい教官の顔が、やつれて老いて見えた。私はその表情の理由に直ぐに答えを見つけた。

  教官の輝かしい経歴。その唯一の汚点にして教官の弟。織斑一夏。

  彼の所為で教官はモンドグロッソ二連覇を逃してしまった。

  例え教官の肉親でも容赦はしない。

  そう思っていたのに。お前は…。

  泉丹陽。

  どうしてお前は私を否定する。私を倒すことで私の強さを否定する。教官から得た強さを否定する。私の全てである教官を否定する。

  だから負けたくない。負けられない。

 

 

  倒す。泉丹陽。貴様を絶対に倒す。




オリジナルIS解説
メタルゲロッグ
モンテ ビアンコの原型機で、元は日本の第1世代機。
ISとしての路線がまだ混沌としていた黎明期らしく、全身装甲(フルスキン)ならぬ全身骨格(フルスケルトン)を最大の特徴としている。
全身を張り巡らされたフレームにより重量が増しているとはいえ、各部に慣性制御に頼らないアクチュエータを備え、膂力の出力比は第3世代にすら勝るとも劣らない。さらに全身骨格は機体強度も非全身骨格機を圧倒しているため。同世代と比べ取っ組み合いは圧倒、上位世代も同等以上の以上のものだった。
射撃戦も、フレキシブルアームで繋がれた大楯で同世代に差を付けていて。大楯自体もその偏った重さによってバランサーとしての機能が発揮され、機体の運動性の底上げに貢献していた。
しかし欠点も多い。というか、流石のトライアル落ち。
まず、機体自体の重量が凄まじく、通常のISのスラスターが使えなかった。そこで装備されたのがサーモリック弾を推進剤に使う超跳躍補助装置。しかしこれが難物だった。
超跳は最大出力を出すには足場、つまり家屋などの障害物が必要になる。PICの足場もあるが、それでは限界があった。つまりそれは家屋を破壊しながら戦闘するという構図になり、関係者の眉を潜めることになった。
さらに、跳躍を使用した戦闘では直角的な軌道で切り返しをすることになるが、跳躍で切り返しをする時に発生するGに耐えられる女性操縦士がいなかった。その結果、最大出力で超跳を使う機会なく、カタログスペックでは圧倒しているトライアルのライバル機に模擬戦では、一方的な試合になってしまった。
挙句、運用試験では足を折ってしまう上、カタログスペック上でも戦略機動はライバル機に追いつけないというありさま。
全身骨格は格闘戦は強くなるが、格納容量を圧迫してしまう上、整備性も劣悪なものになってしまうという欠点もあった。
結果、モンテビアンコの原型機は、正面戦闘が少し強いが、機動性も整備性も劣悪。しかも、いざ戦闘が起きれば、家屋を破壊する。飛行性能が低いことも追い風になり、欠陥機の烙印を押される結果なったのだ。
全身骨格は解体するにも手間がかかるため、その手間を惜しんだため倉庫に保管又の名を破棄されることになった。
しかし、月日は流れた。 対G能力を上げるハードタイプのISスーツが開発され、トライアル時にはいなかった男性操縦士出現。しかも、その男性操縦士が機体強度がある機体求めているという偶然が重なり、再び日の目を見ることになる。


補助脳や電子妖精、有機部品といったオーパーツは次回解説を入れます。

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