インフィニットストラトス 〜IF Ghost〜   作:地雷上等兵

33 / 35
第32話

「はぁぁぁ!」

間合いに踏み込み、振り下ろす。箒の渾身の一撃だった。

だが、丹陽は石突きで横から弾き、刃の軌道を逸らす。箒が驚愕させる暇も与えず、柄を返し斧刃で逆袈裟切り。シールドエネルギーを削り、衝撃で箒は退けぞる。そこへ、柄を水平に構え踏み込み、刺突。

「このぉぉ!」

斬撃に刺突と、生身なら既に鬼籍入りしている箒。下ろし切った打刀を中段に構え直す。が丹陽は当然許さず、穂先で叩きつけ、無防備に箒の胸にまた一突き。一方的な箒は、一足後退を試みる。が、丹陽が箒の足を踏み離脱を阻害、さらには柄の半ばを後手で握り、箒に上段打ちを浴びせる。箒は反撃に逆袈裟切り。丹陽はバックステップで回避。すかさず、石突き近くを握り左後ろ右の空間を贅沢に使い穂先に加速度を乗せ、箒を打ち払った。

「っぐ!」

丹陽が穂先の接触した瞬間に引いた為に、衝撃が箒の体を突き抜けず、より多くのシールドエネルギーを削る。そして箒には、苦汁を味わう時間もない。

右に左、丹陽が次々と打ち払ってくる。箒は実体盾で凌ぐが、加速の付いた斧槍の一太刀一太刀は重く、衝撃が確実にシールドバリアーに響いていた。打ち払いは単調ながらも速く、丹陽は打刀の間合いの外。箒は焦り、それが打開策の考案を阻む。

丹陽がとつぜん足を止めた。そして盾を横に傾斜を付け構えた。先ほどまで丹陽は箒をラウラと自分との間に挟まるように位置取りして、ラウラの砲撃を牽制していた。だがラウラが大きく旋回して丹陽の真横に位置取り、砲撃態勢に入っていた。

砲撃。砲弾が音速越えで盾を撃つ。

「なっ!跳弾だと!」

砲弾が盾に直撃、途端フラッシュし瞬間、跳弾してアリーナ天井の遮断シールドに衝突した。

「現代の運動弾が跳弾…だったら!」

榴弾を装填。砲撃。何時ぞやの丹陽と同様に、砲弾は丹陽の脇を抜け、丹陽の斜め後ろで炸裂。

「どうなってる」

丹陽を中心に球の範囲。そこに入った途端、爆煙爆片が地面に急激に落ちていった。

次の一手として3本のワイヤーブレードを射出。時差を付けて放たれたワイヤーブレード。初弾、丹陽はサイドステップで回避。次弾、横に転がり回避。最後は、丹陽は転がり途中。回避は出来なかった。

掴んだが。

「馬鹿な」

並みの生徒なら回避も困難なワイヤーブレードを、丹陽は容易く掴み取った。丹陽は片手で穂先近くを持ち、ワイヤーブレードを鉤爪で剪断。

1本では飽き足らず、丹陽は未だに巻き上げていない残りのワイヤーブレードを掴みかかろうとした。だが、箒が飛びかかる。

「はぁぁぁ!」

踏み込み、体重を乗せた刺突。丹陽は柄を当て軌道逸らす。流れで鍔迫り合いに。箒は足腰を力ませ、丹陽を崩しにかかる。がその前に、足払いを受けた。倒れなかったが、体勢が揺れた隙に押され、千鳥足で2歩3歩と後ろに。当然その隙に、丹陽は斧槍で突く。追撃を受け、箒は倒され背を地面につけた。 丹陽がうつ伏せに倒れた箒に向け、斧槍を振り上げる。

「そんな…」

箒が縮みこまる。剣道では、倒れた時に攻撃するのは反則だったからだ。

ビアンコの両腰部。ワイヤー付きのアンカーが足元に向かい射出された。すぐさま巻き上げて、丹陽をしゃがみこませる。

刹那、猛スピードでラウラが丹陽の真上を通過。ラウラはプラズマブレードを抜刀していた。

「避けたか」

ラウラは加速、大きく旋回。機首を丹陽に向ける。ブレードブレードを前方に構えた、スラスターを蒸す。騎兵のランスチャージを彷彿とさせる突進。対する丹陽は穂先を向け構えた。

「馬鹿め」

ラウラは丹陽に気付かれぬようにほくそ笑む。ラウラは距離を詰めてから、砲撃をするつもりでいたから。

速度を維持したまま、砲撃予定距離に到達。飛翔を続けたまま照準を丹陽に合わせた。

「ナヌッ」

撃てない。エラーが出ていた。複合照準器とハイパーセンサーと目視と、各種センサーの間にズレが生じているらいし。そのため、OSが混乱している。ラウラは光学センサー基準に設定を変更を考えたが、その暇はないと突進を敢行する。

「はぁぁぁ!」

ラウラが真正面から追突する覚悟で突撃。丹陽は片側のアンカーを横に射出、巻き上げ、スライド移動でラウラの突撃の軸から間一髪のところで逃れた。ラウラは構わず、すれ違う。

丹陽は穂先ですれ違い様に刺突する。しかし、タイミングが完璧だった何故か外れる。もっとも狙ってないが。

「しまっー」

斧槍の鉤爪がラウラの体に引っ掛る。丹陽は盾のアンカーと両腰部のアンカーを地面に打ち込み、その把駐力でラウラの突進力に耐えた。一方的ラウラ、丹陽に引っ掛けられ突進のベクトルが曲がり、地面に頭から激突した。

ラウラはうつ伏せに地面に伏せていた。頭を打ち、軽い目眩に見舞われる。

金属が破断する音で意識がはっきりとした。見なくても分かる。丹陽が斧槍を振り下ろしたのだろ。 右脚部破損とメッセージが。歩行は問題ないが、スラスターがイカれた。

うつ伏せたままでは反撃もままならない。慣性制御で離脱を計る。

「んぐっ」

と、ラウラが短い悲鳴を。

ビアンコの重い盾の先端を背中に押し付け、もとい叩きつけラウラを逃さない。さらにラウラの左脹脛に斧の刺先を刺し込む。残りのスラスターを破壊するためだ。しかしながらも第3世代機。中々、刺先が内部まで到達しない。

丹陽がラウラを拘束している盾を退けた。後部へ横振る。

「ぐぁぁぁ!」

生々しい音を立てて、箒に盾が叩きつけられる。

たった今、箒は丹陽に飛びかかっていた。そこへカウンターのシールドバッシュ。箒は堪らずに吹っ飛ばされ転げ倒れた。

その間、丹陽は鉤爪に足を掛け、一踏み。脚部からの圧力を受けて等々、金属がひしゃげる音と共に刺先が左脚部の内部に到達。スラスターを破壊した。

丹陽が斧槍を上げる。また振り下ろす為に。だが、ラウラは自身を釘付けにするものが無くなるの隙を見逃さず、慣性制御を使用。砂地を擦りながらも丹陽の足元から逃れた。

慣性制御の応用で、ラウラが瞬時に立ち上がる。既に丹陽が地面を蹴って肉薄して来ていた。しかも、盾を真正面に構え、体を隠している。意図が読めないが、ラウラは抜刀。盾に斬撃を浴びせる。プラズマが盾の金属を溶断、盾にX字の斬痕を残した。しかし、盾はその質量に違わず厚く、これでは皮一枚斬ったに過ぎない。

斬痕から盾の内部に別種の材質が見て取れる。ラウラは予想はしていたが、複合装甲だ。HEAT弾も効果は薄いだろ。

ラウラが根気勝負と、プラズマブレードを刺突した時。盾が傾く。そこから生まれた隙間から、斧槍の刺先が突きで出てきた。

「くっ」

突きが腹に命中。斧槍はすぐさまに引っ込み、盾が水平に戻った。次の瞬間には、今度は反対に傾き、そこからまた突きが。

盾を傾け、突きを放つ。太古の陣形戦術のような単純な戦法だったが、盾を崩す手段の無いラウラに取っては破りようの無い戦法だった。しかもスラスターを破壊され、ビアンコの盾は打撃が可能なほどに速く動かせる。回りこみも不可能。

「何なんだこいつ!」

ラウラは全力で離脱。丹陽はそれを黙って見届けると、振り返る。振り返りざまに、横薙ぎに斧槍を振るう。またしても突貫して来た箒に目掛けて。

箒は両肩の実体盾を二枚重ねにし、斧槍を受け止めた。1枚目はひしゃげたが、2枚目が実体と衝撃を受け止め切った。やられっぱなしでは無い。箒はさらに踏み込む。

「ここは私の間合いっーああ!」

箒の顔に、丹陽の拳が直撃。情け容赦を知らない、右ストレート。威力もさる事ながら、生まれて初めて男性から顔面パンチを貰ったという、精神的なショックが箒を襲う。

丹陽は肩を突き出し、体当たり。箒は諸に受け、後ずさり。しかも膝裏に鉤爪を掛けられる。丹陽は斧槍を引き、その作用で箒が後ろのめりに倒れた。またまた倒された箒は、倒れた姿勢のまま打刀を振るう。

「なっ、卑怯っぐ!」

丹陽は斧槍を十手のように打刀を絡め押さえつけた。動かなくなった所で打刀を保持する箒の腕を踏み付け、そればかりか空いた斧槍で箒の胸を突き刺す。刺突が終わると、丹陽は斧槍を振り上げる。箒は実体盾を全面に移動させた。しかし実体盾は、斧槍の猛攻を何度も繰り返し受け止めていて、既にボロボロ。もう既に防御出来るはずも無く、丹陽の刺突で破断された。

突如、丹陽が後ろにバックステップ、転回。逆三角形の点灯の視線の先には、丹陽に迫るラウラが。途端、ラウラが砲撃。センサー設定を終えていた。丹陽は、フレキシブルアームを回し、さらには自身の体を回して倍速で盾を構えた。盾が砲弾を弾いた。

「チッ、あんなことまで」

ラウラは前進を続行。

ビアンコの膝が逆方向に曲がり太腿半ばの関節も曲げ、鳥脚に変形。丹陽は地面を蹴り駆けた。

すれ違う。ラウラは横薙ぎにプラズマブレードを振るう。丹陽は膝をつきスライディングで潜り抜け回避。回避を察知したラウラは、急速転回。丹陽も転回するが、盾をマウントされたフレキシブルアームをも振るい、その反動で転回。ラウラの倍近い速度で向き直りつつ立ち上がる

未だ転回を続けるラウラの背中に、転回時のモーメントを乗せた斧槍を叩きつける。

「っこのぉ……」

ラウラは大きな曲線を描き吹き飛ぶ。

丹陽、鳥脚で走行。起き上がり途中の箒に肉薄。立ち上がり切っていない箒に下段払いでまた倒す。

「卑怯者……」

当然、丹陽は箒目掛けて斧槍を叩き下ろした。今日何度目かも数え切れない、一撃。軽いはずの無いその一撃は、打鉄のシールドエネルギーを削る。

体勢を立て直したラウラは砲門を丹陽に向け、砲撃。

「貴様何をする!」

「なんて奴だ」

トリガーが引けなかった。敵味方識別装置が割り込んできた。何故なら、射線上の丹陽は箒を盾にしたのだ。斧槍は盾の裏にマウントさせ、フリーになった両手で箒に首根っこと、打刀を持つ手を掴んでいた。丹陽は箒を掴み盾にしたまま、ラウラに接近。ラウラは丹陽を中心に旋回するも、丹陽は箒を向け続ける。

「離せ!」

丹陽は箒の腕を握る手を股に回し、箒を高々と掲げる。箒の要求に応えるために。

「やっぱり止めろ!」

箒をラウラに放り投げた。ラウラは横に転がり箒を避けた。その先に、拳を握りしめた丹陽がいたが。

丹陽の拳から繰り出される打撃にラウラは数発打ちのめされる。ラウラも漫然と受け身に回るわけも無く、プラズマブレードを抜刀。デタラメに振り回す。

プラズマが丹陽を焼き切ることはなかった。この距離なら刀より諸手の方が速い。丹陽はラウラの両手を掴んだ。上半身を逸らし、暴れるラウラを引き寄せ、額を顔面に叩きつける、頭突き。それも数発続けて。 最後の一撃が入った頃には、ラウラは脳を揺さぶられ意識朦朧に。口内を噛み締めた。痛みで意識が醒めた時には、丹陽が斧槍を叩きつけた時だった。

「なぁぁぁ!」

ラウラは倒れこむすんでのところ、慣性制御でのたうち回るように離脱した。

丹陽は方向転回、箒に向き直る。箒は少し離れたところで打刀を構えた箒が丹陽を睨みつけていた。

丹陽が一歩二歩と歩み寄ると、箒は無意識に後ずさりしていた。

「チッ。何をしているんだ私は。あんな奴に」

箒に意を決して、丹陽と間合いを詰めた。

打刀の間合い外から、よりリーチのある斧槍の打ち払い。箒は打刀で受け止める。

「キツイ…だが!」

衝撃は緩和しきれなかったが、体勢は崩れていない。

打刀と斧槍の刃が火花を散らし、ほんの束の間斬り結ぶ。斧槍に運動エネルギーが無くなれば、箒に有利であった。力点の近い箒は、斧槍を容易く弾き丹陽に斬撃を浴びせられたからだ。だが、束の間しか斬り結ばなかった。

ビアンコのフレキシブルアームが掬い上げるように動き、伸びきったところでピタリと止まった。ビアンコの機体で閉じた系の中、フレキシブルアームと盾が生んだ運動エネルギーがビアンコの機体を通じて斧槍を伝い箒に送り出される。箒を甚大な圧が襲う。

「うぁ」

今日何度目かわからない地面との激突。また箒は地面に倒された。次に何が起こるかも箒には分かる。丹陽は斧槍を叩きつけるだろ。ラウラが隙を作ってくれなければ、立ち上がろうにも丹陽は容赦無く足払いを掛けてくる。

「何をやってる、愚か者が!スラスターとPICはどうした!」

ラウラの怒声、もとい檄が飛ぶ。

「そっそんな事は分かってる」

箒スラスターを蒸し頭上方向に直進。間一髪のところで丹陽の刺突から逃れた。そして慣性制御を使いバク転、起き上がった。

一息つこうと、深く息を吸おうとした。しかし、そんな暇などなかった。

箒の足元にアンカーが打ち込まれていた。丹陽がアンカーを巻き上げながら走行、猛接近。箒は急ぎ後退するも間に合わない。

丹陽が突如、横にローリングする。そこを砲弾が横切る。ラウラが砲撃を加えたらしい。ラウラは次弾を装填、砲撃。丹陽はそれを難なく回避。ダメージはなかったが、丹陽は箒を逃してしまう。

丹陽、ラウラ、箒の三者は距離を置い佇んだ。アリーナが静寂に包まれる。それによりはっきりと響く。ラウラと箒の荒い吐息が。

ラウラと箒は肩を上下させ、必死に息を整えていた。全身、砂まみれで傷だらけ。目立った損害が盾にしか無く冷たい金属に顔を包まれた丹陽とは対照的だった。

 

 

「なんて品の無い戦い方」

「全く、情けって言葉を知らないのね」

セシリアと鈴の2人は、丹陽の戦い方に不快感を通り越し憎悪すら抱いていた。例えその対戦相手がラウラだとしても。それほどに丹陽の戦い方は精神を逆撫でするものだったのか。それとも、丹陽が開戦前にした挑発が許せないのか。恐らく両方だろが。

「確かに丹陽もアレだけどさぁ」

ギロリと睨まれた。

「どうして一夏は泉を擁護するの?」

いつの間にこんなにたくさんの敵を作ったんだと、一夏は口を閉じた。もう嫌われに行ってるとしか思えない。

「でも強いね、泉君。現にノーダメージだし」

とシャルルが。他の2人とは違い色眼鏡無しに戦況を分析しているように見えた。

「ハルバード片手に2人を相手取るなんて。そうですわね…速い…というより敏感と評するべきでしょうか?」

「しかも、ラウラと箒の2人に常に意識を配ってるとしか思えない動き方…まさかね」

セシリアと鈴の分析をシャルルは総括した。

「外部の変化への対応とそれを動作に反映する速度。あの2人が一動作してる間に泉は二動作終えてる。それを支える情報処理速度。ISのセンサーが観測して送られてくる、煩雑で莫大な情報を完璧に処理してる。多分、泉の頭の中には2人の事だけじゃなくて、アリーナの様子がそのまま入ってるんじゃないかな。昨日までDランクだった人なのにありえないけど。これじゃあ、まるで…」

「IS適正が上がってる」

シャルルの説明は簡潔で納得のいくものだったが。何か一夏には腑に落ちないものがあった。

あのIS、何かISとして致命的な欠点を抱えているように思える。それは恐らく盲点に隠れている。

 

 

強い。あんなISを使っているのに。

ピットに帰投後、ISを外し控え室に戻ったこととか簪は、丹陽の善戦ぶりをモニター越しに魅入っていた。

もしや、あのシュミレーターに登録されていた瞬間移動を多用するISとの模擬戦は、2対1を想定していたのだろうか。瞬間移動し耐久力も無限に近いISにそもそも勝てる筈が無い。

しかし、簪は丹陽の姿に納得出来ない。

丹陽は、疲れている。

 

 

ピットにて。山田と千冬の2人は言葉を交わすことなく、ただ丹陽の暴れ牛の如き猛攻を観戦していた。

ラウラと箒が距離を置き息を整え始めると、山田もつられて深呼吸する。

「射撃武器も無く、ただフィジカルだけで2人も圧倒するなんて。泉君、元々PICなしの機体制御は上手でしたが、IS適正が上がってますね」

「あの2人が連携せず、しかも頭に血が上って後の手を取られているのも原因ですが」

「にしても、あのハルバート。まさかですが、付加効果が無いのでは」

「そうでしょうね。あればどちらか片方はもう既に仕留めている。そもそもあのハルバード、3箇所のアタッチメントに様々なカートリッジを取り付けるものです。本来の性能を発揮していない」

「使わないと…では無く使えないという訳ですか。それでは、泉君、頗る不利ですね」

「それだけではなさそうです」

「え?射撃武器の事ですか?」

「まだコア干渉が解決されてません」

「それじゃあ……今までの時間から察するに、あと4分ありませんよ」

「それに、あの機体。全てのギミックを使っていない」

「まさか、未完で試合に?」

千冬は押し黙り、難しいそうな顔をした。

「未完なら良いだがな。致命的な欠点があります」

「それは一体?」

「気付きませんか?ここまでの丹陽の行動で。通常のISではあり得ない事態が起こっている」

山田は眉間に皺を寄せ少し頭を捻ると、千冬の出した答えに想到した。

「まさか…」

自分のことの様に青ざめていく。

「射撃武器や機体のギミックはそれを補う為のもの。それが無い今。いくら常識外れとはいえ、その欠点が察知されでもすれば…泉君は間違いなく負けますね」

「開戦前の挑発も。2人から冷静さを削ぎ取り、戦闘時間を短縮するためだろう。本当に手段を選ばない奴だ」

モニター越しに自分の教え子達の顔つきを眺めた。大口を開き必死に息を吸っては吐いていた。震えてこそいないが、逆に怯えて強張っている。だが、目の奥から未だに闘志が湧いているのがわかる。

「しかしやり過ぎたな丹陽。一泡吹かされるぞ」

 

 

ラウラは頬を伝う汗を拭った。その間も丹陽から目を逸らさない。逸らせなかった。

怯えていては勝てない。冷静さを少しでも取り戻そうと、丹陽を分析を行う。

盾は複合装甲だが、それだけでなく表面の第一層は電磁装甲の一種らしい。着弾の瞬間、高圧電流を流して砲弾の先端を鈍角に溶解。圧力を分散させ侵徹を阻止して跳弾を誘発させていた。傾斜させて初めて効力を発揮する電磁装甲なのだろうが、戦車とは違いフレキシブルアームに繋がれ常に理想的な傾斜角を維持出来ている。手持ちの砲弾では突破は出来ない。しかもあの盾、体軸からずれた位置とトップヘビーによる不安定さを活かし、運動性を底上げしている。

次に榴弾を無効化した謎のバリア。原理は停止結末と同じで慣性制御の応用と思われる。常時発動しているが、防げるのは爆炎や破片などの軽質量のものだけ。現に砲弾や実体剣は受け止めていない。しかも、完全に拘束してるのではなく地面に軌道を逸らしているだけ。大した脅威では無い。

センサー間のズレ。どうやらビアンコからは謎の粒子が放出させているらしい。それが特定周波数の電磁波を吸収、反射して、意図してこちらのセンサーを混乱させていた。目視外戦闘では脅威だが、有視界なら問題はない。

あの斧槍も高周波のような付加効果が何も無い。ただの鉄塊。

機体に使われている技術は謎が多いが、戦闘力に還元されている分は少ない。盾以外に脅威はない。所詮は陳腐な旧式機。

「ふざけるな」

それはつまり、この戦況は機体性能では無く、搭乗者の技量差になる。ラウラは奥歯を噛み締める。

「認めるものか」

丹陽が、打鉄の盾の残骸を拾い上げた。波打つように指をくねらせ、その上で残骸をクルクルと弄ぶ。何往復かさせると、クッと掴み投げた。残骸は直線軌道でラウラの額に当たる。スキンバリアでダメージは無いが、ラウラの自尊心にはよく響き、瞳孔が開く。

「調子に乗るなよ」

怒りに身を任せ飛び立つ。

「なっ!また邪魔するか!」

「一先ず私の話を聞け」

箒がラウラに掴みかかり、飛び立つのを止めた。

「黙れ」

ラウラは箒の手を振り解いた。

その瞬間、ハイパーセンサーから警告。丹陽がこの隙を見逃すはずが無かった。

丹陽が既に斧槍の間合いに。そしてすでに横薙ぎに振りかぶっていた。

ラウラも抜刀、プラズマの刃身で受け止めようとした。

「っぐ」

斧槍の反対方向から盾に叩かれ、意表を突かれラウラはまともに受けた。ラウラが怯むと、次の瞬間には斧刃が迫り来る。

本当になんなんだ、こいつ。異質だ。今までの手合いとは明らかに違う。

斧刃がラウラの腹部を強打。

する直前。箒がラウラを後ろから引きずり、斧槍の間合いの外に逃がした。

「一旦距離を取るぞ」

箒はラウラを抱え、慣性制御で浮遊、丹陽との距離を置く。それも壁際まで。

「なんの真似だ」

箒がラウラを離すと、ラウラは開口一番に言う。

「お前では奴には勝てない」

「なっ……」

心身共に丹陽に散々叩きのめされ緩んだ理性の箍が、箒によりさらにヒビが入る。

「侮辱するのかー」

「勝てないのは私もだ!」

箒がラウラのよりも大きく吠えた。

「あいつの顔面を力の限りぶん殴ってやりたい…だがまるで無理だ。ただ槍をを振り回してるだけなのに。それはお前も同じの筈だ」

箒は静かに怒りを堪え、やるせ無い表情を見せた。

束博士の妹。その肩書きの重さは伊達ではなく、彼女を束縛し続けたのだろう。だから許せないのだ、丹陽が。

「だから…手を組むぞ」

 

 

「どうかなされました?」

特覧席。白いスーツの男が、ドイツ広報官にそう問いかけた。

ドイツ広報官は、膝を震わし貧乏揺すりを続け、仕切りに握り拳を力ませていた。

「いえ、何でもありません」

我に返ったドイツ士官は、襟元を正し平常心を保とうとした。

白いスーツの男が流し目で視線を送った。

「しかし、ドイツ士官殿の寛大な心には感服しますな」

「と言いますと?」

「試合開始前には泉君のペアを案じ試合の中止を提言。今はあの2人の苦心をまるで自分のことの様に胸を痛めておられる。小心者の私も見習わなくて」

白いスーツの男の屈託のない物言いに、ドイツ士官は篭ってしまう。

「いえ、私は決して」

「では、ご自身の為に?」

ナイフの光沢を思わせる眼差しが降り注いだ。

「言葉を意味が理解できないのですが?」

男は人差し指を向けた。

ドイツ士官は目を細め指先に集中する。

「先程から着信が来てますが」

男に指摘され初めて気がつく。懐の携帯端末が震えてる。

「失礼」

ドイツ士官は男に一瞥すると端末を取り出しながら特覧室を出た。

廊下に出た途端、違和感を感じた。廊下の両端に用務員が数名、仁王立ちしている。廊下に待機していた補佐官を呼び寄せた。

「何故、彼らが道を塞いでいる?」

「監視カメラに怪しい物が写り込んだとか。その警戒の為に」

「不審者か?まぁいい」

ドイツ士官は鼻につく物を感じながらも、着信音に催促され着信ボタンを押す。相手は知らない番号だ。

『もしもし』

聞き覚えのある声。

「轡木さんですか。何の御用で?」

『長い前ぶりは嫌いなので、手短に。ドイツの専用機の予備パーツに何を仕込みました?』

士官は表情も口調も変化させなかった。

「何のことだが」

『公表は控えても構いませんが。もし搭乗者に重大な後遺症を残すものなら、研究施設と成果、そして資料の完全破棄と封印のお願いしたいだけです』

「何を公表すればいいのか?私には分からないが」

『正式な書類は現在、事務に製作を依頼しています。サインさえ頂ければ、試合の中止も視野に入れおりますが。組織全体の不祥事。貴方もまだ軽症ですみますぞ』

「ズケズケと何を抜かす。何の権限を持って私に申し出る」

『私は生徒の命を預かる立場。その使命を全うしているだけです』

「だから我々がどの様にして、その生徒達の生命の脅威になっているのかが理解出来ん」

『レーゲンの予備パーツの解析は終了しました』

ドイツ士官は携帯端末のマイクを手で隠した。そして補佐官に耳打ちする。

「聞いたか」

補佐官は頷く。

「確認して来てくれ」

補佐官は廊下を走らず、だが素早く移動した。

『どうかなされました?』

「いいえ、なんでもありません。しかし、パーツの解析?権越行為ではありませんか。今はIS学園に預けているとはいえ、我が国の血税で賄われて物を弄りまわすなど」

『ボーデヴィッヒ達も血税で賄ったのでしょ?使い捨て良くない』

補佐官のほうに視線をやると、補佐官が用務員達に道を塞がれていた。

「貴方は私を嵌めようとしている。私を脅して、私の口から有りもしないことを吐かせて、言質を取ろうとしている」

『やはり腹が痛みますか?』

「確かに黒兎隊のことは、我が国の汚点だ。だがそれはもう既に、決着の付いたこと。部外者があれこれ口を出すものじゃない」

ドイツ士官は徐々にだが冷静に頭を回した。轡木が行動を起こしのは、おそらくつい先程。ならば、レーゲンの解析が終了している筈は無い。それを隠す為に用務員を使い我々をここに拘束した。ラウラが勝てば、アレが露見する事はない。そして、ドイツ本国に連絡を取り、アレの残滓を全て回収すればいい。例えIS条約が有っても、生徒であるラウラから回収を申請させれば問題ない。

「もういいか?」

『改めてお願いします。レーゲンに搭載されている、VTシステム、ヴァルキリートレースシステムの封印をお願いします』

ドイツ士官は目をカッと開き、驚愕した。

こいつ、何処でその名前を。

 

 

「馬鹿を言うな。あんな奴私1人で十分だ」

箒の提案をラウラは突然のように突っ撥ねた。

「負けを認めろと聞こえるのは分かる。誇りが許さないのも。だが現実を見ろ。丹陽は盾以外に傷一つないぞ」

ラウラは沈黙した。その間も箒は丹陽への警戒を忘れない。その丹陽は脚部を変形させ走り迫っていた。数秒もせずにここに着くだろう。

「このまま負ければ元も子もないぞ。プライドばかり高いなどと話しになれば、今度はお前が織斑先生への顔に泥を塗るこのに何だぞ」

ラウラは何も言わずに箒を真っ直ぐと見つめていた。目は潤み淀んでいた。

「掌を出せ」

絞り出すような声でラウラは言った。

「何?」

「いいから出せ」

箒は言われるがままに掌を差し出した。ラウラはその手を平手打ち。もといハイタッチ。

「なるほどな」

接触回線だ。ビアンコの電子戦能力が高いと推測される為の措置だ。

掌を通じて通信プロトコルが送られてきた。プロトコルにはプライベートチャンネルのアドレスも。

『策はあるか?』

ISネットワークのプライベートチャンネルを通じてラウラが問いかける。

『あの盾、盾なのに走攻守の要だ。盾を砲撃で釘付けにしてくれ。そうすれば、奴の武器を無力化する』

『それだけか?』

ラウラが嘲りに近い声色で驚いた。

『十分では無いのか?』

箒の策はそれだけらしい。冗談言う性格とは思えない。

『まぁいい。訓練などしてないのだ。どの道、まともな連携など望めない。出たとこ勝負だな』

箒は意識していないが、ラウラの折れかけた心を補修し緊張を解した。

丹陽が目前にまで迫っていた。箒とラウラはそれぞれの獲物を構える。

「行くぞ」

ラウラの掛け声。ラウラは箒を残し距離を置く。レールカノンの照準は丹陽に合わせたままだ。

「ああ」

箒は頷く。

間合いに入るなり、丹陽が刺突。標的の箒は打刀で受け止めた。斧槍を払いのけ、丹陽に反撃に打刀を振るう。

丹陽が紙一重で躱す。間合いに入る直前に地面にアンカーを予め打ち込み、箒の斬撃をアンカーを巻き上げることで避けた。

箒は急ぎ下りきった打刀を戻そうとしたが、丹陽が踏みつけた。

箒は咄嗟に手を離し、バックステップ。間髪入れずに、斧槍が眼前を横切る。丹陽は振り切った斧槍の刃を返し、振るう。箒は実体盾を構え、受け止めようとした。

「なっ!」

斧槍が実体盾の前を通り過ぎた。外したのではない。もう一回転して、打ち払いの威力を倍増させようとしていた。盾も振るい回転速度を上げ、打開策を立案している暇を与えない。

武器もなく壁際にいる箒に逃げ道はない。

だが仲間はいた。

振るわれていた盾が突然ピタリと止まった。次の瞬間には閃光が走り、盾を叩く。

ラウラの砲撃だ。 丹陽にダメージは無かったが、盾の回転を止めてしまった為に、バランスが崩れ回転速度が大きく削がれてしまった。

速度を失いながらも、丹陽は打ち払いを継続。

「今だ」

対する箒は、実体盾では無く身体で斧槍を受け止める。

何度もその身で受け止めた斧槍。だが今回は、打ち込まれるだけではない。箒は斧槍を傍で抱え込む。

「っぐ」

すぐさま頬に飛んでき拳を、箒は歯を食いしばり耐えた。腕を引く隙に、実体盾を丹陽と自分の間に挟み、次に備える。 丹陽が盾を掴み、引き剝がしにかかる。ビアンコの鬢力とアンロックユニットを固定する力が相対し、その様を間近で見ていた箒の動悸を早くした。このままでは盾を引き剝がされる。

はやくはやくはやく。箒の腕に光の粒子が集まる。武器を格納領域から呼び出していた。盾が斜めに向き、逆三角形の点灯がその明かりを覗かせた。

武器の現界が完了し箒の手に握られていたのは、いつもの実体剣では無く、掌より少しはみ出るだけの筒だった。腕のエネルギーコネクターを伸ばし、筒の柄頭に差し込む。間に合ったと、箒が安堵した。

「よし」

次の瞬間。 何かに殴られる。

丹陽が引き剝がした盾を掴み、それを鈍器として箒を殴っていた。

無情に繰り出される打撃の嵐。箒は挫けそうになる自分をなんとか奮い立たせ、腕に握られた筒の電源を入れる。筒からは、輪郭が朧げな光の棒が伸びた。丹陽は構わずに殴り続ける。

「っぐ…丹陽、貴様一度も…」

丹陽は盾を棄てた。まだ盾が地面に落ちぬ内に、筒から伸びたコネクターを千切る。 だがもう既に筒には十分なエネルギーが補充されていて、光の棒もといプラズマブレードは現界したままだ。

箒がプラズマブレードを小さく振る。その光の刃は丹陽では無く、その得物の斧槍の穂先の付け根を焼く。

「ラウラのプラズマブレードを槍で受けてないだろ…」

プラズマブレードは溶解した金属を迸らさなが穂先の付け根を突き進み、遂には溶断してみせた。

『良くやった』

ラウラの歓声。

箒は斧槍を裂いたプラズマブレードを翻し、丹陽に横薙ぎに斬る。丹陽は大きく退き、斬撃を躱す。

丹陽の腕に握られているのは穂先を失い、唯の棒と化した斧槍。質量が減り、確実に攻撃力が落ちた。対峙する箒はプラズマブレードの持ち手を変え、生き残ったエネルギーコネクターを筒の柄頭に接続した。

「覚悟しろ」

勝利を確信し、地面を蹴って丹陽に迫る。だが相手は丹陽だった。

丹陽は最後の得物になった棒を投擲。意表突かれ、箒は怯む。

「こいつ!」

作り出した一瞬の隙に丹陽は箒に肉薄、プラズマブレードを握る腕を捕らえた。そして力尽くでプラズマの矛先を変えにかかる。箒は抗うが、徐々に刃が自分の身に迫る。

唐突に丹陽が手を放す。そして後ろに飛び退いた。続けて、箒の目の前をワイヤーブレードが撃ち放たれていた。ラウラの援護だ。

『油断するな』

『わっ分かっている』

丹陽は立て続けに繰り出されるラウラの回避し続ける。砲撃も、ワイヤーブレードもまるで当たらない。それもスラスターの類は一切使用せずに。

「何故スラスターを使わないんだ?まあいい」

だが、反撃に転じられずにいる。

このままやれる。

勝利を確信しながらも、隙を見せないため。箒は落ちていた実体剣を拾い上げた。両手にそれぞれ別種の刀を構え二刀流に。回避を続ける丹陽に突撃する。

「はぁぁぁ!」

先ずは一太刀。丹陽は難無く回避。また一太刀。回避。一太刀、回避…一太刀…回避。箒の斬撃を見事に回避する丹陽。だが、やはり反撃できない。2振りの刀から繰り出される斬撃に殆ど隙が無く、更には丹陽には得物が無い。しかも、合間合間にラウラの砲撃が加えられ盾が思うように振るえない。

「取ったぁぁぁ!」

ラウラがらしくもなく歓呼する。

遂にワイヤーブレードが丹陽の腕を絡め捕らえた。丹陽はワイヤーを握り千切りにかかるが、ワイヤーブレードは二重に編み込まれていてなかなか割けない。その隙にもう片方の腕もワイヤーブレードが絡まる。

ワイヤーが張られ、丹陽は強制的に大の字の格好を取らされる。しかも身動き取れない。

「また腕を落としたらどうだ?」

ラウラの砲撃。丹陽はワイヤーに拘束されていない盾で防ぐ。

「貴様の負けだ、丹陽」

箒は丹陽を挟んでラウラの真向かいに位置取る。この位置ならラウラの砲撃が続く限り盾は絶対に使えない。

詰んだ。アリーナにいる者は殆どがそう思った。

丹陽は腕を束縛するワイヤーを逆に握りしめる。

 

「お願い勝って…」

簪は祈った。これで終わらせないでと。

 

 

丹陽を送り届けた楯無は、アリーナの屋根の縁の上に優雅に腰掛けていた。楯無の目に映る丹陽は劣勢だ。だが負けるとは思えなかった。

「ふーん、それでそのISを選んだのね。各部が独立してたんじゃ、パワーに耐えられずに…ポキっといっちゃうからね。でも、材質が古過ぎる気もするけど」

それをその身で味わったことのある楯無は丹陽の目的を理解した。そしてモンテ ビアンコの変化も見逃さなかった。

ビアンコの脊髄の節と節の隙間。ただひたすらに黒く粘度の高い液体が染み出していた。




次回の更新は2ヶ月以内には。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。