インフィニットストラトス 〜IF Ghost〜   作:地雷上等兵

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第30話

アリーナ。観客席は隙間なく埋まっている。だが和気藹々とした雰囲気はなく、不穏な空気に包まれていた。

アリーナにてラウラ、箒ペアと簪が、それぞれISを装着して向かい合っていた。

凛とした面持ちの簪と、それと向き合うのは決意が定まらず煮えきれない箒と煮え滾ったラウラだった。

「彼奴は、泉はどこだ?」

ラウラは震える唇でそう言った。 平静を保とうと努めている。

「私も知らない。けど、今に駆けつけてくる。絶対」

簪は得物である夢現を格納領域から呼び出し、矛先を向けた。

「逃げた、の間違いではないか?」

ラウラがレールカノンの砲門で簪を捉える。

「自分より弱い人から逃げる訳ないと思うけど」

「貴様……貴様……貴様ぁぁぁ!」

激しい剣幕で簪を睨む。簪は怯むことなく、却って勇ましく奮い立った。寧ろ、味方の箒の方が怯えていた。

「すぐにでも叩き潰してやる」

ラウラの呪詛に呼応するかのように、ブザーの感情を煽る音が試合の開幕を知らせた。

 

「失敗だったな。ラウラに丹陽を殺しかけたこと伝えなかったのは」

ピットで千冬は第一試合を観戦していた。頭をボリボリと掻きながら難儀にしていた。

「え? 伝えてなかったんですか」

山田がピット内の試合を中継しているモニターから目を離すことなく、言った。

モニターでは、ラウラの猪突を簪がいなしていた。そのままスラスターを点火。辺り一面にミサイルを撒き散らしながら、一息に飛び上がる。

「仕方ないだろ。ラウラがそのことを悔いて、戦えなくなったら……。今日はドイツからも来てるんだ。ラウラの存続が危ぶまれる」

「危ぶまれるって。そんな訳無いじゃないですか。貴重な代表候補生ですよ」

「私が来た時は名前すら与えられてなかった。人権団体から圧力がかかるまではな」

山田は、言葉を失い千冬の顔を見た。

千冬の澄まし顔でモニターを眺めている。いや無理に平静を保とうとしていた。

「ラウラは本能的に感じているんだ。勝ち続けることでしか存在できないと。だから容認できないんだよ、丹陽が」

 

 

「どうして、泉君がいないんだ」

「申し訳ないのですが、それが混みいった事情がありまして」

「私達も混みいった事情があるのに、時間を割いてきたのだぞ」

特別観覧席にて、来賓の1人、ドイツ軍広報担当官がスタッフに苦言を呈していた。

「こんな意味の無い試合を続行をするべきでは無い。時間の無駄だ。今すぐに中止しろ」

「仰ることは理解出来ますが、私の一存でトーナメントの中止は……」

「だから時間の無駄だ」

とうとう広報担当官は立ち上がり、襟を掴みかかる勢いで立ち上がる。

他の来賓やスタッフも尋常では無い様子にただ成り行きを見守るだけだった。1人を除き。

「ドイツ陸軍広報担当官殿。貴方の一挙一動がドイツ軍全てのものと捉え兼ねませんよ」

加熱し続ける広報担当官を警めたのは、白いスーツを纏った老人だった。

「それに、このトーナメントの是非を問うのは彼は相応しくない。なぁ轡木殿」

「ええ。どうやら招かれているようなので、只今参りました」

老人が目をやった先には轡木が立っていた。

自然とその場の全ての人の意識が轡木に集中する。

「まずは、トーナメントの開催の遅延、泉の不在と報告の遅れ。お詫び申し上げます」

轡木が頭を下げた。

「そうだ。今回のトーナメントは異常事態が多過ぎる。今すぐに中止すべきだ」

ここぞとばかりに揚げ足を取りにかかった。

「しかしながら、この大会は生徒達の将来に関わる事。そう易々と中止など出来かねます」

「ならば何故泉丹陽は居ない。彼もその生徒達の1人だろ」

「もちろんです。だからこそ、ペアの交換を行わなかったのです」

「つまり、彼は来るのだな」

老人が口を挟んだ。目を爛々と輝かせながら。

「きっと度肝をぬかれますよ」

「サーカスを観に来たのでは無いぞ。それでは更識と泉に不公平ではないか」

「仰る通りです。しかしながら、本人達は了承済みです」

「だがな、我が国の代表候補生がこれで勝っても。状況で勝利したと、実力を認められないのだ」

「例えそうだとしても、2回戦目はあの織斑君のペア。実力を証明するには十分過ぎるかと」

「平等を期すべきだ。トーナメントを続行したいならば、日を置いてからでも構わないだろう」

「それでは皆様の貴重な時間を無意味に浪費しかねます」

横暴または強迫とも取れる態度だった広報担当官は次第に弱々しくなり、終いには懇願するようなものになった。

「皆様。今一度の辛抱で泉丹陽は到着します。その上で問います、トーナメントは続行の方向で宜しいでしょうか?」

轡木が順々に目を向ける。見つめられた人物は必ず頷いていった。最後にはドイツ陸軍広報担当官に視線をやる。

「好きにしてくれ」

轡木は口角を上げ、人当たりの良い笑顔を作った。

「心よりお礼申し上げ。では私はこれで」

背を向け、来賓から顔が隠れた瞬間。轡木はさっき顔が嘘の様に険しい顔に変貌する。

轡木が退室後。白いスーツの老人は背もたれに深く寄りかかった。

「早くおいで、エディ」

 

 

「と言うわけだ」

『なるほど』

退室後、轡木は四角を3つ曲がり周りに気を配りながら衆生に電話をかけた。

「ここ最近でドイツに何かあったか?」

『そうですね、黒兎が明るみに出たこととか』

「その他に漏れず色々とゴタゴタしているな」

とらえどころがなく気の抜けない彼が、皮肉な事にこういった国際問題でも最も信頼できる。

『そういえば、担当官は丹陽がいない事に腹を立てたのですか?』

「違うのか」

『他の可能性は無いのですか?』

「広報担当官の態度が急変したのは、選手が会場に揃ったタイミングでだ。つまり予定外こと、丹陽の不在以外は事前に情報は一気渡っていたはずだ。論戦の時も一括性がなかった。明らかにその場を取り繕うためのデマカセだ」

若干の沈黙が流れた。衆生が思案しているのだろう。

『広報担当官は試合の延期を求めていましたね。中止では無く。とどのつまりこのまま試合を続行される事を望んでいなかった。我々では分からない変化を発見したのかも』

確かにトーナメントの中止では無く、延期で妥協しようとしていた。しかも早急に。

「ボーデヴィッヒ側に問題があった、という事か」

『ええ』

「そういえば、ボーデヴィッヒ君のISは一夏君によって半壊させられていたな。その事をドイツ本国にはまだ伝わっていなかったはず。その方面で当たってみる」

『では、ゆっくり休ませてください』

「ああ、すまない。ケガ人を起こしてしまって」

衆生は都内の病院、そこの個室のベットの上で横になっていた。顔半分を包帯で保護している。

『そろそろ再生治療の時間なので、暫くは出れません』

「わかった。お大事に」

『轡木さんこそ』

轡木は電話を切った。

 

 

簪狙いレールカノンから放たれた砲弾が、シールドバリアーを掠めながら横切る。ダメージこそ無いが、砲弾が立てた衝撃波が簪の態勢を崩す。飛行態勢を立て直す為に減速してしまう。

「きゃあぁぁぁ!」

そのスキをラウラは見逃さずにレールカノンの次弾を命中させた。

「ふん、それ程度か」

簪は力無く地面に吸い込まれていく。

落ちて行く簪にラウラは冷徹にも第3打の照準を合わせる。落下速度を考慮して、若干下を狙う。

砲撃。赤い筋を引きながら砲弾が伸びる。

「なに?!」

伸びきった先に簪は居なかった。落下途中、突如スラスターで加速を開始したのだ。

重力も合わされ加速した簪が、薙刀を握りしめラウラに迫る。

ラウラはプラズマブレードを抜刀、迎え撃つ。が、簪は薙刀は、二振りのプラズマブレードを速度をもってすり抜け、ラウラの腹部に斬撃を叩き込む。

「っく」

低くうめく。シールドバリアーに守られ痛みはない。屈辱感からだ。

簪は減速すること無くすり抜けラウラを追い越し加速する。ラウラは簪を追い、転回。

方向転換したラウラを待ち受けていたのは、暴れ撃ちされた荷電粒子の雨だった。簪は減速も照準門を覗く事もせずに、牽制目的で荷電粒子砲を乱射していた。ラウラは両腕を前に組んで荷電粒子を耐え忍ぶ。

ラウラが怯んでいる間にも簪は加速を続け、レールカノンを回避可能な距離まで引き離していた。その後、半円を描くように機首をラウラに向けながら上昇する。

簪は、ワイヤーブレードに捕らえられぬようにラウラ中心に旋回飛行を続けた。

「やっぱり。停止結界、使えないんだ」

先ほどからラウラは停止結界を使う素振りすら見せなかった。一夏に機体を半壊させられたのが原因だろ。

「ざまあみろ」

頭上をすいすいと飛び回る白いISに右往左往するラウラ。簪は、地べた這う黒いISに荷電粒子が降り注いだ。

 

 

序盤こそ単騎の簪を案じて自粛して静まっていた観客席だったが。簪が善戦、むしろ圧倒していく様に喝采が上がり始めていた。

「凄いね簪さん」

シャルルが感嘆の声を漏らす。

「昨日、丹陽との特訓で足を止めたら撃ち込まれるって体で覚えさせられたんだろな」

と一夏が。

それを聞いた鈴が露骨に嫌そうな顔をした。

「女の子相手にも容赦しないのね、丹陽って」

隣のセシリアは呆れ顔を作る。

「騎士としての誇りもないのでしょうか」

一夏達の会話が、観客の歓声に掻き消されないギリギリの場所、出入り口の道路の淵。そこで、林太郎は聞き耳を立てていた。

「こうゆう時だけ女の子かよ。勝って言いやがって」

林太郎は気だるそうにしゃがみ込みんでいた。太ももを台に頬杖をつき、やっかみを吐く。

「私も女だぞ」

林太郎に答えたのは、彼の主であるシュランクだ。

「失礼」

シュランクは壁に寄りかかっていた。長い黒髪を前に全て持ってきている。高いスーツが汚れようと構わないが、髪はそうではないらしい。

「皮肉か?」

「そうじゃなくて。お前は少なくともその他多くと違って、ISとかジェンダーからでしか語れない連中とは違うから、謝ったんだよ」

林太郎は長く述べ、ため息をついた。

「そうか」

シュランクはあっさりとリンの言い分を認めた。

「まあ、男尊女卑の世界だったらお前はあっち側だろうがな」

林太郎は否定せず黙った。

「しかし、あの死に損ない。見舞いに来てやったのに…どこにいるんだ。それにVIPルームも空席が1つあるな、欠員の多い大会だ」

 

 

簪を捕縛すべく、ラウラは6本すべてのワイヤーブレードを射出。しかし加速した簪の機動と速度は凄まじく、追いつく事も先回りする事も叶わず。逆に1本、切断されてしまう。

「今度はこっちの番」

簪は機首をラウラに減速せずに向けた。 ラウラの上空を跨ぐように飛行。すれ違い様に薙射。

回避困難と即断したラウラは、膝をつき両腕を前に交差させ防御態勢をとる。

「停止結界さえ有れば……」

三度襲いかかる荷電粒子を最小限の損害で抑えた。しかし、足を止めてしまう。

簪は降下しながら機体を反転。エネルギーを極力殺さず、進行方向の一直線上にラウラを捉える。ラウラは未だに簪に背中を向けている。

「もらった!」

地面すれすれを砂塵を巻き上げ飛翔。薙刀を間合いを見極め振り上げる。

「私を忘れては困る」

簪の突進に箒か打刀を構え立ち塞がった。

「だからなに?」

減速も迂回もなく、直進。体を捻り肩を突き出す。

「なー」

箒は呆気なく轢かれ、宙を舞う。

「うぁぁぁぁぁぁ!」

喜劇のような吹っ飛び方をした箒だったが、犠牲は決して無駄ではなかった。ラウラに僅かで十二分な時間を与え、簪に僅かで致命的な減速を強いた。

ラウラは反転、砲門を簪に合わせる。近距離だが、薙刀の届く間合いではない。

「これで終わりだ!」

 

「もう一度言ってもらえない…」

「飛鯨でビアンコを運搬。指定ポイントで投下してー」

「やっぱり結構。理解はできるけど、理解したくないだけ」

生徒会室。会長の楯無が座していた。足を組み、小刻みに爪で机を叩き、額に手を添えていた。怒りや呆れから来る頭痛が痛むからだ。

幾ら、轡木本人からの提案でも、限度がある。

それにまだこの事件の経緯や結末について説明を受けてない。

「では、私から丁重にお断りしておきます」

会長の側に副会長の虚が立っていた。楯無とは打って変わり、凛とした面持ちで淡々と受け答えていた。

「いいえ、やるわ、やればいいんでしょう。やらせてください。それに非常自体が起きなければ、見守るだけでもいいんでしょう」

「たしかにそう仰っておりましたが。この案自体が非常なのですが」

楯無は立ち上がると大きく伸びをする。

「さあ行きましょう」

愛する肉親のために。間違ってもあの馬鹿の為ではない。

 

 

レールの間で砲弾が加速。同時に簪は片足を着地させる。砲門を砲弾が飛び出す。同時に簪は打鉄のPICをオフ、自重に任せて傾倒、膝が曲がり力が溜まる。砲弾が燃焼ガスと電磁誘導に押され引っ張られ放たれた。同時に簪は、脚部スラスターを噴射しながら跳躍、傾倒の勢いも合わさり、体軸が回転、射線から紙一重で抜けた。 砲弾は目標が射線上から逸れたが、直進、壁に食い込んだ。

「ナヌッ」

驚嘆するラウラだが、決して簪に有利に事が進んでいるわけではない。むしろ追い込まれていた。

突貫時の威勢を回避行動時に活用したが、余ってしまい地面に胴体接触。ラウラの脇を数回跳ねながら通過。やっとで止まった。それはつまり、今まで保持し稼いだ運動エネルギーを失った。

スラスターを噴射、エアクッションを作り起き上がる。瞬く間に直立するとスラスターを噴射を伴ったまま方向転換、匍匐飛行を敢行。ラウラから逃れる。距離を稼ぎ、今一度加速するために。

「次は外すものか」

もう既にラウラは転回、砲門は簪を捉えていた。飛翔する簪をラウラの照準は完璧に重なっていた。ただ、まだチャンバーに弾薬に装填されていない。トリガーに握りっぱなしにし、ただいつ発射されても直撃するように照準を合わせ続ける。

歯切れ良い音を立て、次弾が装填された。

「っち」

だが弾は発射されなかった。できなかった。

射線上に友軍、箒が。敵味方識別装置が、射撃統制装置に割り込み砲撃を許さなかった。

今、箒は刀を杖代わりに起き上がる所だ。ラウラは無意識にトリガーをガチャガチャと絶え間なく引いていた。

簪はピタリと箒の影に隠れ、見えぬ砲撃から身を守っていた。

「えぇぇい! 邪魔だぁぁ!」

ワイヤーブレードを箒の足に巻きつかせる。

「なにをする」

ワイヤーブレードを通じ、ラウラから箒に力が伝わる。

「こっちのセリフだ」

またしても宙を箒は舞った。

敵味方識別装置からの干渉が無くなり、握りっぱなしのトリガーから指令を受け取ったレールカノンが砲弾を撃ち出す。しかし、既に十分に加速した簪は易々と躱す。

「こんな物」

しかも、友軍である箒が自身の足に巻き付いたワイヤーブレードを切断した。

「貴様何のつもりだ」

と箒が怒声を浴びせる。もとい油をそそぐ。

ラウラは顔を俯かせる。

「ーからーやる」

「なっ……」

ハイパーセンサーは、ラウラ小言を確かに拾った。

箒は顔を強張らせ、剣先をラウラに向けた。

「貴様から倒してやる!」

ラウラはプラズマブレードを抜刀。箒に襲いかかった。

「やっ止めろ、足の引っ張り合いなど」

「どっちが先だぁぁぁ!」

箒とラウラのタッグは、数の有利を生かすどころか仲間割れを始めた。それを簪や観客は冷ややかな視線を送った。

「バカばっか」

簪はスラスターを停止。ホバリングを開始する。

「でもチャンス」

山嵐制御用のコンソールを呼び出す。掌に畳まれた無数の指を広げる。ピアノの連弾を沸騰とさせる速さでキーボードを打つ。瞬く間に48発全てのセッティングを終える。

「これで私の勝ち」

ミサイル全てをリリース。シールドエネルギー干渉距離から離れて、モーターが点火。鍔迫り合いを続ける2人に飛翔。

 

 

「この瞬間を待っていた!」

ラウラは箒の横振りをスウェーで避けた。

全力で空振りをしてしまい、無防備な箒後頭部に手を掛け足を掛け、てこの原理で地面の沈める。

「なっ」

箒は抵抗する暇も無く転覆する。突如としてラウラの一動作一動作が早くなった。 さっきまでの鬩ぎ合いは嘘のように、いや。箒は感じた。さっきまでのは、ラウラの演技だ。

箒が地面に転倒する間にもミサイルは遠慮の2文字は無く、散開しながらも接近していた。

アイゼンを下ろし、無数に迫るミサイルに向け単発砲のレールカノンを向ける。

発砲。砲弾はラウラの狙い通りに直進。ミサイルに当たること無くすれ違い、丁度ミサイル群の真ん中。砲弾は炸裂、はらわたのペレットを拡散させた。

「キャニスター弾……」

ペレットはその場にいた3人にも降り注いだが、スキンバリア程度も貫通できなかった。しかしミサイルは全弾撃墜してみせた。

「ヤバイ」

簪は絶体絶命の危機を感じ、スラスターを噴射。しかし、遅かった。

山嵐の残滓が作り出した黒煙からワイヤーブレードが 1本、飛び出る。

簪は間一髪のところで切り落とす。が当然1本だけではない。

「きゃあ」

残りワイヤーブレードが簪の両腕と首を捕らえ束縛した。駄目押しに、レールカノンの砲撃が簪 の薙刀をはたき落す。

「説明しろ」

箒が剣先をラウラに向けたまま問いた。戦意は無くむしろ困惑している。

「剣を下せ。一応タッグだろ」

ワイヤーブレードを操作して簪を地面に叩きつける。

「あいつが飛び回ると少々厄介だったからな。足を止めて貰ったんだ」

「まさか、そのために私を利用したのか!」

「だからどうした」

簪は今一度の今まで山嵐を使わなかった。正確には、誘導有りの山嵐は使わなかった。無誘導の山嵐なら開幕で使用したが、結局、ラウラには決定打を与えられずにいた。山嵐を使用しなかった理由は単純明解で、暇が無かったからだ。山嵐はまだ未完。誘導するのに手動でセッティングする必要がある。その間、他の動作が疎かなる。2対1、ちょっとしたミスがそのまま負けに繋がる。簪は丹陽を信じ、強力だが隙のある山嵐を封印。機動で翻弄、隙を見て薙刀で切り裂く、という地道な戦法をとった。

ラウラはその簪の思慮を察知。山嵐を一撃で無力化する手段を持っていたラウラはわざと隙を作り、簪に山嵐を使わせやった。すれば簪が一時的に停止すると踏んで。

全てラウラの思惑通りにことが運び、あとは仕上げるだけ。

「これで避けられまい」

簪に対し射撃態勢をとる。

「こっちの台詞」

簪も2門の荷電粒子を構える。

ほぼ同時発砲。放火が交わる。

「っぐ」

レールカノンの一撃を貰い、くぐもった呻きを簪は発する。

一方でラウラはその限りでは無かった。

ラウラに放たれた荷電粒子は全て、ラウラが格納領域から呼び出した実体盾で受け止めていた。丹陽の射撃を警戒して、ラウラが用意していたものだ。最後に実体盾を格納する。

「ならぁ!」

目標を本体から、自身を拘束するワイヤーブレードに切り替える。

「遅い!」

ラウラの言葉通りに遅かった。

ラウラはワイヤーを巻き上げ、一気簪を手繰り寄せる。自身もスラスターを吹かし、瞬時に接近。同時に両手のプラズマブレードを抜刀。得物の無い簪に斬りかかり、荷電粒子砲を破壊する。続いて山嵐の基部も切断。

「貴様の負けだ」

簪は打鉄仁式は、束縛された上に武装全て失われた。

ラウラは身動きの取れない簪にプラズマブレードを浴びせていく。目に見えてシールドエネルギーが激減して行く。それに合わせて簪が苦悶の表情を露わになっていく。苦悶に詰まったお参りは、ラウラからの斬撃だけではない。

簪はもうなす術はなく。ただ彼に賭けるしか無かった。だが、一向に現れる気配はない。

シールドエネルギーがあと一振りで底をつくと言うところ。ピタリと斬撃が止まった。

「どうした?あの馬鹿は来ないぞ」

簪はわかっていた。プラズマブレードの一太刀一太刀がわざと浅く斬られていたことに。ラウラも待っているだ。

「必ず……来るから」

「ふん、何を根拠に?」

「逃げる理由が無いから……」

「答えになってないぞ」

簪の頑な態度に盲信ぷりに、ケリをつけようとプラズマブレード振り上げた。

「もういいたくさんだ。試合にすら来ない奴に、執着した自分が情けない」

簪がゆっくりと目を瞑る。目頭に熱いものを感じながら。

『かんちゃん!』

唐突に自分を呼ぶ声がした。この呼び名と声は本音のものだ。携帯端末を通じて呼びかけているらしい。

「本音?」

『ほんの少しだけーとほんの少し待ー必ずー』

風切り音にで途切れにしか聞こえない。だがの思いは汲み取れた。しかし、何故に風切り音にエンジン音。しかもヒステリックな女性の悲鳴に、ぼかぼかと生々しい打撲音。くぐもった男性の呻き。そしてはっきりと聞こえた。

『くたばれ! 丹陽!』

 

 

簪は瞼を上げて、はっきりとラウラを見据えた。まだ勿体ぶって手を振り上げているところだ。

「はぁぁぁ!」

「こいつ急に」

突如として簪スラスターを前方に噴射。ワイヤーブレードで繋がれたラウラも揺られ引きずられる。

「諦めろぉぉ」

アイゼンを立て抗い、同時にワイヤーブレードを巻き上げた。

簪は引っ張りられるが、それを逆手に取る。スラスターを逆噴射し地面を蹴り、逆にラウラに襲いかかる。

簪のタックルがラウラに直撃。しかしラウラはスラスターを器用に吹かし直立を維持した。反撃にプラズマブレードを振るう。しかし、簪が肉薄していて、なお大振りすぎた。

「っく! 離せ」

「嫌!」

簪がラウラの両腕をガッチリと摑む。

ラウラはワイヤーブレードを使い、簪の腕を下げさせた。それに伴い、ラウラの腕も下がり、プラズマの刃身が簪の身体にじりじりと近寄る。 もう一息で焼き焦がされるといったところ。

簪が膝を着き身を屈めた。そうして刃身から身を離した。

ラウラは必死の抵抗を続ける簪に焦り苛立っていた。

「足掻くな。時間稼ぎにしかならんぞ」

ラウラの言葉通り、簪の行動は決して状況を挽回するものでは無い。

「例えそうでも!」

「何を根拠にあの馬鹿を信じる」

そうだ。私は彼の事を、ほとんど知らない。名前と国籍は日本だが、日本生まれとは考えられない。何処で生まれ、どう過ごしてきたのか。何一つ私は知らない。でも。

「彼は、一緒に頑張ろうって約束してくれたから。だから」

「だから、何の根拠も無いだろう!」

ラウラは強烈な蹴りを簪の脇腹に叩き入れた。1発では簪も挫けなかったが、ラウラは何度何度も繰り返し蹴り続けた。

「この、この、このぉ!」

「っく……貴女も、貴女も織斑先生を慕ってるんでしょ。だからー」

「黙れ!」

追い詰められているの簪の筈だが、端から逆に思えた。ラウラは息を切らし、一心不乱に同じ動作を続ける。

等々、簪の手が離し地面に崩れた。

「これでおしまいだ」

腕を振りあげた。

そこでラウラの動きが止まった。簪の瞳を覗いてしまったからだ。

簪の目は絶望とは無縁に感悦に満ちていた。そして遥か群青の空を見上げて、震える口を開く。

「本当に来てくれた……」

ラウラのハイパーセンサーが観客席の異様な盛り上りを捉えた。口々に同じ言葉を繰り返す。

同じくハイパーセンサーは恐らく簪が見たものを探知した。

ラウラは脳震盪を起こしたかのような衝撃に襲われた。

 

 

[1万フィート上空に航空機、2機います]

観客席。その他に漏れず一夏は固唾を呑んでいたが、唐突に白式からメッセージが送られてきた。

[1機は中型回転翼機。1機は大型ジェット飛行艇です]

「どうして?」

前回の無人機騒ぎが過ぎった一夏は、ハイパーセンサーを部分展開。その2機を注視した。

途端、一夏は言葉には出来ない表情をした。驚きや呆れや怒りや、喜び。それらが一緒くたに顔から溢れた。

「あの馬鹿、空から降ってくるつもりか」

一夏の呟きに先ずは隣に伝播した。

「馬鹿?」

「降ってくる?」

「何が」

その次は偶々耳に入った観客に。

「今なんて言ったの?」

「うーん。馬鹿が空から降ってくる?」

そうして人から人に伝播していき、口々に同じ言葉を繰り返す。

「馬鹿が空から降ってくる」

遥か上空。見渡す限り、群青の空海と靄のような雲海、ピンボールの様な孤島に、そこに立つゴマのように小さい建造物。

シングルローターのヘリがホバリングを続けていた。

「そろそろ時間だぞ」

パイロットの1人がそう告げた。

中からのそのそと気だるそうに1人の男が、キャビンの奥からのそのそと起き上がりドアを開け身を乗りだした。安全帯を外し左手で手摺に捕まる 。

男は重層なISスーツを纏っていて、大型で片耳が付いたヘルメットを着用せずに、カラビナでハーネスから吊るしていた。 男は虫歯でも患っているのか、仕切りに顎の調子を確認。しかも頬が腫れている。そして、長い髪を後ろで団子状に纏めていた。

「カウントダウンいるか?」

とパイロットが。

男は手を振って断った。しかしパイロットは窓から腕を突き出し親指を立てた。

左腕に据えられた携帯端末の画面を点けた。右手の中指と人差し指と親指でスワイプとタップを繰り返した。右手に連動して左腕の携帯端末に表示されたカーソルが動く。

そうこう操作して、携帯端末にカウントダウンが表示された。

5…4…3…2…1…。

パイロットの手を反転、バットサインを繰り出す。

0。

男は手摺から手を離し前のめりに傾倒。大空に投身した。

相対風に揉まれ、天地が何度もひっくり返る。風切り音が耳穴を塞ぎ何も聞こえない。

男は、丹陽は伏せの姿勢を作り、気流を安定させ、きりもみ状態から脱する。

「今行く、簪」

風圧で霞んだ見えるが、視界の端にそれを捉えた。

体を折り畳み、それに向かって滑空する。

 

 

轡木は事務室にて書類を眺めていた。探しているのは、ドイツからの送られた支給品だ。

どうやらここ数日の間にラウラの専用機の予備パーツが送られていたようだ。危険物の類は探知されず、検査は通ったようだが。

携帯が鳴りはじめる。IS委員会の役員からだろ。ドイツへの調査を依頼していた。

「もしもし」

轡木が携帯電話に頬を寄せる。

『ああ、轡木さん。先程の要件なのですが』

「手短に頼む」

『はい。どうか口外無用でお願いします。それと私から聞いたとも』

「ああわかっとる」

『それでは本題。近々、ドイツ陸軍にIS関連でドイツ政府から監査が入るとのことで』

「初耳だが」

『ええ、どうやら外部には漏らさずに身内だけで完結しようとの腹でしょう。ただ、極東の私の耳にも入ってくる程に大規模なもので』

「大規模?」

『ええ、最近。人体実験、帳簿に未記載の予算があったり、地図から消された秘密基地があったりとしたので、その流れの一環と推測されますが』

「政府と軍の対立だと?」

『私はそう考えましたが?』

「とある事件を調べてたのだが、どうやら同じ結論に至ったらしいな。軍と政府の権力争い、関わらん方が身の為だな。その裏付け、感謝する」

『こちらこそ、轡木さんの役に立てて光栄です。それでは』

「時間を取らせたな」

轡木は電話を切った。

すぐに別の相手に掛け直す。

「もしもし、お前か?」

『ええ、なにかしら?』

年配の女性の声が受話器らか漏れた。

「すまない、事務員集めて今回のトーナメントを中止の方便を考えてくれ。一報いれたら何時でも中止出来るように。それと、ドイツ政府にもドイツ軍に不穏な動きあるとの電報を入れる準備を。準備だぞ」

『分かったわ。けど、どうして?』

「ドイツ軍がドイツ政府からの監査を逃れるため、代表候補生の機体の予備パーツに何かを隠している。大事に成らなければいいのだがな」

『ドイツ政府に問い合わせてみたら?』

「ドイツ政府は内輪で解決するつもりだったらしい。うちがドイツ軍の不祥事に噛んでいたとしたら、いい顔はしないだろ。出来ればドイツ軍との交渉で解決したい。ボーデヴィッヒの存続ために。織斑先生が人権団体に密告してまで守ろうとした教え子だ。その上、IS学園の生徒。まあ、万が一の時は政府に例の電報を入れて保険いれるさ」

『…了解したわ』

「どうした?」

『何でもないわ。じゃあ、きるわね』

「ああ」

電話が切れた。

途切れた携帯を僅かな間、轡木は眺めていた。

「すまない」

長年連れ添った伴侶に謝罪の言葉をそっと口にした。だが、轡木に辞めるという選択肢は無い。これが彼の性分なのだから。

「やるか」




次回、馬鹿が空から降ってきます。

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