インフィニットストラトス 〜IF Ghost〜   作:地雷上等兵

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第28話

第3アリーナ。たった1人、丹陽はラウラに対峙していた。

騒ぎを聞きつけ、生徒が観客席に集まり始めている。

マシンガンの連射と並行して、右腕でシールドラックのグレネードランチャーを握る。

「学べないのか?無駄だ」

丹陽が停止結界に撃ち込んだ弾で壁が出来上がっており、ラウラの前には弾丸の塊が球状に出来上がっていた。

「なるほど、停止結界の範囲ってボール状なのね」

グレネードランチャーを放つ。

初弾は停止結界前で爆発。当然破片は結界に受け止められる。

「いい加減にー」

次弾、結界の脇を通り過ぎた。ラウラの斜め後方、時限信管が作動、爆発した。

爆煙は結界のないラウラ後方から広がり、ラウラを飲み込んだ。

「うぁぁぁぁ」

停止結界が解けたのか、弾丸と破片の塊が重力に抗えず地に落ちた。

続けざまに弾丸の雨がラウラを襲う。

ラウラは堪らずに飛翔、しかし弾雨から逃れきれなかった。

「そういえば射撃の腕は少しはマシだったな」

ラウラの行動を怪訝にしながらも丹陽は銃撃を加え続けた。

ラウラの反撃。多少のダメージを承知の上で、着地。足の裏のアイゼンを打ち刺し。かつての名器と謳われた対空砲と同口径の大砲を構え、砲撃。

丹陽は地を蹴り回避、

「はやっ!」

失敗。

砲弾が通過後に、曳光弾のように弾道が発光していた。発光は直ぐに消えるのだが、砲口と丹陽を一直線に描き、消滅も殆ど同時だった。発砲と弾着の誤差を感知出来なかった。

地を掴んでいなかったのもあるが、丹陽は大きく吹っ飛ばされる。地面を転がり、シールドラックのアンカーを突き立ててなんとか立ち止まる。シールドエネルギーもごっそり削られた。

「避けらないか…どうすれば」

自身の胸部を見た。胸部装甲にぱっくりと大穴が開いていた。そればかりか、淵も溶解していた。

溶解?それに弾もない。

「これしかないか」

たった今思い付いた、拙速で無謀な作戦を実行する他ない。

丹陽は次弾を貰う前に、マシンガンを格納領域に収納。腰に吊り下げた、グレネード弾を掴んだ。そして親指で潰すようにして底の安全装置を解除。地面に叩きつけ、信管を作動、爆発。爆発したが、まき散らしたのは破片では無く、スモークだった。

スモークは対IS用にハイパーセンサーを阻害していた。よってラウラには煙の中の丹陽が補足できない。

だが構わず発射。 煙を赤い曳光が貫く。しかし丹陽は貫けなかった。

「小賢しい」

まだ残った煙の中から、何発ものグレネード弾が飛び出してきた。無造作に撒き散らすように放たれた弾はラウラを狙ってはいない。 グレネード弾は2、3回バウンド、発煙、アリーナ全体を煙が覆い隠した。

ラウラは咄嗟に地面に蹴り、移動した。その刹那、ラウラがさっきまでいた空間に銃弾の軌跡が。

「浅はかな。貴様も見えんだろ」

ラウラはアリーナの内壁に背中をつけ、両腕のプラズマブレードを構えた。万全の体制で煙幕が晴れるのを待った。丹陽は不意打ちをするつもりだ。

しかし、なかなか動きがない。ラウラはすぐに解を見つける。

「時間稼ぎか!」

 

 

丹陽は武装の展開に時間がかかる。煙幕はそれを隠すための手段でしかない。さっきの銃撃も、そのための陽動。

ラウラは辺り構わずに砲撃を加える。風圧や着弾の衝撃で煙幕が晴れていく。だが丹陽がいない。いや、カタパルトデッキにいた。そしてシャトルを掴み、射出態勢入っている。

ラウラの位置が分からない以上、接近するには最適解だったのだろう。

シャトルが溜め込まれた力を解放、高速で前進。それに伴って丹陽に加速度を与えた。丹陽は飛翔すること無く、滑空、着地。運動量をなるべくロスせず、減速すること無く地を蹴り駆ける。スラスターを点火。一直線にラウラに突貫。

「気でも狂ったの!レールカノンも退けられないのに」

と観客席でシャルルが。

「そんなにも叩き潰して欲しいか? 望み通りにしてやる!」

レールカノンの照準を丹陽に合わせる。

丹陽は片方のシールドラックで身を守り、もう片方のシールドラックの表面をラウラに向けた。シールドラックの表面には丸い物が付いていた。

簪との模擬戦で丹陽が使った、レーザー迎撃機だ。

レーザー迎撃機がレーザーを絶え間無く照射。丁度、ラウラと丹陽の間を。

レールカノンから砲弾が放出された。砲弾はレーザーを浴びながら、シールドラックに直撃。轟音を立てて大穴を穿つ。衝撃で丹陽が倒れ込みそうになるがスラスターのノズルを開き圧力を増し、足の爪を立て堪えた。

大穴から覗かせるラウラの顔は実にご満悦。

どうせ盾で防ぐつもりだったのだろうが、そんな藁で防げるものか。

 

 

「やっぱりダメだ。射撃戦はレールカノンを持つラウラに分があるし、かといって近接戦も持ち込めない。挙げ句の果てには停止結界。彼に勝ち筋なんて」

「一夏…。やっぱり丹陽では…」

箒とシャルルの2人、他の観客もラウラが勝つと確信した。

箒は、2人を医務室に運び観客席に戻った一夏を見た。

「どうしてだ…」

一夏は驚きを隠せないでいた。だが、箒が絶句してしまうほどに目を輝かせていた。

「どうしてなんだ?」

[それは速過ぎたからです]

砲弾がシールドラックに直撃。またも大穴を開けた。しかし丹陽は前進を止めない。

ラウラのそんな丹陽に砲撃を続けていた。余裕の表情で。しかしすぐに余裕が無くなる。

なぜだ。なぜだまだ倒れない。貫通して直撃しているのなら、いい加減に倒れてもいいはずだ。

ラウラには感知出来なかった。砲弾はシールドラックに大穴を開けたが、丹陽本体に届いていないこと。

ラウラと丹陽の距離も最初の半分以下に縮まった。

「速過ぎる?だからなんで、砲弾がシールドにぶつかった途端に消えてるんだ?」

一夏の声が、ラウラと同様の疑念を抱いたシャルルの耳に入った。

「え、砲弾が消えている? そうか、だからまだ丹陽は倒れていないのか。でもどうやって」

[はい。まず曳光弾の様に発光する理由ですが、高速のあまりに断熱圧縮と摩擦熱で空気がプラズマ化しているからです。そうなれば、砲弾も高熱になるでしょう。その中、レーザーによる加熱。極め付けは、シールドとの衝突時の変形熱。砲弾は焼失したのです]

「砲弾が焼いたのか。丹陽はそれを…」

[泉様は被弾時に装甲が溶解しているのを確認していました。あの時は熱と衝撃でシールドエネルギーを消耗させたのでしょう]

「すげぇ」

感嘆の声を漏らすことしか出来なかった。

ラウラのシュバルツレーゲンはまだトライアル中のものを

無理矢理ロールアウトさせたもの。まだ幾らかの欠点が露見していない。

 

 

「たとえレールカノンが無くとも!」

ワイヤーブレードをラウラが放出。4本ものワイヤーが湾曲しながら、全方位から丹陽を狙う。

丹陽が足を止めずに右腕でショットガンを構える。

「1本切断したところで無駄だ」

ショットガンを自身に伸びるワイヤーではなく、ラウラに大雑把に照準を合わせる。間髪入れずにに発砲。飛び出た筒は、無数の小粒な鉄球、ペレットを放射状に吐き出し、進路上のラウラに向かう。

ラウラは停止結界を展開、散弾を受け止めた。同時に4本のワイヤーが丹陽に絡みつく。四肢に巻き付き、丹陽を拘束した。

丹陽は身を捩りスラスターをフルスロットルで吹かし、必死にワイヤーの拘束から逃れようとした。

その悪足掻きにラウラは頬がゆるむ。

が一瞬で凍りつく。

ぶちんとワイヤーブレードがせん断された。そしてせん断面からペレットが落ちた。

ラウラの停止結界は散弾から自身を守ることには成功したが、停止結界の有効範囲を上回る広範囲に広がるペレットを全てを停止出来ず、ラウラ本体から伸びるワイヤーに溢れたペレットが撃ち抜いていた。

「ひぇぇぇ、危ない危ない」

もっとも丹陽の予定ではペレットがワイヤーをせん断する筈だったが、結果的にはワイヤーの強度低下を引き起こし力技でせん断出来た。

丹陽が更に踏み込み、二者の距離は近距離と言っても差し支えの無いほどまでに接近していた。

左腕にショットガンを持ち替え、シールドラックから実体剣を引き抜く。

「貴様に停止結界を突破出来るか!」

ラウラの咆哮は、弱腰になりつつある自分への奮起させるものだった。

手を翳し停止結界を発動。空いた腕でプラズマブレードを抜刀。丹陽を迎え撃つ。

対する丹陽はショットガンを数回発射。散弾は停止結界に当然捕まる。しかし丹陽の思惑通りに停止結界の有効範囲を示していた。

丹陽は躊躇わずに真正面から飛び込む。

「何のつもりだ…」

停止結界は丹陽を問題無く捕らえた。だが、ラウラは素直には喜べない。仕掛けがあるに決まっている。

「停止結界ありがとう」

ラウラはすぐに丹陽の意図に気付いた。手遅れだが。

団子を表面に付けたシールドラックが停止結界の範囲外にあった。それはくるりと回転。裏面をラウラに晒した。

爆弾がぎっしり。

爆発。音速超えの破片と爆炎が丹陽とラウラを飲み込み覆い隠した。

「自爆?」

と観客席の箒が。

真っ先に黒煙から各装甲に傷を負ったラウラが飛び出た。ラウラはレールカノンを黒煙に向けながら、その中に潜む物から必死に逃げていた。

白式のハイパーセンサーが黒煙の中を繊細に捉える。

ー重量バランス調整中ー

黒煙の中、丹陽は最後の仕込みを終える。

「いや、停止結界に囚われていた丹陽はー」

黒煙から黒い影がラウラに襲いかかる。

砲撃。ラウラの正確無比な砲撃が貫き、甲高い金属音が響く。

「しまっー」

また黒煙から何かが飛び出た。丹陽だ。片側のシールドラックが無い。だが、ラウラと打って変わり爆傷は見当たらない。 もう片方のシールドラックのアンカーが抜錨し、ワイヤーをしならせながら巻き上げていた。

「無傷。そして、攻撃を受けたらラウラはどうやら結界を張れない。丹陽はもう…ラウラを逃さない」

爆心地を挟んで反対側に、丹陽に囮にされラウラに撃たれ吹き飛んだシールドラックが。

身を低くし飛び出た丹陽は、左腕で持った実体剣でラウラを逆袈裟斬りで切り裂く。だがまだシールドエネルギーは残った。

「ちょろちょろとぉぉ!」

ラウラはプラズマブレードを振り下ろした。しかし、丹陽は跳躍を駆使しつつスラスターを翼の様に使い急上昇。速度を高度に、運動エネルギーを位置エネルギーに変換、減速。ラウラは空かしてしまう。

ラウラは丹陽が減速した隙をついて後退する。ブレードのアウトレンジに逃れたが、丹陽の右腕に握られたマシンガンの豪雨に打ちのめされ、少しでも被弾数を減らそうと身を捩る。しかし、慣性制御装置のリソースを割く上にあらぬ方向へと応力が働き、減速を招く結果となった。その隙に丹陽は降下、貯めた位置エネルギーを解放、一気に接近する。

「舐めるなぁぁぁぁ!」

ラウラの絶叫と共に2本のワイヤーブレードを射出。悪足掻きのようなその一手は、1本のワイヤーブレードを蜂の巣にされながらも丹陽の左腕を絡みつくことに成功する。

息つく暇すらない攻勢。その中でラウラは一途の希望を見いだした。このまま投げて距離を取れば勝機はある。

ワイヤーブレードを通じて丹陽に外力が伝わる寸前。

「触手プレイはー」

ー左腕部パージー

「経験済みだ」

ラファールの左腕装甲部分が制御下を外れた。そのタイミングでワイヤーブレードは引っ張りあげ、左腕装甲だけがすっぽ抜け高々と舞う。

丹陽は右腕のマシンガンを捨てた。同時に残りのシールドラックをパージ。空いた右腕で地に落ちる寸前の実体剣を掴み取る。そして踏み込み、同時に脚部スラスターを噴射。今戦最速の加速度でラウラに迫った。

想定外の対処法と想定外の速度で迫られたラウラは咄嗟にプラズマブレードを抜刀したが、間に合わずに横一線に腹部に斬撃を貰う。丹陽はそのまま抜け、ラウラの背後に。実体剣を地面に突き立て、それを支点に急速旋回と停止。 ラウラ、急停止に旋回、振り返りざまに横薙ぎにプラズマブレードを振るう。丹陽、即宙で回避。速度を読み切っていた。丹陽が一回転したところで、ラウラは二振りのブレードを振りかぶる。丹陽は右腕を背中に回し、体を捻る。発砲。背中にマウントされた水平二連がマウントされたまま散弾を吐き出す。無数のペレットで殴りつけ、斬撃をキャルセル。追撃でスラスター付きの回し蹴りをラウラは貰い、慣性制御が追いつかず態勢を崩す。駄目押しに腕を掴まれ強引に地面に引き摺り倒された。

仰向けに倒れたラウラの視界には青空が広がっていた。両肩を爪先で抑えつけられ、反撃に転じられない。

この一瞬の攻防戦。思考ばかりか感情の起伏すら追いつかなかった。ただ、自身の敗北を冷静に感じ取っていた。

丹陽は地面に突き刺さった実体剣を逆手に引き抜き、ラウラの眼前に剣先をを構えた。少し振りかぶり、突き刺す。

 

観客席は静まり返っていた。呼吸され忘れるほどに過密な攻防に魅入っていたからだ。

だが勝敗が決すると、緊張の糸が切れ所々で歓喜の声が上がった。

「そんな…第2世代機で勝つなんて…」

手摺壁を握りしめシャルルが呻くように言った。

同じラファール使いとして今回の模擬戦は素直に称賛したいが。だが、個人的な恨みが阻害する。それに、丹陽が使用しているのは、サードパーティ品。デュノア社を追い込んだものだ。

「すげぇぇぇぇ! 本当に勝ちやがった!」

一夏がまるで自分のことのように喜んだ。両手を突き上げ人一倍に喜んだ。だが、箒とシャルルが釈然としない様子なことに気がつく。シャルルは納得出来なくも無いが、箒が態度が理解できない。別にそこまで不仲なわけでは無いのに。

「不気味だな。丹陽は」

と箒が。

一夏の耳に届かなかったが、箒は続けた、

「戦いに感情の起伏がまるで無い。ラウラは…そうだな傲慢や怒りに任せて力を振るっていたが、丹陽にはそんなもの無いんだな。まるでー」

その先は砲撃音で覆い隠された。

 

 

アリーナの中心。仰向けに倒れたラウラと見下すように立つ丹陽。丹陽の残った右手は突き立てられた実体剣の柄に添えられていた。そして刀身はラウラの頬に触れるか触れないかの所で突き立てられていた。

「勘違いするなよ」

丹陽は実体剣を引き抜き踵を返した。徒歩でピットに向かうつもりだ。

「トーナメント前に専用機を破壊しちまったら、整備班からなんて言われるか。それが怖いだけだ。ただでさえこっちの機体はボロボロなのに…絶対小言もらう。それと戦場じゃないんだ、加減してやれよ」

地に横たわったまま未だにラウラは起き上がれずにいた。丹陽の足音が徐々に遠ざかっていくのがわかる。

私が負けた。負けた。弱い、あんな男よりも。どうしてだ。私は戦い、勝つために産まれ、勝つために育てられ、勝つために生きてきた。あんな奴とは覚悟も積んできた努力も存在意義も違う。それなのに。どうして…。

ラウラが立ち上がる。それに連れ砂地に作られたラウラの影が大きくなる。

丹陽が立ち止まった。自分で会長に立てた誓いを忘れるところだった。自分自身、幾ら何でも虐めすぎたと思ったからだ。

口先だけでも謝ろうとした瞬間だった。

「私は…私は弱くない!」

溢れ出る激情に任せて、砲撃。日々の特訓の成果か、狙いは外さなかった。

平和な日々が丹陽の危機察知能力を鈍化させていたのか。躱せず砲弾が背中を撃ち反動で内壁に叩きつけられた。

壁に叩きつけられた丹陽。間髪入れずに次弾に襲われる。また1発、また1発。等々、観客席が崩壊、瓦礫が丹陽を降りかかり下敷きにした。

それでもラウラは発砲を続けた。

『そこの生徒やめろ! 殺す気か!』

騒ぎを聞きつけ駆けつけた教師が、アナウンスでラウラに制止を呼びかけた。必死さが電子音でも伝わってくる。

耳に入ったのか、それともただ心労が祟ったのか、ラウラは発砲を止めた。

ラウラは肩で息をしながら、呆然と丹陽が埋まっている瓦礫の山を眺めた。

「そんな…私は…」

今更ながらも自身が行いを悔い恥じらい、意気消沈するラウラ。しかし懺悔する時間などなかった。

 

 

「この…」

観客席。箒とシャルル、他の生徒が啞然とする中。ひとり一夏だけは違った。

手摺壁を足場にして蹴り飛ばし、今一度アリーナへ。今度は心理も行動も真逆だが。

「このぉぉぉぉ!」

一夏が普段の温和な性格からは想像もつかないほどに怒り狂い、スラスターをフルスロットルに吹かし大きく旋回しながらラウラに飛翔する。

「一夏! ああっ!」

スラスターの排気でシャルルが尻もちをついた。

失意にありながらもラウラは身に迫る危機を察知。砲口を向けた。 一瞬、罪悪感が砲撃を遅らせた。

砲撃。砲弾が閃光を引き、一夏に迫る。一夏は地面を蹴り、跳躍。砲弾を回避。そればかりか、大きく高度を上げる。

[思考解析。充填開始。1、2、3…]

砲身が上昇を続ける一夏に追随。 発射寸前、ガクンと止まった。仰角制限。普段は起こさないようなミスだ。動揺している。

ラウラは後ろ向きにブースト。射角内に一夏を補足しようとした。だが、スペック上で上回る速度を持ち、降下加速して、尚且つ射角の境界線ギリギリを這うように飛翔する一夏を射線に乗せられなかった。

意味がないと判断したラウラはブーストを止めた。代わりに後ろに倒れるように跳んだ。身体が宙に浮き中空に向く。強引に体ごと砲身を上に向け、一夏を射角内に捉えた。

照準が重なるや否や砲撃。反動で地面に叩きつけられそうになる。たが、跳んだ時の慣性を利用して身体よりも先に手を地面に着き、バク転してみせた。

ラウラは乱暴ながらも最善解をしてみせた。

「はっ!」

しかし現実は非情だった。

息遣いが聞こえるほどの距離に一夏はいた。雪片を今まさに振り下ろそうとしている。その後ろで砲弾が遮断シールドに激突、落下中。一夏はラウラの決死の一打を、容易く回避していた。

一夏は墜落するように地面に着地。同時に切り裂かれたレールカノンが地面に落ちる。

ラウラはプラズマブレードで薙ぎはらう。一夏はそれを雪片で受け止める。一瞬だがプラズマブレードと雪片がぶつかり合い鍔迫り合いになる。その隙にラウラはもう片手のプラズマブレードを伸ばした。刺突。

するよりも早く脇腹に鈍い衝撃が走る。一夏がスラスターキックをラウラに打ち込んだ。ラファールよりも格段に上の膂力から打ち込まれるキックにラウラは側面に倒れ転げた。不様な格好だが、一瞬雪片の間合外に出る。ラウラは最後の1本のワイヤーブレードを射出。だが悪足掻きでしかなかった。一夏は小手先の動作でワイヤーブレードを切断。

ラウラは即座に立ち上がる。その間、一夏は追撃は疎か踏み込んですらいなかった。ただ下段に雪片を構えるだけだった。

[49、50。充填完了。いつでも行けます]

白式のスラスターが発光する。

ラウラが察知した時には遅かった。

「[瞬間加速(イグニッションブースト)]」

白式が閃光を放った刹那、一夏はラウラ遥か後方に。ラウラは一夏に轢かれスラスターキックの比では無い衝撃にまた転げていた。

もうすでにシールドエネルギーはセーフティラインを突破している。ラウラは右手を着き立ち上がろうとした。だが、手首より先がなかった。両断されたのだ。さらには非固定浮遊部位も片割れに斬痕が。

ハイパーセンサーから警告。後方より高速で接近するISが。

急速転回。しかし手遅れだった。あれ程離れていた一夏もうすでに斬りかかっていた。

残された雄一の武装を装備した左手がスパークを放ちながら断面に縋りつくが、敢え無く分断された。

もうラウラに万に一の勝機も無くなった。それでも一夏はラウラを蹴り飛ばしていた。

[零落白夜、発動]

雪片が変形、光刃が現れる。

「覚悟しろ」

 

 

観客席。

不安気な眼差しを送る観衆の中を、風のようにすり抜けフィールドに降り立った。生身の肉体にIS用の実体剣を携え、重荷を背負っているにもかかわず軽々と地を蹴り走る。

馬鹿な教え子と愚弟の下に。

なんでこう愚かなところばかり似てしまったのか。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

上段に構えられた雪片を振り下ろす。顔を強張らせ、それ以外に指一本動かせないラウラに向かって。

「っん!」

金属音が鳴り響く。雪片がラウラに届く前に、何者かが割って入って雪片を受け止めていた。

「教官…」

「千冬姉…」

「織斑先生だ」

千冬が雪片を受け止めていた。

「いい加減にしろ…」

鬼の形相に荒い吐息から憤慨寸前のところを必死に抑えているのが分かる。

「だけど千冬姉! あいつが!」

「鏡を見ろ。今自分がどんな顔をしているか見ろ」

我に返り、絶句。想像すれば容易に分かる。今まで自分がどんな顔をしていたのか。指先から始まった痙攣が全身に広がり止まることを知らない。

「ラウラ! 貴様もだ! 私に従えないとなら、せめて軍属としての誇りを見せろ。後ろから撃つなど、ましてや情けをかけた相手に…恥を知れ! それにいくら気に食わ無いからと小娘相手にもやり過ぎだ」

ラウラは弛緩しかけていた顔色をまた強張らせた。歯を食いしばり、千冬の諫言を噛みしめる。

「これを持ってろ」

千冬は一夏に実体剣を預け、棒立ちする一夏の脇を通りすぎる。

「壁の補修をやらせた意味が分かって貰えると期待したのだがな…」

千冬が悲しそうに呟く。

一夏が千冬を追おうとするが、千冬は人間離れした脚力で

走っていた。向かう先は丹陽が埋まっている瓦礫の山。いや、丹陽は瓦礫の山の頂上に横たわっていた。

 

 

「心肺機能が停止している…。ピットまで運ぶ!AEDを用意しておいてくれ!」

千冬は、装備されたISを引き剥がし丹陽を楽々と持ち上げると、ピットまでその足で運んだ。ピットに着いたが、まだAEDは来ていない。千冬はその場にあった長机に丹陽を仰向けに寝かせた。I両掌を合わせ、丹陽の胸の上に乗せる。その時だ、自動ドアが開いた。

「たっ丹陽!」

入ってきたのはAEDでは無く、簪だった。息が上がっているところから全速力で走って来たのだろう。

「丹陽…一体どうして…」

「心配するな」

千冬は簪にから丹陽に視線を戻し、胸を圧迫。心臓マッサージを開始した。

「心配ないって、蘇生する時のマッサージしてるじゃないですか!それに口から血が…」

簪は足をブルブルと震わせその場にへたれ込んだ。顔色も丹陽以上に悪くなる。

「唇を切っただけだ」

千冬は死にかけている丹陽と簪を見かねて、簪の手を借りることにした。

「猫の手も借りたいんだ。人口呼吸してやってくれ」

「え?いや…あのそれって…」

今度は別の意味で狼狽し始める。

「恥ずかしがるな。さもなければ私がやる」

千冬の顔は余裕など無い、真剣そのものだった。どんぐりころころと、口ずさんでいるが。

「でも…私自信が…」

「やるのか?やらないのか?どっちだ。私は気長だが、今の丹陽は待ってはくれないぞ」

そうだ、今は丹陽の生死がかかっている。恥ずかしさとかファーストキスとか、関係無い。

「わかりました。やります」

顎を上げ気道確保。唇を開かせた。後は。

意を決して瞳を閉じた。あと、メガネは外す。

懸命に丹陽の蘇生処置をする2人だったが。すぐに思い知る。無意味だったことを。

何故なら、丹陽はもうすでに蘇生している。

たった今来た簪は状況認識で頭が一杯で、千冬は苛立ちと焦りでこれまた頭が一杯だった。つまり気がつかなかった。

ISスーツが丹陽の危篤状態を察知。心肺圧迫装置などが作動、救命措置を開始。机に乗せられた時には息を吹き返していた。

 

 

舌の上がざらつき鉄の味する。背中から胸にかけて鈍痛を感じる。そればかりか胸を一定のリズムで圧迫されて苦しい。極め付けは全身が痺れ思うように動かせない。しかもどんぐりころころと幻聴が。なんでどんぐりころころ?

自身に痛苦の源を探ろうと重い瞼を上げた。

ぼんやりとした視界、楕円形のものが接近してくる。視界が鮮明になるにつれて、それを認識していった。

簪が瞼を下げて顔を寄せてくる。

丹陽は無我夢中で弾いていた。

 

 

「なにか言ったらどう?」

「んぐっ…」

生死を彷徨った後にこの仕打ちは堪える。

丹陽が簪を弾き飛ばしたと同時に、楯無をはじめとして教員その他の生徒が入室。

簪は床に倒され、あまりの出来事に啞然としていた。条件反射でずれた眼鏡をかけ直す。そこで目尻が熱くなっていくのを感じた。

楯無は状況認識するよりも早く、簪に駆け寄り抱きしめた。すると簪は掠れた声を絞り出した。

「丹陽…どうして…」

丹陽は仰向けで机に横たわっていた。自分でも信じられない様子で、目はぐるぐると泳ぎまわり、簪の頬を打った拳を中空で震わしていた。

楯無はそっと簪の肩に手を回し立ち上がらせる。そして入り口で屯っている群衆に預けた。

「妹をお願い」

「はっはい」

物言いこそ楯無は柔らかいが、頬や目尻をピクピクと痙攣させ、拒否を許してはいなかった。簪を預け、腕部にISを部分展開。早足で丹陽に歩み寄る。

「ちょっと来て」

そして、簪を優しく抱いた腕で丹陽の襟を掴み上げ机から引き摺り落とした。

「待て!楯無、生き返ったばかりだぞ!」

扉前の集団がさっと脇に寄り道を開く。千冬の制止を聞かずに楯無は、立ち上がろうと必死にもがく丹陽を掴みその場を去った。

千冬は追うとするが、堰を切ったように泣き出した簪に阻まれて2人を見失ってしまった。

そして2つ角を曲がった先。丹陽は首元を掴み上げられ足が宙に浮いていた。壁にもたれ掛けていたので息は出来るが、辛うじて。

「なにか言ったろどう?」

「んぐ…」

下手な事を口走れば、このまま縊死しかねない。が頭を回すほどに酸素に余裕はない。

「すみ…せん…でした」

謝罪の言葉をなんとか捻り出す。これで許して貰えるとは思っていないが。

「謝るぐらいなら…え?」

口を開いた拍子に赤い雫が溢れた。

「貴方…血が…」

首を絞める手が緩まった。そればかりかゆっくりと丹陽を降ろした。丹陽は口元の血を慌てて舐めとると、深呼吸をした。

「えーと会長? 怒って無いんですか?」

楯無の顔から怒り、殺意の類は消え去っていた。今はむしろ覇気がなく目は遠くを見ているようだった。

「え? そうね。怒ってるわ。今すぐに海に錨と共に沈んしで欲しいくらいには。でもそれじゃあ悲しむ人もいるから。だから後で簪ちゃんに地面に額擦り付けて謝ってね。じゃあね〜」

楯無は徐々に速度を上げながら来た道を戻って行った。

残された丹陽は奇妙な楯無の態度に疑問を持つ。すぐに合点がつく。が納得出来なかった。ありえない、絶対に。

その時、左腕の携帯端末が振動した。メールを受信したらしい。

「おい大丈夫か!」

楯無とはすれ違いで千冬が駆けつけた。

「ええ。ところで頼みたいことがあるんですが?」

「いいから、医務室に行くぞ」

「用事ができたんで、外出許可を」

二つ返事で、

「馬鹿言え! 死にかけたんだぞ! 今すぐ精密検査を受けて休め」

ほとんど怒鳴っていた。

「見ての通りピンピンしてます」

「無理だ」

「お願いします。ただ申請書にサインしてくれるだけでいいんです。それに検査だってセシリアや鈴の2人がいるでしょ」

「だから無理だ」

「なに別にIS戦するわけじゃないですよ。少し人に会いに行くだけですよ。ちょちょいと行ってすぐに帰って来て検査を受けます。千冬先生が許可してくれるなら1時間で済む。ですからお願いします」

「ISが使えない奴を学園外に出すものか」

「それなら問題ありません。黒騎士はその問題を解決しました。メカニックが優秀でして」

「…わかった。すぐに帰ってこい」

「ええ。あとそれと、今回の件は気にせずに。俺は無事なので。あんまり怒らないでやってくださいね、ラウラだって本意じゃない」

「余計は気を使わせたな」

千冬が去った。 丹陽、胸に手を当て早くなった動悸が静まるのを待った。

その後、丹陽は簪に会うことなく学園を出発した。

 

 

医務室に着いた。丹陽とは違い、セシリアと鈴は休養していた。並べられたベットの上で、上半身を起こし安らいだ顔をしていた。今しがたの激闘が嘘のように。ただ体に巻かれた包帯や貼り付けられた湿布が目にとまった。

「具合はどうだ、セシリア、鈴?」

「問題ありませんわ」

「そうよ、見ての通りでへっちゃら。私達よりあいつの方は大丈夫なの?私達よりも酷いやられ方してたけど」

あいつとは丹陽だろ。

「ああ、動き回るくらいにはピンピンしてるさ」

平静を装っているが、2人とも身動きするたびに眉を曲げ痛がっていた。丹陽も例外ではないはずだが。なにをしてるんだか。

医務室の外から足音が聞こえてきた。切羽詰まった様子でこちらに駆けてくるものと、それを追う無数の足音。追われている方がドアの前に来ると勢い良く開いた。

「一夏!」

「どうしたシャルル?」

額に汗を浮かべたシャルルが、入ってくるなりドアを閉じて寄りかかった。まるで開けられないように。しかし無数の足音がドア越しに聞こえると、一歩二歩と後ずさり。

「まずいかも」

足音がドアの前で止まった。次の瞬間、ドアが弾け飛んだ。

「「織斑君!」」

「「デュノア君!」」

女子生徒達が医務室を圧迫するほどに流れ込んできた。手にはそれぞれ用事を。そして入ってくるなり、半々の割合で一夏とデュノアの名前を呼んでいた。

「はいこれ」

一夏は差し出された用紙を受け取り朗読する。

「なになに。今月開催される学年別トーナメントでは、より実勢的な模擬戦を行うため、二人一組での参加を必須とする。なお、ペアができなかった場合は抽選により選ばれた生徒同士をペアとする」

つまり彼女らはすべて、ペアの誘いに来たのか。

数え切れないほどの羨望が詰まった眼を向けられ、一夏は身をのけ反らした。よくわからないがピンチだ。

[デュノア様とペアを組むことを進言します]

白式の助け船に乗る。

「悪いなみんな」

一夏は掌を合わせた。

「俺はシャルルと組むから」

ここから喧騒の嵐が、

「そっか」「他の娘と組まれるよりはいいかな」「男同士って絵になるしいいかもね]

なんてなく、拍子抜けするほどあっさり帰って行った。

「じゃあしかないか。泉君を探すか」

「でも、泉君なら会長の妹さんとペア組むと思うけど」

「それ、なんかあったらしいよ」

「割って入るなら今のうちってこと?」

女子生徒が居なくなった。気になることを言い残して。

危うく逝くところだったのに。なにしてるんだ?それに会長の妹って、簪だよな。

「一夏さん!」

「一夏!」

セシリアと鈴に呼ばれ、気付くと2人は目の前に立っていた。2人とも、痛みとは別の衝動から眉をひくつかせていた。

「どうしてシャルルとペアを組むの?」

「そうですわ。ペアを組むのでしたら…」

セシリアと鈴は自分の胸に手を当てる。

「私と」

「私と」

言い終わるか言い終わらないかで、セシリアと鈴が睨み合った。

「ダメです」

山田がいつの間に入室していた。いつもの大らかな雰囲気は鳴りを潜め、目尻を尖らせ厳しめの雰囲気を出していた。

「2人とも、ISがダメージレベルがCを超えてます。このままでは、ISに悪影響が出る恐れがあります。ですから、トーナメント出場は許可できません」

「ですけど…」

「絶対に駄目です」

鈴は食らいつくが、山田は揺らがない。

セシリアが鈴に耳打ちする。

「…わかりました…」

セシリアと鈴は渋々、承諾。山田が退室した。

「一夏、絶対に優勝しなさいよ!」

「そうですわ。絶対に優勝してくださいね」

突然の変わり様に驚くが、一夏は了承した。

「おっおう」

その後、一夏とシャルルは帰寮。残された2人は重い身体をベットに横たえた。

「本当に優勝して貰わないと困るわよ」

「そうですわね。一夏さん達が優勝すれば、取り決めはドロー」

 

 

本土とIS学園を繋ぐモノレールのIS学園側のホーム。職務を終え、帰宅すると教師や各スタッフの一団が車両を待っていた。

日本人に合わせ1分も遅れることなく車両が到着した。

本来、この時刻ならば、IS学園に来るものおらず、必然的に車両は無人なのだが。降車者がいる。それも十数人。

異様な雰囲気に気圧されて教師らの一団が道を開けた。非常ベルを押そうとする者まで。

「ご心配なく。我々は用務員ですので。今は対テロ戦の訓練中です」

そう言って降りてきた用務員は皆、作業着の上にボディアーマーをつけ、バラクラバまでかぶり、さらには弾倉を外したライフルを携えていた。そして何故か、ところどころに擦り傷を作り埃を被っていた。

用務員の一団が降り切ったあとその後ろに用務員ではないに人物が続く。

水が滴るほどにずぶ濡れで、その所為か足取りが重い。

丹陽だ。




今回でラファールはお役御免です。
あと、レーゲンがご都合主義でかなり弱体化してます。先端切っただけで、使用不能になるワイヤーブレードとか。
あと、オリ主が瓦礫の山の上に横たわっていたのは。瓦礫から自力で脱出した時に。運悪く、一夏が回避したラウラのレールカノンの初弾が直撃したからです。

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