インフィニットストラトス 〜IF Ghost〜   作:地雷上等兵

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第26話

予想だにしない事態の連続に、ただ唖然としているクラスの中、丹陽は腹を抱えてバカ笑いをしていた。

「婚約だと…ふざけるな!こんな奴と」

ラウラは一夏を投げる捨てる様に解放すると、今度はそのバカの襟元を掴んだ。

「でもいきなりビンタなんて」

襟元を掴まれても丹陽は飄々とした態度を崩さなかった。

「貴様、私を愚弄するつもりか?」

「そちらこそ」

丹陽はラウラを引き離そうとしたのか、ラウラの背中手を回した。

「触れるなっ!」

ラウラは丹陽の手を弾くと、丹陽の髪を掴み力一杯机に叩きつけた。

「んがっ」

さらにラウラは丹陽を地面に放り投げた。

「むだっ」

叩きつけられたことにより、軽く目眩のしていた丹陽は抗うことが出来ずに地面に突っ伏した。

「ふん、雑魚が」

自分が怒りをぶつけたことさえも馬鹿らしく思える程に、弱い男。情報部から得た評価では最注意人物とされていたが、情報部には見立てを改めさせなければ。諜報部からの情報によれば、セシリア戦で丹陽が、コア干渉と思われる現象による起動時間制限があった。恐らくはまだこの世には無いはずの生体同調型ISを装備していると報告があったが。この体たらく。間違いなく装備していないだろう。

「おい!ラウラと言ったな」

立ち上った一夏が、ラウラの後ろから怒声を浴びせた。

「一夏、次は貴様の番か」

「丹陽に何するだよ」

「自分が何をしたかも分からないか、この愚弟が」

ラウラが一夏に向き合う為に振り返ろうとした。

「ふん、愚か者が」

千冬が鼻を鳴らして嘲笑した。

「貴様はっ!ああああ!」

ラウラが一夏に正対しようとした。その時、足を開いたのだが、何かに引っ張られたかの様に開けなかった。ラウラはそのままバランスを崩し、丹陽目掛けて倒れこんだ。このまま行けば、丹陽は下敷きだ。しかし丹陽は身体を半転されて降りかかるラウラを避けた。

今度は自分が突っ伏したラウラは、倒れた原因は知る為に

足元を確認した。すると両足よブーツの紐が一つに結ばれていた。

「一体誰がぁぁぁ」

そうは言ったが、心当たりはあった。一瞬だが、自身のブーツの側に居て目を離した人物がいる。

「いずみぃぃぃぃぃ」

丹陽は机に手を託しなんとか立ち上がっていた。ラウラは懐からナイフを抜くと、ブーツの紐をせん断。素早く立ち上がり、ナイフの剣先を丹陽に向ける。

「よくもなめた真似を」

「御許しを」

激昂したラウラに殺意を剥き出しのナイフを向けられて、丹陽は両手を上げて白旗を振った。ただこのタイミングでは挑発と捉えられる。

「あっ!」

一夏が驚嘆の声を上げた。

「おっ織斑先生。ボーデヴィッヒさん」

と山田先生も驚愕の声を。

「両者やめろ」

千冬が、臨戦態勢のラウラと何処までも好戦的な丹陽の喧嘩に止めに入った。

「はっ」

ラウラが渋々千冬に従い、事前に告げられていた自身の席に向かった。

ラウラには聞こえない距離になった頃合いに、一夏が丹陽に質問した。

「丹陽、お前か?」

「まあね」

クラスメイトは全員がラウラに視線を注いだ。そして全員が必死に表情を硬直させていた。笑わない様に。

「丹陽、酷いことするな」

「雑魚らしくていい手だろ」

 

 

「しっかし本当に良いんですかね?はいどうぞ」

学園と本土を繋ぐモノレールの駅。無人駅の為に、楯無と丹陽以外はいない。丹陽はたった今書き終えた外出書を楯無に渡した。

「何が?問題は無しと」

楯無が用紙を受け取り、チェックをした。

「1人で外出しても」

丹陽は倉持技研に足を運ぶ予定だ。

「今更ね。監視役って言っても、形だけよ。私は不本意だけど、何故か轡木さんは貴方を信用してるわ」

「借金を背負わせるのに?」

「信用で金は得れるわ」

丹陽は何も言わなかった。だったらチャラにしてくれとは。

「そうそう、簪には宜しく言っておいください。今日は教練に付き合えないと」

「私が代わりを務めるわ。むしろ、本来は私の役割だったのよ」

今日は長く技研いる予定だ。帰る頃には陽は落ちてる。

「それと、あのドイツっ子とフランスっ子にも宜しく言っておいてください」

「また喧嘩を売ったらしいわね」

楯無は興味なさげに、外出書にペンでチェックをつけながら言った。

「おお、流石耳が速い」

芝居掛かった丹陽の賞賛。

「私は好物だけど、改めてなさいよね。その喧嘩腰の態度。だいたい彼女らにも事情が有るのよ」

「それは此方もです。まぁご忠告ありがとうございます。では」

モノレールが着いた。反省の色の無い丹陽はそれに乗り込み、本土へ、技研へと向かった。

 

 

本土。開演前の映画館。衆生がポップコーンにジュースを抱えて、自分の座席を探していた。平日で昼間なことや最近は客足も少なったガラガラの映画館で、他人に配慮する必要も無く真ん中の席に向かった。すると、ガラガラの映画館で隣に男が既に座っている。。男はスーツ姿で、気難しそうな顔で動きの無いスクリーンを眺めている。衆生は黙って隣に腰を下ろす。

場内の照明が落ち、映画のコマーシャルが流れ、やっとで本編が開始された。

そのタイミングで衆生は、ポップコーンにのみ伸ばしていた手を、懐に入れメモ帳を出した。メモ帳の中から1ページを選んで抜き取り二つ折りにして、隣に差し出す。

「大阪にあるそこのカジノに行け。そして受付に、今日は天使が付いてる気がするんだ。だからきっと大勝ち出来る、と言え。すれば大勝ち出来る」

隣の男は黙って受け取り、メモを懐に入れた。

「勝ちの上限額は、要求した報酬額か?」

「そうだ」

男は硬い表情からは、似つかわしく無い口笛を吹いた。

「サンキュー。それとこれな」

男が足元にある鞄を漁り、中からファイルを出した。

「頼まれてた件だ。そう、古川夫人の軟禁場所。長年何も無かった上に、ご夫人、ボケてるらしくてな。今では監視役は、有力者二世が履歴書に 政府重要施設にて勤務 って書くための踏み台になってる。つまりは簡単に侵入できるし。夫人と話をして、それが夫人の口から監視役の耳に入っても、監視役は相手にしない」

衆生はファイルを受け取り、鞄にしまった。

その後は2人とも口閉ざし映画に出見入っていた。

「結構面白いな」

終盤近くで、あまり期待していなかった衆生が感想を漏らした。

「この取引、お前は仲介人だろ?」

男がそれに応えるように言う。それに衆生は口を閉じた。

「今、土屋守についての情報は欲しく無いか?」

「嗅ぎ回るから命を狙われるんだ」

この男は夫人から、あの3人にたどり着いたのだろう。リスクが分からないまま、この男の話に乗るのは危険だが。

「話せ」

「助かる。あの情報を欲しがってたのは、ジョン・タイターじゃないのか?」

「それがどうした?」

「タイターは、現在アメリカの人気者だ。表沙汰は重要機密の漏洩でな」

男は乾いた唇を潤すために、自身の飲み物を飲んだ。

「実際、ある日忽然と姿を消したんだ。丁度お前が追い出された後にだ。しかもどうやら直前まで関わっていたプロジェクトが重要なもので、その概要が外部に漏れるだけでも大問題だそうだ」

「プロジェクトの内容は聞きたくないが…あの人が金目的とは思えない」

「それとだ…」

ペラペラと喋っていた男の口が塞がる。意を決して喋り出す。

「エカーボンの崩壊に関わっているかもしれない」

「ソースは」

「関わっていたプロジェクトがエカーボン絡みだ。しかも姿を晦ました時期が時期だ。なにか関わっていても不思議じゃないだろ」

映画もラストに入っていた。

「なんで、タイターの仲介人なんて引く受けたんだ。追われていた事は分かっていただろう?」

衆生はまたも無言。

「轡木さんの心残りのことなんじゃないか?」

衆生は眉ひとつ動かさない。

「1人生き残りがいたらしい。エカーボンに」

男は俯きうな垂れた。そして芝居掛かった口調で言う。

「尽くした挙句に地獄に堕ちたか…」

衆生はポップコーンとジュースを掻き込んで、立ち上がった。男が気がつくとスクリーンにはスタッフロールが流れていた。

「要求は?」

「そうだ言ってなかったな。タイターの身柄を俺に渡してくれ。そちらの方で尋問してからでも構わない。それと報酬の情報だ。どうせ確保したら、いつもの外圧でこっちに来るからな。前払いだ」

新たなファイルを男は差し出した。

「別荘地で起きた事件だ。甲斐や天野を追ってるんだろ。役に立つかもな」

この男の話、色々と勘繰るところは有るが、衆生はファイルを受け取った。

「忠告しておくが、嗅ぎ回るから命を狙われるんだ」

「楽しくて止められないんだ」

公安所属でCIAの二重スパイに背を向け、灯りの付いた劇場を衆生は後にした。

 

 

「起きろ、朝だぞ」

「zzzz…」

「だから起きろよ。予定の時間を過ぎてんぞ」

「もう少し…」

「いいから起きろよ!!」

「冷った!なんだ丹陽か」

「ああそうだ、早くしろ中山」

倉持技研の技術者たちが住まう二階建ての寮。その隣の金網で囲まれたプレハブ小屋。そこで寝泊まりしている中山二郎を丹陽は冷水で叩き起こした。

ここに来た理由は、モンテビアンコのデモンストレーションをする為に。日本政府に直接、専用機開発の追加予算を出してもらう為に。会長が出した予算では、過去に誰かが作った失敗作を買い取り、改修することしか出来なかった。

「今何時?」

中山は丹陽から渡されたタオルで顔を拭う。

「後数分で俺の模擬戦」

「はぁぁぁぁぉ!いやっ!ついて来い」

中山はベットから飛び出し、寝巻きのまま外に駆け出した。丹陽も言葉通りに従った。

「なんで寝坊してるんだよ」

「それがスカベンジャー三姉妹と戯れていて。遅くまでやっちゃった」

金網の開き戸前で、立ちはだかる警備員を突き飛ばす様に払いのけ、アリーナのピットに向かった。ビアンコはすでにカタパルトでスタンバイしている。

「三姉妹?」

「スカベンジャー、ハンター、プレデターの三姉妹」

「Vシリーズの特殊兵器か?」

すれ違う人達は、いつも忌まわしげな視線をむけてきた。

「クーデレ幼馴染スカちゃんに、ツンデレ ハン、ロリ巨乳のプレちゃん」

「あの鉄塊のどこにそんな萌え要素があるんだよ」

「先ず、スカちゃんは、遠距離から急に飛び込んでデレてくるし」

「突撃をデレというのか?デレ無い個体もいるが」

「そして黒い鳥から叩き込まれた熱くて太い棒を追い求めて早100年」

「ヒートパイルだな。まああんなもんに当てられたら惚れたくはなるが。じゃあハンターはなんだ」

ピットに2人は付いた。スタッフは数人居るが、誰1人として挨拶すらしない。

「チクチク撃ってくるだろう。そのくせ、壁越しでもこっちを見つめっぱなしなんだ。どこにいてもこちらを見つめている。気が有るだろ絶対」

「敵だからな」

「んで寄ってやると、止めて近寄らないでそれ以上来たら絶対に許さないんだから、って感じのセリフが脳内に流れて来る程に弱々しく逃げ惑うだろ?」

「理解したくない」

丹陽は先日渡されたハードタイプのISスーツに袖を通していた。エアバックは外している。

「じゃあ、プレデターはあれか。あのよちよち歩きが、まだ発達しきっていなし幼体に不釣り合いな脂肪をつけてると?」

「お前も分かってきたな」

「恐ろしいことに。ところでこの前の資料に載ってた、こいつの欠陥。治ったの?」

ビアンコにISコアを投入し装着、挙動を確かめる。なにせ直に装着するのは初めてだ。二郎は携帯端末で機体の最終チェックをしていた。一方周りのスタッフはこそこそと耳打ちをし合っている。

「祈れ」

「は?」

「試作1号で、打ち止めになったからな。フレームには改良は無い」

「はぁぁぁぁ!」

「大丈夫だ。足が折れたのは、本領発揮の市街地で長時間稼働試験中だ。よっぽどでなければ折れない」

「あんたを信じると?」

「だから祈れと。よしオールグリーン」

「なにに祈るの?出るから離れてろよ」

チェックを終えたのか、二郎はカタパルトデッキを出て行った。その際に、スラスターが生み出す強風にさらされながら言った。

「勿論、神様に」

丹陽が二郎に物言おうとしたが、自動ドアが閉まってしまった。呆然とした丹陽を、出撃要請を知らせる赤いランプがギラギラと追い立てた。

「祈りが届いた試しが無いんだが…。進路クリア。出る」

カタパルトを駆け、ビアンコ発進。

 

 

「勝ったぞ…」

デモンストレーション戦を制した丹陽は、ピットに帰投した。これでほぼ間違いなく、追加の予算は来る。

「勝ったぞ…。じゃあねぇぇよ!なに開始早々足折ってるんだよ。心臓止まるかと思ったぞ!」

帰投したビアンコは、主装甲以外に被弾はなかったが、右足は脛のあたりから破断していた。幸いビアンコは構造が特殊な為、丹陽は無傷だ。

中山は当然激怒した。

「祈りが届かなかったな」

「なんで近接で超跳躍装置併用の蹴りをやり始めたんだよ。だから折れるんだ」

「いやでも、こいつ使い潰してもいいんだろ?」

「稼働試験がまだなの。一応まだ予備パーツはあるけど、それ検査落ちパーツなんだよ。強度が足りないんだ。この様子や有機部品を使うこと、追加装備を考えて、2号はフレームを強固にしなきゃならないのにから、データ収集を行いたいのに」

中山は携帯端末を操作していた。作業に集中している為か、怒りも次第に鎮まっていった。

「よしついて来いよ。エクソスケルトンの資格欲しいんだろ?」

ビアンコを外した丹陽は中山に言われるがまま、ピットを後にした。

ピットでは、丹陽は見事に勝利したにもかかわらず。スタッフは誰1人として讃えてはくれなかった。代わりに陰口をしていた。

「チッ、彼奴らが勝ったのかよ。相手局長の機体だったのに」

「これは八つ当たり来るぞ。しかし誰が絶対に局長側が勝利するって言ったのは?」

「仕方ないだろ。泉っていう操縦士、成績全敗だったし。だいたいお前こそ、なんで機体に細工してないんだよ」

「なんで俺がしなきゃいけないんだよ。だいたい、右足折ってもあの様子だぞ。なにしても無駄だぞこれ」

「じゃあ誰の責任だよ」

 

 

「賛辞も無しとはな」

「酷い職場だな」

喫煙室。丹陽と二郎が長椅子に隣同士に腰掛けていた。他には誰もいない。二郎が、勝利祝いと奢ったジュースを丹陽啜り。二郎はその横で煙草を咥えて一服していた。持て余した片手でコインを指の間から間へと波打つように踊ろさせていた。

この研究所では喫煙者は稀で、陰湿な者たちはここにはいない。

丹陽はジュースを飲みきり、空きカンをゴミ箱に捨てた。

「勝ったからいいけど」

「前向きで助かる」

ガラス張りの喫煙には、嫌がらせなのか喫煙の危険性について説いたポスターが貼り付けてあった。しかもガラス張りの向こう側が断片的にしか見えない程に。

「いい性格してるよな。このポスターも俺が吸ってからこうだ」

「そうだな。お前も大変だな」

今更眠いのか、二郎は大あくびをかいた。

「ところでエクソスケルトンって?」

「ワンボーの機種名称だよ。パワードスーツと重機の間の立ち位置だから、ちょっと曖昧だけどな」

「だけど、うちの用務員はみんなワンボー、ワンボーって言うけど」

「最初に民間にリリースされたエクサスケルトンが、ワンマンアーミーにかけて、ワンマンユンボー。略してワンボー、なんて呼んでいて。ワンボーがマイナーチェンジにライセンス生産を繰り返して長年エクソスケルトン業界を席巻してたからな。今でも特徴機を除き、殆どがワンボーだし。一般にはワンボーが定着しちゃったんだよ。辞書で引いても出てくるぞ」

「特徴機ってあの企業シンボルの?」

「それ」

丹陽が納得したのかしてないのか曖昧な声で返事をした。二郎はそんな丹陽を気に掛けず、吸い殻を灰皿に捨てると立ち上がり部屋を去り、去り際に「そんじゃあ、エクソスケルトン教練の準備して来るから。部屋出てていいから待っててくれ」と言い残した。

丹陽は喫煙室を外室すると、誰も居ない廊下の真ん中で仁王立ち。そして懐からコインを取り出した。指の間に挟み、二郎の真似を始める。

ぎごちなくコインは転がり、手の甲から溢れフローリングに落ちた。

「結構むずいな」

その丹陽の背後から気配を消して近づく者がいた。

 

 

山嵐から放たれた誘導弾48発。しかし楯無には有効打を1発も与えられなかった。

21発をガトリングで撃墜され、12発を水のベールで防御。残りをモーターが尽きるまで逃げ切られ、慣性航行に移行後にマニューバで避けられてしまった。

アリーナで1学年の3組と4組は実技授業を行っていた。

専用機を唯一持っている簪は、存在そのものがIS学園の規律の楯無に特別指導を受けていたのだ。他の生徒は、練習機をローテーションして素振りや基本的な動作を繰り返して、ISの挙動に慣れていた。

「そんな…」

簪はまさか全弾外れるとは思っておらず、落胆せずにはいられなかった。

「なかなかやるわね。でもお姉ちゃんには届かないわ。さて次は…」

余裕の楯無が、簪に微笑みかけていた。

確かに楯無には通用しなかったが、代表候補生クラスでも山嵐の連射ならば完封可能だ。丹陽の狙撃の実力は認めたくはないが確かなもの。丹陽戦のようなことはまずあり得ない。

次は本格的な近接戦の教練に移ろうとした。だが簪の表情がすぐれない。それを案じた楯無が問いただした。

「どうしたの簪ちゃん?暗い顔しちゃって」

「私ってやっぱりダメなのかな。お姉ちゃんや丹陽と違って」

いかにも絞り出したかのような掠れた声を出した。

「お手本に余計なのが混ざってるけど。どうしてそう思うの?貴方も代表候補生でしょ。それに選ばれただけの実力はある筈よ。丹陽は日本国籍持っているのに、候補生にすら選ばれなかったんだから」

「だけど、丹陽は射撃は上手だし、機転も利くし、長所ばかりなのに。私は…突出したところなんてないし短所ばかりで。良いところなんて…」

「はぁぁ?あの馬鹿の何処に魅力があるのかしら…ひぃ!」

48発ものミサイルよりも殺意が乗った目に睨まれ、しかも普段は大人しい筈の実妹とあれば、流石にたじろぐ。

「わたしもちょっとだけ興味があってね」

「そうなんだ」

殺意を収めた簪は、代わりに腕を組み悩み始めた。

「えーと。完全無欠に見えて、てんで駄目なところとか。シークレットブーツを愛用してるし」

ISを装着して素振りをしていた生徒達の手が止まった。ISのハイパーセンサーが簪の声を拾ったのだ。

「大人ぶっているのに、すぐに落ち込んだり癇癪を起こしたり子供ぽいし」

ただの悪口にしか聞こえない。

「でも、本当はすっごく優しいところ」

楯無が耐え切れずに笑い出した。

「ちょっとお姉ちゃん。わたし本気なのに…」

「ごめんなさいね。ただ…確かにそうだなって」

そう言ってピットに楯無は向かった。

「目標も定まっているなら、頑張らなくちゃね。さぁ次のクラスが来るから。別のアリーナで続きを」

「そうだね。

楯無は結局は何も言えなかった。妹の屈託のない笑顔の前では。

簪ちゃん。丹陽は貴女が思っているような人じゃない。彼は…。

 

 

「それじゃあ、いっくよぉぉお!」

「おお」

簪達が去った後のアリーナで、一夏とシャルルが対峙していた。両者ともにISを装着、臨戦態勢だ。ピリピリとした緊張感はあったものの、剣呑感はまるでない。模擬戦なのだから。

1組と2組の生徒達が、実技授業をアリーナ行っていた。暖機運転とウォーミングアップ。それを終えてからシャルルが一夏に模擬戦を申し込み、断る理由のない一夏は承諾したのだ。

一夏は機体を上昇させる。シャルルもそれに合わせて上昇させた。

「頑張りなさいよね一夏!」

「お気をつけてくださいね」

と鈴とセシリアの声援。箒は離れてとこれで、別の生徒と模擬戦を始めていた。

シャルルのIS、ラファール リヴァイヴカスタム。丹陽が使っていたラファールの改造機。通常のラファール比べて、大型スラスターが増設され、シールドを左腕に装備している。定点防御型の丹陽とは反対に、高速機動を得意とするのだろ。何が最善策か。だが、考えを巡らしても意味は無い。どうせ突撃しか能が無いから。

[過不足は私が補佐します]

白式からのメッセージ。

「頼りにしてる」

白式のスラスターをスロットル全開に、最大出力を以ってしてシャルルに突撃した。

「うぉぉぉぉ!」

シャルルは瞬時にマシンガン2丁を展開。一夏を迎え撃つ。

[弾道予測、表示します]

ハイライトで網膜に投影された幾重もの予測射線が、自身の身体を貫いた。このまま行けば致命的に被弾する。一夏はそれを躱す為に上昇。丁度、予測射線の真上に着く。丹陽戦とは違い、射撃が真っ直ぐ飛んできてお利口だ。要は避けやすい。

予測射線を実弾が追いかけるように走った。そして新たな予測射線が一夏を追尾して伸びてくる。だが実弾が伸び切る前に予測射線から逃れる、あるいはその射線の束をすり抜ける。

「擦りもしないなんて…」

回避、追尾、回避…。同じ動作の同じ結果で繰り返す。そしてついにサイクルが終了、距離を詰めた一夏がシャルルに反撃。

一夏の力声と共に繰り出される斬撃。シャルルは瞬時に片腕のマシンガンを実体剣に切り替えて受け止める。

「やるね一夏」

「そっちも」

シャルルはマシンガンの銃口を一夏に向け、同時に火と鉄塊を吐き出す。だが一夏は瞬時に急降下し、銃撃から逃れた。シャルルは追撃するも、急降下で加速して一夏を捉えきれず、一夏に上昇と回頭を許してしまう。

「弾幕が薄いか…なら」

回頭した一夏はまたも突貫。しかしシャルルが撃って来ない。

[勝手ながら、腕部高速回転]

訝しんだ白式が、ただ1つの防御策を打ち出す。

「ありがとう」

高速回転する白式を盾に突貫。距離間が雪片の間合いに入る直前、シャルルが武器を変えた。それも一瞬にして。武器は銃器の類だが。予測射線の範囲がマシンガンとは異質だった。

「やば」

マシンガンの線を束ねた予測射線とは違い、銃口から円錐状に広がっていた。ショットガンだ。これでは射線から外れることも、弾幕を避けきることも叶わない。

予測射線を追いかけて来た散弾が一夏を打ちのめした。さらにもう1発。また1発。次々と散弾が撃ち込まれる。

雪片の盾も同時弾着の為に殆ど意味を成さなかった。

咄嗟に離脱を図ろうとした。しかし一夏は白式からのメッセージを表示され、それを読み取る前に、真意を理解した。

[前進です]

そうだ。ここは踏ん張りどころだ。散弾は複数の弾が円錐に広がっていくのだから、引けばむしろ回避は困難になる。これはチキンレース。怖気づけば負る。

「ああ!」

一夏は覚悟を決め、今一度の突貫。腕を交差させ、可能な限りの防弾措置を施した。

「思いっきりが良いね」

シャルルは少しでもシールドエネルギーを削る為に後退するかと予測していた。だがシャルルはショットガンが格納、前進してきた。

何かしてくる。ならば叩き斬る。

[零落白夜発動]

雪片が変形、光刃が現れる。

零落白夜を発動した雪片を下段に構える。

罠は真正面から叩き潰す。そう語りかけてくる一夏に、シャルルも最大火力を披露する。

ラファールの左腕に装備されたシールド。その内で小さな爆発が起きた。爆発はシールドと腕を繋ぐ支架を破壊、支えを失いシールドが地面に落ちた。代わりに巨大なパイルバンカーが姿を現す。

シャルルは左拳を握りしめ、腕を引く。パイルバンカーを打ち込む構えだ。

「うぉぉぉぉ!」

「はぁぁぁぁ!」

両者ともに持てる最大火力をぶつけ合う為に、スラスターを吹かし接近。距離を詰め、あとは打ち込むか切り裂くだけ。

その直前だった。

[自立制御]

白式が脚部スラスターを噴射させ、シャルルの左腕を蹴った。そして反対の足でシャルルを足場に踏み込み、シャルルから急速に離脱した。突然の出来事にシャルル踏み込まれるがまま、押し飛ばされた。

「なにするんだー」

白式。そう言い切る前に、2人が直前までいた空域を、衝撃波を残しながら飛翔体が撃ち抜いた。

狙撃された。

白式はそれを回避する為に。

[操縦権返還]

飛翔体の大元。そこに意識をやると、ISが1機佇んでいた。機体は見た事も無い。だが操縦士は知っている。

「ラウラ、いきなりなんだ!」

一夏は力の限りの大声で怒りをぶつけた。だがそれ以上にラウラは怒れていた。

「泉はどこだぁぁぁぁぁ!」

ラウラは顔は湯気が立ち込めるほどに赤面していた。

 

 

「ひゃぁぁぁぁ」

「よう、美少ねっぐはぁ」

ラウラが探し求めている丹陽は、倉持技研の職員棟廊下にいた。

そして背後から気配を消し忍び寄られていた何者かに尻を撫でられた。そのショックで悲鳴を挙げ、左足を踏み込ませ身体を回転。回転の勢いを乗せて、背後の不埒者に裏拳をお見舞いした。混乱していた上に不埒者を直視していたわけではないが、裏拳は不埒者の顎にクリーンヒット。不埒者は身体を反転させながら後ろに倒れこんだ。

丹陽は不埒者を一瞬だが正面から向き合った為に、格好をだいたい把握した。女性らしいが、何故か紺色のスクール水着を着用。その上から白衣纏い。不審者ご愛用のグラサン代わりか、水中眼鏡をしていた。

「ハハハ、やんちゃだな。でもそれぐらいの元気があれば…?待って!」

「待つか!」

不審者は腕立ての要領で起き上がり振り返ると、丹陽は背中を向け全力走り。振り返りすらしない。

山田の因果応報か、丹陽は全力で駆ける。

中山が消えた曲がり角を曲がる。その時に何者かが居り、丹陽は激突してしまう。激突した反動で倒れ込みそうになるが、激突した人物に抱き留められた。

「どうした?」

中山だ。

中山は不思議そうに顔を覗き込む。丹陽は顔に汗をかきなが、たった今曲がってきた角を指差しながら言う。

「痴女だ、痴女が出たんだ。完璧に痴女だった。喋り方、行動、格好、そしてオーラ。全て痴女だ」

「なんだよ痴女痴女痴女って…あっ」

ほんの少しだけ思案したのち、心当たりのある人物を思い出す。

「ああ、局長のことか」

「局長?なんであんなのが局長に?」

「まあな」

角の向こうから走る音がここにまで響いた。さっと丹陽が中山の後ろに隠れる。

「ハァハァハァ…。中山君?そこどいて」

角から姿を見せた痴女は息を切らしていた。丹陽を見つけるや否や、二郎を押し退けようとする。

「やめてください局長。丹陽が引いてますよ」

中山が丹陽守るように立ち塞がる。

「引く?ちょっとしたスキンシップをしただけさ。だいたい君には関係ないだろ」

「一応、此処では私が面倒を見ることになってるんで」

水中眼鏡の上からでも分かるぐらいに軽蔑を含んだ視線を送った。

「面倒?ふーん、まぁいいわ」

痴女が水中眼鏡を外して素顔を晒す。

年齢は20代半ばか。競泳水着のせいで幼い印象も痴女行為で相殺されるているので、だいたい合っているのだろ。

「私は、篝火 ヒカルノ。第2研究所の局長を務めている」

篝火は握手の右腕を差し出した。顔は母性を感じさせるほどに柔らかくしていた。

だが丹陽は中山の後ろに隠れたままだ。声には出さないが、視線で精一杯の嫌悪感を示す。

そんな丹陽の抗議を、篝火は笑い飛ばした。

「ハハハ。どうやら嫌われてしまったようだね。だけどね、丹陽君。私を悪者だと思うか?私よりも今君がえい体にしている者の方が、悪者だと思うが」

またも優しげな表情を見せた。

「だからどうだい、私と組まないか?」

丹陽は二つ返事で応えた。

「大変勿体ない話ですが、遠慮させてもらいます」

丹陽は中山の袖を引っ張り、篝火の元をから身を翻した。

見事に振られたにもかかわらず、篝火は不敵に笑っていた。そして去っていく2人の背中に遠吠えする。

「その犯罪者で後悔したら何時でも来てくれ。歓迎するよ」

 

 

技研の食堂。昼食にはやや早く。丹陽と二郎以外には調理師しか居ない。

2人共ハンバーグ定食を頼み、食していた。

「局長の言っていたこと気にならないのか?」

ハンバーグを切り分けていた中山が手を止めずに質問した。

「彼方に行ったらなにされるか分からないしね。こっちにつけば、タダで教習を受けられるし。飯も奢ってくれる」

楽天的なのか、唯馬鹿なのか。丹陽はハンバーグと米とをよく噛み一緒飲み込んだ。

「それに、脛が傷だらけなのは俺も同じだ。だから中山が何者かなんて、仕事をしてくれれば関係ないさ」

中山は顔を和ませ、鼻を鳴らして笑った。

「ありがとうな」

「感謝しなくていい。俺はお前に何もしてやれない」

丹陽は何処までも淡々と言った。

その後は2人共、言葉を交わさずに黙々と食事をした。

食事を終え、他の職員がちらほらと現れ始めた。

唐突に二郎が立ち上がる。

「んじゃ。教習するか」

 

 

「前方確認どうした」「おら全高長範囲に障害物あるぞ」「物を持っているんだ重心を意識しろ」「ギアチェンジどうした」「直視しろ直視」

教習中、怒声罵声が何度も開放型コックピットに響いた。

教習が終わり、ベンチで休憩していても、それら一字一句が反響音のように鼓膜の奥で叱咤している。

「疲れた…」

言葉通りにぐったりと丹陽はしていた。慣れていないことをやると、予想以上にスタミナを消耗する。しかも何時痴女が現れるか、周囲を常に警戒しなければならなかった。だから今は完全な休憩にはなっていない。

ほんの少しだけ意識を今さっきまで乗っていたワンボーにやった。格納庫内で幾重にも鎖で繋がれ、それは操縦する者がいない為に抜け殻のようにジッとしていた。

学園の3mとは違い、6mほども全高がある。むき出しの油圧シリンダーやガラス張りのコックピット、ナンバープレートまである。頭部が無く短足長手のずんぐり体型。まさに歩く重機。一昔前の大手建設機械製造会社の特徴機、ダイダラボウ。

今は払い下げられて、技研での建設作業やエクソスケルトン教習などの用途で使用されている。

ダイダラボウは操縦した感覚では、動きは重いがそれ故か安定性は抜群だった。物を持った時は重心が変化して転びそうになったが、オートバランサーを作動させただけですぐに復帰した。ただ、操縦は殆どがマニュアルで頭と腕がこんがらがり、目を回した。上記の点からまだ不慣れな初心者の教習にはベストチョイスなのだろ。

「よっ、お疲れ」

つなぎ姿の二郎が、拡声器片手に丹陽の傍に立った。

「ああ…」

「なんだ怒鳴られたからっていじけてるのか?」

教習の教官は二郎では無い誰かが務めているかと思ったが、なんと二郎は教習指導員と技能検定員両方の資格を持っていた。本人曰く、手に職をとのこと。

「違う、お前が熱くなっていて驚いただけ」

「教官らしくしてたのさ」

「出来が悪くてすまなかった」

ふてぶてしくなった様子に、二郎は笑いを噛み殺す。

「出来が悪いなんて一言も言ってないだろ。普通、初めてあのサイズのエクソスケルトンに乗ると、酔いで吐いたりするんだが。お前はへっちゃらだったな。それ以外、初心者にしては良くできてたぞ。物を掴むのとか」

「ふーん」

丹陽は興味無さそうに言った。

「どうした?褒めてるんだぞ?照れろよ」

「ガキじゃ無いんだ照れるか」

中山は咄嗟に自身の尻を抓った。笑いを痛みで堪えるために。

「どうする。そろそろ日暮れだぞ」

座学もしていた為に空が赤い。

「黒騎士の件は後日にするわ」

「OK。じゃあ丹陽の端末に教習本送るから」

そう言って二郎は、ポケットから携帯端末を取り出した。

「電子書籍か…印刷書籍は?」

二郎は手を止めて、キョトンとした顔を上げた。

「有るけど…今時?タブレット使って義務教育行うこのご時世に。なんとも古風な」

「このご時世に古風なことに」

「まあいいか。端末にも一応の為に送っておくからな」

携帯端末を二郎が操作した。予め、用意していたのだろう、すぐにポケット内の携帯端末がバイブレーションで受信を知らせた。

「届いたな。印刷書籍の方は彼方だから」

指差した先には、ハンガーの事務所らしき部屋があった。窓ガラス越しにデスクに本棚が確認でき、目的の物は本棚に納まっているのが見える。

視力が戻っている。改めてそう感じる。

「んじゃ、取ってくるから」

丹陽は1人、事務所に歩き始めた。事務所までは数十mといったところだが、その間までにワンボーがダイダラボウの他にも1機、鎮座したていた。

ダイダラボウとは対照的に、より人型に近いフォルムを有しており。ただそれでも、配線やアクチュエータが地色の金属光沢輝く外板から覗かせていた。ネームプレートが胸に貼られていて、トーカン とのみ書かれている。

ネームプレートはおそらくアクリル板だが、そこらへんで拾ってきたのかどう疑いたくなるほどに、ひびが入っていたり汚れていた。字も毛筆でデカデカと描かれているが、達筆で読めない。の、反対の下手すぎて読みやすい。

どれだけワンボーに金をかけたくないのか、このネームプレートが木製なことや無塗装なところからうかがえる。

トーカンの周りには工具箱を携えた複数の作業員が、外板を外したりしていた。整備のためだろう。しかし。鎖まで外すとは。

ワンボーはコンピュータ制御が無ければ直立もおぼつかない。二足歩行とはそれほどに不安定なのだ。アカビィッシュじゃないんだ、万が一倒れてきたら…。

「あっ…」

ちょうどトーカンの前に差し掛かったところだ。作業員が腑抜けた声を出したのは。

天井の照明から照らし出されたトーカンの影。それが丹陽に伸びていった。実体と共に。

トーカンが丹陽目掛けて倒れて来た。

「っち!」

ISは使えない。コア干渉のインターバルでだ。

丹陽は咄嗟に右足の怪力で跳躍。

咄嗟だった為に倒れてくる方向に沿って跳躍だったが、右足のパワーならば本来は間に合っていた。

壁さえ無ければ。

「うっ」

壁に激突。怪力が逆に激突の衝撃を強めてしまい、意識が一瞬落ちた。

コンマ数秒後に轟音で目を覚ます。壁にトーカンの頭部が衝突、頭部が弾け飛んだ、その音だ。そしてもう間に合わないことを示唆してもいた。

トーカンは頭部を失いながらも、まだ転倒を止めなかった。

嘘だろ。こんなのが最期なのか。

丹陽は瞳を閉じた。覚悟を決めたのではなく、幻だと信じて。

残念なことに、幻では無かった。

頭部に硬いものが当たった。加速度を持っていたので痛かった。むしろ痛いで済んだ。

「…あぁぁぁぁ!丹陽めぇぇぇあけろぉぉぉ」

必死さを感じる呻き声がすぐそこでした。しかも明らかに二郎の声だ。

瞼を上げると、薄暗いなか二郎が立っていた。大股を開き、膝を曲げて中腰だ。そして太陽でも抱いているかの様に両手を広げている。

違う、倒れて来たトーカンを生身で支えていた。

「大丈夫か?」

丹陽が中山は言った。

「大丈夫じゃあねぇ…長く持たない…早くなんとかしてくれ」

二郎は奥歯を必死に噛み締め、プルプルと震え限界を訴える足腰を酷使していた。

丹陽はトーカンの下から這い出ると、跳んだ。

跳んだ先は、ダイダラボウのコックピット。コックピットに張り付くと、窓を開けて中に入る。差し込んだままのキーを捻り、ダイダラボウを起動。

他の作業員をチラ見したが、腰を抜かして役に立たない。

鎖に繋がれたままだった。だが転倒防止の為の鎖だ、ダイダラボウの馬力なら千切れる。

起動したダイダラボウは最初の一歩踏みしめた。もう一歩。ちょうどそこで全身の鎖が最大限度に張られた。そんなことを意に介さず、さらに一歩。強引に引っ張られた鎖は、軋む悲鳴をあげて、順次、留め金が飛び散る、或いは鎖本体がせん断。それにより溜め込まれた力が解放された、鎖がやり返しと言わんばかりに暴れ狂い、外板を引っ掻き窪ませた。1本、コックピット側面の窓ガラスに直撃、砕けたガラスが弓矢の如く破片丹陽の左腕に突き刺さる。

傷口から溢れ出た血が操作レバーを汚した。しかし丹陽に気に留めない。いや、気が付いていない。

教習初日で、下に人がいる状態で同質量で複雑奇形の物体を保持するのだ。緊張、集中しない訳が無い。

記憶からハンガーの立体図を脳内で構築。そこに、怒鳴られながら体に叩き込んだダイダラボウの体感を歩かせた。そして足踏みの様に超信地旋回。そこから見えないトーカンの下を、記憶から呼び起こし構築。窪んだいてかつ重心の中心であろう、腰まわりに掌を滑り込ませる。

いけるやれる。自身を鼓舞し、想像通りに行動した。

一歩進み、超信地旋回。うつ伏せに倒れているトーカンのすぐ目の前まで行く。脚部を短縮させ、アームをトーカンのちょうど中心下に持っていく。

「アームに挟まらないか?」

「…あぁぁぁぁ!もちろだぁぁぁ!」

ヤケクソ気味な答えは、限界を知らせていた。

ダイダラボウの脚部を伸ばしそれに伴いアームもゆっくりと上がる。丹陽は脚部が伸びる間、シリンダー負荷を知らせるメーターを凝視していた。ある時を持ってシリンダーの負荷が上がる。脚部の延伸を止め、アームを慎重に上げる。そして随時変わる重心を手動で調整した。オートバランサーでは周りの状況に構わず足を踏み替えたりしてしまう。

全神経をダイダラボウと同調させたせいか、時間がコマ送りに感じられた。その癖、集中力早送りで漸減していく。

「丹陽!脱出したが、そのまま保持しろ」

中山の声が足下から響いた。やっと終わった。だが中山からの指示もあり、緊張の糸は切れない。

丹陽のリピートの様に中山が飛び上がって来た。そして無遠慮に操縦席に入ると、脇からレバーを操作してアームを下げてトーカンを地に着かせた。

「よし」

「丹陽…」

丹陽は大きく伸びをしようとした。しかし左腕が熱く痺れていて上手くて出来なかった。

中山はそんな丹陽の様子を青ざめた顔で見つめる。

「ん?」

「左腕」

意識を持ってやると、左腕にはガラスの破片が刺さっていた。それは大きく、血で半分ほど染まっていた。

「なんじゃこりゃぁぁぁ!ちょぉぉぉいてぇぇぇ!」




ワンボーはISの異様性を際立たせる為に出しました。あの世界の技術水準では、本来なら自立すら難しいと。
EOS?

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