インフィニットストラトス 〜IF Ghost〜   作:地雷上等兵

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第25話

夕食時。食堂のテーブルを、一夏達一団が占拠していた。一団は、一夏、箒、セシリア、鈴、シャルルの他に丹陽と簪がいた。目的は仲良く夕食を取る為にだが、一夏を除く4人は丹陽を睨み、簪は一夏を怪訝そうな目で見ていた。 丹陽は気にせず、一夏はビクビクしながら、世間話をしながら食事を楽しんでいた。

「一夏、部屋変えだってな」

と丹陽が。

「ああ、助かったよ。丹陽ならわかってくれると思うけど、男女一緒ってのもなかなか堅苦しくてな。今度はシャルルと同室だ」

と一夏が。

丹陽が横目で箒を見ると、話を聞いていたのか箒が不機嫌そうに顔を背けた。しかも妙に元気が無い。また一夏が余計な事を言ったらしい。

今度はシャルルを一瞥すると、ピタリと目があった。どうやらこちらも話を聞いていたらしい。シャルルは自身の生殺与奪を握っている丹陽を畏怖の眼差しで見つめる。

「まあ仲良くな。なっシャルル」

「うっうん」

シャルルが

「なんだ」

「シャルルを食っちまうなよ」

シャルルと簪は手に持った食器をそれぞれの理由で落とし、思い当たる節のないセシリア、鈴は頭の上に疑問符を浮かべ、一夏は一瞬の沈黙ののち声張り上げ立ち上がった。

「そっそんなことするわけ無いだろ」

声を張り上げたはいいが、頬が上気してしまっている。

「なんであんた赤くなってんのよ」

鈴が視線で一夏を突き刺しながらいった。

「ちっ違う、誤解だ」

「そうかじゃあ、シャルルに食われるなよ」

シャルルの全身の汗腺という汗腺全てから汗が濁流の如く流れでる。

「シャルルがそんなことするわけ無いだろ。なぁシャルル?」

「うっうん」

なんとか頷くことが出来たが、動揺も伝わってしまう。

「なんでデュノアさんは動揺してますの?」

とセシリアがシャルルを懐疑的に言った。

「ちっ違う、誤解だ」

「「なんで一字一句同じのよ?」」

と鈴とセシリアが。

突然、簪がシャルルの手を取り握りしめた。そして初めて口を開く。

「私、有りだと思う」

一同が凍りつく。簪も凍りつく。簪はずっと丹陽の言葉が頭を離れず、追い打ちをかけるような丹陽の一言で、錯乱。その結果、自分でも信じられないことを口走った。

シャルルが助けを求めて目を泳がすと、一夏と目があった。若干の間アイコンタクトを取り合うが、それを周りはどう思うか考えずに。

「じゃ俺用事あるから」

元凶がそそくさと空になった食器を持ち逃げ出した。

「私も」

簪も慌てて続く。

「じゃあ俺も」

一夏は続け無かった。

「ちょっと待ちなさい」

鈴に袖を掴まれる。

「話が有りますわ」

セシリアに強引に椅子に座らされる。

「じゃあ私も失礼する」

箒はぼんやりと告げると簪に続いた。

「「え?」」

鈴とセシリアが至極驚く。だが、箒は気にも留めずフラフラと歩き去った。

「じゃあ僕も」

シャルルが終始明らかな作り笑いを浮かべ、箒に続く。

「はっ話ってなんでしょう?」

一夏が身を引き締め、顔を強張らせ、覚悟を決めた。

「あんた箒になにしたの?」

と鈴が青筋立てている。

「何って別に…」

「別に…?心当たりは無いですの?」

「そういえば、さっき山田先生が部屋に来たんだけど、俺がシャルルと同室になるって伝えにね。そしたら箒が不服そうで」

「そりゃあそうよ」

「当たり前ですわ」

「え、なんでだよ?男女同室なんて言い訳ないだろ。丹陽だってすぐに1人部屋になったのに」

鈴とセシリアが今更の如くため息をつく。

「聞かなくても分かるけど続けて」

「ん?続けるぞ。箒が不服なのは俺を心配してと思ってな。心配するな箒、朝だって起きれるし歯だってちゃんと磨くぞ。そう言ったら、なんか箒怒っちゃって、荷物纏めて行っちゃったんだ。何故なんだ?」

「本当アンタって…」

「呆れましたわ…」

セシリアと鈴がやれやれと脱力。

「私達部屋に戻るから」

2人は食器を持って帰って行った。

「おいちょっと待てよ」

1人残された一夏。ただ訳も分からずにいた。

「どうして…」

[私も理解し難いです]

「だよな」

[一夏様が]

「え?」

 

自室に向かうセシリアと鈴。

「セシリアあんたの所為よ」

「何故に?」

「あんたが漂白したサンドイッチなんか食べさせるから、一夏思考回路がいっちゃったじゃない」

「私も別に故意に食べさせたわけじゃありませんわ。白目剥いて倒れるなんて知っていれば…」

 

食事を終えた丹陽は、医療室に向かっていた。右足や有機部品のサンプルを採取する為に。

自動ドアが開き、医療室に入ると山田先生がいた。

「山田先生。先生が採取を?」

山田先生は縦型MRIのコンソールを操作していた。山田先生は手を一旦止めて丹陽に顔を向けた。

「ええ、先程まで織斑先生の検査をしていたのでそのついでに」

丹陽は長椅子に腰掛け、右足の裾を捲り上げ足を晒した。山田先生はアタッシュケースを持って丹陽の前に膝をついた。アタッシュケースを開けて中から注射器、真空管、消毒液とガーゼを取り出す。

丹陽は視線を上げた。

「山田先生はいつもそうなんですか?」

「ええ、副担任ですからね。雑用は慣れてます」

山田先生はガーゼに消毒液を染み込ませ、足の動脈付近をガーゼで吹き上げた。

「いやそうじゃなくて…」

この相対位置だと、丹陽の視線は自然と上から覗き込む体勢になる。山田先生の胸に視線が行きやすいのだ。しかも意識してかしてないか、山田先生は胸を足に押しつけてくる。

「え?」

「いや何でもありません」

山田先生は注射器を刺そうとした。

「山田先生、俺の血には触れないように」

「どうしてですか?」

「触れなければいいんです」

「わかりました…」

生返事で返しながら、山田先生は採血をした。注射器を刺し血が流れ出て来たのを確認するとプッシャーを抜きシリンダーに真空管を嵌め込んだ。

「え?」

密封器の中の血が突然、黒く変色。それに山田先生は驚いた。

「山田先生聞いて無いんですか?」

黒く変色した液体は逆流を始め体内に戻り始めた。

「採血出来ないか…しかしどうして。血液は本物なのに…、でもいつも足ごと再生してたな」

「聞いて無いって。泉君は右足にISを埋め込んでいるって聞いたんですが」

「正確にはISが右足に擬態してるんです」

「右足と一体化してるんですね。生体同調型とは」

「いやだから、右足がなくなっちゃったからISを付けてるんです」

「え?」

「とにかく別の手を使いましょう」

丹陽はアタッシュケースを覗き込み、使える道具を探す。すぐに見つかった。恐らくこうなることも予想済みなのだろう。刃渡り20cmはあるナイフに密封器。

丹陽は密封器の蓋を開けた。

「泉君刃物なんて!危ないですよ」

山田先生の制止を無視しナイフを手に取ると、刃先で右手の人差し指を斬りつけた。

「血が血が…」

「出ますね。黒くはならない」

切傷からは赤い血が流れ出て来る。少し丹陽は待ってみるが、血は固まるばかりで黒くはならない。ナイフの柄に血が垂れるまで待ったが、黒くはならない。

冷静にする丹陽とは対照的に、まるで自分が切傷を負ったかのように山田先生は狼狽していた。

狼狽しながらも山田先生は、教師としての義務感からか、それとも不吉な予感からか、丹陽の手からナイフを取り上げようとする。

「刃物を先生に渡しなさい」

が、丹陽はするりとそれを避けた。

「ちょっと離れてください」

と言いつつ丹陽は自分から離れた。

丹陽はナイフを逆手に握りしめ振りかぶる。山田先生は予知していたことが現実になるのを確信して手で顔を覆った。

「えい」

「キァァァァァァァッ」

ナイフの矛先を自らの足の親指に突き立てた。ナイフは見事に親指の付け根から骨ごと肉を切り裂く。 そんなスプラッター映画顔負けな自損行為に、生々しい音が耳に入った山田先生は耳をつんざく悲鳴を上げた。

「あ、すみません。でも大丈夫です。安心してください、痛覚はありません」

山田先生はボクサーのパンチを受けたかのようにフラフラとしていた。顔から完全に精気は失われている。

丹陽は切り落とした親指を密封器の中に入れ蓋をした。

「なっなにしてるんですか…」

山田先生は目尻と腹の底が熱くなっていくのを感じた。だが説教をしようにも視線を天井に向けたまま下ろせない。

「これは…、山田先生見てください!」

丹陽の懇願に山田先生は条件反射的に視線を下ろしてしまった。視線は真っ直ぐ丹陽の右足つま先に。

「キャァァァァァァァァッ」

「いやそっちじゃなくて」

山田先生は大粒の涙を流し駆け足で部屋を出て行った。

「泉君なんて知りません!」

「待ってください!くっ付いてる。えい」

丹陽は少しして後を追う。かなりの距離を離れていたが、山田先生が錯乱気味に走っているためすぐに後ろに追いつく。

「待ってください」

「来ないでぇぇぇ」

山田先生が曲がり角を曲がった。するとすぐ目の前に人影が。止まる間もなく激突してしまう。

「キャッ」

山田先生は尻餅をつくが、相手は咄嗟に片足を引き踏ん張った。

「どうしたんです山田先生?悲鳴を聞いて慌てて来たんですが」

と相手が手を差し出した。

「おっ織斑先生」

山田先生は手を借りて立ち上がる。その際に千冬は山田先生の目尻が赤くなっているのに気がついた。

「ん?何故泣いていたのですか?それに逃げていた様子ですが」

「そっそれは」

その時曲がり角の向こうから駆けて来る音が近づいて来る。さらに声まで。もうすぐそこだ。

「山田先生、何処ですか?」

曲がり角から丹陽が現れた。手には逆手に握られた血まみれのナイフ。

泣きながら逃げる山田先生。それを追う血塗れの使用済みナイフを手にした丹陽。千冬が誤解する条件は揃った。

「千冬…」

誤解だ待ってくれと言い切る前に、丹陽は壁に叩きつけられた。そこで丹陽の意識は一旦途切れる。

 

 

「…というわけなんです…」

「そうかすまない丹陽。だがなお前…」

「分かってる。山田先生すみませんでした。IS操縦士ってことは耐性があるだろう。そんな思い込みをしていて本物にお詫びの言葉もありません」

丹陽の意識が回復後、山田が事情を説明。何とか誤解は解けたものの、その時のショックか、山田は両手で顔を覆い隠し長椅子に腰掛け項垂れていた。指の間からはぽたぽたと雫がこぼれ落ちて来る。山田の痩けた背中を横から千冬が腕を回し、丹陽が山田の真正面にバツの悪い顔で立っていた。

「いいえ…わたしが悪いんです。わたしが取り乱すから…泉君は暴行を受け織斑先生には手を煩わせました…。わたしが毅然としていれば…きっと」

山田先生の自虐的な物言いに、これ以上気落ちさせないと2人は必死にフォローする。

「いやいやいや。俺が悪いんです、山田先生は悪くありません。俺が馬鹿だったんです」

「そうだ山田先生。日常生活で切断行為などを直視してたな平気でいられる訳が無いんです」

「泉君は平気じゃ無いですか…」

若干の沈黙。

「昔から鈍感者で」

さらに沈黙。

「それより見てもらいたいものとは」

と千冬の助け舟。

「おおそれは、これだ」

丹陽はナイフに手を伸ばした。その結末まで予想読める行動に2人の顔が強張る。

「安心してください。血を少し採取するだけです」

言葉通り丹陽は自身の足を一文字に切る。そして足から滴る血を素早く密閉瓶の中に入れ蓋を閉めた。蓋を閉めた頃には血が変色、黒くなる。

「来ますよ」

黒い液体は、足を求めてガラスの壁を這い上がる。が出口は無く、瓶から抜け出せない。はずなのだが。

黒い液体が零れ落ちた。

丹陽以外の2人が思わず身を乗り出して覗き込む。

明らかに黒い液体は、ガラスの内側から外側にまるですり抜けるかのように溢れ出て零れ落ちた。

「これは一体…」

2人は唖然とし、ただ黒い液体が丹陽の右足と同化するを黙って目で追っていた。

「それにこれ」

丹陽が瓶を見せつけるようにかざした。

密閉瓶には穴など空いておらず、黒い液体は完全に瓶をすり抜けていた。

 

 

「ちょっといいかね篠ノ之さん」

そう言って廊下をのろのろと歩く箒を呼び止めたのは、作業服に身を包んだ轡木だった。

「何でしょうか?」

声をかけられる理由に思い当たる節は箒にはない。強いて言えば部屋替えのことだが。

「突然で悪いが、頼み事がある」

「頼み事ですか?」

「そう、1年前に火災にあった篠ノ之神社の残骸撤去をうちで行いたいのだが。もちろん経費はこちら持ちだ。あとで請求などせん。ただ、君の両親とは連絡が取れなくてね」

「はい…」

突然のことでしばし箒は思考した。答えはすぐに出た。

「構いませんよ。業界全体が金欠で再建どころか撤去も出来なかったので、やって貰えるならお願いしたいところです。両親には私の方から声をかけておきます」

「そうかではお願いするよ。では私は失礼する」

轡木はそう言って歩き去ろうとした。数歩歩いたところで思い立ったように足を止めた。

「あまり恨まないでくれよ。私は想像力は未だ健全なもので、男女同室の状況が存在すると思うだけで心臓発作を起こしてしまいそうなんだ」

「私は別に」

箒は声を荒げて否定した。轡木はそれに鼻を鳴らして笑って答えた。

「別室だからと言って君達2人の関係に変化は無いだろう」

「確かに絶対的には変わらないかもしれません。でも相対的には、ISが無く指導力も無い私からは、彼は遠ざかっていくのを感じるんです」

「そんなことは…」

「あるんです。半日白式が無いだけで彼はうろたえていました。彼にとってISはそれ程のものなんです」

轡木はなにも言わず振り返る。

「君は何故、IS学園に入学したのかね?」

「それは…」

「姉が束博士である以上、君の人生には必ずISがつきまとう。だから君は、いっそ自分からISに立ち向かった。そう思っていたが」

箒は口を閉ざした。暗かった表情は、マイナスの方向に歪んでいく。

「まあいい。あとは君が決めることだ」

轡木は今度こそ去って行った。

 

 

もやもやとしたから気持ちを抱えながら、一夏は自室に帰って来た。

部屋に入ると、当然の如くシャルルがいた。向かいのテーブルに座り、携帯端末に表示された母国語で書かれたE

メールを読んでいた。

もうすでにシャワーを浴びたらしく、頬はほんのり上気していて、石鹸の匂いがわずかに漂ってくる。

「もう身体洗ったのか、早いな」

一夏は自身も身体を洗おうと、異性がいないからと無遠慮に制服を脱ぎ始めた。

「うん、長くなりそうだったからお先に…」

シャルルは顔を上げ、一夏の様子が目に入ると、すぐに携帯端末に視線を逃した。

一夏はそのまま更衣室に入り、洗濯カゴに衣類を放り込んで、浴室に入室。シャワーの蛇口を捻り白式の待機状態であるガントレットを外したとき、恐らくシャルルが更衣室に入って来た。

「一夏、衣類洗濯に出しておくね」

「おお、悪い」

シャルルの厚意に感謝する一夏だったのだが、布が擦れる音が聞こえる。

「どうしたシャルル?」

「えっえーと…。白式は?」

「ああ、今一緒に入ってる」

「そう…、いっしょに洗ったらマズいと思って。じゃあ持って行くね」

「サンキュー」

更衣室の扉が開き、シャルルが出て行ったと音で判断する。身体を洗い終わり寝室に戻るが、シャルルはまだ帰ってはいない。

しばらくしてもシャルルは帰って来なかった。先に寝ようかとした時、ノックがした。

「一夏、いるか?」

箒だ。何故、こんな夜分遅くに。

「ああ、今開ける」

一夏は扉開けた。当然、箒がいたのだが、様子が可笑しい。観るからに、ガチガチに緊張していた。にもかかわらず、赤く染まった顔を背けていた。

「一夏…デュノアはいないのか。丁度いい、話があるんだ」

「ああ、なんだ?」

箒は腹の中を意を決して吐き出した。

「学年別トーナメントで私が優勝したら」

「したら?」

腕を組み、全身から気迫を染み出たせ、真剣勝負と言わんばかりの眼光を一夏に注ぎ流れら、箒は言い放つ。

「私と付き合って貰う」

「いいよ」

「二言はないな?」

「ああ勿論だ!」

箒は一夏に背中を向けて走って行く。

「絶対だからな」

一夏が居間に戻ろうとした。

[よろしいのですが?安易に承諾してしまって]

「そうか。買い物に付き合うだけだろ?」

白式は何も応えなかった。

 

轡木が箒から許可を得た夜。時間は0時を回っている。

「行くぞ」

「ちょっと重武装過ぎませんかね」

学園のヘリポートに轡木はいた。目的は篠ノ之神社に向かう為に。学園が所有する軍用中型輸送ヘリに乗り込み、自らスライドキャビンドアを閉めた。轡木の服装は相変わらずの作業服。

「用心の為だ」

「確かに墓荒らしですからね」

「まさか。日本は火葬だ。燃え残りが有れば灰にしてやらなければ失礼だろ」

「わかりませんね、おれ水葬派なんで。みんなはどれ?」

「ベターに火葬」

「テレビでやってた、骨をコンクリに混ぜて魚の巣を作って沈めるのが憧れる」

「宇宙葬。旅行会社のパンフレットに有った」

「鳥葬いないの?」

ヘリには同乗者達がいた。勿論、数名の用務員達だが。服装は轡木とは違い、皆がある戦闘服を着用。さらにそれぞれカービンライフルを携えている。

「笑わせる。そうだな、私が生きていれば叶えよう。死んだら他にしてやれることは無いのからな」

けたたましい音を放つローターが、揚力を得るに連れて暗いキャビンを大きく揺らす。その揺れが用務員達の体を震わすが、用務員達が例外なく放つ気迫の所為か武者震いに見えた。

轡木を乗せたヘリが離陸すると、別の同型機が1機後を追い離陸する。さらには大型タンデムローター機。そして、2機の量産機ISが続く。 高度が上がると機首を本土に向け、ほとんどの生徒が寝静まった夜の学園を飛び立つ。満月の浮かぶ晴天の夜空と波で歪んだ月が映し出される薄暗い海の狭間、現在と過去の狭間、そこを機動兵器群は飛行した。

 

 

夜明け前の最も暗い時間。ヘリポートにて、轡木はスライドキャビンドアを自身で開け、ヘリから降りた。その時、ヘリポートに見知った人物がいた。

「行ったのですね…。でも何故今更?」

千冬だ。だがローター音で轡木には届かない。もっと大声を張ればいいのだが、他の用務員には聞かれるのは快く無い。

轡木は、用務員達にすぐに休むように指示してから、千冬の元に小走りに走った。

「すまない、もう一度言ってくれ?」

「行ったのですね。それも今更」

「今更なのは神社の神主に中々連絡がつかなくてな。神社庁には一報入れているがね。行ったのは理由は、暮桜がある。それにここは火葬国家だからね」

タンデムローターのヘリがアリーナに向かっていた。そこで中に積まれたIS 暮桜 を降ろして整備場に運んでいく。

「世界トップの片割れだ。コアが抜かれていようとも、いくら君が嫌悪しても、墓標にしたくとも、埋めておくことは出来ないんだ。安心しろ。今回の件はあそこで何が有ったからは私しか知らない。誰も日本政府には暮桜のことを報告せぬように厳命している。ただ、政府やIS学園の動きを監視しているものは篠ノ之神社まで辿り着くだろうがそれ以上は把握できまい」

「だとしても…」

「遺体が無かった」

轡木が告げた事実に、千冬は絶句した。顔から血の気が引けていく。

「無人機事件以来、見張りは立てた。つまりそれ以前に遺体は持ち去られた。墓荒らしの調査を進めたいが…」

「私が行います」

千冬の声は震えていた。決して夜風の冷たいさではない。

「君にそのスキルは無い。私が行う」

「しかし」

「命令だ。君は通常業務を続行しろ」

やりきれない表情だが、千冬は頷く。それを確認した轡木は、立ち尽くす千冬を脇をすれ違い通って行った。

ヘリが格納庫に運び去られて後も千冬はヘリポートに居続けた。

 

早朝。別荘地帯として有名な森林。剪定された木が両脇に連なる道を1台のパトカーが走っていた。搭乗者は刑事が2名。20代半ばの男性が運転席に、50代前の男性が助手席にいた。

「そうムカムカするな、小木」

小木と呼ばれた20代半ばの男性は、明らかに不機嫌そうな顔でハンドルを握っていた。

「全く何でこんなことをしてるんですか、五十嵐さん」

五十嵐と呼ばれた50前の男性は、助手席でふんぞり返っていて今にもダッシュボードに足を乗せる勢いだった。

「だって、捜査資料読んだら違和感があって」

「だから!僕たちは別の事件を担当してるのに、首を突っ込んだらダメでしょ」

「いいじゃん、犯人捕まったんだから」

「裁判の為に、事情聴取とか、証拠集めとか。まだまだやることはあるんです。しかも今回の事件。マスコミ対策で人手が足りてないんですよ。猫の手も借りたい時にこんなことしてて良いわけないでしょ」

車を飛び出て森林に響き渡る大声を小木は出した。だが五十嵐は動じずにいた。そんな様子に小木は長い溜息を吐いた。

「五十嵐さんがもうあの事件に関わりたくないのは解ります。僕もです。でも世の中それじゃいけないんですよ。そのことは五十嵐の方が分かってるでしょう」

2人が担当していた事件。それは少年の暴行殺害事件だっだ。

被害者は14歳の少年。容疑者は19歳の青年。

容疑者は高卒後、工場に勤めていた。容疑者が特定された理由は、被害者と行動を共にし容疑者から金属バットで暴行を受けた、17〜8歳の少年らが、容疑者が現場から立ち去る際にケータイを落としたのを警察に届けた為に身元が判明した。さらに容疑者が住むマンションの中庭に凶器と思われるカッターナイフが漂白剤まみれで埋まっているのを発見。

マスコミが掘り上げたことだが、容疑者は中学生時代にいじめに遭っており。その時に爆弾製造の為に、硝酸カリウムを購入。それが警察に知るところになり、保護観察時期があったらしい。

しかし警察は馬鹿ではない。マスコミが19歳の青年を勝手に犯人と決め付け報道していたが、実のところ警察は行動を共にしていた少年らを犯人と疑っていた。

ケータイが警察に届けられるのが遅かったこと、少年らにトラブルが有ったこと、少年に有った暴行の跡が明らかに素手だったこと。ケータイには青年の住所が載っており、そこに少年らがケータイを届ける前に向かっていたこと。などなど、調べれば調べる程にボロが出てきた。

だが不可解なことが有った。青年が黙秘を貫いたことだ。理由は青年を拘留数日後に判明した。ネットの動画公開サイトに、不鮮明ながらも18歳の少年が14歳少年の骸をカッターで傷害を加える映像が流れた。投稿者は青年のアカウント。予約投稿という機能を利用したらしい。

青年はケータイを2つもっていた。青年を担当した保護観察官は、彼は少々暗いが世間一般的な感性を持ち合わせ根は真面目と語っていた。中学生時代もいじめに遭っていたが少数ながら友人がおり、学校内では問題は起こしておらず、関係者は皆が彼を暗いが根は真面目だと語っていた。

未成年の容疑者は過敏な程に個人情報を守るが、それを過ぎれば容疑者であることを忘れて過剰に沸騰する。事件が残虐で有れば有るほどに。しかし被害者には年齢制限なく、友好関係までも全国に流す。

青年の目的は自身を犠牲して、少年らを罰することだった。しかし、苦にもマスメディアにも飛び火。現在進行形で燃え上がっている。

 

 

「着きましたよ」

パトカーが岐路に入り、数分。目的地の手間に停車。小木は横で寝ている五十嵐を起こすとすぐに降車した。

「そうか」

五十嵐も降車した。目を覚ますため、伸びをして高標高特有の冷んやりとした空気を肺いっぱいに吸い込んだ。その間にも小木は目的地目指して登り道を進んでいた。五十嵐は丸々とした腹を揺らしながら追いかけた。

数分、森に囲まれた登り道を進むと開けた場所に着いた。目的地だ。そこは広く開けた場所で、一面芝生にぽつりと広い土地には不釣り合いほど小さなログハウスが1軒建っていた。芝生には花壇の類は無く、ただ取って付けたよう土道からログハウスの玄関までを繋ぐ飛び石があるだけ。この土地は別荘地として有名で、このログハウスも別荘として建てられていたのだろう。しかし長年放置され新たな家主を得てからも放置が続いたのか、所々剥がれ塗装に雑草が伸び放題の芝。窓は二階にあるはめ殺しの1枚を除き、割れてこそいないものの垢がびっしりとこびり付いている。

「おはよう」

「おはようございます」

見張りの警官が2人に慌てて敬礼をした。夜通しの見張りだったのだろうか、2人に気づくまで地蔵の前で平気で大あくびをかいていた。

立ち入り禁止と書かれた蜂模様のテープを潜り、草むらに埋もれた飛び石を足場に芝の中央辺りに行った。そこには、草を押しのけ、白いロープが地面に人型を示していた。そして人型は顎より上がなかった。人型を挟んで2人の反対側には扇型に大量の血痕が飛び散っていた。

第一発見者は牛乳の配達員。被害者の身元は不明。20代前半の男性とみられる。死因は右手に持っていた、50口径リボルバーで頭を飛ばした為。この弾丸、ガンパウダーを増量されていたらしく頭蓋を跡形もなく破壊した。リボルバーや腕の血痕から男性自らの手発砲した可能性が高い。加害者も勿論不明。人里離れた場所だ目撃者は期待出来ない。ただ被害者の首から、華奢な手跡が見つかっていた。血痕の残り方、痣になっていた事から、被害者の首を掴み持ち上げたのだと推測される。しかし指紋はおろか汗や皮膚の類も検出されなかった。手袋をはめていたにしては手跡が綺麗過ぎる。ログハウスの所有者は半年前に、何者かが仲介人を介して購入したもので。業者は愚か、仲介人も会った事は無かった。金は支払われていたので、疑問には思っても意に介さなかったらしい。

「で、五十嵐さんが気掛かりなのは、被害者が何故犯人に向かって発砲しなかった?ってことですか」

と小木が。

「それもそうだが、それだけじゃない。捜査資料にあった、2発の発砲が気になる」

五十嵐が辺りを見回した。

「2発?それがどうしたんですか?」

「リボルバーの弾倉には、空薬莢が1つだけだったのにな」

「部屋から飛び出す前に入れ替えたのかも」

「熱々の空薬莢を素手でか?全弾を排出したにしてもだ、部屋には弾丸は無かった」

「ですがね、それがどうしたんですか。ログハウスの購入者の特定。被害者が食用していたカップ麺の販売元。配達員への聞き込み。特注弾丸の出所。調べる事はたくさん有るんです。誰も気に留めません」

「何故2発撃ったんだと鑑識は判断したと思う?」

五十嵐は沸点目前の小木に構わずにいた。

「知りませんよ」

「被害者を殺した弾は見つかった。だが部屋を飛び出る為に撃った弾は何処にも無い。無い上に、部屋からも硝煙反応は無かった。最初の疑問に戻ろう。鑑識は何故2発撃ったと判断したか」

五十嵐はログハウスの濡れ縁に立つと、掃き出し窓を力一杯に足の裏で蹴った。

「っいた。つまりはこうだ」

掃き出し窓は割れず、蹴りの反作用で五十嵐は芝に尻餅を着いた。

「え?」

小木は気の抜けた声を出した。

「このログハウス全て強化ガラスだ。しかも木の中には鉄板を忍ばせている。どっかのギャングだかマフィヤだかが、建てたものらしい。まあ、銃器押収とかでバズーカ砲が出てくる国だ。過剰ってことはないだろう。こんな建物だ、鑑識は人間の力では窓を破れないと判断した。だから有りもしない弾丸を、存在するかのようにしたんだ」

「でもそれって…」

「今後の捜査に役には立たないかもな」

「はぁ…。何の為に来たんですか?」

「弾丸を探すんだ」

「無いんでしょう」

「無いことを証明する為に探すんだ」

「そんな…」

五十嵐は黙々と捜索を開始。小木は嫌々とそれを見習った。

 

 

「結局見つかりませんでしたね」

くたびれた様子の小木が、走る車の運転席から嫌味ぽく言う。

「ああ、奴さんがどうやって窓を割ったかもわからずじまい。探している途中に思いつくと考えたんだがな」

五十嵐は助手席で踏ん反っていた、丸渕の眼鏡を掛けて。

ただ何もかもが無駄だったというわけでは無い。

弾丸の捜索途中、屈んだ為に地蔵の頭部に、首元から頭上に向かって空洞が有る事を発見した。そこにこの眼鏡があった。一応はこのまま証拠品として提出するが、五十嵐は例の如く気になってしまい試着している。

「小木これ凄いよ」

「それより証拠品で遊ばないでください」

「これ付けていると輪郭はハッキリしてるんだけど、全ての物が黒色に染まって観えるだ」

 

 

「今日はまたまた新しい友達が増えます」

1年1組。朝のホームルームの為、全員が席に着席していた。そして全員、個人差はあるが、山田先生の言葉に驚愕していた。

いつも通りの朝が来るかと思えば、またも転校生。

「皆さん、お静かに。本当は昨日デュノア君といっしょに転校予定だったのですが、諸事情に本日よりこのクラスに編入されます」

山田先生が困惑気味に説明した。困惑しているのは、転校生が原因だろ。正確には転校生の態度が。

小柄な体型。シークレットブーツを脱いだ、丹陽とほぼ同格だろ。銀髪のロングヘア。左目を眼帯が覆っている。顔は傷物であることを考慮しても、美少女と言っても過言では無い。だがその顔は今、不機嫌さを示す様にしかめ面だ。そして残った右目からは、蔑みの感情が生徒達に注がれていた。

「ドイツからの転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

山田先生から紹介されたが、ラウラは自己紹介をしなかった。

「ラウラ、自己紹介をしろ」

と千冬が。

「はっ、教官」

とラウラが返す。

ラウラが口にした教官が、生徒達の間で何度も反復した。

「教官?」「教官?」「教官?」「教官?」「教官?」

「教官ってなんだっけ?」

ゲシュタルト崩壊を起こす者まで。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

簡素化つ簡潔にラウラは自己紹介をした。するとラウラは、蔑みでは無く憎悪の籠った眼差しを一夏に向け歩みだした。憎悪の対象である一夏は、眼差しの所為で身をすくめていた。

「貴様が…」

ラウラは一夏の襟を掴み、空いた腕を大きく振りかぶる。

平手打ちが一夏の頬を打った。打たれた一夏は何が何だか理解できない様子で、放心していた。クラスメイトは殆ど、声が出ないほどに驚いてた。

「私は貴様を許さない」

クラスが息苦しい緊張感に包まれる。

だがそれをぶっ壊す強者がいた。

「フッハハハハッ。そいつはなんだ一夏?サード幼馴染か?なんだ式の約束までしてたのか?それとも血のつながらない妹?まぁどれでもいいか」

丹陽だ。腹を抱えて笑っていたが、人を笑える立場かと小一時間問い詰めたい。




途中、関係ない話が有りましたが。独立したエピソードとして考えていたものですが、本編には関係なさ過ぎてボツに。しかし忘却の彼方に捨てるには勿体無いと思い、プロットだけやっつけ仕事で貼り付けました。

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