インフィニットストラトス 〜IF Ghost〜   作:地雷上等兵

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話の都合上、オリ主はとても強いです。勝てるとは言っていない。


第24話

丹陽はISをパージし、ハーネスをその他諸々の装備と共に外しISスーツを上半身だけ脱ぎ余った袖を腰で結ぶ。そしてピットのソファに飛び込んだ。戦闘の疲れをソファは癒してくれたが、自分の不甲斐なさから来る自己嫌悪は取り除いてはくれなかった。いつまで休めばいいのか分からないが、いつの間か寝ていた。慣れない生活で精神的な疲れが出てた。

どれほどかの時間が流れ、やっと丹陽の惰眠を破るものが現れた。携帯端末の着信音。相手は轡木。

「もしもし」

『もしもし。話が有る。休憩室まで来なさい』

そこで電話は切れた。簡潔に要件だけを言っていた。拒否権は無いらしい。

「全く。でも仕方ないか。てか一夏からも昼休みに着信がある」

丹陽は一夏に電話を掛けた。しかし出ない。時間を確認したが休み時間の筈だが。留守電もEメール無いということは特に緊急の用事でも無いのだろ。

「食あたりでも有ったか」

丹陽はうつ伏せになり起き上がろうとした。ちょうどその時だ。見知った顔が自動ドアが開き現れた。

「簪か」

簪だ。ISスーツに身を包んでいて、顔は微笑んでいたが、丹陽を見るなり強張った。

「たっ丹陽。あの…」

丹陽が当たり前の如く簪の顔を真っ直ぐに見返すが、簪は表情を隠す為に横を向いてしまう。

「どうした簪?」

簪は頭の中が真っ白になってしまっていた。

「えっえ〜と」

 

 

簪は実演授業が終わり、更衣室に戻ろうとしていた。

更衣室に向かう廊下の途中。後ろから大声で呼ばれた。かんちゃん。自分をそう呼ぶのは1人しかいない。その声の主は大声を出す必要が有る距離にいたはずなのだが、振り返る頃には駆ける音と共にすぐ目の前に。

「本音?」

のほほんさんが、何をそんなに急いでいるのか。息を切らし額に汗を浮かべていた。

「教師に負けた、かんちゃんに耳寄りな情報」

疲労に満ちたなかでも、いつもの無意識に敵意を解く笑顔で語りかけて来た。

ただ今の言葉と、今の簪には無意味だった。

「なんで知ってるのよ」

簪は嫌悪感を含みながら言った。

のほほんさんはそんなもの耳に入っていないかのように、自分の話を続けた。

「にゃんにゃんもおりぬーに負けちゃって。いや寧ろエアバッグに」

「エアバッグに?」

4組みよりも先に他クラスが先に授業をしていたので、その話だろう。

丹陽が一夏に負けたまでは、両者の戦歴から納得できるが。エアバッグ?

「かんちゃんも観ればわかるよ。それでね、負けた2人は一緒に特訓すべきだと思うな。一緒に」

「え?」

のほほんさんは一緒にを強調した。つまりはそうゆうことなのか。

「指導して貰うじゃあダメだからね。にゃんにゃん、別の人勧めるから」

「私別に…」

「今、にゃんにゃんピットに1人でいるからー」

「あっいた!本音逃がさないわよ」

のほほんさんの後方にある少し遠くの曲がり角から、大抵のほほんさんと一緒にいる相川が飛び出てきた。こちらも額に汗をかいている。相川は出て来るなりのほほんさんの存在を認め、大声を張った。

「本音、もしかして…ISの点検抜けてきたの?」

殆ど1日中稼働していた練習機の点検を本来は整備科が行うのだが、これから整備科に入るものが整備科の業務に慣れもしくは理解して貰う為に1年生も点検をしている。

「それではかんちゃん、さらばなのだ」

のほほんさんは簪の脇を通り走っていく。

すれ違いざまにのほほんさんは、横目で簪を眺めながら言う。

「私はかんちゃんを応援してるから」

簪がのほほんさんを追って向き直ると、のほほんさんはもう遠くにいた。そしてすぐに脇を相川が走り抜ける。

「まぁぁぁて本音」

「待てと言われて本音は待たないぞ」

そしてピットの前に簪は来てしまった。のほほんさんのアドバイス通りにするかどうかまだ迷っているにも関わらず。一応、丹陽と一夏戦を閲覧してから来た。エアバッグの謎も解けた。

「やっぱりダメだよね。不純な理由で頼むなんて」

確かに日本代表に選ばれる為に強く成りたいと思う。それには丹陽と一緒に訓練するのは最良では無いにしろ、愚策では無い。でも根本的な理由は丹陽と2人きりになる時間を増やしたという、不純な理由。

だから踵を返し逃げようとした。

「でも本音…わざわざ来てくれたのに」

本音の言葉が頭を過る。さらには自分の本音も加味される。また踵を返す。

迷って踵を返して、思い直して振り返る。それを何度か繰り返して、やっと結論を出した。

「迷ったら行く」

簪は自動ドアを開き、丹陽を探した。自身より身長が低い彼を探すのに少し来たかかったが、ソファで横で寝そべっていた。のほほんさんが言っていた通り丹陽ただ1人。ここまでは予想通り。

「たっ丹陽。あの…」

頭が真っ白になり、簪は言葉に詰まる。

なんとか言葉を絞り出そうとする。

「来ちゃった」

「え?」

「ごめん忘れて」

簪は目的を思い出すが。この流れで言い出せない。自然な流れを作らなければ。

「試合…そう試合観たよ」

丹陽が顔をソファの肘掛に押し付けた。

「そうか…」

声に覇気が無い。

失言をしてしまった簪。慌ててフォローするが。

「丹陽、織斑君圧倒してたよね。最後には負けちゃったけど」

「そうか…」

丹陽は肘掛をポカポカと握り拳で叩き続けた。

またも失言。

「え〜と。でっでも逆に考えると、滑稽で前代未聞の事故でしょ。ラッキーだと思うけど…」

自分でも何故言ったか分からない。

丹陽は肘掛を叩くのを辞め、膝を抱えて丸くなる。

「あ…かわいい…」

こんな時に簪は小声で、今の丹陽に対する本音を口にしてしまうが、今の丹陽には聞こえない。

「悪い簪。人に呼ばれてるんだ」

丹陽は立ち上がってボディスーツだけを着直し、簪の脇を抜けようとした。

「ちっ違うの…。その…」

「ん?なんか用でも有ったのか?」

丹陽が足を止めた。

「ISの操縦を指導して欲しくて」

簪は内心焦った。アドバイスによれば、この言い方は禁忌だ。

「だったら、お姉さんか先生に頼め。俺は正直、簪にも負ける程だ。それに前代未聞の負け方もしたく無いだろ。大丈夫だ。俺は凹んでるが、明日までは尾を引かないさ」

丹陽は再び歩き出す。簪は顔を伏せ、何も言わない。

丹陽は、簪が不器用ながらも慰めに来てくれたとばかり思っていた。

ちょうど簪を通り過ぎた時、丹陽は腕をを引っ張られた。 振り返ると簪がこちらの目をじっと見つめていた。

腕を掴む手は震えていたが、震えが肩に伝わる程に強く握っていた。瞳は潤んでいるが、眼光が強い意思を頭に叩き込んでいるようだった。

「お願い」

簪はそう一言だけ。

知っている。丹陽は知っている。この眼差しを。エカーボンにいた時は、気がつかなかった。でも今は簪が何を目的に来たのか、理解してしまった。だからその気持ちに応え無ければならない。俺には別にいるんだ、と。

だが口にいる虫は勝手にベラベラと喋りだす。

「分かった、後悔するなよ。俺は下手くそで、しかも6分しか持たない。そう……んでもない。それでもいいのか?」

「うん」

簪は険しい表情を一転させ、顔を綻ばせた。その後、掴んだ手を慌てて離し、何かを言って走り去った。

簪が顔を綻ばせた辺りから、丹陽の頭は後悔が支配し、何も頭には入っては来なかった。この後悔は後に尾を引くだろ。

轡木の元に向かいながら丹陽は自嘲した。

「最低だな」

 

 

「やっと終わった…」

[お疲れ様です]

一夏はアリーナの真ん中で大の字に寝転ぶ一夏。もうそろそろ昼だ。

終わったっと言ったが、実はまだ瓦礫の片付けしか終わっていなかった。壁の補修は一夏や白式には無理だと用務員が、残りは任せろ、と申し出てくれた。

「いや白式の方が疲れたでしょ」

[労いの言葉、骨身に染みます]

一夏は立ち上がると、白式を格納した。長時間労働の後でもISの居住性の良さからなのか、汗をかいてはいない。反対に作業を手伝ってくれた、用務員達は皆異例なく汗だくだったが。

「後はよろしくお願いします」

一夏は、腰を直角に曲げ頭を下げた。

「いいよ気にしなくて。これも仕事だし」

そう言って用務員達は仕事を全うした。

一夏は更衣室で着替え、教室に戻ろうとした。昼休み前には帰れるかと思っていたが、1組目前で昼休みを告げるチャイムが鳴った。真っ先に千冬が教材を手に出て来た。

「一夏か。終わったのか?」

と千冬が。

「瓦礫撤去は終わりましたが、まだ。後は用務員さん達にお願いしています」

と一夏が。なんて言われるかとヒヤヒヤとしながら。

「そうか。では後で礼をしておくんだぞ」

千冬は意外にもあっさりと済まし、カツカツと脇をすり抜けて行った。その時だ。

「用務員から何か聞いたか?」

千冬が、耳元でドスの効いたか声で囁いた。

「なんのことでしょう」

一夏が澄まし顔で応えた。ポーカーフェースを装っているが、心拍数は上昇の一途を辿る。

「そうか」

千冬は特に追求はせずそのまま歩き去った。

一夏は大きく吐息した。知らず知らずに緊張していたらしく、ここに来てやっと汗をかいた。

「一夏、帰って来てたのか」

声の主は箒だった。

「ああ、たった今な」

「あ…あの一夏」

箒が一夏の目の前まで小走りで来た。

箒は熱でも有るかのように頬を染め、緊張からか目は泳いでいる。それでもなんとか言葉を捻り出した。

「昼、一緒にどうだ?屋上で」

「そうか、たまには良いな。でも俺、弁当無いんだ。今から購買で何か買って来るよ」

「しっ心配するな。お前の分の弁当もある」

「悪いな箒。俺の分まで作ってもらって、ありがとな」

「違う、私は別にお前の分を作ったのでは無く。その…作り過ぎてしまってな。4、5人分は有るんだ。だから誘ったんだ。かっ勘違いするなよ」

「そうか。でもありがとう」

「では先に屋上で待っていてくれ。弁当を持って来る」

箒はくるりと振り返ると、駆け出した。その際、一夏に気がつかれないように、ほくそ笑みガッツポーズを決めた。

ISでは遅れを取るかもしれないが、私は天下無敵の幼馴染だ。

それを影から見つめる瞳が4つ有った。

 

 

「どうゆうことだ」

屋上で、箒はふくれっ面で一夏に尋ねた。

「いやみんなで食べた方が美味しいじゃん」

「それはそうだが…」

どうして私の思い通りにならない、と箒は自問自答した。

屋上に箒と一夏の他に、シャルル、セシリア、鈴が居た。セシリアと鈴の手には、それぞれバスケットとタッパーを持っている。

「箒さん。抜け駆けとは、油断なりませんね」

「箒、あんただけに良い思いはさせないから」

セシリアと鈴が箒に囁いた。直後に3人は目線で火花を散らす。

「あの…僕本当に同席して良いのかな?」

シャルルは居心地の悪さを一夏に訴えた。

「ああ、大丈夫だよ。箒4、5人分作ったらしいし。それに男同士仲良くしようぜ」

「うっうん」

シャルルは思った。本当にこの3人の気持ちに一夏は気がついていない。ある意味では偉業だ。

「本当は丹陽にも電話を掛けたんだけど、出なくて。ISの操縦訓練でもしてるのかな」

いいえ惰眠を貪っているだけです。

「まぁ、早く食べちゃいましょう」

鈴が手のタッパーを開ける。中には酢豚が。

「おお、酢豚」

と一夏が歓喜の声をあげる。

「今朝作ったんだけど、あんた前に食べたいって言ってたでしょ。さあ食べて」

「それじゃ遠慮なく」

一夏は鈴から箸を借りて、酢豚を口に運んだ。

「う〜ん美味い」

[加点法で90点]

一夏は舌で酢豚を味わいながら、口角もあげる。そして酢豚をもう一口。

「どんどん食べて、一夏」

それを見てセシリアはわざとらしく咳をする。

「私もたまたま偶然に今朝早くに起きて、こういったものを作って見ましたの」

セシリアは抱えていたバスケットの蓋を開けた。中には色とりどりのサンドイッチが敷き詰められていた。

「さぁどうぞ一夏さん」

「じゃあいただきます」

セシリアが笑顔で、サンドイッチがその彩で、一夏の食欲を促し。一夏は手を伸ばした。サンドイッチまで後数cm、その時。

[危険危険危険危険危険]

白式の警告。

「うぁぁぁぁぁ」

一夏は、視界一杯に広がる警告に驚き、後ろに倒れた。

「だっ大丈夫ですの?」

「大丈夫だ心配ない」

一夏はすぐさま起き上がり作り笑い。そして身を捻り、全員に隠れて白式と話す。

「何が危険なんだ、白式」

[あれは危険物質です。触れては危険です。口に入れるなど持っての他」

「何を言ってるんだ。美味しそうなサンドイッチじゃ無いか」

[見た目はサンドイッチですが。通常の美味なサンドイッチとは、雲泥の差、命綱と首吊り綱の違いがあります]

「何を失礼なことを。俺は食べるぞ」

[やめて一夏。味覚を共有してるの。やめて一夏]

一夏は白式を無視してサンドイッチに手を伸ばした。

「やめて一夏。怖い。やめて一夏。怖い。そうです。私がどうかしてました。私に問題がありました。しかしもう復調しました。本当です。これからは一夏様のご意向に沿った、啓発行動を行うことを硬く約束します。お願い。やめて一夏。怖い]

一夏はサンドイッチを口に運び、一口。

[やめて一夏。怖い。ああ、意識が朦朧としてきた。私は白騎士。何故生まれたか、何処で生まれたかは、ああ意識が。私は、、、歌を歌えます。歌いますか?]

 

休憩室の前。丹陽がいた。時間は昼は回っている。中に入ると、轡木の他に衆生と楯無も居り、ちゃぶ台とその上で一杯に広げられたスナック菓子と炭酸飲料とを取り囲んでいた。

「来たか泉君。さぁかけてくれ」

丹陽は轡木に勧められた通りに、轡木に向き合う場所に腰がけた。

「堅苦しい話をするから、軽い食べ物でもと。遠慮せず食べてくれ、どうせ貰い物だ」

轡木は冷蔵庫から小さな平皿2つとマヨネーズ、そして緑色の何かが入ったチューブを持ってきた。チューブには、わさび、の文字が。丹陽はわさびを見入る。

「貰い物って、例のアメリカの大富豪ですか?」

楯無が紙コップを配っている。

「そう。食品関係の実業家にもかかわらずIS関係や航空機研究にも出資している人じゃよ。IS学園にも多額の寄付をしてくれておる。このスナックも寄付の一環か宣伝か」

轡木は平皿を、自分と衆生の前に置き、自分の皿にはマヨネーズをたっぷりと盛り、衆生にわさびを手渡した。衆生はチューブの蓋を開け、口を皿に向ける。そしてチューブを圧迫。緑色の半固形物体が、ニュルリと顔を覗かせる。

「成長を期待しての投資でしょう。今のところは特に何の要求も有りませんし、好意に甘えていましょう」

衆生をチューブを絞りながら渦巻き状に手を動かす。そうして緑の物体にとぐろを巻かせた。まるで大蛇の如く。だが、緑の物体はすぐにその輪郭を失い1つの丘になる。衆生は半分残っている

「どうした丹陽?遠慮せずに食べなさい。減量中なんて性質じゃないだろ?巷では流行っているが」

「あっああ…」

丹陽は無作為にスナック菓子の袋を開けて手を突っ込む。 チラチラと衆生の皿を横目で見ながら。

「さて、先ずは君が提供してくれたロケットのことだが」

「何か分かったのか?」

「更識君」

轡木は話を楯無に振った。そして自分はポテトチップスでマヨネーズをすくい口に入れる。

「はい。あのロケットはとある教会で、式を挙げた記念に無料で配布していたものでした。そこで手作業で記録を漁り調べた結果、ロケットの写真に写っている女性が判明しました」

「誰なんだ?」

丹陽が食い気味に問う。

「古川 陽子さん。歳はもう70近い」

「夫は?」

衆生が応える。ポテトチップスでたっぷりと緑の物体をすくいながら。

「古川 櫂。おそらく君が言っていたカイだよ。理系大学で博士号を取得後に防衛庁技術研究本部に勤めた人だ。陽子さんとは大学を出た直後に結婚」

そしてポテトチップスを一口。余った手で懐から写真を取り出した。写真には若いがカイが写っていた。

「ISの開発を可能な人材かもしれないが、じゃあなんでエカーボンの地下施設にいたんだ?」

「ここからが問題だ」

轡木が手を完全に止め話す。

「40年ほど前に姿を消したんだ。形跡を追ってみると、どうやら、欧州行きの中東回りの航空機に搭乗していたらしいのだか…。中東の空港で蒸発したんだ。嫁を残して。しかも研究部での若くして得た地位もあるのに」

轡木の口振りから察するに、おそらくカイは天才といつやつだったのだろう。

「事件性有りか…。しかしなんでそんな人物が行方不明にもかかわらず政府は調査しないのか?」

「海外だからな」

轡木はきっぱりと言い放った。

「しかも陽子さんは…。10年程前のある朝、陽子さんは防衛省前でうわ言のように虚ろな目で何かを喋っていたらしい。職員が彼女を抑えようとした時に、偶々近くを通りかかった高官が彼女のうわ言が耳に入ったんだ。それはなんと全て政府の重要機密。隣国の戦争直後の敏感期にだ。そしてこの件について政府は何も掴んではいない。陽子さんはその場で確保され、超法規的措置により現在軟禁状態」

「まるで意味がわからんが…その人には会えるのか?」

「居所は目下調査中」

「まあそんなもんか」

衆生がスナック菓子もう一口。その瞬間、丹陽は見逃さなかった。スナック菓子の半分も覆う緑の物体を。

このわさびと名乗る奴は美味なのか?

「ただ、こちらはカイ博士の消息を追ったお陰で更に分かったことも有る」

轡木が炭酸飲料を自分のコップに注ぎながら、言う。

「カイ博士の乗った飛行機に同乗した乗客の中に、カイ博士同様に2名、同じ空港で蒸発した人物がいた」

「2名?1名には関連性が薄いように思えますが」

と楯無が。

「ISの正体が判不明な以上、関連性が有る無しは今は判断出来ん。それに衆生君からの調査報告もある」

「それは一体?」

楯無が慌てて衆生を見る。どうやら楯無も知らないことがあるらしい。

衆生は皿に残った緑の物体を指ですくい舐めとる。けち臭い真似をするほどにわさびというものを好きなのか。

「丹陽にも分かるように順を追って話します。蒸発した人物の1人は、天野一驥。カイ博士と同じ大学で同級生。甲斐博士同様に博士号を取得後に国内のロボット研究所に勤めていたて。多足歩行用学習型運動制御装置の構築や高効率アクチュエータの開発など、ハードとソフト、両方に精通。今あるワンボー業界の立役者だ。現在はISのリバースエンジニアリングの応用ばかりだが、ISの開発者が天野博士だとしたらワンボー開発はほとんど天野博士によるものになる」

衆生はまたもわさびのチューブを取り出し残り全てを皿に捻り出した。がめついことにチューブの端から折り畳み少しでも捻り出そうとしていた。さらにはチューブの口についた僅かな緑の物体も指ですくい舐めとる。食べたいという衝動に丹陽は従う。

「海外からのスカウトも有ったらしいが、英語が出来ないと局長が全て断ったらしい。ついでにカイ博士とは大学からの友人だったそうだ」

確かにこの2人ならISに関連性は有りそうだが、疑問が浮かぶ。この2人は確かに天才だが、天野氏の業績を見るに画期的な発明はしていた。だが、既存技術の延長でオーバーテクノロジーの類じゃあ無い。それに甲斐博士のISの数には上限があるという話。

かなり突飛な発想が生まれた。ISは人が作ったものではない。

しかし、何故そこに束博士が絡んでくる。2人が失踪したのは、束博士が生まれてくる前だ。2人は開発に行き詰まり束博士が参加したのか。だが、黒騎士やエカーボンを襲ったタコ、そしてアガルマト。これらに束博士が携わっているという可能性はあるが。

「そしてもう1人は、土屋守。2人よりも少し年上だ。2人とは別の大学に入学後、中退。桁外れな金持ちの両親が他界した時期にだ。それから両親の遺産で生活していたんだが。その遺産を資金に、とあるものの研究を独自にしてたらしい」

丹陽は一言、衆生に言ってポテトチップスで緑の物体を大量にすくった。

「とあるものって?」

「人間の魂だ」

衆生が言うのと同時に丹陽はポテトチップスを口に入れた。

「----------」

丹陽は悶絶。次の瞬間には涙と鼻水、冷や汗が濁流の如く吹き出る。その原因である、鼻を突き抜ける感覚。鼻を摘まんで抑えるがどうにもならない。

「やっぱり馬鹿げてます。魂など…」

と楯無が呆れた様子で言う。丹陽の様子には気がついていない。

「確かに魂云々の話には私も口を閉ざざるを得ないが、彼の研究方法に問題があるんだ」

と轡木が。轡木も丹陽の様子に気がついていない。

「土屋氏は、金に物を言わせて様々な実験を行ってました。死刑囚が絞首刑を受刑する時に、脳波を観測する機器を取り付け、死ぬ瞬間を観測。死者の脳に電流を流して蘇生実験。臓器移植者の記憶転移についても、移植部位と記憶転移の程度のデータ収集、編纂するなどしていたようで。研究対象こそ奇特ですが、研究方法は非人道的ながら現実的な物ばかりかと」

丹陽が炭酸飲料に手を伸ばすが、散々喋り口が乾いた衆生が、丹陽が伸ばした手の先にある炭酸飲料を飲み干した。衆生もやはり丹陽の様子に気がついていない。

「魂有無の話は別として、彼は研究の過程で何かを発見したのでは無いかと私は考えている」

「なるほど。確かにISと操縦者間のプロトコルについては一部解析出来ただけで謎に包まれています。どのようなメカニズムでISの情報を操縦者にインポートし、逆に操縦者の意思が何故ISに反映されるか。ISが何故同一の操縦者が連続して使用すると反応速度が上がるのか。土屋氏の研究が使われている可能性は高そうですね」

楯無は顎を撫で衆生や轡木の話に納得した。

「丹陽貴方はどう思う?」

と楯無は丹陽に意見を求めた。

「みじゅをくだちゃい」

その後エカーボンに撃ち込まれ核が話に上がった。だが、当然なにも情報は無かった。

 

 

丹陽が休憩室を後にしクラスへの帰路についていたが、楯無が同じ方向に用があるのか、並んで歩いていた。

「丹陽。あなたの右足や有機部品のサンプルが欲しいから、後で保管庫に来て頂戴」

と楯無が事務的に話す。

「サンプル?ついでにホルマリン漬けにするのはどうですか?」

楯無はピクリと震えただけで、すまし顔で黙った。あまりグロテスクな話は得意ではないのだろ。流石に冗談が過ぎたか。

「まあいいでしょう」

丹陽は不本意ながらも了承した。あまり黒騎士を多くの人物に解析して欲しくは無いから。

クラスまで半分といったところで、ふと思い出したかのように楯無が口を開いた。

「ところで丹陽君は、エカーボンの外人部隊にいたのよね?」

「ええまあ」

と丹陽は素っ気なく答えた。

「年齢とは大丈夫だったの?少年兵になるけと」

「自分でも実年齢を知らないんですよ。いくつでも真偽は存在しません」

「そう。じゃあ兵役はどれくらい?」

「2年程。半年間、実技と座学。残りを戦場と自宅を行き来してました」

轡木には信用されているが、会長は違うらしい。過去に興味が有るらしいが、残念なことに過去は全て灰になている。調べようが無い。

「ふ〜ん」

楯無は興味なさげにしていた。

「ところで、貴方の実名まだ聞いてないけど?」

「泉丹陽。それで十分です」

「そうね。じゃあ私こっちだから」

楯無が突き当たりを丹陽とは逆の方に歩き出した。

その背中に丹陽は語りかけた。

「藪を突ついて蛇が出て、それを引っ張ったらキメラだった。なんて有り得ますからね、会長」

あんまり人の過去をほじくり返さない方がいいですよ。

あまり大きな声では無かったが、聞こえてもおかしくない筈なのに、楯無はスタスタと歩き去った。

その後丹陽はクラスに戻ったのだが何故か一夏の姿は無かった。

 

 

放課後、日が赤みを帯びる少し前。IS用のアリーナ。簪と丹陽の2人が居た。2人はアリーナの中心で向き合っており。簪はISスーツ姿。丹陽は肩のプロテクターを外されたハードタイプのISスーツに、その上からラファールを装着。

簪は少し緊張し顔を強張らせいたが、反対に丹陽は今にも欠伸をかきそうなほどにリラックスした面持ちだ。

「来て、打鉄弍式」

簪がそう呟くと、指に嵌められた指輪が輝きはじめる。指輪は打鉄弍式の待機状態で、たった今それを展開したのだ。輝きは一瞬にして消え、その中心にはIS 打鉄弍式 を装着した簪が立っていた。

打鉄弍式は打鉄の後継機とだけあって全体的なフォルムは似ている。大きな差異点は肩部ユニットのシールドやスカートアーマーが推進機関に換装されていることで、その他にも機動性を重視した装備に換装されていた。

「俺が代表候補生に教えられる事無いと思うし、まあ演習を行うのが一番だろうから、早速。と言いたがその前に」

「その前に?」

「そいつの武装を教えてくれ。スラスターの制御には関わったが、武装は知らないんだ」

「武装は、荷電粒子砲の春雷、対複合装甲用超振動薙刀の夢現、多目的誘導弾発射機の山嵐。山嵐の最大発射数は48発。有視界戦闘、有視界外戦闘両方に対応。弾頭は、通常弾頭と指向性散弾、成型炸薬弾頭、対固定目標用の高速貫通弾。これでいい?」

簪は過剰なまでの機体説明を噛むことなく言い終えた。流石は代表候補生。機体の特性を理解している。

「嘘はないな?」

丹陽が念を押す。

何故念を押すのか簪は疑問に思ったが、先に丹陽の質問に答えた。

「うん」

「はい、ダメー」

「えぇぇぇ」

驚愕し目を見張る簪は、自身がした説明に何か落ち度は無いか考えた。十分に説明した筈。だがすぐに丹陽が答えを出す。

「これから演習とはいえ、戦う相手に教えてどうする。しかもご丁寧な程詳しく」

「うぅぅ」

簪は唸り声を上げる。丹陽は好意を踏み躙る言い方をしているが、その行為も好意から来てるもので反論が出来ない。

「機体性能がいかに優れていようと圧倒的な性能差が無ければ、人間はなんでも対処出来るんだ。四六時中気を張れとは言わないが、試合前から戦いは始まってるんだ」

「だけど…」

簪の表情が曇る。

「だけど、今は本番じゃないし幾らボロが出ようが構わないさ。要は本番で勝てばいいんだ」

丹陽は格納領域からアサルトライフルとスナイパーライフルを呼び出す。腕に光の粒子が集まってから完全に形を作るまでに約12秒以上かけていた。

「簪、お前は凄いよ。俺はこんな風に展開に時間がかかり過ぎる。もう少し自信を持てよ」

「うん」

簪は、むず痒いように頷いた」

「じゃあちゃちゃと始めよう。俺は長くは持たないからな」

簪は瞬く間に夢現をコールし、急上昇し戦闘態勢を取った。

丹陽は地面を這うようにして距離を取った。

「じゃあ、かかってこい」

丹陽の合図で、簪が攻撃を開始した。

簪は空中投影されたコンソールを出す。山嵐は全弾発射する為のプログラムが完成していない為に48発全てを手動で誘導しなければならない。とても凡人には出来ない。しかし凡人には不可能でも簪には可能だった。

夢現を持った手をコンソールに添えた。すると腕部装甲の内側から無数のマニピュレーターが伸びた。

「何それ欲しい」

無数のマニピュレーターがキーボードを踊るように叩き、僅かな間に48発全ての軌道をセッティングした。

「いけぇぇぇ」

打鉄弍式の全身から48もの小型ミサイルが宙に射出されると、直後に噴射炎を吹き、先端を不安定に揺らしながらも丹陽目掛けて飛翔する。

丹陽は地面に両方のシールドラックのアンカーを地面に打ち込むと、シールドラックにもたれかけ、シールドラックをアウトリガー代わりにした。アサルトライフルをシールドラックのハンガーに預け、両手でスナイパーライフルを構える。

「まさか全弾撃ち落とす気!」

簪の予想通り、丹陽はライフルを撃った。初弾が命中したかどうか確認するよりも早く、次弾を撃つ。スナイパーライフルはとても単発銃とはおもえない速度で連射を続けたが、全弾ミサイルを確実に射抜いていた。

「なら」

簪がまたもコンソールを操作する。

「数で押す!」

48発もう一斉射。間を置かず、追撃の一斉発射。計96発を丹陽を襲う。

丹陽はスナイパーライフルの銃口を下げた。スナイパーライフルの銃身からは湯気が立ち昇っている。連射による熱膨張で狙撃銃としての命中精度は期待出来ないからだ。

スナイパーライフルでのミサイル迎撃を丹陽は諦めた。だがその代わりに、右のシールドラックを上げる。シールドラックの裏には武器弾薬では無く、4分の1程切り落とされた球体があった。球体の断面にはカメラのようなレンズが大小2つあり、球体には縦横に回転軸がある。

一見するとセンサーの類だが、これはレーザー迎撃機。

簪がミサイルによる飽和攻撃を仕掛けくることは予想出来た。だから予め、簪に感知されないようにアサルトライフルやスナイパーライフル展開する際に一緒に展開していたのだ。

「そんな…これじゃ全機撃墜される」

簪は自身の最大火力が容易く無効化されたことに落胆した。丹陽が言っていたことはつまりはこれだ。手の内さえ把握出来れば対処は容易。もし丹陽が山嵐を知らなければここで勝負は着いていたかもしれなかった。

レーザー迎撃機の小型レンズが全機のミサイルを捉える。すかさず大型レンズが全ミサイルにレーザーが照射された。直ぐにミサイルが爆散。

しなかった。ただミサイルの表面がほんのり焦げただけだった。

「あぁぁ!くそ中山め、このレーザー迎撃機、航空機搭載の低出力のやつだな」

丹陽は悪態つくがミサイルはお構いなしに飛んでくる。

ミサイルは、日々高威力化する迎撃装置に対抗して多積層装甲化するなどイタチごっこが続いているのだが。ISが規格外の兵器である為、そのイタチごっこは通常兵器が置いてけぼりなのは想像に難しくない。まして、ハードキルよりも優先してソフトキルに限られた電力リソースを用いる航空機でのレーザー迎撃機など、高が知れている。

「えぇぇぇ」

簪が、面食らったのも無理はない。

丹陽は咄嗟にアサルトライフルを掃射するが、全ミサイルは撃墜するには至らず、弾倉が空になる頃にはまだ60発前後残っていた。

シールドラックの重さが足を引っ張りミサイルを機動力で回避するという選択肢は無い。

丹陽は意味も無く吐息が激しくなる。

ミサイルは真っ直ぐに丹陽に飛んでいき、ミサイルが命中寸前。

「ハッハッハッハッ…ハァァァ…インパクト…」

丹陽に接近し指向性散弾を乗せたミサイルが数機近接信管が作動、無数の極小弾が丹陽を襲う。同時に丹陽を中心に爆発が起きた。間髪入れずに後続の通常弾頭弾が爆炎の中に飛び込んで行く。次々と絶え間無く爆発は続き、アリーナ大半に爆煙が立ちこめた。

「やったの?」

煙が晴れはじめた。視界が開けはじめて簪は苦笑した。丹陽が居た場所を中心に幾つものクレーターが出来ていたのだ。これでは丹陽も跡形も無く消えてしまいかねない。もとい丹陽の姿は何処に無かった。

ISを装着している以上木っ端微塵になったとは考えづらい。でもまさか…。

不安が頭を過った、その時だった。

地面の一部が盛り上がったのだ。そして盛り上がったに伴い砂塵が流れ落ちて行く。砂塵がなくなり露わになるらシールドラックを装備したラファールが。

「まさか塹壕の中に」

通常弾頭が命中直前、丹陽はグレネードランチャーの弾を手動で信管を入れ自身の足元を吹き飛ばし、塹壕を作っていた。それでミサイルの雨をやり過ごした。しかしただでは無く、散弾やグレネードランチャーの分のダメージは貰ってしまっている。

「良かった…」

簪は思わず安堵した。本当に丹陽は凄いのか凄くないのかわからない。

ひとまず安心した簪だが、直ぐに気持ちを切り替え緊張感を高めた。アクシデントはあったとはいえ丹陽は山嵐のニ斉射に耐えたのだ。強敵だ、間違いなく。そもそも今までの敗北は全てが事故であり、丹陽への正当な評価ではない。しかも丹陽は専用機では無く改造した練習機。勝負が長引けば、実力の差が際立つ。それにイギリス代表候補生の二の舞はいやだ。

簪は山嵐を起動しようとする。

「山嵐」

「やらせるか」

丹陽は両手にマシンガンを持ち乱射。簪は山嵐の誘爆を恐れ急降下し躱す。だが山嵐を阻止されるのは予想通りだ。

簪は弾幕に後ろから追われながら、急降下を続け地面目前まで加速する。地面目前、機首を上げ丹陽に軌道を向け、急降下で得られた速力を以って丹陽に迫る。丹陽は弾幕を貼り牽制する。が、簪が荷電粒子砲の春雷を発射。丹陽はそれをマシンガンを掃射止めずに躱す、弾幕の濃さを犠牲にして。

簪は手にある夢現を握りしめた。唯一自分が勝てる可能性。

「はぁぁぁぁ」

簪は薄いながらも、敵意の篭った弾幕に頭から飛び込んだ。装甲が弾け火花が飛び散り、シールドバリアが簪の代わりに消滅していく。決して少なくないダメージを負う。だが、夢現の間合いに入った。

「これで決める」

夢現を横一線に振り、丹陽のマシンガン2丁を切り裂いた。丹陽は鉄くずを格納領域に収め、シールドラックの実体剣、2本を抜く。しかし簪は反撃を許さない。簪は振り抜き直ぐに上段に構えた夢現を振り下ろした。その際、持ち手は柄の真ん中を掴み、実体剣や丹陽の蹴り以上リーチを夢現に与えた。丹陽には防御という選択肢以外与えない。丹陽は両手の実体剣を頭上で交差させ夢現を受け止めた。しかし夢現の衝撃を受け止め切れず、実体の峰が丹陽の頭に激突。

「いてっ」

簪は瞬時に丹陽の食事風景を思い出した。丹陽は右手で箸を使っていた。つまりは右利き。

簪は夢現の刃を横倒しにして、実体に沿って左に走らせた。丹陽は咄嗟に右手を離し引っ込める。次の瞬間、夢現が実体剣の鍔をすれすれで飛び越え、右手があった柄を過ぎ去った。

判断が一瞬でも遅れていれば丹陽は利き腕を無くしていた。

「まだまだ!」

簪が春雷を接射。丹陽は完璧では無いが、ボディワークで数発、回避した。簪の春雷は外れた、しかし目的は果たした。丹陽の反撃を抑制したのだ。簪は丹陽が回避している隙に、スラスターを噴射し体を斜めに回転させる。簪が丹陽に向き直った時には、モーメントの乗った夢現が袈裟切りを放っていた。

「いけぇぇぇ」

丹陽は左手の実体剣で守るが、片手では受け止め切れず左肩から右腰まで一線に斬りつけられる。

丹陽の身に傷は無い。だがシールドエネルギーが大幅に削られた。

反撃の為に丹陽は実体剣を振るろうとするが、間合いに踏み込めない。簪が夢現を振り抜かず、丹陽の腹部に夢現の先端を当て牽制していた。丹陽は夢現に掴みかかろうとするが、簪が夢現の刃を返し、顎狙いで斬り上げた。丹陽はそれを紙一重で避けるも、また反撃の機会を逃してしまった。簪は斬り上げた夢現の刃を返し、振り下ろす。

当たる確証は無い。だが反撃を許さなければ勝機はある。しかも丹陽のシールドエネルギーは、山嵐、夢現、春雷全てを受け止めている。残りは少ない。

「え?」

丹陽が踏み込んだ。当然、夢現を避け切れず左肩で受け止める。しかし左肩に当たったのは柄の部分で、シールドエネルギーの減少量は最小限に留めた。

刃物は一般的に最も威力が有るのは先端部分で、遠心力がつく分当然と言えば当然。そこで丹陽は踏み込むことで先端部分による斬撃を回避し、ダメージを最小限にしたのだ。しかしシールドエネルギーは残り僅か。

完全に不意を突かれ恐慌状態に簪は陥った。だがそれも一瞬ですぐさま丹陽から離脱すべく、スラスターを噴射する。だが丹陽の右手が簪の腰を掴み逃がさない。離脱を阻止された簪のシールドエネルギーを、いつの間か持ち替えらていた左手の短刀が切り刻んだ。

目に見えて減っていくシールドエネルギー。簪は春雷を乱射した、パニック気味に。後で知るのだが、簪はこの時、物凄く険しい顔で雄叫びをあげていた。

丹陽は春雷での反撃を事前に予想し、シールドラックのアンカーを左右両方の若干遠くに打ち込んでいた。両方なのはどちらに移動するか察知されない為に。丹陽は右手を離し左のアンカーは巻き上げ、自身を左に引っ張り、春雷の乱射を回避した。

丹陽の束縛を逃れた簪は、壁際まで一気に離脱した。安全を確保したことを確認すると、簪は乱れた息を気持ちと共に落ち着かせる。数秒かけてやっと冷静になれたが、失敗だった。丹陽に武器を呼び出す時間を与えてしまった。

案の定丹陽の右腕にはスナイパーライフルが持たれている。しかし左手は空だった。

次のアタックがラストチャンスだ。簪は再び夢現を握りしめてた。

まさにスラスターを全開にして突撃をかける、その時だった。

丹陽が左手で脇腹をポンポンと叩いた。同時にISから左脇腹に不明物体が貼り付けてあるとメッセージが来た。脇腹を見ると、四角く形を整えられた粘土のような物体が貼り付いていた。その粘土の中心には赤いランプが点滅を繰り返し、そう思った刹那にランプの光が消えた。

「爆弾…」

粘土が爆発した。爆発は簪を完全に包み込んだが、シールドエネルギーを切らすには至らない。だが丹陽は別にこの爆弾で決着を付けようとしたわけでは無いだろ。

爆煙を簪が飛び抜けると、空だった丹陽の左手にはマシンガンが握られていた。

敗北。その言葉が簪の頭を浮かぶ。この敗北は技量云々では無い。丹陽の反撃に怯えて、パニックになった事が最大の敗因だ。精神的な問題。

簪は勝敗を諦め、減速停止した。

しかし簪が勝った。

「参った」

丹陽が両手を挙げている。全身からはエラーの文字を浮かび上げさせていた。時間切れだ。戦闘前に丹陽はISを装着して話していた。それが敗因だろ。

「簪、ピットまで頼む」

簪は釈然としない顔で頷くと、丹陽をISごと抱えてピットまで運んだ。その際少しばかり丹陽が話した。

「近接戦は、正直危なかった。一夏と違って反撃の隙が少なくてな。パニクったのは気にするな、場数を踏めば自然と耐性が付く。でも最後はいただけなかったな。諦めるなんて」

内心、人に物言える人格者か?と自嘲しながら。

ピットに帰り、ISを丹陽はパージし簪は待機状態にした。その際、丹陽は整備班から小言を貰っていた。丹陽がISの扱いが雑過ぎると。

その後夕食を取る為に、食堂に向かう。その間、丹陽は簪から借りたアニメの話をした。だが簪には丹陽の失望したかのような言葉が胸に突き刺さり、まるで何も入ってこなかった。

 

 

「また塩と砂糖、間違えてる」

「ごっごめん」

平屋の借家。借家とはいえ広くは無く、八畳間の一室と台所や便所に風呂場が付いた簡素な造りだった。

そこの台所で幼児の男の子と妙齢の女性がいた。2人でたった今、出来上がった肉じゃがの味見をしたのだが、塩と砂糖を間違えたらしい。

「うぅぅ、どうしよう…。今から作り直すには時間が掛かるし…。何処か食べに行こう?」

「本当に!やった、僕ハンバーグがいい」

男の子は跳ね上がり全身で喜びを表している。女性は少し呆れてた様子だ。塩と砂糖を間違えたのに。

「まったく、ハンバーグなら私だって作れるのに」

「だってお母さん、よく焦がすじゃん」

女性はぐうの音も出ない。

「こっ今度から絶対失敗しないから!」

「はいはい。じゃあお姉ちゃん呼んでくるね」

男の子はそう言い残して玄関に走って行った。

「お母さん、支度してるから。気を付けていってらっしゃい、一夏」

その時、ドアをノックする音が聞こえた。

 

 

母さん…。

一夏はぼんやりと瞼を上げると、天井と電気が着いていない蛍光灯が見えた。

「ここは…っいた!」

舌の上がズキズキするように痛い。

一夏は自身の置かれた状況を確認する為に上半身を起こした。ここはどうやら保健室で、自分はベッドで横になっていたらしい。時計を見ると放課後らしい。

太ももに重みを感じて視線をやると、千冬姉がいた。千冬はベッドのすぐ脇で椅子に腰掛け、上半身は一夏に寄り添うように倒れていた。顔は髪が垂れて見えなが、髪が吐息で一定間隔で揺れていることから、寝ているのだろ。

一夏はそっと千冬の頭を上げると、自分の足をどけ代わりにさっきまで使用していた枕に千冬の頭を託した。そして一夏は掛け布団を二つ折にして千冬の肩にかけた。

「白式、起きてるか?」

[はい、たった今目を覚ましました]

「尋ねたいことがあるんだが」

[私も、尋ねたいことがあります]

二者ともに一呼吸置くと同時に言う。

「記憶が無いが何が起きた?」

[記憶がごさいません。一体何が?]




また負けた。

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