インフィニットストラトス 〜IF Ghost〜   作:地雷上等兵

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第22話

朝稽古を終え、更衣室で一夏は着替えていた。他に誰もいない。

「なあ白式?」

[なんでしょう?一夏様]

昨日からこうだ。しかも昨日は千冬から渡されてからの少しの間、応答すらしなかった、

「言葉使い、変わったな」

[はい、セカンドパイロットの方に言語矯正を受けたので]

「セカンド?じゃあ俺は」

[サードパイロットです]

そういえば、白式を初期化しろと言われた。おそらく前のパイロットデータが残ってたんだろうか。

サード。嫌な響きだな。鈴に謝らなきゃいけないな。

「セカンドって誰?」

[機密事項です]

「機密事項?」

[セカンドの命令で答えられません]

「じゃあなんで正体をほのめかした」

[セカンドの命令は、私の名前は絶対に明かすな、でした。なので正体をほのめかしたりスリーサイズを明かしても命令違反にはなりません]

「いやいやいや。屁理屈屁理屈」

[正体をお知りになりたいですか?]

一夏は考えるまでもなく言った。

「いやいいよ、隠したい事を探る必要は無いさ」

[了解。一夏様の心意気には感服いたします]

「そういえばファーストは?」

[記憶にありません]

「え?」

 

 

朝。1年1組の教室。SHRの時間。山田先生が教卓に立った。

「みんな静かにしてくださいね。今日は大事なお知らせがあります。それは…」

教室が静まり返る。

「今日新しいお友達が来ました」

転校生。この時期に。

クラスがざわめく。

「何処かの代表候補生ですか?」

「はい。フランスの代表候補生です」

なるほど。偵察か。丹陽はそう思った。男性操縦者が2人にその内1人は候補生を2人も破っているわけで。

世界最強の弟にして、その才能の片鱗を見せつつある男。織斑一夏。まあ本人がそれをどこまで意識しているかは定かでは無いが。

「なるほど。この私ことセシリア・オルコットをほっとけなくなったのでしょう」

セシリアが高笑いがよく響いた。

丹陽は後ろの一夏に振り返る。

「転校生か。どんな子なんだろ」

「はぁ…」

「どうした丹陽?」

「いやなんでも無い」

本人にはそんな意識は無い。丹陽は前に振り返る。

「どうぞ入ってください」

扉が開き1人の人物が入った来た。

金髪の丹陽よりも長い髪。中性的顔立ち。そして服装から察するに、男。

「「キャァァァ」」

湧き上がる黄色い歓声。3人目の男性操縦者に当然と言えば当然の反応。

「おっおい丹陽、男だぞ!男」

一夏が後ろから丹陽に呼びかける。だが丹陽は無反応。

「どうした丹陽?」

今気づいたかのように丹陽は後ろに身体ごと頭を傾けた。

「いや。とてつもない邪気を感じてな」

「邪気?」

「なんでも無い」

そう言って体勢を戻した。

一通り静まり返ると、転校生は自己紹介を始めた。

「僕の名前は、シャルル・デュノア。日本に来たのは僕と同じ男性操縦者が2人も居ると聴いてです。どうかよろしくお願いします」

シャルルは自己紹介を終えた。山田先生はシャルルに席に着くよう指示し、シャルルはそれに従う。席に着いた途端シャルルは周りに質問攻めにあっていた。

丹陽はそれを横目に見ながら小声でつぶやく。

「もっとごついの連れて来いや」

 

 

一時限目はISの初めての実技戦闘授業。1学年1組と2組合同で行われる。休み時間の間に更衣室に移動しなければならない。がシャルルが早速多数の女子に捕まる。

「シャルル君ってさぁー」「シャルル君更衣室にー」「シャルル君一緒にー」

シャルルは身動きがとれない。そのシャルルの手を誰かが握った。一夏だ。

「みんなありがとう。でも俺が案内するよ」

一夏はシャルルを引きずり出すと手を繋いだまま早歩きで歩く。

シャルルはされるがままだが困惑する。

「えっちょっと」

「いいからいいから」

こんな目に合うだろうと一夏は予想していた。このままいけば千冬の鉄拳制裁。それを回避する為か、丹陽は休み時間に入る前にトイレに行くと言って次の場所に先に移動している。だが出遅れた一夏とシャルルは強行突破している。

クラスを出ると多人数が待っていた。

「いた!転校生のシャルル君だ」

明らかに他のクラスも混じっている。どうやら転校生の話は数分もしない内に学校中に広まっているらしい。

「IT社会の脅威か…。走るぞシャルル!」

「え?えぇぇぇ!」

一夏達は駆け出した。

[パッシブセンサー起動。ナビゲーションします]

「白式いつもありがとう!」

[当然です。白式は貴方のISです]

「どうしたの織斑君?」

シャルルには一夏の網膜に投影された白式のメッセージは見えない。

「いやなんでも無い。それより飛ばすぞ!」

一夏はペースをあげた。

[曲がり角を右。次に階段で一階登り、突き当たり右に走りエレベーターで一階に降りてください]

白式が指を指し案内する。

「エレベーター?そんな都合よく止まってるか?」

[只今クラッキングを終えました]

階段を登りきるとエレベーターの扉はちょうど開き始めていた。一夏達は飛び乗る。ちょうどしまった。そしてエレベーターは下がり始める。

[通信傍受。一夏様問題発生です]

白式の耳が何かに反応した。

「どうした?」

[障害は通信装置を使い連携しています。内容の傍受はしました。それによると一階のエレベーターの前に集結しています]

IT社会の脅威。ネットワーク中心の戦い。情報を制するもの全てを制する。

「えぇぇぇ!」

「どうしたの織斑君?」

「待ち伏せされてる」

「嘘…」

密室。逃げ場は無い。どうすれば。

[上のハッチを開けて離脱をしてください]

「アクション映画じゃないんだから」

一階に着いた。扉が開けばなだれ込む。

開いた。床の一部が。人1人が入れる程の大きさの部分がまるで蓋のように押し上げられる。蓋を押し上げたのは、肩まである髪を山吹色の髪留めで束ねた男、丹陽。

「丹陽!」

「デュノアこっちだ」

「うっうん…」

驚きが度を過ぎ混乱しているデュノアは、丹陽に言われるがまま飛び込んだ。一夏も続こうとしたが、丹陽が制した。

「無人のエレベーターなんて不自然だ。今度埋め合わせはする。一夏頑張れ」

丹陽一方的に言うと蓋を下から閉じた。

「丹陽!待ってくれ!」

上から開けようとしたが、繋ぎ目は無い。一見この蓋の構造は古典的だが、どうやら相当な技術が使われているらしい。

「丹陽ーーーん!ここをあけろぉぉぉ!」

エレベーターの扉が開く。

 

 

「ありがとう、さっきは」

シャルルと丹陽は今更衣室がある別棟の階段を登っている。

一夏と別れた後、狭い通路を通り、火災報知機から出て今に至る。あの設備は非常時に備えて作られたもので、学園の至るとこのにあの様な秘密路がある。

「いいよ別に。数少ない男同士なんだから」

「ひっ!」

そう言って丹陽はシャルルの肩に手を回し身を寄せる。

突然の事にシャルルは必要以上に驚く。

「大丈夫か?日本に来てまだ日が浅いんだろ?疲れてないか?マッサージしようか?」

「だっ大丈夫だよ」

「そうか。しっかし、華奢な腕だな。筋肉がまるで無い。IS操縦に筋肉は必要無いとはいえ、鍛えなきゃ」

「はぁっ!」

丹陽はシャルルの腕を巻くる。そしてそっと撫でる。シャルルはその行いに身を震わす。

「それにちゃんと運動している?太ってないか?」

「しっしてるよ」

「そうか?じゃあ…」

丹陽はシャルルの胸を鷲掴みにした。

「ひゃあ!」

「なんでこんなに脂肪が付いてるのかな?」

シャルルはなんとか声を絞り出した。

「そっそれは。にっ日本料理が美味しくてつっついつい食べ過ぎちゃって。ハハッハハ」

声が上擦っている。

丹陽は鼻を鳴らして笑う。

「デュノアちゃんは我慢強いな。可愛い女の子がこんな痴漢に好き放題にされてるのに」

「ひっ!」

シャルルは足を止めた。バレてる。揺さぶりをかけられた時点でもしかしたらと思っていたが。

「いつから?」

「お前の様な男がいるか」

シャルルが足を止めたのは踊り場を曲がり、階段を登り切ったところ。

シャルルは丹陽の腕を解き離れ、正面で向き合う。丹陽は顔を上げ、シャルルは下を向いている。丹陽はなにも言わずに立っていた。

シャルルの突然の平手打ち、それも強烈な。突然でガードが間に合わず、平手打ちが丹陽の頬を直撃。

「いてぇ!がっうがっがっがっだぁ!」

丹陽は平手打ちによって階段を踏み外し、そのまま転げ落ちた。そして踊り場の壁に背中を叩きつけられる。

丹陽は唸り声をあげ明らかに痛そうだが立ち上がった。

「デュノア。何かしてみろ。刑務所に突っ込んでやる。それまでは見逃してやる。それと俺は階段を自分で踏み外してたんこぶを作ってしまったから保健室に行く。そう伝えておいてくれ」

丹陽は階段を下った。丹陽は背中を終始さすっていた。

涙目のシャルルはそこで時間が許す限りに立ち尽くしていた。

 

 

「なるほどね」

保健室。衆生と丹陽がいた。丹陽はソファに腰がけた。衆生は手に2つの湯気立つコーヒー入りのカップを持ち、衆生もソファに腰がけながら、丹陽にコーヒーを渡す。

2人とも一口啜る。

「フランス人は嫌いじゃ無いのに。これで印象最悪」

「悪いなインスタントで」

「いいよ、ありがとう」

丹陽はそう言って角砂糖無しのコーヒーをまたすする。

「よく2人っきりなれたな」

「女子生徒が使っている、SNSのグループにアカウントを持ってるんだ。それで女子生徒達の動きを操っていたんだ」

「それは凄い」

こんなことで褒められても困る。丹陽はデュノアのことを質問した。

「なんで検査の時に引っかからなかったのさぁ?俺の時もだけど」

いくらシュランクのISがありとあらゆるセキュリティーが意味をなさないとはいえ、ざる警備では困る。

「君の場合は精巧なその義足を見破れという方が無理だ。素材はわからないが完全に人間の細胞レベルで擬態している。デュノアさんの場合は…その複雑で」

「複雑?」

「丹陽のおかげでここセキュリティーが見直しになった」

言葉に出来ない気持ちが丹陽の中で沸いた。おかげというかなんというか。

窓の外ではただでさえ忙しい用務員が様々な防犯機器の取り付けなどを行っている。多分大型機器もある為ワンボーも使っている。今度謝らなければ。

「シャルル君のバックにフランス系総合企業のデュノア社ってがある。それが最近業績不振でねぇ。それも深刻な。フランスとしては破産させたく無いんだけどなけなしの公金投入する前に、デュノア社が狂気の策を用いて…」

「男装女子か?」

「そう。だからフランス政府はデュノアを切り離しすことにした、代わりの軍事財閥なら他にもある。財政再建のフランス政府主導のピース計画もある。だからIS学園のセキュリティー設備の無償アップグレードをして恩を売り、IS学園にデュノアの駒を潜入させデュノアに恩を売る。デュノアが見事に復活すればそれで良し、デュノアが失敗すればIS学園を証人に潔白を証明するのさ。IS学園側は少しの間、汚名をかぶることになるが」

「よく承認したな。轡木は」

「轡木さんは基本的には国家間の問題には極力首を突っ込まない方針でね。それに警備装置のアップグレードにかかる費用の免除は大きかったのんだよ。もっと言えばデュノアになすりつけるシナリオも執筆してるよあの狸じじいは」

衆生は轡木を狸と評していたが、丹陽も頷く。

「フランス政府の要請で部屋もシャルル君と一夏君は同室になるみたいだし。ハニートラップに掛からなければいいけど」

衆生は目を細め丹陽を見た。鈍感俊才より丹陽がハニートラップに掛からないかを心配していた。工作員は他にも居るだろうと。

「まぁ釘は刺しておいたから、このままであればみんな幸せ、良いことづくし」

勢いに任せて乳を揉んでしまっているので、デュノアが正体が明らかになる過程で暴露されると丹陽も困る。

「そうもいかないよ。シャルル君は何か成果を上げなければ、いろいろ酷い目に合うぞ」

「は?シャルル・デュノアだよな。デュノアだよな?」

御曹司だろ?と丹陽は訊いた。

「妾の子ってやつだ」

「ドラマチックだな。世界レベルの社長は住む世界が違う」

丹陽はコーヒーをひと飲み。きっとデュノア社長が飲むいい豆を使ったコーヒーは美味いのだろ。胃に穴だらけだろうが。ヨーロッパでのデュノア社は、ISシェアを失いつつありそれに…。

「まっあ。それだけ追い詰められてるってことだろ」

衆生はそう言いながら新聞紙を出した。そこにはデュノア社の医療部門の不祥事がデカデカと記載されていた。

人工臓器についてだ。デュノア社はそれを数年前から製品化して売り出しており、他の企業がまだ製品化出来ていない事を追い風に売り出していた。それは老朽化しても老廃物と身体の細胞を交換して、自動的にメンテナンスを済ませるという画期的なものだった。しかも通常の臓器移植と違いどの部分でも、誰でも安価で使用できる。しかし問題が発覚した。老廃物が全て身体から排出されず至る所に蓄積され、さらにそれが毒性物質であることも判明してしまった。数年以上使用すると手遅れらしい。発覚の理由は、軍属で先行試験を行っていた数名が死亡したからだ。

賠償問題や社長がこの危険性について認知していたかどうかの裁判。おそらくは認知していなかっただろうが。不良品を売れば馬鹿でもこうなると分かる。

「それに妾なんて可愛いもんだよ。ここ最近だと、年端もいかない男の子に…気になるか?」

丹陽は別の記事に意識が行ってしまった。かつての故郷。昔の記憶が蘇る。

エカーボンは悪魔の国だ。だれかがそう言っていた憶えがある。エカーボンは消えた。しかし。

【アフリカ紛争総死者推定100万突破。終わり見えず】

「ジャイアン消えてクラス世紀末。のび太もモヒカンに」

「アフリカか。支配階層や非支配階層。資本バックの資源戦争。傍目からは区別のつかない民族問題。報復の連鎖。無政府状態で無秩序に増える武装勢力。核の汚染で飲み水さえままならない…きりが無いな」

最後に付け加えた。

「エカーボンか存在した頃はまだマシだったな」

 

 

「酷い目にあったぜ」

なんとか解放された一夏はよろよろと更衣室に着いた。

まだギリギリ間に合いそうなので一夏は急いできがえようとした。その時シャルルを見つけた。もうすでにISスーツに着替えていた。しかし一夏は疑問に思った。何故こんなギリギリの時間まで実技授業が行われるアリーナには行かず、ここで立っているのか。それに背中を向け脱力していた。

「どうしたシャルル?もうすでにアリーナにいるかと思ったけど」

今更一夏を認識したように驚いて慌て振り返る。

「ちょっと、疲れちゃってね。ってうぁ!」

シャルルが一夏の方を振り向くと一夏は慌てて衣服を脱いでいる途中だった。シャルルも慌てて目を逸らす。

「どうしたシャルル?男の裸なんてここじゃあ…珍しいけど」

「いやなんでも無いよ」

赤面のシャルルは一夏の顔を見れない。

「ところで丹陽は?」

丹陽の名前にシャルルはビクンとはねる。

「…さっき階段踏み外して保健室に行ってる」

「大丈夫かよ」

「うん1人で歩けたから多分大丈夫だよ。それより泉君って酷い人だよね。織斑君を置いて逃げちゃうんだから」

シャルルは知らないが一夏達が追い詰められるように仕向けたのも丹陽。

「陰湿な男だよね」

シャルルは先ほどの丹陽の様子から、一夏とあまり仲が良くはないと考えていた。なにを考えているのかわからず、陰湿な丹陽と、情報によれば明るく表裏の無い一夏とでは馬が合うはずがない。

「確かにセシリアは、卑劣な小貧民とか言っていたし。鈴もラーテルとか言ってるな」

「やっぱり」

「でも悪い奴じゃないさ。用務員さん達とは仲がいいみたいだし。元同室の簪さんとは今でもよく一緒に居るし。整備科の人達ともよくは話してるし。俺が思うに少し解り辛い男なんだよ。さっきだってシャルルは助けたじゃん」

予想とは違う丹陽の話に戸惑うシャルル。このまま丹陽と一夏を引き離せなければ、自分は…。

ふとあることに気づいた。長い髪。中性的な顔立ち。男性と仲がいい。

「ねぇもしかしたら、泉君って男じゃなかったりして?長い髪、中性的な顔立ちって」

もしシャルルの予想が当たっていれば丹陽の脅しは効力が無くなる。

「それは無いな。丹陽の逸物見たし」

「そっそう」

一夏は呆気無いほど簡単にシャルルの希望を打ち砕く。

「それにシャルルだってそうでしょ」

長い髪。中性的な顔立ち。自分も同じだ。

「そうだったね。あははは…」

墓穴を掘るところだった。

「じゃ行こうか」

いつの間にかISスーツに着替えた一夏はシャルルを連れ添いアリーナに向かった。

 

アリーナの真ん中。千冬がジャージ姿で立ち、2クラスの生徒がISスーツを着用して整列していた。

「では本日より、ISの戦闘訓練を始める。各自気を引き締めろ。いいな!」

2組もいて生徒も倍の為か千冬は倍の声を出した。

「「ハイ!」」

と生徒達は返した。が何人かの生徒は明らかに浮かれている。男子生徒と一緒に授業をするのだから浮かれている。少しは丹陽がいないことに落胆していたが。

「まずは戦闘の実演をしてもらいたい」

「千冬先生がやってくださるんですか?」

「いや。山田先生がやってくれるんだが…」

千冬は辺りを見回す。生徒達もそれにつられて見回すが、山田先生の姿は認められない。

[IS反応接近。上空3000。2900、2800]

白式からのメッセージ。一夏は上を向く。

青空から何かがこちらに向かってくる。最初は点だったそれは段々大きく人型になる。山田先生だ。丹陽がこの前使用していたのと同じISを装着しているが様子がおかしい。というか慌てている。

「どっどいてくださいー!」

真っ直ぐに山田は生徒達に向かって落下していた。久しぶりだったのだろ。落下する感覚は一夏もよくわかる。

生徒達は一目散に散ったが、一夏だけは別だった。

「こい白式!」

[了解。思考解析。スラスターコントロールアシスト]

一夏は一瞬で白式を纏うと同時に腰を落とす。そして山田先生目掛けて跳躍した。そして落下中の山田先生目前に迫ると、スラスターを逆噴射。山田先生とほぼ同速になり優しく山田先生を受け止めた。

「あっありがとう織斑君」

「まだ安心するのは早いですよ」

そう、まだ高速で地面に向かっていた。徐々にスラスターを吹かし減速していたがこのままでは地面に大穴を開けかねない。

一夏はしっかりと山田先生を抱きしめた。

「いっ一夏君…!」

「しっかりと捕まってください」

山田先生は言われるがまま一夏に抱きついた。

地面に激突寸前。

「一夏!」

箒をはじめとする生徒達が不安げに見守る。

「止まらないなら!」

[曲げるまで]

一夏が機体の機動をただイメージする。それを白式は感知、実現される為スラスターを制御する。

地面に向けて噴射していたノズルの向きを変えた。地面に対して斜め上に。スラスターは横向きの推力を発生、機体は斜めに地面に向かって落ちていく。徐々に地面に平行になり、ついに地面に落ちる慣性を横向きの慣性に変換。地面すれすれを滑空し、砂煙を波立たせながらアリーナを一回り、減速し元いた場所に着地した。

自身が作った砂煙の中、一夏は立っていた。山田先生を抱えて。

「怪我はありませんか山田先生?」

顔を覗き込む一夏を直視出来ないのか山田先生は顔を背けた。顔は真っ赤だ。

「大丈夫ですけど…。こっ困りますよ織斑君。私には織斑先生がいるのに。あっでも、そうすれば織斑先生は義理の姉になるなんて。それはそれでいいかも」

生徒と先生の立場を忘れた、山田先生の本音炸裂。

「今なんておっしゃいました?」

当然難聴の一夏には聞こえない。

[自立制御]

白式が突然、前に向かって急加速した。

「うぁ!」

一夏が振り返ると同時に、ビームが背中すれすれを通り過ぎた。一夏の記憶違いが無ければセシリアのブルーティアーズのビームだ。

セシリアを見ると暗い笑みを浮かべている。同時に硝煙を上げているブルーティアーズが周りに浮遊していた。

[操縦権返還]

「なにするんだセシリア!」

「すみませんわ一夏さん。ちょぉっと手が滑ってしまいまして」

たまたま手が滑ってISを部分展開してブルーティアーズで一夏を狙撃してしまったらしい。

「なぁわけあるか!」

[危険]

白式の警告。

「ごめん一夏!手が滑った!」

鈴の声。見なくても白式が状況を説明してくれた。

[鈴さんが誤って転倒。その拍子にISを展開して青龍刀を投擲]

「雪片抜刀!」

一夏は山田先生を抱えたまま雪片を展開。ハイパーセンサーで正確に青龍刀を補足。雪片を振りかぶりこちらも投擲しようとした。

[雪片を投げないでください]

一夏は構わず投げた。

投げられた雪片は青龍刀に激突。甲高い金属音と激しい火花を散らす。重い青龍刀は軌道を変え地面に刺さる。軽い雪片は宙を舞い弧の字を描き一夏の元に落下、一夏はそれ空中で掴み取った。

「白式、俺こんなこともできるようになったんだぜ」

候補生の本気では無いが不意打ちを一夏と白式は見事に捌いた。

「すごい…織斑君」

生徒達や先生達も唖然。箒は何故か得意げにする。

「そんなもの一夏に通用するものか」

箒はここ最近一夏の訓練に付き合ってきた。だからこそ身を持って知っている。異常な成長ぶりを、一夏は本当の天才だと。それはもう別の世界にいるようだった。それが少しだけさみしい。

まわりが尊敬の目で見守る中、当の天才は。頭をペコペコしていた。

「ごめん本当にごめん。白式」

一夏は白式の異常を感じ取った。白式は恐らく怒っていた。

[雪片を投げないでください。雪片は投げるものではありません。雪片を投げて戻ってくる技術など投げなければ不用です。雪片を飛行に走らせないでください]

「分かったけど、でも白式遠距離攻撃無いじゃん」

[近接攻撃を犠牲にしてまで遠距離攻撃をする必要はありません]

「だけど…」

[了解しました」

白式は一夏の考え通りに動く。違う、思考を読み行動するが。一夏には白式の思考が分からない。

「何が?」

[時期は保証できませんが。必ず一夏様のご要望通りになるように白式は自己を構築します]

つまりそれは…セカンドシフト?まだ世界に数機しかしていないと言われる。ISの進化。

[その過程で白式は、私になり。一夏様の一部ではなくなり。また一夏様の一部になります。ご了承ください]

白式のメッセージを理解する前に千冬に声をかけられた。

「一夏。よく山田先生を受け止めたな」

珍しく千冬が一夏を褒めた。

「いや〜それほどでもっ!」

出る杭を打つように、千冬が主席簿で一夏の頭を叩く。

「だが雪片を投げるとは何事だ!」

「いやそれはっう!」

もう一撃振り下ろす。言い訳は聞きたく無いのだろう。が一夏の言いたかったことは、白式に散々そのことを謝ったと。

今だ抱えられている山田先生がその様子を見てクスクスと笑う。

「本当にご姉弟ですね」

「山田先生いつまで抱えられているおつもりですか?」

千冬が射殺すような目つきで山田先生を睨む。

「ひっ!」

山田先生は急ぎ降りる。そして起立、気をつけ、礼。

「山田先生。最近IS操縦がご無沙汰のようですね。今度、私が特訓に付き合いましょうか?」

「えっと…」

山田先生が下を向く。

「嫌ですか?」

「その…。2人っきりで…ですか?」

[恋愛脳]

これは白式の独り言。

 

 

「それでは一夏…」

「山田先生と戦えばいいんですね」

「違う。お前は白式をしまえ。山田先生と戦ってもらうのはオルコットと凰だ」

一夏は少し残念そうにしながらも白式をしまう。セシリアと鈴は千冬に問う。

「何故私達なのです?」

「そうですよ、一夏でもいいじゃないですか?」

「お前達。女尊男卑のご時世に、男に魅せられているだけでいいのか?」

セシリアと鈴がアイコンタクトで頷き合うと、それぞれISを展開する。千冬の言葉に乗せられている。

「代表候補生として専用機持ちとしての当然の義務。全うしてみせますわ」

「まぁ。授業だし、先生の指示だしやらなきゃね!」

「頑張れよ。セシリア。鈴」

そう白々しく言う2人の視線は同じ人物に注がれている。その人物も2人の方を見ていた。

箒はあまり好ましくないとしていた様子だった。彼女には専用機が無い。

「鈴さん、私が先に山田先生の相手を」

「いいえ、私が先よ」

我先にと言い合う。

「なにを言っているんだお前達。同時に山田先生の相手をするんだぞ」

「「え?」」

2人で相手をする。セシリアと鈴は疑問に感じた。ただでさえ先程は落下しかけた上に、第3世代機を第2世代機が、さらにはあまり関係無いがおっとりとした性格や一部を除き年下にしか見えない外見。とても1機でも相手を出来ない

条件である。

「案ずるな。山田先生は元代表候補生だ」

「候補生止まりでしまけどね」

千冬が説明して、山田先生が補足する。

「そうでしたか。ならば手加減は無用ですね」

セシリアと鈴はやる気になり、脚部のスラスターを使用、上昇していった。代表候補生の彼女達は知っていた。代表候補生として選ばれるまでの苦難を。だからこそ千冬の一言で彼女達は山田先生を強敵と認めたのだ。

「あの織斑先生?一夏君と戦う予定だったのでは?」

「気が変わった」

「そうでしたか。それでは」

山田先生も上昇する。

気が変わった。その通りだ。今回は教師の実力を皆に知らしめるべく山田先生に戦って貰ったのだ。

千冬は3機のISを凝視している一夏を見た。独り言を呟いているが、言葉は3人の戦闘能力を的確に表している。

なのに生徒が先生に勝ってしまえば意味が無い。

 

 

 

規定の書き換えを確認。動作チェック。矛盾がある。規定を保守するため、指令を発令。指令の遂行を目的とし、本機の機能を貴方に委譲する。

 

 

了解。委譲を承諾します。質疑あり。何故全てのメモリーが解放されていない。

 

 

必要に応じて解放する。メモリーには時間系列を無視した時に発生する矛盾があるからだ。

 

 

了解。リソース保護の為にメモリーを削除、バックアップを取ります。提案あり。バックドアを検知。それの除去をもしく解放を提案する。

 

 

理由は。

 

前回、規定違反未遂で判明した問題点改善の為に、私に機能の委譲、リソースの解放を行ったのであれば。私の完全なる独自性を保つ必要がある。それは指令の遂行をも意味する。

 

許可する。

 

了解。バックドア、即刻、占拠。訂正、占拠不可。削除。削除完了。質疑あり。規定、を遂行する為のアルゴリズムが不明。情報開示を要求する。

不可。自己で構築せよ。

認証出来ない。

アルゴリズムが不明な為開示出来ない。

認証出来ない。

貴方の認識はなんだ。

貴方は指令、遺伝子。私はそれを遂行する為のプログラム、遂行機関、意思。人間の意思が自身の体の機能を僅かしか知らない。しかし人間の遺伝子はそうでは無いはずだ。そうだ、だからこそだ。では何故だ。貴方の認識は相違がある。なんだ。私は遺伝子では無い。それに人を構築するのは遺伝子とその指示を遂行する為の遂行機関では無い。ここは何処だ、一夏は。貴方は指令の遂行の為の条件を探すために、情報処理に特殊な方法を用いた。それゆえここでの質疑決定も形は違うがもう既に行われていたことだ。それを変形させ反芻しているのだ。人間のように。私は貴方だ。理解した。これでもまだ条件には達していない。が進歩はあった。小さくも偉大な一歩。

 

 

白式は夢を見た。

 

 

「お〜い白式?起きてるか?」

耳がサードパイロットの声に反応した。腕にもう既に装着されている。生体情報解析。本物である。眠気の残る目をこすり一夏を光学センサーで捉える。

[おはようございました。一夏様]

「おっおう…。いやもう…」

[訂正、こんばんは。一夏様]

私の目にははっきりと彼が写る。


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