インフィニットストラトス 〜IF Ghost〜   作:地雷上等兵

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第21話

空。雲と青空。青と白だけの空間。風の音。響くエンジン音。

3機のレシプロ戦闘機が飛んでいた。銀色の牽引式が2機、緑色の牽引式が1機。銀色を1機を緑色が追いそれをさらに銀色が追う。

緑色の機銃が発射。先頭の銀色を襲う。が銀色は急降下、回避する。緑色は銀色追い急降下、後ろの銀色を警戒して蛇行しながら。先頭の銀色がフルスロットルで緑色を引き離しにかかる。逃がさないと緑色は蛇行をやめ狙い定める。そこを後ろ銀色が緑色めがけて掃射。しかし緑色はそれを狙っていた。緑色は機体をバンクさせ、左急旋回で回避。放たれた弾は先頭の銀色に。被弾、銀色の戦闘機のHPを減らす。

「イテェッ!一夏撃ったな!」

「ごめん弾!」

弾機はエンジン馬力に任せ一気に離脱。一夏機は緑色の丹陽機を追う。

 

 

休日。一夏は友人である弾とともに地元のゲームセンターに遊びに来ていたが、丹陽が持倉技研に寄る途中にばったりと会った。少し時間があるからと遊んで行かないかと一夏が誘い、それなら賭けようと弾が。丹陽が応じて、弾は対戦型のフライトシュミレーションゲームを指差した。

弾がことゲームを得意なことを知っていた一夏は、罪悪感を感じて別のをすすめたが丹陽がどうしてもこれと言って対決することになった。チーム分けはCPU丹陽チームと弾一夏チーム。

対戦の初盤は弾がいきなりCPUを撃墜して有利に進めた

。だが状況一変。今では、

「これがレシプロの機動かよ。じゃあ俺はなんだって言うんだ」

「弾凸と讃えらた俺を追い詰めるとは!」

と、丹陽一機に弄ばれている。

一夏機は上昇、トップアタックをかける準備をする。丹陽機、エンジンをフルスロットルにしてやや上昇し、左右にスラローム飛行をし、射線から逃れる。一夏はなかなか狙いが定まらず、丹陽機に距離を詰めるばかり。一瞬丹陽の機動が甘くなった。

「今だ!」

「待て一夏、罠だ」

一夏がダイブする直前、丹陽機も機首を下げ降下する。

一直線上に地面に向かう丹陽機を追いかける一夏機。一夏機、機銃を発射。同時に丹陽機がバレルロールを開始。螺旋を描く丹陽を銃弾は捉えられない。地面が直前に迫り、一夏機も丹陽機に迫る。螺旋の頂点に至った時だ。丹陽機はロールをやめ、フラップを下ろし機首を上げた。丹陽機は重力を無視したかのようにふわりと浮き上がる。急上昇をした丹陽機を捉えきれず、オーバーシュートしてしまう一夏。しかも地面が目前に迫る。密閉式のコックピットの中、一夏の絶叫が木霊した。だが一夏は昇降舵を目一杯にきり、波を肉眼で把握可能な高さを残しなんとか高度を上げた。

一夏は丹陽機を探すため後方を振り返る。そこには機首を真っ直ぐこちらに向けた丹陽機がいた。激突しかねない程に近い。

機銃が弾丸を吐き出し、躱す術を持たない一夏機のコックピットを直撃。

一夏機撃墜。

 

 

game over。モニターにはそう表示された。

全天周囲モニター式の座席から出るため一夏は、帆をくぐり抜けた。そして外にある観戦モニターの前に行こうとした。しかし、いつの間にか人だかりが出来ていた。

一夏は人だかりの後ろから、2人の決戦を見守る。

高高度、丹陽機の6時の方向上空で弾機が食らいついていた。

「フハハハハ!チェックシックスって言葉知ってるか?丹陽さんよ!お前の負けだ」

弾が降下、速度を上げ丹陽機に迫る。丹陽機はバレルロールを開始、見えない射線から逃れる。

弾機は一夏の二の舞にならないよう、減速。丹陽機はバレルロールを辞め左に旋回、弾機それを追う。 丹陽機、機首を真上に上げ急上昇、宙返りを始める。弾機もそれに続く。宙返りの途中、丹陽は巧みに失速寸前の速度を保った

。そして宙返りの頂点、機体を水平に戻し右に舵を切った。遅れて来る弾機、丹陽機を追う為機体を水平に戻そうとした。その時、失速寸前の丹陽機は目一杯にラダーを左に切った。まるでドリフトしたかのように機首を左に向けながら、右滑りを始めた。

「うそぉぉぉ!」

左に向けられた機首は弾機を捉えた。丹陽はスロットルレバーの発射ボタンを押した。

「ぎゃぁぁぁぁぁ」

本当に被弾したかのように弾は悲鳴を上げた。

「あれ?嘘だろ!丹陽め、エンジンと舵だけを撃ったな。っくダメだ操縦出来ない」

弾の言うとおり、弾機はエンジンから火を吹き、主翼はエルロンが欠けている。全ては丹陽の掃射によるもの。

「おっ落ちてる。回るぅぅぅぅ!こんな最後いやだぁぁぁ!浮かべ飛ば落ちるなぁぁぁ!」、

弾の絶叫がアーケード台内から漏れて来る。それに加え、ガチャガチャと機器を弄り回すのがわかった。モニターには弾機が頭から回りながら墜落して行くのが見える。

ざわめく観客。終いには、

「「「エグいな」」」

観客が口を合わせた。

弾が海面に落ちた。その衝撃で機体はバラバラになり、巨大な水柱を立てた。水柱が海に帰ると、機体の残骸が徐々に水面に浮かぶ様子が見える。そして空飛ぶ塊だったものは、海中に消えて行った。

勝者丹陽は、急降下。仮想現実特有の機体強度無視した急降下は、限界速度を容易に越した。海上低空の環境と速度の助けで、機体をヴェイパーコーンが飾る。そして海面すれすれで機首を平行に戻し、乱れた海面に自機の虚像を映しながら、翼端で波立たせた。そんな低高度にもかかわらず、丹陽は機体を何度もローリングされるのだった。

 

 

ゲームセンターのアイスの自動販売機の脇。そこにあるベンチに3人は腰かけていた。3人ともアイスを食べている。ただ丹陽は2人に1本ずつ奢らさせ、貪欲に2本を咥えていた。

「強いな丹陽は。昔パイロットだったの?」

悔しいのか、弾はそう聞いた。

「ひぃがぁうよ。はぁはぁ」

「口から出せ」

丹陽は一口で2本とも食らった。

「違うよ。目指したことはあったけど」

「なんだ。なんで諦めたんだ?」

「IS動かしちゃったから」

「うん?別に目指せるじゃん」

「そうもいかないんだよ」

一夏が言った。

一夏は知っている。試験会場でISを起動してから入学までのことで。IS学園の入学は承諾したのだ。希望ではなく。たぶん一夏や丹陽は一生ISと関わることになる。本人達の意志に関係なく。

「ふーん」

弾は何かを考える。一夏は正直似合わないと思った。

「俺もIS動かせたら、3人でハーレム作れたのにな」

いつもの弾だ。

「しかも、朴念仁とちんちくりん。こりゃあ1番のモテ男に成れるな。どうしようかな。照れるな」

取らぬ狸の皮算用。

「ところで一夏」

「なに」

「白式は?」

一夏の腕には、待機状態の白式が無い。

「いやなんか千冬姉が取り上げてさあ。代わりに打鉄を、て」

一夏がおそらく待機状態の打鉄であるボールペンを見せた。

「今日中には返してくれるらしいけどさぁ。なんか無いと不安なんだよね」

丹陽は携帯端末を取り出し時間を確認する。

「そうか。じゃあ俺はこれで」

丹陽は立ち上がり行こうとした。

「じゃあまた学園でな」

「おう」

一夏達と丹陽は別れて、技研を目指した。

ゲームセンターを出て、角を曲がったところ。突然声をかけられる。

「ちょっと、丹陽」

ついさっき別れたばかりの弾だ。

「少しだけさぁ、一夏抜きで話していいか?」

「一夏は?」

「地元の女の子に捕まってる。あいつモテるからな」

「所詮俺の扱いなんてこんなもんか」

なんか言ったか?

「なんか言ったか?」

「なんでも無い」

「でも今、らりるれろって」

「なんでも無い。それより話って」

丹陽が脱線事故を収拾した。

「ああ、丹陽ってさあ。その一夏の友達だよな?」

「うん?」

弾の声のトーン、表情。明らかに会ったばかり丹陽が知らないものだった。

「まぁ、あいつがどう思ってるかは知らないが、俺はそう思ってるぞ」

「良かった。あいつ友人少ないから」

「え?顔性格は良いのに?」

「ああ。理由は…、 話長くなるけどいいか?」

「お前こそ良いのか?それに他人のことベラベラ喋るのは好まないだが」

「知っておいてほしんだ」

やっとわかったが、このトーンと表情は弾が真剣な時もものだ。

「納得はしないが聴くよ」

「助かる」

弾は1度咳をしてから、唇を舐めた。

「彼奴はさぁ。正義感が強くて、その中学の時。煙草吸ってみないかって訊いたら、説教された。でも部室で吸ってたんだが、消臭剤持ってきて、先公にも黙ってくれたし。でも馬鹿なことには付き合ってくる。自転車で本州旅しようとした時、彼奴だけは乗ってくれた。まぁ一夏のお姉さんに怒られたけど。だから、それなり友達は居たんだ彼奴は」

1度弾は、深呼吸をする。

「んで俺、馬鹿なことやったんだ。他校と喧嘩行って。集団戦だ。一夏も誘った。返答はわかるだろう?止められた。だから黙って行ったんだ。喧嘩の理由は…。簡単ないざこざなんだけど。1番は調子に乗ってたことだな。そして、ボロボロにやられたよ。そしたら来たんだ、一夏が。別に加勢じゃあないぞ。助けには来た。土下座して謝ってくれたよ。でも他校の奴ら、それで許さなくて。一夏もボコボコにされて。そして…。俺たちもまたボコボコにされて。その時だよ、一夏がキレた。初めて見た。怒ったんじゃあない。キレたんだ」

確かになんとなくだが、話のオチが見える。

「結果だけを言うと、相手達は…。残らず病院送り。一夏、1人で。まぁ子供同士だったし、相手も大事にしたく無かったらしいから、問題にはならなかったけど…。それ以来だ。一夏は俺以外から避けられるようになんたんだ。事実を歪曲した噂も流れた」

「友達やめとけと?」

「そうじゃなくて…」

「怒られないようにするさあ」

「そうじゃなくて。一夏は俺の所為で、中学時代台無いにしてしまったんだ。だから、埋め合わせをして欲しいじゃなくて。その普通に接してやってくれ」

「はいよ」

「軽っ!」

丹陽はくるりと背を向け、歩いて行った。

 

明かりがなくカーテンも締め切った真っ暗闇い部屋。キーボードをカタカタと叩く音がする。パソコンの明かりがあるり、その元を辿ると音の主がいた。主は布団を頭から被り、異臭を漂わせていた。

「ふぅ…」

「中山、なにやってるんだ」

「うぁ!」

丹陽が音もなく中山の元に忍び寄っていた。

中山二郎。丹陽担当のIS技師。

中山は飛び上がる。

「びっくりさせるな」

「って18禁やってるんだ」

「悪いか?連日連夜泊まり込みでやってるんだ。溜まってるんだよ」

丹陽は鼻を摘み手を振る。臭うとジェスチャー。

「じゃあせめて風呂入れ」

「それもそうだな」

中山が部屋を出て行こうとする。その時にちらりとドアの前に立つ警備員が見えた。

「風呂入ってくる」

残された丹陽は明かりをつけた。部屋は学校の教室程の広さがあり、1人分のパソコンやらIS関連の資料やらが置いてあった。壁には第1世代から最新のまでのISの写真とそれについての簡易的な説明があった。それらとは別にソファや二郎が使用していた簡易ベッド。その他諸々の生活臭を漂わせる家具が。

丹陽はカーテンを開けた。窓の外は外界ではなく、ISの製造所に繋がっていて、そこには1機のISが組み立てられていた。

モンテ・ビアンコ。

さてこれは使い物になるかどうか。正直言って、中山の言う通り黒騎士のスペックに追いつくことできるか、不安だ。なんせ倉庫で埃を被っていたこいつを高値をかけて引っ張りだした。それにこいつに使うのISコアは学園から支給されたもの。バックドアをしかけられている可能性がある。 各国はそのリスクを考えてISを運用しているのか?そう考えたことがある。だが推測だが、他国のISに対応する為に仕方なく運用しているのだろう。邪推すると束博士はこの状況を狙っていた気がしてならない。

なんとなく不安を覚えた。が、どうしようも無いので手持ち無沙汰に中山の続きをやってみる。どうやら本番を終え、ベッドの上で寄り添っているところらしい。クリックを繰り返し話を進める。

[俺、不安でしょうがないんだ。明日世界が終わってしまうんじゃ無いかって]

音声は無い。チャットのみ、男性側の言葉。

『大丈夫だよ。そんなこと無いから』

女性には音声があるらしい。

「ところがどっこい。終わっちゃったよ」

丹陽が言った。

『それに…世界が終わっても。私は貴方のそばにずっといるから』

丹陽が固まる。すぐ動き出した。

それからこの男女はもう1戦始めた。

「羨ましいよ」

まだ、終わってないんだ。全部は。やれるだけの事はやってやる。

中山が帰ってきた。全体的に綺麗になっていた上に、妙にスッキリしていた。

二郎はテレビを付け、冷蔵庫からビールを出してソファに倒れる。テレビはニュースがやっていて、ネスト街と半島併合時に出来た、難民による治安悪化について特集していた。二郎はチャンネルを変えた。刑事ドラマの再放送を見始める。そしてビールを開けようとしたが、

「酔っ払らうまえにやってもらいた事がある」

上から丹陽がビールを取り上げた。

「なんだ?ビアンコについてはそこのファイルに書いてある。悪いがIS同時展開のプログラムはまだ完成していない。もう少し辛抱してくれよ」

「いや、それとは別に調べて欲しいものがある」

「うん?」

 

 

持倉技研に入って来たのは昼頃なのに今は日が暮れている。

帰ろうかと門に向かった。そこで丹陽は知っている顔を見つける。簪だ。

向こうはすぐにこちらに気が付き手を振る。丹陽は小走りで簪の元に向かった。

「どうした?こんなところに用なんて」

「こんなところって…。お姉ちゃんが用があってその付き添いに。丹陽こそ、甘味が切れちゃったから買い出しにって言っていたのに?」

「買い出しのついでに専用機の開発具合の確認」

「甘味のついでに?」

「甘味のついでに」

簪は苦笑いした。つい最近まで自分はあれ程までにこだわっていたのに丹陽は。

「あっ、お姉ちゃん!」

簪が丹陽の後ろを見て言った。丹陽が振り返ると楯無がこちらに向かって歩いて来ていた。ただ楯無は丹陽の姿を認めると明らかに苦い顔をした。

「ハロー丹陽君。なんでここにいるのかしら?」

「外出許可書は書いて提出しましたよ?」

「購買では売っていない甘味の買い出しって書いてあるけど?」

どこからともかく楯無は丹陽の書いた外出許可書を出した。そして理由の欄を指差す。確かに丹陽の字で、甘味の買い出しに、と書いてある。

「はい。そのついでに専用機の開発具合の確認を」

「甘味が本命なの?」

「甘味が本命」

「優先順位がおかしいんじゃ無いかしら」

誰が聴いたって正論。楯無はそう言った。

「なぜ会長殿に優先順位を決められなければならないのですか?」

丹陽と衆生は基本的に楯無には攻撃的である。いきなりの険悪な雰囲気に焦る簪。簪も心当たりはある。何故なら丹陽は3階から叩き落とされているから。 簪は知らないが、丹陽はそれを倍返しにしている。

「貴方ねえ。自分の立場分かってる?」

「首輪まで付けられてすっかり牙を丸めさせられた、忠犬ですが。ところ会長、何故ここに?」

楯無が鼻を鳴らし丹陽に顔を近づける。この距離だと相手の表情がよくわかる。

「知りたい?」

「いえ結構です」

「よろしい」

楯無が丹陽の脇を通り門に向かった。

「ならばそんないい子の丹陽君と可愛い簪ちゃんには、お姉さん特別お菓子を奢ってあげちゃう。それとももう買っちゃった?」

「いいえ。じゃあお言葉に甘えて」

丹陽も楯無の後に続き門に向かう。簪は胸を撫で下ろし後に続く。ただこの2人の関係は簪にとって辛いものだということには変わらないが。

「会長。出来ればでいいので、ミセスドラヤキのどら焼きが食べたいです」

「分かったわ」

「あの、丹陽。前々から言おうと思ってたんだけど…」

「なんだお前達。ここで会うとは」

聞き覚えのある声がした。千冬だ。

「なんだ千冬先生か」

「なんだとはなんだ」

千冬の手には見覚えのあるガントレットが。

「白式?また返してないのか?」

「一夏から聴いたのか。今日中には返すさ」

そう言って千冬は施設につかつかと歩いて行った。

「明日は休みじゃあ無いんだ。早く帰れ」

ちなみに甘味はどこも品切れだった。

 

 

夜。一夏と箒の部屋。2人とも寝巻きに着替えていた。

特に2人の間には会話は無かったが、箒の我慢は限界をむかえていた。

「どうした一夏!落ち着きが無いぞ!」

一夏は箒が言うとおり落ち着きが無かった。打鉄の待機状態でペン回しを始めたかと思うと、ベッドに寝そべり何度も寝返りをうつ。そしてまた起き上がりペン回し。その繰り返しを一夏はしていた。

「そっそうか?いや…そうかもな。ごめん箒」

一夏はペンを放り投げベッドに潜り込む。無理にでも寝ようとした。

「そんなに専用機が無いのが落ち着かないか?」

「…うん…」

「別にすぐに帰ってくるだろに」

「…うん…」

「はぁ…」

箒はため息をつくと立ち上がる。

「一夏。白式を取り上げられた理由は分かってるのか?」

「簡易検査だって」

「じゃあ何故操縦者のお前がいないのだ?」

「…わかんない」

「全く」

箒が仕切りを出し、着替え始める。

「箒?」

一夏がとっさに後ろを向く。

「なにをしている。織斑先生のところに行くぞ。白式を取り戻すのだろ」

「おっおう!」

一夏が勢いよく立ち上がる。千冬姉がなんだ。怖くもなんとも無い。そう意気込む。勢いよく。勢いが良過ぎた。

「うわっ!」

打鉄の待機状態のペンに踏んでしまう一夏。そのまま前のめりに倒れる。仕切りを破る。ベットを飛び越える。着替え途中で下着姿の箒に飛び込む。

「うわっ!」

飛び込まれた箒は一夏を受け止められず後ろに倒れた。結果、一夏が下着姿の箒を押し倒した図になった。

「いてててて」

「うっうぅぅ」

突然、ノックがした。隣の人だろうか?倒れる音がして駆けつけたにしては早過ぎるが。

「一夏、私だ。白式を返しに来たんだが…なんの音だ?入るぞ」

違う。千冬姉だ。最悪のタイミング。鍵は掛かっているが、千冬姉の前では役に立つかは保証出来ない。

「待って!千冬姉!待って!」

一夏は立ち上がる前に箒を見た。目を閉じ意識が飛んでいる。肩を揺らし目覚めさせる。この一瞬が命運を分けた。

「しっかりしろ!箒!」

箒が唸り声をあげながら目を開けた。

「一夏?私はなにを…」

助かった。意識がある。これで立ち上がるなり布団に飛び込めば。

「それに織斑先生?」

最後の一言に一夏は固まった。そして滝のように出る汗。

それを潤滑油に後ろを振り返る。

「一夏。弁解はあるか」

 

 

「一夏。白式は約束通り返す。が約束してくれ。もう無茶はするな。そして」

千冬は部屋を出て行く。

「もう白式絶縁は使うな」

一夏はそれに応える状態でもなければ、聞ける状態でもなかった。

 

 

学園長室の脇にある、用務員の休憩室。十畳間の広さで、玄関付近以外は畳が敷き詰められている。ちゃぶ台が中心に有り、他は台所に茶棚と小型冷蔵庫とブラウン管テレビと、時代錯誤な部屋だった。

日が暮れ時計の指針が下り始めた頃、千冬と轡木がいた。

ちゃぶ台を挟み正座している。ちゃぶ台には、お茶が2つ置いてあるが、元々は湯気が漂っていたそれもすっかり冷め切っている。

千冬が頭を下げた。顔は消沈しきっている。

「以上が知る限りの、私と一夏と推測ですが…丹陽。そして…まどかの話です。あの男に関して言えば、私もほとんど正体を知りません。おそらく丹陽も」

「わかった」

轡木は腕を組み応えた。顔は強張っている。千冬の話の感想が顔に出ている。

千冬は自身の知る全てを轡木に打ち明けた。そこで轡木は知ったが、千冬は決してIS学園を巻き込もうとしたのでは無く。丹陽に全てを明かさなかった所為で疑われてしまったのだ。

「丹陽はあの男の件から推測するに、まどかと独自の関係が有るようです。私と会った時も、私のことをまどかと呼んでました」

千冬はそこで頭を上げたが、もう1度下げた。

「どうかこのお話は他言無用でお願いします」

「忘れたい話だがな」

轡木はドスを効かせた声を出した。

「ええ、私は決して世間で語られるような女性ではございません」

千冬は頭を下げた。

「だがせめて彼等の前で嘘を突き通すんだ。そう覚悟して一夏に嘘を埋め込んだのだろ。だから、最後まで彼等が望む織斑千冬でいるべきだと私も思う」

「許しを頂けるのなら」

「その様な話では無い。それに免罪符をくれる人はいるかもしれないが。同時に君の罪を咎める人は必ずいる」

「では私が取るべき選択肢は一体?」

「答えは無いさ。でも少なくとも私はもう咎めるような真似はしない」

寧ろできない。千冬はエゴの為に丹陽を助けたが、そらは轡木もだ。

「感謝します」

轡木は2人分のお茶を片付け始める。

「さぁ、部屋に戻りなさい。あとは私が片付ける。明日も授業だ。寝坊したでは、つけると決めた格好もつかぬだろ」

「ではこれで失礼します」

轡木はさっさと台所に向かい、千冬に背を向けた。

轡木の後ろで、千冬は帰路につく。幾つもの雫が頬をつたわせながら。




オリ主の機体は2種類を使っていきます。

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