麦わらの一味の一人「一夏」   作:un

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五十二話 流れる血と涙

 

「秋人!! 秋人!!」

 

 医療用ベッドに寝かされていた秋人の体を叫びながら揺さぶる箒。周りには、弾が倒した革命軍の兵士達が倒れ、楯無と簪が辺りを警戒する。

 

「う…うぅ」

 

 箒の声で目を開ける秋人。弾達は秋人が目覚めたことに喜び体に異常はないか聞いてきて秋人は首を横に振る。

 

「そうか…とにかくここを出よう。どうやら、改造される前に間に合ったみたいだな」

 

 弾は秋人がまだ改造されていないと思い秋人に肩を乗せ部屋を出た時、弾が箒達に告げた。

 

「頼みがある、地下の通路を使って秋人と一緒に逃げてくれ」

 

「あなたはどうするの?」

 

「俺は鈴達を助ける、それにISの使えないお前らがこれ以上ここにいても危険なだけだ」

 

「なっ!?」

 

 箒が顔を赤くし弾に反論しようとしたけども楯無が止めた。弾の言うとおり、今の自分達では弾のように強化兵は倒せない。今は秋人と自分達の安全を確保するしかない と告げ箒は唇をかみしめて黙る。

 

「…それじゃ、後を頼む」

 

 弾はそう言い走り去っていく。残された四人は既に入手した端末で身を隠しながら警備に見つからないように会場の中を進む。弾が騒ぎを起こしてくれたおかげか、簡単に地下フロアへの扉まで近づけたが、秋人の様子がどこかおかしいため四人は柱の影に身をひそめた。

 

「秋人、本当に大丈夫か?」

 

「うん…」

 

 箒は何度も、何度も秋人に声をかけるが彼からは生返事しか返ってこない。

 

 箒と秋人のやりとりを聞きながら、簪と楯無が辺りを警戒し「このまま見つからずに済めばいいけど…」楯無がつぶやき、簪もうなずく。

 

 楯無は、今から自分達の向かう地下通路に一夏がいる事を予感していた。このまま合流できれば、なんとか外部と連絡を取り対策を、と思考している時、ふっと顔を上げた。

 

 秋人は何故、弾を見て何も言わなかったのか? さっき弾が秋人を助けた時何故、「弾がここにいる」ことに疑問を持たなかったのか? 既に彼自身から事情を聞いている彼女たちはですら驚いたのに、秋人は何も聞こうとしなかった。

 

「っ!! まさか!?」

 

 楯無が背後を振り向くと秋人の姿がなく、箒が倒れていた。

 

「箒ちゃん!!」

 

 気絶させられた箒を介抱し、簪と楯無が物音がした方に顔を上げると地下フロアに行く扉が開いていたーー

 

 

 地下通路の階段から出口にたどりついた一夏は、見張りもいない部屋の床に座りこんでいた。

 

「これは、ちとまずいかな…」

 

 目の前がくらみ、息が荒い。魔の海域での強化兵やアリーシャとの戦闘。さらに地下の異常な強化兵達との戦闘で蓄積された疲労やダメージがたまり限界に近づいてきた。

 

 一夏がいくら伝説の海賊の一人とで、まだ十六の少年で生身の人間であることに変わりはない。戦闘が続けば嫌でも疲労が残ってしまう。

 

「ここコーラあるか…それか肉食いてぇな…」

 

 つぶやいて目を閉じる。地下に残してきた千冬やオータム達のことを思うが今ここで引き返すわけにはいかない。自分は彼女達に託された。だから進むしかない。

 

「ちっ、敵か?」

 

 近づいてくる気配に警戒し、光剣を抜くと入ってきたのは

 

「あ、秋人!?」

 

「に、にいさん…」

 

顔色の悪い秋人を見て一夏は剣を鞘に戻し近づく。

 

「おまえ、どうして…」

 

「突然ISが使えなくなって、それで何とか逃げてきたんだけど…箒や楯無さん達がつかまって…急いで助けないと!!」

 

「箒と…楯無が!!」

 

 二人の名を聞き、秋人に地下へ逃げるように告げ一夏が部屋から出ようとすると突然背中に痛みが走った。

 

「なっ!?」

 

 後ろを振り向く一夏。大型のナイフを持った秋人が一夏の背中を刺しさらに力を込め刃が体の中に入る。

 

「ぐぅ!!」

 

背中からの出血がナイフと秋一の手に流れて床に溜まっていく。と、地下の方からマドカが、秋人が入ってきた扉から箒達が同時に入ってきた。

 

「あ、秋人…?」

 

「貴様!?」

 

 箒が呆然とし、先に事態に気づいたマドカが急いで秋人を引きはがす。千冬に似たマドカのことに箒達も驚くが、床に流れる血を見て簪が悲鳴をあげ一夏は口から血を吐き出しその場に膝をつき楯無が叫んだ。

 

「あなた、何をしたのかわかっているの!? 自分の兄を…」

 

「わかってる!! わかってるさ!! けど、こうしないと皆の命が危ないんだ!!」

 

「ど、どう言うことだ?」

 

 箒がつぶやき。秋人は泣きながしながら話し始めた。要求に答えない一夏は、人質の命など考えずに革命軍を倒そうとしていること、捕まっている鈴達を救うには自分が革命軍に協力するしかないと。そして…

 

「兄さんは、僕の…僕の居場所も何もかも奪おうとしているから…皆を助けて英雄にならないと、僕は…」

 

「そんな理由で!!」

 

 秋人の言葉に怒りを表す楯無。拳を握りしめ、今にも秋人を殴ろうとした時一夏が動く。

 

「一夏君!?」

 

「大丈夫だ、秋人…」

 

 背に刺さったナイフを抜いて捨て秋人に寄る。背中からの出血が床に流れ、それでも倒れない一夏に恐怖し、秋人は殺されるのを覚悟した。

 

「言いたいことは、それだけか? それが、お前の本音か?」

 

「あぁ、そうさ…どうせ、この先、誰も僕を見てくれない…どうせ、皆は兄さんや姉さんしか…」

 

 言葉は続かず一夏が秋人を強く抱きしめた。

 

「え…?」

 

「あっちの世界行っててお前も千冬姉ぇも守れなくて本当にごめん…お前の気持ちはよくわかる。いろんな奴から、勝手なこと言われ嫌だったたんだろ…俺にも分かる。自分の居場所なんてない、誰に怒りをぶつければいいのか分かんなくて死にたくもなる…けどな」

 

 一夏は秋人の頭を優しくなでた。一夏からは自分を刺したはずの秋人に対し怒りも敵意もなく、優しい目でみつめていたのに驚き呆然とした。何故怒らない? 自分勝手な理由で刺したのに、何故敵意すら向けないのか 疑問に思っていると

 

「けど、お前は一人じゃない。マドカや千冬姉ぇ、ここにいる箒や楯無達、そして学園で会った仲間もいる…だから、安心しろ。お前は一人じゃない!!」

 

 力強い一夏の言葉を聞き、大粒の涙を流す。それはまるで今までの溜まっていた負の感情が洪水のように流れるかのように。しばらくして秋人が落ちつた頃、一夏はマドカや楯無達に背を向け応急処置をしていた。

 

「まったく、貴様は無茶をするな…」

 

「まぁ、これぐらいは…」

 

「良くないわよ!! かんちゃん、何か使える物をさがして」

 

「う、うん」

 

 一夏の無茶なことに呆れながら、それでも一夏の事を認めている少女達は内心秋人に怒らず受け入れたことに安堵していた。

 

 一方で未だに泣いている秋人には、いつの間にか箒が秋人にそっと近づき抱きしめた。

 

「すまん…私は、お前の気持ちを知らずに…本当に、すまない…」

 

 箒もまた姉の束のことから国の勝手で窮屈で寂しい思いをしてきた。誰にも分ってもらえず、ただ人から勝手に言われ続け居場所のない孤独を彼女も知っていて涙を流し秋人に詫びた。

 

「だから…だから、もうその手を血に染めないでくれ…」

 

「箒…」

 

一夏の血で染まった秋人の手に箒の手が重なり、その手に箒と秋人の涙が落ちた。

 

 この日、血と涙が流れた戦場にて海賊である兄と普通の少年である弟は和解した。

弟は兄に心からの声と刃を向け、兄は血を流しながらも弟の刃も声を全て受けとめて許した。

 

 だが、後に再び別れが来ることに今は誰も知らないーー

 


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