麦わらの一味の一人「一夏」   作:un

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四十五話 サミット前日

 

 「な、なんなんだあれは…」

 

 大きなダメージを受けた人工島の司令室では退避の指示を受け兵達が部屋を後にする中一人白衣を着た教授だけが小さな画面をずっと眺めていた。なんども、なんども「これは、現実なのか…」とつぶやき、異形となった一夏がアリーシャを圧倒した映像が繰り返し流れる。

 

 自身が研究していた強化兵も、ISを無力化するグングニールもすべてこの男に破られた。この事実が教授の神経を刺激し、同時に科学者としての知的好奇心がうずき笑を浮かべていた。

 

「素晴らしい、彼こそが私の理想とする力…化け物だ」

 

 教授は端末を片手に司令室から逃げ、エレベーターを使い研究室へ入る。そして。研究室の壁には、カプセルに入れられた多くの若い男女の姿があり教授は端末を操作し部屋が振動する。

 

 カプセルの中にいる彼らは、粒子を限界まで注入され手術にて理性や自我を取り除かれた強化兵であり、死すら恐れない操り人形だった。これらは既に人としての倫理を捨てた教授が手がけた作品の一つだった。

 

「さぁ、動け。私の実験体ども….」

 

 カプセルの蓋が開き、生気のない目をした操り人形達が目を覚ますーー

 

 

 

「総員、IS起動!!」

 

 警告音が鳴り響く施設の中で、別行動をしていたクラリッサのチームがISを回収して施設の壁を破壊して外に出る。空は夕日が傾き、島のあちこちで火の手が回っていた。

 

「隊長、指示を!!」

 

「まずは、あっちのチームと合流をする!! いいか、誰一人も死ぬな!!」

 

 兵や研究員たちは島から退避しようと港に集まっているおかげで、ほとんど敵に遭遇せずに島の中を進むことができた。島に来た時にグングニールを発動され起動できなかったおかげか、エネルギーも弾薬も十分に余裕がある。

 

 ――そして時を同じく、島の森林地帯にて

 

「う…」

 

「やっと目覚ましたか」

 

 大樹の根本で寝かされていたクラリッサが目を開けると、何故かどこからか手に入れた革命軍の服を着た一夏がアリーシャの治療をして慌てて体を起こし「な!? なにをしてるの!!」と声をあげ横になっているアリーシャに向け銃を向けるが、一夏が銃口の前に動いてアリーシャをかばう。

 

「やめろ、こいつは今治療中だ」

 

 クラリッサの声で気づいた他の隊員たちも、アリーシャに敵意を出すが一夏は彼女達をにらみ再び治療を再開する。一方で、一夏の治療を受けているアリーシャは不思議そうに一夏を見て口を開く。

 

「なんで…」

 

「ん?」

 

「たすけ…た? 私は…」

 

 敵であったアリーシャの疑問に一夏は「理由なんざない」とだけ言い、施設から持ち出していた医療道具で処置を続ける。壊された右腕の義手には布がかぶせられ体には包帯がまかれすでに痛みがなかった。

 

(…暖かい…)

 

 一夏の手のぬくもりを感じ、表情が安らぐ。今まで千冬を倒すことだけを目指し自身を鍛え改造してきた毎日では感じることがなかったぬくもりが体ではなく心を癒す。気づけば、彼女は一夏の手を強く握りしめた。

 

 と、一夏がアリーシャから目を離し身の回りを険しい顔で見ると草木を踏む音があちこちで聞こえ、白い病衣をきた男女の集団に囲まれてしまった。その集団は手にそれぞれ斧や小銃など様々な武器を手にして生気のない目をして不気味だった。

 

「あぁぁ…」

 

 一人の男がまるでホラー映画にでも出るゾンビのようなうめき声をあげて斧で襲いかかる。隊員が銃で急所を一発撃つが、男は出血しながらも倒れるどころか悲鳴も上げず近づいてきて、持てる火器を使いクラリッサ達は謎の敵達に向け発砲した。

弾丸が若い少女の胴体を貫き、グレネードの爆発で双子らしき子供が吹き飛ぶ。それでも彼らは自分の命など気にせず。そして痛みもなく本当にゾンビのごとく襲いかかってくる

 

「こいつら、どうなってやがる!!」

 

 アリーシャを守るように足でこん棒を手にしていた男を蹴り飛ばすが、男は再び立ち上がる。今まで基地で相手をしていた兵たちとは違う存在に一夏が戸惑っていると「そいつらは人形サ」とアリーシャが答えた。

 

 彼女から、この敵は教授と呼ばれている男が特殊粒子を使い強化しさらに人格までも消して作った死を恐れない「人形」達だと告げられる。

 

「畜生!! パシフェスタ並みに面倒じゃねぇか!!」

 

 政府が開発したレーザー攻撃を可能とした機械兵器よりはましかもしれないが、今目の前にいる人形達は数が多い。ひたすら覇気と足で近づく敵を倒していくとアリーシャから

 

「…なぜ、ISを使わない…それに、あの力を…」

 

「ここで全員運ぶのは無理だ、それとあの力のことは誰にも言うなよ」

 

 能力のことを釘を刺しアリーシャを見る。一応革命軍であるアリーシャに攻撃してくるかわからないが。ここで黒騎士を使い全員運ぶのは難しいし下手に攻撃すれば隊員たちに当たる危険がある。どうすればいいのか悩んでいると突然上空から銃弾の嵐が降り注ぎクラリッサらIS部隊が降りてきた。

 

「あなた達!!」

 

「我々が援護します!! 今の内に撤退を!!」

 

 味方のISの出現により歓喜の声があがるが、次の瞬間数発のグレネード弾が降り注ぎ、グレネードランチャーなどの大型火器を持った人形の一団が近づく。

 

 「くそ!!」

 雨のごとく振ってくる弾をにらみ一夏が能力を使おうとしたその時――

 

「あ~~ら、久しぶりの顔だな」

 

 のんきな声が聞こえた次の瞬間。目の前の景色が凍った。一夏達を除く人形達や森。さらに発射されたグレネード弾までも凍って爆発しなかった。

 

「な!?」

 

「敵の新兵器か!!」

 

 サングラスをかけた大男を見てクラリッサ達が驚く中、一番驚いていたのは一夏だった。

 

「な、なんでおまえが!?」

 

「さぁね? 俺だって聞きたいぐらいだって…つか、なんだお嬢ちゃん達は変なのつけてんな?」

 

 男はISのことを知ら口ぶりをし、クラリッサ達は男のことを知っている一夏を見て

 

「青キジ…」

 

 とつぶやくのが聞こえたーー

 

 

 

 そして、一夏が青キジと出会ったその時、IS学園ではーー

 

「では、明日のサミットの警備について最終確認を行います」

 

 防音や盗聴対策がされている会議室で司会をしている教員と、席についている秋人ら専用機持ちがいた。各国から集まる首脳、IS委員会の重鎮達が集まるだけあり会議の場所となる日本海にあるIS学園と同じように作られた人工島にあるIS委員会本部にはIS部隊だけでなく、世界中の軍も警備に入る。

 

 サミットの史上初とも言えるほどの力が集結し、今まで一度も襲撃などなかったのだが今年のサミットは今までとは事情が違う。

 

 世界を裏で動く亡霊・そして近年になって姿を現した革命軍の存在。特に、今世界中では反IS派やもともと過激であった組織達の勢力が変わり、しかもISを無力にする兵器もあって鎮圧ができていない。

 

 本来なら警備につく軍隊などは、紛争の鎮圧のため派遣すべきだが。IS委員会などの権力が働き、あらゆる不満を強引にだまらせてしまう。それが余計に、IS委員会や保身しか考えない首脳たちに対してどのような感情が出たのか言うまでもない。

 

「サミットの始まりは10:00より。来場者は、入念な調査をしてから中に通るようになり、こちらはIS委員会の警備が担当します。我々はIS部隊と共に会場の周辺を警護、当日は許可のない船舶・飛行物体は即撃墜の許可がでており、可能なら拘束を…」

 

 司会の教員の言葉に秋人と箒が眉をひそめた。いくら、サミットと言え、近くを通る船などを沈めていいのか? と疑問に思うが、軍に所属していない二人からすれば上からの命令は絶対などの常識がなく疑問に思うのは仕方がない。

 

 逆に、セシリアやラウラなど国の代表候補生や軍出身の者は顔色を変えずに話に集中していた。

 

「なお、サミットでは襲撃の可能性は否定できず…特に革命軍そして黒騎士」

 

 黒騎士の単語が出て、鈴と更識姉妹が肩を震わせる。

 

「これら危険要素は特に注意し、発見次第部隊全員に報告を」

 

 冷たく放つ教員に向け、秋人達は冷たい目を向けた。この教員が悪意を持って言ったかは定かではないが、何度も学園や生徒達を守ってくれた一夏を敵と見なしていた。その後も打ち合わせが続き、秋人らが会議室を出たのは空が暗くなった頃だった。

 

「たく、なんで一夏が敵ってことになってんのよ!!」

 

「落ち着いてください、鈴さん」

 

「そうだよ、ボクも嫌だけど、これは委員会で決まったことだし…」

 

 納得いかない声をあげる鈴に向け、なだめるセシリアとシャル。一夏と少しだけ関わりのある彼女達も一夏が悪だとは思っていないが、上からの命令ではどうしようもない。

 近くにいる簪と箒も、一夏が敵ではないと言う。

 

「…」

 

「? ラウラ、どうしたの?」

 

「あぁ、いや…最近私の部隊の者と連絡がつかなくてな」

 

「任務中じゃないの? ほら、サミットでみんな動いてるからさ」

 

 部下たちの心配するラウラだが、そのクラリッサ達が今一夏といることは誰も知らない。

 

「はぁ~もう、どこにいるの?」

 

 一人、楯無が端末を片手につぶやく。もしかしたら、サミットに来るかもしれない一夏に注意を促すメールを送るのだが返事がこない。本来ならサミットの情報を外部に、しかも危険と言われている一夏に送るなど重罪だが特に気にしていない。

 

 同時に、簪も同様ですでに一夏にメールを送っており姉妹ともサミットのことより、一夏のことが気になっていた。

 

「あら、簪ちゃん? もしかして…」

 

「あ、うん…周りには内緒」

 

 口に指を当て内緒とつぶやく。この姉妹と同じようにすでに箒もメールを送り返事が来ないことにため息をつく。

 

(みんな兄さんのことが…)

 

 彼女達のやりとりを見て秋人はため息をつく。誰もが強い兄の事を信じ夢中になっていたが、それと同時に何か負の感情もあった。

 

 昔は、兄よりも優れた自分が見られて、誰からも必要にされ自分の居場所があった。いろいろ言われていた兄を時には助けたりしたが今では立場が逆になっていた。

 

 誘拐された時自分の命を助け、その後海賊になり束からもらった黒騎士に乗り、自分達を誘拐したファントム・タスクや世界で動く革命軍を相手に一人で戦っていた。自分よりも強く箒たちから大きく信用されている一夏を思うと、自分の中にあった自信が揺らいでいた。

 

「さて、これからどうする秋人? 秋人?」

 

 箒が声をかけるが、すでに秋人はどこかに行ってしまっていた。寮の自室に先に戻った秋人は、サミットのことや一夏のことよりも。自身の居場所がなくなる不安を抱きながら一人暗い部屋でベッドにうずくまったーー

 


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