聖剣使いは忌避される   作:名無しのタラコ

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第5話

 翌日の夕方。俺はクレアに呼ばれていた。

 【コ】の字方に作られた校舎の北側に位置する風紀委員会専用の校舎がある。そこには、広いグラウンドがある。

 

 「さて、まずは召喚の儀をはじめよう。エリス、監督は君に任せた」

 ジャージの上からでも分かる大きな二つの山を腕で強調しつつ、横に控える青い髪の少女を呼ぶ。

 青い髪の少女は返事をするが、ショウをきつく睨み付けると、そそくさと後ろにまわった。

 

 「早くしろ、黒髪。お前に割いてやる時間は無いんだ」

 ドスの効いた声に怯む。一体こんな可愛らしい少女ーーエリス・ヴァネッサのどこにこんな声を出す喉があるのだろうか。

 ふぅ、と息を吐き、足元に書かれた魔方陣に手をかざす。

 

 「ーー来い!」

 うっすらと光を放つが、何も起こらなかった。やっぱりか、と言わんばかりの溜め息をクレアは吐き、エリスに声をかける。

 

 「エリス、ショウに武器を貸してやれ」

 

 「んなっ?! ……分かりました」

 武器?と首を傾げる俺の首を強引に後ろに向け、鬼の形相で口を開く。

 

 「貴様に武器を貸すのは、凄まじく癪だ! クレア会長の為に貸すのだからな! 履き違えるなよ」

 何処からか、エリス本人の背丈はあろうかと思う大きな剣ーークレイモアと言うのだろうかーーを俺に差し出す。

 

 「こんなん持てねえだろ、どう考えても」

 

 「さっさと持て、さもなくば殺す」

 とりつく島もないとはこのことか。足腰に力を入れ、何だか情けない格好をしつつクレイモアの柄を握りしめる。

 エリスがクレイモアを離す。俺の腕に凄まじい重量がのしかかる。

 腕が千切れる寸前でエリスがクレイモアをひょい、と俺の手から奪い取る。

 

 「ぐぅ、はぁはぁ……」

 

 「うむ、やっぱりダメか」

 滝のように汗が流れ落ちる。膝に手をつきぜぇぜぇと荒い息を吐き出す。

 視界がぐらぐらと揺れる中、エリスが小さく舌打ちをする。

 

 「ふんっ、何故私が黒髪の手伝いなどせねばならんのだ……」

 

 「悪かったな、畜生」

 そっぽを向いたエリスから視線をずらし

 

 「んで、どうするんだ? 野良精霊を捕まえた方が早くないか?」

 と言うと、クレアは

 

 「なんだ、つまらん奴だなぁ。君の手伝いをすれば、私は合法的に仕事を休めるのだ。もう少し楽しもう」

 と言って、腰に手を当てケラケラと笑う。その後も、色々な事を一通りやったものの、精霊は一匹も召喚することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 生暖かい風が頬を撫でる。気持ちが悪い。まるで何者かの胃袋の中に入った気分だ。

 空に輝く星も、今は雲に身を潜めている。

 訓練と称したクレアの合法的なサボりに付き合ってはや数時間。太陽が沈むまで付き合わされた俺は、一人寂しく寮に向かって走っていた。勿論と言うべきか、エリスも一緒に、だ。

 

 「気味の悪い夜だ。貴様の性だぞ、黒髪」

 

 「へぇへぇ、悪かった悪かった」

 ぐちぐちと唸るエリスに適当に返しながら、眉を潜める。

 気味の悪い夜だが、動物は愚か、人っ子一人居ないとなると、何故か胸がざわざわとする。

 夜ならばあのゴロツキ兄弟がここぞと言わんばかりにうろつき、悪さをしでかすはずだが……。

 強く風が突き抜ける。むせかえるような異臭が鼻孔を突いた。

 

 「気のせいか……?」

 エリスの姿は、闇の向こうに消えかかっていた。急いで俺も後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 月明かりの疎らに入る路地裏に、男はひっそりと佇んでいた。

 漆黒の髪をハットで覆い、顔をすっぽりと覆い隠す仮面を撫でている。

 手を伸ばせば闇に届いてしまう。その闇の中から小さなうめき声が響く。

 

 「テメェ……黒髪の分際でぇ……俺の弟に何をしたぁっ」

 ドスの効いた脅し声にクスクスと笑う。

 

 「なぁに、ちょっと遠い所に送って差し上げたんですよ」

 ハットを直しながら、くるりと向きを変える。そのまま歩き出そうとした男の背後に、ひらりと影が舞い降りた。

 

 「殺すのならば息の根を必ず止めろ、と私は言ったはずだが?」

 ロングスカートを踊らせながら舞い降りた一人の少女が、男に低い声で釘を刺す。男は、やれやれと言わんばかりに肩をすくめ、分かりましたよ、と言って闇にうずくまる男に歩み寄る。

 

 「すみませんね、ボスには逆らえないので」

 潰れたトマトのように無惨に果てた男。亡骸に唾を吐き捨て、ゆっくりと歩き出す。

 

 「首尾はどうだ?」

 

 「まぁまぁ、ですかねぇ?」

 くるりと後ろを振り向けば、髪と同じ色の赤い大きなリボンが目を引く。ロングスカートに腰には刀をぶら下げた少女に、男は恭しく一礼する。

 

 「止めろ、貴様のそれはイライラする」

 吐き捨てる少女に男は少し傷ついた。ひどいなぁ、と呟きながら、闇に飲まれるように消えた。

 つり上がった赤い瞳に焔を宿した少女は、赤い月を見上げる。

 もうすぐだ、もうすぐ始まる。血肉が沸騰するかのような気持ちを押さえ、唇を歪める。

 ちりりん、ちりりん。尻尾の鈴を鳴らし、のそのそと歩く老た猫が路地裏を見たとき、そこには誰も居なかった。


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