第4話
薬品の香りが部屋を埋め尽くす。棚に整頓された薬品の瓶がところせましと並んでいる。
白いシーツの上で、一人の少年が眠っている。黒い髪をした少年だ。
痛ましい傷はガーゼで隠され、傷だらけの頬は元に戻り、血の気が通っている。
少年はゆっくりと瞼を持ち上げ、まだ眠そうなひとみで辺りを見回した後、急いだ様子で立ち上がる。
「いってぇ……」
背中に走る激痛に顔をしかめながらも、スプリングが音を立てるベッドから降り、カーテンを開く。外はすっかり暗くなっていた。自分が気絶してから何時間、はたまた何日たったのだろうか。
そんな些細な疑問に答える者は、ここにはいない。
ひんやりとした風が頬を撫でる。いまだ痛む体に鞭打ちながらも、少年は暗い道を歩く。ふらふらとした足取りは、かなり危なっかしい。
「なんなんだよ、あれ……」
脳裏から離れない夢のような何かが、少年を悩ませる。
小さな少女と何かを話していた。そこまではハッキリと覚えているが、それが誰なのかは分からない。
「本当、誰か教えてくれよ……」
ぽつり、と呟かれた言葉は、闇に消えた。小さく溜め息を吐き一人寂しくとぼとぼと歩くのだった。
◇◇
翌日、いつも通りに学園へと赴き、地獄のような授業を終えた後、何故か俺は生徒会室に呼ばれた。
ノックをし、中に入る。
部屋の空気がピリピリとしているのが肌で分かる。生徒会長ことクレア・ハーベストの瞳もいつものようなキラキラとした瞳ではなく、細くつり上がっている。
「ショウ・イブキ君、君に1つばかり聞きたいことがある」
突き刺さるような視線を浴びせ、クレアは口を開く。
「君は……風紀委員会に興味はないだろうか?」
ここの風紀委員会は選りすぐりのエリート達の集団だ。何故そんな所に俺が興味を持たなければならないのだろうか。
「実に言いにくいが、魔法実技が零点ならば、入学早々留年が決まってしまうんだ。そこで、風紀委員会管轄の治安維持部隊ことアブソリュートに君を招待しようと思っている」
魔法学園だから、魔法が使えない奴を入れておいてやるほど、ここも寛大でないのか。ここを退学になったら、俺は路頭に迷う羽目になる。帰るべき家は戦火で焼け落ちた。
「今だパートナーとなる精霊もいないのならば直の事だ。なんなら、君の友人を誘ってくれても構わない」
いつのまにか俺の真横まで接近し、艶かしい吐息を耳にかけられる。ぞわぞわとした感覚が背中から這い上がり、思わず変な声が出る。
「見た目によらず可愛いな」
いたずらっ子のように微笑む、いつものクレア・ハーベストに戻ると、くすくすと笑いながら椅子に腰かけた。
「風紀委員会は競争率が高いんだろ、アブソリュートなら直の事なんじゃねえのか」
今年はかなりの奴が風紀委員会に志願していたらしいしな。ふるいにかけられて落ちるやつもかなりいるのだろう。
「つまり君は、自分の席があるかないかに興味があるわけだ。無論、ある。どれ、私も君の訓練に付き合ってやろう。最悪野良精霊をとっちめればいいんだ」
それなら最初からそうしろよーーと言いかけた所で口を閉じる。
娯楽大好きなクレアの事だ、俺がアブソリュートに入って四苦八苦するのが見たいに違いない。クソッタレが。
「君は、かなりひねくれているようだ。周りの環境ならば仕方ないが、こういう好意は素直に受け取っておくものだ。後悔するのは君だ」
的を射た正論に言葉が詰まる。よくよく考えてみればここで変な意地をはった所で困るのは自分自身だ。
ここを出れば、路頭に迷う。物ごいにはなりたくない。野垂れ死ぬのはゴメンだ。
「分かったよ、入るよ、風紀委員会にアブソリュートに」
半ばヤケクソで言い放つと、クレアはニコニコと笑いながら書類に印鑑をどん! と押したのだった。