春秋の恥さらしネタ帳   作:春秋

9 / 36
時期詳細不明。
なんとなく作ってみました。



紅蜘蛛行進曲

 

 

「自己愛、己こそが何よりも大切という姿勢。ええ、それ自体には同意しますよ」

 

殿中の一室。

 

「ですが己は至高? 己以外には何も要らない? 馬鹿な」

 

そう吐き捨てるは細身の男。

 

「苦楽なき人生、他者の一切がない人生など、現世を生きる人間に耐えられるものではないというのに」

 

男は、六条と呼ばれている。

 

 

 

 

「蛇に誓った、勝つまで繰り返し続けると」

 

   百度繰り返して勝てぬのなら、千度繰り返して戦うがよい。

 

「獣に誓った、負けても抗い続けると」

 

   運命とやらいう収容所(ゲットー)に入ることを拒むなら、共に戦え。

 

「挫折し、道を違えたが、それでも――それでも、諦めた事だけはない」

 

抗った。

超越者たちへの恐怖故に。

 

諦めなかった。

自死の兆しに苛まれようと、例え失敗を積み重ねようと。

 

今この時も抗い続けている彼に、かつて敗北した自分だが。

それでも、あの黄昏を生む礎となったのならば、そう誇りにも似た感慨を抱いた事は否定しない。

 

「蛇の前には膝を折り、獣の前には頭を垂れる。彼らを恐れていた私に何が言えよう」

 

それが今や、この様だ。

 

己こそが至高、他には何も要らずあってはならぬ。

恐れ慄いていた修羅道至高天が、これでは極楽と思えてしまう。

 

己が至高だと?

馬鹿な。自分のような臆病者が至高というなら、彼の黄金を何と言い表せば良いのやら。

 

故に――

 

「だが、これだけは迷いなく言えるぞ」

 

此処に私は、修羅となろう。

 

「貴様は滅べ第六天!」

 

――太・極(Briah)――

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第十位、六条紅虫(あかむし)=ロート・シュピーネ」

 

名乗りに込めた宣誓に、魂と共にあった聖遺物が脈を打つ。

数千年と息を潜めていたそれが、永劫破壊の術式と共に駆動する。

 

修羅曼荼羅・紅蜘蛛(べにぐも)――内から目覚めたその等級により、彼の世界を形作る。

怒りの日とは比べ物にならない程に膨れ上がった渇望が、遂に同胞たちと同じ領域に踏み込ませた。

 

即ち、創造位階。

天狗道には有り得ぬ覇道のそれは、既に亡き黄金の残照により太極位にまで押し上げられる。

 

軍勢変生・修羅曼荼羅。

主神たる黄金の獣は既に滅びているが、ロート・シュピーネ(六条)の魂は第四天の支配が終わったあの怒りの日、修羅の覇道により東の天魔たちと同じ位階に引き上げられている。

 

主が死したとて、その権能は消えていない。

龍明や夜行の式たちのように、威光は此処に残っている。

 

故にこそ、彼はこうして己の自我と記憶を思い出す事が出来たのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「獣は滅び、蛇は消し飛び、黄昏が砕かれてなお、刹那は抗い続けている」

 

肩を並べた宿敵が滅び、愛憎入り混じる父が消し飛び、世界より重いとすら言える愛した女が砕かれた。

ああ、それはなんたる悲劇。なんたる無情。

 

それでもなお高らかに、黄昏の守護者は謳い上げる。

憎悪に塗れ、狂気に身を浸してなお、神としての責任を果たすために。

愛した女の意思を絶やさせぬために。

 

心の底から畏敬の念を覚えて仕方ない。

 

だが、己はそれより以前から抗い続けてきたのだ。

あの蛇の手中で、獣の眼光に怯えながらも。

 

「私が至高、などと嘯く気はありませんが、先達としてのそれらしい姿くらいは見せましょう」

 

今ここで、何もせず死んだら後がない。

第六天を滅ぼせなければ、自分には来世というものがないのだ。

 

ここで死ぬのは確定事項、しかし時期的に転生は間に合わない。

無間神無月の内部に留まったまま、仮にも第四天の祝福を受けし魂が安安と消える訳が無い。

ザミエルの計略が成らねば、あの怪物か第七天となった刹那の元にたどり着く。

 

それは両者ともに、魂の死滅と同義である。

だからこそ彼は意地を張る。彼らの覇道を目覚めさせるために。

格好つけて、見栄を張って、できるだけ次の天へ媚を売るために。

 

吹っ切れて自暴自棄になってはいるものの、やはり彼は自分で言う通り、狡く小賢しい小心者ということだろう。

 

 

 

 

 

「……シュピーネ」

「これはこれはザミエル卿、このような場所にまで足を運ばれるとは」

 

滅びた宇宙に属する者は、現行宇宙の外装を脱ぎ捨ててしまっては主の後を追うしかない。

六条の、シュピーネの肉体は滅びの兆しが現れている。

 

嫌っていた類の人物といえど、古き同胞のそんな姿に龍明も感傷を覚えた。

 

「貴女にはそんな顔よりも、眉間に皺を寄せて睨まれている方が落ち着きますねぇ」

「抜かせ馬鹿者」

 

かつてを思わせる。だが、かつてはなかった気安い空気を醸し出す両者。

 

騎士道を旨とする紅蓮の赤騎士(ルベド)と、隠密工作を旨とする研究者にして諜報員。

互いに相容れない人種と言える両者だが、この時ばかりは双方笑みを浮かべていた。

 

死は終わりではない。

第四天と第五天。そして忌々しくも、第六天と呼ばれているあの怪物。

神座の交代劇に関わった自分たちは、そのことを良く知っている。

 

修羅に身を窶した彼らだからこそ、そこに死への恐怖はない。

あるのはただ、未来が途絶える恐怖のみ。

 

断崖の果てを飛翔するにも、その先の世界が途絶えていてはどうにもならない。

それをどうにかするために、黄昏の守護者たちは行動しているのだから。

 

 

 

 

 

 

「そろそろお別れですね、ザミエル卿」

「ああ、来世で待っているがいい」

ではさようなら(Auf wiedersehen)、ザミエル」

 

最後に敬称を外し、紅蓮の掲げた称号を宣う。

 

さらばだ(Auf wiedersehen)――戦友よ(カメラード)

 

そして彼女もまた、彼を友と認め見送る。

 

貴女方に勝利と未来のあらん事を(ジークハイル・ヴィクトーリア)

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。