春秋の恥さらしネタ帳 作:春秋
投稿する前に寝落ちしてしまったので朝一です。
ページを進めた先に挟まっていた、もう一枚の紙切れ。
永遠に続く、夢の続き。
彩海学園の敷地の境界、ありふれた朝の光景。
通学路を一心不乱に駆け抜け、既に閉じた校門をよじ登る男子学生がいた。
「また遅刻か、暁古城」
「げっ、那月ちゃん」
「担任教師にちゃんを付けるな」
「痛っ」
フリルの付いた衣装を着こなす黒髪の小柄な少女――南宮那月は、己の受け持つ生徒である少年――暁古城の頭部に制裁を与える。
これもまた、彩海学園の一角における日常風景であった。
「貴様、これで今週はコンプリートだな。一週間毎日遅刻とはいい度胸だ」
「いや待ってくれよ那月ちゃん、俺が朝弱いのはよく知ってるだろう?」
「ああ、よぉく知っているともさ。だがそれとこれとは話が別だ、放課後に反省文を書いてもらうから覚えておけ」
「ちょっ、頼むよ」
「ダメだ。貴様にはこれでも便宜を図っているつもりなのだが、反省文じゃなくて補習か宿題がいいのか?」
「是非とも反省文を書かせて下さい!」
「よし、私の執務室で待つ。遅れるなよ」
「はい!」
「……ああそれと、昨日の深夜徘徊の分も合わせて二倍だからな」
「…………はぁい」
パーカーの下に隠れていても分かる程に、古城の顔は絶望に染まっていた。
その日の放課後、那月の理事長室より上の階にある豪勢な執務室。
朝の会話を実行に移すべく、古城は作文用紙と睨み合いをしていた。かれこれ半時間ほど前から。
「おい暁古城、まったく手が動いていないように見えるのは気のせいか?」
「そんなことないっすよ、那月ちゃんが見ての通り」
「だから那月ちゃんと呼ぶなと」
十分後
「おい暁、さっきから一枚しか進んでいないようだが私の目がおかしいのか?」
「全然、その通りだよ」
「さっさとしろ」
更に二十分
「おい」
「はい」
「一時間経ったぞ」
「もう終わります」
更に三十分が経過
「反省文五枚に一時間半、残業代が欲しいぞ」
「すんません」
「まったく」
ため息を吐いて呆れる那月に何か思うところがあったのか、古城は眉をひそめて疑問を投げかける。
「……なぁ那月ちゃん、なんかあったのか?」
「担任教師をちゃん付けで呼ぶな、馬鹿者」
視線を窓の外に向けて、切り出す。
「昨日手紙が来てな、何でも裕子が結婚するらしい」
出てきたのは、彼女のかつてのクラスメートの名前。
「へぇ、そいつは目出度いや」
「あのお転婆がだぞ? 色気の欠片も無いようなアホの子だったのに、時の流れというのは早いんだな」
古城からその表情は窺い知れない。
だが経験からなんとなく、どんな顔をしているのかは見当が付く。
小さな背中を見つめながら、かつて後輩だった少女へ声をかける。
「……なぁ南宮、寂しくないか?」
「それは……寂しいですけどね、大丈夫ですよ。だって私には、暁先輩がいてくれますから」
微笑み合う二人は、十年前と何ら変わらぬ笑顔を浮かべていた。