春秋の恥さらしネタ帳   作:春秋

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思いついたネタを描いているだけなので、時系列はバラバラです。
前話の方も加筆修正していますので、良ければ参照してください。


夏のひとひら2

 

 

毒の影響 鈴の場合

 

「鈴の料理の腕が上がったら、毎日酢豚を――」

「そっ、そうっ! それ!」

 

もちろん、覚えているとも。

 

小学校時代、夕暮れの教室。

二人きりで向かい合ったあの時。

 

頬が赤らんでいるのは夕日に照らされているから、だけではないのだろう。

緊張で震えつつも放たれたその文句は、日本古来の告白を思わせ――

 

   『ああ、それはいけない。他の人間が発するならばただの音、ただの文字の羅列に過ぎぬが、織斑一夏が当事者となるのは看過できんよ』

 

_____________________

 

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「――(おご)ってくれるってやつか?」

 

当時の自分は、まだ料理の腕も今ほどではなかった。

ろくに栄養も採れていない様子を見て、彼女も世話を焼きたくなったのだろう。

 

「…………はい?」

 

ありがたい事だと内心で頷いていると、件の鈴は何やら惚けているようだ。

聞き取れなかったのだろうかと思い、確認の意味を込めてもう一度口に出してみる。

 

「だから、鈴が料理出来るようになったら俺に飯を奢ってくれるって話だったろ?」

 

これで間違いないはずだ。

だって自分は、その光景を寸分違わず覚えている(・・・・・・・・・・)のだから。

 

しかし、今度こそ耳に入ったであろう鈴は絶句している。

 

別の約束のことだったのだろうか。

だが他にそれらしい約束をした覚えがない。

 

これは謝るしかないと悟り、行動に移す。

 

「すまん、別のことだったか? 悪いけど、他に思い当たる約束なんて――」

 

パァンッ!

 

突如訪れた衝撃に目がチカチカする。

一歩遅れて、左側の頬に痛みが走った。

 

「……えっ?」

 

鈴に頬を引っぱたかれたのだ。

一夏は面食らいながらも状況を理解し、咄嗟に謝罪が口を突く。

 

「ごめんっ! 何か間違ってた……ん、だよな?」

 

凰鈴音は喧嘩っ早く直情的だが、だからこそ理由なく暴力を振るう事はない。

そういった気質を理解している一夏は、自分に非があったのだと察した。

 

だが、だからといって彼女の気が収まる訳ではない。

 

「最っ―――低ぇ!! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないわ! この唐変木! 野良犬にでも噛まれて死んじゃえ鈍感朴念仁!」

 

そう一気に捲し立てて、止める間もなく部屋を飛び出していった。

後に残された一夏は傍観していた箒にも罵られ、更に意気消沈する。

 

己の心中で起こった異変に、彼はまだ気付いていない。

内から滲み出る毒素に気付いた者は、この時点では誰もいなかった。

 

そう――世界の中心ですべてを見守る女神でさえも。

 

 

 

 

 

 

 

毒の影響 ラウラの場合

 

銀月を写した様な髪は粗雑に伸ばされ、光の加減で白髪にも見える。

左目に付けられた黒い眼帯が、小柄な体躯に見合わない威圧感を増長させていた。

 

その姿を見て一夏は――

 

(ドイツ……か)

 

自己紹介を聞かずして、その祖国を心中で言い当てる。

なんとなく、そう思ったのだ。

 

   ――乱れる白髪は尻尾のようで、その単眼は殺意に濡れて。

 

見たことがないはずの光景に懐古を覚える。

それは言うなれば既視感(・・・)

 

どこかで見たことがあると思い込む、ただの錯覚。

 

だが、視界にいる少女の瞳に剣呑な光が宿っているのは、どうやら間違いではないようだ。

バッチリとぶつかりあった視線には、目に見えない重圧が感じられる。

 

そこで、一夏は先の幻視をただの錯覚だと確信した。

彼女の瞳は、血を思わせる赤だったのだ。

 

幻の誰かは青い瞳をしていたし、眼帯の位置が逆だったと思う。

 

そこまで考え、一夏は馬鹿なと頭を振った。

変な妄想癖でもあったのかと、自分で自分に戦慄する。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

再び前に目を向けると、件の少女が自己紹介を促されていた。

 

正された姿勢、教官という呼称。

やはりドイツの軍人で間違いないらしい。

 

「ラウラ・ボーデヴィっヒだ」

「…………」

 

挨拶終了!

先程まで騒いでいたクラスメートたちも、これには困惑の空気を(かも)し出す。

入学当時の俺の方がマシだったと、一夏は見当違いの安堵すら抱いた。

 

そんな雰囲気など尻目に、ラウラと名乗った少女は一夏に視線を定める。

込められた敵意を察した一夏もまた、うっすらと警戒心を芽生えさせる。

 

「貴様が――」

 

彼女は教壇を降り、剣呑な空気を纏ったまま近寄ってきた。

赤い右目を睨み返す一夏だが、流石に次の行動には呆気にとられる。

 

パシンッ!

 

流れるような動作で頬を張られた。

流石は現役の軍人、無造作に見えて威力がある。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

ジクジクとした痛みも忘れ、一夏も立ち上がり糾弾する。

 

「いきなりなにしやがる!」

「ふんっ」

 

対するラウラは素っ気ない。

こうして両者の邂逅は、最悪に近い形で落ち着いたのだった。

 

 





元素記号Hgは人体に有害な毒素です。
汚染怖い。

作中の既視感は誤字ではありません。
一夏が想起したのは凶獣さんなのでラウラとは別人。
故に既視感であっています。

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