雷門中サッカー部vs秋空チャレンジャーズ。
時は流れて後半戦。背番号10番の女の人が両手にお札を持つ。ボールを奪おうと阻んできた一乃くんと青山くんが驚いてビクッとする。
「見えるぞよ! 禍々しき悪霊が‼︎」
「えっ⁉︎ どこ⁉︎」
「紅葉、違う」
悪霊⁉︎ どこだ!
キョロキョロするボクの横を女の人がすり抜ける。
あ。しまったぁぁ‼︎ 騙されたぁぁぁ‼︎
愕然としたボクは、すぐに後を追おうと走り出す。
「待てぇぇ‼︎ ボクを騙すなんて、卑怯だぞ‼︎」
「いや、お前が勝手に騙されてるだけだ」
ボソッと倉間くんにツッコまれる。
ゔっ、否定出来ない。確かにそうかも……。
とにかく、このまま突破を許すわけにはいかない。ボクは人差し指を立てて、10番の女性に向けた。
「狐火バーン‼︎」
必殺技を発動して、見事ボールの奪取に成功したボクは、すぐに拓人にパスを出した。攻め込む時に、ふと一乃くんと青山くんの会話が聞こえた。
「流石に大人のチームだ……手強いな……!」
「ああ……でも、楽しいよ」
その会話を聞いたボクは、胸の奥から何かが込み上げてくるような気がした。
ジンとなって、温かいこの感じ……。自然と、足が軽くなって、どこまでも走れるような気分になった。
周りを見てみると、みんなとても楽しそうだった。ホーリーロードではおおよそ見ることの出来ない、心の底から楽しんでいるような笑顔。
「みんな楽しそうだね」
「……ああ、そうだな」
ボクの呟きを聞き付けた拓人が答える。拓人の口元にも、笑みがこぼれていた。それを見つけて、ちょっぴり拓人をからかってみる。
「拓人も楽しそうだね! ほら、二マーッて笑ってるよ!」
「んなっ⁉︎」
「ふふふっ!」
拓人のほっぺをツンツンとつついて、走り出す。拓人は何故か真っ赤になって、つつかれたほっぺに手を添えていた。
前方を見てみると、蘭丸が相手選手と競り合っていた。しばらく激しい攻防を繰り広げていたが……不意に、マサキが相手選手と蘭丸の間に強引に割って入って、ボールを奪っていった。
「え⁉︎」
あれ? マサキのポジションはサイドバックのはずじゃあ……?
ポカンとして見ていると、ボールはサイドラインを転がり出て、試合は一旦中断された。
ボクは、何やら険悪な蘭丸とマサキの元へ駆け寄った。
「深追いし過ぎだぞ! お前のポジションがガラ空きになってるじゃないか!」
「……すみません。……雷門の弱点は霧野さんだって、相手の選手が話してたの……聞こえちゃって」
「! 何だと……っ」
「蘭丸ー! 大丈夫? 怪我とかしてない……?」
「あ、ああ……」
「先輩〜! 聞いて下さいよ」
マサキは蘭丸に駆け寄ったボクの手を掴んで、ぐいっと引き寄せた。
「霧野さんが俺を責めるんですよー! 俺が霧野さんを助けようと思ってやったのに、邪魔だって……」
「⁉︎」
「え?」
マサキはしょんぼりするように、ボクの背中に隠れるようにボクの腕に抱きつく。
……隠れようとしても君の方が背が高いから、どう頑張っても無駄なんだけどね! マサキ! 何⁉︎ 嫌がらせかい⁉︎
ボクが若干涙目になっていると、マサキがさらにぎゅうぅと抱きついてくる。
蘭丸を見てみると、険しい表情でボクらを見下ろしていた。でもその表情の中には、何だか悲しげな雰囲気も見てとれた。
マサキは、蘭丸に酷いことを言われたって言うけど……でも……。
「……そんなことないよ、マサキ」
「‼︎ 紅葉……」
「は……?」
「蘭丸は優しい人だもん。さっきのプレーも、確かにマサキは機転を利かせたかもしれないけど、一歩間違えば蘭丸が怪我したかもしれないよ? 危ないプレーで相手を怪我させても、楽しくないもんね。だから、蘭丸はマサキに注意してくれただけだよ」
「わかった?」と首を傾げて、後ろにいるマサキを諌める。
そうだよ。マサキも蘭丸も、何も悪くないもん。悪いことなんか、してないもん。
マサキは無表情でボクを見下ろすと、ニコッと笑ってポジションに戻っていった。
霧野side
狩屋のことで手を焼いていた俺を救ってくれたのは、紅葉だった。昨日の練習から、何かと俺に突っかかってきて、俺のプレーを邪魔するのも多々あった。
そんな中、紅葉は俺を庇ってくれた。狩屋の本意を紅葉が知っているのかどうかはわからないが、好きな相手に庇ってもらえたのは、情けない気持ちもあったが、とても嬉しかった。
「紅葉……ありがとう」
「ううん。別にいいよ。蘭丸、怪我とかしてない? 大丈夫?」
「ああ。俺は大丈夫だ」
「そっか、良かった!」
嬉しさで少しばかり頬を赤らめ、俺を見上げて笑う彼女は、やっぱり可愛かった。俺は思わず照れてしまい、小さく返事を返してから紅葉をポジションに返した。
小走りでポジションに戻る紅葉の後ろ姿を見ていると。
「きーりのさんっ」
ポジションに戻ったはずの、狩屋だ。いつもに増してニコニコと心無い笑顔を浮かべる狩屋を、俺は一瞥しただけで何も言わなかった。だが、狩屋は俺に構わず独り言のように話しかける。
「紅葉先輩って、すっごく可愛いですね〜。……俺、気に入っちゃいました」
「……仲間に手を出すな」
「はーい。ま、でも……紅葉が俺のこと好きになって、自分から迫ってきたら……
それはそれで仕方ないですよね?」
「⁉︎」
ニヤリと笑った狩屋は、俺からの厳しい視線を無いもののようにして、ポジションに戻っていった。
……紅葉があいつを好きになって、自分から迫ったら。
そんなことない。絶対にありえない。あいつはついこの間まで神社の中でしか過ごしてなかった奴だぞ? 恋だって知らないし……。
そもそも、神童や俺をずっと前から好きにさせてるクセに、自分は俺たちの気持ちにまったく気付かない……。
そんなこと……そんなこと……。
あるはずがないと思う一方、あってほしくないと願う自分がいた。