天馬side
いつもの、部活の時間。俺はユニフォームに着替えて、今日転校してきた狩屋と一緒に話してた。
いつもの、部活の時間。なのに、今日は何かが違った。俺の動揺に気が付いたのか、信助が俺を見上げる。
「紅葉先輩……遅いね」
「うん……」
いつもなら、とっくに来て着替えてるはずの、紅葉先輩がいない。俺と、いつもどっちが早くグラウンドに着くか競争していたのに……。
「……紅葉先輩に何かあったのかな?」
紅葉先輩は、ついこの間フィフスセクターの手によって、怪我を負わされた。何があっても、おかしくない。もしかしたら、今頃……。
イヤな予感が、頭をよぎる。俺はいてもたってもいられなくなって、走り出した。
「天馬⁉︎ おい、どこに行くんだ!」
「俺、紅葉先輩を探してきます‼︎」
「僕も行く!」
「……俺も行く」
キャプテンの制止を無視して、俺と信助と剣城は部室から出て、紅葉先輩を探しに行った。紅葉先輩、無事でいて下さい……!
「紅葉先輩ーー‼︎ 紅葉先輩ーー‼︎」
大声で四方に紅葉先輩を呼び叫ぶが、紅葉先輩は見当たらない。返事もない。姿もない。別の辺りを探していた信助が駆け寄ってきた。
「信助! 紅葉先輩、いた?」
「ううん、いない! もっと遠くかな? もぉ〜この学校広いよ〜! 探し切れないよ!」
「でも……絶対、探し出さなきゃ! 紅葉先輩にもしものことがあったら……‼︎」
俺がもう一度、辺りを探しに行こうとしたところを、俺の正面から走ってきた剣城が引き止めた。
「天馬、いたぞ」
「ホントか⁉︎ よし、すぐ行こう!」
駆け出しかけた俺を、また剣城が俺の腕を掴んで引き止める。
「なんだよ、剣城!」
「……っ」
「? ……どうかしたの?」
「……俺が行ってくる。お前らは戻ってろ」
「え⁉︎ でも、紅葉先輩が……!」
「お前らが行くとややこしくなる。あとは俺に任せろ」
「……うん、分かったよ。剣城、紅葉先輩のこと、よろしくね」
「ああ。分かった」
剣城side
天馬たちを練習に戻らせ、俺はまた紅葉を探しに行った。あいつの寂しい気持ちや、折れそうなほど真っ直ぐな心は、誰よりも俺がよく知っている。あいつは、俺が楓さんから託されたんだ。だから、俺が必ず守る。
まだ見に行ってないところをくまなくチェックし、紅葉の姿を探した。日は既に傾き、練習ももうそろそろ終わるかという時間だ。
こんなに探しても見つからないなんて、きっと何かがあったに違いない。この不安が、俺の脳裏に最悪の結末が浮かび上がらせててしまう。
そんなこと、絶対にさせない。あいつは、俺が守る。
あれからまたずっと探し続け、中庭の植え込みの前に小さな影を見つけた。
ずっと探していた、あの見慣れた小さな影。
「……紅葉」
「……………………」
紅葉は項垂れ、ただ静かに力なく座っていた。こんな力ない彼女を見るのは、これで2度目だ。俺は紅葉の肩に手をかけ、振り向かせた。
「何でここにいるんだ。今何時だと……」
紅葉の顔を見た瞬間、言葉を失った。
目元には濃く残った涙の痕の上から、さらに堰を切ったように涙がボロボロとこぼれていく。金色の雫が、傾いた日差しを反射し、光り輝いていた。紅葉はただ泣いていた。しゃくりあげることもなく、大声で叫ぶこともなく。ただ、大きな目から涙を流しているだけだった。
「紅葉……?」
「…………」
「何があったんだ?」
「…………」
「何で泣いてるんだ?」
「…………」
何を尋ねても、何も答えない。紅葉はただただ泣いていた。何も喋らない紅葉に痺れを切らし、俺は彼女を連れて行こうと、無理矢理紅葉の腕を引っ張った。
「っ‼︎ やぁあぁああ‼︎」
「⁉︎ 紅葉……?」
突然暴れて俺の腕を振り払った紅葉は、バランスを崩し植え込みに倒れ込んだ。俺は紅葉に手を伸ばすが、紅葉は拒むように堅く目を閉じ、下がっていく。
「何があったんだ、紅葉。話してくれないか?」
「…………」
なるべく優しい声音で、彼女を安心させようと話しかける。紅葉は涙を拭いながら、口を開けようとして、躊躇したのか閉じてしまう。これを話していいのか、紅葉は自分の中で迷っているようだった。
「話してくれ。黙っているだけじゃ、俺には何も分からない。お前に悪いようなことは、絶対に言わない。だから、俺に話してくれないか?」
「……」
紅葉は震える声で、途切れ途切れに呟いた。
「……ボク、ばけ、ものって……。楓が、前の試合に、会場壊したからって……。だ、だから、ボクもばけものだって……」
「化け物……?」
「朝から、何か変だと思ってた。みんな、ボクを見る目が怖かった……。ひっく……やっと、分かった……。ボクが、ばけものだからっ……ボクが、みんなと全然、違うから……っぅう……っ、いなくなった方がいいって……」
「もう言うな」
泣きながら告げる言葉は、残酷なものだった。きっと、外の世界に出てあまり時間も経っていないから、人よりもショックが大きかったんだろう。心ない言葉というものが、どれほど人の心を抉るのかを知らない彼女にとって。
もう、何も言わせないように、俺は強く紅葉を抱きしめた。紅葉の体が、恐怖で震えているのが分かる。
「……大丈夫だ。お前は、化け物なんかじゃない」
「ぇ……? ほん、とに……?」
俺の腕の中で、俺を見上げる紅葉の手が、縋るように俺のユニフォームを掴む。涙で濡れた瞳が、少し期待の色を滲ませる。
本当だ。俺は言葉にする代わりに、頷いた。その意図を理解したのか、紅葉はまた次々と涙を流し、俺の背中に手をまわして泣きついた。
「うっ……う、ううっ……」
ずっと、怖かったのだろう。自分が、人間ではないと言われたのが。ショックで、この恐怖をどうしたらいいのか分からなくて。でも、もう大丈夫だ。そう、言葉にするのが照れ臭かった俺は、紅葉をもっと強く抱きしめた。