天馬side
楓先輩から聞かされた話は、とても衝撃的だった。紅葉先輩に、そんなことがあったなんて。紅葉先輩が近くて遠い存在になったように思えた。楓先輩が再び口を開く。
「……お前らの見てきたあの紅葉のもう一つの人格は、キュウビのものなんだ。紅葉があいつと生きていく中で、人格として紅葉の体に馴染んでしまった。ああなってしまったが最後、紅葉は一生キュウビと生きていかなきゃならないんだ……」
「そんな……」
俺の口から、震える声が出る。あの凄く強い紅葉先輩がキュウビ……? じゃあ、普通の紅葉先輩は……? 俺の頭の中を、色んな考えが支配する。
ふと、ミーティングルームのドアが開く音が耳に届いた。振り返ってみると、そこには紅葉先輩が立っていた。紅葉先輩を見た途端、全員の表情が強張る。紅葉先輩はそんなみんなの表情を見ながら、キョトンとして言った。
「あれ? どうしたんですか?」
いつもの紅葉先輩だった。みんなが紅葉先輩から目を逸らす。俺も思わず俯いてしまった。あんなこと聞かされた後で、話題の本人に会うと、どう対応すればいいのか分からない。でも、楓先輩だけは違った。
「お、やっと起きたか。さっき、天河原の試合の反省会やってたんだよ」
……嘘だ。もちろん、俺もその場に居たから分かる。さっきまでしていたのは紅葉先輩の本当の過去。全然関係ない。嘘をついてまでも隠し通したい。楓先輩にとって、これが紅葉先輩を守るための最良のことなのだろう。
そのことを知らない紅葉先輩は、後頭部をポリポリ搔いて、言った。
「ふーん、そうだったんだ。だったら叩き起こせば良かったのに……」
「大丈夫だよ、後でその内容教えてやっから」
「ホント? ありがとう、楓!」
ニコッと、無邪気に笑う紅葉先輩。楓先輩は、この笑顔を守るために……。
俺は唇を噛んで俯く他無かった。楓先輩はとても強い人だ。俺はあの人の強さに負けそうだった。
結局あの後何も無く、俺は木枯らし荘へ帰っていった。
ーー翌日、紅葉side
「おはようございます!」
「はよ〜っす」
楓とボクの挨拶が部室内に響く。いつもなら天馬くんあたりが「おはようございます!」って元気に返してくれるのになぁ……。部室では、何やら揉めていた。何かあったのかな? ボクはその中心へ行った。そこには、拓人と南沢先輩が居た。ハァ、と溜息をついて、南沢先輩が言う。
「迷惑なんだよな、お前達の言うサッカーを押し付けるな」
「南沢さん、あの試合……中学に入って初めてでした。……とても嬉しかった」
「そんなの分かってる。だがあれはあれだ。指示に逆らってフィフスセクターが黙っていると思うか? お前達は廃部になってもいいのか?」
「「廃部⁈」」
驚いた天馬くんとボクの声が重なる。そんなボク達に、蘭丸が説明してくれた。
「逆らって廃部になった学校はいくつもあるんだ」
「ええっ⁉︎ 逆らったってだけで廃部になっちゃう……廃部………………廃部って何?」
ボクがコテンと首を傾げると、みんながずでーっと転んだ。あれ、ボク何か変なこと言った? 楓が呆れながら教えてくれた。
「廃部ってのは、部活そのものが無くなるってことだよ‼︎」
「ええっ⁉︎」
さらに聞いたボクは再び驚いた。驚くボクをよそに、蘭丸は拓人に諭すように言う。
「神童……お前と気持ちは同じだ。でも、南沢さん達の言うことも分かる」
「今まで通りやるしかないんだよ」
倉間くんも諦めたように言った。ボクはそんなみんなを見ながら、眉を顰めていた。
放課後。部活中なのに、ボクや楓、天馬くん、信助くん、拓人、三国先輩以外は練習しない。南沢先輩なんか、座って見てるだけじゃあないか……。その様子を見ながら、ボクは内心イライラしていた。
「紅葉、抑えろ」
「っ……でも……」
ボクには本当に分からなかった。みんな、サッカーが好きなハズなのに……。何で、その気持ちを抑え込んでまで、サッカーを続けるの? そんなの楽しくないじゃないか。ボクなら、勝敗指示とか関係なしに戦うのに……。俯こうとしたところ、不意に藍色の髪が視界に入った。
顔を上げると、剣城くんが円堂監督の元へ向かっていた。いつも近寄りがたい雰囲気の剣城くんなんだけど、今日はいつもよりも血相が凄いというか、何というか……。その途端、剣城くんはこんなことを言い出した。
「次の試合、俺を出せ」
「お前を試合に?」
「そうだ」
剣城くんが試合に? ボクがじっと剣城くんを見ていると、速水くんがあたふたしながら焦る。
「とうとう来たんですよぉ……雷門サッカー部を潰せという指示が……」
誰もが、円堂監督の言葉を待った。
「…………いいだろう。お前には出てもらう」
円堂監督から告げられたのは、了承の返事だった。
「……あんたがどういうつもりか知らないが、俺は好きにやらせてもらう」
「構わん」
円堂監督がそう言うと、すぐに拓人が反論する。
「待って下さい! こいつはシードです。俺達の邪魔をします!」
「かもな」
「だったらどうして⁉︎ 本気で勝利を目指すんじゃないんですか⁉︎」
「……本気で勝利を目指すからこそ、剣城くんを出すんだよ……」
そう言ったのは、誰でもなくボクだった。何となく。何となくだけど、円堂監督の考えが分かってきたような気がする。口では上手く説明出来ないけどね。
今日の帰り、ボクはあることを実行しようと決意した。ボクの前方には、剣城くんの背中が見える。そう、ボクは今、剣城くんの後を追っていますーーー。
も、紅葉ちゃんが……ストーカー行為をぉぉぉおぉおお‼︎
楓ぇ、何やってんのさぁ‼︎
楓「そ、それは……次回分かる。すぐ分かる……」
あら? 何でそんな元気ないの⁉︎
ま、それも次回分かるか。
次回お楽しみに!