黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜   作:リリア・フランツ

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第二話 感触

激しい砲撃が続く。

私は近くにいた母さんの腕を掴んで建物から離れた。

「父さんは!?」

「反対方向へ逃げてたわ」

私たちが街に入った場所ね。

「私たちも行こう」

まずは父さんと合流。そしてサンドウォールから脱出する。

先のことはそれからだ。

そう考えて走りだした瞬間。

私のすぐ近くで空気が震えた。

「母さん伏せて!」

そう叫ぶのが精一杯だった。

何か熱いものを頬に感じたあと、世界が暗転した。

 

 

 

………。

……うっ……。

こ…ここは…。

確か…サンドウォールに…帰ってきて…。

…。

……。

………。

そうだ。

私はあの時母さんと…。

「…母さん!」

繋いでいたはずの手。掴んだのは瓦礫の一部だった。

身体の痛みも忘れて跳ね起きる。

…辺りには母さんの姿はない。あるのは瓦礫の山だけだ。

「母さ…」

と叫びかけて口をつぐむ。ここはもう戦場だ。どこに敵がいるか分からないのだ…。

身を低くして辺りの気配を探りながら母さんを探すしかなかった。

身体を動かしながら自分の怪我の具合も把握する。

多少かすり傷がある程度で身体を動かすにはまったく支障はない。

少し安心しつつ母さんを探した。

 

「…!母さん…」

母さんは生きていた。

ただ、重傷だった。

特に肩と脇腹の切り傷が深い。出血もひどい。このままでは…。

「すぐ父さんを呼んでくるから!待ってて!」

意識の無い母さんに叫ぶ。

もう躊躇していられない。瓦礫を駆け上がって父さんの姿を探す。

敵に見つかるかもしれない。だけど叫ぶ。

何をすればいいかもわからない。ただ父さんがいればなんとかなる、。

ただ混乱する自分を抑え、狂いたくなる自分を諫める。

この時の私にできたことは父さんを探して走り回ることだけだった。

 

どれくらい探したのだろう。

そんなことがわからなくなるくらい走り続けた。

日が傾いて暗くなってきたのか煙で周りが煤けていたのか、あたりが暗くかんじる。

 

そんな中。

 

 

父さんだったモノを見つけた。

 

 

………。

………。

…不思議だ。

声もでない。涙もでない。

ただ…何かが砕けた気がした。

「…」

何にも感じない。

これが15年付き合った父親との別れなのに。

「…」

私は父さんの髪に触れた。

よく考えれば父さんを下に見たのはいつ以来だろう。

そんな馬鹿な考えを振り払う。

今はただ、父さんの「感触」を頭に刻み続けた。

 

 

しばらく座り込んでいた。

でも母さんを思い出して立ち上がる。

どうしようもできない。

ただ絶望感を引き摺って歩く。

走る気力もない。

ただ歩く。

「……!」

ふいに意識がはっきりした。

私が行く先に数人の気配。

多分アメストリスの兵士だろう。イシュヴァール人とは何かが違う。

何かを取り囲んでいるみたいだ。何か大声で叫んでいる。

どうやら意識があるか確認しているらしい。

そんなことを考えていると、さっき見たのと同じ瓦礫を見つけた。

これは…私が掴んでいた瓦礫。

ここは…私が気絶していた場所。

「………!」

まさか!あれは!

必死に走る!お願い、お願い!

そして。私は。

 

 

母さんの胸に剣を突き立てる兵士を見た。

 

 

 

完全に壊れた。

理性も消えた。

偶然にもすぐ近くに軍刀がある。

それを持つ。

走る。

飛び上がる。

振り降ろす。

…二つに分断する。

 

そういえば大爺様が言っていた。

剣を振るう者にとって一番大切な資質とは。

それは剣が肉を斬り骨を断ち命を刈る「感触」を快感とするか不快とするか、だと。

…私には…資質があった…。

 

二つになりかけたそれを蹴り飛ばす。二の太刀でもう一人を薙ぐ。最後にもう一人の喉を突く。

 

初めて人を斬った。

その苦痛など問題ではない。

この心の渇き。

この心の餓え。

大切な人を護れなかった痛み。

大切な人を奪われた悲しさ。

もっと大きな受け入れ難い事実がある。

 

どうすればいい。どうすればいい。

…わからない。

 

気がつけば。

雨が降っていた。

砂漠に近いこの街には珍しい雨だった。

この頬に伝う「感触」

雨の雫なのか。

涙なのか。

それとも。

 

血なのか。


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