黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜 作:リリア・フランツ
私は死んだのだろうか。
あの時、私達を襲った衝撃は凄まじいものだった。
右眼の痛みすら忘れてしまうほどの。
だけど、私にそれが襲いかかる寸前。
何か、暖かい…とても暖かい何か私を包んだ。
そして私は…。
…。
…。
…。
う…。
ま…眩し…。
なんでこんなに眩しいの…?
私は…死んだんじゃ…。
…。
…!
「…ここは…」
なぜかベッドに寝ているみたいだ。どうやら死んでないみたい…。
…ベッド?
「大丈夫ですか?」
そんな私を看護婦さんらしき人が覗きこんだ。
「せんせーい、ヒューズさん意識回復されました」
私の返事を待たずに看護婦さんらしき人はバタバタと駆けていった。
…ヒューズさん?
もう、わけがわかんない。
しばらくして私の視界に知らない女の人が入ってきた。
綺麗な人…なんとなくロックベル先生がうかんだ。
「大変だったわね。イシュヴァール人に捕まっていたそうね」
?
は?
「な、何言ってんの…」
ほんとに何なの?私が捕まってた?
「私、イシュ」
突然口を塞がれる。
「静かに。あなたは今アメストリス人として病院に収容されてるから」
女の人は私に小声で呟いた。
そして微笑みを浮かべて。
「マース・ヒューズから聞いてない?私がグレイシアです」
それから1週間ほど、何がなんだかわからない状態のまま過ごした。
とりあえずわかったことは。
私は生きていること。
イシュヴァール人だとは思われてないこと。
あの時の衝撃で体のあちこち怪我を負っていること。
そして。
右眼を失ったこと。
ある意味茫然と日々を過ごす私をグレイシアさんは甲斐甲斐しく世話してくれた。
どうやら私はマース・ヒューズの親族みたいなことにしてあるみたい。
そんな感じでグレイシアさんは接した。
「なぜ私を死なせてくれないの!?」
自分だけ生きていることに耐えられなくなってグレイシアさんに詰め寄ったこともあった。
だけどグレイシアさんは笑って言うだけだった。
「私はあの人を信じてるだけだから」
しばらくして退院するとグレイシアさんはあちこちを案内してくれた。
それで私がいまいるのはセントラルだとわかった。
イシュヴァールとはまるで違う近代的な街並み。
私が…私達が戦った国の強大さを実感させられた。
グレイシアさんとすっかり打ち解けたころ。
私のところに2人の軍人が訪ねてきた。
1人はマース・ヒューズ。
もう1人は黒髪の男。
そう、国家錬金術師のあの男だ。
「…恩でも売ったつもり?」
マース・ヒューズは肩を竦めた。
黒髪の錬金術師は何も反応なしだ。
「まあ、無事で何よりだ」
マース・ヒューズが笑いかける。ふぅん、こういう笑い方できる奴だったんだ。
「で、何の用?私を逮捕しにきたの?」
今度は黒髪の錬金術師が口を開いた。
「君は逮捕される心当たりがあるのかね?」
「…さっさと死刑にでもしてよ」
黒髪の錬金術師が私の言葉を片手で遮った。
「君が言っている黒と赤の眼のイシュヴァール人の少女は死んだ」
…え?
「どういうことよ!」
「君はただ巻き込まれただけの一般人…ということになっている」
マース・ヒューズは眼を閉じて。
「あの時、お前さんを助けたのは俺たちじゃない」
あの時、何が起きたかを話し始めた。
「生きているとは思えんが…最後通告だ。降伏しろ」
ロイの呼び掛けにも答えることはなかった。
(あの嬢ちゃん…)
生きていてほしい…というヒューズの希望も無駄だったようだ。
ロイは右手をあげると、バチンと鳴らした。
建物は室内から吹き飛んだ…。
煙が薄まってから廃墟と化した建物内へ遺体の確認のためアメストリス軍は近づいた。
それぞれが瓦礫を退かしなから捜索を続ける。
「おい、いよいよだな」
「あのクソ女の死体と御対面だぜ」
兵士達が笑いながら話していた。実際多くの味方を殺した「赤と黒の眼のイシュヴァール人」は憎しみの対象となっている。
「何か…なあ」
ヒューズが悲しげに話す。
「これが…戦争というものなのだろうな」
ロイはいつもと変わらずに答える。しかし視線を兵士達に向けようとはしなかった。
その時。
背後で瓦礫が崩れた。
振り向くと、イシュヴァール人の武僧が立っていた。
しかし満身創痍で立っているのがやっと、という感じだ。
「よく生きていたものだ…動くな」
ロイが銃を向けた。
「投降しろ。悪いようにはしない」
ヒューズもそれに倣う。
「……頼…む」
武僧は何かを言っている。
それ以上何かをする風でもない。
徐々に距離を詰める。が、動かない。
「女…助け……」
ようやく武僧のか細い声が聞こえる距離になった。
「手をあげろ」
再度忠告するが、やはり変わらなかった。
仕方なく引き金を引こうとすると。
「頼む…助け…」
という声が聞こえた。
「この娘は…アメストリス…人…」
そして多量の血を吐き。
「…黒い…瞳…の…同胞…」
武僧は力尽き倒れた。
お互いに顔を見合わせ、武僧の背後の瓦礫を動かす。
「…!」
そこには片眼を潰された少女がいた。
全身に傷があるものの、息はある。
間違いない、あの少女だ。
「マスタング少佐、何事ですか…!」
マスタングの部下が近寄ってきて少女を見た。
「ア、アメストリス人…ですか?」
ロイとヒューズは再び顔を見合わせる。
兵士の反応を見てピンときたのだ。この部隊はこの少女と交戦したことはない。
ならば顔を知らないはず。
「どうやらイシュヴァール人に捕まっていたらしい。すぐ救護所へ」
「はっ!」
マスタングの部下は勢いよく敬礼すると担架を手配しに走りだした。
とりあえずヒューズは少女を瓦礫の間から引っ張り出す。
すると。
「…!!」
少女を守るかのように、少女の周りに2人のイシュヴァール人の遺体があった。
「この娘を守るために…」
ヒューズはこの時初めて、イシュヴァール人の真価をみた気がした。
「お前さんを生かしたのはイシュヴァール人達の遺志だ」
私は何も言えなかった。
私、生かされたんだ。
「黒い…瞳の…同胞…」
同胞…。
私…私…。
「うぅ…うああああああああ!!」
何でよ、何で。
私にこんな重いものを背負わせるのよ…。