人間というものは突飛な出来事を前にすると、その思考を停止させ、考える事を放棄するという。滅多な事では人間一人の思考を停止させる事など有り得ないのだが、現在自分はそんな突飛な出来事と目の前に広がる光景に、一瞬だけれど考える事をやめていました。
だってさ、さっきまで無人島にいたんだよ? 奇妙な遺跡を前に驚いたけれど、それ以外はなんて事無い自然に囲まれていたんだよ?
それなのに……なによこれ? 何でいつの間にか俺ってばこんな夕焼けに染まる空の下で石垣の上に立っているのよ? 何でルルーシュ少年やスザク君がブリタニア皇帝と黒髪の女性と対峙してるのよ? しかも皆さんこっちを凝視しているし、C.C.さんだけは落ち着いた様子でこっち見てるけど……何これ? どうすればいいのよ?
何か向こうではZEXISが戦っているし、マジどうなってるのこれ?
「蒼のカリスマ、フレイヤに巻き込まれて死んだと聞いていたけれど……やはり、生きていたのか」
混乱する自分の思考を更に追い詰める言葉がスザク君から放たれる。……え? フレイヤ? ていうか俺、死亡扱いされているの?
フレイヤとはもしかしてあの桜色の光の事だろうか。話の内容からして唯の兵器ではなさそうだし……もしかしてメメントモリに次ぐ戦略兵器が開発されたのだろうか?
そしてそれに巻き込まれたとされる自分は死亡していたと思われていた? ……なんてこったい。
「ゼロに続くもう一人の仮面の男よ、貴様が何故ここにいるのかは今は問うまい。しかぁし、我等の悲願であるラグナレクの接続の邪魔はさせんぞぉ」
ブリタニア皇帝からのそんな言葉に自分の思考は現実に引き戻される。……どうでもいいけど、この人の声って腹に響くよね。
つうかラグナレクの接続って何? ……いや、自分は確かその言葉を知っている。知っている筈なんだけど───ダメだ。思い出せない。
最近、昔の事が思い出せなくなってきている。自分がどこの何者でどんな人生を歩んできたのかは思い出せるけど、それに纏わる思い出というものが要所要所で抜け落ちている気がする。
ブリタニア皇帝のラグナレクという言葉に引っかかる部分があるが……どうしてもそれが思い出せない。
いや、ラグナレクという言葉自体は知っている。北欧神話の中で記される終末を意味する言葉だ。神々との戦いによって世界は終焉し、新たに世界が創られるという話。昔自分もそういうモノに憧れた時があったのでそういう知識は存在する。
「ラグナレク……終末ですか。ではシャルル皇帝、あなたはこの世界を終わらせて次は一体どのようにするおつもりで?」
「嘘の無い世界。世界の全てから嘘を無くし、ありのままの世界に造り変えるぅ。賢しい貴様の事だ。その口振りだと我等の計画の事も全て知っているのだろうなぁ」
いえ、全く欠片もご存知ありません。こっちはただ気になったから質問しただけなのにそんなドヤ顔で言われても困るんスけど?
「神を終わらせる──成る程、世界を造り変えると豪語するアナタにとっては皇帝としての責務……いや、全てが俗事なのでしょうね」
「ふん、遠回しに嫌味を言う事でワシを揺さぶるつもりかぁ? 笑止! 蒼のカリスマ……いや、シュウジ=シラカワよ、貴様も我が愚息ルルーシュと同じ自身を偽る愚か者よ、世界を創造する事の何たるかを分からぬ貴様ではワシに勝つ事はできん!」
何となくらしい言葉で場の空気を持たせてみると、シャルル皇帝は両腕を広げて空を仰いだ。前々から思ってたけどこの人一々言葉遣いが大仰なんだよね。皇帝だから仕方がないんだろうけど……。
つーか、さり気なくこの人も俺の事知ってたよ。得体の知れない皇帝様だったから覚悟はしてたんだけど、最近自分の身バレの頻度が高い気がする。
先程から変わらないドヤ顔の皇帝陛下、そんな彼のドヤ顔に疲れた溜息をこぼした時、ふと自分の立ち位置に気付き、内心で焦り始めた。
───俺、ちょっと出しゃばり過ぎじゃね? 最初訳分からない所に来てしまったが為に気付くのが遅れたけれど、今俺がいる位置ってちょうどブリタニア皇帝とルルーシュ少年達の間に立っているんだよね。
ルルーシュ少年からすれば俺はいきなり現れて場を乱す厄介者にしか映らないだろうし、もしかしたら「いきなり現れてなに言ってんのコイツ?」みたいに思われているのかもしれない。
ヤベェ、こうして別視点から見るとまるで空気を読めない人間じゃん。仮面の内部で湧き出てくる汗に不快感を感じる間もなく、俺は急いでこの場をルルーシュ君に譲ろうと言葉を繋げる。
「ククク……アナタでも勝つ負けるなんて言葉を使うのですね。全てを俗事と切り捨てて置きながらまだ己を棄てきれずにいる」
「……何がいいたい?」
「世界を終わらすと言っておきながら世界にまだ未練がある。そんな人間らしいアナタが、少し好ましく思えただけですよ」
「貴様ぁ……」
鋭い眼光で睨んでくる皇帝から逃げるように背を向けて、自分は後ろに控えたルルーシュ君の肩に手を置き、バトンを渡す。
「ここから先は君の戦いだ。決着を付けてくるといい」
「お前に言われるまでもない。俺はその為に此処に来ているのだから……」
いきなり出て来て場を乱したものだから怒られるかなと不安に思っていたけれど、ルルーシュ君はそんな事を言うこともなくブリタニア皇帝の前に歩み出る。スザク君やC.C.さんもそんなルルーシュ君の後に続く中、俺は離れた所で一人考えていた。
(……これから、どうしよう)
ルルーシュ君に死んでいたと思われていた自分、ZEXISの皆も自分が死亡したと思っているのだろうか? 遠くで敵KMFと戦うカレンちゃんの紅蓮に手を振ってみるけれど、一向に此方に気付く素振りはない。というか、本当にここはどういう所なんだろう? 夕焼けみたいな風景がどこまでも続いている感じがして規模は把握できないけれど、夕焼けは黄昏と呼ぶ事もあるので無難に“黄昏の間”とかだったりして。
ラグナレクも黄昏という意味もあるみたいだし、案外シャレ関係で繋がっているのかも、そんなアホな事を考えている内にいつの間かシャルル皇帝と黒髪の女性の下半分が消えそうになっていました。
近くにあったグネグネしている奴も崩壊しているし……これ、ルルーシュ君が勝ったという事で考えても良いのかな? それに向こうも戦闘が終了したみたいだし、勝ちでいいよね。
「この賢しい愚か者がぁぁっ! ここでワシを拒めばその先にあるのは絶望の未来ぞ! その事を分かっているのかぁ!」
「だとしても俺はお前達の造る世界を否定する。消え失せろ!」
ルルーシュ君のその言葉が引き金となり、上半身まで消えていたシャルル皇帝と黒髪の女性は断末魔と共に光に呑まれて消失、ZEXISの皆も混乱の様子の中、次の瞬間には別の光に呑まれて消えていった。あの様子だと皇帝達とは違い、元の世界に戻っていったのだろう。
(……皆、気付いてくれたかな)
場の空気を読んでグランゾンは敢えて出さなかったが、それが間違いじゃない事を願う。ブリタニア皇帝との決着を付けられた事で取り敢えず一段落したかと思われたが、彼等は何やら物騒な事を話し始めた。
「お前達、これからどうするんだ?」
「決まっている。ルルーシュはゼロ、ユフィの仇だ」
「だから?」
何やら凄まじく険悪の雰囲気、今にも殺し合いが始まりそうな空気を今度は敢えて読まず、自分は間に割って入る。
「さて、何やら物騒な話をしていますが、取り敢えずここから出ましょう。難しい話をするのはお互い落ち着いて話し合ってからでも遅くはないでしょう」
「……そう言えばお前がいたな。気配が全く感じられなかったから分からなかった」
「俺もだ。この間の政庁への単独潜入といい、蒼のカリスマ……お前の目的は何なんだ?」
「その事を話すのも含めて、今はここから出ることを優先しましょう。C.C.さん、アナタならここから出ることが出来るのではありませんか?」
「私の事もお見通しと言うことか。……お前、本当に何者なんだ?」
「別にお見通しという訳ではありませんよ。知ってる事を知ってるだけ」
「食えない奴だよ、全く」
自分の精一杯の誤魔化しにC.C.さんは肩を竦めて、俺達の一歩前に出る。彼女の額から紅い光が瞬いたかと思われた時、自分の視界は突然揺らぎ、意識が一瞬途絶えた。
◇
――どうやら元の場所に戻れたようだ。意識を繋げられる様になった俺は、遺跡の中から出て辺りを見渡す。ZEXISの皆の艦が見えない事から、どうやら別の所に転移させられたようだ。
さてこれからどうしよう。取り敢えず皆を探して合流しようかと今後の方針を決めようとしていた時、今まで黙っていたスザク君とルルーシュ君が、先程よりも一回り大きな険悪の雰囲気を醸し出して遺跡の入り口で向き合っていた。
ただならぬ雰囲気に近くのC.C.さんにどうしたのかと訊ねると、何でも二人は昔は親友同士だったらしいが、一つの過ちの所為で関係は拗れに拗れ、今や互いに互いを殺したい程憎んでいるのだとか。
どうしたら親友同士がそこまで関係を悪化させるのか、なんて疑問に思っても仕方がないので互いに落ち着くよう説得を試みるが……。
「貴様には関係ないだろう!」
「引っ込んでいろ!」
……ちょっと二人とも興奮状態の為か話が噛み合わないので少し大人しくさせる事にした。スザク君には延髄切りとショートアッパー、ルルーシュ君は細身なのでスープレックスホールドで黙らせ、その後落ち着きを取り戻した二人から話を聞く事にした。
話が長かったが簡潔に纏めると、何でもルルーシュ君は“ギアス”というC.C.さんから得た不思議な力でブリタニアを倒すため、ナナリー総督の居場所を創る為、黒の騎士団を造りZEXISに参加し、世界と戦ってきたという。
“ギアス”やっぱり引っ掛かる事はあるけれど思い出すことは出来ない。これ以上この事については悩んでも解決出来そうにないので、後にでも日記を読み直す事にして話を進める。
で、ギアスを使って途中までは順調に進んだけれど……ある時そのギアスの力が暴走し、無意識の内にトンでもない命令を下してしまったのだという。
それが破界事変でユーフェミア皇女の起こした惨劇、通称“虐殺皇女”の話だ。それを聞いた瞬間、スザク君は手にした剣を血が滲み出る程握りしめていた。
その後もブリタニアと戦い、ブラックリベリオンでは黒の騎士団が敗れ、ルルーシュ君はスザク君の手でブリタニア皇帝の前に引きずり出され、黒の騎士団の総帥を捕らえた報酬としてスザク君はナイトオブラウンズの地位に付いたという。
そしてそれからはC.C.さんの手引きもあり、ゼロとして再び立ち上がったルルーシュ君。ZEXISで幾つもの戦いを経てここまでこれたのだが、此処へ来て更なる事態が発生した。
シュナイゼル=エル=ブリタニア。エリア11でZEXISがブリタニアやアロウズと戦い、そしてフレイヤの使用でトウキョウ租界が壊滅した時、彼等の所に奴が来訪し、ルルーシュの存在を暴いたのだという。
危うくシュナイゼルに引き渡されそうになった所をロロ君……ランペルージとしてのルルーシュ君の弟が、文字通り命を懸けて助けてくれたのだという。彼もギアスの使い手だったが、彼のギアスは心臓に負担を大きく掛けるため、彼はギアスの使いすぎで死亡、この島の南西の位置に埋葬したという。
そしてここでブリタニア皇帝と戦い勝利した。そこまで至る道程を聞いていたら既に外は暗くなっており、夕日も水平線の下に沈もうとしていた。
長い話を聞いて一息つきたい所だけれど、まだ彼からは聞きたい話がある。休みたい気持ちを押し殺して俺は彼に一つ問うた。
「それで、君はこれからどうする? ブリタニア皇帝を倒して本懐を遂げたけれど引き返せる場所がない」
「……俺は、これまで数え切れない程の罪を重ねてきた。ナナリーがいない今、俺に出来る事は限られている。混迷するこの世界を正す為、全ての憎しみは俺が───」
「はいこのバカちんがー」
「バカちん!?」
何だか重苦しい空気の中でトンでもない事を口走ろうとしたので思わず素で遮ってしまった。いきなり罵倒されるとは思わなかったのか、ルルーシュ君は目を見開いて絶句している。
イヤだって実際そうじゃない? 何で世界の全ての憎しみをルルーシュ君一人で背負う話になるの? “この世、全ての悪”にでもなりたいの? 一見それで全部片付けるような言い回しだけどさ、それって後の人達に全部丸投げしてるようなモノじゃない。
それに全ての悪事を自分に集中させる様な事を言ってるけれど、今の世界になったのは何もルルーシュ君一人の責任じゃない。アロウズに加担してやりたい放題だったスザク君もそうだし、更に言えばそんなアロウズの存在を認め、彼等の実情を見ようとしなかった世界中の人間も同罪みたいなものだ。
リモネシアが焼かれた事だって自分という存在がいたからああなった。自分が仕返しにイノベイターやグレイス=オコナーを探しているのも半分は八つ当たりみたいなものだ。
それなのにルルーシュ君一人に悪いことを全部押し付けるのは……流石に都合が良すぎるのではないだろうか? というか、個人的にその結末は正直腹立つ。
「だったら、だったら俺はどうすればいい! ユフィを殺し、多くの人間の人生を歪ませてきた俺には最早この命を差し出すことでしか贖える方法しかない。なのにそれを奪われたら……俺には、どうする事も出来ないじゃないか!」
「別に死ぬ事だけが罪滅ぼしな訳ないでしょ? 勿論これからの君の人生は一生後ろ指を刺されるものになるだろうけれど、贖罪って寧ろそういうモノなんじゃないの?」
何だかスゲェ説教臭ぇ事言ってるけど、こうでも言わないとこの子自分の考えのままに行動しそうだからなぁ。シャーリー嬢との約束もあるし、何としてもそんな考えは思い留まってもらわなくては。
けれどZEXISの皆も結構アッサリしてるのね。ギアスという力に怯えるのは分かるけれど事情も知らずに追放するとか、正直チョッピリがっかりした。
……イヤ、この場合はそんな状況に追い込んだシュナイゼルの手腕に戦慄を覚えるべきか、黒の騎士団の総帥をここまで一方的に追い込む彼は流石ブリタニアの宰相閣下と言うべきか。兎に角この話は後回しにして、ひとまずルルーシュ君のフォローに徹する事にしよう。さっきからこの子落ち込み具合が半端ないのよね。
「……それに君と君に連なる全ての人達を守るよう、実はあるお嬢さんから言われていてね。その約束を守る為にも君には死なれては困るんだよ」
「……え?」
「シャーリー=フェネット。確か君のガールフレンドだったかな?」
「シャーリーが!?」
ルルーシュ君の聞き返す問いに自分はそうだと簡単に返す。すると先程より顔色を良くしたが、今度は何も言わず黙り込んでしまう。
恐らくは頭の中で色々葛藤しているのだろう。そんな風に思い悩ませているのは自分の所為でもあるので、俺は彼等にある提案を提示した。
「……まぁ、いきなりそんな事を言われても君も混乱する事だろう。かといって俺も約束があるから君を死なせる訳にもいかない。だから、これならどうだろう?」
「な、何を?」
「俺と、一緒に来ないか? 勿論スザク君とC.C.さんも一緒に」
差し出した自分の手を見て、三人は目を丸くしていた。
主人公、遂にボッチ脱却!(仮)
今回のすれ違い(?)
主人公「……あれ? もしかして俺、友達出来るチャンスなんじゃね!?」
ルルーシュ「今は奴に従うしかない」
スザク「前より強くなってね?」
C.C.「てかバカちんって……」
平和なのは主人公(の脳内)だけ。
次回もまた見てボッチ!