────月、地球から離れて衛星の役割を担い、多くの多元世界にとって重要な存在として認識されている星、
「ハリー、戦局はどうなっていますか?」
「はっ、それぞれの箇所では今も尚拮抗しており、地域によっては優勢な所もあるようです。しかし大局的に見れば………少々、押されているかと」
「そうですか……」
言いづらい事ではあるが、真実を隠すべきではないと判断した親衛隊隊長であるハリー=オードは、モニターに映る映像をそのままに主であるディアナに告げる。
ディアナもまたそれを事実として受け止めて目を瞑る。決して楽観視していた訳ではない、相手は多元世界に於いて最大規模の戦力を有する組織だ。永い時の中で祖先達の代からクロノを通してその脅威を知るディアナからすれば、それは想定の事態と言える。
今、月の民からも多くの志願者兵が地球を守るべく、衛星軌道に展開しているサイデリアルの軍勢の足止めをしている。嘗て地球の人間だった月の民達、以前は地球に対して恨みの感情すら抱いていた者がいた筈なのに、今では彼等の助けになろうとしている。
地球と月、二つの星で育まれてきた人類が今は手を取り合っている。それ自体はディアナにとって喜ばしい事だが、その一方で多くの月の民が死んでいく事を思うと、ディアナは素直に喜ぶ事が出来なかった。
分かっていた筈だ。何時かはこのときが来ることを、その時を覚悟して今日まで月の指導者として在り続けてきた。自分だけではない、プラントで同じように戦局を見守っているラクス=クラインも、クロノの末裔の一人で在るが故に、今頃は彼女も自分と似た気持ちを抱いている事だろう。
ならば、今は見届けよう。この戦いで多くの命が犠牲になろうとも、その罪を背負い続けるのは他ならぬ自分自身だ。だから目を背けず、今も命を掛けている彼等を見守ろう。
────そんな時だ。突然、激しい揺れと衝撃が月の民が住まう都へ襲い掛かった。
まるで月全体が揺れたのではないか、という衝撃。嘗てない事態にディアナは声も上げられず椅子から転げ落ちる。そんな彼女をハリーが身を挺して庇ったのは、流石親衛隊隊長と言えるだろう。
「ご無事ですかディアナ様!」
「え、えぇ、ありがとうハリー……何事か?」
ハリーによって何とか怪我なく済んだディアナは彼の手を借りて立ち上り、周囲の警戒に当たらせているハリーの部下に何事か訊ねる。
まさかこの月にまでサイデリアルの軍勢が押し寄せてきたのか。最悪の事態を想定し、ハリーはディアナの逃走経路を確保しようとするが……。
『な、何なんだよあれ、なんであんな奴等がいるんだよ!?』
『有り得ない、ここは宇宙空間だぞ!?』
通信から聞こえてくるのは親衛隊の驚愕に満ちた声だった。親衛隊である彼等が戸惑い、怯え、恐慌している。それを訝しげに想いながらもハリーは確りしろと彼等を叱咤し、何が起きているのか簡潔に訊ねた。
『……ひ、人です。人間と思われる物体が人の形をした銀色の怪物と────た、戦っているのだと思われます!』
「何? 戦っているとはどういう事か?」
『そうとしか見えないんです! あぁ、消えた!? 今度は左? いや右だ!? 何なんだよ、どうして人が宇宙服も着ずに生きている!? 戦っている!? なんで瞬間移動見たいな動きが出来る!? あれは、あんなのが本当に人間なのかよぉ!?』
最早発狂同然に喚く彼等に今度はハリーが困惑した。彼等は曲がりなりにも親衛隊を担う人材。何れもその質は、地球の主戦力にも引けを取らない者達だ。彼等もハリーと同様にディアナに忠誠を誓っている。そんな騎士道の如く精神をもった彼等が、一様に動揺しているのはどういう事か。
埒が明かないとハリーはディアナに許しを貰い、執務室のモニターに外の様子を映し出させる。切り替わる視点、そこに映し出される光景を目の当たりにしたハリーとディアナは………。
「こ、これは……」
「……ユニバース」
微かに映る人らしき影、そして人とは思えぬ戦い、輝きを纏う者と銀色の魔人が拳をぶつけ合う。月面に新たなクレーターが出来上がる光景を目にした二人はそれぞれ驚嘆の声を漏らすのだった……。
◇
───月面。太陽系に於いて地球に最も近い自然の天体で、その距離感は凡そ384,400km。当然其処には酸素など無く、水も無ければ草木の類いもない。月の民が住む都を除けば生命が生きていけない真空の空間だけが、宇宙と連なって広がっているだけ。
だが、そんな事はお構いなしとばかりに二つの拳が激突すると、辺りには振動が拡散し、月という天体を揺さぶらせていく。
『オォォォォォッ!!』
ヴィルダークが吼える。咆哮と共に放たれる剛拳は、しかしシュウジの受け流しによって流れてしまう。触れただけで命を砕く銀色の魔人の拳を片手間で受け流し、シュウジの拳がヴィルダークの腹部へとめり込ませる。
ヴィルダークに自我はない。度重なるスフィアの力を行使し限界を超えた力を引き出し、その過剰なまでの力の増幅に彼の意識は耐えられなかった。
しかし、自我を失った所でヴィルダークが止まることはない。永い時の中で培ってきた次元将としての矜持が、自我程度を失った所で止まることを許さない。目の前の敵を倒すため、彼はその肉体が滅び、魂が砕け散っても戦うことをやめはしないだろう。
繰り出される打撃の嵐、暴風となったそれは徐々に月の大地を削っていく。このままでは月までもが取り返しの付かない事態に陥ってしまう。ここには月の民や彼等を導くディアナもいる以上、早急に戦いの場を変える必要がある。
『グォォォォッ!!』
「フンッ!」
『ガァァァッ!?』
吹き荒れる死の暴風の中をシュウジは迷い無く突き進み、僅かに見えた隙間目掛けて蹴りを打ち放つ。堪らず蹈鞴を踏むヴィルダーク、苛立ちを隠せない声色を溢し目の前のシュウジを睨む。
対してシュウジは落ち着いていた。力は増し、一つでも受けてしまえば致命傷は免れないヴィルダークの攻撃を、それでも難なく突破して返しの一撃を放っていく。
当然だ。今のシュウジには力の流れというモノを完全に掌握し、制御してしまっている。相手が幾ら力を増していようが、それを奮うに足る意志が無ければ只の暴力に過ぎず、そんな単調な攻撃を貰う程、今のシュウジは甘くはない。輝く光を纏い、油断無く相手を見据えるその姿は正しく極みの境地に到達した佇まいである。
ただ驚くべきなのは、今の自分の攻撃を受けても尚倒れないヴィルダークのタフネスさだ。今のシュウジの攻撃は、それこそ今のヴィルダークには及ばない迄も、それでも並の機動兵器なら一撃で砕く威力を秘めている。それを既に何十発当てたと言うのに、未だその闘志は萎えていない。
自我を失い、獣と化した事で技の洗練さは失くしたが、代わりに異様な耐久力を得てしまったヴィルダーク。このままでは千日手になりかねない。ジリ貧となりつつある現状を打破すべく、シュウジは一つの賭けに出た。
「……少し、上げていくか」
そう言ってシュウジの纏う光がより強く輝きを放ち始める。煌めくその輝きは月を照し、地球に住まう人々の目に留まっていく。
力が上がる。自分と同じように力を底上げするシュウジに、ヴィルダークは雄叫びを上げながら突き進んでいく。一歩踏み込む度に地面は割れ、勢いを乗せた蹴りがシュウジ目掛けて放たれる。
当然の如く背後へ回る事で避けるシュウジだが、獣の本能かヴィルダークはシュウジの俊敏な動きに対応し、次の瞬間にはその手に特大のエネルギーを凝縮させて振り向き様にシュウジに向けて放つ。
だが、それすらも読んだシュウジは腕を横に薙いでヴィルダークの放つエネルギーの塊を反射する。一瞬の攻防、返されたエネルギーはヴィルダークにそのまま着弾し爆発、構うものかとそれでもヴィルダークは迫るが………。
「セリャァァァッ!!」
『ウガァッ!?』
回転を付けて、勢いを乗せた返しの蹴りがヴィルダークの横っ面を蹴り抜く。カウンター気味に決まった一撃はヴィルダークの体躯を退け、地に膝を着かせる。漸く纏まったダメージが通ったが………様子がおかしい。跪いたまま動こうとしないヴィルダーク、先程までとはまるで違う大人しくなった彼に訝しげに思った───その時だ。
「っ!?」
突然、シュウジの足場が揺れる。すわ地震か? いや違う。確かに月にも月震と呼ばれる地震があるが、それとは根本的に異っている。まるで月そのものが意思を持って震えている様な……。
瞬間、シュウジを足場にしていた月面は唐突に無くなった。否、消えたのではない。正確には一人の次元将が
「………流石に驚いたぜ」
『グゥゥゥ……ウォォォォォォッ!!』
驚き、目を丸くさせるシュウジに向けて月を投げる。余りにもふざけた光景。だがしかし、衛星である月がその軌道から大きく逸れた事で、シュウジとその背後にある地球は再び激突の危機に陥ってしまう。
再世戦争の再現。嘗てのアンチスパイラルが、地球人類を皆殺しにしようと行った月落としが再び起きようとしているのだ。今頃地球では大騒ぎになっている事だろう。
「月にはディアナ様達もいるんだ。あまり勝手な事をするもんじゃあないぜ」
迫り来る月面、避けようがない月の激突をシュウジは真っ正面から受けて立つ。嘗ては
「人越拳受けの奥義────“万物流転”」
シュウジは勢いをそのままに、降り注ぐ月を返していく。もう一度言おう、ふざけた光景だ。落ち行く月の落下を押し上げ、元の軌道に戻っていくその様子にプラントにいる人々はアングリと口を開けて言葉を失い、コロニーに住まう人々も目をゴシゴシと擦って現実を受け入れがたくしている。
眼前に広がる月を使用したキャッチボール、しかしシュウジが周囲の様子を気に掛ける暇はなく、戻っていく月へ追随し、月面に向けて拳を置く。
もうここで戦ってはいられない、これ以上の戦闘はディアナや月に住まう人々も耐えきれなくなる。その事を配慮したシュウジは、今いる自分とは反対方向にいるヴィルダークに向けて、威力を拳に乗せた衝撃を放つ。
“鎧徹し” 武術に於ける防御不可能の一撃を、月を徹してヴィルダークに当てる。所謂“星徹し” を打ち放った事でヴィルダークを月から引き離したシュウジは、この好機を逃さないと飛翔する。
月を半周し、ヴィルダークを捉えた。向こうもシュウジを捉えた事でその眼光から熱線を飛ばすが、シュウジは当然の如くこれを避け、ヴィルダークの顔面に拳を捩じ込む。
苦悶の声を上げながら吹き飛ぶヴィルダーク、月の重力圏から離れ、無防備となった彼が次に目にしたのは………並列するように並ぶ無数の黒い孔だった。
ワームホール。それはシュウジがグランゾンと共に真化を果たした事で、より実戦的に扱える様になった、ある一つの直線的奥義。
「────見様見真似」
ヴィルダークとシュウジの間にある無数のワームホール、それを目の当たりにしたヴィルダークは嫌な悪寒を感じ取り、回避しようとするが……。
「スーパー、イナズマ───」
『グッ、グギィィ…!!』
「キィィィック!!」
無数のワームホールを通し、重力加速により乗倍に加速された蹴りがヴィルダークの胴体に突き刺さる。声など上げられない、勢いに抗えず月から突き放され、蒼の地球へ落ち行く最中、背中に感じる大気との摩擦熱に悶絶するヴィルダークとシュウジは、再びラース・バビロンのある大地、ユーラシア大陸へと降下する。
その様子を遠巻きに眺めていたZ-BLUEは落ちてくる二人に言葉を失い、ブライトの叫ぶような対ショックの指示によって我を取り戻す。
着弾、次に巻き起こる衝撃と爆風が大地を削っていく。星全体を揺るがす衝撃に彼等はそれでも耐えて見せるが、それ以上彼等の所へ近付こうとはしなかった。
巻き込まれるのを恐れた? それもある。常識外れな戦いに介入するのが気後れする? それもある。
だが、それ以上に見てみたかった。二人の戦いを、常識を超え、摂理を超え、世界の理すら超えた二人の戦いの行く末を、Z-BLUEは無意識に見届けたくなったのだ。
アサキムももう余計な策略を企まない。目の前で起きている超常の戦いの決着をこの目で見守りたかった。彼だけではなく、Z-BLUE全員がこの戦いの果てにどんな結末が待っているのかを……。
燃え上がる大地、炎で溢れ、立ち上る炎をシュウジは冷静に見据えている。
手応えはあった。ダメージは確実に通ったし、最早ヴィルダークに後はない。だが、それでも予感はあった。あの男はこれまで全てをかなぐり捨ててでも目的を達成するという覚悟があった。
未だ覚悟というモノをしたことがないシュウジだが、覚悟を決めた者の強さを嫌と言うほど実感している。トレーズ、キタン、ガイオウ、聖王。誰かの為に、己の為に、世界の為に、国の為に、覚悟を持って挑んで逝った者達は、皆例外無く強者だった。
故にシュウジは確信する。戦いの決着は近い、だがそれよりも前に……。
『ぬ、ぐぅぅぅ……』
「そうだよな。終われないよな。アンタは今まで沢山のモノを背負ってここに立っている。俺みたいな若造に負けたくないもんな」
「オオオオオォォォォォォッ!!」
周囲の炎を吹き飛し、ヴィルダークの
「いいぜ、トコトン付き合ってやるよ!」
シュウジもまたそれを迎え撃つ。時間はない、何時まで自分の今の状態が続くかは分からない、しかしそれでも逃げるわけにはいかない。何故なら負けられない理由は自分にもあるのだから。
次元将ヴィルダークとシュウジ=シラカワ、二人の決着までもうすぐそこまで来ていた。
「────ウフフフフ」
次回、ボッチVSヴィルダーク 決着。
長くなってしまって申し訳ありません。
スーパー生身大戦は次回で終わりの予定なので、今しばらくお待ちください。
PS.
今度のFGOイベントで黒桜が出てくるようなので今から期待MAXです。
あぁ、fate編に於けるボッチVS黒桜とか余計な妄想ばかり広がるんじゃあ~。
それでは次回もまた見てボッチノシ