『G』の日記   作:アゴン

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その181

 

 

────消失した。それまでこの地に埋め尽くされていた悪意が、敵意が、憎悪が、顕現された一柱の魔神の力によって瞬く間に蹂躙され、焼却され、消滅された。負の感情で入り乱れていた………そう、嘗て第三新東京市と呼ばれた大地と、その地を覆っていた時空の歪みごと。

 

誰も声が出せなかった。言葉に出来なかった。魔神の新たな姿と力に圧倒され、次の瞬間敵勢力の半分以上が消えていた事に敵も、そしてZ-BLUEさえも理解が追い付くのに数十秒程時間を有した。

 

魔神────グランゾンとシュウジのやらかした光景を目の当たりにしたテレサ=テスタロッサは、愕然とした様子で艦長席に座り込む。他の艦長達も似たような反応をしており、中でもオットー艦長は顎が外れる勢いで口を開き、目も飛び出す勢いで見開いている。

 

隣に立っているギルター=ベローネは感情を失った顔で気絶している。立ったまま気を失うという高等テクニックを人知れず披露しているギルターを余所に、周囲の状況は我を取り戻した様に動き出す。

 

『バカな、ズールが、暗黒の化身が、たった一撃で消滅しただと!?』

 

『は、ハーデス様、我々はどうしたら……!』

 

『───っ、撤退だ。撤退するぞ!』

 

自分と同格の存在だったズール皇帝の消滅、その事実を皮切りに魔神達を屠ろうとしていた者達は蜘蛛の子を散らすが如く撤退していく。原初の魔神(ゼロ・グランゾン)という太極の極致を目の当たりをした事で、士気も戦意も完全に砕かれていた。

 

部下を引き連れて撤退するミケーネの神々、宇宙魔王もワームホールを開いて姿を消し、残されたのはアマルガムの首魁となり、時空修復を歪んだ形で行おうとしていたレナード=テスタロッサとアマルガム(その一味)だけ。

 

しかし、そのアマルガムの中でも最早魔神に挑もうとする者はいなかった。圧倒的という範疇すらも超えた存在を前に、彼等の野心と野望は心の根っこの部分で粉砕されてしまっている。

 

『次元境界線も安定してきたな。これなら一安心かな、ん? ………あれは』

 

広範囲に陥没した大地の中央に佇んでいるのは、この惨状の原因であるグランゾンだった。先程までの姿とは異なり、通常の姿でその場に佇む重力の魔神。数分前までの劣勢からの好転とレナードの目論見が破綻された事を確認したシュウジは、各々の反応を余所に呑気に己の愛機と共に窪んだ大地から浮かんで這い上がる。

 

その時、奇妙な反応をグランゾンが捉えた。何だと思い視線をそちらに向けると、其処には赤い槍が静かに窪んだ大地の斜面に突き刺さっていた。重力力場の応用で槍を引き抜き、手元まで引き寄せたシュウジは槍を見つめ、この槍が今回の時空修復の鍵の一つだったと何となく理解する。

 

明らかに普通ではない巨大な槍、通信越しから聞こえてくるアスカの息を呑む様子からして、どうやら本当にヤバい代物らしい。原初の魔神と化したグランゾンには通じないかもしれないが、少なくとも地球には大きな影響を及ぼす様だ。

 

その事を何となく察したシュウジは、シンジとカヲルが搭乗するEVA13号機へ槍を投げ渡す。

 

『え? し、シュウジさん?』

 

未だにグランゾンの起こしたショックから抜け出せていないシンジ、それでも渡された槍をキチンと掴み取る辺り、彼のパイロットとしての技量の高さが伺える。

 

戸惑うシンジを余所にシュウジはレナードに近付いていく。その際に通信でカヲルから感謝の言葉を送られたが、何の事か分からないシュウジは適当に返事を返す。

 

『さて、次元境界線とやらが安定した事でそちらの目論見はご破算になったと思うけど………どうする? まだやる?』

 

ゼロ・グランゾンの力でレナードが行おうとしていた時空修復、その要となる装置を余波で破壊したとシュウジは解釈しているが、正確には違う。正しく言えば原初の魔神の力は時空修復の装置を破壊したのではなく、歪んだ次元境界線ごと破界したのだ。

 

しかしシュウジはその事に気付かない。何故ならそれはシュウジがゼロ・グランゾンを使いこなせていない唯一の証明だからだ。

 

比較的穏やかな口調で降伏勧告を促すシュウジ、しかしレナードの駆るベリアルからは何の反応も無い。と、そんな時だ。激昂したレナードがその感情を魔神に向けて爆発させた。

 

『ふざけるな、ふざけるなよ! 何なんだよお前はぁぁっ!!』

 

『おぉう?』

 

『何故俺の邪魔をする! 俺の目的が上手く行けば皆何もかも幸せになれたんだ! 誰もが傷付かない優しい世界に行けたのに、それをお前はぁぁぁぁっ!!』

 

『いやいやいや、その代償にこの世界の多くの人間を犠牲にするとかないから、普通にアウトだから、倫理的に無理だから』

 

『綺麗事を言って誤魔化してるんじゃない! お前は台無しにしたんだ! やり直せる未来を、変えられる過去を、こんな筈じゃない世界から飛び出して、別の人生を送れたんだ。お前さえいなければ!』

 

レナードは吠える。お前さえいなければ皆が幸せになれたと。凄惨な過去を、未来に絶望して将来に怯える自分を、今のこの瞬間から逃げ出したい者も、レナードが掲げる理想が成就すれば、何もかもが上手くいっていた。

 

その野望が、たった一人と一機の魔神によって台無しにされた。怒りにうち震えながら、レナードは感情のままに吠え続ける。

 

しかし……。

 

『お前にだってある筈だろ! 変えたい過去が、未来が、世界があるだろ!』

 

『それはない』

 

そんなレナードの叫びをシュウジは即答で両断した。

 

『変えたい未来? 過去? そんなもの誰にだってあるに決まってる。けれど所詮それは“もしも”の話でしかない』

 

時空修復を行えば新たな世界が生まれる。其処では誰もが悔やんだ過去を変えて未来を変えていくその人にとっての理想の世界。

 

しかし、それをシュウジは全力で否定する。過去は過ぎ去ったモノであり、己の糧にする事はあっても縛られるモノではない。未来とは未だに来ないモノであり、不透明だからこそ意味がある。

 

『そんな、そんな綺麗事を……!』

 

『何より、俺が一緒にいたいと、救いたいと、助けたいと願ったのはこの世界に生きた人達だ。別の世界でその人達を救えてもこの世界で救えなかった事実は変わらない』

 

リモネシアで面倒を見てもらった店長、数少ない友人、自分を子分と言って最後まで兄貴分として貫いた者、シュウジにとって掛け替えのない無二の人達、それは全てこの多元世界で出会った人達。

 

別の世界で生まれ、別の人生としてやり直せるなら、それは幸福に満ちた世界なのだろう。しかしそれは自分以外の別の誰かの人生だ。そして其処で出会う人達も、仮に死んだ人達であろうとも、それは所詮別人の話。

 

『っていうかさ、お前は自分の思い通りにならないから別の並行世界に逃げようって言うけどさ、そこでまた嫌な事が起きたらどうすんだよ? また時空修復を行って人生をやり直すのかよ』

 

『そ、それは……』

 

『そこで言い淀む辺り自分で分かっている筈なのに、何でかなぁ。やはり頭の良い奴の考える事は分からん』

 

自分なりの正論を説いたつもりだった。ウィスパードという特殊な存在として生まれ落ちたが故に、幼少の頃から悲惨な人生を送ってきたレナード。それは同情されるべき事かもしれないし、憐れむべき話かもしれない。

 

しかし、それは彼だけに限った話ではない。Z-BLUEの中にも凄惨な過去で己の人生に苦痛を感じている者は少なくはない。しかし彼等は、そんな過去すら力に変えて前に進もうと努力している。

 

悲しい過去、苦しい未来、それでもその先にある微かな希望を信じて抗う者、Z-BLUEとはそんな足掻きを見せる人間の集合体なのかもしれない。

 

『でも、それでも………俺は!』

 

挫けそうな心を奮い立たせ、最後の悪足掻きとして操縦桿を握り締めたレナードはベリアルと共に立ち上がる。それに合わせて、周囲のベヒモス達も戦闘状態に移行していく。

 

仕方がない。最期まで戦う姿勢を崩さないレナードに、呆れながらも内心で感心したシュウジは、その気持ちに応えるようにグランゾンの力を奮おうとした。…………しかし。

 

『そこまでにしてもらおうか、グランゾン』

 

『うん?』

 

背後には航空戦闘に備えて取り付けられたバックパックを取り外したレーヴァテインが佇んでいた。

 

『そいつの相手は俺がする。アンタには彼処に転がっているアサキム=ドーウィンを連れて一足早く艦に戻ってくれ』

 

『それは構わないけど、良いのかい? まだかなめちゃんも助け出してないのに………』

 

『千鳥も助ける。ただ、アンタにはこれ以上この戦場を引っ掻き回さないで欲しいんだ。やむを得ない事情があったにせよ、今回のアンタはやりすぎだ』

 

『むむ?』

 

呆れた様な、或いは達観に近い宗介の言葉にシュウジは訝しげに周囲を見渡すと………敵であるレナード達からは勿論、味方である筈のZ-BLUEからも言葉にし難い視線が投げられていた事に気付く。

 

あれ? 何か既視感あるぞこの光景、何処だっけと腕を組んで感慨に更けると………初めて皆の前でネオになった事を思い出す。確か女王バジュラの首ごとグレイス=オコナーを屠ったあの時も、皆から似たような視線を受けたことがあったっけ。

 

しかし、何故そんな目で見てくるのだろうか、心当たりの無いシュウジは必死で原因を模索していると、一つ忘れていた事があった。

 

『あれ? 言って無かったっけ?』

 

真化の事、太極の事、Z-BLUEと敵対し、討たれ、合流するまでに起きたこれ迄の出来事を皆には話したつもりだった。しかし、グランゾンが真化を果たして更なる力を得ていた事だけは言い忘れていた。それに気付いたシュウジは大量の冷や汗を額から垂れ流しながら呟いた。

 

返ってきたのはZ-BLUE全員からの聞いてないの大合唱、通信からはカレンやヨーコを含めたパイロット達や各艦長達からの猛抗議が殺到してきている。中でもシュウジがヤバいと思ったのが、普段は冷静沈着なブライト艦長がコメカミに青筋を立てていた事だった。口調は静かで柔らかかったが、口元が僅かに引き攣っていたから間違いなく怒っている。

 

自分ではなく、自分に全力を出していいと許可を下したテッサ艦長に言って欲しいとシュウジは思ったが、テッサ艦長は顔を両手で覆ってご免なさいと呟くオブジェと化している。

 

先程までの危機的状況とは違う意味での阿鼻叫喚。シュウジは自らやらかした事に、頬を掻きながら苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

 

結局、シュウジの活躍はその後アサキムとシュロウガを回収するだけで終わり、後の事はZ-BLUEに任せる事にした。その後の展開はと言うと、宗介はレナードとの決着を付ける事が出来て、裏切っていたカリーニンも無事に確保、ソフィアに人格を奪われていた千鳥かなめも無傷で取り戻すことが出来た。

 

尚、カリーニンは魔神の力を前に抵抗の無意味さを悟り自ら投降、かなめの人格を支配していたソフィアも魔神の力の余波でかなめから引き剥がされ、強制的に成仏させられたという。おまけにその余波はレナードが用意していた時空振動弾すら消滅させたらしく、レナード達アマルガムの企みは、シュウジとグランゾンがその気になった時点で詰んでいたのだった。

 

壮絶な戦いも、各々の覚悟や決意も、戦場ごと無自覚に破壊する。真化融合で更にパワーアップしたシュウジと魔神は訪れる悲劇すら破壊するようになっていた。

 

グランゾンとシュウジ、彼等の力は今後の皇国との戦闘できっと大いに役立つ事だろう。しかし、その強すぎる力を前にした各艦長達は彼等の力の扱い方に大いに頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、相変わらずとんでもないな魔人様は、その暴れっぷりは流石の私も予想外だぞ」

 

「その割には良い笑顔ッスね」

 

アマルガムとの決着を終え、千鳥かなめも取り戻したZ-BLUE、現在彼等は第三新東京市から離れ、少しばかりの休息に入っていた。

 

げんなりした様子でマクロス・クォーターの通路を歩くシュウジ、その後ろには緑の魔女が非常に良い笑顔を浮かべて彼の後ろを付いていく。

 

「当然だろう? 何せあの状況を打破したにも関わらずお前とお前のグランゾンは暫くの間真化融合を禁じられたのだ。その時のアイツ等とお前の反応、見てて楽しかったぞ」

 

「そッスか、良かったスね」

 

アサキムとシュロウガを回収し、艦へと戻ったシュウジを待っていたのは、各艦長達からの真化融合の禁止という命令だった。街一つを片手間に破壊し尽くし、使徒やズール皇帝、更には力を付けたアサキムとシュロウガを瞬殺。彼等がシュウジとグランゾンの力を危惧するのは当然とも言えた。

 

尤も、シュウジとしてもあの時は状況が切羽詰まっていた故の対処だったので、本来なら地球で使うつもりはなかった。ネオ・グランゾンが使えないのとあの時の場が異常な空間であったという奇跡的好条件が揃っていたのと、テッサ艦長による後押しがあったから出来た事、同じことをやれと言われても、恐らく二度と出来ないだろう。

 

シュウジとしても構わないから別に禁止された事自体には何の不満はない。寧ろそれだけでお咎めなしにしてくれた、ブライト艦長達の配慮に感謝すべきだろう。

 

ただ、真化融合を禁止にした際の艦長達の言葉が、命令というよりも懇願に近いのが多少気になった。もっと口調を厳しくすれば良いのに変に遠慮がちなオットー艦長達、テッサ艦長に至っては涙目でお願いしますと口にする始末。命じられてるのは此方の筈なのに、シュウジは何故か罪悪感で一杯になった。

 

唯一毅然な態度のままだったブライト艦長だけがシュウジにとって救いだった。その後、帰ってきたZ-BLUEの面々から質問攻めにあったが、何とかそれも乗り切り現在に至っている。

 

何だか戦闘よりも疲れた気がする。肩を落として終始C.C.に弄られていたシュウジだが、ある部屋の前に立つと表情は真剣なモノとなり、C.C.も茶化すのを止めた。

 

扉を開けて中へと入る。明かりの無い暗闇の部屋の中で待っていたのは、これまで幾度となくZ-BLUEとシュウジの前に立ちはだかったアサキム=ドーウィンが備え付けのベッドに腰掛けていた。

 

「やぁ、やっと来てくれたか」

 

「よぉ、随分と寛いでいるじゃないか」

 

蒼のカリスマとしてではなく、シュウジとしてアサキムに対峙する。蒼と黒、二人の因縁が一つの区切りを迎えようとしていた。

 

 

 




次回、ボッチキレる。

ヒントつニコラ、レ○プ未遂事件。

それでは次回もまた見てボッチノシ

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