第三新東京市、嘗ては使徒と呼ばれる異形の怪物達を迎撃し、世界の平和の一端を担っていたNERVという組織の総本山だった場所、現在のその地は深々と抉れており巨大なクレーターが街の大部分を占めていた。
アマルガムの………いや、レナード=テスタロッサの野望が最終段階を迎えようとしているこの地で、Z-BLUEも彼の男と決着を付けるべく、第三新東京市へとやって来た。
マクロスクォーター、その格納庫内。己の愛機の中でその時が来るのを静かに待つシュウジ、仮面を取り付けて今は蒼のカリスマとしてグランゾンのコックピットに座する彼に、ヒビキから通信が入ってきた。
『シュウジさん、今良いですか?』
「ヒビキ君か。どうしたんだい? 決戦を前に相談事かな? 生憎、私は産まれてこの方彼女なんて一度も出来た事はない。恋愛方面の話なら残念ながら力になれないよ」
『いえ、その事については大丈夫です』
「あ、そう?」
口調の堅さから何処か緊張しているだろうヒビキに蒼のカリスマは自分なりの冗談で和らげようとするが、返ってきた弟分の素っ気ない返事に蒼のカリスマは少し残念に思った。………寂しいとも言う。
そんな蒼のカリスマの通信内容に寧ろ外野の方が騒ぎ立て始めた。今更ながらヒビキとのやり取りはごく普通の通信回線、数少ない蒼のカリスマの情報にZ-BLUEの男女問わず多くの面々が、興味深く聞き耳を立てていた。
『恋愛ではなく、その……アドヴェントについてなんですが』
アドヴェント。時獄戦役の頃、ヒビキやZ-BLUEの窮地に現れては手助けをしてくれた謎の青年、今では蒼のカリスマことシュウジの情報で敵であることは間違いないとされてきたヒビキ自身にとっても他人事ではいられない案件。その名前を出された事で蒼のカリスマは仮面の奥で眉を寄せるが、同時に彼がなにを聞き出したいのか察し、ヒビキの言葉が続くのを待った。
『アドヴェント、アイツはこれまで幾度と無く俺の……俺達の前に現れては助けてくれました。いえ、今では敵だと言う事は分かっているんです。奴はシュウジさんにとっても許されない相手だし、俺の……父と姉の仇でもあります。でも、だからこそ知りたいんです。─────アドヴェントは、本当に死んだんですか?』
「死んだ。と言うのは語弊があるね。正確には取り込まれたと表現した方が正しいと思うな。各艦長の方々にも報告させて貰ったが、既に奴はサクリファイと名乗るあの女の一部となっている。恐らくは自我の一片も残ってはいないだろう」
ヒビキの問いに蒼のカリスマはシュウジとして即答した。最早アドヴェントという男はこの世界に残ってはいないと、唯一その面影を残しているだろう奴の断片は、あの異常性癖女の一部として着飾っている程度しかない。
自分が追い求めていた仇、同時に窮地に追い込まれた自分を幾度と無く救い上げてくれた恩人、言いたい事、問い詰めたい事は一杯あった。奴がどうして自分を所有物と呼んだのか、山程あった言葉が今はもう何の意味も持たない。
けれど、それで立ち止まるヒビキではなかった。アドヴェントという仇と戦う理由が無くなったとしても、彼にはまだZ-BLUEとしての役割が残っている。いがみ合う双子のスフィアリアクターとしてやらなければならない使命もあるし、何よりアムブリエルに支配されたスズネを助け出す最大の目的もまだ残されている。
思ってたよりも堪えていないヒビキに安堵するシュウジ、しかし彼にはまだ心配事があるのか、その表情は未だ晴れてはいない。
『それで、その……話は変わるんですが、シュウジさんは俺達が別れていた間、他の部隊に顔を出していたんですよね。その時にその、クロノの部隊と顔を合わせていたんですか?』
その質問にシュウジはヒビキの言わんとしている事に今一つ理解が出来なかった。確かに自分はZ-BLUEが複数の部隊に別れた際に各々の部隊に援護としてアチコチ飛び回った。ネオ・ジオン牽制組や地球組、唯一アマルガム追走組にはヒビキがいるからと言う理由で手助けはしていないが、いずれの戦場にもアドヴェントの手下だった者達の横槍は一切遭遇しなかった。
けれどそれが何だと言うのだろうか? オズオズと訊ねてくるヒビキに今一つ要領が得ないシュウジに、今度は別口の通信から声を掛けてくるものがいた。
カレンだ。グランゾンの真ん前に位置している紅蓮聖天八極式、燃える様な紅色をイメージカラーにしている紅月カレンが、己の愛機越しに小さく囁いてくる。
ヒビキが危惧しているのは、アドヴェントの配下にいるマキと名乗る女性の安否に付いてで、どうやら彼女も奴の洗脳によって、現在進行形で操り人形にされているらしい。
嘗て連中がリモネシアの皆にしたことを考えるととても許されない話だが、良く考えれば奴等もアドヴェントによって思考能力を奪われた憐れな人形の様なもの、その辺りを考えれば、彼らもまた被害者と呼べるのかもしれない。
で、結局何故ヒビキがその事について態度を変えているのか。要するにアレだ。怒りに打ち震えた蒼のカリスマが、その衝動のままにマキなる女性達を消してはいないか、不安になっているのだろう。
ヒビキが心配するのも無理はない。蒼のカリスマと呼ばれる男は優しさと甘さを兼ね備えた男だが、基本的に敵対する者には容赦がないし、自身を勝手に利用する者にはもっと容赦がない。嘗ての再世戦争でその事を知っているZ-BLUEの面々は心配するヒビキに内心で深く同意した。
「フッ、そんなに心配しなくてもそのマキという女性には手出しはしないよ。そもそもこれから敵側に付いたかなめちゃんを助け出そうというんだ。今更その話に難色示したりはしないよ」
『ほ、本当ですか!?』
「但し、任せたからには責任を以てやり遂げなさい。君にはそのマキさんだけでなく、スズネ先生も助け出さなくてはいけないのだから、途中で投げ出すことは出来ないと覚えておきなね。………まぁ、俺も少しは手伝うからさ、頑張ろうぜ」
『は、はい! ありがとうございます!』
その言葉で漸く不安が拭えたのか、表情に明るさを取り戻すヒビキ、弟分の不安を払拭出来た事、漸く兄貴分として支えてやれた事に、シュウジもまた仮面の奥で安堵する。
そしてその時だ。テスタロッサからの出撃要請がZ-BLUEの面々に下り、瞬間全員の顔付きが戦士のモノとなる。カタパルトデッキから射出され、各機体が第三新東京市の地に足を踏み入れる。
千鳥かなめを取り戻し、レナードの目論見を潰すために……。
◇
アマルガムとZ-BLUE、一組織との決戦の流れはZ-BLUEに傾きつつあった。アマルガムの主戦力であるASやモビルスーツ、他にもファイヤバグという傭兵軍団もアマルガムの戦力として出てきたが、これまで幾度と無く強敵と戦い、そして打ち勝ってきたZ-BLUEに負ける道理はなく、戦いの局面は終始Z-BLUEの優勢となって進もうとしていた。
前線で戦うZ-BLUE、しかし次元境界線が異常数値を示しているという事前情報に警戒をしてなのか、グランゾンは積極的に前に出ていこうとしない。アマルガムと戦端を開いてからは援護射撃のみを続けていた蒼のカリスマ、何か嫌な予感がする。出来るだけ戦場の全体を見渡せる様に後方へ下がろうとする彼の所に────。
『やぁ、久し振りだね。蒼のカリスマ』
「………そう言えば、お前もいたんだっけな」
漆黒の翼を翻す機体、シュロウガがグランゾンの前に姿を現した。今更現れる黒衣の死神、薄ら笑みを浮かべるアサキムに、シュウジは目を細めて相対する。
相変わらずの神出鬼没、しかも今度は何か隠し玉を拵えて来たらしい。以前とは違う様子のアサキムに訝しんでいると。
『フフフ、僕だけに気を取られていてもいいのかな? 此処には僕以外の来客も来ているみたいだよ?』
「なに?」
瞬間、背後から襲い掛かる衝撃。突然の強襲、一体誰が、何処からと振り向いた蒼のカリスマが目にしたものは、数々の異形の怪物達────使徒が蒼のカリスマとグランゾンを囲んでいた。
どれもこれも一度倒した筈の者達、通信回線からアスカとシンジの驚愕の声が響いてくるが、警戒すべきは奴等だけではなかった。
『蒼のカリスマ………いや、シュウジ=シラカワ。君のお蔭で、君という不確定要素のお蔭で、僕は真にスフィアの力というものを理解できた。感謝するよ』
「あぁ?」
『僕が持つスフィアは“知りたがる山羊”と“偽りの黒羊”、“尽きぬ水瓶”と“夢見る双魚”の四つ、これ等全てのスフィアを使いこなすには随分と骨が折れたけど、漸くモノにすることが出来た』
『もう一度言おう。僕は君に感謝しているよ。君という人間と出会い、戦い、殺し合った。故に、だからこそ僕はここまでこれたんだ』
「まどろっこしいな。何が言いたい」
『君に、最大の敬意と極限の敵意を───さぁ、シュロウガ、今こそ時獄の檻を食い破り、天元を超え、天獄へ至れ!』
シュロウガに取り込まれていた四つのスフィアが目映い輝きを放ち、シュロウガの姿を変えていく。より鮮烈に、より苛烈に、そしてより邪悪なるモノへと変貌を遂げたシュロウガは、最早Z-BLUEやシュウジの知るモノでは無くなっていた。
『さぁ、シュロウガ・シン。今こそ虚空を駆り、目の前の魔神の原罪を裁け!』
シュロウガ・シン、自らに
「チィッ!」
突然の速さに面食らうも、今の一瞬でシュロウガ・シンの動きを予測していたシュウジは、させるものかと手にした剣でシュロウガの刃を防ぐ。
しかし、使徒の攻撃が同時にグランゾンへ押し寄せる。今この戦場で最も危険なのはグランゾンと蒼のカリスマだと認識しているのだろう。使徒とシュロウガの攻撃は奇しくもグランゾンの動きを阻む連携となり、僅かずつだが魔神達を圧し始めていた。
『シュウジさん!』
珍しくらしくない危機に陥った兄貴分を助けようとするヒビキだが、ジェニオンと彼の前にハーデスと、彼の配下のミケーネの神々が立ちはだかる。
『コイツら、今更なんで!』
『漸く訪れた魔神を屠る好機、見す見す逃しはせん』
『しかり、ミケーネの神やそこの呪われし放浪者の手を借りるのは些か癪に障るが』
『それで太極の一つを屠れるなら安いものだ』
『ズールだと!?』
『宇宙魔王まで!?』
突如現れる地球を狙う侵略者達、それもこれまで敵対してきた親玉達の登場に、優勢だったZ-BLUEが一気に窮地へと落とされてしまう。
『フフ、ざまぁないねZ-BLUE。こう言うのって天は彼等を見捨てたって言うのが礼儀なのかな?』
そして遂に現れるアマルガムの現首魁レナード。無数のベヘモスと己の機体と共に彼が現れた事で、戦況は益々不利な状況へとなっていく。
追い込まれたZ-BLUE、シュウジもシュロウガを振りほどこうと必死の抵抗を見せているが、四つのスフィアを手にしたシュロウガとアサキムは既に物理法則を超え、因果すら掌握しつつあった。
『無駄だよ! 今この場の空間の結果と因果は混濁している。物理法則が緩んだ今のこの地は次元力を引き出すのに長けている。今の君ではどうする事も出来ない! そして!』
「っ!」
『それをどうにか出来るだろうネオにも最早ならせはしない。言っただろ、今この地は結果と因果が混濁していると!』
因果と結果、物理法則に於いて必然とも呼べる事象の繋ぎ目の乱れ、それを耳にしたシュウジは、一つの仮定を見出だした。
(結果と因果の混濁? ………それって、隔絶宇宙みたいなモン?)
ならば、だとしたら………いけるかもしれない。相当危ない賭けだが、現状を打破するにはこれしかない。意を決したシュウジが改まって通信を開く。その相手は………テレサ=テスタロッサ、ダナンの艦長たる彼女にシュウジは今一度問うた。
「………テスタロッサ艦長、先日、私が貴方に訊ねた事、もう一度聞いても良いですか?」
『え?』
「良いのですね? 本当に、全力を出しても」
『────はい。お願いします。貴方の全霊で以て、この状況を打破してください』
一瞬の躊躇、しかし今度こそ本当に何かを決意したのか、聞こえてくるテスタロッサの声には先日とは違う力が籠っていた。
「────了解した」
『さぁ、これで幕引きとしよう。シュロウガ、転神!』
了承は得た。
『今一度、あの門に到達する為に、果て死ぬがいい! ジェノシック・ノヴァ!』
後は……この空間が出来るだけ長く持ちこたえるよう、願うのみである。
“─────真化融合”
極大のエネルギーと化したシュロウガがグランゾンに直撃しようとした瞬間、世界は光に覆われた。
次回、地球「あっ」
それでは次回もまた見てボッチノシ