スローペースで展開が遅くなってしまった本作品ですが、完結には確実に進んでおりますので、どうかご了承下さい。
今回の話は所謂前日譚、短くて栄えない話ですが今後の展開に深く関わってくるかも?
楽しんで戴ければ幸いです。
「成人する男性へのプレゼントー?」
「ちょ、お母さん声が大きい!」
とある街、とあるマンションの一室にあるとある母と娘の何気ない会話。唐突に突拍子の無い質問を訊ねてきた娘に、母は素っ頓狂な声を出してしまう。
意外と声量の大きい母の声に娘はワタワタと慌てながら両手でその口を塞ぐ。誰かに聞かれていないか、辺りを見渡すが彼女の妹と弟達はテレビに夢中で、気付いている様子は無い。
ホッと安堵の溜め息を溢す。が、口を塞がれている母はニマニマと笑みを浮かべていて何かを察している様だ。どうやら娘の質問の真意を悟ってしまったらしい。
うっすらと頬を紅潮させる娘、どのみち気付かれる話なので早々に諦めながら彼女は質問の続きを話した。………居間にいる妹弟に気付かれないよう出来るだけ小声で。
「なぁにアンタ、まだ修司君に誕生日に渡すプレゼント決めて無かったの? ダメよ、あんな優良物件中々無いんだからキッチリ掴んでおかないと。ああいうタイプは手離すとあっという間に遠い所に行っちゃうんだから」
「だから、イチイチそう言う話に持っていかないでよ。アイツは私のファンで私はアイツのアイドル、ソレ以上でも以下でも無いんだから」
「えー」
「そんな事より、質問の答え」
娘の素っ気ない返事にブー垂れながらも母はそうねと思考を巡らせる。彼女達の知る彼、嘗てはあどけない少年で年を経る毎に逞しく育っていった。娘の母にとってもう一人の息子とも呼べる青年。
そんな彼が大学へと進み、今年でもう成人を迎える。落ち着きがあり、几帳面な彼の事だ。彼に渡すとすればゲームや漫画といった娯楽の類いではなく、生活に役立てるモノの方が喜ばれるだろう。
最近はバイト先での影響か料理にも手を出すようになり、彼の才能は多方面に向けて広がっている。プレゼントをするならそれの助けになるものでも良いだろう。
現状での彼の生活面から何が必要で何が喜ばれるのか、それとなく選択肢を与える母は腕を組んで悩む娘を見て柔らかく微笑んだ。
今にして思えば娘と彼の関係も随分と長くなったモノだ。最初の頃は随分尖っていた印象を持っていた彼も今ではすっかり自分達とも親しい関係となり、彼のご両親とも砕けた態度で接する程度には仲良くなれた。
彼の刺を無くし、彼の心を救い上げた彼女は我ながら出来た娘だと思う。その上負けん気も強く、これまで苦い思い出となっていたスクールアイドルも、今ではその夢が叶う所にまで来ている。
娘にはこのまま何事もなく幸せになって欲しい。しかし、どんな事にも絶対は存在しないし、永遠に変わらないモノもまた存在しない。当たり前のモノがある日突然失われる事があるのかもしれない。
だから、せめてその時が来ても乗り越えられる様に、娘がいつまでも笑って過ごせる様に、これからも見守り続けていこう。
未だに悩んでいる娘を前に、母は静かに微笑みながら見守り続けた。
◇
────朝日が街並みを照らし、人々が活発し始めた頃、まだ人の少ない通りで彼女は待っていた。
ソワソワと、妙に落ち着きの無い様子で誰かを待ち続ける。するとそこへ黒髪で年若い男性が珍しいものを見た様子で少女に声を掛けた。
「あれ?どうしたのニコちゃん。随分早いね」
おはようと挨拶をしてくる彼に少女も少し無愛想に返事を返す。互いに学校が異なってからは中々直接会う機会が無かった二人、久し振りに顔を見れた幼馴染みに男は嬉しそうに笑みを溢した。
「ち、ちょっと早く目が覚めちゃってね。たまにはアンタの顔を見てやろうと思っただけよ」
「はは、そっか」
「ていうか、そっちも早いのね」
「まぁね。今日は一限からだしゼミの教授にもレポート出す予定だったからね」
「その様子だと、あんまり寝てないんでしょ? しかもその後にはバイトもあるのに……大丈夫なの?」
「平気平気、今日のバイトは午後の六時からだし、大学だって三限で終わるから昼飯食べたらさっさと帰って仮眠するよ。それに寝不足なのも撮り溜めしておいたアニメを見ていたからだし」
「なによそれ」
軽快に笑う青年に少女は呆れる。その後は他愛の無い話をしながら通学路を歩く二人、まだ時間は早く、その道中に知り合いと遭遇する事はなかった。
変わらない人、変わらない街並み、相変わらず変化の無い日常だが、しかし少女は少し焦っていた。先日聞いた母の冗談混じりの言葉が耳元で反芻される。
「………ねぇシュウジ、アンタって今欲しいモノはないの?」
「ん? どしたのさ突然」
「良いから答えて」
少し強引ながらも問い掛けてくる少女に青年はそうだなぁと空を見上げる。雲一つ無い澄みきった青空、何処までも行けそうな空を見つめて男はふと呟いた。
「───手帳」
「え?」
「いやさ、もし今貰えるものがあるなら手帳みたいな奴が欲しいなって、メモ帳とかあれば日記とか書けるし、色々便利そうだからさ」
「ふーん」
向こうから質問してきたのに反応の薄い返事、しかし青年はそれを不快だとは思わなかった。元々彼女はこう言う理不尽な部分が多々ある人物だし、青年に対して容赦の無い所も昔から変わらないが、その程度で関係が揺らぐ程二人の間柄は小さくはない。
ただ気になるのは、何故そんな事を聞いてきたのかだ。隣の幼馴染みの真意が今一つ読み取れない青年は、少女にその事を尋ねようとする。が、それよりも早く少女の名前を呼ぶ声が向こうの陸橋から聞こえてきた。
「あれ? ほのかじゃない」
「もしかしてスクールアイドルの?」
「うん」
向こうから声を張り上げてくる彼女に訝しむ二人、すると何か思い出したのか少女はあっと声を漏らした。
「そう言えば今日は朝練あったんだ! ごめん修司、私もう先にいくね!」
「あぁ、頑張れよニコちゃん」
勿論よ。と、元気良く駆け出していく幼馴染み、友人達と一緒に学校へ向かう彼女達を見送ると青年────修司もまた大学へ向けて足を進める。
変わらない日常、代わり映えも無く、退屈で穏やかな暖かい日々。当たり前に過ぎる毎日が明日もまた続くのだと─────そう、思っていた。
『さぁ、始めましょう。極めて近く、限り無く遠い世界へ向かう為に』
遥か重力の底の底、蒼き魔神が───目を覚ます。
Q.もしボッチがこのままこの世界にいたらどうなるの?
A.人並みに生活し、人並みに幸せの日々を謳歌していた事でしょう。何度か世間を騒がせる案件を引き起こしたりしますが、総じて普通の人間として生きていきます。
それでは皆様、良いお年を。
次回もまた見てボッチノシ