凄く嬉しいが何故か釈然としなかった。
「では、此方でお待ち下さい」
スコート・ラボ。北米大陸に位置する超時空物理学の研究所。博士号を取得したトライア=スコートが運営するこの研究所を訪れた蒼のカリスマことシュウジ=シラカワは案内係である応接室の一つに通されており、仮面を付けたまま室内にあるソファーに腰掛ける。
(やべぇよやべぇよ、Z-BLUE来てるよカレンちゃん来てるよ宗介君も来てるよヒビキ君も来てるヨォぉぉっ!)
仮面の所為で終始表情を読めず、無感情かと思われた蒼のカリスマだが、その内心は焦りと恐怖に染め上げられていた。それもその筈、現在このスコート・ラボには蒼のカリスマだけでなくZ-BLUEまで来ているのだから。
幸いにスコート・ラボは街一つに相当する広い敷地を有しており、機体を停めた所もZ-BLUEとは遠く離れた場所にある。今ごろZ-BLUEの面々も応接室に通されているだろうが、ここからは遠く置かれた別の部屋に案内されている事だろう。
だが、安心は出来ない。向こうには自分の存在を知っている相良宗介がいる。彼が万が一口を滑らせ、そして運悪くそれが紅月カレンの耳にでも入ったりしたら、忽ち自分は挽き肉に変えられ止めにレンジでチンッされてしまう。
どうかバレないでくれッ! 切実な思いで祈り続ける蒼のカリスマ、神の事など欠片も信用していない彼の祈りは当然ながら届く事はない─────が、蒼のカリスマの存在をZ-BLUEに知られないようそれとなく手配されたトライア博士の気遣いにより、彼の存在がZ-BLUEに知られる事は無かったので、祈る事自体無意味なのだが…………。
そんな打ちひしがれているシュウジの前にあるモニターに光が宿る。映し出されたのは、時の牢獄の破壊に大きく貢献したことにより、サイデリアルに重点的に狙われる様になったトライア=スコートだった。
『さて、漸く此方の方に回ってこれたか。待たせてすまないね蒼のカリスマ─────って、なにやってるんだいアンタ』
「いや、ちょっと祈りを捧げて…………」
『アンタ、神様なんて信じてないだろう?』
お気に入りの狐の仮面を被る彼女から溜め息を溢しながら受けたその的確すぎる指摘に、蒼のカリスマはグゥの音も出なかった。
◇
「宇宙の終焉、ですか。何ともスケールの大きな話になってきましたね」
『だが事実だ。一万二千年に一度行われる宇宙の終わり、それが根源的災厄…………バアルの産みの親だ』
スコート・ラボの一室に通され、通信越しで説明されたこの宇宙崩壊のメカニズム。リモネシアの地下深くに眠っていたとされているプロトカルチャーの遺跡、そこに記された彼等の現代人である自分達に向けたメッセージ、その事実はシュウジに少なからず衝撃を与えた。
確かに彼処にはまだ色々と隠されているのではないかとは思っていた。多元世界というだけあって何かしらの秘密はあるだろうと予想はしていたが、自分が思っていた以上の発見に素直に驚いた。
彼女から聞かされる一万と二千年という周期で行われる宇宙の終焉、“それは消滅しようとする力”が“存在しようとする力”を消そうとする事、その際に産み出されるのがバアルであり、全ての命に終わりを告げる根源的災厄なのだという。
命の力を宇宙から消す。生命の根底からの否定、それは正しく全生命体に対する脅威の現れだった。しかし、その遺跡に記された内容はそれだけではなかった。
「獣の血、水の交わり、風の行き先、火の文明────そして、太陽の輝き、か」
『随分と落ち着いてるじゃないか。もしかして、アタシに言われる前に既にこの事は知っていたのかい?』
「まさか、宇宙崩壊のメカニズムに付いては知り得ませんでしたよ。まぁ、何か重大な危機が迫ってきているとは漠然ながらも感じていましたが………」
時獄戦役の最後の戦い、アンチスパイラルとの最後の打ち合いの時、シュウジは僅かながらそれを感じた。この宇宙に起きるであろう脅威、全ての命に対して放たれる絶対的な敵意、それは根源的災厄であるバアルのモノかと最初は思ったが、トライア博士の説明を聞いたシュウジは確信する。
あれは敵意なんて生易しいモノではない。もっと根の深く、それでいて純度の高い殺意に似たナニか。いや、この場合宇宙から放たれるのだから、或いは宇宙の意志と呼ぶべき代物なのかもしれない。
そして、それに対抗するには命の力────つまり、存在しようとする力を高める必要がある。その為の手段が…………。
「シンカ…………か」
何となく呟いた言葉、それを口にしながら思考を巡らせる。確か、それを最後に聞いたのもアンチスパイラルと最後に打ち合った時だった。
あの時はアンチスパイラルを超えるのに夢中で何も考えられなかったが、もしかしたらあの時に何か起きたのかもしれない。
シラカワシステム。確かそれは本家のグランゾンに搭載されていない筈のシステム、これまでは自分の生命維持装置的なモノかと思っていたが、もしかしたらあのシステムは自分が思っていた以上に重要な役割を担っているのかもしれない。
となると、今自分がすべき事はサイデリアルと戦うことではないのかもしれない。勿論連中とケリを付けるのも大事だが、今回で優先順位が少しばかり変わった。
グランゾンの修理、そしてシラカワシステムの解明と博士との対話。今までなぁなぁと先送りにした問題だが、どうやら本格的に向き合う事になりそうだ。そうなると、今度は愛機を直すための施設と資材が必要になってくる。
こうなれば背に腹は代えられない、借金を背負う覚悟でシュウジはトライア博士に、ここでグランゾンの修理を頼みたいと頭を下げようとするが…………。
『まぁ待ちな、話はまだ終わっちゃいない。プロトカルチャーの私達に向けて放ったメッセージはまだ続きがあるんだ』
「何だって?」
宇宙の崩壊と終焉、存在の力と消滅の力、そして根源的災厄であるバアルの発生。これだけでもお腹一杯なのにまだ他にあるのか。
『シンカの扉を開いた者は宇宙の終焉へと立ち向かう。そしてそれはやがて訪れる真の終焉を越える力となる………』
「真の終焉?」
『一万二千年…………それを一万回繰返し、宇宙は真の終焉を迎える。それこそが最後の戦い、消滅しようとする力と存在しようとする力は全てを懸けてぶつかり…………それは全ての並行世界を巻き込むだろう』
「───────」
トライア=スコートから告げられる真の終焉、全ての並行世界を巻き込むという言葉に、シュウジは仮面の奥で目を剥いた。
(…………待て、待て待て待て、マテマテマテマテ。全ての、並行世界だと?)
世界というのは可能性の限り分岐し、無限に存在している。形、在り方、その有り様はその世界ごとに事なり、けれど確実に存在している。
本来ならばその世界同士は決して交わる事はなく、観測はされても干渉することは有り得ないとされてきた。だから、全ての並行世界を巻き込むという話は普通なら笑って吐き捨てる程に陳腐なモノ。
しかし、今自分達が生きているのは並行世界が交わった多元世界、あらゆる可能性があらゆる形で存在する摩訶不思議な世界。笑って切り捨てるには剰りにも現実味がある内容だ。
だが、それはシュウジにとって承知の話であり、無視できない内容だ。それとは全く関係なく、理由不明な焦燥がシュウジの胸中を掻き乱していく。
全ての並行世界、全ての世界、境界を、在り方を、法則を越えて巻き込む宇宙の終焉、有り得ない。有り得ないと分かっていながらも…………。
(ニコちゃん……!)
白河修司は脳裏に浮かぶその“可能性”を捨て去る事が出来なかった。
『おい、どうしたんだい。何か様子が変だよ、大丈夫かい?』
「…………あ、あぁ。大丈夫です。少々話の大きさに動揺してしまったようです」
トライア博士の心配の声で我に返ったシュウジは、その後も彼女の話を幾つか得る事ができた。
(シンカ、オリジン・ロー、存在の力、それらがバアルに、宇宙の終焉に立ち向かう為の切り札と言うのなら、やはりスフィアは…………)
頭に浮かんでくる幾つもの情報の
「この警報は?」
『チッ、どうやらサイデリアルの連中がやって来たようだね。こんな時になんて空気が読めない』
施設全体から鳴り響く警戒音、それは敵の襲来の合図であり、街の住民を避難させる報せでもあった。応接室の窓からはサイデリアルの軍隊が直ぐそこに迫っている。既にZ-BLUEが出撃し、彼等を迎え撃とうと少ない戦力を展開させている。
「どうやら、今日はここまでの様ですね」
『────行くのかい?』
「えぇ、恐らく連中は第二陣を用意させていると思いますし、戦力を出し惜しみしている場合でもありません。トライア博士、今回の情報提供に心から感謝をさせて頂きますよ」
『礼なら不要さね。アタシはアタシで利用できるものを利用させて貰っているだけさ。…………さ、行くなら行きな、トールギスの方も一応の修理を終えた筈だよ』
「代金の方は?」
『ツケにしておいてやる』
不敵に笑って通信を切るのと、シュウジが応接室から飛び出すのは殆ど同時だった。
(今、あれこれ考えるのは止めよう。今はこの状況を打開するのが先だ!)
◇
サイデリアルの襲撃、幹部補佐であるサルディアスの狡猾なまでの電撃強襲は、戦力を分散された今のZ-BLUEには非常に効果的だった。
住民の避難は完了されているといってもその戦力差は歴然、数少ない戦力で大軍を相手にしなければならないZ-BLUEは徐々に追い詰められようとしていた。
そこへ更に追撃とばかりに主力部隊の投入、皇国軍司令官補佐のダバラーンの登場に、一同は更なる窮地に追い込まれる。
そんな時だ。軍を引き連れたダバラーンの艦に狙撃による一撃が叩き込まれた。何事かと狙撃のあった場所へ誰もが振り返ると、そこには懐かしき機体であるブラスタが佇んでいた。
『クロウ!』
『よぉ、皆。元気だったか?』
『この野郎、このタイミングで出てくるとか、美味しいところ持って行き過ぎじゃないか!』
『だろう? この時の為にズッと裏でスタンバって…………というのは流石に嘘だが、我ながら良いタイミングで戻って来れたと思うぜ』
思わぬ所から現れた思わぬ援軍の登場に、彼等の士気は一気に向上する。戦力的に見ればたった一機加わっただけに見えるが、彼等からすれば百人力にも勝る助っ人の登場だった。
『これはこれはクロウさん、お久し振りですね』
『おぉよ。久しぶりだなぁサルディアス。翠の地球で受けた借り、今ここで返させて貰うぜ』
『おぉ、怖い怖い。久しぶりの再会だというのに随分と物騒ですねぇ』
『そうでもねぇさ、お前の悪辣な罠に比べれば可愛いものだろ。…………けど、良いのか?』
『はい?』
『後方、注意だぜ』
『ッ!?』
クロウの意味深な言葉の直後に感知する熱源反応、それが凄まじい速さで自分の背後から近付いてくる。このタイミングで一体何が…………振り返るサルディアスが次に目にしたのは、太刀を振り翳す蒼の光だった。
次の瞬間、そこには四肢を切り捨てられ、達磨と化したサルディアスの乗機が大地に転がされていた。スレ違い、刹那に勝る一瞬の攻撃、瞬く間に幹部補佐が一人戦闘不能に陥った事にZ-BLUE、皇国軍の両者は時が止まった様に固まった。
『お、おい。あの機体って…………』
『と、トールギスじゃねぇか!』
『しかもあのデザイン、トレーズの乗っていた機体の発展型か!?』
『そしてそれを操る者…………まさか!』
『シュウジ…………なの?』
突然現れた蒼い機体、その姿と戦い方にZ-BLUEは嘗てのトレーズを、そして彼を通して一人の魔人の姿を幻視する。
問い詰めようと通信を送ろうとするカレン、しかし事態がそれを許しはしなかった。後方から現れる金と黒の艦、皇国軍総司令であるストラウスの艦が遂にここに来てしまった。
欲深な金牛、そして…………。
『この感覚、もう一人スフィアリアクターがいやがるな』
『まさか、皇帝アウストラリス!?』
サイデリアルを束ねる皇国軍の皇帝、アウストラリスの登場にZ-BLUEは騒然となる。自分達を倒す為にここに来たのか、追い詰められた状況、このままではとゼロが状況打破の策を捻り出そうとした時、突然それは起きた。
『お、おいこれって!』
『時空震動だと? このタイミングで!?』
『これも連中の攻撃なの!?』
まるでこの混沌とした戦場が引金となったかの様に唐突に起きた時空震動、それもこれまでとは一線を画すその規模と大きさに、特異点である桂木桂から大粒の汗が溢れだす。
このままではまずい、離脱しろとゼロが命じても時は既に遅く。発生した時空震動はZ-BLUEとクロウ、そして蒼いトールギスをも呑み込み、地球上から姿を消した。
そしてその際、魔人は確信する。
(やっぱり、時空震動は意図的に産み出されたモノか。つまり、何者かが俺達を見ていたという事)
思い出すのは以前にあの喜び野郎から感じたモノと同じ、つまりは人ではないナニかが自分達を監視しているという事。
気に入らない。宇宙の崩壊、終焉もそうだが、高見の見物をしていながら此方を弄ぶナニかに魔人は無生に苛立ち。
やがてそれは彼の者達…………テンシと呼ばれる者達に対する明確な敵意となるのだった。
???「シラカワシステム再起動マデ……アト1」
次回モマタ見テボッチノシ