「まさかとは思っていたが…………本当に生きていたとはな。いや、この場合は生き返ったと言う方が正しいか」
Z-BLUEによるネオ・アルカトラズへの強襲、ファイヤーボンバーと囚われていたタカヤ=ノリコとガンバスター、そして駆け付けてくれたグレンラガンの活躍により二人の歌姫を取り戻した一行は現在、ラース・バビロンに対する一大反抗作戦の準備に取り掛かっていた。
Z-BLUEの活躍によって多くの囚われの身となっていた地球の人々が解放されたネオ・アルカトラズに現在人気は無く、あるのは静寂と二人の人影だけ。
「しかし、一体どんな手品を使って甦ったのか、興味があるな。お前の事だから間違いなくトンチキな方法だろうが…………というか」
「ふも?」
「いい加減、それを取ったらどうだ。流石に着ぐるみと話す所は見られたくない」
翡翠の髪を靡かせる女性────C.C.の指摘に、ボン太くんはやれやれと首を横に振り、仕方がないと言う風に背中にあるジッパーを引き下ろした。
ボン太くんの中から現れたのは…………蒼いフルフェイスの仮面を被った男、蒼のカリスマ。時獄戦役の時、Z-BLUEとの戦いで死んだと思われていた男が、着ぐるみの中から姿を現した。
「何故、私だと?」
「時獄戦役の時、私はお前に一度触れた事があっただろ? あの時の残滓の様なものがお前から僅かだが感じられたからな」
呆れた様子で溜め息を溢すC.C.に、蒼のカリスマは失礼だなと返す。だが、確かにそう言われて見れば、C.C.に自分の事を知られるのも分かる気がする。
時獄戦役の頃、喜び野郎の罠に嵌められて酷い目にあったが、彼女に触れられたお陰でどうにか戦い続けることが出来た。その時に彼女から何らかの干渉があったのならば、C.C.が目の前の魔人を特定出来たのも頷ける。
「というより、あんな無茶苦茶な事が出来るのはお前くらいしかいないと思っただけなんだがな。着ぐるみを着て20mを超える人型兵器と殴り合おうなどと頭のおかしい事を考えるのはお前くらいなものだろう」
「………………」
何故だろう。真剣にC.C.についてアレコレ考えていた自分が馬鹿らしく思えてきた。ハンッと鼻で笑い、相変わらずの不敵な笑みを浮かべるC.C.に蒼のカリスマは無性に腹が立った。
「…………で、どうするんだ?」
「何がです?」
「死んだと思われていた男がこうして生きている。それも万全な状態で。その様子ならあの呪いからも解放されたみたいだし、お前が隠れてコソコソしている理由もない。…………違うか?」
「…………」
「一度だけ、一度だけ私からお前に手を貸してやろう。────帰ってこいシュウジ。Z-BLUEにはお前の帰りを待ってる奴がいる。お前の事を想っている奴がいる。お前の所為で…………心が折れそうな奴がいる」
「…………」
「そんな奴等に応えることが出来るのはお前しかいない。負い目を感じているのなら私からも説明してやる。一緒に頭を下げてやる。だから────」
戻ってこい。そう言って手を差し伸べてくるC.C.に蒼のカリスマ────シュウジ=シラカワはフッと柔らかく笑みを浮かべる。
「C.C.さん、ありがとう。貴女のその言葉は素直に嬉しく思うよ。─────でも、ごめん。今はまだその提案は受け入れられない」
「…………そうか」
仮面を外し、シュウジとしてC.C.の前に立つ男は本心からの言葉で返し、丁重にC.C.の差し伸べてきた手を払った。
自分はまだ戻れない。詳しい説明も無しにそう口にするシュウジに、C.C.はやはりといった様子で伸ばした手を引いた。
「…………酷いヤツだな。お前は」
「ごめん。その代わりと言っては何だけどこれを…………」
「情報端末?」
「其処には自分がこれまで集めたサイデリアルの情報が纏められている。サイデリアルの幹部や各拠点の警備網の様子、そしてソレスタルビーイング号の座標地点もそこに記されてある」
「いいのか? 聞く限りでは大層貴重な情報だと思うが…………」
投げ渡された小さな端末、そこに簡潔に纏められている情報の数々はその全てが現在のZ-BLUEにとって重要なモノで、サイデリアルの一部の幹部の特徴や能力も記されている。特に奴等に占拠されたと思われるソレスタルビーイング号の在処は、彼らにとって優先的に取り戻したい案件の一つだ。
今、Z-BLUEの求める情報が全てこの端末の中に眠っている。彼等にとってそれは今後の戦いの行方を左右するほどに重要なモノであり、それは同時にシュウジの孤独な戦いの記録でもあった。
それを無償で受け取っていいのか。目の前の男が嘗て味わった苦しみを知る存在の一人としてC.C.は少しばかり申し訳ない気持ちになる…………。
「なに、気にする必要はないよ。その情報は何れもZ-BLUEにとって重要なモノだが、ソロで動いている俺には無用の品だ。俺が持っているよりも彼等に預けた方が有用性は高い。ただそう判断しただけさ」
「………………本音は?」
「もしZ-BLUEに俺の事がバレたらそれとなく助けて下さいお願いします」
台無しである。この男、死んで甦った事で何やら悟った様に見えたが、その中身は何にも変わってなかった。破界の王や数多くの怪物達を相手に一人で大立ち回りする癖に、こう言う事には本当に急速にヘタレになる。
まぁ、それもコイツの持ち味かと、呆れの溜め息を漏らすC.C.、仕方がないと半ば諦める彼女の元にルルーシュから通信が入る。恐らくは準備が整ったから戻ってこいという帰還命令なのだろう。了解したと簡潔に返事をした後、C.C.はシュウジに踵を返して背を向ける。そんな彼女にシュウジは最後の言伝を頼み込む。
「あ、C.C.さん、悪いけどもう一つ伝言を頼めないかな」
「なんだ?」
「ごめんね。そして頑張れって、ヒビキ君に伝えてくれないかな」
「それはお前自身の口から伝えるべきなんじゃないのか?」
「……あぁ、そうだね。確かにその通りだ」
先の大戦の決戦で最もヒビキの心を傷付けたのは自分だ。本来なら殴られる事を承知した上で土下座でもなんでもして謝り、事情を説明した方が良いのだろう。だが、それは出来ない。出来ないだけの理由があった。
「今のヒビキ君は奴の術中に陥っているも同然だ。今の彼に近付くのは自分から奴に俺の生存を知らせるようなもの、余計なリスクは負いたくない」
いや、もしかしたら既に知られているのかもしれない。もし奴が自分の生存を知った上で無視をしているのなら、それは恐らく自分がZ-BLUEと合流する事を待ちわびているのかもしれない。
そしてその時は弟分であるヒビキを使って自分を脅してくるのだろう。嘗てリモネシアで自分を貶めた時のように……。そうなってしまったら、今度こそ自分は感情で頭が可笑しくなる事だろう。
そうなれば奴の手中にヒビキ君共々収まる事になる。それだけは何としても避けなくてはならない。
「奴…………か。ソイツについても教える気はないんだな?」
「正確には教えるまでもない、というのが正解かな。C.C.さんも本当は気付いてるんでしょ?」
「まぁな。…………分かった。確かに伝えておこう。その所為でヒビキがお前の存在に勘づいた時は────」
「その時は潔く殴られるさ。それだけの事はしたんだからな」
あー、でもやっぱ怖いなー。そう愚痴を溢すシュウジにC.C.は再び呆れ混じりの溜め息を漏らす。しかし、うっすらと目を細める彼女の瞳には何となくだが喜色の色が見てとれた。
「さて、では今度こそ行くとしよう。お前も精々気をつけてな」
「あぁ、その時は万全になった相棒と一緒に駆け付けるよ」
楽しみにしている。それだけ言い残したC.C.は今度こそ振り返ること無くその場を後にする。彼女の背を眺め、ネオ・アルカトラズから去っていく所まで見送ったシュウジは仮面を被り、ボン太くんを着込みながら暗闇の中へと消えていった。
◇
√月α日
ネオ・アルカトラズでC.C.さんと出会ってから数日、その間世界は目まぐるしく動き、戦況は皇国側の圧倒的有利に傾いている。
やはり、自分の思った通りの展開になってしまった様だ。ネオ・アルカトラズで歌姫二人を救出したZ-BLUEは勢いのままラース・バビロンに攻め込んだのだろうが、三人のスフィアリアクターと後ろに控えていた皇帝に終始圧され、最後は敗走を余儀なくされていた。
しかし、事前にC.C.さんに渡していた情報が早速活かされていたらしく、撤退する際の彼等の行動はとても良かった。一個に固まって集中突破するのではなく、部隊を三つに分けての分裂作戦。途中で合流してきたシャア=アズナブル元総帥とダンクーガのチームDのお陰でより撤退は捗り、トドメにしゃしゃり出てきたアサキムの奴が戦場を掻き回してくれたお陰で、Z-BLUEは被害を最小限に抑え、ラース・バビロンから逃げ延びる事が出来た。
自分が出てきては余計な混乱に陥るのではないかと迷ったが、アサキムが出てきたのであれば自分も遠くで眺めてないで参戦すれば良かったと今更ながら後悔している。つーか、アサキムの奴そんなにスフィアが欲しいのかよ。状況を考えず自分の目的で好き勝手動く奴に、いっそ清々しささえ感じる。
兎も角、皇国の追撃を振り切ったZ-BLUEは今も何処かで再起を狙っている筈、今は地球の何処かで落ち延び、疲弊した心身を癒している頃だろう。
このまま無事に逃げ延び、再び彼等は立ち上がる時が来る。そう信じていた矢先…………あの事件が起きた。
アマルガムによる陣代高校への強襲と時空振動の発動、ラース・バビロンから離れた自分が次に耳にしたこの情報に、俺は焦りと不安で胸が締め付けられる思いになった。
陣代高校は大貫さんを始め、多くの人からお世話になった場所だ。幾ら大貫さんがいても相手は手段を選ばないテロリスト、奴等の卑劣なやり方で生徒の皆が傷付かない保証は何処にもない。
椿くんや空手部の皆も下手に奴等を刺激したりしないかが不安で不安で仕方がなかったし、何よりアマルガムの連中が大貫さんを本気にさせなかったどうかが一番心配した。
大貫さんは昔ガモンさんと何度も殺り合った人間、そんな人が本気になって暴れたりしたら…………想像すらしたくない。
まぁ、そういった話が出ていない所を見ると、どうやら奇跡的に陣代高校の被害は最小限に食い止められたのだろう。その場に駆け付けたとされるZ-BLUEの皆には本当に頭が上がらない。
だが、そんなZ-BLUEも今は時空振動に巻き込まれた事で何処かに転移してしまったらしく、その足取りは未だ誰も掴めていない。皇国が勢い付いているこの状況で彼等に抜けられるのは手痛いが、いない人達に無遠慮な期待を押し付けるのも失礼な話だ。今は彼等の帰還を信じて自分に出来ることから始めていこうと思う。
そういう自分は現在、アマルガムの行方を追う為にナムサクという東南アジアの都市にいる。何でもアマルガムは一人の女子生徒を連れているのだとか。仮にも用務員として過ごしてきた自分としては囚われてしまった女子生徒を放っておく訳にもいかず、噂を頼りにこの地へと辿り着いた。
そこで情報を集めるべくここナムサクで活動している。その仮拠点としているのが“クロスボウ”と呼ばれるASの闘技場チームだ。
オーナーであるナミちゃんに頼み込み、住み込みで働かせてもらっているこの場所で、自分は次の試合に向けてASの整備を行っている。ナミちゃんも機械には詳しいのか、時折自分と一緒に整備していたりもする。
ここナムサクはAS闘技とやらが盛んになっている地域で、これで生計を立てている人は多い。そんな血生臭い土地でナミちゃんがASに拘っているのは、偏に失った故郷の復興を願っているからなのだとか。
幼い頃から碌に教育されてこなかった彼女には昔から触れているASに関する知識しかなく、必然的に今の場所に定着する事になったのだとか。
故郷の復興、そして学校の再建。彼女の過去の話がリモネシアの皆と重なった自分はついつい彼女に入れ込んでしまう。このままではいけない、何とかしてここから抜け出さないと、そう思ったとき、リックから新しい人がここにやって来るという嬉しいニュースが飛び込んできた。
リックは自分達クロスボウの唯一のAS操縦士だ。同じAS乗りである相良君やミスリルの人達と比べれば多少見劣りするものの、腕は確かな人物だ。その人が太鼓判を押すということは、少なくとも即戦力級の新人の筈だ。
明日、試合に向けての顔合わせをするという。名前はその時まで伏せておくという所にやや不信に思うが、これで自分も本来の目的の為に動けると言うもの。あとは折を見てナミちゃんにチーム脱退の話をしよう。
自分から頼み込んでおいて都合の良い話だが、せめてもの詫びとして今日までここで働いて得た給料は全て置いて行くことにしよう。元々お金なんて求めてなかったのだ。これくらいはしないと後でバチが当たりそうだ。
そんな訳で引き継ぎの事もあるし今日はひとまずここまでにしておこうと思う。やって来る新人さん、良い人だと良いなぁ。
◇
そして翌日、新たな出会いにワクワクと胸を弾ませていた自分は…………。
「………………」
「………………おい」
「………………」
「何故、貴様がここにいる。…………いや、そもそも何故生きている。答えろ!」
「ちょ、相良、いきなりどうしたんだよ!」
「お、落ち着いて! シュウジが泣いてるじゃない!」
酷く殺気だった傭兵少年に銃口という素敵な出会いを贈られましたとさ。
嗚呼、泣きそう。
????「シラカワシステム再起動マデ…………アト3」
次回モ、マタ見テボッチノシ