B.A.D. Beyond Another Darkness -Another Story- 作:Veruhu
やがて僕たちはその屋敷の奥の、ある一角の和室の前に立たされた。女中が古い木の引き戸を礼儀正しく両手で開けると、繭墨は迷いもせず中に入る。僕も彼女の後に続いた。
部屋に入りまず目に入ったのは、畳に置かれた
しかもこの部屋はなにか異様に生臭い。この生臭い匂いは恐らく、
「…………なんなんですか? 繭さん、これ」
僕は不気味な道具等を見ながら尋ねた。繭墨は振り返ると僕を見て、唇を歪める。
「
繭墨はニヤリと嗤い、そう僕に告げた。
「呪いの…………道具?」
僕は眉を顰める。
「そう……呪いの道具さ。…………人に
僕は繭墨の言う、呪いの道具等を睨んだ。人を呪う為の道具だったのかと怒りが湧くが、同時に疑問を覚えた。
今匂うこの血の匂いは一体何なんだ。この道具自体に染みついた匂いなのか? それともこの部屋全体に染みついた匂いなのか? どうしてここまで強い匂いが染み付いているんだ? 昔この部屋で一体、何をやったんだ?
僕は繭墨に視線を戻した。彼女は特別疑問を持った様子も無く、ただ嗤っている。
「
「
僕たちは互いににらみ合った。だが実際、睨んでいるのは僕だけで、繭墨は
「やめて下さい、繭さん。人を呪わば穴二つです。何か別の方法を探しましょう」
「別の方法? …………小田桐君、君は何か勘違いをしていないかい?」
「え?」
繭墨は眉を顰めると口を開いた。
「ボクがいつ他人を呪うと言ったんだい。そんな野暮な真似……ボクにはできないよ」
「じゃあ…………」
「いいかい? 小田桐君。よく聞き給え。………………この呪いの道具で、ボクが呪おうとしている人はね……」
――――この、繭墨あざか。…………自分自身なんだよ。
✽ ✽ ✽
何を考えているんだ、繭墨は。
あの後、僕は繭墨に部屋を追い出され、行く宛てもないまま屋敷の縁側に座り込んでいた。部屋の方を振り返って見てみると、その部屋の古い引き戸は固く閉め切られており、中の様子を窺い知ることは出来ない。
自分を呪うだと? ふざけるな。
僕は無性にタバコが吸いたくなり、右ポケットを
ライターが必要だ。
僕は他のポケットも弄ってライターを探した。しかし何処にも見つからない。口にタバコを咥え、両手で体中を弄ってライターを探している姿は、傍から見ればさぞ滑稽だろう。僕は吸うに吸えないタバコを咥えながら、ため息をついた。
「火をお探しですか?」
「いや…………」
唐突に後ろから声を掛けられ、僕はそれを怪訝に思いながら振り向いた。振り向くと同時に、カチンというライターの蓋をあける、特有の音が響いた。そしてフリント・ホイールが回され、素早く火が点けられ、目の前に差し出される。
「どうぞ」
「…………ありがとう」
定下はライターの蓋を閉じると、丁寧にポケットに仕舞った。俺はタバコの火を安定させると、煙を少しずつ肺に入れて行き、そして吐き出した。吸った煙は肺を満たし、肺を汚して血液を濁し、そして吐き出され、静かな風の流れる外界へと流れて行った。僕はその煙を眺めながら、もう一度煙を肺に入れた。