B.A.D. Beyond Another Darkness -Another Story-   作:Veruhu

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Section 5

 

「お客人がお帰りだ。小田桐君、お見送りを頼むよ」

 

 繭墨は僕を見て、そう告げる。

 

 僕はまた溜息を付ながらその場に立った。

 

「では有馬さん、今日のところは」

 

「はい」

 

 有馬は立つと、繭墨に対して尊敬礼をした。その後、有馬は僕の誘導に従い、玄関の外に退出する。

 

 僕が玄関を閉めると、有馬は口を開いた。

 

「本日はありがとうございました。…………急かせるようで申し訳ありませんが、期日は大体、何時ごろになるでしょうか」

 

 僕は考えた。だがその答えはあっさりと出てくる。

 

「期日に関しては所長の準備次第ですが、恐らく夜に尋ねることになるかと思います」

 

「夜ですか?」

 

「はい」

 

 繭墨は恐らく有馬が夜襲われる所を、見たがっている(` ` ` ` ` ` `)だろう。でなければ彼女のやり方ではない。どうせ嵯峨 雄二郎(さが ゆうじろう)の時のように、苦しむ姿を見てはチョコレートを食べ、嫌な笑みを浮かべるのだろう。

 

「有馬さん、一応連絡先を教えて頂けますか?」

 

「あ、はい、分かりました」

 

 有馬は右ポケットから携帯電話を取り出した。僕も携帯を取り出すと赤外線機能を呼び出した。

 

 そして互いに赤外線機能を使って連絡先を記録しあう。連絡先の共有が出来ると、有馬は口を開いた。

 

「では、私の自宅に来られる際はご連絡をお願いします」

 

「はい。今日はありがとうございましたー」

 

 有馬は微笑みを浮かべながら踵を返し、事務所から去って行った。僕は有馬の背中が見えなくなるまで見送ると、携帯に新たに登録された連絡先を茫然と見る。

 

 本当にまた新たな依頼者が来てしまったのだという実感が湧いた。繭墨はもう契約を交わしている。今更後戻りはできない。だが僕の心の中には後悔と不安が渦巻いていた。

 

 本当にこのままで大丈夫なのだろうか。無理やりにでも契約を破棄するべきではないのだろうか。

 

 もうここに狐はいない。狐は猫と一緒に旅に出てしまった。紅い女も同じだ。女は異界を固く閉じてしまった。今、現世と異界は繋がっていない。

 

 異界にかかわる陰惨な事件はもう閉幕したと思っている。しかし今まで繭墨に関わってきた事件の中で、危険ではない事件は一つもなかった。安心など全くできない。

 

 僕は夢中で右ポケットを探った。そしてタバコの箱を取り出すと、中身を一本取り出そうとする。だが止めた。僕はそろそろこんな癖を治して、早くタバコから離れなければならない。もうタバコに依存するのはこりごりだ。

 

 イライラを無理やり抑えると、僕は踵を返し事務所の玄関の扉を開け、中に入った。

 

「繭さん、準備ってのは一体……」

 

 靴を脱ぎ、奥に行くとソファーの上に繭墨の姿は無かった。よく見渡すと繭墨の私室の扉が開いている。中に入ったのだろうか?

 

 この繭墨の私室は昔、繭墨の用途不明の様々な私物が、所狭しと詰め込まれていた。しかし先日、僕があさとに協力を求めた際、僕は雨香を使って繭墨本家を完璧なまでに破壊してしまった。

 

 その際、本家に移動させてあった繭墨の私物は大半が壊れ、ゴミと化してしまっている。

 

 だから今の繭墨の私室は、比較的片付いている。僕は鬱蒼(うっそう)とした部屋が片付いた事に安堵を覚えたが、当の繭墨は遠まわしに鬱積(うっせき)を漏らしてきた。だがまあ、その命と引き換えと思えば、安い筈だ。

 

 僕は私室の前まで行った。扉の前まで来ると中を覗いた。

 

「んーっ、んーっ!」

 

 繭墨がタンスの中に右手を入れ、懸命に何かを取り出そうとしている。だがその小さな身長が災いしてか、届かないようだ。

 

「はぁ…………成長しない体っていうのはやはり不便だね。…………ところで小田桐君。そんな所で笑ってないで、早く手伝ったらどうなんだい?」

 

「えっ、あぁ、はいっ!」

 

 思わず顔に出てしまっていたのだろうか。繭墨は明らかに不機嫌そうな顔をする。僕はその顔をなるべく見ないように配慮しながら、繭墨の隣に立ってタンスの中を覗いた。

 

「あの奥の黒いチョッキを取ってくれるかい?」

 

「分かりました」

 

 僕はタンスの中に右手を差し込むと、そのチョッキを掴んだ。そしてそれをハンガーから外す為、持ち上げようとする。しかしやけに重たかった。

 

「な、なんなんですかこれ。チョッキの癖になにかすごく重たいんですけど」

 

 繭墨は何時の間に取り出したのか、右手に持ったチョコレートを齧る。ナイフの形をしたそれは、刃の部分から齧られていく。そして彼女は隣に立つ僕を見上げると、口を開いた。

 

「決まっているだろう?」

――――防弾チョッキだよ


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