B.A.D. Beyond Another Darkness -Another Story- 作:Veruhu
「お客人がお帰りだ。小田桐君、お見送りを頼むよ」
繭墨は僕を見て、そう告げる。
僕はまた溜息を付ながらその場に立った。
「では有馬さん、今日のところは」
「はい」
有馬は立つと、繭墨に対して尊敬礼をした。その後、有馬は僕の誘導に従い、玄関の外に退出する。
僕が玄関を閉めると、有馬は口を開いた。
「本日はありがとうございました。…………急かせるようで申し訳ありませんが、期日は大体、何時ごろになるでしょうか」
僕は考えた。だがその答えはあっさりと出てくる。
「期日に関しては所長の準備次第ですが、恐らく夜に尋ねることになるかと思います」
「夜ですか?」
「はい」
繭墨は恐らく有馬が夜襲われる所を、
「有馬さん、一応連絡先を教えて頂けますか?」
「あ、はい、分かりました」
有馬は右ポケットから携帯電話を取り出した。僕も携帯を取り出すと赤外線機能を呼び出した。
そして互いに赤外線機能を使って連絡先を記録しあう。連絡先の共有が出来ると、有馬は口を開いた。
「では、私の自宅に来られる際はご連絡をお願いします」
「はい。今日はありがとうございましたー」
有馬は微笑みを浮かべながら踵を返し、事務所から去って行った。僕は有馬の背中が見えなくなるまで見送ると、携帯に新たに登録された連絡先を茫然と見る。
本当にまた新たな依頼者が来てしまったのだという実感が湧いた。繭墨はもう契約を交わしている。今更後戻りはできない。だが僕の心の中には後悔と不安が渦巻いていた。
本当にこのままで大丈夫なのだろうか。無理やりにでも契約を破棄するべきではないのだろうか。
もうここに狐はいない。狐は猫と一緒に旅に出てしまった。紅い女も同じだ。女は異界を固く閉じてしまった。今、現世と異界は繋がっていない。
異界にかかわる陰惨な事件はもう閉幕したと思っている。しかし今まで繭墨に関わってきた事件の中で、危険ではない事件は一つもなかった。安心など全くできない。
僕は夢中で右ポケットを探った。そしてタバコの箱を取り出すと、中身を一本取り出そうとする。だが止めた。僕はそろそろこんな癖を治して、早くタバコから離れなければならない。もうタバコに依存するのはこりごりだ。
イライラを無理やり抑えると、僕は踵を返し事務所の玄関の扉を開け、中に入った。
「繭さん、準備ってのは一体……」
靴を脱ぎ、奥に行くとソファーの上に繭墨の姿は無かった。よく見渡すと繭墨の私室の扉が開いている。中に入ったのだろうか?
この繭墨の私室は昔、繭墨の用途不明の様々な私物が、所狭しと詰め込まれていた。しかし先日、僕があさとに協力を求めた際、僕は雨香を使って繭墨本家を完璧なまでに破壊してしまった。
その際、本家に移動させてあった繭墨の私物は大半が壊れ、ゴミと化してしまっている。
だから今の繭墨の私室は、比較的片付いている。僕は
僕は私室の前まで行った。扉の前まで来ると中を覗いた。
「んーっ、んーっ!」
繭墨がタンスの中に右手を入れ、懸命に何かを取り出そうとしている。だがその小さな身長が災いしてか、届かないようだ。
「はぁ…………成長しない体っていうのはやはり不便だね。…………ところで小田桐君。そんな所で笑ってないで、早く手伝ったらどうなんだい?」
「えっ、あぁ、はいっ!」
思わず顔に出てしまっていたのだろうか。繭墨は明らかに不機嫌そうな顔をする。僕はその顔をなるべく見ないように配慮しながら、繭墨の隣に立ってタンスの中を覗いた。
「あの奥の黒いチョッキを取ってくれるかい?」
「分かりました」
僕はタンスの中に右手を差し込むと、そのチョッキを掴んだ。そしてそれをハンガーから外す為、持ち上げようとする。しかしやけに重たかった。
「な、なんなんですかこれ。チョッキの癖になにかすごく重たいんですけど」
繭墨は何時の間に取り出したのか、右手に持ったチョコレートを齧る。ナイフの形をしたそれは、刃の部分から齧られていく。そして彼女は隣に立つ僕を見上げると、口を開いた。
「決まっているだろう?」
――――防弾チョッキだよ