B.A.D. Beyond Another Darkness -Another Story- 作:Veruhu
ドアの外には見知らぬ男が立っていた。スーツを着込み、髪はある程度整えられている。一般的な、サラリーマンや会社員を思わせた。
僕は遂にこの事務所に、何かしらの販売業者でも訪ねてきたのかと怪訝に思いながら、扉を開けた。
「はい、お待たせしました。繭墨霊能探偵事務所に、何かご用でしょうか?」
男は目を見開くと、僕を見た。男の様子に特におかしな点はない。
「はい。霊に関する相談をしていらっしゃると聞き及びまして、こちらに参りました」
男はなかなかに礼儀正しい人間のようだ。僕はその姿を新鮮に思いながら、やはり来てしまったかと思った。
「なるほど。しかし今は……」
「小田桐君」
僕は突然後ろのソファーに座る繭墨から呼ばれ、振り向いた。
「――――
繭墨はそういうと唇を歪めた。
「しかし繭さん、貴方は……」
「僕を舐めて貰っては困るよ、小田桐君。僕は確かに、異界絡みの異能を失った。だけど、
繭墨は的確にしかし清々しくそう言った。
確かに繭墨には鬼の血が流れている。そのお蔭で彼女は鬼の血に関係する異能を扱うことが出来るし、いわば不死身の体も持っていた。
それこそ、"チョコレートしか食べなくても"生きていける体を。
しかし僕はもうこれ以上、ここの平穏を脅かしては欲しくなかった。やっと皆で苦労して手に入れた平穏だ。
僕は異界で死ぬつもりだったが、情けなくも自分の娘に助けられ、そして結局ここに戻ってきてしまっていた。それには沢山の仲間の尽力、協力、そして犠牲があった。
戻ってきてしまった以上、僕はもうこれ以上、ここの平穏を壊したくはない。これ以上犠牲を出すのは懲り懲りだった。
それにこの繭墨にもそろそろ少女らしく、綺麗に生きて行ってもらいたい。せっかく雨香が助けてくれた命だ。もうこれ以上汚して欲しくはない。
「……小田桐君。君の気持はうれしいよ。でも、"お通しするんだ"。……僕は君が言ったように非道な人間でしかないんだよ」
繭墨はそう僕に重苦しく告げた。
僕は絶望すると再度、男に向き直った。男が不思議そうな顔をする中、僕はため息をついた。
最近はある程度我慢をしていたが、またたばこを吸いたいという気持ちに襲われる。だが僕はそれに耐えながら再度ため息を付く。そして覚悟を決めた僕は、掴んでいたドアをより一層大きく開いた。
「――――繭墨霊能探偵事務所にようこそ」
男はうれしそうに笑みを浮かべる。そして僕の案内の下、事務所に入って行った。