B.A.D. Beyond Another Darkness -Another Story-   作:Veruhu

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Section 14

 ともかく僕たちはその後、軽い朝食を取り、有馬の家へと向かった。どうも有馬は今日が休暇であったらしい。これは朝食の前、ダメ元で有馬に連絡をしてみて分かったことだ。

 

 有馬の家は、とても大きな洋風の屋敷であった。敷地内にはとても広い庭園があり、白い薔薇( ・ ・ ・ ・)を中心とする、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の花々が咲き乱れていた。

 

 この屋敷は、とある山の麓にあった。決して僻地(へきち)ではないのだが、なぜか人が近寄りづらい雰囲気を醸し出しているように感じた。

 

 僕らが門の前に車を止めると、屋敷から一人の男と、メイド服を着た家政婦らしい女性が現れた。二人はやがて豪奢な門に掛けられた鍵を開錠すると、車から降りた僕たちを迎え入れる。

 

 

「ようこそ、繭墨様、小田桐様。車での長旅、誠にお疲れ様でございました」

「お疲れ様でございました」

 

 

 有馬とメイドは深々と頭を下げた。それに招かれ、僕たちは豪華すぎる屋敷の敷地の中に、足を踏み入れた。僕たちが入り終え、メイドが音を立てて門を閉じた時、僕たちをここまで送ってくれた車が、帰路につくため走り出す。

 

 やがて、周りを軽く見渡していた繭墨が口を開いた。

 

 

「ここは広すぎるね。だけど、それでいてむさ苦しい。花が多すぎるんだよ、ここは」

 

 

 繭墨の視線の先では、規則的だが所狭しと花々が咲き乱れていた。その花々は、屋敷の広い敷地の一部を全て覆っている。

 

 

「生前の父の趣味だったんです。花の世話は彼女が」

 

 

 

 有馬はそういうと、後ろに立つメイドを手で軽く指した。メイドは礼儀正しく、僕らに低頭し続けている。

 

 

「ご説明が遅れましたが、この洋館は私の父のものです。父は生前、不動産や証券会社を営んでいました」

 

 

 道理でここまで大きな屋敷が造れたのだ。一般的なサラリーマンに、ここまで大きな屋敷を作るほどの資産が得られるとは、到底思えない。

 

 

「失礼ながら、お父上はいつ…………」

 

「一年ほど前です。車に跳ねられてしまいまして」

 

「そうでしたか………」

 

 

 有馬は、多少口惜しい表情を見せた。僕はその表情を軽く一瞥する。これは、有馬が父の死を悔やむ人間であるのか、無いのかを判断するためだ。少なくとも、悔やむ表情を見せる程度の思考はあるらしい。

 

 僕はそう考えつつ、前を歩く繭墨を見た。華奢な体を包む黒いゴシックロリータに、趣味の悪い目玉の髪飾りが、歩くたび小さく縦に揺れている。これはいつもの繭墨の姿であったが、そんな彼女にも今一つの異変が生じていた。

 

 

 

――――――彼女の手には、もう紅い唐傘は無い。

 

 

 

 いつも優雅に掲げていた紅い唐傘は、今や事務所の隅で白い埃を被っていた。これは、紅い唐傘によって異界の力を操っていた繭墨が、異界の力を完全に失ったためである。紅い女によって異界が完全に閉ざされてしまった今、最早繭墨にもあさとにも異界の力を使うことは出来ないのだ。

 

 しかし彼女には、変わってしまった点がある。彼女の腕にこそ、今はチョコレート以外何も持ってはいないのだが、彼女の肩にはゴシックロリータ風のハンドバック( ・ ・ ・ ・ ・ ・ )が掛けられていたのだ。

 

 しかしそのハンドバックに何が入っているのか、彼女は教えようとはしなかった。また僕も、そこまで中身を知りたいとは思わなかった。なぜならどうせ入っているのは、チョコレートをはじめとする、僕にとってろくでも無いものばかりなのだから。

 

 僕は、繭墨は変わってしまったのだという喪失感を味わいながらも、結局彼女の本質は何も変わってはいないのだという点に、改めて憂鬱を覚えた。

 


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