B.A.D. Beyond Another Darkness -Another Story- 作:Veruhu
「………桐…………、小田………、小………君……」
僕を揺り起こす、小さな女の声が聞こえた。僕は暗闇の中から少しずつ意識を取り戻す。視界にぼやけた女の顔が映った。女は無関心な表情で、僕の顔を覗き込んでいる。
視界が少しずつ晴れていく。寝起きでピントが合わずぼやけていた僕の視界が、少しずつ鮮明さを取り戻し、
視界の晴れた僕の視線の先に、繭墨の恐ろしいほどに整った顔が映った。
―――――――繭墨……!?
「繭さんっ!!」
僕は声を上げ飛び起きた。
――――ゴンッ!
「痛っ!」
「あぐぅっ…………」
しかし突然頭に鈍痛が走り、鈍い音が骨を通じて鼓膜に響いた。
勢いがありすぎて、僕の頭と繭墨の頭が衝突したのだ。僕は右腕で頭を抑え、繭墨は両腕で頭を抱えた。
「うーっ! 何をするんだい小田桐君!」
「す、すみません繭さんっ。大丈夫ですか……?」
「君はこの状態のボクが大丈夫そうに見えるのかいっ? だとしたら君の目はハエの目よりも酷いよ! ボクが一体何人に見えているのかなっ!」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか…………。それよりも繭さん、あなた今まで何をやってたんですかっ」
僕がそう問いかけると、繭墨は面倒そうに首を振った。
「それは初めにも言っただろう? 呪いを掛けていたんだよ…………。自分自身にね」
「どうしてそんなことを…………」
「そのうち分かるよ。でもね? 小田桐君。これは繭墨家にとって、
結局、禁忌……か。繭墨はここに至って、何をするつもりなんだ。いや、考えるだけでも無駄だろうか。
「ところで…………この二枚の布団を離したのは君かい?」
「あぁ………はい、そうですけど」
「まったく…………君は無粋な男だね。せっかくボクが頼んで引いてもらったというのに」
繭墨は首を傾げ、猫のようにニヤリと笑った。
「繭さんの仕業だったんですか…………。僕は嫌ですよ。貴方と布団をくっつけて寝るなんて」
「そうかい? それは残念だよ」
繭墨は肩をすくめた。彼女の身を包む紫の衣と、頭についたシュシュが軽やかに揺れる。そんな彼女の姿に僕は苛立ちを覚えたが、同時に何故か可憐さを感じていた。
「じゃあもう寝るとしようか。もうそろそろいい時間だろう?」
「えぇ、そうですね。早く眠って、今日のアホみたいな疲れを癒したいものです」
僕は溜息をつくと、膝をつきながら背を伸ばし、部屋の明かりを消した。機械的な軽い音と共に、部屋は暗闇へと包みこまれ、外の僅かな月明かりが部屋の中を薄く照らした。
「それじゃ、おやすみ。小田桐君」
「えぇ、お休みなさい。繭さん」
僕は繭墨とは反対の布団の中に潜ると、そう返した。その際、彼女が一瞬不敵に笑ったような気がしたが、彼女はすぐ反対に寝返りをうつ。僕は眉を顰め首を傾げつつ、床に就いた。