B.A.D. Beyond Another Darkness -Another Story-   作:Veruhu

12 / 17
Section 11

 

 僕は定下を睨めつけた。定下は軽く萎縮したのか、頭を垂らす。

 

「……………………私からこれ以上申し上げることは出来ません。あざか様はいずれ寝室にお戻りになられるでしょうから、小田桐殿もそちらでお待ちください。私がご案内致します」

 

 定下はそう言うと丁寧に、手で行く方向を軽く指し示した。僕は悩んだが、定下の口は堅い方だろう。無理に問いただすのは止めにして、素直に従うことにする。

 

 僕は定下に連れられて歩き始めた。廊下に二人の足音が這うように鳴る。冷たく静謐な繭墨家の屋敷に、ただ一点として足音は響いていた。

 

 今回の件で、繭墨家に対する疑念がさらに増したことになる。ただ紅い女の生きる(にえ)として育てられ、現世では神として扱われたてきた、歴代の繭墨あざか。彼女らは全て最後は不審死を遂げ、紅い女の慰撫となるべく異界に入った。

 

 結局、繭墨あざかの存在意義はそこにあり、その為だけに育てられると言っても過言ではないだろう。

 

 これまでにも繭墨や定下は、繭墨家に存在する数々の秘事を語ってくれた。その秘事の存在は、常に僕を悩ませ続けてきたが、ここに来てまた新たな疑念が噴出したことになる。

 

 繭墨家、最大の禁忌。僕の繭墨家に対する信用は、ただただ薄れていくばかりだった。

 

 

 定下は僕をある部屋に案内した。と言っても、その部屋が特別異常という訳でもなく、普通に畳と障子で隔てられた和室だった。しかし強いて異常と言うならば

 

「――――――――何故(なぜ)こうなった…………」

 

 そこには綺麗に敷かれた布団が二枚、川の字に密着させられて置かれていた。まるで夫婦の布団とでも言うかのように。

 

「それでは、あざか様は後何時間か後に此処に来られると思いますので、それまでここにてお待ち頂きますよう、お願い致します」

 

「え? …………あ、ちょっと!」

 

 僕はそう呼び止め後を追うが、定下はそそくさと戻っていく。僕は定下と布団とを交互に見比べた後、溜息を吐き部屋に入った。僕の目の前には横に密着させられた布団が二枚、川の字に置かれている。繭墨に僕がやったと思われたら面倒だ。

 

「はぁ……………………」

 

 僕はため息を吐くと移動して、右側に置かれた布団の端を両手で掴んだ。そして横に引っ張り、もう一方の布団から引き離す。二つの布団の間に、しっかりと間が出来上がった。

 

 これで繭墨に余計な想像をされずに済むだろう。僕は安堵すると、右側の布団の上に座り込んだ。まるで先ほどまで日向に干されていたのではないか、というような柔らかい布団が、僕の身体を包む。

 

 僕はその状態で腕を組み、目を瞑ると思いに(ふけ)った。脳裏に、繭墨に対する(いきどお)りが、映画のワンシーンのように流れ始める。

 

 だが僕は不毛だと思い、その憤りを振り払った。繭墨がいつも勝手なのは今更考えるまでもなく、さらに、結局繭墨と共に歩こうという道を選んだのは僕自身だ。ならば責任は僕にもある。

 

 僕はそう考えるとそのまま布団に寝転んだ。一時そうしていると、外から入って来た涼しい風が、僕の体に当たり始める。

 

 もう懊悩(おうのう)するのは止めにしよう。今はただ、楽しい事だけを考えたい。

 

 繭墨が多量のチョコレートを食べるのを止めてくれたら。繭墨が普通の料理を食べてくれるようになってくれたら。繭墨が普通の少女のようになってくれたら。繭墨が普通の娯楽を楽しめるようになってくれたら。

 

 望みを数えればきりがないが、僕はそんな空想を脳内で描いているうちに、いつのまにか意識を睡魔に奪われてしまっていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。