B.A.D. Beyond Another Darkness -Another Story-   作:Veruhu

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Section 10

 日が暮れ辺りは暗闇に包まれた。一面闇の空には、いくつかの星々と、白く明るく光る月が昇っている。

 

 あれから繭墨は、まだ一度も部屋の外には出て来ていない。部屋と廊下とを隔てる古い木の扉は、生者を遠ざけるかのように、今も固く閉ざされたままだ。

 

 

――――タバコが吸いたい。

 

 

 僕はそう強く思った。だが、僕が喫煙している所を繭墨が目撃すれば、定下達に何かしらの罰を与えるかもしれない。だから灰皿とライターは、早めに返上しておいた。この屋敷の人たちに迷惑を掛ける事だけは避けたい。

 

 時刻は20時を回った。このまま今日中、繭墨は部屋から出てこないのではないかと不安になる。だがその不安を払拭するかのように、後ろから声を掛けられた。

 

「失礼します。小田桐様、お夕飯の支度が整いました。どうぞこちらへ……」

 

 僕に声を掛けた女中は、丁寧に方向を手で指し示す。

 

「いえ、そこまでお世話になる訳には……」

 

 僕は手で制しつつ、そう断った。

 

「申し訳ながら、これはあざか様のご指示に御座います。どうか、お召し上がりください」

 

 女中は頭を垂れる。

 

「すみません…………。では頂きます」

 

 礼も過ぎれば無礼となる。僕は縁側から立つと、女中の後に続いた。五歩ほど歩くと振り返り、繭墨の(こも)った部屋の引き戸を見る。僕がこの場から去ろうとしているこの時も、結局その引き戸が動くことは無かった。

 

 

 

 

 ✽       ✽       ✽

 

 

 

 

 座敷に置かれた机の上には、様々な酒肴が用意されていた。その酒肴はどれも豪勢で、まるで旅館に泊まっているかのように感じる。だが、その中でも特に異彩を放つ、料理とも言い難いチョコレート達が、僕を現実へと引き戻した。

 

 その中には、しっかりと火で温められる準備の整えられたチョコレートフォンデュや、名も良く分からない高級そうなチョコレート達が、可愛く綺麗に盛り付けされた皿まである。僕はそれを見ると、過去のトラウマとも言える記憶が甦り、吐き気を覚えた。自分が今現在、どのような状況に置かれているかを思い起こさせる。

 

 

 繭墨家で出される料理をいつも快く食べられないのは、繭さんの所為だ。チョコレートが出されるだけで食欲が無くなるようじゃ、僕はただのパブロフの犬じゃないか。

 

 

 僕はそう頭の中で毒づきながら、目を瞑って頭をくしゃくしゃと掻き、出来る限りは食べようと箸を伸ばした。

 

 

 

 

 ✽       ✽       ✽

 

 

 

 

 結局料理は半分も食べられなかった。僕は酒にも手は付けず、それらの事を女中に謝罪すると、元居た縁側に戻る。その戻る途中、僕は繭墨の籠った部屋の引き戸を見やった。

 

 僕が一度縁側から離れるまで、固く閉じられていたその部屋の引き戸は

 

 

 

――――――開かれていた。

 

 

 

「――――繭さんッ!」

 

 僕は咄嗟にそう叫ぶと、歩調を速めその部屋に飛び込もうとする。だがその部屋の放つ異様な空気に、思わずたじろいでしまった。

 

 僕は眉を顰めつつ、慎重に、開かれた引き戸まで近づき中を見た。ひんやりとした冷たい空気が、体を包む。

 

 中には、気味の悪い様々な儀式の道具らしきものがずらりと置かれていた。その道具等は、最初といくつか位置が置き換えられている。また一部の道具には、まだ新しいらしい血糊が薄く付いていた。僅かな鉄錆の匂いが鼻を突く。

 

 僕はそれらを見て、強烈な憂惧(ゆうぐ)を覚えた。

 

 

――――――繭墨が居ない

 

 

「――――繭っ……」

「あざか様であれば」

 

 僕は振り向きざま、定下に声を掛けられた。僕は声のした方向に向き直る。

 

 定下は不動の姿勢で綺麗に立って居た。彼は落ち着いた口調で話し始める。

 

「あざか様であれば…………(みそぎ)に行かれました」

 

「禊?」

 

 僕は眉を顰め、訝しげに定下を見る。

 

「はい。…………じきにお戻りになられるかと思いますので、小田桐殿はどうぞ今よりご案内する部屋にて、お待ちください」

 

 定下はそう言うと、丁寧に腰を折った。僕は低い声で尋ねる。

 

「繭さんは此処で何をしていたんだ。貴方は本当は分かっているんだろう?」

 

 僕がそう問うと、定下は顔を上げた。定下はしばし間を置いたかと思うと、口を開く。

 

「――――――繭墨家…………最大の禁忌(’ ’ ’ ’ ’)。とでも言うのでしょうか」

 

「――――繭墨家、最大の禁忌(きんき)?」

 

 僕は怒りで、思わず額に血管が浮き上がるのを感じた。危険な繭墨家の秘め事が、まだ此処にもあったのだ。


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