魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜 作:ラナ・テスタメント
入学編の一話なので、前回から二年経ってますが、ご了承の程を。
では、第一話。どぞー。
入学編第一話「あんたは一体なんなんだ?」(By司波達也)
西暦2095年、4月初頭。つつうららかな春の日差しが射す中、七草家の庭で、オーフェンは新聞を読んで、ため息を吐いた。
一面にはこうある――『天世界(オーロラ)の門(サークル)、またもや暴走か!?』『魔法師、テロ活動!?』『俺の税金返せ――』……とりあえず、税金で運用されてはいないと、内心では思う事をした。それだけだが。
「やり過ぎたかね……」
呻くように呟く。天世界の門、一年前の事件でオーフェン達が立ち上げた組織だ。数十年来の仇敵たるカーロッタ・マウセンの組織名を使ったのは、皮肉を込めてだった。しかし組織のボスたるスクルドが気に入ってしまい、正式決定してしまった。
そんな天世界の門。活動内容は、魔法至上主義組織たる『賢者会議(ワイズメン・グループ)』に対抗する為だったのだが、その活動内容は極秘となる為、下手に被害を出すとこのようにテロ組織呼ばわりされる事となる。
とりわけ、昨日は街中に被害を出したので、こうして一面に乗る事になったのだが。
「あ、いたいたオーフェン。マユミー、オーフェンいたよー」
「本当? あー、またこんな所でサボって」
そんな風に黄昏れていると、まばゆい白の制服に身を包み、少女二人が駆けて来る。
一人は小柄ながら、出る所は出ているグラマーなスタイル。輝かしいばかりの笑顔と魅力を振り撒いている、現オーフェンの主たるお嬢様、七草真由美。
そしてもう一人は、真由美より更に小柄で、スタイルも良いとは言えない、有り体に言うと幼児体型。しかし、あまりに人間離れした、女神のような――女神そのものなのだが――まぁ、そのような美しい顔立ちの少女、オーフェンの妹となっている、スクルド・フィンランディ。
二人が着ている制服を見て、オーフェンは苦笑すると立ち上がった。ちなみにオーフェンはと言うと、黒のシャツに紺のジーンズと言うありきたりな格好だ。
「あー、今日が入学式だっけか?」
「やっぱり忘れてた! 可愛い妹の晴れ舞台をなんだと思ってんの?」
「可愛い妹、ねぇ」
「ダメよオーフェン。折角、スーちゃんが一校の制服着て見せてるんだから。ほら、感想言ってあげて」
「……そうだな。可愛いぞー我が妹よー」
「うわ、全く気持ち入ってないし、なんかキモい」
「どないせーってんだ」
本来年齢47の男に、何を期待してるのか。そう言えば娘達が学校に入学した際にも、何か言ったが普通に怒られた気がする。三女に至っては蹴りを入れられた。
ようは、その辺のセンスがゼロなのだろう。今更どうでも良くはあるが。
「もう出る時間か? まだ余裕あると思ったが」
「今日は入学式があるから、準備があるの。スーちゃんも軽く案内してあげたいし」
「へぇー、そういやマユミの時もそうだったな」
思い出すは二年前の入学式。自分達が、この世界に来てまだ間も無い頃だ。
ボディーガードに無事就任したオーフェンは、真由美の初登校に付き従ったのだが……キースも着いて来たのが、悲劇だった。いや、はたから見たら喜劇だったろうが。
ふと思い出し、あの時も大変だったなと感慨に耽る。そう、大変だった、去年も――。
「キースの野郎は?」
「昨日のうちに物理的にも魔法的にも完全に封印したわ。腕の良い魔法師のレスキューでも救出に三日は掛かる筈よ」
悲壮な表情で真由美は言って来る。……無理も無い。二年続けて巻き起こされたあの騒動を考えれば、むしろ軽すぎるくらいだ。スクルドも、うんうんと頷く。
「去年まではげらげら笑っていられたけど、他人事じゃなくなると必死になるよね」
「スーちゃん、大人になるって悲しい事なの」
それはまた別の事のような気もするが。まぁいいかと、オーフェンは思い直す。一つだけ伸びをした。
「そんじゃ行くとするか……奴が出て来ない内に」
「ええ、早く行きましょう……彼が来ない事を祈って」
「うん。早く行って帰って来よう……封印かけ直したいし」
「そうですな。速やかに参りましょう。お嬢様、スクルド様、台車を用意いたしました。ささ、どうぞ――」
「オーフェン、やっちゃって!」
「よし来た、我は放つ光の白刃っ!」
案の定、出て来たキースに寸秒も迷わず真由美が命令を下す。
オーフェンもすぐさま光熱波を叩き込むが、しかしやはりと言うか、あっさり躱された。
「何をなさいます黒魔術士殿!」
「何もくそもあるかっ! てめぇ、どうやって封印を――聞くだけ無駄か」
「ふ、さすが我が親友……言わずとしれた、つまりツーカーですな!?」
「きっぱりと違うわドアホウ!」
叫びつつ魔術を連打するが、キースはひょいひょいと躱しまくる。
「マユミお嬢様……! この私はただ、新入生達を心から弄び……じゃなかった、もてなしたいだけなのです!」
「今本音が出たわね!? 何をする気なのよ!」
真由美自身もCADを起動し、サイオンの弾丸を撃ちまくるが、普通に当たらない。スクルドはもはや諦めたのか、肩を竦めていた。
「こうなると思ったよもぅ……はい、やめやめ。マユミもオーフェンもストップ。キースなんだから、何やっても無駄よ」
「さすがスクルド様、分かっていらっしゃいます。あ、これはほんの気持ちです」
そう言いながら、つつっと近寄ったかと思うと、手の平に飴玉を落としていく。
スクルドは頬を引き攣らせたが、ぐっと我慢して飴をポケットにしまった。
「ありがと。ほら二人共、行こう」
「ああ、もう。キース!? 大人しくしてなさいよ!」
「御意。勿論ですとも、マユミ様。私が大人しくしなかった事がありましたか?」
「ほぼ毎日ツッコミ入れられる奴の台詞じゃねぇ……」
グッタリと呻くオーフェンは嘆息を一つだけ深く吐いて。諦めたのか、七草家の門に向かって歩き始めた。三人もまた、一緒に行く。
春の風が吹く中、国立魔法大学附属第一高校、通称魔法科高校の入学式がいよいよ始まらんとしていたのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
本日、第一高校に入学する予定の司波達也は、総代を代わろうとする妹を宥めて、ベンチのある中庭を見つけた。
まだ開場まで時間があるので、その時間を潰す為に携帯端末を開き、書籍サイトにアクセスする。
しばらくすると、在校生だろうか? 入学式の準備に駆り出されているのだろう生徒達の、声がやって来る。
――新入生か……こんな早くに、哀れな。
――ああ、もうすぐ来る頃合いよね? 今日は何しでかすのやら。
――もう俺慣れたよ……慣れたくなかったのに。
「……?」
何故か、こう生暖かな視線を感じる。それは二科生――ありきたりに言うと、劣等生を哀れみ蔑む視線ではなく。これから起こる悲劇に遭うであろう人物に向けられる視線であった。と――。
「おや、珍しいですな?」
「……!?」
不意に、本当に気配も何も感じさせずに影が射した。自分に全く気付かせずに現れた人物に、達也は目を丸くする。
その人物は一言で言うと執事であった。日本人ではまずなかろう銀髪に、長身をタキシードで包んでいる。
何故、執事がここに……と思いつつも、達也は明確に警戒した。何者なのか。
「スクリーン型の携帯端末をお使いになられているとは、通であられる」
「あの、あなたは?」
「ああ、失礼。私はキース。さる令嬢の執事をしております」
いや、その執事が何故に校内に居るのかを聞きたかったのだが……それを告げる前に、キースと言った執事は、どこからともなく取り出したクラッカーを鳴らした。
ポンっと軽い音が鳴り、キースははらはらと涙を流す。
「おめでとうございます、新入生殿。あなたは、百番目となられました!」
「百番目?」
「ええ、百番目」
「何の?」
「百番目は、百番目であるからして、百番目なのです」
「いや、もういいです」
この男は危険だ。様々な意味でそう思いながら、達也は立ち上がると、すぐに男に背を向けて歩き始めた。触らぬ神に祟り無しだ。すると。
「新入生殿ぉぉぉぉぉぉぉ――――!?」
(!?)
背筋を悪寒が突き抜け、振り返る。同時、両手を挟むように勢い良く重ねた。
はしっ、と白刃取りの要領で受け止めたのは、斧だった。かなり大きめの。
冷や汗混じりに、それを放った人物、キースを睨む。すると、彼は首を横に振った。
「ああ、なんと言う事でしょう。人の話しを聞かずに、去ろうとする新入生殿に私は深く傷付きました……」
「俺は今死ぬ所でしたが!?」
「そんな……! こんな斧で脳天かち割られようと、私の心の傷に比べたら、ちょっと血が出るくらいなのに」
「そんな訳ありますか!」
珍しく自分が声を大にして叫んでいる事を自覚しつつ、達也は斧を奪い取ると、横に捨てた。キースを睨みつける。
「どう言うつもりですか……?」
「どう言うつもりなのかと言われると、百番目ですからと」
「まだこだわりますか」
「百番目ですので」
「……いや、もういいです。何の用ですか?」
何かを我慢し、会話にならない事を察して、達也は先を促した。無視すれば、何らかの攻撃を受けそうだと理解した為である。警察はどうしたと思わなくも無いが、何となく、この執事には意味が無いような気がした。何となくだが。
「ついては新入生殿、百番目を記念して、あなたにちょっとしたサプライズを用意しております」
「サプライズ?」
「ささ、これをどうぞ」
そう言って、キースが何かを手渡して来る。それは、封筒だった。中に何か入っているようにも見える。これは?
「つかぬ事を聞きますが、これは何です?」
「写真です」
「写真?」
「はい、第一高校の生徒会長であり、我が主であるマユミお嬢様の写真です……着替えの」
「…………」
達也は無言で、封筒をキースに突っ返した。さらりと、致死必死な真似をしてくれる。つくづく厄介な男だ。
「おや? いらないので?」
「犯罪者になりたくないので」
「そうですか……おおっと、手が滑ったぁ!」
しかし次の瞬間、わざとらしい台詞と共に封筒を破いたかと思うと、写真をこちらに投げつけて来た。
さしもの達也も、一瞬だけ思考が停止する。ばらまかれた写真は、若干肌色が見えて――。
(これはマズい!)
先程以上にぞっとしながら、達也はあわてて下がる。しかし、既にサイ(写真)は投げられた。達也の足元には落着を完了した、写真がばらまかれている。
「あら、キース? こんな所にいたの?」
「おお、マユミお嬢様」
更に件のお嬢様も登場し、達也は凄まじく珍しい事に、混乱する。
現状、現れたお嬢様の着替えの写真とやらが足元に散乱し、自分がそこにいる。キースはと言えば、どうやったのか、自分の数メートル離れた距離に、すでに移動していた。なんなのかあの男は。
ともあれ理解したのは、ここに居ては、高校入学の日に変態扱いされるか、悪ければ逮捕されかねない状況と言う事だった。故に、迷わず撤退を開始しようとして。
「とぉ!」
「うぉ!?」
またもや数メートルの距離を何の挙動も無くキースが飛び掛かり、タックルの要領で引き倒された。
鍛え抜いた身体を持つ達也だが、さすがに勢いのある重量物にしがみつかれてはどうにも出来ず、地面に転がる。
「何のつもりだ!?」
「何をとおっしゃられましても、百番目ですので写真を拾って頂かなければ」
敬語すらも外れた達也の叫びに、しれっと言ってくる。まだ言うかと、達也は罵倒を飛ばしたくなるが、そんな場合で無い事に気付いた。お嬢様が、地面に落ちた写真を拾ったからである。見る見る内に顔が真っ赤になる――。
「こ、これ……!?」
(ああ、終わった)
何が終わったかと言うと様々なものがとしか言いようが無いが、達也は流せるものなら涙を流したかった。
ろくな事が無かった人生を振り返りつつ、覚悟を決める。お嬢様はこちらを引き攣った顔で振り向き。
「不潔よぉぉぉぉぉぉぉぉ――――!」
ビンタを一発、自分とキースに叩き込んだのだった。
キースもはたかれた事にだけは、達也も内心でホッとした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ご、ごめんなさい!」
「いえ、仕方ないですよ……」
あの後、写真の件がキースの仕業だと発覚し、かの執事が逃亡を図ってしまったので、お嬢様から達也は手当を受けていた。
正直に言うと、いらないのだが、さすがに達也もそれを言い出す程空気が読めなくもない。
濡らしたハンカチで自分が引っぱたいた箇所を冷やしつつ、お嬢様がため息を吐く。
「まったく、キースったら、ろくな事しないんだから」
「一応確認までに。あの人は、あなたの?」
「ええ、キース・ロイヤル。私専属の執事です。あ、私も自己紹介がまだでしたね。七草真由美、第一高校の生徒会長を務めてます。ななくさ、と書いて、さえぐさ、と読みます。よろしくね」
にっこり笑って告げられる。彼女のルックスと相まって、非常に蠱惑的な雰囲気だった。
しかし、達也はと言うと思わず顔をしかめそうになる。それは、彼女の姓を聞いたから。
(数字付き(ナンバーズ)……それも七草か)
日本の魔法師を代表する十師族。その中でも、特に最有力とされる二つの家の一つ、それが七草だった。
おそらく彼女はその直系だ。そして第一高校の生徒会長。つまり、エリート中のエリートだ。自分とは正反対とすら言える。
ともあれ、名乗られたからには名乗り返すが礼儀だ。達也は複雑な気持ちをなんとか胸にしまい、名乗り返した。
「俺は、いえ、自分は、司波達也です」
「司波達也くん……ああ、あなたが、あの司波くんなのね」
驚きの表情となりながらも、真由美が頷く。何故キースが彼に絡んだのか、ちょっと分かったからだ。いや、ノリの可能性もなくは無いが。
「入学試験、七教科平均、百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。合格者の平均的が七十点に満たないのに、両教科とも小論文含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点だって」
随分と手放しに褒めちぎられたような気がするが、きっと気のせいだろうと、達也は思う。するりと反論が口に出た。
「所詮ペーパーテストの成績です。実技はからきしでしたから」
魔法科高校は評価として優先されるのは、当たり前だが実技だ。所詮はペーパーテストの成績。それは、達也自身も納得の言葉だった。
勿論、それを生徒会長たる彼女が知らない筈が無い。しかし、真由美は緩やかに首を振った。
「そう? 私は立派な成績だと思うわ。とてもじゃないけど、私には出来ないもの。それに、実技もただの評価の一つに過ぎないと思うし」
「問題発言じゃないですか?」
「そうね、ちょっと自覚してる」
ある意味、魔法科高校に対する強烈なアンチテーゼと言えなくもないが、真由美はすっぱりと言い切る。達也はそんな彼女に苦笑した。どちらにせよ、現状はそうなのだろうと。そう言おうとした所で、不意に真由美が視線を移す。
「あ、スーちゃん、オーフェン」
微笑みながら真由美が立ち上がったので、つられて達也も一緒に立ち上がる。そして、こちらへと共に歩いて来る少女と青年を見た。
少女は、真由美より更に小柄だった。体型も、控え目で中学生程度にしか見えない。しかし、容姿は抜群だった。達也は深雪と言う絶世の美少女を妹に持つが、彼女に勝るとも劣らぬ美少女である。
黒の髪をツーテールにしており、活発な印象がある為か、深雪とは正反対の印象も受けたが。
そして青年。こちらは言ってしまうと、皮肉気な印象を受けた。少女と同じ黒髪黒眼、体格も普通ならば、容姿も普通。だが、目つきがひたすら悪い。チンピラやヤクザと間違われても仕方ないかもしれない。
そんな二人を見て、達也は一瞬、何か強烈な違和感を覚える。何を、と言われても困るのだが。
「マユミー、どこ行ったのかと思ったよ」
「ごめんね。キースがまた、ね……」
「……何があったかは聞かない方が良さそうだな?」
「うん、そうして」
ふっと、疲れきった表情を見せながら、真由美が頷く。少女と青年は得心がいったように苦笑した。
「それで? ボディーガードとしちゃ、横の少年の事も聞いときたいとこなんだが」
「あ、ゴメン。紹介するね。司波達也くん。さっき、キースに絡まれてた子なんだけど」
「ああ、成る程な……君、災難だったな」
青年から肩をポンと叩かれつつ、マジな同情を受けて、思わず頷きそうになるのをぐっと我慢する。青年もそこらを理解してくれたのか、再び苦笑してすぐに離してくれた。
「俺はオーフェン。オーフェン・フィンランディ。マユミのボディーガードだ。こっちは妹のスクルド」
「同級生だね。よろしく!」
「司波達也です。よろしく」
兄妹だったのかと一人ごちながら、二人と順に挨拶する。その際、ちらりとスクルドの左胸ポケットが見えた。そこには達也同様、八枚花弁のエンブレムが無い。つまり、彼女も二科生と言う事になる。彼の視線に気付いてか、スクルドは肩を竦めた。
「魔法は苦手なのよ。いちいち細かいって言うか」
「細かいって」
「もっと大雑把にやれない? て思うのよね。こう、バーンって」
「お前がバーンってやった日にはいろいろ困るだろうが」
後ろから嘆息混じりにオーフェンから小突かれ、スクルドがむくれる。
言ってる意味は良く分からないが微笑ましい事に変わりなく、達也は笑みを浮かべた。
「さて、そろそろ開場の時間ね。入学式が始まるわ……聖戦の始まりが」
「は?」
「そうだな。そう言った意味じゃあ、野郎を逃がしたのは痛手すぎる」
「あの?」
「どっちにしても逃げてたと思うよ。キースだし」
「……何の話しですか?」
『『聞きたい?/か?』』
一気に無表情となった三人から一斉に聞かれ、達也は気圧されたように息を飲む。三人が纏う悲壮感が、あまりに本気過ぎたから。しかし、怯む達也に、オーフェンは肩をがしっと捕まえて来た。
「聞きたいか? 聞きたいんだな? 仕方ない、そんなに聞かれたんじゃあ話すしかないな! ちなみに聞いたら、君も仲間だ! 何故なら聞いたから!」
「何故に!?」
どっかの姉のような暴論をオーフェンは吐き、達也は聞き返すが、彼はしっかりそれを無視してのけた。
しかも、脇を真由美とスクルドに抑えられる。彼女達の表情は語っていた、逃がすものかと。
「実はだ。この第一高校、二年前の入学式から、ある伝統がある」
「二年で伝統って、なんか斬新ですね」
もはや諦め、ぐったりと言ってやるが、我が意を得たりとオーフェン達は頷く。もうどうでもいいやと、達也は大人しく聞く事にした。
「最初の一年目の入学式の時、マユミが新入生総代をやったんだが――その時、奴はやってくれた」
「奴? それに、やってくれた?」
「キースよ……」
何故か表情に影を落としながら、真由美が呻くように呟く。オーフェンは哀れみの視線を彼女に向け、続けた。
「総代で呼ばれたマユミの代わりに、どうやって潜り込んだか知らんが、保護者席から立ち上がり、奴は壇上に立った。そして、やったんだ」
「……何をですか?」
「木の上うっぷん男。旅情編」
「……………………は?」
たっぷり数秒はかけて、達也は思わず問い直す。しかし、オーフェンは頭を振り、再び繰り返した。
「だから木の上うっぷん男。旅情編だよ」
「いや、繰り返されましても。なんです、その恥ずかしい名前」
「一応劇らしいんだけどな。内容は聞くな、夢に見るぞ」
逆に聞きたくなるような……そう思いつつも、あえて聞かない事にしておく。ともあれ、なんかの劇をやったらしい。そこまで達也が理解した事を確認して、オーフェンは続けた。
「奴は木の役でかつ一人演技を最後までやってのけた。そして、沸き上がる観客達。スタンディングオベーションが鳴り響く中、奴は大声で叫んだ――『マユミお嬢様! 七草マユミお嬢様をこれからよろしくお願いします! 木の上うっぷん男の主、七草マユミお嬢様です!』」
「自殺を真剣に考えたわ」
「それは……なんと言うか……」
涙は流せないが、もし泣けたなら、達也は同情の涙を流しただろう。酷すぎる。色んな意味で。オーフェンも頷いた。
「そして、奴は次の入学式もやらかした」
「また、その――劇を?」
「木の上うっぷん男だ。言ってみろ」
「すみません、勘弁して下さい」
真剣にお願いする。さすがに、それを言うのは恥ずかし過ぎた。
「まぁいいか。ともかく、次の年、去年も再び入学式で奴はやらかした。俺も特別に学校から魔法使用の許可を得て、対抗したんだが……防ぎきれなかった」
「去年は、何を?」
「『チキチキ! 地下大迷宮脱出大作戦!』よ」
「……その名称、誰がつけてるんです?」
「キースだよ。一応、やらかす前に言ってるの」
もう何と言っていいのやら。頭に頭痛を覚えつつ、先を促す。
「で、それは一体どんな?」
「講堂全体に落とし穴を仕掛けてな。そこに、新入生も在校生も、ついでに保護者の区別無く落とされた。そして、そこには、どうやって作ったか全く不明だが、地下大迷宮が広がっていたんだ……」
「大迷宮て」
「脱出に一週間掛かったわ」
もはや絶句するしか無い。まさか魔法が使えなかった訳でも無いだろうが、それでも一週間。何を、どうやったら、そんな真似が出来るのか。
余談だが、この地下大迷宮脱出で、一科生、二科生問わずにエライ目に合い、力を合わせてクリアしたおかげで、在校生の中では、一科生、二科生と言う差別意識は、相当に薄くなっている。キースがそこまで考えたかどうかは定かでは無いのだが……閑話休題。
「とまぁ、この通り二年連続で奴はやらかしてる。今年は何もしないってのは、楽観過ぎだな」
「それなら出入り禁止にしたらどうなんですか?」
「去年してないと思う? 意味無いよ」
「いや、結界とか――」
「意味無いよ、キースだから」
「…………」
何か聞けば聞くだけ、先程会った執事は何者なのかと思わずにはいられない。
「そんな訳でだ。司波タツヤ――タツヤでいいか?」
「ええ、構いません」
「よし、いい返事だ。今年こそは、奴を止めたい。タツヤ、手伝ってくれるな?」
「それは構いませんが、俺はこの通りですよ?」
そう言って、エンブレムが無い左胸ポケットをオーフェンに差し示す。しかし、彼は苦笑のみを漏らした。
「所詮は学校の成績だろ、そんなもんはどうでもいい。使えそうな所に使うだけさ」
学校外の人物とは言え、こうもあっさり言われては立つ瀬がない。苦笑し、達也は頷こうとして。
「それに、もっと別の役割があるからな」
「別の?」
「ああ」
「それは、何です?」
「…………」
「…………」
「劣等生、ばりあー」
「帰ります」
くるりと踵を返すが、その前にオーフェンから捕まった。やたらにこやかな顔で言ってくる。
「なんだよ、冗談じゃねぇか。本気にするなよ」
「ちなみに、去年はマユミを盾にしたよ」
「優等生ばりあーって言われた日には、殺意を覚えたなぁ……」
「やっぱり帰ります」
「まぁ待て落ちつけって。な? 安心しろ。マユミも二回までは耐えた。お前なら、四回はいけるって」
「そのどこに安心する要素があるんですか!」
ついには怒鳴るも、はっはっはと笑うオーフェンは離してくれそうに無かった。
……まぁ、自分はともかく、妹の輝かしい入学式をぶち壊されるのは、本意では無い。しぶしぶ、達也は協力する事にした。
これより、私立魔法大学附属第一高校入学式を守る戦いが始まる――!
(第二話に続く)
はい、第一話でした。キースがはっちゃけ過ぎる……!(笑)
ちなみに二年の間にいろいろあり、オーフェン達は天世界の門なる組織を作っております。
スポンサーは七草。リーダーはスクルドです。
具体的には一年前に、ちょっとした事件があり、組織を作らざるを得なくなったと。
賢者会議については、名前から察して頂けると(笑)
さて、次回もお楽しみに。ではではー。
PS:お気に入りとUAがめっちゃ増えててびっくりしました(笑)
どうもありがとうございます。