ヘルマプロディートスの恋   作:鏡秋雪

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第6話 disconnect 青い闇の中【コートニー3】

 12月に入った。

 迷宮区の入り口の街、トールバーナの広場で僕とジークは別のパーティーと待ち合わせをしていた。広場の中心にある噴水に腰を掛けて僕は右手でその水をすくった。ひんやりと冷たい感覚と心地よく流れていく水の感触が僕の右手を包んだ。

 僕たちがソードアート・オンラインに閉じ込められてからもうすぐ1カ月経とうとしていた。ベータテストの時、トッププレーヤー達は二カ月で第八層までいっていたというのに、未だに誰一人として第一層すら突破できていない。

 これほど攻略が遅れてしまったのはやはり、ゲーム中の死が現実の死に直結しているという恐怖からだろう。ベータテストの時のように『死んだ数だけ強くなれる』的な経験値がおいしいが死ぬ可能性があるモンスターを相手にして効率よくレベル上げなどできなかったし、迷宮区のマッピングもモンスターの湧きポイントなど無視しての特攻マッピングなど望むべくもなかった。

 それでも、第一層の最期の難関である迷宮区のマッピングは進んでいた。今日か明日にでもボス部屋が発見され、ボス戦に挑むことになるだろう。

 すでに二〇〇〇人近くのプレーヤーがこの世界から退場している。それらの人たちが本当に現実世界からも退場しているのか僕には分からない。けれども、一カ月も経つのに一度も僕達はログアウトできない。やはり、茅場の宣言は本当でリアル世界で僕たちを安全にログアウトさせる方法がいまだに見つかっていないのだろう。恐らく、この世界から退場した人たちは……。

 考えても仕方がない。しばらく、僕たちはこの世界で生きていくしかないのだ。

「コー。来たよ」

 ジークの声で僕は意識を戻した。

 一カ月がたっても僕とジークの関係は良好だ。やはり、ジークは気持ちのいい奴でずっと一緒にいても嫌にならないし、壁戦士としてとても心強い存在だった。僕が本当に女の子ならどんなに良かっただろう。男の僕が惚れてしまいそうな男だ。きっとジークはリアルでもモテモテだろう。背は高いし、顔だって、平凡な感じだけど全然悪くない。いや、最近はハンサムに見えてきた。これが脳内恋補正というやつだろうか。

「うん」

 僕はそんな思いをジークに気取られまいとちょっと目を伏せて立ち上がって、待ち合わせをしていた六人組のパーティーを迎えた。「おはよう。ディアベルさん」

「やあ。おはよう。よく眠れた?」

 気さくで明るい声が返ってきた。

 ディアベルと僕たちは迷宮区の探索中に何度か顔を合わせて仲良くなった。もっとも、90%は彼らの方から声をかけてきたのであるが。一緒にパーティーを組むことはなかったが、手分けをして迷宮区のマッピングをすることになったのだ。

「いいなあ。ジークリードさんは毎日美女と一緒に寝泊まりして」

 ディアベルの後ろにいた槍使いのジンロが本当にうらやましそうに言った。

「お前も早く彼女を作ればいいんだよ」

 笑いながらディアベルがジンロの肩を小突いた。

「だってよー。女そのものがすくねーし。それ以前に出会いっていうのがそもそも」

 ジンロが情けなくうなだれると、ディアベルが率いるパーティーに笑いがこぼれた。

 僕が話のネタにされているジークをそっと見上げると、あいかわらず超紳士の彼は微笑みを浮かべながらその話題をスルーしていた。

「じゃ、情報交換しましょう」

 このままでは、ジークだけでなく僕にまで火の粉が飛んできそうだったので僕は話を進めた。

「ああ」

 ディアベルは頷いて、メインメニューを操作し始めた。僕もメインメニューを操作してお互いの迷宮区のマップを統合した。迷宮区の探索済みエリアがぐっと広がった。

「すごい。昨日、結構、がんばったんだ。残りわずかだね」

 僕はマップを確認しながら言った。

「ああ」

 ディアベルはいつの間にか僕の左隣に立って一緒にマップを見ている。「今日、俺たちはこのエリアを回るつもりだ。もし、よかったら、コートニーさんとジークリードさんはこのエリアを……。これで全部まわりきれる」

「うん。分かった」

 僕はディアベルに視線を合わせて頷いた。僕たちとディアベルのパーティーが予定の範囲を探索すれば、今日一日で迷宮区のマッピングは終了だ。

「今日、ボス部屋を見つけられるのは確実だ。明日、この町にいる攻略組のみんなに呼びかけて攻略会議をやろうと思うんだ」

「攻略会議?」

「ボスは一パーティーじゃ攻略できないからね。ぜひ、二人にも参加してほしい」

「うん。分かった」

 僕は頷いて、ジークを見た。ジークも小さく頷いてくれた。

「ジークリードさん。これから最上階までは一緒に行かないか?」

 ディアベルはジークに視線を向けて言った。僕ばかりでなく、バランスよくジークにもちゃんと話しかけてくれる。そういう所がみんなに慕われているのだろう。

「そうですね。行きましょう」

 ジークは微笑みながら頷いた。

 

 僕たちは二つのパーティーで最上階まで移動した。最上階に挑むのは今日で三日目。湧きポイントなどは避けて最短ルートで僕たちは登って行った。

 こういう時、僕はジークの左ひじの布地をつまむことにしている。こうすると別のパーティーの男性が話しかけてこなくなると経験で知ったからだ。この容姿のためか両手両足の指で数えられないほどの男性に声をかけられた。しかし、こうしてジークの身体をさわっていると「あー。そういう事ですか」って感じでお誘いの言葉をかけられることはかなり少なくなった。

「コートニーさん。じゃあ、また明日広場で」

 ディアベルは分かれ道でそう言って笑顔で僕に拳を向けた。僕もその拳に拳で応える。

 こつんとあたった二つの拳は離れてひらひらと舞った。

「今日、ボスを倒さないでよ」

 僕は笑顔で手を振った。

「そっちこそ」

 ニヤリと笑って手を振りながらディアベルは通路の向こうに消えて行った。

「さあ、行こうか」

 ジークは盾を装備し抜刀した。

「うん」

 僕は右手にスリングを装備し、石をセットした。索敵スキルをポジティブにして僕たちはマッピングを開始した。

 

 索敵スキルもだいぶ上がってきた。視界が悪い迷宮区の中でも見通せる範囲であればモンスターの戦闘認識圏外から発見することができる。もっと上がってくれば壁の向こうとか折れ曲がった通路の向こう側の敵も認識できるようになるだろう。

「コボルトが3。コボルトナイトが1」

 囁くように僕はジークに闇に潜む相手戦力を伝え、スリングを回し始める。

「了解」

 ジークは身構える。

 コボルトナイトは攻撃力、防御力とも高くソードスキルも使ってくる厄介な相手だ。レベル10に達したジークでも倒すには時間がかかるだろう。でも、僕たちは二人だ。力を合わせれば恐れる必要はない。

 スリングが投擲スキルで青白く輝いた。コボルトナイトに向けて石を放つ。命中することを信じて二投目の石をスリングにセットし、すぐにスキルを立ち上げる。

 攻撃を受けたことでモンスターの一団はこちらに向かってきた。僕は二発目の石をすぐさま送り出す。

 ジークはソードスキルを立ち上げた状態で前に進む。僕からは遠すぎず、近すぎず絶妙な位置で足を止めてモンスターたちを迎撃する。

 3発目の石が命中した時、ジークはモンスターたちと接触し、ソードスキルで輝くアニールブレードを横に薙ぎ払う。全てのモンスターにダメージを与え、モンスターたちのターゲットを自分に集めるのが狙いだ。

「1匹そっちに!」

 だが、ターゲットをすべて自分に集める事が出来ずジークが叫ぶ。

「OK!」

 こういう事も想定済みだ。僕はスリングから槍に持ち替える。

 その間にジークはアニールブレードを振り下ろし、三発の石を食らってヒットポイントを減らしていたコボルトナイトの左肩を粉砕し一撃で屠った。その間、コボルト二体から攻撃を受けるが盾で見事に受け流す。見ていて安心できる戦いぶりだ。

 一方、僕は防御を優先してコボルトの攻撃を支えながらカウンターを狙い、徐々に相手のヒットポイントを奪っていく。

 そのうちにジークは二体のコボルトを隙が少ない単発のソードスキルを連発して葬り、応援に駆け付けてくれた。

 こうなればもう安心だ。僕は勝負を決める三連撃のソードスキルをコボルトにぶつけた。頭、胸、腹とシステム上に規定された三連撃はソードスキルを放った瞬間に走り始める。命中するか躱されるかはモンスターと僕の槍スキル値と敏捷度勝負だ。躱されたとしても僕にはジークがいる。躱された時の硬直時間の間にジークが入ってくれる。そう信じてる僕に不安はまったくない。

 三連撃はすべて命中し、コボルトは爆散した。

「おつかれ」

 ジークは微笑みながら手を上げる。

「おつかれさま」

 僕は笑顔を返しながらハイタッチ。すぐさま僕たちのヒットポイントを確認する。ほとんど減っていないが回復ポーションを口にした。薬学スキルのおかげでふんだんにポーションを使うことができる。

「なんか、最近、毎回飲んでて、仕事後の一本って感じだね」

 ジークはクスリと笑って回復ポーションを飲みほした。

「ファイトー! 回復~!」

 僕が右手を高々と上げながら某CMのようにおどけて言う。

「なに、それ」

 間髪入れずにぽんと肩を叩かれながらツッコミを入れられる。

 僕たちは笑い合ってマッピングを再開した。

 

 その後も何度かモンスターと遭遇したが何事もなくそれらを排除し、今日任されたマッピング範囲を調べ上げる事が出来た。

「はずれだったね」

 ジークはメニューを操作してマップを確認した。

「うん」

 僕たちの探索範囲にボス部屋がなかったという事はディアベルの探索範囲の方にあったのだろう。

 できればこの目で第一層のボスを見たかった。僕たちはベータテストで一度もボス戦に参加する事ができなかった。聞いた話によると、ボスは巨大でヒットポイントバーが四本もあるという事だ。

 もしボス部屋を見つけたらちょっと入ってみてその姿を確認し、一発石を投げつけてやりたかった。

「でも、私は良かったと思ってるよ」

 ジークは肩をすくめながら微笑んだ。

「え?」

「だって、コー。ボス部屋なんて見つけたら一人で突っ込んでいくでしょ。一発ぐらい石をぶつけてやるぅ!とか言いながらさ」

 ジークに僕の考えている事をすっかりトレースされていた。

「そんなこと……あるけど」

「ベータテストでボス戦やった事はないんだから、無茶はしないでよ」

 ジークは一つため息をついた。

「わかってるよ。そんなこと」

 これじゃあまるで、僕は親に諭される子供だ。でも、こんなやりとりは悪くない。むしろ心地いい。怒った顔をしようとして失敗し、思わず笑顔がこぼれてしまう。

「この後、どうする?」

 二人で笑いあった後、ジークが尋ねてきた。

「んー。ちょっと稼いでおく? 例の一階のコボルトナイトで」

 視界の右下にある時計を確認すると一六時を示していた。まだ、帰るにはちょっと早い。

「うん。そうしようか」

 ジークは笑顔で頷いた。

 

 迷宮区の一階の心理的な死角に位置したコボルトナイトが湧くポイントはまだ僕たちしか知らない。ほとんどのパーティーが最上階のボス部屋を目指しているため気づきにくいのかもしれない。

 コボルトナイトが三体安定して湧くポイントと僕の投擲スキルが生きる間取りが近くにあるという実にいいポイントだった。

「じゃ、いくよ」

 僕は索敵スキルで三体のコボルトナイトが湧いている事を確認しながら、スリングを回し始めた。

「うん」

 ジークが頷いたのを確認して僕は石を投げた。

 ビュンという音と共に青い流星のように石が飛んでいく。石は見事に命中してコボルトナイトがこちらに向かってくる。

 僕たちはコボルトナイトがあきらめない程度の距離を取りながら後退しながら誘導していく。

 壁が崩れ一人がやっと通れる場所を抜けて僕たちは足を止めた。ここなら前衛のジークは一対一で戦うことができるし僕は思う存分後方から石を投げる事ができる。

 ジークのヒットポイントが減ってきたらスイッチし、ジークが回復するまで僕が前衛を務める。一対一なら防御力に不安がある僕でもジークの回復する時間を稼ぐことができる。

「スイッチ!」

 僕はジークのヒットポイントを確認して槍に持ち替え声をかける。すでに一体目は爆散している。残りは二体だ。

「OK」

 ジークはソードスキルで単発の強烈な斬撃を放った。コボルトナイトはそれを盾で受け止め、激しい火花のエフェクトが暗いダンジョンを照らした。コボルトナイトは重いジークの一撃を受け止めた。この時、受け止めた方も受け止められた方も一瞬の硬直時間が科せられる。

 その瞬間にすかさず僕はジークの前に体を滑り込ませながら、ソードスキルで白く輝く槍をコボルトナイトの腹部へ突き出す。

 ジークは硬直時間から解放されると素早く剣を鞘に納めて回復ポーションを口にする。

 僕は先ほどと同じように防御に徹しながらカウンターを狙う。

 有効打をお互い与えられないまま時間が過ぎる。

「スイッチ!」

 回復ポーションの効果が表れ始めた時、ジークの声が後ろから飛んできた。

「OK!」

 僕は得意の三連撃を放つ。

 二発はコボルトナイトの盾に受け止められ、カウンターまで食らってしまった。がくんとヒットポイントが幅を減らすがまだグリーン圏内だ。それに三連撃がキャンセルされるほどの強打ではない。

「てやあ!」

 僕の気合の声と共に三撃目がコボルトナイトの腹部を捉えた。

 ここで硬直時間。右からジークが僕の前に滑り込みながらコボルトナイトの足を薙ぎ払う。爆散!

 残り、一体!

 ここで僕は槍から回復ポーションに持ち替え……。

 視界がいきなり青一色になった。

(え?)

 音も聞こえない。青一色の世界に突然放り込まれ、僕は上も下も分からなくなり吐き気をもよおした。必死にそれを押さえつけながら考える。(いったい何が?)

 じたばたと体を動かしてみるが何も反応がない。自分の腕どころか自分を認識するものがまるで目に入らない。

 青一色の世界に必死に目を走らせる。何か、何か情報はないのか。

 右下の方に時計表示があった。

『2022/12/01 16:33』

 さらに目を走らせる。左上に文字が見えた。

『disconnect』

 回線が切れたのだ。こんな時に!

 一時的なものなのか、それとも何かのトラブルか。僕はどうなってしまうんだ。僕は恐慌状態に陥って叫んだ。

 叫び声さえ自分の耳に届かなかった。いや、声も出ないのだ。僕の前にはただ沈黙の青い闇が広がっていた。

 

『2022/12/01 17:13』

 あれからしばらく経って、僕は自分自身を落ち着かせることができた。

 さあ、今の状況を整理してみよう。

 今の状況は回線は切れたが、ナーヴギアの機能はまだ有効であることを示している。停電、回線トラブル。これらであれば二〇分もしないうちに僕はソードアート・オンラインの世界に戻る事ができるだろう。

 僕はもう一つの可能性を考えた。茅場がチュートリアルで言っていた事だ。『政府が中心となって二時間の回線切断猶予時間のうちに病院などの施設に移送される計画が立てられた』と彼は言っていたではないか。

 ナーヴギアによって拘束されている僕たちは食事もとれないし排泄などもできない。つなぎで訪問看護を受けるとしても、いつまでも自宅で看護はできないはずだ。病院などに移すのは当然の処置だ。

 ソードアート・オンラインに囚われたのは約一万人。それだけの受け入れ態勢を整えるのはどんなに超法規的処置を使っても二週間はかかるだろう。そして、順番に移送していく。一斉に一万人もの人を動かすのは難しいから計画的に順次行っているのだろう。

 そう言えば、ディアベルのパーティーメンバーのジンロからこの現象を僕は聞いていた。『しばらく回線が切れたんだ。あん時はまったく生きた心地がしなかったよ』と。こんな事ならもっと詳しく話を聞いておくんだった。

 どうせなら寝てる時間に移送作業をやって欲しいがリアルサイドにはリアルサイドの都合があるのだろう。そこまで考えて、僕は手に届かない範囲の事は考える事をやめた。リアルの都合も、それに対する苦情も現状では暇つぶし以外には役に立たないからだ。

 うん。これが移送のための回線切断だとしよう。だとしたら僕の運命はどうなるのだろう。

 まず、ソードアート・オンラインに残されたアバターはどうなるのだろうか?

 回線切断とログアウトの処理は似ている。宿屋の中であれば一分ほどでアバターは消える。でも今回、僕は迷宮区の中だった。そこでは15分程度アバターが残される。恐らく、今、僕のアバターはジークの後ろで倒れているだろう。

 スイッチした直後でよかった。戦闘中だとしたら大変なことになっていた。残りも一体になっていたし、ジークの実力なら問題なく倒すことができるだろう。問題はその後だ。

 ジークには二つの選択がある。倒した後、魂が抜けた僕のアバターを背負って安全圏内のトールバーナに戻る。もう一つはその場にとどまって僕が戻るのを待つ。

 背負っていくのも、その場にとどまるのもそれぞれメリットとデメリットがある。

 ――背負っていく場合――

 無事にトールバーナに戻れれば安全圏内だ。これは何より心強い。ログイン直後の拘束時間の間に襲われる心配がないし、ジーク自身の安全も図れる。だが、背負っていく途中、モンスターに襲われたら……。ジークは索敵スキルを持っていない。不意を突かれたら苦戦は免れないだろう。それに、戦闘中に15分が過ぎて僕が消えてしまったら、きっとジークは僕が戻るまでそこにとどまり続けるだろう。そこがもしモンスターの湧きポイントだったら……。ジークは無限の敵と戦い続けることになる。

 モンスターに囲まれアバターを散らせるジークの姿が頭をよぎる。僕はそれを振り払う。そんなことは認められない。あってはならない。こんな事を考えてはいけない。そこで僕はもう一つの『その場にとどまる』場合を考える事にした。

 ――その場所にとどまった場合――

 モンスターに襲われる可能性はかなり低くなる。時々、流れてくることもあるだろうがジークの力があれば十分排除できるだろう。だが、問題もある。最近、活動している犯罪者集団だ。最近、徒党を組んでソロプレーヤーを襲い金品を奪うという事件をちらほらと耳にしていた。彼らはソロプレーヤーを取り囲み身動きできなくして襲いかかる。命を奪われたという話は聞かないが時間の問題だろう。いつか、その一線を越えるオレンジプレーヤーがいずれ現れるだろう。犯罪者集団はこの迷宮区にも最近現れたらしい。MPKも相変わらず多く存在する。さすがに攻略組が闊歩している昼間には現れないが、夜、プレーヤーが少なくなる頃を見計らって彼らは現れる。今17時を過ぎている。そろそろ集中力と精神力を使い果たした攻略組が街に戻る時間帯だ。ということは時間が経つにつれて犯罪者集団と遭遇する危険度は増すことになる。

 今度は犯罪者集団に囲まれアバターを散らせるジークの姿が頭をよぎる。僕は再びそれを振り払う。

 どうも考えがネガティブに走ってしまう。他の事を考えよう。

 僕はジークと初めて会った時の事を思い出す事にした。

 

 僕がジークを初めて見かけたのはベータテストが始まって二週間後のホルンカだった。

 ベータテストが始まって僕は片手剣と盾というタンク仕様で始めていたが、周りのプレーヤーが同じようなスキル構成なのが嫌になってキャラクターを作り変えた。僕は天邪鬼なのだ。

 最初のキャラクターは少年だったが、二代目のキャラクターの『Courtney』は少女の姿にした。

 アバターを作った後、一日中ずっと道具屋の姿見の前で下着姿のまま色々なポーズを楽しんだのは誰にも明かせない僕の黒歴史だ。

 次の日、僕は誰にも見向きもされていなかった投擲スキルを取って、武器屋で投擲用のピックを購入した。これがまた最悪だった。射程は短いし、命中しないし、威力はないし、ピック代金も馬鹿にならない。さすが死にスキル。もう一回キャラを作り直して出直そうと思った時、投擲武器のスリングに出会った。

 威力はそこそこ、連射は効かない。でも、射程は長く、投げるのは石なのでピックより使い勝手がよかった。なにしろフィールド上に転がっている石は無料だ。

 再び、キャラクターを作り直し三代目『Courtney』はスリングを購入してフィールドに飛び出した。

 青イノシシや青オオカミでスリングの感覚を自分のものにして、僕はホルンカに向かった。そこで、ジークに出会ったのだ。

 『Siegrid』の第一印象は弱っちぃヘラクレス。身長は一八〇センチぐらい、ムキムキのマッチョで片手剣の盾持ちなのに、 リトルネペントによく殺されていた。彼は反射神経はいいのだが、ソードスキルの使い方がなってなかったし、ヒットポイント管理がまったくできていなかった。剣を振り回してヒットポイントが減っても回復せず、そのうち死亡。そんなのを繰り返していた。でも、ガッツはあるようで、すぐに蘇生者の間から戻って来て戦いを挑んでいた。

 多分、この頃にはお互いを知っていたと思う。よく見かける顔だな~って感じで。

 ある日、ジークはいつものように死んだのだが、なかなか戻ってこない。はじまりの街で蘇生してホルンカまでダッシュして戻るのは最短でも2時間かかるがもう4時間以上戻ってこなかった。このままでは死んだ時にフィールド上に残された彼のアイテムの耐久度がなくなり消えてしまう。

 やむなく、僕は彼の残したアイテムを拾ってアイテムストレージに保管した。さすがにすべてを回収するのは無理だったが、現金と彼の武具ぐらいは確保できた。

 ジークが戻ってきたのはそれから2時間後だった。彼は自分が死んだ場所にアイテムが残されていなくて途方に暮れていた。

「あの……。武器と防具とお金」

 僕は落ち込んでいるジークに彼の物を返した。「ごめん。これ以上は持てなかったから、腐っちゃったけど」

「いや。ありがとう!」

 ジークは何度も僕にお辞儀した。「親にナーヴギア取り上げられちゃって、取り返すのに時間がかかっちゃってさぁ」

「あるある」

 僕は中間テスト前にお母さんにナーヴギアを取り上げられたことを思い出しながら、頷いて笑った。

 まあ、ゲームでよくある出会いだったと今でも思う。

 僕は前キャラで培った片手剣と盾持ちのコツについてアドバイスすると、ジークは徐々にうまくなっていった。

 ジークと僕のスキル構成がだぶらないせいか、組んでいてもお互いが邪魔にならずそれからはずっとベータテストが終了するまで、僕たちは毎日パーティーを組んだ。

 本当にあの頃から一緒にいて気持ちがいい奴だった。

 

『2022/12/01 17:24』

 考えを中断し時計を確認したがあれから十分ほどしか経っていない。

 僕はため息をついた。はずだが、意識以外に何の変化がない。こんな空間に最大二時間も閉じ込められるのは拷問だと思った。だが、本当に考える以外何もできない。

 目を閉じてみた……が、無駄だった。今の僕にはまぶたすらない。目の前の青い空間は何も変化しない。

 仕方なく、僕は時計を見つめた。

 

『2022/12/01 18:27』

 まんじりと……というかもう時計を見つめる事しかできない僕は徐々に恐怖に支配されてきた。

 タイムリミット――二時間が迫ってきている。いったい何があったのだろう。リアル側で何か不具合が発生したのだろうか。

 それとも、ソードアート・オンラインのアバターのヒットポイントがゼロになっているため戻るに戻れなくなっているのか。

『2022/12/01 18:28』

 容赦なく、時計が時を刻む。あと、五分……。

 脳が焼かれるとはどんな感覚なのだろう? 熱い? 痛い? 苦しい? 一瞬? それともじわじわと苦痛を感じながら?

 取りたい。外したい。今すぐにナーヴギアを!

『2022/12/01 18:29』

 嫌だ。嫌だ。死にたくない!

 目を閉じたくても閉じられない。頭を抱えて叫びたいのにそんな動作もできない声も出ない。

『2022/12/01 18:30』

 助けて! ジーク! ジーク!

 絶叫する。両手両足を振り回す。だが、青い暗闇で全てがさえぎられる。

「また、無茶してぇ」

「もう、分かってるくせに」

「じゃあ、いっぱい食べちゃおうかな!」

「仕事後の一本って感じだね」

「私は……コーを気に入っているから……」

 なぜかジークの笑顔ばかりが頭に浮かぶ。

 もう一度、会いたい。ジークに! 助けて! ジーク!

『2022/12/01 18:31』

 …………

 

 最初に聞こえてきたのは表記に難しい『あああ』とも『おおお』とも表現できない女性の絶叫だった。

「落ち着いて! コー! 大丈夫! 大丈夫だから!」

 柔らかい男の声が聞こえた。

 目がよく見えない。自分の涙が視界をさえぎっているという事に気づくまで数秒を要した。まぶたと自分の手で涙を振り払う。そして見る。

 今、最も見たかった顔がそこにあった。優しく平凡な……それでいてとてもハンサムな男の顔。僕が最も会いたかった顔。ほっとできる存在。あらゆる感情が頭を駆け巡り焼き切れそうだった。

「ジーク? ジーク?」

 ようやく言葉を絞り出す。コートニーの声。僕の声だ。

「よかった。本当に良かった。戻って来て」

 僕は強くジークに抱きしめられた。むせび泣くジークの声が耳元で聞こえる。彼の左手が僕の身体を抱き上げ、右手が頭の後ろをそっと支えてる。

 あったかい……。心が溶けて何もかもなくなってしまいそうだ。

 目の前に『ハラスメント行為を受けています。≪引き離す≫≪監獄エリアへ送る≫』の表示が赤いダイアログで表示されていた。その向こうに周りに何事かと野次馬が取り巻いているのが見えた。どうやらここはトールバーナの入り口のようだった。

 もう、何も考えられない。僕はハラスメントダイアログを左手で払ってキャンセルすると、ジークの背中に手を回して抱きしめた。

「あ、ごめん」

 僕が抱きついた事でジークの目の前にハラスメントコードが表示されたのだろう。ジークはあわてて僕の両肩に手を乗せて体を離そうとした。

「もう少しだけ。お願い」

 僕はジークを抱く手に力を込めた。この温もりと柔らかい空間をもっと貪りたかった。もう、それ以外、何も考えられない。

 僕は泣き声を上げながらジークの胸に顔をうずめた。

 

 次の日の朝、僕は昨日と同じように広場の噴水に腰を掛けてディアベル達を待った。

 心なしか……というか間違いなく僕は注目を集めている。

 昨日のあの時間、一八時三〇分頃の街の入り口は迷宮区帰りの人たちでごった返していたはずだ。そんな中で僕はジークを抱きしめて延々三〇分以上泣き続けたのだ。我ながら恥ずかしい。顔から火が出るとはこの事だ。

 このまま宿に閉じこもりたかったが、ディアベル達との約束をすっぽかすわけにもいかないし、ちゃんと彼に伝えなければいけない事もある。この考えはまだジークにも言っていない。

 頬の熱を冷まそうと噴水の水で顔を洗う。水面に儚げな黒髪の少女が僕を見つめ返してくる。

(僕はコートニー。今の僕は男子中学生じゃない)

 自分の姿を再認識する。そっと視線を動かす。水面にジークの優しい顔が映っている。

 昨日の夜、不安だった僕はジークと同じベッドで眠った。ジークは本当に紳士だ。優しく抱きしめるだけで何もしてこなかった。

 もし僕が逆の立場だったら、コートニーに襲いかかっていただろう。

 もし、昨日、ジークに襲われたら……許してしまったかもしれない。なにもかも。

 そう考えると、僕の中の男としての部分が寒気を覚えた。もう自分が訳が分からない。

「来たよ。ディアベルさんが」

 ジークの声で僕は体を起こし振り返った。

「やあ。昨日は大変だったね」

 ディアベルの微笑みが心に突き刺さる。

「もう、すごかったね!」

 さらにジンロの言葉で地に突っ伏したくなった。

「情報交換しましょう」

 落ち込んで言葉が出ない僕に代わってジークがディアベルに話しかけて迷宮区のマップデータを統合した。「ボス部屋は……」と問いかけるジークにディアベルがマップの一点を指差す。

「今日の十時に攻略会議をやるつもりだ。来てくれるよね」

 ディアベルが明るく尋ねる。

「はい」

 と、ジークが答えた時、僕はそれをさえぎった。

「いえ。攻略会議には出ません」

「「え?」」

 ディアベルとジークの驚きの声が重なる。

「ごめんなさい」

 僕は深々と頭を下げる。「ジークはまだ、回線切断してないんです。いつ切れるかわからない。そんな状態でボス攻略なんて……。ううん。フィールドには出れません」

「私は大丈夫だよ」

 ジークはふんわりと笑った。

「僕が駄目。ジークの回線がいつ切れるかハラハラしながら戦うなんて……。こんな気持ちじゃ戦えない」

 僕はジークの顔を見ずに言った。見たら、変な言葉を口走ってしまいそうだ。

「こうするのはどうだろう?」

 ディアベルが少し考えて顎に手をやりながら言った。「ジークリードさんは回線切断が起きるまでこの町で休む。そうすれば安全だ。コートニーさんは俺たちとボス攻略」

「私はそれでいいですよ」

 ジークは頷く。

「それは駄目! 絶対、駄目! とにかく駄目!」

 僕はジークの言葉に駄目を三回上書きした。

「コートニーさん。今、俺たちは一人でも多くの力が必要なんだ」

 ディアベルが熱く語った。「はじまりの街で待っている人たちがこの第一層の攻略を心待ちにしている。力を貸してほしいんだ」

「ごめんなさい。でも僕は決めたんだ」

 僕は再び頭を下げる。

 気まずい沈黙が僕たちの間に流れた。

「コートニーちゃん。昨日、どんぐらい回線切れてたの?」

 その雰囲気を壊したのはジンロの軽い声だった。

「一時間五五分ぐらいまでは覚えてるんだけど……そのあとパニクっちゃって」

 今、思い出しても怖さがよみがえってくる。

「うわー。ギリじゃんか」

 ジンロが渋い顔をすると、ディアベルのパーティー全員が六人六様に渋い表情をした。みんなすでに回線切断を経験したらしい。

「あんな場所に二時間近くも……」

「馬鹿、二時間切れたら脳を焼かれんだぞ。それどこじゃねーだろ」

 わいわいとパーティーメンバーがざわめく。

「じゃあ。残念だけど」

 ディアベルは本当に残念そうに言った。「気が向いたら来てくれ」

「行かない」

 きっぱりと僕は言った。「でも、ボス戦がんばって! ディアベルさんなら勝てるよ」

「もちろんさ!」

 ディアベルは笑顔で僕に拳を向けた。僕もその拳に拳で応える。

 こつんとあたった二つの拳は離れてひらひらと舞った。

「じゃあ! 次は第二層の迷宮区で会おう!」

 ディアベルは手を振って街の中央通りに向かって歩き出した。

「第二層のボスは僕が倒すからね!」

 僕はディアベルに手を振りかえしながら叫んだ。

 ディアベル達を見送って、僕はジークに視線を戻した。

「私の事は気にしなくていいのに。ボスと戦いたかったんでしょ?」

 ジークは困った顔をして僕を見た。

「ボスなんかどうでもいい」

 僕は言葉をそこで区切って、唾を飲んだ。よし、言おう。自分の気持ちを! 僕は気合を込めながら言葉を続けた。「すっごい、恥ずかしいんだけど、言うね!」

「う、うん」

 ジークは僕の気合に気圧されながら頷いた。

「回線切断の後、最初にジークの顔が見えた時、とてもうれしかった。だから、ジークが回線切断後に最初に見る顔は僕でありたいんだ。だからしばらく、一緒に……」

 僕はそう言った後、身体全体が熱くなった。ものすごく恥ずかしい。ジークの顔を見る事が出来ない。僕は地面を見つめた。

「ありがとう」

 ふわりと暖かい空間が僕を包んだ。目の前に現れるハラスメントコードの画面を無視して、僕はその空間に身を委ねた。

 本当に……あったかい……。




リア充め! 末永く爆発しろ!#!#$!$#”%$”&”&

すみません。取り乱しました。
激甘すぎて目が腐りそうです。

青い画面、仕事していたころを思い出しました。ブルースクリーン。今でも大嫌いです。

ここまではしっかりと頭の中にストーリーができていましたが、今後のストーリーはいまいち固まりきっておりません。
更新ペースが落ちると思いますがどうか、お見捨てなきようorz

ディアベルはん。なんで死んでしまったん?orz

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