2024年の幕開けを私たちはソードアート・オンラインの中で迎えた。
去年の年明けはこのデスゲームが始まってから2カ月という事もあって、誰もが必死で新年を祝うなんて余裕はなかった。しかし、今年は心理的に余裕ができたせいかプレイヤーの多くが新年の訪れをイベントとして楽しむようになった。人間というのは順応能力が高く、どんな状況でも楽しみというものを見出す生き物なのかもしれない。
事件がなければ本当に明るい年明けを楽しめただろう。だが、そうはならなかった。少し意味合いが異なるが内憂外患といった表現が近い。
内憂というのはラフィンコフィンがついに本格的に牙をむいた事だ。
初日の出を観光スポットで迎えようとしていたパーティーが12月31日の深夜、ラフィンコフィンのメンバー30人に殺害されたのだ。いくつものパーティーが次々と襲われ、たった1日で30名以上が犠牲となった。
普通、皆殺しになってしまえば誰にも犯人は分からない。なにしろ死体が残らないのだ。だが、ラフィンコフィンのPoHは映像記録結晶でこの殺害の模様を記録し、主だった情報屋に送りつけたのだ。その映像はあまりの残忍さに見る者を戦慄させたという。
情報屋たちはすぐに連絡を取り合い、システム上には存在しない≪レッド≫属性のギルド殺人集団≪ラフィンコフィン≫への注意を促す号外を発行した。
ラフィンコフィンをすみやかに討伐すべし!
攻略組で積極的にそう主張したのは聖竜連合だった。大みそかの事件でギルドメンバー二人が巻き込まれていたのだ。
聖竜連合、血盟騎士団など攻略組は連名で情報屋にラフィンコフィンのアジト探索と構成メンバーの洗い出しを依頼した。
デスゲームから抜け出すという大目標に向かって、私たちプレーヤーは力を合わせてぶつかるべきなのに……。私たちはプレーヤー同士の殺し合いという、まったく実にならない行為に新年早々足を引っ張られることになってしまったのだ。
一方、外患と言うべきはこの第50層のボスモンスターだ。
年末に第49層を攻略。15日にはボス部屋を特定したのだが第50層のボスが強力だったのだ。お寺の本堂のようなボス部屋は狭く50人ほどしか入れず、金属製の仏像のようなモンスターは装甲値が異常に高く強攻撃をクリティカルヒットさせてもヒットポイントバーがほとんど減らなかったのだ。
そんな情報を偵察部隊から受け、昨日、攻略会議が開かれたのだが……。
「なんなの? それ」
コーが憤りを隠さずに声を荒げた。
「どうもこうもないわ。今、言った通りよ」
アスナがため息まじりにコーに答えた。
ボス部屋が狭く、今回は攻略組全員が入れない。そこで二つのチームに分けられたのだが、血盟騎士団が第2陣に回されてしまったのだ。
「聖竜連合の嫌がらせか?」
ゴドフリーが苦々しい表情を浮かべた。
「まあ、彼らのお手並み拝見と行こうじゃないか」
ヒースクリフが口元に笑みを浮かべながら言った。彼はアスナと共に昨日の攻略会議に参加していた。それほど我が強い人ではなく大人の対応ができる人だから力強く主張はしなかったのだろう。
「そういうわけで、第1陣が聖竜連合6パーティー36人、風林火山1パーティー6人、その他ソロ8人。私たちは第2陣」
アスナは面白くなさそうに陣容を告げた。
「自分たちでカタをつけて、自分たちこそが最強ギルドだって言いたいのかな」
プッチーニが鼻を鳴らして肩をすくめた。
「偵察隊の話を聞く限りそう簡単にはいかないと思うがね」
ヒースクリフが相変わらず美しいテノールの声を響かせた後、力強く言葉を続けた。「必ず我々の出番があるはずだ。我々は最強ギルドなどという称号はいらない。解放の日のために戦うのみだ」
「おう!」
ヒースクリフの言葉にゴドフリー達数人が力強く答え、全員が頷いた。
「じゃあ、出発しましょう!」
アスナの声に全員が立ち上がり敬礼を返した。
「うー。狭い狭い」
セルバンテスが大きく伸びをすると、その手が私にあたった。「わざとじゃないよ」
「いいですよ」
私はクスリと笑った。
確かにセルバンテスが言うようにこのブリーフィングルームは手狭になってきた。
ここにギルドハウスを移した時に25名だったメンバー数は現在40名近くになっている。もう少しこのまま行けそうだが、60層辺りに到達するころには新たなギルドハウスを用意した方がよさそうだった。
今回の血盟騎士団の陣容は5チーム、30人。いつものヒースクリフ、アスナ、ゴドフリーに加え、プッチーニとアカギがパーティーリーダーとして指揮を執る。
アカギは元々別の攻略組ギルドを率いるギルドマスターだったが、ヒースクリフに憧れてギルドごと血盟騎士団に合流した。今後はこのようにヒースクリフを慕って小規模の攻略組ギルドが合流していくことが多くなるのかも知れない。
第1陣がボス部屋に突入してから4時間が経過した。
レンバーが率いる聖竜連合を中心とするボス攻略第1陣は防御力の高さに苦労しながらも大きなダメージを受けることなく仏像型モンスターのヒットポイントを削っていった。
見かけは鉄製の地蔵のようだ。穏やかな顔をしていているが攻撃はなかなか凶悪だ。錫杖を振り下ろすと周囲2メートルほどに火炎ダメージを与えてしばらく麻痺状態に陥るようだ。そして、偵察隊の報告通り強攻撃をクリティカルで与えてもヒットポイントバーが減っているのか確認できないという規格外の硬さだった。それでも、4時間という時間をかけて4本あったヒットポイントバーも最後の1本がそろそろ赤に染まろうとしている。
盾戦士を2重構成にしてポーションローテーションをうまく回しながら、風林火山をタイミングよく飛び込ませダメージを与えていくレンバーの指揮ぶりは安心して見る事が出来た。
「これじゃ出番がないかも知れないね」
私は面白くなさそうにボス部屋の戦闘を見つめるコーに話しかけた。
「ただ硬いだけのボスなんてつまんない」
コーは唇をとがらせた。
「何もないのが一番だよ」
負けず嫌いのコーが可愛らしくて思わず口をほころばせながら、彼女の肩を叩いた。
ボスからもらえるアイテムや経験値が入らないのは悔しいが、危険な思いをせずに済むならそれもいいと私は思った。
「でもさ、このまま終わったら拍子抜けだよね。第25層のボスだけが突出して強かったなんて事になるじゃない?」
コーは首を傾げながら私を見上げてきた。
「団長が言ってた25層ごとに強力なボスモンスターがいるという説?」
私はコーからヒースクリフに視線を移した。ヒースクリフは悠然とボス部屋の中で行われている戦闘を見つめていた。ふいに彼の表情が変化した。
「ジーク! あれ!」
コーの声であわてて私はボス部屋に視線を移した。
ボスのヒットポイントが赤に染まった途端、風林火山が陣取っている場所の後ろの壁に光が凝集していた。あれはモンスターが現れる前兆だ。
「クラインさん! テンキュウさん! 後ろ!」
思わず私は叫んだが、声が届かなかったようだ。風林火山のメンバーの視線はボスモンスターに向けられている。
轟音が響いた。
風林火山の背後の壁が粉々に砕け散ったのだ。そこから禍々しい姿の三面六臂姿のモンスターが現れた。5本のヒットポイントバーと共にその名前が明らかになる。
「阿修羅王……」
コーが現れたモンスター名を読んで絶句した。
阿修羅王は6本の腕それぞれに異なる武装を手にしていた。刀、斧、メイス、バジュラ、チャクラムは二つ手にしてる。
「戦闘準備!」
アスナの鋭い声が響き、全員が抜刀して突入のタイミングを計るため、そして阿修羅王の攻撃パターンを見定めるためボス部屋を見つめた。
阿修羅王が憤怒の表情で雄叫びをあげるとチャクラムを頭上で打ち鳴らした。まるで銅鑼のような音がボス部屋に響いた。3度目の音が響いた時、ボス部屋全体に電撃エフェクトが駆け抜けた。
ボス部屋にいた全員のヒットポイントバーが1割ほど減少し麻痺状態のマークが点滅した。
そこへ容赦なく阿修羅王の6本の腕から攻撃を繰り出した。前衛の盾戦士に刀や斧、バジュラで切り上げ、メイスで叩きのめし、チャクラムが後衛の打撃部隊を粉砕する。たちまち前衛と後衛の数人がポリゴンを散らした。
「うわああああああ!」
「転移! コラル!」
「転移! タフト!」
悲鳴があがり命の危険を感じて一人が転移結晶を使うと、次々と追随する者が出て一気に戦線が崩れた。
「そんな……」
私は絶句した。
「助けなきゃ」
コーが槍を握りしめ今にもボス部屋に飛び込もうとした。その彼女の肩を叩いたのはヒースクリフだった。
「コートニー君。炸裂弾はいくつもっているかね?」
ヒースクリフは落ち着いた口調でコーに問いかけた。この状況でもまったく動揺していないようだ。
「5つです」
コーがアイテムストレージを確認しながら返事をした。
「ふむ」
鼻を鳴らすように息を漏らすと、ヒースクリフは顎に手を当てた。「どうやら、阿修羅王はチャクラムをぶつけることによって部屋全体に麻痺攻撃を繰り出すようだ。予備動作の時に≪メテオシャワー≫で攻撃してくれ」
「メテオシャワーで?」
コーが小首を傾げた。
考え込むのも無理はない。メテオシャワーはダメージエフェクトこそ派手だがほとんどダメージを与える事がないのだ。
それでもコーが炸裂弾を持っているのはPK対策だ。派手なエフェクトとわずかばかりのノックバックがPKをひるませる。その隙に逃げたり、追いつめたりと先手を取る事が狙いだ。
「わずかなダメージでも弱点にヒットすれば麻痺攻撃をキャンセルできるはずだ。弱点にヒットした時のエフェクトを確認するのだ。そうすれば……」
「次からはそこを狙って!」
コーはヒースクリフの言葉を引きついで表情をぱっと輝かせた。
「そういうことだ」
ヒースクリフはニヤリと微笑んで頷いた。
「団長とゴドフリー、アカギの3パーティーで阿修羅王のタゲ取りして、私たちは全員を助けましょう。プッチーニはあの鉄地蔵を抑えて」
「おう」
ゴドフリーが雄々しく返事をして、ヒースクリフとアカギ、プッチーニは頷いた。
「さあ、私たちの力を見せる時よ! 突入!」
「おお!」
こうして血盟騎士団の戦いが始まった。
私たちはボス部屋に突入するとすぐにレンバーや聖竜連合の幹部たちを回復させた。私もコーも彼の事があまり好きではないが、このボスを倒すためにも聖竜連合の統制を取り戻してもらう必要があった。
私たちはレンバーたち聖竜連合の幹部数人を麻痺状態から回復させて言葉も交わさず、すぐに風林火山にむかった。
「奥にも!」
コーが阿修羅王の向こう側に視線を向けながら叫んだ。そこには突然現れた阿修羅王によって奥に追いやられて麻痺で倒れこんでいる者が数人いた。
「任せて!」
アランが声をあげると最短コースの阿修羅王に向かいながら走った。
「お願い!」
アスナが声をかけるとアランは親指を立ててニヤリと笑うとその姿がかき消えた。
隠蔽スキルで姿を隠したのだろう。恐らくその後、忍び足スキルで最短コースを突破するつもりなのだろう。あちらはアランに任せて大丈夫だ。
私は視線を戻してクラインに駆け寄った。
「しっかりしてください」
私はクラインに解毒結晶で麻痺から回復させ、回復結晶でヒットポイントを全快に戻した。
この間にコーもテンキュウを回復させていた。
「すまねえ、このお礼はいつかするぜ――」
クラインは床に落としていたカタナを握りしめてニヤリと笑った。
「「――精神的に」」
クラインの言葉に私も言葉を重ねると、お互いにクスリと笑って拳と拳をぶつけた。
戦いはこれからだ。
ぐおおおおおお!
阿修羅王の雄叫びが聞こえた。
「コー!」
アスナの声が響いた。
「了解!」
コーは振り返りざまに炸裂弾を放った。阿修羅王の頭上で炸裂弾が花開き、光り輝く雨を降らせた。
阿修羅王の全身がダメージエフェクトでまばゆい光に包まれ、身体を硬直させた。これでチャクラムを打ち鳴らす麻痺攻撃はキャンセルされたはずだ。
弱点――弱点はどこだ?
私とコーは阿修羅王のダメージエフェクトを見つめ、他と違う個所を探した。
「頭か」
コーが小さく呟いた。
阿修羅王の正面の顔の裏側、側面の顔と顔の間に他とは明らかに違うダメージエフェクトが輝いていた。位置が高い。あんな場所に攻撃をヒットさせるにはコーのような投擲かアスナのような軽装の戦士でないと届かないだろう。
「KoBが阿修羅王を支えろ。その間に鉄地蔵を倒す!」
あくまでも上から目線でレンバーが指示を出した。
「まじかよ」
マティアスが都合がいい指令に舌打ちした。
「プッチーニ! そっちはDDAに任せてゴドフリー隊のフォローに回って」
アスナは一瞬何かを呟いた後、プッチーニに指示を出した。
「了解!」
「アスナ、怖いよ」
コーが口元に笑みを浮かべてアスナを見た。恐らく、アスナの呟きが聞こえたのだろう。
「あら、聞こえたの?」
アスナはクスリと笑った。「さあ、わたしたちはわたしたちにしかできない事をやりましょ」
「うん」
コーもアスナに笑い返してスリングに炸裂弾をセットした。
「わたしたちはアカギ隊のフォローに入る!」
「了解!」
さすがに手練れぞろいの攻略組だ。初見の阿修羅王の麻痺攻撃でダメージを受けたが、戦線を見事に立て直した。
阿修羅王の麻痺攻撃はコーの炸裂弾に抑え込まれていたが、炸裂弾がなくなってからは攻撃を時々はじかれ麻痺攻撃を受けてしまう事があった。
ほぼ全員が麻痺の状態に陥ってもただ一人、もろともせず戦い続ける男がいた。ヒースクリフである。彼の防御力には以前から定評があったが、麻痺攻撃のような阻害攻撃への抵抗力も段違いである事を見せつけた。
ユニークスキルの≪神聖剣≫を振るって、全員が麻痺状態で攻撃も防御ができない間、たった一人でその攻撃を受けきった。この戦いぶりは彼の伝説に新たなページを書き加えることになるだろう。
この阿修羅王の防御力も鉄地蔵並みに高く、ヒットポイントを削る事に苦労したが、ヒースクリフの活躍によって死者を出すことなく乗り切る事が出来た。
阿修羅王のヒットポイントバーが残り数ドットとなった。
「全員、突撃!」
レンバーが叫ぶと、後方に控えていた交代部隊も突入して一気に攻めまくった。
そんな中、コーが数歩下がって鉄球をスリングにセットした。ラストアタックを狙っているのだ。
(行け! コー!)
私は心の中で声援を送った。
コーの頭上でスリングが回転し光り輝いた。
「行けえぇ!」
コーが気迫のこもった声をあげて、鉄球を阿修羅王の弱点に向かって放った。
同時にソードスキルで剣を輝かせて垂直に飛び立つ者がいた。黒の剣士――キリトだった。
コーの鉄球とキリトの≪ソニックリープ≫が阿修羅王の弱点に命中したのはほぼ同時だった。
阿修羅王は苦しそうな絶叫を残して爆散した。
『Congratulations!!』の表示の中、ほとんど全員がその場にへたり込んだ。聖竜連合など第1陣が戦闘を始めてから7時間だ。第2陣として突入した私たちも3時間ほど気が抜けない戦闘をしてきたのだ。精神的にも体力的にも限界だった。
そして何より、第25層以来の死者が出てしまったのだ。しかし、前回と違って私たちが直接知っている者で死んだ者はいない。これは幸いというべきなのだろうか? 命に違いはないはずなのに私はほっとしている。無意識のうちに命に格付けをしているのか。そんな事、あってはならない事なのに……。
暗い考えに囚われそうになった時、コーの叫び声が聞こえた。
「あーっ」
コーは頭を抱えながら後ろに倒れ込んだので、私はあわてて駆けつけてその身体を支えた。
「大丈夫?」
「ラストアタック取れなかった」
私の腕の中で悔しそうにコーが呟いた。
と、いう事は……。私はキリトに視線を向けた。
キリトは右手を握りしめ満足げな表情を浮かべていた。どうやら、彼がラストアタックボーナスをゲットしたようだ。
キリトは入手したアイテムを確認しながら次の層につながる扉を開けた。その後をエギルが追いかけながら言葉をかけていた。ほんの少し、キリトの口元に笑みが見えた。
(よかった……)
あのクリスマスの日、絶望のどん底に見えたキリトだが、徐々に人間らしさを取り戻しているようだ。
「血盟騎士団、集合」
アスナが凛とした声で全員を集めた。「厳しい戦いだったけど、今回も誰一人欠けることなくボス戦を終える事が出来ました。みんな、お疲れ様!」
「コートニー君のメテオシャワーが効果的だったな」
ヒースクリフが笑みを浮かべながらコーを褒めあげた。
「でも、途中で炸裂弾切れちゃったから、みんなごめんね。こんな効果があるんだったらもっと用意しておくんだった」
コーは頭を下げた。
「いいって、いいって」
アランがにこやかに笑った。
「じゃあ、明日はいつものようにオフとします。解散」
アスナの言葉に全員が敬礼をした後、ばらばらと次の層への扉に向かって歩き始めた。
「ジーク」
コーが笑顔で私の左腕を抱いた。「今日もナビよろしく!」
「はいはい」
私はコーが転ばないようにゆっくりと歩き始めた。
コーは私の腕を抱きながらメインメニューを開き、ボス戦で獲得したアイテムの確認を始めた。
「ジーク!」
第51層の主街区に入った時、コーが驚きの声をあげた。
「どうしたの?」
私は立ち止まってコーに微笑みかけた。
「これ!」
コーがアイテムを実体化させた。
それは阿修羅王が手にしていたバジュラにそっくりだった。刀身は赤く輝きうっすらと炎をまとっているように見え、柄の部分には竜が彫り込まれている。
武器鑑定スキルは二人とも持っていないが見ただけで相当な業物だと理解できた。
コーからそれを受け取るとその重さに驚いた。
「すごい……」
私はその剣を装備してソードスキルの≪スラント≫を乗せて振り下ろしてみた。装飾過多な柄なのになぜか手にしっくりとなじんだ。
「あとでリズに鑑定してもらお!」
「うん!」
私はアイテムストレージにその武器を片づけた。
「やっと、半分まできたね」
コーがまだアクティブになっていない第51層の転移門を見つめながら言った。
「そうだね」
私は頷きながらコーの横顔を見つめた。
やっと半分だけど、もう半分という気もしなくはない。ここまで来るのに1年と2カ月かかっている。この先、攻略のペースは落ちるかもしれないが2年かかる事はないだろう。
第100層を突破した時、このゲームはクリアされる。茅場の言葉が本当であるならその時に生き残っている人たちはこの世界から解き放たれて現実世界へと帰る。
その時が私とコーの永遠の別れの時だ。
私はコーとずっと一緒にいたい。でも、ゲームがクリアされたらそれができなくなる。もしこの先、二人とも生き残って第100層のボス部屋の前に立った時、私はどうするのだろう。コーや他の全プレーヤーのためにはゲームクリアのためにボスと戦わなければならない。しかし、コーと一緒にいるためにはゲームクリアをしてはならない。
(このゲームがずっと続くように陰で妨害すればいいのかも知れない。例えば、ラフコフに手を貸すとか……)
そんな考えが浮かんで私は戦慄を覚えた。
私はひどい女だ。コーと一緒に過ごすためにこんな事まで考えてしまうなんて。
コーに突然頬をつねられて、私は我に返った。
「何考えてるの?」
コーの笑顔が私の心を明るく照らした。
「ごめん」
反射的に私は謝った。
「どうせ、すごい先の事を考えてたんでしょ?」
コーはクスリと笑って私の左手を取った。「その前にやる事がいっぱいあるでしょ!」
「え?」
「この主街区の武器屋、道具屋めぐり! いいアイテムあるかもよ!」
コーが私の手を引っ張って走り出そうとした。私は強引にその手を引っ張りかえして彼女を後ろから抱きしめた。
「コー。ありがとう」
私は耳元で囁いた。
「うん……」
コーは私の手にそっと手を重ねた。「考えるのはいいけど、あまりつらそうな顔をしないで。僕もつらくなっちゃうから」
「ごめん」
「あとさ……」
コーは頬を赤く染めうつむいて怒った口調で言った。「どうしてよく考えるのに、こういう時、周りの目がどうなるかって考えないの?」
「あ……」
コーの言葉で周りを見ると、血盟騎士団のメンバーがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
一瞬のうちに顔が爆発するほどに熱くなった。めちゃくちゃ恥ずかしい。穴があったら入りたい。
当面できる事は……。
「行こう!」
私はコーの右手を取って走り始めた。
後ろから血盟騎士団メンバーの笑い声と冷やかしの言葉が聞こえた。
振り向くとコーの明るい笑顔が視界に飛び込んできた。
私はその笑顔を見て自分の幸せよりコーの幸せを考えるべきだと思った。彼女を現実世界に帰してあげたい。それは私のどんな欲求よりも優先されるべきだ。
「まずは武器屋!」
笑顔でコーの腕をぐいっと引っ張り肩を並べて走った。
「うん!」
そんなコーの輝く表情を私は心に焼き付けた。いつか別れの日が来る。けれど、それまで悔いがないように過ごそう。
私はコーと一緒に笑顔で人影が少ない街を走った。
ラフコフさん、本格稼働です。
もう少しでジークリードさんがダークサイドに堕ちるところだったのに惜しかったです(マテ)
裏設定のいろいろ~
手に入った武器は≪倶利伽羅剣≫(くりからけん)でした。不動明王の剣をなんで阿修羅が持ってんだよ!っていうツッコミはしない方向でお願いします。orz
当然ながらキリトさんのラストアタックでゲットしたエリシュデータより数段劣る剣です。後日、キリトがへし折る事になるリズベットの最高傑作程度の能力です。でも、ゴライアスソードで戦うのは限界が来ていたのでちょうどいいらしいです。
パーティーメンバー入れ替え。
コートニーとジークリードの結婚に伴い、ジークリードがアスナの下に異動しました。アイテムストレージが共通化されたためです。ゴドフリーはジークリードを手元に置いときたかったようですが、アスナの副団長権限発動で奪われてしまいました。
プッチーニさんがパーティーリーダーに昇格。攻守に安定感がある指揮で貴重な戦力となっています。
アカギさん。ざわ…ざわ…。きっと10年後も愛読書としているファンがいるハズっ! そうじゃなくって、小規模攻略組のギルドマスターでしたが、ヒースクリフにあこがれてギルドごと合流しました。
ヒースクリフさん、まじチート。
阿修羅王の麻痺攻撃をキャンセル。全員が麻痺でビクンビクンしている間、たった一人で攻撃を受けきる神聖剣はまじチート。
ゲームクリアまでの残りカレンダーは10か月です。終わりがだんだん見えてきました。
あと、5から7話ぐらいでしょうか。このペースだと来年の1月か2月に決着がつきそうですね。