ヘルマプロディートスの恋   作:鏡秋雪

11 / 32
第11話 心の小石【コートニー5-1】

 僕の右手とジークの左頬がはじけて『パーン』と乾いた音を街に響かせた。その音にちょっと離れた場所にいた血盟騎士団の全員がこちらに視線を向ける。

 僕は昔から人付き合いが下手だった。小学生の頃は≪キレ王子≫とか呼ばれてた。とにかく思い通りに行かなければキック、パンチ、ヘッドバット、唾飛ばし、噛みつき、もう何でもやった。教室の窓からイスやケンカ相手のランドセルを投げ捨てたのは一度や二度じゃない。さすがに中学生になってからは多少落ち着いたけど、≪瞬間湯沸かし器≫などと言われるほど気が短いのは今も変わっていない。

 僕はただジークと一緒にいる時間をなくしたくなかったのに、なんでジークはこんな事を言うのだろう。ジークが思い通りになってくれない事が許せなかった。なぜ分かってくれないのだろう。僕にとってジークと一緒にいる時間が一番で、攻略とかレベル上げとかはおまけみたいなものなのに。

 そういえば、聖竜連合のレンバーとジークが話をしてから、彼の態度がおかしかった。きっと何か言われてジークなりに考えた結論なのだろうけど、こんなのは受け入れられなかった。

「わかった……」

 僕はジークに背を向けて歩き出した。「もう、ジークリードなんて知らない」

 わざと『ジーク』ではなく『ジークリード』って呼んでやった。それだけ怒っているんだぞっていう事を示したかったのだ。

「コー! 血盟騎士団をやめるつもり?」

 ジークの焦った声が後ろから聞こえた。

「血盟騎士団はやめない。けど……」

 ジークの焦った声がなぜか僕の心に火をつけた。

 強くなれって言うならなってやる。けどその前に、どれだけ僕が怒っているか分からせてやる。

 僕はメインメニューを操作して、ジークをフレンドリストから削除して、さらにブロックリストに入れた。これでもうジークの声は聞こえない。

 もう、謝罪の言葉なんて聞いてやるもんか。でも、二、三日したらブロックリストから解除してあげよう。ずっとブロックリストに入れたままにするのはさすがにかわいそうだし。そのころにはきっと僕の頭も冷えているだろう。

 多分、後ろで呆然としているだろうジークの顔を想像して僕は少し溜飲が下がった。

 けれど、しばらくして戻ってきたジークは笑顔を浮かべていたのでさらに僕は不機嫌になった。おかげでジークの左腕を掴んでいなくても誰も僕に話しかけてこなかった。

 

 

 

 迷宮区に入って、僕たちはアスナの指示で二つのチームに分かれた。

 Aチームはゴドフリーがリーダーでタンクのジークリード、プッチーニ。槍使いのセルバンテス。

 Bチームはアスナがリーダーでタンクのマティアス、マリオ。短剣のアラン、そして僕。

 僕とジークを別々にしたのは正解だろう。今の僕だったら彼のヒットポイントがレッドになってスイッチするところを妨害するぐらいはやるかもしれない。もちろん、殺す気はないけれど。

「では、また夜九時に集合しましょう。出発」

 アスナは凛とした声で命令を下した。

 二手に分かれて迷宮区のマッピングは始まった。

「コートニーさん。あなたの武装は、スリングと槍だったかしら?」

 アスナが肩にかかった栗色の髪を払いのけながら聞いてきた。そんな仕草ひとつにも気品が感じられる。にわか女子の僕とは大違いだ。

 ふつふつと怒りが湧いてくる。もとはと言えばこいつが『私たちはデートで迷宮区に行くわけじゃないのよ』なんて言わなければジークとケンカにならなかったのだ。

「はい」

 自然と怒りがこもった声でアスナに答えた。

「じゃあ、今日は槍にしてください。スリングは使わないで。効率が悪いですから」

 僕に有無を言わさない口調でアスナは言って、優雅に身を翻して先頭を歩き始めた。

 その後、何度かモンスターと遭遇したが、アスナの戦いぶりは見とれてしまうほど見事だった。華麗なステップで敵のブレス攻撃をかわし、目にもとまらない刺突攻撃で次々と敵を葬る。ジークとゴドフリーのデュエルに割り込んだ時のスピードといい、閃光の二つ名は伊達ではないというのを実感させられた。

 

 

 

「結構いるよ。ヘル・アリゲータが10。サラマンダーが5とラヴァ・ウルフが8……。うわ、ファイヤーアストラルも2いやがる」

 短剣使いのアランが索敵スキルでモンスターの数をアスナに報告した。

 アスナはマップを呼び出して考えている。

 戦って勝てない相手ではないとは思う。ただ、ここが湧きポイントだとすると倒しているうちに次のモンスターが湧き、無限の相手と戦うような事態になるかもしれない。やるならリポップする時間を与えないぐらいの短時間に敵を全滅させなければならない。

 迂回するのもありだが、迷宮区のマッピングが遅れてしまうし、万が一この先に次のフロアに続く階段などあったら目も当てられない。

「あの……副団長」

 僕はじっと考えているアスナに話しかけた。

「何?」

 マップデータから視線を僕に移して、アスナはうるさそうに睨みつけてきた。

「スリングを使わせてくれれば、一気に突破できるかも……」

「できるの? できないの? はっきり言ってもらえないかしら」

 イライラした口調でアスナが詰問してきた。本当に嫌な女だ。

「手伝ってくれればできます」

 アスナの視線に負けないぐらいに僕は睨み返した。

「ちょ、ちょっと二人とも……」

 アランがおろおろと交互に僕とアスナの顔を見ている。こんな険悪な雰囲気では仲裁に入ろうとしても入れない。そんな感じだった。

「話を聞かせて。できるかどうかはわたしが判断します」

 アスナは腕を組んで言った。まるで出来の悪い生徒の発表を採点しようという雰囲気だ。

 ここでひるんではいられない。僕は作戦を説明した。

 

 

 

 僕はスリングを回し始め、投擲スキルによって青白く輝いた。そして、射程距離ギリギリにいるファイヤーアストラルに狙いをつけて石を投げつけた。

「フオオオオン」

 石は見事に命中し、ファイヤーアストラルは怒りの雄叫びを上げてこちらに向かってきた。その後を追ってモンスターの一団が追いかけてくる。

 僕は机によって幅が狭められた場所を走り抜ける。タンクのマティアスとマリオがその通路をふさいでモンスターの前に立ちふさがる。

「ファイヤーアストラルのタゲ取りは確実にお願いします」

「了解」

 僕の指示にマティアスが頷き、マリオが短く「ヤー」と答えた。

「副団長とアランは二人のヒットポイント回復とフォローを」

 打ち合わせはしてあったからわざわざ指示の必要はなかったかも知れないが念のため僕は言った。

「わかった」

 アスナとアランは短く答えてマティアスとマリオの後ろに立った。

 僕はあらかじめ床に積み上げておいた握りこぶしよりやや小さい鉄球を二つ手に取ってスリングにセットした。

「じゃ、行きます!」

 僕はスリングから鉄球を解き放った。二つの鉄球は僕の思い描く軌道をそのまま走って次々にモンスターたちにダメージを与えた。休む間もなく次の投擲動作に入る。

 投擲スキルの数少ない剣技。≪ダブルショット≫と≪ペネトレーションアタック≫を組み合わせた攻撃だ。鉄球を使うことによって軌道上のモンスター全てに貫通攻撃が可能になる。大量に湧くモンスター相手には非常に効果的だ。しかし、鉄球自体が鍛冶による生産物で決して安くないために使いどころが難しい。普通の場面で使ったら赤字間違いなしだ。

 僕はほぼ均等にモンスターたちのヒットポイントをレッドゾーンに落とし込んでいった。その間、僕自身もスイッチの指示や、ファイヤーアストラルがターゲットを机に変更し壊れかけたバリケードの後方に机を追加して崩れないように処置したりと結構忙しく走り回った。

「よし! 全員で一気に倒してください!」

 アスナ、アラン、そして僕はバリケード役の机をどかすと瞬く間にモンスターたちにとどめを刺していった。一分の間にレッドゾーン状態のモンスターすべてを倒し、リポップする前に湧きポイントを一気に走りぬけた。

 安全な場所で僕たちは足を止めた。

「投擲ってあんなことできるんだね。知らなかったよ」

 アランが笑顔で話しかけてきた。

「うん。でも、あれで1500コルぐらいの出費だからぜんぜん合わないんだけどね」

 僕はぺろりと舌を出して答えた。

「まじか。お高いのね」

 アランは首をすくめて驚いた。

「ネタスキルだからねぇ」

 と、僕が言った時、目の前にトレードメニューが現れた。マリオが僕に500コルを渡そうとしてくれていた。「あ。大丈夫。心配してくれてありがとう」

 マリオは無言で頷いてトレードをキャンセルした。

「コートニーさん。ありがとう」

 アスナが少し微笑みながら声をかけてきた。その顔の可憐さに僕の男としての部分が反応した。

(すごくかわいい!)

 まったく、男というのは単純で度し難い存在だ。女性の微笑み一つに心が動かされ、心臓が高鳴ってしまう。

「いえ。どういたしまして」

 僕はアスナにどもりながら答えるのがやっとだった。

「わたしは投擲の事は良く知らないから、何かあったら相談してちょうだい」

 一瞬のうちにアスナの微笑みは消え、いつもの副団長面に戻った。

「はい」

 あんなにいい顔ができるのに、もったいない。笑顔が増えればもっとこの血盟騎士団の雰囲気は明るくなるだろうに……。元に戻ってしまったアスナの硬い表情を見て僕はそう思った。

「さ、行きましょう」

 アスナがそう言うと、それぞれの言葉で返事をして、僕たちは迷宮区のマッピング作業を再開させた。

 

 

 

 夜九時になり、僕たち血盟騎士団は迷宮区内の安全地帯で合流した。

 アスナはゴドフリーとマッピングデータを統合すると何やら打ち合わせをしてから戻ってきた。

「夜の見張りの順番はわたし、コートニー、マティアス、マリオ。アランは今日は見張りなしで。いつもの通り二時間交代」

 アスナは必要な情報を過不足なく伝え、パーティーメンバーを見渡した。

「ラッキー」

 見張りから外れたアランは小さくガッツポーズをして微笑んだ。

「じゃあ、食事をしてポーション類の数が均等になるように調整しましょう」

「了解」

 マティアスは敬礼でアスナに応えた。

 僕たちはアスナの指示通りに食事をとり、ポーションの調整をした後、ベッドロールに入った。

 このベッドロールはアクティブモンスターへのハイディング効果がある。だからモンスター相手なら全員が寝てしまっても問題ないわけだが、PK対策として見張りを立てる必要があるのだ。

 今日は本当にいろいろあった。僕はあっという間に睡魔に誘われて眠りに落ちた。

 

 

 

「起きて。コートニーさん」

 体を揺さぶられ、目を開けるとそこには女神がいた。リアル世界でも十分にアイドルとして通用しそうな女性の顔が目の前にあって一気に目が覚めた。

「はい!」

 僕はビクンと体を起こした。

「静かに」

 アスナは口の前に白い指を立てて囁いた。「みんなが起きちゃうわ」

「すみません」

 僕はベッドロールから抜け出しながら謝った。

「じゃあ、見張り、よろしくね」

 そう言うとアスナはベッドロールではなく、迷宮区に足を向けた。

「どちらに?」

「睡眠前の運動……かな」

 アスナはそう言い残すと小走りで安全地帯から出て行った。

 時計を見るとちょうど零時だった。周りを見るとジークがセルバンテスと交代してベッドロールに入って行った。

 これから二時間見張りに立って、また眠って六時に起床だ。まるで軍隊だ。

 僕は索敵スキルを立ち上げてから二時間後にタイマーをセットして、横目でジークの寝顔を眺めてみる。もう、眠りに落ちてしまっているのだろう、けっこう可愛い顔をして寝ている。ほっとして思わず微笑みを浮かべてしまう。

 血盟騎士団に入っていなければ、今頃ジークと一緒に宿屋で寝ていたはずだ。一緒と言ってもツインの部屋でそれぞれのベッドで寝るだけだが、それだけで僕は満たされていた。

 僕の中学の生徒手帳には『男女交際は中学生としての節度を守ること』なんて書いてあるが、ジークと僕の関係はおおむねそんな感じだ。……多分。

 つい先日のボス戦の後ソファーでハグしたけど、それ以上の事はなかったし……。いや待てよ、これは男女交際じゃなくて男男交際? この場合の中学生としての節度ってどういうものになるんだろう。

 僕は自分が今着ている血盟騎士団の制服に視線を落とした。

 白をベースにして赤い十字のギルドシンボルがアクセントとなっている制服はとても清潔感にあふれている。胸のふくらみの向こうには膝上の赤いミニスカートが見え、さらに向こうには白のニーソックスが見える。

 ああ、自分は女の子だなと再認識した。

 この半年間、僕は男女共通の装備を好んで着ていた。そうしないと自分が本当に女の子になってしまいそうだったから。寝る時の服装もワンピースからズボンとTシャツに変更したし、フィールドに出る時も女性用のスカート装備など着たことがなかった。ベータテストの時は散々、可愛い系の服を収集していたのにも関わらず、このアインクラッドに閉じ込められてからは男っぽい服を着て過ごしてきた。

 それでも、走れば胸は揺れるし、股間のモノはないし、それ以外にも自分が女性になっていると実感する場面が多い。

 それにジークの存在が僕の中で大きく占めてくる。彼が好きだと強く認識したのはあの回線切断事件の時だろう。死を意識した時、ジークの顔しか思い浮かばなかったし、無事に戻ってきて彼の顔を見た時の感情は親友という枠を超えるものだった。それに、あの日の夜、ジークに襲われても構わないと思ってしまった。

 冷静な今考えると悪寒に似たものが背筋に走るが、あの時は本当にキスはおろかその先も許してしまいそうな勢いだった。それだけ、心が折れてしまうほどのダメージを回線切断で受けてしまったという事になるだろうが、その後も度々危うい場面があった。もしこの先、ジークが紳士を投げ棄てて迫ってきたら……。かなりやばいかもしれない。

 あの時、手鏡を捨てるんじゃなかった。そうすれば、そうしていたら――。

 僕は視線をジークに戻した。

 顔を見ているだけでほっとできる。彼のそばにずっといたいと思ってしまう。僕はかなり精神的にやられてしまっているかも知れない。ジークのために僕は女の子として生きて行った方がいいのだろうか。でも、それはジークを裏切る行為だからやるべきではない。でも、ジークと一緒にいるかぎりこの問題はつきまとう。でも、でも……。

 思考の迷路にはまりこんでいると、一緒に見張りに立っているセルバンテスがこちらを見て微笑んでいた。僕はあわてて視線をジークから外して安全地帯の入り口に目を向けて見張りを再開した。

 あれ? 中学の生徒手帳……? よく考えてみたら三月で中学卒業だった。それとも出席日数が足りなくて卒業できないのか? それにこの世界で校則なんて気にしても仕方ないのに何を考えていたんだろう。

 それにロクに女子と話をしたことがない僕が男相手に恋い焦がれるなんてもう、訳が分からない。

 僕はそこで結論が出そうもない思考を投げ捨て、見張りに集中する事にした。

 

 

 

 二時間が経って、見張りの交代の時間になった。僕は次のマティアスを起こした。

 アスナはまだ戻ってこない。睡眠前の運動とか言ってたけれど、いったい何時間運動するつもりなのだろうか。

 僕はギルドメニューからアスナの位置を確認した。この迷宮区にいるらしい。ちょっと、行ってみようか。

「コートニーさん。どうしたの?」

 マティアスが武装を整えて寝ようとしない僕を見て尋ねてきた。

「副団長の様子を見てこようかと思って……」

「邪魔しないようにね」

「邪魔?」

「スキル上げか、レベル上げしてると思うから」

 マティアスはメインメニューで見張りのために武装を整えた。

「そーそー。前、俺たちが行ったら『邪魔しないでよ』って視線で見られて萌えたわ~」

 プッチーニが自分の腕を抱いてうっとりとしていた。確か、セルバンテスを変態呼ばわりしてたが、このプッチーニもなかなかレベルが高い。

「うむ。あれは萌えるな」

 マティアスが恍惚とした表情でプッチーニの話に乗っかってきた。

 血盟騎士団はどうやらドMが多いらしい。だいたい、アスナが蔑んだ目でこちらを見たとしてどこに萌え要素が……。

 僕はその光景を想像してみた。栗色の長い髪をばっと翻し、汚物を見るような目で蔑んで『邪魔しないでよ』と言う副団長の姿。

 これは――萌える! 二人の萌えが理解できてしまう自分が悲しかった。もし、自分が男に戻されていたら、この二人と一緒に副団長萌えを温めあったかもしれない。

「そんなわけで、副団長の邪魔はしないでやってくれよ。機嫌が悪くなったらこっちの風当たりが強くなって大変だからさ」

 マティアスは肩をすくめて首を左右に振った。

「そこで萌えないとは、M度がたりねーな」

「俺はMじゃねぇ!」

「静かに」

 プッチーニのツッコミに大声で反応したマティアスに僕は唇の前に人差し指を立てて小さく言った。「みんなが起きちゃうよ」

 マティアスは少し頬を赤く染め、緊張した顔でこくこくと頷いた。

「じゃ、ちょっといってくるね」

 アスナが邪魔だと言うのなら引き下がろう。とりあえず、彼女のソロでの戦いぶりを見てみたかった。

「気を付けてな」

 プッチーニが手を振ってくれたので僕も振りかえして安全地帯から出た。

「今、俺のバーニングハートにズキューンってきたわあ」

 僕の後ろでマティアスがプッチーニに話しかけているのが聞こえた。

「ジークリードさんから寝取るのは無理だと思うぞー」

 あの二人、見張りの間ずっとあの調子なのだろうか? 周りの人を起こさなきゃいいけど。軍隊っぽい血盟騎士団の人間らしい一面を見て思わず僕の頬は緩んでしまった。

 

 

 

 安全地帯から五分ほど走った場所でアスナはファイヤーアストラルと戦っていた。

 剣舞のようなステップでファイヤーアストラルの攻撃をかわし、正確無比の剣さばきでヒットポイント削っていった。自分にはとてもできないだろう。多分、同じ動きをするには彼女よりレベル五ぐらい上回らなければ無理だろう。それぐらいのハンデを貰わないと彼女のような動きはできない。容姿だけでなくあのセンスと反応速度はまさに天賦の才と言えた。

 四連撃でとどめかと思われたが、わずかにファイヤーアストラルのヒットポイントが残された。アスナは冷静に通常打撃で残されたヒットポイントを奪って、モンスターをポリゴンのかけらに変換した。

「コートニーさん」

 ファイヤーアストラルを倒した後、僕の存在に気づいてアスナは声をかけてきた。「あなた、強くなりたい?」

「はい!」

 そりゃあ、強くなりたい。僕は頷いた。

「じゃ、一緒にやりましょ」

 アスナはなぜかため息をついて言った。嫌々なのだろうか? でも、あからさまな拒絶でもない。その意図はわからないが、とりあえず僕は槍を持ってアスナと共にレベル上げを始めた。

 

 アスナと組んでの戦いはジークと組んで戦う時とやり方がまったく違っていた。

 ジークと組む時は自分のヒットポイント重視で危険がないようにスイッチしていた。しかし、アスナと組む場合は違う。アスナの場合は打撃重視だ。自分の回復よりも短時間で倒すことに主眼を置いてスイッチしていく。

 アスナの細剣と僕の槍は同じ貫通系の武器なのでモンスターのAIに負荷(処理という意味ではなくモンスターの戦闘予測アルゴリズムを裏切るという意味だ)をかけて戦うというやり方は通用しない。しかし、スイッチのタイミングや戦い方はとてもしっくりくるものがあった。

 僕はかつてのベータテストで最初の二週間、盾持ち片手剣で戦っている頃を思い出した。その頃、僕は今でいう攻略組の一員として最前線で戦っていた。その頃、一人だけ気持ちよく組んで戦える奴がいた。クリシュナとかいう名前だったような気がする。いつの間にか顔を見せなくなって、僕も投擲にキャラを作り変えたからその後二度と会ってはいないが。

 その時のように僕は背中に目があるかのようにアスナの位置が分かったし、アスナの次の行動が見えた。アスナはどう思っているか分からないが、僕はとても戦いやすかった。ジークと組んで戦っている時とは違う安心感と高揚感、全能感に包まれながら僕はひたすら戦った。

「今日はこれくらいにしましょう」

 アスナがそう言った時、時計は午前四時を告げようとしていた。ほぼ二時間を休みなく戦い抜いたことになる。アスナに至っては四時間ぶっ通しだ。底知れない集中力に僕は驚いた。

「はい。ありがとうございます。結構、ラストアタックを譲ってもらっちゃってすみません」

 はるかにレベルの高いアスナが僕に合わせてくれている事にちょっと引け目を感じた。

 その時、僕の心にコツンと小石が当たった。なんだろうこの感じ。

「いいのよ。気にしないで」

 アスナは水筒の水をごくごくと飲んで、僕に水筒を投げてきた。「なんか、久しぶりに楽しかった」

「はい。僕も。すごく、気持ちよかったです。なんていうのかな……ぴたっとパズルがはまる感じ」

 そう言うと僕はのどの渇きに責付かれて渡された水筒を飲み干した。あ、これって間接キ……。

「うんうん。それそれ、そんな感じ。わかるわかる!」

 アスナは笑顔で心の底から楽しそうに言った。「あ、全部飲んじゃってもいいよ」

「ありがとうございます」

 僕は飲み干した水筒をアスナに返した。間接キスを意識してしまってちょっと頬が熱い。

「もし、よかったら、今夜も一緒にどう?」

「いいんですか?」

「もちろん!」

 アスナは弾む声で答えると、安全地帯に向かって歩き始めた。「じゃ、戻りましょ。一眠りして今日もマッピング、がんばろ」

「はい。副団長」

 その僕の言葉にアスナはばっと振り返った。

「アスナでいいよ」

 アスナは世の男性全てを溶かしてしまうような笑顔で言った。

「じゃあ、僕の事はコーで」

「わかった。でも、コーって呼んだら、ジークリードさんに嫉妬されちゃうかな」

 アスナはクスリと笑いながら冗談を言った。

「そんな事ないですよ」

 僕もアスナにつられてクスリと笑う。僕の中身はともかく、アスナと僕は外見上女同士だ。ジークが嫉妬するとは思えなかった。

「あー。二人の時は敬語もなしで! 肩こっちゃう」

 アスナは音楽の指揮者のように人差し指を立てて小さく揺らした。

「えっと、それは慣れるまで時間をください」

 なんといってもアスナは雲の上の存在だ。今日一日組んでみてそれは痛感した。仰ぎ見る存在にため口というのはなかなかできそうもない。

「じゃあ、この三日間で慣れてください」

 アスナは冗談めかした命令口調で片目を閉じながら言った。

「はい」

 僕はクスリと笑いながら答えた。

「あと……」

 アスナは急に立ち止まり、僕に頭を下げた。「今日は……ああ、昨日になるのか、ごめんね。あんなことを言って」

「え? なんの事?」

「ジークリードさんに掴まるのはやめてって言った事」

「あ、ああ」

 なぜだろう、僕はさっきまでその事でアスナの事を嫌っていたのに、今は全部許せそうだ。

「多分……いいえ、わたしは嫉妬してたと思う」

「嫉妬?」

「コーとジークリードさんがとってもお似合いで、うらやましかったんだと思う。それで、あんなこと言っちゃって。ごめんね」

「いいです。いいです」

 お似合いと言われて僕の心臓は高鳴った。ジークの顔を思い出すだけでドキドキしてしまう。本当に僕は女の子みたいだ。

「じゃ、戻ろ」

「うん」

 僕とアスナは笑顔で安全地帯に戻った。仲良く戻ってきた僕たちを見て、見張りを務めていたマティアスとプッチーニが驚いて目を丸くしていた。

 そんな二人がおかしくて、僕はベットロールの中でクスクス笑いながら眠りについた。

 

 

 

 三日間の泊りがけのマッピング作業は終わった。まだ全体の七割と言ったところだが、今後は泊りがけでマッピングしなくても十分に予定期間内に探索できるだろう。

 僕とアスナはあれから、昼は血盟騎士団として迷宮区のマッピング、夜は二人でレベル上げという毎日を送っていた。

 アスナはさすがに効率がいい狩場を知り尽くしていて、僕を色々な場所に連れて行ってくれた。おかげで今までにないペースでレベル上げができた。

「今日はここまでにしようか」

 僕がモンスターのとどめを刺した時、アスナが提案してきた。

「え? ちょっと早くない?」

 時計を見るとまだ二〇時だ。いつもなら日をまたいで一時とか二時までレベル上げするのに……。

「もう武器がかなりヘタってやばそう」

 アスナは自分の細剣の刀身を見つめながら言った。

「そう言えば……」

 僕も自分の槍を確認すると、かなり耐久が落ちてきていた。

「この時間ならリズも手が空いてきてるだろうし」

 アスナは優雅に細剣を鞘に納めた。

「リズ?」

「わたしの友達の鍛冶屋さん。コーも一緒にいこ」

 アスナはダンジョンの出口を目指して歩き出した。

「はい」

 なんだか、最近、アスナに頼りっきりだ。僕につきあわなければレベル上げもスキル上げも順調にできただろうに。すごく申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 また、僕の心にコツンと小石が当たった。ここの所、毎日、アスナと狩りをした後に感じるこの気持ちはなんだろう。今日こそしっかり捕まえてやる。

 アスナの後を歩きながら僕はその気持ちの源を探った。

「あっ……」

 心の底に沈んでいた小石をようやく拾い上げて、僕は思わず声を上げてしまった。

「なに?」

 アスナが足を止め、振り返った。

「あ、いえ。すみません。何でもないです」

「そう?」

 アスナは小さく首を傾げて再び歩き出した。

 このアスナに対して申し訳ないという気持ちは、ジークがいつも僕に対して感じていた気持ちと一緒じゃないの? ああ、だから僕と距離を置いて強くなれって言ったのか。ちゃんと話してくれればいいのに。あれ? ジークはちゃんと言ってくれてたかな?

 記憶を掘り返してみたけど、言われたような気もするし言われなかったような気もする。いずれにしても、アスナと行動を共にしなければこんな感情を正確に理解する事は出来なかっただろう。

 遠慮しなくていいのに。一緒に強くなりたいのに。こんな思いを抱えたままジークは苦しんでいたんだろうか?

 近々ちゃんとジークに謝らなきゃいけない。叩いてごめんなさいって。

 ちゃんと伝えなきゃ。こんな小石なんて気にしなくていいよ、一緒に強くなろうって。

 僕はそう心に誓った。




戦闘シーン、手抜きでごめんなさい。人間ドラマの方を(大したドラマではありませんが)お楽しみください。orz
コートニーの子供っぽいところが女性の母性本能をくすぐるのかもしれません。アスナさんを攻略しましたね(違)。なんか、最近、コートニーの行動が「マリア様がみてる」の由乃ちゃん(改造後)に見えてきて仕方がないです。無鉄砲な所とかキレやすいところとかw
アスナとコートニー、二人とも仲良くやってほしいものです。
次回、リズ登場ですが、あんまり期待しないでください。さらっと流していくだけですので^^;

お気に入り登録がいつの間にか60を超えていました。読んでいただいてありがとうございます。
改善点がございましたら、「こうすればいいんじゃね?」というのをお聞かせいただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。