混沌王がアマラ深界から来るそうですよ?   作:星華

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コミュニティの危機のようですよ?

 〝サウザンドアイズ〟で待っていたのは、ルイオスという軽薄な男との邂逅だった。黒ウサギを見るなりその肢体を舐め回すように視姦する。黒ウサギは嫌悪感で脚を両手で隠し、飛鳥は庇うように前に出た。

 

「これはまた……分かりやすい外道ね。先に断っておくけど、この美脚は私たちの物よ」

 

「そうですそうです! 黒ウサギの脚は、って違いますよ飛鳥さん!」

 

 突然の所有宣言に黒ウサギはノリツッコミで反論する。

 

「そうだぜお嬢様。この美脚は既に俺の物だ」

 

「そうですそうですこの美脚はもう黙らっしゃい!」

 

 呆れながら言う十六夜にもはや半ギレの黒ウサギ。

 

「興味ない」

 

「それはそれで傷付きますヨ!?」

 

 キッパリと言うシンに何故か納得いかない黒ウサギ。乙女心は複雑なのである。

 

「あら、ダメよ間薙君。そう言う時は嘘でも興味あるって言わなくちゃ」

 

「……そうか」

 

 飛鳥に注意されたシンは改めて黒ウサギに向かい直り、言い直す。

 

「興味ある」

 

「素直ですね!?」

 

 しかし直前のやり取りを聞いていたのでちっとも嬉しくない黒ウサギであった。

 

「おいおい、真面目な話をしに来たんだ。いい加減にしようぜ」

 

「そうですねすいません、っていい加減にするのは貴方達ですよ!」

 

 すぱーん! とハリセン一閃。シンはその一閃を見切れなかったことに動揺する。何らかのギフトやも知れぬ。黒ウサギの評価を密かに上方修正するのであった。

 

「あっはははははは! え、何? 〝ノーネーム〟って芸人コミュニティなの君ら──」

 

 置いてけぼりにされたルイオスは一連の漫才を見て呑気に笑っていた。

 

 

    *

 

 

 話が進まないので店員から助け舟が出され、一同は客室で仕切り直すことになった。長机を挟んで〝サウザンドアイズ〟の陣営と〝ノーネーム〟の陣営が向かい合うように座り、ルイオスの舐め回すような視線に悪寒を感じつつも、黒ウサギは事情を説明する。

 

 しかし、内容は些か事実を曲げてある。〝ペルセウス〟の所有物であるレティシアが〝ノーネーム〟に侵入し、暴れ、挙げ句の果てに引き取りに来た男たちに無礼な振る舞いをされたとしたのである。

 

「──〝ペルセウス〟が私たちに振るった無礼は以上です。ご理解いただけたでしょうか」

 

「う、うむ。確かに受け取った。謝罪を望むのであれば後日──」

 

 一旦この場を丸く収めようとする白夜叉だが、しかしそれでは済まないと畳み掛ける黒ウサギ。

 

「──〝ペルセウス〟に受けた屈辱の数々、これはもはや両コミュニティの決闘をもって決着をつけるしかありません!」

 

 相手側の悪事をやや水増ししてでもこの話に持って行こうとしていたのは、これを利用してレティシアを取り戻そうとせんが為だった。しかし黒ウサギは忘れている。なりふり構わない不用意な行為が、コミュニティに危機をもたらしかけたということを。

 

「──いやだ」

 

 黒ウサギが段取りをつらつら述べていた所に、ルイオスがキッパリと言う。唖然とする黒ウサギに、ルイオスは反撃を始める。

 

「あの吸血鬼が暴れ回ったって証拠は──」

 

「口裏を合わせないとも限らない──」

 

「どうしても決闘に持ち込みたいのならちゃんと調査を──」

 

 本来〝ペルセウス〟の商品でしかないレティシアが、白夜叉の支援を受けたとはいえ無断で〝ノーネーム〟の所へ行き、あまつさえそれが露呈してしまったのが不味かった。義理や人情による所業とはいえ、ルール違反はルール違反である。そこを突かれてしまえば強引に決闘に持っていくことはできない。

 

 ルイオスは軽薄とはいえ馬鹿ではない。する必要のない争いをするほどお人好しではなく、それどころか売り払ったレティシアがどのような末路を迎えるか嬉々として語り、黒ウサギを挑発する。

 

「あ、貴方という人は──」

 

 ウサ耳を逆立てて激昂する黒ウサギ。だがそれをニヤニヤと受け流し、黒ウサギにとって残酷な真実を告げる。

 

「しっかし、可哀想なやつだよねえアイツも。箱庭から売り払われるだけじゃなく、馬鹿で無能な仲間のためにギフトまでも魔王に譲り渡して、ようやく駆けつけたってのにその仲間はあっさりと自分を見捨てやがるんだからさあ──」

 

「──え、な」

 

 黒ウサギの絶句を他所に、ルイオスはくどくどと嫌味たらしく説明する。そして疑問が解けていく。何故魔王に奪われた筈のレティシアが東側にいたのか。何故レティシアの〝恩恵(ギフト)〟は欠け、ギフトネームのランクが暴落していたのか。それも全て、レティシアが魂を砕いてまで黒ウサギの元へ駆けつけようとしてくれていたからだった──

 

 黒ウサギは蒼白になり、打ち拉がれた。そんな彼女にルイオスはにこやかに手を差し伸べる。

 

「取引をしよう──」

 

 レティシアを渡す代わりに──黒ウサギが生涯、隷属すること。それがルイオスの出した、下衆極まりない取引だった。

 

「外道とは思っていたけど、ここまでとは思わなかったわ──」

 

 激昂し、黒ウサギの手を引いて出て行こうとする飛鳥を押し留めたのは、しかし他でもない黒ウサギだった。

 

「待ってください!」

 

 その場を動かず、瞳は困惑している。己の為に窮地に陥った大切な仲間を、己の犠牲で救えるのならと悩んでいるのだ。

 

「ほらほら君は〝月の兎〟だろ──」

 

 黒ウサギの生まれを揶揄し、挑発し続けるルイオス。飛鳥も耀も我慢の限界だった。下衆に仲間をここまで扱き下ろされ、黙っていられようもない。そのギフトを振るい、ルイオスを叩きのめそうとする。だが──

 

「……帰る」

 

 唐突にシンが立ち上がった。全く空気を読まない行動に一同は呆気にとられるが、ただ一人十六夜はニヤニヤ軽薄な笑みを浮かべている。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

 慌てて飛鳥が呼び止めるも、シンは踵を返し歩き去ろうとする。

 

「ヴァンパイアなんてどうでもいい。それでも交換したいのなら黒ウサギの好きにすればいい」

 

「……どうして?」

 

 耀がその後ろ姿を睨みつけながら言う。シンは立ち止まり、少しだけ振り向いた。

 

「茶番は見飽きたと言うことだ。それに〝ペルセウス〟を一目見ようと思ってきたんだがな。いつまでたっても来ない(・・・・・・・・・・・)からもう帰ることにした」

 

「──ハァ?」

 

 ルイオスが理解できないとばかりに声を荒げる。

 

「何言ってんのオマエ? 僕がここに──」

 

英雄(・・)ペルセウスがどこに居る? 知っているなら教えてもらおうか」

 

「──オマエ、喧嘩売ってんの?」

 

 気分良く黒ウサギを手に入れられる所だったのに、茶々入れられた挙句喧嘩を売られて、不機嫌になっていくルイオス。〝ペルセウス〟を率いているのは己だと言う自負を穢され、シンを癪に障る男だと認識した。

 

「──そーだな、期待外れだったし、もう帰るとするか」

 

 十六夜も立ち上がり、背伸びしながらシンに続く。まさか十六夜もそうするとは思わず、呆気にとられる飛鳥たち。それらを他所に、黒ウサギは話を進めていた。

 

「先程の話ですが……仲間に相談する為に少しだけ時間をください」

 

「ま、待ちなさい黒ウサギ!」

 

 先程の男どもは癪に障るが、目的は達せそうだと舌舐めずりをするルイオス。どうせもう黒ウサギは自らを捧げるしかないのだ。余裕たっぷりに一週間の猶予を与えた。それを聞き、黒ウサギは足早に部屋を出た。飛鳥と耀もそれを追いかけて行った。

 

 部屋には余裕の表情を見せるルイオスと、絶対零度の視線を見せる白夜叉が取り残された。

 

 

    *

 

 

 深夜で静まり返ったベリベッド通りを、小さな喧騒が賑やかす。黒ウサギと飛鳥と耀が言い争いをし、十六夜がそれを咎めて説教していた。それを無視して先頭を行くシンと──最後尾の俯いたジンだけが、それらから外れていた。

 

「──御チビ。お前も言いたいことがあるんじゃないのか?」

 

 ルイオスに会ってから一言も喋らないジンを察し、十六夜は話を振る。ジンが俯いていた顔を上げると、そこには黒ウサギが今まで見たこともないジンの無表情があった。黒ウサギは勿論、飛鳥と耀もやや怯む。十六夜は真剣な表情でそれを見る。

 

「……黒ウサギ」

 

「は、はい?」

 

「〝ノーネーム〟のリーダーとして命じる。取引に応じることは絶対に許さない」

 

 抑制のない声で、ジンは告げる。

 

「でも……」

 

「それでも勝手に身売りするって言うのなら──〝ノーネーム〟は解散する」

 

「なっ! ジン坊ちゃん!? それは絶対駄目で──」

 

 ジンの告げたとんでもない事に激昂し、反論しようとする黒ウサギだが、次の言葉で完全に沈黙する。

 

「──じゃあ、永遠に黒ウサギの帰ってこないコミュニティで! ずっと帰る場所を守っていろって言うのか!」

 

「────っ!?」

 

 ジンは己が涙を零していることさえ気が付かず激昂する。押さえ切れぬ激情を持て余し、抑える術を知らない少年はただ震え、握り締め、吐き出すしかない。

 

「もし黒ウサギがそんなことになったら……子供たちに……帰ってきた皆に……レティシアさんに、なんて言ったらいいんだ……!」

 

 そうなれば子供たちは大いに悲しむだろう。当然いずれ集まる仲間たちも。そしてそんな救われ方をしたレティシアが、一体どんな思いをするだろうか。そんな簡単なことも抜け落ちていた己を、黒ウサギは心の内で罵倒する。

 

「……申し訳ありません、ジン坊ちゃん。冷静さを失っていました」

 

 泣きじゃくるジンを、黒ウサギはただ謝り、抱きしめることしかできなかった。

 

 

    *

 

 

 そして、ルイオスとの会合から二日が過ぎた。

 

 本拠の自室で黒ウサギは自主的に謹慎していた。仲間の気持ちを顧みずジンを悲しませた己への戒めと、一人でじっくり考えられる時間が必要だからだった。人工降雨の雨を窓から眺めながら、レティシアの事に思いを馳せていた。

 

「お邪魔するわよ」

 

 そこへ、飛鳥と耀が差し入れを持ってくる。コミュニティの子供たちが作ったクッキーを齧ると、その甘さと想いに心が和んだ。ジンも手伝ったと聞くと、黒ウサギは久々の笑顔を見せるのだった。

 

 そして、十六夜とシンは本拠に居なかった。十六夜は『ちょっくら箱庭で遊んでくる』と言い残し、シンは誰にも何も言わず姿を消し、二人はそのまま一度も帰ってきていない。十六夜はもしかしたら本当に遊んでいるんじゃないかと踏んでいるが、シンは本気でコミュニティを見捨ててしまったのかも知れないと、黒ウサギは不安だった。

 

「……だからこそ、黒ウサギたちがしっかりしないと」

 

 あれからジンに改めて言い含められ、黒ウサギは取引に応じようという気は無くしていた。黒ウサギはコミュニティの中心であり、それが抜ければわざわざ解散するまでもなく〝ノーネーム〟は終焉を迎えるだろう。しかし、かと言ってすぐに打てる手があるわけでもなく、本拠でひたすら思慮を巡らせる日々だった。

 

「さて、バラバラに考えても埒が明かないわ。そろそろ作戦を考えましょうか」

 

「黒ウサギは渡さない。吸血鬼の女性も取り返す。覚悟はできてる」

 

 三人寄れば文殊の知恵。全てを諦めず突破口を探すため、女性陣が立ち上がった。あれでもないこれでもないと意見を出し合う。女三人寄れば姦しい。黒ウサギも元気を取り戻し、活発に意見を交わす。

 

 必要なのは〝ペルセウス〟が黒ウサギ以外で交渉に乗るような代物か、レティシアを賭してもいいと思えるような景品だ。しかし、〝ペルセウス〟は実質ルイオスそのものと言えるコミュニティであり、そのルイオスを動かすには彼の趣向に合った物でなければならない。生憎、黒ウサギにはその趣向を理解したくもないし、そもそも知らなかった。

 

「なら考え方を変えてみよう──」

 

 ジュースを飲みつつ耀が提案する。

 

「ルイオスが納得しなくても、〝ペルセウス〟が動かざるをえない代物……とか」

 

 それを聞き、黒ウサギが思い当たる節があるようにウサ耳をピクリと動かした。

 

「あることはあるのですが……」

 

 そう言って黒ウサギは、神話や伝説をルーツとする力あるコミュニティが、それを誇示するために伝説を再現したギフトゲームを用意し、特定の条件を満たしたプレイヤーに挑戦権を与えるシステムがあると説明する。これには伝説と旗印が賭けられ、〝ペルセウス〟も例に漏れず条件を満たすための二つのゲームを用意している。だが──

 

「いずれも厳しい試練です。クリアにどれだけの年月がかかるか……残念ではございますが、黒ウサギたちにそれだけの時間は──」

 

「──邪魔するぞ」

 

 どがん、と十六夜がドアを蹴り破り、部屋に入ってきた。哀れにもドアはそのまま役目を終え瓦礫と化す。黒ウサギは驚き声を上げる。

 

「い、十六夜さん今までどこに、って何故ドアを破壊したのですか!?」

 

「だって鍵かかってたし」

 

「一声かけるかせめてノックしてくださいよ! もう少しソフトにというかオブラートにですね……」

 

 くどくどと説教を始める黒ウサギの前に、十六夜は風呂敷を突き出した。膝下に置かれたそれを覗き込み、黒ウサギは信じられないような顔で十六夜を見つめる。

 

「……これは、まさか──」

 

「ジンに聞いたぜ。これが奴らへの挑戦権なんだってな」

 

 十六夜が持ってきたのは、たった今黒ウサギが説明していた〝ペルセウス〟に挑むための条件──伝説の怪物〝海魔(クラーケン)〟と〝グライアイ〟を打倒した証だった。

 

「まさか……あの短時間で、本当に?」

 

「ああ。と言っても二人で手分けしたからな。案外早く済んだぜ」

 

 十六夜が振り向き、黒ウサギたちがドアの方に視線を向けると、シンがいつもの無表情で部屋の入り口に立っているのが目に入った。

 

「間薙にも礼を言っとけ。俺一人だと流石にギリギリまでかかったかも知れないからな」

 

 黒ウサギは信じられなかった。交渉の場で皆に辛辣な言葉を浴びせ、その後は一言も喋らなかったシンが、黒ウサギのために十六夜に協力したという。

 

「シンさん……どうして……」

 

 呆然と呟くと、シンは何でもないことのように言う。

 

「──興味がある、と言っただろう」

 

 黒ウサギは一瞬何のことだか分からなかったが、やがてそれが〝サウザンドアイズ〟での会合前のくだらないやりとりの一環で言われたことだったと思い至る。なんでもない一言だと思っていたのに、どうやら本気だったらしい。

 

「あ、あはは……あははは……ありがとう、ございます。シンさん、十六夜さん」

 

 シンは別に黒ウサギの身を案じたわけではないだろう。十六夜も誰のためでもないと笑っている。それでも、誰に言われるまでもなくコミュニティのために戦ってくれたことに変わりはない。黒ウサギはそれだけで胸がいっぱいだった。

 

──コミュニティに来てくれたのが皆さんで、本当によかった。

 

 黒ウサギは溢れそうな涙を拭いて立ち上がり、迷い無い瞳で一同を見回した。十六夜が面白そうに笑い、飛鳥が不敵に笑みを浮かべ、耀が優しい笑顔を見せ──シンはゆっくり頷いた。

 

「──〝ペルセウス〟に宣戦布告します。我らの同士、レティシア様を取り返しましょう!」


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